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クリスマスと安息日については K&K様12.6.3

2012.06.04 (Mon)
クリスマスと安息日の扱いについて

 今や、クリスマスがキリストの生誕とは関係のないローマ時代の祭儀であったことは広く周知されるようになってきました。例の記事「ローマ国教化によって失われたもの、からしとパン種の例え」を読んだルター派の信者の方もこの記事を評価され、ツイッター上で他の皆さんに推薦して下さったことがあります。

 かつて、イングランドの清教徒たちもこの祭日の異教性に気付き、聖誕節を廃止していた時期がありました。

 それは、アメリカに渡ったピルグリム・ファーザーズも同様であり、現在ではなかなか考えられないことながら、マサチューセッツ植民地は「クリスマス禁止法」を議会で可決成立させました。1659年のことで、その後も合衆国の東部六州はこれを保っていたようですが、南北戦争の後、民衆の世俗化が進んで大衆がクリスマスの「目出度い祝い」を望む願いに押され、カトリック期に舞い戻る結果に至ったとのことです。

それまでは、アメリカの清教徒はメイフラワー号でケープ・コッドに到着した翌年以来、12月22日を七面鳥で有名な「感謝祭」(Thanks Giving Day)として祝っていましたが、これはクリスマスとはまるで関係のない、彼ら独自の祝いでした。
それが、クリスマスの復権により、感謝祭は現在のように11月に移動したそうです。

これら一連の動き、またオリエント諸国や中国の春節、日本には正月があり、これらが物語るものは、人間は寒い冬に関連して騒ぎたい本性をもっているかのようです。ヨーロッパでは日照時間が非常に短くなり「冬のうつ病」と呼ばれる仮性の精神疾患まであるそうです。

しかし、真に聖書やキリストの教えに従おうと願うなら、太陽神崇拝の変形であるこれらの祝いを行おうとは思えなくなるでしょう。それは真の神とキリストを愛するゆえです。その人々はその他大勢が楽しむ祝いに参加しないという「犠牲」を払って、神や真理を愛することができます。

もし、この言葉が空虚に響く人がいるなら、そのままにしておいてあげて良いように思います。
その人の心は、いまだ「楽しさ」の方を向いているので、神や真実への愛が足りないのでしょう。

と言いますのも、これが単に規則となってしまうなら、それは神への愛ではなく隷属になってしまい、神はそれを望まないからです。しかし、団体として率先して行うことはまったくお勧めできません。それはキリスト教理解の低さを露呈するだけです。

もし、冬の憂鬱を晴らしたいなら、他にいくらでも方法はあります。それはキリスト教徒の集団としても何か別のものを行えることがあるでしょう。

殊に、日本のようにクリスマスがすっかり商業化、またデートや宴会の口実となった状況で、御教会のようなキリスト教を標榜する団体が、敢えてピューリタンのようにクリスマスを廃することは清さを際立たせることになるように思えます。しかし、お仲間の同意を得るには相当な苦労をなさることが見えています。やはり、『新しい葡萄酒には新しい革袋』を必要とすることになるのでしょう。


それから「安息日」についてですが、本来キリスト教はモーセの律法の下にないので、「安息日」(シャバット)を守るいわれはありません。もし、それを守るべきであると言うなら、「新月」も、律法で規定された「三つの祭り」(シャロッシュ・レガリーム)も、それに付随する安息日も守らないと、律法の安息日要求の一部分だけを行うことになり、「律法のひとつを行ったなら全部を行うべき」という原則に反します(ヤコブ2:10/ガラテア5:3)

キリスト教の中には、ユダヤ教のように現在も土曜安息を守るべきという宗派があり、自分たちの学校や職場まで用意して、これを守ろうとしていますが、それは教導者の女性が、天に挙げられて十戒の石板を見たところ、安息日の条項のことろが光っていたのを見たという「経験」によるらしいのですが、仮に十戒を律法から切り離すことに合意できたとしても、天に挙げられ云々まではどうにも信じ難いところです。

しかし「天に昇った」というこの人は、逆にキリストや使徒たちに明かされた「安息日」に含まれる「不労働」よりも深い意義が「安息日」にあることを知らないと公にしたも同然です。(より深い意義とは「神の義」や「神の王国」に関わる、より価値在るものの見方です)

パウロが明言するように、キリスト教徒はモーセの律法から解かれ、その条項のより高い意義を知るようになったのですから、「十戒」も含めて、それを守る責を負うものではありません。(ガラテア5:18/ローマ6:14/使徒15:10)
パウロは日付を守ろうとすることが「解放されてから、また奴隷に戻るようだ」と書いています(ガラテア4:9-11)

それでも、第一世紀以後の当時には、ユダヤ教からキリストの教えに入って来た人々も多く、特に使徒ヨハネ率いる小アジアでは、ユダヤ教の影響が残っていたことが考えられます。彼らの宗教的良心は律法で培った習慣をすぐに捨て去ることをさせなかったようです。(シリアのアンティオケイア市の監督イグナティオスは小アジアをユダヤ的だと批難しています)

この辺りを考慮して、以前にパウロは『ある人にとって、ある日は重要であり、また他の人にとってはすべての日が同じであると見なすでしょう』とユダヤ人と諸国民の違いに配慮し『おのおのが心の中で得心していなさい』と述べて、双方のキリスト教徒がこの件でぶつからないように心を砕いております。(ローマ14:5)

そこで、エルサレムの滅びから逃れてきた使徒ヨハネたちを受け入れた小アジアには、ユダヤ教内のイエス派としてのキリスト教徒が多かったであろうと推論できるので、小アジアでは土曜安息を続けていたであろう可能性が大きいと思えるのです。おそらく元ユダヤ教徒の家庭ではキリスト教徒になっても、神殿すら失っているのにも関わらず、なおシャロッシュ・レガリームやハヌカーなどのユダヤの祭りを家族単位で行っていた蓋然性もあるでしょう。

その四十年ほど以前にはイエス自身もこれらの祭りに参加していたことを考えると、ユダヤ人キリスト教徒による律法の習慣の継続には無理からぬ事情が感じられます。彼らの宗教的良心はそうするよう彼らを促し続けていたのでしょうから、これを規則で押さえ込むことはパウロでさえ避けたのでしょう。

この件の、キリストの弟子らしい対処法をヤコブ(イエスの弟)の模範に見ると、人々の認識が育ち、良心の働きが変わることを待つことのように思われます。
(こうしたキリスト教徒内のユダヤ人と諸国民の違いへの配慮はこれだけではありませんでした)⇒「エルサレム会議に見る、キリストの弟ヤコブの寛容さ


結論として「新十四日派」は安息日にもクリスマスにも、いくらも拘束されません。
ただ社会一般が休むので休むという以上はなく、都合が良いので日曜には信徒の集まりは持ちやすいでしょう。

新十四日派はキリストの定めたように、年に一度のユダヤ暦ニサン月14日以外に何ら日付に拘束されるものではありません。

むしろ、「安息日」が指し示していた価値ある意義の方に注意を向けなければ、単なる不労働と集会というユダヤ教の低いレベルに留まってしまうでしょうし、「クリスマス」に至ってはローマ皇帝の太陽神崇拝という異教に堕するものです。
しかし、「クリスマス」がキリストの誕生日ではないから祝わないのではないのです。
我々は、復活が如何に奇跡であるとは云え、暢気にキリストの「誕生」や「復活」を浮れ祝うのではなく、彼の「死」こそ自己犠牲の精神の凝縮、如何なる奇蹟をも超える崇高な偉大さを認めるものであります。「主の晩餐」とは、まさにキリストの「死」とその精神を記念するものです。どうして浮かれ騒ぎなど出来ましょう。(伝道7:1-/コリント第一11:26)









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コメント
キリスト教徒になったユダヤ人たちは、新しい教えに自分たちを合わせるのに苦労したようですが、そんな彼らを神は時を待って見守り続けました。
彼らの良心を大切にしたからでしょう。
わたしたちの良心も、得心しただけでは動きません。
ユダヤ人キリスト教徒のように、良心の働きの向きを変えるのに時間は必要ですが、神は同じようにきっと見守ってくださるのでしょう。
irenaeus | 2012.06.05 14:35 | 編集
ありがとうございました。
いかに宗教組織の中で生きてきたか、ということに気付かされています。
今、自分の中でキリスト教の手術中です。
メスが入ったばかりかもしれませんが、何とか終了するまで痛みに耐えたいと思います。
K&K | 2012.06.05 12:13 | 編集
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