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見よ!神の王国はあなたがたのただ中に在る

2020.05.10 (Sun)


見よ!神の王国はあなたがたのただ中に在る
ルカ17:20-21



ルカ福音書だけに書かれたパリサイ人らによるこの質問の部分は、西暦33年の初春頃にイエスと使徒たちが「過越しの祭り」をエルサレムで迎えるためにガリラヤを出発し、サマリアとガリラヤの間、つまり低地沿いにエスドラエロン平原を通って、ヨルダンの東側に渡り、福音書にあるようにそれからエリコに出る行程の途中にあったときのことでしょう。その途上でパリサイ人たちからこの質問を受けたことが記されています。(ルカ17:11-21)

そのときの問いは『神の王国はいつ到来するのか』ということでありました。
確かに、メシアが王となる神のイスラエル王国の実現は、ユダヤ人の夢であり悲願であったので、その実現の時は待ち焦がれたことでしょう。
イエスの活動も三年半に達しようとしていましたから、イエスがメシアではないかと思う人々も増える中、来るべきメシアが本当にナザレのイエスであるなら、一向に王を宣言するでもない本人に、王国の到来の時期について尋ねてみようと思えた人もいたとしても不思議はありません。
まして、使徒たちもこの時点でイエスがエルサレムに行くと『たちどころに神の王国が実現する』と思っていたことをも記しています。(ルカ19:11)

ですが、彼らの師は半年も前から、エルサレムでご自身の受難と復活があることを何度も説いていたのですが、彼らからすれば、多くの奇跡を行われる方、せっかくメシアと信じられる方に従って三年も過ごしたのですから、この偉大な師が裏切りに遭い、宗教家らの手に落ちて処刑されるなどとは信じ難いことであったのでしょう。

王国はいつ到来するか、と尋ねてきたそのパリサイ人らも、ナザレのイエスに問いかけたからには、奇跡を行う徒ならぬ人物として一定の敬意を払っていたとも考えられます。

いずれにせよ、使徒たちにしても『神の王国』、つまりローマをも凌ぐであろう強大なダヴィデ王朝の復興の時については、今か今かと心待ちにしていたことは明らかですから、このパリサイ人にしても、他のユダヤ人共々イスラエルが地上の強国となることへの願いがあったことでしょう。

では、イエスはご自分が王の王となって治める王国が、地上のものではなく、マタイが福音書で繰り返し強調したように『天の王国』であること、また、この聖句からキリスト教会でよく言われるように「心の中」に在ることをここで説かれたのでしょうか。

たしかに『見よ!神の王国はあなたがたのただ中にある』との言葉の印象には、感動的な響きがあるもので、この句を読む「クリスチャン」は高揚感の中で、信者一人一人の心の中に神の国はあると喜んで信じる方々も少なくないようです。

そこで、この場面を分析することでどのような結果が得られるか、あるいはそのような高揚感を失わせるなら、それは今までそのように得心してこられた読者には、思わぬ残念さを感じさせるかも知れません。
しかしそれでも、主ご自身がどのような意味で語られたのかを探るのは、『捜し続け、敲き続け、求め続けよ』との主の教えに従うことになります。
学ぶということは、自分の心を頑なにせず、真偽を判断し、または留保し、絶えず自己訂正の機会を捕えることを意味することでしょう。


◆キリストの見えない再来
パリサイ人らに『神の王国はいつ到来するのか』と問われたイエスの回答は、『神の王国は、見える様で到来することはない。人々が「見よ、ここだ」または「あそこだ」と言うこともない。なぜなら、見よ、神の王国はあなたがたのただ中にある』というものでした。パリサイ人らへのイエスの言葉はここまでで、次にイエスは弟子たちに、この件と関連があるに違いない事柄を話されています。

『それから弟子たちに言われた、「あなたがたは、人の子の日を一日でも見たいと願っても見ることができない時が来るであろう。
人々はあなたがたに、「見よ、あそこだ」「見よ、ここだ」と言うだろう。しかし、そちらへ行くな、彼らの後を追うな。
稲妻が天の端から輝き出て天の別の端へと煌めき渡るように、人の子もその日には同じようであるだろう。
しかし、彼はまず多くの苦しみを受け、またこの時代の人々に捨てられねばならない。』(ルカ17:22-25)

弟子たちへのこれらの言葉に、パリサイ人らへの答えの中での「見よ、ここだ」「あそこだ」という同じ言葉を含んでいますので、
先の答えを補足していることが見て取れます。

『人の子』つまりご自身を弟子たちが『見たいと願っても見ることができない時が来る』こと、それが終末預言を語るマタイ24章やマルコ13章に見られる「稲妻の煌めき」をご自身の終末に於けるこの世への臨在、つまり再びこの世に関わりをもつようになる状態として語られています。

つまり、終末でのキリストは、天空を走る雷光のようになるのであって、地上のどこか一点を指して、つまりその時のエルサレムに向かっていた旅の後に、イエスが民衆の歓呼の中を、ソロモン王の即位の古式に則り、驢馬に乗ってエルサレム入城するような姿は、終末では天駆ける閃光のようなものになると言われます。

この『その後を追うな』という内容は、マタイ、マルコばかりか、同じルカの福音書の中でも終末預言に含まれていて、それらは口をそろえて「偽キリスト」の現れの危険を説いています。
マタイでは『見よ、ここにキリストがいる」、また、「あそこにいる」と言っても、それを信じるな。偽キリストらや偽預言らが現れて、大いなる印と奇跡を行い、できれば、選民をも惑わそうとする』と記され、これらの文言はマルコ福音書でも切り貼りされたかのように変わりません。(マタイ24:23-24/マルコ13:21-22)

そしてルカでも『あなたがたは、惑わされないように気をつけよ。多くの者がわたしの名を騙って現れ、自分がそれだとか、時が近づいたとか、言うであろう。彼らについて行ってはならない』とあり、同じ終末預言で『その後を追うな』という言葉が一致し、マタイやマルコと共に、偽キリストの危険に注意を喚起しています。(ルカ21:8)

こうしてイエスの発言の意味を探ると、『神の王国はいつ到来するのか』というパリサイ人への問いに対して、イエスがその『いつ』という質問に直接には答えず、時間的要素より重要な事柄に注意を向けていたことが見えてきます。

『神の王国』の到来は、パリサイ人が予想していた地上の強国としての到来ではないことがより重要であったということです。
それは弟子たちであっても変わるところはありませんでしたから、「見よ、ここだ」「あそこだ」と言っては、ただの人間をキリストの再来として受け入れてしまい、「ついて行ってしまう」なら、それは世界が裁かれる終末に於いて危険極まりない誤りとなることをイエスは警告していたことになるのです。


◆天の雲に乗って来るキリスト
この点では、イエスが何度も『人の子は雲に乗って来る』と再臨や終末預言の中で語られていたことが関係しているとみるべき理由があります。

「雲」というものが、どれほど視界を妨げるものであるのかは、登山家やパイロット、また天体観測者にとっては自明の事です。
加えて、聖書でも出エジプトのイスラエルを守ってエジプト軍の前に立ちはだかった雲の柱、崇拝の天幕や神殿が奉献され、最初の祭祀が行われようとしたときに発生した雲は、祭司たちの奉仕の開始を遅らせています。

新約聖書でも、栄光の変貌を遂げるイエスの姿の変換を演出して、三人の使徒たちの視界が一時的に阻まれました。

そして、終末のキリストは地上のどこかを指して『「見よ、彼は荒野にいる」と言っても出て行くな。また「見よ、奥の間にいる」と言っても信じるな。』とイエスが言われたのであれば、『人の子は雲に乗って来る』とは、人の目に捉えられることのない『稲妻が東から西に煌めき渡るように、人の子も現れる』という言葉と一致を見ることになります。

マタイ、マルコ、ルカの共観福音書の終末預言がそろって、キリストの到来を地上のどこかではないことを示し、『雲に乗って来る』キリストを教えるのであれば、キリストの再来はむしろ偽の騙り者の危険をそれぞれに強調しているのです。
それこそが「王国はいつ来るのか」と問うすべての人にとっての危険であるとも言えるでしょう。

「クリスチャン」の中には、人々に優しく柔和なイエスが再び現れて、いずれ自分たちにも接してくれることを夢想し、終末での「キリストの地上再臨」の教えに魅力を感じる人々もあるでしょう。

あるいは、キリストの姿を目撃するユダヤ教徒たちまでが、終末にキリスト教に改宗し、イスラエルの回復の預言が成就されると信じてやまない人々も少なくありません。

それでも、前提条件を設けずに、ニュートラルな心のままにイエスの言葉を追ってゆくと、「キリストの地上再臨説」また「見える空中再臨説」は、まさにそのキリストご自身が警告していたそのものではないでしょうか。

キリストはアダムの代替となり、一度限り肉の命を永遠に捧げ、復活により霊者となられ、もはや人と成られる理由がありません。
もし、再び人と成られるとすれば、贖いの犠牲とは何であったのでしょうか。



◆「あなたがたのただ中」の意味
パリサイ人の問いに『神の王国はあなたがたのただ中にある』と答えたイエスの真意を探ると、パリサイ派の人々の心に中にそれが在ると言われたとはとても言えません。

『ただ中にある』とは、『いつ来るのか』と尋ねているパリサイ人の方に問題があったことをイエスは指摘されていたと言うべきでしょう。
なぜなら、ルカはこの場面を記した前の章でイエスがこう語っていたことを記しているのです。
『律法と預言者とはヨハネの時までのものである。それからというもの、神の国が宣べ伝えられ、人々は皆がこれに殺到している』。(ルカ16:16)

つまり、ユダヤの宗教家らの大半はメシアの到来を頑迷に認めようとしませんでした。それですから、『いつ来るのか』とパリサイ人が尋ねてきたのでしょう。
その一方で、民衆はナザレのイエスにメシアを見出し、奇跡の癒しを受け、その教えを聴く機会を得て、いよいよ約束された『アブラハムの子孫』として『神の王国』を相続する立場を受けようとしていました。
もちろん、それらの民衆であっても「王国はいつ来るのですか」と尋ねることがあったかも知れませんが、根底にある態度は宗教家らとは異なっていたでしょう。

民衆は、ナザレのイエスの到来を喜んで迎えており、それはこの場面の後にイエスの一行がエリコの街の近傍で『ダヴィデの子よ!』と叫んで盲目を癒されることを切望した乞食らの魂の叫び声にも、さらに数日後のエルサレムに王として入城なさるイエスに、『ダヴィデの子にホザンナ!』の声が上がったことにも表れています。(ルカ18:35-/ヨハネ12:12-16)

他方で、神殿境内で人々を癒すイエスを見て子供らまでが『ダヴィデの子』と叫ぶのに宗教家らは我慢がならず、イエスに不平を鳴らしていたのですが、イエスは『『幼な子、乳のみ子たちの口に賛美を備えられた』とあるのをあなたがたは読んだことがないのか』とあしらっただけで去って行きました。(マタイ21:15-17)

この両者の対照から、パリサイ人に言われた『神の王国はあなたがたのただ中にある』との言葉を見直すと、その真意がはっきりと見えてきます。
つまり、『神の王国』は誰の目にも明らかな姿で現れるのではなく、イエスにメシアの到来を認めてそこに『王国の王』が来ていることを認めるべきだったということです。

天界の『神の王国』の設立そのものは聖書に中での秘儀であり、イエスご自身も『子も知らず、天の父だけが知り給う』と言われた通り、誰に対しても秘められた事柄となっています。その時こそは『聖なる者たち』にとっても『地の諸国民』にとっても『裁きの日』となることが深く関係しているのです。

しかし、件のパリサイ人らが尋ねたのは、当時のユダヤ人としての観点からの『王国』なのであって、後代になって新約聖書が読めるわたしたちのようには考えられなかったでしょう。

しかし、それでも彼らには大きく欠けているものがありました。
それが目の前におわすメシアを見分けることであったのです。
ですから、『見よ!神の王国はあなたがたのただ中にある』とお答えになったイエスは、そのパリサイ人らの持つ最大の問題を正すよう促されていたのです。

ですから「神の国は信徒の心の中に在る」と考えて来られた「クリスチャン」方は、いずれ聖霊が聖なる者らを通して語るとき、彼らを無視し、あるいは反対するでしょうか?
そのときには、『見よ!神の王国はあなたがたのただ中にある』とイエスが語られた相手のパリサイ人らに同じ問題を抱えていないかどうかを自問する必要があるでしょう。







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