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2014年の「主の晩餐」(パスカ)4月14日

2014.03.15 (Sat)
2014年4月14日に「主の晩餐」を私は東京文京区にて行いました。

今年も志ある皆さんと共に主の死の記念として無酵母パンとぶどう酒による「主の晩餐」を執り行いたいと願いましたが、各地で行われました方はどうぞお知らせ下さい。私が把握できた方々について公表できますなら嬉しく存じます。

あるいは、それぞれの地方で個人として行われたとしても、それが聖なる想いを込めたものであれば充分に「主の晩餐」(キュリアコン・デイプノン)と呼べるものとなったことでしょう。
それを真に聖いものと成らせるものは、まず神聖な物事への価値観と謙りであり、第二に聖霊に関する知識でありましょう。

4月14日は月曜日の日没後が、ユダヤ人の酵母を除く「準備の日」となりましたので、小アジアの伝統を伝えるエフェソスのポリュクラテースの言葉に従ってユダヤ暦に寄添い、ニサンの月の14日の始まるこの夜に、キリスト最後の晩餐のときに制定されましたこの儀式を行い、またこれを当ブログをご覧の方々にお勧めした次第です。


さて、この「主の晩餐」が当時「パスカ」とも呼ばれた背景は、ユダヤ人の「過ぎ越し」の祭りの名称「ペサハ」をギリシア語に音訳したところによります。ユダヤではこれは一週間続く「無酵母パン」の祭りの最初の晩の食事を意味していましたが、キリストの時代までには、「過ぎ越し」と「無酵母パン」の祭りが一緒にされて、本来八日間続くところがモーセに『七日間』と記されたため、ユダヤ教徒は無酵母パンを食べる『七日間』を守ろうとしてニサン15日に過ぎ越しの食事を行う習慣がイエスの時代までに出来上がっていましたので、ちょうど出エジプトの十番目の災いの下ったニサン14日がイエスの殉教日がとなる道が開かれました。

今日でもユダヤ教はパリサイ派を主流としていますので、ユダヤ人が過ぎ越しの食事をニサン15日に行い、キリストの死を記念する主の晩餐が一日先行することになるのはイエスの時代と変わりません。

この14日はユダヤ教では神殿で過ぎ越しの犠牲の子羊が屠られる日でありましたから、キリストも「神の子羊」として同じ日に犠牲となられ、こうして出エジプトの子羊の血がイスラエルの初子を救ったように、キリスト・イエスの血は人類の初子である「聖なる者」を最初に救うことが照らし合わされ、その人々に聖霊が降下するための「新しい契約」の基礎が据えられました。それはやがて「神の王国」の実現を通して全人類を救うものともなってゆきます。

この人々は人類の罪を除く「祭司」となり、千年続くという「神の王国」の王ともなって、この争い満る世をアガペー愛と平和に繁栄する社会に代える役割を果たします。

そのためには、まずイエス・キリストの犠牲の死と、その貴重な贖いの代価である血によって人間の罪への赦しの基礎が据えられねばなりませんでした。

イエスは最後の晩を十二使徒らとユダヤの習慣により過ぎ越しの食事をされ、その後で新たに無酵母パンとぶどう酒によるご自分の記念となる会食儀式を制定されました。パウロは、それが「世の終わり」に再びキリストが到来されるまで行われるものであること、またそのふたつの表象に与るのが限られた人々であることも知らせています。

その人々とは、『新しい契約』に入ったために聖霊を注がれ、その賜物を持つことで『証印を押された』『聖なる者』と呼ばれる特別な人々であることが聖書の語るところとなっています。

つまり、無酵母パンに与ることはキリストの体を分け持ち、同じく霊の体に新しく生まれることを、ブドウ酒に与ることは、その表象される血によって、『新しい契約』に入り、肉体で居る間から「罪」を仮に許された状態に入り『聖なる者』となること、また『キリストに近い者』とされ共に遺産である『神の王国』の相続権を得ることを表しております。

ですからそれは、『聖霊』を得た『賜物』を持つ者、『新しい契約』によって神とキリストとの格別の関係にある人々だけが与れるものです。

聖書に描かれた時代では、キリスト教徒の集まりのほとんどが聖霊の賜物を持った「聖なる者」でしたから、皆がパンとぶどう酒に与りましたが、そのような「聖なる者」はその後減ってゆき、初期キリスト教徒たちの伝える資料の数々が証しするようにキリスト後百年から百五十年ほどの間に、聖霊の賜物という奇跡を行う力を持つ人々は絶えていなくなりました。

ですから、今日の「主の晩餐」でふたつの表象に与る人は誰もいませんが、この式を行うことで、再び聖霊が注がれ正しく「聖なる者」と呼べる人々が現れ、キリスト教初期のころと同じく、その賜物によって活動を始め、神の御力による奇跡を伴う強力な世界宣教を行うことを、私たちが願い待望していることを示すことができます。

その「聖なる者」の現れによって、世界はいよいよ「終わりの日」に入り、「神の王国」の始まりを通して、欲が支配するために争いや苦難多い今の世が終わり、神の栄光を反映するアガペー愛によって造られ、動く社会の実現を見ることができるようになるでしょう。

それは創造の神を高め、その意志に沿うもので、その社会を主導するのがキリストと聖なる者と呼ばれる「神の王国」に属する人々であり、この人々が天から人類の罪を除き、争いを過ぎ去らせ、アガペー愛の社会の実現を招く「選ばれた民」となります。それは遠い古代にアブラハムに約束された事柄であり、更にはエデンの園で予告されたサタンを無に帰せしめる神の手段でありました。

このように偉大な神のご意志である真の福音に信仰を抱き、そこに大きな価値を見出す方々と初期キリスト教徒の仕方で、主の復活ではなく、主の死を記念するものとしてイースターによらずパスカとしてキリストの意向に沿う「主の晩餐」に陪席することを願います。

この「パスカ」という呼び名は初期キリスト教徒が、ユダヤ人の「ペサハ」を音訳したもので、『過ぎ越し』の一日前に行っていた蓋然性を示すものです。

ですが、第三世紀ころまでには、ユダヤ教徒との不仲が激しくなり、パスカをペサハから分けようとするようになります。
そこで、キリストの死ではなく、復活に着目され、ユダヤ人のペサハの後の日曜日を「復活祭」と名を変えて、同じ日に記念しなくてもよいようにされました。

ですから、クリスマスと異なり復活祭の日付が陰暦に由来して、今日のグレゴリオ太陽暦を毎年移動してゆくのには、このような古代のユダヤ教徒とキリスト教徒の不仲が刻み込まれています。

やがて、復活祭は異教の女神に由来する「イースター」とも呼ばれるようになり、ますます、ヘブライ色を脱してギリシア=ローマ的なヨーロッパ独自のものとなり、キリストの死を記念する厳粛な雰囲気は、復活の祝いへと変えられました。

ですが、今日でも、本来の仕方に倣ってユダヤ暦ニサン14日にパスカとして、キリストの死を記念することは可能です。
ユダヤ人がニサン15日から「ペサハ」に入る前の晩を取り分けて、そこで無酵母パンとぶどう酒による「主の晩餐」を行うことは難しいことではありません。

それは神の御計画(プロスェシス)に協働しようとする、その人の大志の表れであり、また、聖なる者らの現れる前から彼らへの支持を表明するものとすることができます。(マタイ25:34-)

これは今後も各地、またご家庭でも無酵母パンを作り、ブドウ酒を用意することで、日没後の幾らかの時間を取り分けて行うことができます。聖い想いの内にキリストの死と聖なる者らの絆、また新しい契約が人類にもたらす素晴らしい社会と永遠の命について思い巡らし、あるいはヨハネ13章から17章のいずれかの章を読むこともよいでしょう。

東京では、今年2014年は昨年以上に「ディダケー」と呼ばれる非常に古い資料を参考にしたパスカを行いました。しかし聖書そのものには式次第のようなものは残されていませんので、上記のような認識と、神とキリストへの敬意を込めたものである限り、それが相応しくないということにはならないことでしょう。

2013年も小アジア式の日付4月24日の日曜日に東京、埼玉、富山の各地から行なわれたとのお知らせを頂きました。
〈現在2014.7月のところ、新十四日派の理念に共鳴して行われた「主の晩餐」は〉
 ・東京都内2名 ・埼玉県内2名 ・富山県内1名 ・海外1件

来年2015年の4月3日の晩も、それぞれ心に動かされるところのある方々の協賛を心待ちにしております。

頭書のように、2014年の「主の晩餐」を行わました方々はお知らせ頂けますなら幸いに存じます。

 quartodecimani(a)hotmail.co.jp ←(a)をアットマークに入れ替えてください
  林 義平 宛て



 無酵母パンのレシピはこちら


 また関連するこれまでのブログ記事は以下の通りです

 ◎歴史的基本説明

 ◎「主の晩餐」が「復活祭」に入れ替わった事情

 ◎教会員の方々への説明 (イースターとの違いなど)

 ◎2012年度の案内文 (使徒ヨハネと小アジアについて)

 ◎2013年度の案内文 (初期の小アジアのパスカについて)

 ◎2014年度の案内文 (ディダケーに現れる主の晩餐)









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