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26.イエス・キリストとは何者か

2019.07.31 (Wed)


それにしても余りに知られた名で、聖書ばかりかユダヤ教のタルムードに不思議を行った人物として記されているだけでなく、イスラムのクルアーンにも「預言者イーサー」の名で登場してもいますから、それぞれの宗教から歴史上のイエスという人物の存在そのものを疑うには無理があります。

しかしその一方で、当時の歴史書でキリストという人物について語るものは多くありません。というよりキリストの現れた第一世紀について述べた非宗教的資料では、スエトニウスや小プリニウスの記録がキリスト教徒には言及しているものの、キリスト本人に焦点を当てた記述となると、これまで見つかっているものと言えば、ローマ帝国の元老院議員で第一世紀当時の歴史を記したタキトゥスの「年代記」(AD117年)と、やはり第一世紀を生きたユダヤ人歴史家ヨセフスくらいです。

「年代記」の中では、西暦64年に起ったローマ大火に関連して、補足的に「クレストゥス」との人物が一度出て来ます。
その大火災を眺めつつも、竪琴を手に「トロイア炎上」の詩を詠唱していたとされた当時の皇帝ネロは、無秩序に入り組んだ帝都ローマを作り直すために自ら火を放ったとも噂され、それが市民の間に広まることを恐れて、社会に馴染まない風情のあるキリスト教徒をスケープゴートに仕立て、放火の罪を彼らに擦り付けたという場面でその名が現れます。

「噂をもみ消すために、ネロは身代わりに罪を負わせ、最大限に工夫をこらした残酷さをもって彼らの処刑に当たった。その習慣ゆえに人々に嫌われていた、クレスティアーニと呼ばれる人々である。・・この呼び名の起りとなっているクレストゥスという人物は、ティベリウスの治世中に我らの総督ポンティウス・ピラトゥスによって極刑に処せられた。」(「年代記」15:44)

この内容からすると、キリスト教徒はローマ市民一般に好かれてはいないようです。だからこそ、市民のキリスト教徒憎さからネロ帝の嫌疑を逸らせる候補に挙がり得たわけです。
この宗教が三百年後に帝国の国教に制定されるなどと誰が想像できたことでしょう。

ともあれ、パレスチナの中でだけ活動したイエス・キリストの影響は、同じ世紀の内にローマで一定の信者を持っていた客観的証拠がここにあります。
つまり、中東パレスチナも田舎のナザレ村の出であるユダヤ人エシュア、つまりイエスという人物の現れが世界に徒ならぬ影響を残したことはここにも明らかと言えます。

また、キリスト当時のユダヤ人であるヨセフスは、キリスト教徒ではなかったのですが、畏敬を込めて歴史書にこう記しています。
『さてそのころ、イエススという賢人-実際に、彼を人と呼ぶことが許されるならば-が現れた。彼は奇跡を行う者であり、また、喜んで真理を受け入れる人たちの教師でもあった。そして、多くのユダヤ人と少なからざるギリシア人とを帰依させた。彼こそはクリストスだったのである。』(ユダヤ古代史18:3 秦剛平訳ちくま学芸文庫) 

キリスト・イエスの影響がユダヤから世界へと広がる基礎を築いたのは、ペテロやパウロ、ヨハネといった使徒たちであり、その他にルカ、マルコ、バルナバというギリシア語を話す初期の弟子たちも多大な貢献をしていました。彼らにとってイエスという人物の現れは徒事ではなかったのであり、その身を挺してでも世界に知らせるべき非常に強い動機を持っていたのです。

使徒ペテロは奇跡の人イエスの現れの情報についてローマ人に、つまり、ユダヤ教に関心を持ち、使徒らのイエスの音信にも敬意を払う異国の人たちに向かって次のように語っています。

『(バプテストの)ヨハネがバプテスマを説いた後のこと、ガリラヤから始まってユダヤ全土に広まった噂については、あなたがたの知る通りです。
神はナザレのイエスに聖霊と力とを注がれました。このイエスに神が共におられて善を施しながら、また悪魔に虐げられていた人々のすべてを癒しつつ全土を巡回されました。
わたしたちは、イエスがこうしてユダヤ人の地やエルサレムでなさったすべてのことの証人です。

人々はこのイエスを木に架けて殺したのです。しかし神はイエスを三日目に生き返らせ、全部の人々にではなかったものの、わたしたちを証人として予め選ばれた者たちに現れるようにして下さいました。わたしたちはイエスが死人の中から復活された後、共に飲食までしたのです。

それから、イエスご自身が生者と死者との審判者として神に定められた方であることを、人々に宣べ伝え、また証しをするようにと、神はわたしたちにお命じになったのです。
(旧約の)預言者たちもみな、イエスを信じる者はすべてがその名によって罪の赦しが受けられると証しをしています」。』(使徒10:37-43)

この説明には当時の使徒や弟子たちの伝えようとした音信、つまりイエスによる「福音」の要点が凝縮されています。

また、西暦59年頃、ローマからユダヤに派遣された総督のフェストスという人物は、ユダヤ教徒から悪人として告発され、前任者の時から総督府に軟禁されていたキリストの使徒パウロについてこう語っています。

『彼(パウロ)の告発者たちは立ち上がり訴えましたが、わたし(総督)が予想していたような罪状は何一つ彼について指摘できませんでした。パウロと言い争っている問題は、彼ら自身の宗教に関することで、パウロは死んだイエスとかいう者が生きていると言うのです。』(使徒25:18-19)

こうして使徒や弟子らは、イエスという人物が復活したと主張することが彼らの論点であり、その証しであったこと、つまり当時に常識を超えた徒ならぬ事が起っていたことを察知させるものとなっているのです。

実は、この出来事の噂がキリストの当時の皇帝ティベリウスの許にも届いていたという記録があります。(教会史2:2)
イエスの磔刑はティベリウスの生涯をあと四年残す頃の西暦33年であったと思われますが、このネロの三代前の皇帝ティベリウスは晩年には占いに熱心であったことで知られ、ローマ人の中でも特に宗教的な人物となっていました。(「ユダヤ古代史18:6」)

この皇帝は帝国の各地で起こった事柄を詳しく報告させていましたので、ユダヤの総督ポンティウス・ピラトゥスも習慣に従ってユダヤで起こったキリストに関する出来事を通知したところ、既に皇帝はイエスによる不思議な業の数々や、その人物が復活したということで多くの人々が神として崇めているとの情報を得ていたというのです。(テルトゥリアヌス「護教論」21)

ティベリウス帝は、ユダヤで起こった奇跡について古代人らしい神への畏敬を感じたらしく、何らかの記念をするよう元老院議会に諮問したようなのですが、議会側は「前例がない」との理由で差し戻していたとされます。
しかし、皇帝の許にまで届いたナザレのイエスの影響は、やがてローマにも信者の群れとなってやってくることになります。

それにしてもパレスチナの田舎の一人のユダヤ教徒が、三年半活動しただけでこれほどの影響力を持てるものでしょうか。
しかも、復活して生きているというのは度を越したフェイクニュースのようで、どうしてそれが信じられるものでしょう。

他の章で述べましたように、その千数百年も前のモーセの時から「偉大な預言者が現れたなら、その者に聴き従わねばならない」との厳粛な予告が律法の中にありました。(申命記18:18)
その「メシア」つまり「キリスト」と呼ばれる人物については、旧約聖書中でその後もしばしば語られ、様々な事柄が予め示されてきたのです。

幾つか例を挙げると、エルサレム南方にあるベツレヘムの出身のユダ族でダヴィデの王統の血筋を継いでいること、その王統の王座に就いて世界を統べ治める王となり、平和の君、とこしえの父と唱えられることがあります。しかし、人々に蔑まれ、痛みと病とを親しく知る人でもあり、その打ち傷によって人々は癒されるともあります。(イザヤ9:6・53:3-5/ミカ5:2)

そこでやはりユダヤ教徒はこれらの情報に混乱を覚えます。メシアとは偉大な王なのか、それとも人々に蔑まれる人物なのか。
ユダヤ教指導者(ラビ)の中には、民が従順であれば「栄光のメシア」を、そうでなければ「悲しみのメシア」を迎えることになるだろうと言っていました。
しかし、新約聖書を見るなら、ユダヤ人に退けられる悲しみのメシアの姿がそこにあり、また将来に再度地上に来られるときには人類を裁く栄光のメシアの姿があり、双方のメシアが描かれているのです。
この双方のメシア像は矛盾しているのではなく、彼の復活を通して可能と言えることです。

復活について新約聖書はイエスを『死人no
中からの初子』と呼んでいます。つまり、メシア=キリストがあらゆる人に先立って復活したのであり、イエスがご自身を指して『人の子のほかには誰も天に昇ったことがない』と言われます。(ヨハネ3:13)
復活したメシアは天の神の御許に在って、神の右に座し、すべての敵を足の下に据えるまで待っていることが新旧の聖書の伝えるところです。(詩篇110:2/使徒2:35)

それほどの権威を授かるからには、このメシア=キリストとは人間以上であるばかりか、「神」とも呼称されるほどに極めて異例な存在者であるに違いないでしょう。(イザヤ9:6/テモテ第一6:15-16)
実は、彼が特異な存在であることは旧約聖書から暗に示されてはいたのですが、ユダヤ教徒には解明されることなく、ひとつの謎とされていたのです。
それが「ホクマーの謎」です。

「ホクマー」[חָכְמָה]とは「知恵」を意味するヘブライ語ですが、旧約聖書の中でソロモン王の著した箴言の書の第八章には、神と共に創造の業に携わっている「知恵」と称する何者かが存在し、その者の発言として一文が記されているのです。そこで「知恵」(ホクマー)はこう語ります。
『YHWHが昔その業をなし始められるとき、その業の初めとしてわたしを造られた。いにしえ、地のなかった時、初めにわたしは立てられた。
まだ海もなく、また大いなる水の泉もなかった時、わたしは既に生れ、山もまだ定められず、丘もまだなかった時、わたしはその以前に生れた。』(箴言8:22-25)
つまり、彼は物質の世界に先立って神により存在した者であると言うのです。

驚くべきことはそれだけでなく、さらにこうも語るのです。
『神が天を創り、海の上に大空を張られたとき、わたしはそこにあった。』また『わたしは、その傍にあって巧みな作り手となり、日々に喜び、常にその前に楽しみ、その地を楽しみ、また世の人を喜んだ。』ともあります。

では、神以外のいったい何者が共に創造を行い、また助けたのか。これについて、旧約聖書だけではそれ以上の情報が与えられていなかったため、ユダヤ人のメシア像には、「ダヴェデのような強大な王がイスラエルに再び繁栄をもたらす」というようなところで収まっていましたし、現在もそのようです。

しかし、新約聖書をひらくなら、この情報について次のように補足されています。
使徒パウロはイエスについて『御子は見えない神の象りであり、あらゆる造られたものに先立って生れた方である。』(コロサイ1:15)
また黙示録では、ヨハネに現れたイエスはご自身を『神に造られたものの始まりである者』と呼んでいるのです。(黙示録3:14)
そのうえ、イエス自身が祈りの中で『父よ、世が造られる前に、わたしが御傍で持っていた栄光で、今御前にわたしを輝かせて下さい。』と語りかけたことは、創造の神の傍らに在って、世界の創造を助けたホクマーの謎の解答がそこにあったというべきでしょう。(ヨハネ17:5)

こうして新旧の聖書を照合することで、ユダヤ教だけでは明確に知られなかったメシア=キリストに関する重要な観点に到達することになります。
つまり、ナザレのイエスとは、創造の神が自ら作られた唯一の創造物であり、そのため新約聖書はイエスを『独り子』と何度も言い表す理由がはっきりとします。

この観点からヨハネ福音書の冒頭を読むと、イエスを『神』とは呼んではいるものの、創造の神そのものであったと主張するには当たらないと思えることでしょう。
『初めに言葉があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった。』(ヨハネ1:1)

加えて、アダムの血統にないので汚れがなく、人類を罪から引き上げるに相応しく、それゆえにも肉の父からではない処女懐妊があったことの道理も見出されます。
しかもなお、血統の上ではダヴィデ王家に属すべき神の約束と、神の王国の王としての王位継承権とを要したので、それはベツレヘムを本籍地とし、ダヴィデに連なる家系の大工ヨセフとマリアの間に生まれ出るべき必要がありました。

また、失われたアダムという人類の父に代り、永遠に生きる命の与え主となって『とこしえの父』と呼ばれるのであれば、命を代替として神に捧げるために人間となることも求められます。
こうして地に来た御子は人間イエス・キリストとなったので、パウロは『神は唯一であり、神と人との間の仲保者もただひとりであって、それは人なるキリスト・イエスである。』と述べたのであり、こうして新約聖書は疑問を残さず、神に次ぐ御子、また「ホクマー」をはっきりと描き出しているのです。

この観点に立てば、なぜキリストが地上に来られ、人に退けられ刑死まで遂げられたのか。また、復活がなければ人類の救いもなかったこと。そしていつの日か世界を裁く大王としての来臨が期待され、こうして新旧の聖書の記述が神の大きな目的の下に集められ、それを知る人々の視界は一気に拓かれることになります。

その前に「三位一体説」の余地があるでしょうか。この偉大な神の救いの計画の前にして、そのようなものは荒唐無稽な古代の密議宗教の怪しげな戯言にしか感じられないとしても無理もありませんし、それはキリストに関わる神の周到な計画への理解を人々から遠ざけることになるばかりです。

イエス・キリストがかつて存在したことはもちろん、世界と歴史に与えた影響の大きさには計り知れないほどのものがあります。
しかし、それも将来のこの世への再臨と『神の王国』の王となる時期が控えているという予告からすれば、ほんの始りに過ぎないことになります。
ナザレ人イエスは命を差し出して人々の『罪』を一身に負い『贖い』の価を支払われ、同時に『愛』というものがどれほどのものかを世に示されましたが、実際にキリストとして世を救うのは、まだこれからだからであり、確かにイエス自身が再び戻られることを予告していたのです。









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