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天使・悪魔・悪霊  -綱領-

2016.04.12 (Tue)
・天使

物質の創造物に先駆けて創られた霊による創造物らで、億の単位での存在が示唆されている。(ダニエル7:10)
個別の意識を持ち『神の子ら』とも呼ばれ、人間よりは幾分高等な存在とされている。
セラフィムやケルヴィムなどの異なりがあることが聖書を通し知らされている。
個別の名を持つ者としては、天使長ミカエル(ダニエル10:12/黙示12:7)と神に近侍するガブリエル(ダニエル8:16/ルカ1:19)の名が聖書にある。
ラファエルやウリエルは外典によるもので聖典には無い。天使が自らを名乗ることは例外的であり、人間に関わるその行動は抑制的であり、常に遣わされた任務に従属しており、地上で独自の意図から行動をとる姿は描かれていない。
神、またキリストに仕え『使い』として専ら聖書中に登場している。
ときには人に現れ、助けを与え、また神の宣告や意志などを知らせ、拘束を解いたり、導くなどの働きが聖書中に見られる。
啓示を与える際には、人を失神させるほどに著しい畏怖を与えることがある。

聖書中に於ける天使らの人間への関わりは抑制的であり、神の使いとしての職務以外の独自で私的な行動を行うさまは観られない。
そのことからすれば、人間各人に対してコンパニオンのように常に寄り添う天使像を描くことは難しい。外典や疑典に非常に多くの天使が登場しているのは、人間の保護願望によるものと思われ、ユダヤの伝承では、人にはそれぞれの保護天使がいるとされていた(使徒12:15)。この概念は現代でもスピリチャルの方面で流行を見ているが、聖典聖書から導くことはできない。

聖書に用いられていたヘブライ語やアラム語[מלאך](マルアは)、またギリシア語[ άγγελος](アンゲロス)では単に「使い」また「伝令」の意味で呼ばれており、記述によっては、それが天使を指すのか人を指すのかの解釈が分かれるところがある。


・悪魔

天使の中のケルヴィムのひとりであったが、自由な意思から神との愛の絆を捨て、神に勝って自らを高めることを選んだために創造界の調和を最初に破った。(エゼキエル28:12-19)
以後は、神に逆らう道を歩むようになったので反抗者を意味する『サタン』(シャイターン)とヘブライ語で呼ばれる。(ヨブ1:6)
神と被造者の間を中傷して、その絆を壊そうとするために中傷者という意味の『悪魔』(ディアボロス)とも呼ばれる。
ラテン語に由来する「ルシファー」(ルキフェル)は「明けの明星」を意味したが、これを初期教父がやがて輝きを喪失した者の象徴として悪魔に当てはめたことによる。

この者の自由な意思から始まった反抗は、不可逆的選択であり、悔い改める余地がない。
神以外のあらゆる被造者と神との間を中傷し、誘惑するので神の『独り子』さえも度々に試している。(マタイ4:10)
その中傷する性質は、あらゆる被造者を試すだけでなく、却って誰が忠節な愛を持つ者かを明らかにすることになる。

エデンの園でエヴァを誘惑した『蛇』が悪魔であったことは黙示録12章9節で明かされている。
そうして、最初の人間であったアダムを、妻のエヴァを通して誘惑し、神から引き離すことに成功したため、今日までこの世は神から離れ、神の意図に沿わない社会となっており、倫理上の欠陥と創造者への無頓着が蔓延している。(ルカ4:5-6/ヨハネ第一2:15-17)

また、この世が利己的で、分裂的である特徴は、悪魔が七つの頭を持つ龍として黙示録に描かれるところに象徴されている。(黙示12:2)
悪魔は神から離れたこの世を領分としてはいても、あらゆることを逐一動かすわけではない。(伝道9:11)しかし、聖書記述からすれば、その欲望に沿って人々に度々影響を及ぼすことが考えられる。(コリント第二2:11)

悪魔に影響された人々の中には、キリストの当時のユダヤの宗教家たちが含まれる。
彼らは、キリスト・イエスに抗い、ローマの権力に渡して処刑させたが、イエスは彼らの父が『悪魔』であると断じている。(ヨハネ8:44/創世記3:15)
しかし、神への忠節を尽くしたキリストの死は、すべての被造者が神に属すべきことを証したので、悪魔とそれに従う者らは存在する根拠を失ってしまった。(ヘブライ2:14)

キリストが霊に復活して以来、悪魔とそれに従う者らは処刑を待つような状態に入っている。(ペテロ第一3:19-20)
終末に入ると悪魔は悪霊らと共に天界を追われ(ルカ10:18/黙示12:9)、地に在ってキリストの『聖なる者ら』を攻撃し、キリストを殺めさせたように『聖なる者ら』をも亡き者とするが、その行為を通してキリストの任命された追随者である『聖なる者ら』は却って浄められ、天のキリストと共になることを許してしまう。(ダニエル11:35/黙示3:5/13:7)

やがて悪魔は、キリストに反抗するこの世の勢力を結集し(黙示16:14-/エレミヤ25:30-/エゼキエル38:14-/ゼカリヤ14:2)て、終末に設立される『神の王国』に対抗させようとするが、『王の王』となったキリスト(黙示19:16)と『聖なる者ら』(黙示17:14)にハルマゲドンで完膚なきまでに打ち破られ(黙示19:11-/エレミヤ25:33/エゼキエル38:18-/ゼカリヤ14:13)、悪魔は千年間の拘禁に入ることになる。(黙示20:7-)

千年の後に解放されるとき、復活される一般の無数の死者らをも誘惑し(黙示20:7-)、神の最終的な裁きの選別を助ける結果となる。(黙示20:11-)
その後に、悪魔は滅ぼされ、その追随者共々に永久に存在することがなくなる。その無存在性と永遠の断罪が、黙示録の『火の湖』に象徴されている。(黙示20:10)

神の象りであるものが持つ自由意思はこうして担保され、すべての被造者が自発的な絆である『忠節な愛』(詩篇63:3/ヨハネ第一3:14)で、神また他者と結ばれる創造界(コロサイ1:20)がこうして実現することになる。悪魔とその追随者らが過ぎ去ることにより、神の創造の意図は全うされる。(エフェソス1:10/コリント第一15:24-28)



・悪霊

天使として創造されたが、後に堕落して『自分の領域を守らないで』(ユダ6)、地上の人間社会に化肉して関わりを持った堕天使らを表す。
堕落した動機は、人間の女性と関係を持つためであった。
彼らはノアの大洪水以前の世界を闊歩し、その子らは『ネフィリム』と呼ばれる巨人となった。(創世記6章)

大洪水を境に、彼らは人間界に出入りすることを禁じられ拘束されている。
『(神は)その在るべき処を見捨ててしまった天使たちを、大いなる日の裁きのために、永遠の鎖で縛り、暗闇の中に閉じ込められた』という聖書の言葉が、この事情を言い表している。(ユダ6)

キリストが忠節な死を遂げた後に、『獄に捕われている霊どものところに下って行き、宣べ伝えた』のは、彼らの裁きが確定したことが宣告されるためであったと思われる。(ペテロ第一3:19)

それでも、悪霊は依然として人間界に曖昧な仕方で様々な異象を起こしては影響を及ぼしており、特に『決して死ぬことはない』と悪魔がエヴァに語った偽りを主張するために、人間の死後を演出することにおいて、その霊力を用いることに依然携わっている。(創世記3:4)

旧約聖書の律法中で、『口寄せ、霊媒、死者に伺いを立てる者などがいてはならない』との戒めがあるのは、この霊の勢力と神が敵対関係にあることを示している。(申命記18:11)

忠実でなくなったサウル王に影響を及ぼした『神からの悪い霊』は(サムエル第一16:14)、この悪霊である可能性が高い。

キリストとなるイエスの誕生後に、その許を訪れた東方の占星術の博士らは、ギリシア語で「マゴイ」と呼ばれており、メディア民族の中の祭司の種族であることが知られており、結果としてイエス訪問の前にヘロデ大王にメシア殺害を煽る結果となっている。(マタイ2:1-12)
このマゴイ族は、かつてもう一人のメシア、ペルシアのキュロス大王の誕生直後をも、当時のメディア王アステュアゲスを煽って殺害させようとし、失敗している様も伝えられている。(キュロスの教育)

イエスと遭遇したゲラサ地区で、墓地に住み、日夜叫んで、その身に切り傷をつけ、非常な力で拘束の枷を引きちぎってしまう男には、多くの悪霊が住んでいたが、キリストによって数千頭の豚の中に移動させられている。(ルカ8:30)

パウロは諸国民が行うそれぞれの神への崇拝について、『彼らの捧げるものは、神にではなくて悪霊に捧げられている』と書いている。(コリント第一10:20)

終末に於いては、脱落聖徒らに奇跡を行わせる力を与え(マタイ7:22-23)、特に『不法の人』と呼ばれる者に多くのしるしを行わせる(テサロニケ第二2:9)勢力として悪霊は活躍の場を得るが、臨在するキリストの顕現により『不法の人』は無に帰せしめられる。(テサロニケ第二2:8)

その終末の悪霊の導きにより、『この世』は『ハルマゲドン』と呼ばれる戦場に諸勢力を集め、神と人との戦いを慫慂することになる。(黙示16:13-16)








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