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子羊の犠牲による祭司団の現れ

2020.10.23 (Fri)




『祭司』とは、神への崇拝を司る役職を指し、儀礼を行って人々と神の間を取り持つ働きをします。
モーセが仲介し神YHWHとイスラエル民族との間で結ばれた『律法契約』には、YHWHへの崇拝の方法も定められていました。
その崇拝を直接に司る人々は、特にイスラエルの中から選ばれた『清い者』であることが求められ、ほかの人々が生業に携わるのに対し、崇拝に携わる人々には他の人々から寄せられる収穫の十分の一の備えによって生きることが定められました。
その『祭司』ですが、この人々がどのように選ばれて職に就けられ、また崇拝奉仕を行ったかについて知ると、キリスト教に於いてそれが重要な意味を持っていたことが分かります。

祭司職の始まりについては、出エジプトの前夜の第十の災いからイスラエルが保護された出来事に由来があります。
奴隷にされエジプトに捕えられていたイスラエル民族を救出して自由な民とし、『約束の地』パレスチナへと導き出す神の意図を託されたモーセと兄のアロンに対し、頑なにファラオは反対し続け、遂にエジプト中が長子を失うという災厄の中、皇太子を失ったところでは、さすがにファラオもイスラエルの解放を認めるに至りました。

その第十の災いが下された晩に、イスラエルの家々では一頭の子羊か、子山羊が食事のために屠られていました。
神は、第十の災いの後にファラオがイスラエルを解放することを予見して、その晩は旅支度をしたまま食事するようにと言われます。パンも酵母を入れないもの、普段の時間をかけて発酵させるふっくらしたパンではなく、すぐに準備できる無酵母のパンを焼かせます。

しかし、この食事が普通でなかった最大の点は、屠った子羊などの血を、家々の門の左右の柱と鴨井とに塗り付けさせたところにあります。
その夜にエジプトの全土を通過した天使らは、家々の門に塗られた血を見ると、その家は通り過ぎ、塗られていない家に侵入してそこにいる長子は人であれ家畜であれ損なってゆきました。
エジプト人の家々からは悲痛な叫びが上がり、それはファラオの宮殿であっても例外ではなかったので、イスラエルの神の意向に逆らうことに頑なであったファラオもついに思いを変えることになりました。またエジプト人たちも、イスラエルが出て行ってくれることを願って、彼らに様々な物品を与えるほどになりました。十度も続いた災いにすっかり懲りていたのです。

イスラエルの幾百万は、その日エジプトを出発し、東に向けて旅を始めました。
後代のユダヤ人ヨセフスによると、彼らの行列は大ピラミッドで知られるギゼーの近郊から始まり、ナイル川のデルタ地帯を東に進みます。心変わりしたファラオの追撃に紅海の水が分かれてイスラエルを逃れさせ、エジプト軍を海に沈めたのはその数日後のことでした。出エジプト記によれば、それから二か月するとイスラエルはシナイ半島の中ほどにあるシナイ山のホレブ峰の山麓に集まっていました。
そこで神YHWHは、イスラエルの民にエジプトを出立した月を以後「第一の月」とし、第十の災いが起った十四日の夜に毎年食事儀礼を行うよう命じます。

これは『過ぎ越しの祭り』と呼ばれることになりました。天使らが屠られた家畜の血が塗られた家があれば「通り越して」災いを下さなかったところからこの祭りは『過越し』と呼ばれることになります。
この祭りは、毎年の春先の『ニサン』と呼ばれる月の十四日の夕暮れから夜にかけて行われる晩餐儀礼であり、神によってイスラエルがエジプトの奴隷状態から解放されたことを語り伝えるためのものとなりました。
『過越し』の翌日から七日の間、イスラエルは無酵母パンを食べる『無酵母パン』の祭りが続きますが、無酵母パンは美味しいものとは言えません。その酵母の無さに『清さ』が象徴され、その禁欲的な厳粛さからユダヤ教徒はその祭りが終わった後も七週間は慶事を避けます。

そこで屠られた子羊の血が、イスラエルの長子の命を救ったから、イスラエルの長子はすべてわたしのものであると神YHWHは言われるのでした。
YHWHはイスラエル12部族の中から自らの所有とする一部族を「長子」として取ると言われます。その部族は神の崇拝を専業とし、ほかの部族のように『約束の地』の中に街の幾つかは与えても、相続地を与えないと言われるのでした。
これが『祭司の民』となるのですが、神はイスラエルのイスラエルの12部族の中からレヴィ族を選ばれますが、それは預言者モーセの部族でもありました。レヴィ族は三男の家系ですが、イスラエルの全ての長子の代わりとされます。

崇拝に関する最高位を司る『大祭司』にはモーセの兄アロンが任じられて祭司の長となり、その子らは従属する祭司団を構成します。
一方では儀式に用いる什器や設備、また祭司と大祭司の職服が作られ、崇拝の定式は神がモーセに伝えたところによって定められてゆきました。それらが神への祭儀を行う場、『崇拝の天幕』となるよう神は命じます。それらはシナイ山のホレブの峰の麓で造られ、神YHWHへの崇拝が始まっています。その天幕の上方には、昼は雲の柱が、夜は火の柱が生じるようになり、神がそこに臨御されていることを証し、雲が高く上がるときにイスラエルは旅立つ用意をし、その柱が導いて荒野を移動することになりました。旅の間、レヴィ族は崇拝の天幕と什器類を運ぶ一切を任されていました。(民数記14:14)

『天幕』と言っても、崇拝の場はそのテントだけがすべてではなく、周囲に幕の垣が巡らされ、その中は『庭』とされ、動物などを捧げるための火が焚かれた祭壇や、祭司らが身を清めるための水盤が天幕の外に置かれました。
天幕の中は二つの部屋に仕切られ、入り口の方は『聖所』とされ、香を焚く金を被せた祭壇と、十二枚の無酵母パンを置く金の食卓、それから灯明を備える金製の七又の燭台とがありました。
もう一つの奥の部屋は『聖の聖なる所』また『至聖所』と呼ばれ、そこにはただ『契約の箱』が安置され、大祭司だけが年に一度『贖罪の日』と呼ばれる初秋の祭日にだけ入ることが許されます。

しかし、レヴィ族以外の者は聖域に近づいてはならず、特に『契約の箱』のような聖なるものを普通の人が直接目にすることは死を意味したというのです。
それは、神の前に誰もが『罪』ある者であることを知らしめ、畏れかしこむべきことが求められている強烈な教訓といえるでしょう。

その聖なる環境に在って務めを果たすレヴィ人は、イスラエルの中でも格別の部族となり、ほかの部族に勝って身体的にも道徳的にも清さが求められていました。
彼らは、エジプトを出る前の晩の子羊の血で命を贖われた『長子の部族』であり、イスラエルの中から神に仕える者として取られた格別の民となっていたのです。
神に取られた彼らには、『約束の地』に相続地が与えられないので『十二部族』からも外されました。
その代わりに、ヨセフの部族がヨセフの二人の息子、マナセとエフライムによって二つの部族に分かれて、レヴィ族の不足を補うことにされ「イスラエル十二部族」は引き続き保たれました。

さて、神YHWHの祭りについては『律法』の中で三つの時期が求められていました。
一つは春先の第一の月ニサンに行われる『過越し』と『無酵母パン』ですが、そこから七週を経た五十日目には『週の祭り』と呼ばれる喜ばしい祭礼が定められました。無酵母パンの祭りの二日目から五十日を数えるので「五旬節」また「ペンテコステ」とも呼ばれます。伝承では最初の大祭司アロンに油注がれたのがこの時期であるとされます。小麦の収穫が始まるこの祭りでは酵母の入った二つのパンが神の前に供えられます。

三つ目の秋の祭礼が『贖罪の日』とその五日後から始まり、八日間行われる『仮小屋の祭り』で、これは秋に一年の収穫物を祝う性格をもっています。人々は野外に仮小屋を建てて七日の間そこで過ごすのですが、これはたいへん喜ばしい祭りであり、収穫によって『年に冠を授ける』祭りともされます。
しかし、これに先立つ『贖罪の日』はイスラエルの罪の告白を伴う重厚な雰囲気があり、イスラエルは神の前に赦しを求めるべきものです。

『崇拝の天幕』は、イスラエルが『約束の地』に定住した後も、パレスチナの各地を転々としていましたが、ソロモン王が神殿を建立してからは、その地エルサレムが神YHWHの不動の崇拝の中心となりました。
その新しく建立された神殿の構造も『崇拝の天幕』の拡大型となり、基本的な祭儀を行う機能は変わりません。

年に一度の『贖罪の日』に大祭司は奥の間である『至聖所』に香を焚きながら入りますが、その部屋には明かりがなく、『契約の箱』の上には奇跡的な臨御(シェキーナー)の光が宿っていたと伝えられます。
そこに入る前に大祭司としての正式な職服に身を包んで、自分自身の罪を清めるために雄牛の血を『契約の箱』の前にふりかけます。

次に、自分の一族に属する祭司団の罪の贖罪のために、もう一度大祭司が至聖所に入ります。
こうして、大祭司と祭司団との贖罪を終えた後、大祭司は正装を解き祭司の亜麻服に着替えて民の待つところに出て来て、民全体の罪が贖われたことを宣言し、こうして秋の『贖罪の日』が終わります。

この『贖罪の日』の儀礼には、『祭司の王国、聖なる国民』についての予告的な意味がありますので、ここでは特に取り上げておきます。
罪を除くことを表すこの日の儀礼は、まず第一に大祭司の罪が、次いで祭司団が、それから最後に民に贖罪が告げられていました。

このように、祭司の部族が子羊の血によって成立してきたことは、後に現れる『神の子羊』と呼ばれたイエス・キリストの犠牲の血によって『罪』を贖われて『祭司の王国、聖なる国民』を生み出すことの予型であったことが手に取るように分かります。
イエス・キリストは頑ななユダヤ教の指導者らによって磔刑にされ犠牲となりましたが、その死に至るまでもの忠節は倫理の完全さに到達させるものとなりました。
新約聖書はこのことを『万物の帰すべき方、万物を創られた方が、多くの子らを栄光に導くのに当たり、彼らの救いの君を、苦難を通して完全にされたのは、彼にふさわしいことであった』と記しています。(ヘブライ2:10)

もちろん、キリストの血の犠牲は、その救いを信じるすべての人に『罪の赦し』をもたらすことになるのですが、律法の『贖罪の日』の儀礼が示していたように、まずは、天界の大祭司となられたキリストは、仲間となる祭司団に相当する『聖なる国民』の『罪』の贖いを行う必要があって、それから民に贖罪が行われます。
そうして大祭司イエスと祭司団に当たる聖なる民とが揃って、天界から人類の『罪の贖い』のために『祭司の王国』となって働き、そうして人々の救いが達成されるのです。

この観点から新約聖書を読み返すと、意義深い理解に到達することになります。
つまり、イエスは大祭司として『ご自身の血を持って、ただ一度聖所に入り、永遠の贖いを成し遂げられた』と書かれています。(ヘブライ9:12)
これは、『贖罪の日』に大祭司が自らを清めたことに相当し、それから自分の親族の祭司団を清めたように、大祭司となられたキリストが、自らと結びついている『聖なる国民』を清めることも意味しています。
それは彼らが『義の業を行ったからではなく』イエスをメシアとして『信じた』ので選ばれたのであり、それは『無償の賜物』でありました。(テトス3:5/ローマ3:23-24)

新約聖書は更に、『実際、聖なる者となる方も、聖なる者とされる人たちも、すべて一人の方から出ている。それでイエスは彼らを兄弟と呼ぶことを恥としない』とあります。(ヘブライ2:11)
この意味は、磔刑に処せられた自らの血の犠牲によって倫理の完全性に到達されたキリストが、レヴィ族のような一群の人々を聖なるものに清めることを言い表しており、キリストが『神の子』であったように、ある人々を清めて『神の子』とし、大祭司の一族であるかのようにキリストの『兄弟』とならせることを意味しています。つまり神という『一人の方から出ている』つまり『子』状態に入るからです。(ローマ5:9/ヨハネ1:12)

確かに新約聖書では、キリストの弟子たちが『罪を赦された』状態に入ったことが何度も書かれています。(ローマ8:1)
ですがこれは単に「クリスチャンはみな罪を赦されている」ということにはなりません。『キリストの兄弟』と呼ばれるほどに高い誉れに達しているわけではないからです。また、キリスト教徒は皆が天にゆくわけでもないことも明らかです。天に召される人々には、ただイエスの許で自分の至福を味わうのが目的なのではないからであり、むしろ利他的に人類の罪の清めのために祭司となり忙しく奉仕するのです。

パウロは、自分を含めた当時の弟子たちが『キリストと共同の相続人』であると書いています。(ローマ8:17)
何の相続かと言えば、アブラハムへの神の約束『地のあらゆる氏族が祝福を得る』という、あの人類救済の『王なる祭司、聖なる国民』となるという輝かしい栄光に浴することへの相続であり、天界で大祭司キリストと共に祭司団を構成するという栄誉を受けることであるのです。
使徒ペテロは、当時の弟子たちが『アブラハムの裔』となることをはっきりと告げて、『あなたがたは、選ばれた種族、祭司の国、聖なる国民、神の所有する民である』また『あなたがたも、善を行い、また何事も恐れないなら、サラの娘となる』とも書いています。(ペテロ第一2:9・3:6)

実に、マタイ福音書の第二十五章はこの世の終わる時期についてのイエスの預言となっていますが、その時にキリストの『兄弟たち』に親切を示す人々が神の是認に入ることが描かれています。祭司となる人々を助ける彼らは神の裁きに適い、『神の王国』の地を受けることになるのです。(マタイ25:31-40)
このことはイエスの受難の前の祈りの中でも語られています。
『わたしは彼らのためばかりではなく、彼らの言葉を聞いてわたしを信じる人々のためにもお願いします。父よ、それは、あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、皆が一つとなるためです。』(ヨハネ17:20-21)
これは、信じた者は皆同じという意味ではありません。神とキリストとが別の方であり「三位一体」などではない事にも表れています。
このキリストの兄弟たちの言葉によって信仰を働かせる人々とは、迫害に遭うキリストの兄弟たちの側に立つことになるのです。彼らは天で祭司となら人々と共に『神の民』とされる将来の姿がここに描かれています。

では、地上にいる間の「キリストの兄弟たち」はどのように見分けられるのでしょうか。
キリストと共に『アブラハムの裔』となることは、誰にでも差し伸べられることではありません。
ユダヤ律法体制に固執したユダヤの宗教家らは、自分たちの父祖がアブラハムであることを誇って自らを省みることをしませんでした。彼らは『契約の子ら』つまり血統上ではアブラハムへの神の約束を受け継ぐ立場にあったのですが、ほとんどのユダヤ人はメシアを見分けず、かえって殺害してしまいました。メシアへの信仰に至らなかったからです。神の所有する格別な民となる機会は、傲慢な彼らにはついに与えられませんでした。

では、イエスをメシアとして信仰した僅かなユダヤ人には、イエスが犠牲の死を遂げた後に何が起ったのかを見てみましょう。
つまり、キリストの兄弟として『アブラハムの裔』に選ばれた人々はどのように見分けられるかということです。







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