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天に建てられる神の王国

2020.10.15 (Thu)


世に言われる至福の「天国」が聖書の中にあると思う人は数知れないことでしょうけれども、それは誤解です。
キリストが地上に現れ、ユダヤの人々に『神の王国は近づいた』と伝道したのですから、この『神の王国』を「天国」、つまり善人を死後に受け入れる場所として創造以来から存在していたという捉え方では、しっくりとするものにはなりません。(マタイ3:2/ルカ1:15/ルカ10:11)
実際、主要な日本語訳聖書も「天国」と訳すのはさすがに避けて、『天の国』また『神の国』としています。
それでも、元の新約聖書ギリシア語には『王国』(バシレイア)とされていますから、キリストの伝道の主題ともなったのは『天の王国』、また『神の王国』であり、死後に召される「天国」と受け取るのは一度わきに置いて、聖書の語るところを先入観なく聴く必要があります。

さて、人々が「キリスト」と聞けば、キリスト教を始めた偉大な創唱者とも、教会員であれば神そのものと考えられるのが普通でしょう。
しかし、もとより「キリスト」には「任命された者」との意味があるにしても、その役割はどのようなものだったのでしょうか。

旧約聖書は、到来する『約束のメシア』について幾つかの事を教えていましたが、イエスが現れた当時のユダヤ人がメシアについて、はっきりと期待していた役割がありました。
それは預言者イザヤが語っていたように、将来に到来するメシアが「偉大な王」となることだったのです。
『ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。』
『ダヴィドの王座とその王国に権威は増し加わり平和は絶えることがない。王国は公正と正義とによって今から後、そして永遠に立てられ支えられる。万軍のYHWHの熱意がこれを成し遂げる。』(イザヤ9:5-6)

そのためイエスが現れて『神の王国は近づいた』と宣明されたときに、それを聞いたユダヤ人たちが、自分たちイスラエル民族がローマやヘロデ家の支配を脱して、再びダヴィドのような強大な王を戴く強国になることを期待したとしても、それは自然な反応だったでしょう。(マルコ1:15/使徒1:6)

実際、イエスが空腹の群衆に奇跡を行って、僅かな食糧から数千人が満ち足りてなお余るほどに増やしたとき、その人々は『これこそ来ることが定められていた預言者だ』と言っては、イエスを王にしようとその許に群がって来たことがありました。
また、イエスも最後にエルサレムに上る際には、ダヴィドを継いだソロモン王の即位と同様に、ロバに乗って登城し、群衆はそれを見ては上着を道に敷き、ナツメヤシの枝を手にとって振るいながら『救い給え、ダヴィドの子によって!』と叫んで、新たな王を迎えるかのようにして祝っています。イエスの血統上の父ヨセフはユダ族もダヴィド王統にあり、母マリアもレヴィ族ながら古くはダヴィド王家に連なる系譜にあったのです。(マタイ11-16/サムエル第二8:18/ルカ3:23-38)

そこでイエスの宣教の主題も『あなたがたは悔い改めよ、神の王国が近づいたからだ』というものでありました。
つまり、『神の王国』また『天の王国』が「来た」とではなく「近づいた」と言われたのであり、どのように近づいたのかと言えば、まず王国の王であるメシアがそこに現れていたからです。
しかし、イエスがイスラエルの王となって当時のエルサレムに王権を打ち立てることは遂にありませんでした。
むしろ、群衆がイエスを王にしようと迫って来ると、イエスはそれを逃れて山中に潜みましたし、最後のエルサレム登城に於いてこそ、自らを王されることを受け入れましたが、もはやその時には数日後に死を迎えることを悟っていたのです。(ヨハネ6:9-15/マタイ21:7-9/列王第一1:38-40/ゼカリヤ9:9)

そして処刑を受ける直前、当時のローマ総督ピラトゥスに審問された際にイエスは『わたしの王国はこの世のものではない』と言われ、『そうでなければ、わたしの弟子たちは、わたしを渡すまいとユダヤ人と戦ったに違いない』とも言われました。(ヨハネ18:36)
つまり、キリストの『神の王国』とは、争い合う地上の国家ではなかったのであり、これはユダヤ人一般が願っていたものとは本当に大きな違いがあります。
だからと言って、よく言われるように「神の国は信徒のこころの中にある」というわけでもありません。そうであれば聖書に『天の王国』とは書かれず、また『神の王国はあなた方のただ中にある』と言われたのは、イエスを信仰しないパリサイ人に向かってであり、その頑なな宗教家の心の中にキリストの国があるというはずもありません。その言葉の意味は、まさに彼らのすぐそばに王国の王、メシアがいることに彼らの注意を促していた言葉であったのです。彼らが王の到来の壮麗な様を期待していたからです。(ルカ17:20-21)

当初はユダヤ人に向けて書かれたとされる「マタイ福音書」が、ほかの三つの福音書と異なってキリストの王国を何度も繰り返し『天の王国』と記したのも、ユダヤ人が誤解しやすかったこの点を強調するためです。彼らにとって「王国」とは地上に打ち建てられる強国であろうと思われていたところに原因があります。(マタイ4:17/マルコ1:15)
ですから、ユダヤの宗教家の中から珍しく信仰を働かせてイエスの許を訪ねたニコデモが、『誰であっても新しく生れなければ、神の国を見ることはできない』とイエスに言われて面喰ってしまい、『人は年をとってから生れることなど、どうして出来ましょうか』と、まともに反応しています。(ヨハネ3:3-4)
このイエスの言葉は、当時の地上の王国を念頭に置いたユダヤ人にとって思いもよらないことであったのです。

しかし、後に使徒パウロはこのイエスの言葉の意味に一致して、『肉と血は神の国を受け継ぐことはできない』と教えています。
神の王国が天界に設立される以上、それに含まれる人々は肉体を去って、天使のような霊の者となる必要があることになります。(コリント第一15:50)
やはりイエスはニコデモに『風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いてもそれがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのようなものだ。』と言われ、彼が理解できずにいることを意に介さずに話を先に進め、ご自身が磔刑を受けることになる結末までも話されるのでした。(ヨハネ3:8-16)

この奥義についてはイエスが地上を去った後になると、使徒たちをはじめ弟子たちもよく理解するところとなります。
使徒ペテロは晩年の手紙の中で、『わたしのこの幕屋を脱ぎ去る時が間近であることを知っている』と書いて、自分の肉体を『幕屋』つまり仮住まいのテントに例えています。これは死者がみな地上への復活を遂げるものとして、遺体をそのままに埋葬することを専らにしてきたユダヤ人の常識とはかなり異なっています。(ペテロ第二1:14)
この使徒ペテロは、それから間もない西暦67年ころにローマ皇帝ネロによって処刑されたと考えられています。同じ迫害で使徒パウロも相次いで世を去りました。
では、そのときに彼らは天に昇ったかといえば、そうは言えません。

彼らがいつ天界に召されるかについて使徒ヨハネはこう記しています。
『御子が現れるときに、わたしたちが御子に似たものとされるということは知っている。なぜなら、そのとき御子をありのままに見るからことになるからだ』。(ヨハネ第一3:2)
このことについては使徒パウロもこう言っています。
『最後のラッパが鳴ると一瞬のうちに死者は復活して朽ちない者とされ、ラッパが鳴るときわたしたちは変えられる。』(コリント第一15:52)

これらの言葉は、どちらも将来のある時、地上を去ったキリストが再び『現れる』『最後のラッパ』の時に『天の王国』に入る者たちが『キリストに似たもの』とされることを告げているのです。
それは、肉体に生きた者が、霊の体に生まれ変わり、そうして将来のある時点で、天界に昇ることを意味しますから、使徒マタイはそれを『再創造』(パリンゲネシーア)と呼ぶほどの大変化の時であると書いて示唆しています。(マタイ19:28)

つまり、『天の王国』が設立されるときに、その民となるよう選ばれた人々は霊の体をまとって天に集められ、人類を祝福する神の選民「真のイスラエル」となることを意味するのです。これはキリスト教会で信者が死後に行く「天国」と単純に誤解されてきたものであり、またユダヤ教徒にとっては、ほんのかすかに知らされていた奥義でありました。(ゼカリヤ12:8)

その天に召される民とは、モーセの『律法契約』が生み出せなかった『祭司の王国、聖なる国民』の事であり、キリストの『新しい契約』がその民を生み出します。それが真の『アブラハムの裔』また「神の選民イスラエル」となるのです。

それですから、使徒ペテロはユダヤ人ではない諸国の弟子たちにこう呼びかけています。
『あなたがたは選ばれた種族、王なる祭司、聖なる国民、神の所有する民である。』『あなたがたは、以前は神の民でなかったが、今や神の民なのである。』(ペテロ第一2:9-10)
ここに、律法契約が誕生させるはずであった神の民の出現が知らされています。その『聖なる民』はキリストの仲介する『新しい契約』によって生み出され、キリストの弟子の中から現れていたのでした。
では、このように血統のイスラエルではない諸国民が『神の民』と呼ばれて『天の王国』に入るのであれば、実際の血統上のユダヤ民族、『肉のイスラエル』はいったいどうなったのでしょうか。

実に、イエスはこのようなユダヤ人と異邦人の逆転が起こることを何度も予告していたのです。
あるとき、イエスに奇跡の癒しを依頼したローマ軍の士官がいましたが、ユダヤ人の習慣では非イスラエル人との交友や、同じ屋根の下に入ることは身に汚れを受けることにされていましたので、そのローマ士官はイエスが家に入らずに済むように『ただ、お言葉を下さい』と伝言しました。イエスの奇跡は必ず起こるに違いないので、軍人が兵に命令するように、イエスにはその言葉だけで結構ですと言っているのです。

それを聞いたイエスは深くこころを動かされ『わたしはイスラエルの中にもこれほどの信仰を聞いたことがない』と感嘆し、『多くの人が東から西からきて、天の王国でアブラハム、イサク、ヤコブと共に宴会の席につくが、この国の子らは外の闇に追い出され、そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。』とも言われています。(マタイ8:5-13)
まさしく、ユダヤ人の体制派を成す宗教家たちは、イエスに敵意を抱き、殺害を企てようとしていましたから、異邦人ながらこのように深い信仰を抱く人々は『肉のイスラエル』に勝ってよほど『天の王国』に相応しいと言えます。

この違いは、イエスが天に去った後の使徒たちへのユダヤ人の態度にも明らかなものがありました。
ユダヤ体制派は、イエスばかりかその弟子たちにも迫害を加え続けて宣教を妨害し、殺害まで行うほどであったのです。そこで弟子たちはパレスチナを追われ、諸外国のユダヤ人居留地で伝道を始めるようになりました。(使徒8:1-4)
しかし、外国各地に寄留していたユダヤ人のコミュニティからも、やはり激しい反対を受けることもしばしばであったのです。(使徒14:19)

ですから使徒パウロもユダヤ人反対者に向かって、『神の言葉は、まず、あなたがたに語り伝えられるべきものだった。しかし、あなたがたがそれを退け、自分自身を永遠の命に相応しくない者にしてしまったのだから、さあ、わたしたちはこれから向きを変えて、異邦人たちの方に行く。』と言って彼らを見限ったことを明かし、実際に諸国の人々の中ではイエスというキリストがユダヤに現れたことの福音を受け入れ、弟子が急速に増えてゆくことになったのです。(使徒13:46-49)
こうして、ユダヤ人は律法を守るモーセの教えに留まり、キリスト教は世界の宗教となる下地が作られていったのです。

さて、そこでイエス・キリストの宣教が、ただ信者を集めていたのではないことがはっきりとします。
キリストの伝道活動の目的は、律法契約が生み出せなかった『祭司の王国、聖なる国民』を、メシアへの信仰を抱く人々から生み出すことであったのです。
この時点で、エデンで語られた『女の裔』の実体がここまで明らかになりつつありました。それは、ただ神YHWHを信じる人々を招くことではなく、メシア信仰を抱く人々から全人類を祝福する「神の選民」が集められるということです。

ですからイエスの宣教がパレスチナの中だけで行われ、イエスの時には異邦人に広げられなかったのも、その『聖なる国民』となる資格がまず第一にアブラハムの子孫イスラエルにあったからです。彼らは『契約の子ら』とも呼ばれていました。(使徒3:25-26)
イエスが『約束の地』パレスチナを巡ってユダヤ人が信仰を働かせると、イエスは『この者もまたアブラハムの子なのだから』また『アブラハムの娘を・・癒すのは当然』とも言われています。(ルカ19:9・13:16)
ですが当時のユダヤでは、自分は神の前に義人であると思い込む宗教家らが、自分たちのように細かな規則を守れない平民を「地の民」とか『呪われている』とか言っては卑しめていたのです。そうして自分たちを高める踏み台としていたのでしょう。(ヨハネ7:49)

しかし、イエスはユダヤ人の中でも特に卑しめられていた『収税人や娼婦たちの方が先に王国に入りつつある』と言われ、彼らの行状ではなく信仰を認められるのでした。彼らこそが信仰による本当の意味での『アブラハムの子ら』と言えたからです。(マタイ21:31)
そのことに不平を鳴らす宗教家に、イエスは感動的な「放蕩息子の例え」や「九十九匹の羊を残して一匹を捜しまわる羊飼いの例え」また「失われた一枚の硬貨の例え」などを話して聞かせましたが、その頑なな心には響かなかったのでしょう。自分は義に適っていると思う彼らには、愛や同情心が失われていたのに自ら気付けなかったのです。(ルカ15:1-23)

一般的に、人は自らの不道徳性について、自分の悪い行いを抑えようとします。それは人同士の間では平和を生む良いことです。
しかし、そうしたからと言ってだれであろうと自分の悪を抑え込めたからと言って、神の前に義人となれるわけではありません。抑えてはいても、やはり悪が自分の中にあるのですから。
もとより神は、人間に巣食う『罪』がどれほど根深いかを熟知しているからこそ、キリストを犠牲として『罪の贖い』を備えられたのです。人はだれも自分がアダムの罪を負う子孫であるのに、善行によって義人を装うことがどれほど神意からかけ離れたことであるかを悟らねばならないのです。そうでなければ、その人は真にキリストの犠牲の贖いに信仰を置いたことになりません。

この点で、ユダヤ人の大半は、メシアを前にして律法に固執し続け、自分は義人であると思い込み、大きな失敗を刈り取ったのであり、人の『罪』の本質を理解しなかったことは、後のすべての人々への重い教訓となっているのです。人はユダヤ人でなくても『律法』のような何かの道徳律に従うことで神との関係を良くできると思いがちだからです。(ヨブ記35:7)

しかしイエスは、『アブラハムの裔』を訪ね求め、謙虚な人を捜してパレスチナのユダヤ人の間を辛抱強く巡り続けましたが、それも『天の王国に入る』『聖なる民』をユダヤ人から集めるための活動であり伝道であったのです。そうでなかったら、イエスは世界に向けて諸国民に宣教活動をしていたことでしょう。(ルカ13:6-9)

しかし、その伝道の収穫といえば、いくらかの人々がメシア信仰に達したものの、ユダヤは体制としてイエスを受け入れず、かえって殺害してしまったのです。
メシアの刑死の後、ほどなくして弟子たちはユダヤ人に迫害されて諸国に散ってゆき、新たな教え「キリスト教」がいよいよ世界へと広がりを見せることになってゆくのでした。







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