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「大いなるバビロン 終末のイゼベル」 新刊出来

2020.09.06 (Sun)

完全書き下ろしの新刊出来

大いなるバビロン 終末のイゼベル
-バアル崇拝の顛末と黙示録の表象-


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amazonから電子版を出版 ¥500 Docx A5版 105頁
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「大いなるバビロン」という秘儀をバアル崇拝の顛末から解く

イスラエル王国の王アハブは、カナン人との通婚を禁じたモーセの律法にあからさまに反して、カナン系シドンの王女イゼベルを娶った。
そのため、イスラエルとユダの両国にカナンの神バアルの崇拝が王族を通して広められ、彼らの父祖の神YHWHの崇拝は後退を余儀なくされるに至った。
サマリアにもエルサレムにもバアル神殿が建立され、幼児を火で焼く忌まわしい崇拝が各地に蔓延してゆく。
その中から預言者エリヤがただ一人立ち向かい、カルメル山上での圧倒的勝利を納め、民の心をYHWHに帰らせる。

しかし、イゼベルの影響力は俗権に於いて強力であり神の奇跡なぞ意に介さないばかりか、既に多くのYHWHの預言者らを亡き者とし、今やエリヤにも襲い掛かる。
エリヤはモーセの原点となった荒涼たるホレブの山に逃れ、神との邂逅からバアル崇拝を罰する三人の任命を託された。

後継の預言者エリシャにより、シリアのハザエルとイスラエルのアハブの家から王位を簒奪するエフーがそれぞれ王として油注がれ、そのため遂にオムリ王朝は倒され、イゼベルは宮殿から落下させられ、サマリアのバアル神殿はその崇拝者と共に過ぎ去った。

しかし、イゼベルという女の鮮烈な生き様は、終末に至るまでの長い影を引き、この世の終りの夕陽に照らされ、遂に大娼婦「大いなるバビロン」という巨像を黙示録に投影することになる。これが地の王らの上に君臨する宗教上の淫乱なる女王である。
このバアル崇拝にまつわる一連の故事はただの歴史として記録されている以上の意義を孕んでおり、それは終末に於いて著しい啓発と成就とを与えるであろう。

即ち、終末に「聖なる者ら」を滅ぼし、血の罪を負うという黙示録中の大娼婦「大いなるバビロン」が何者であるかは神の「秘儀」であり、具体的に明かされることなく今日にまで及んでいる。
しかし、この大娼婦が「王たち」、即ち、公権力を使嗾して、終末に聖霊を受けて語る聖なる者らを亡き者とさせることに於いて、旧約聖書の列王記に現れるバアル崇拝者でイスラエルの王妃となったフェニキアの王女イゼベルの故事を見てゆくと、そこに黙示録の「大娼婦」との整合性から、その予型であったことが見えてくる。

実際の古代都市バビロンと、実在した女王イゼベルとが共に終末の大娼婦を描き出す役割の一半ずつを負っていると捉えるべき理由を聖書そのものが提供しており、古代の事例を用いて将来の終末に登場するものを表象とし、それを暗示しているのである。
即ち、女王イゼベルは予型、大いなるバビロンは対型であり、古代の出来事とそれに伴って預言された事柄が、単に一回の成就に留まらず、「終末」という、より重大な局面、人類全体が関わる遥かに重大な時について、聖書はその持てる預言の力を結集しているというべきであろう。

終末に世界の人々の裁きがあり、その結果を分けるものが聖霊を介した『信仰』である以上、聖書が確たる保証を人に与えるような仕方で言葉を書き記すことはない。人は皆おしなべて「裁きを前にした罪人」であるならば、聖書は人に安全を請合う法的証書でも、立証済みの学術論文でもないのであり、それらを遥かに超えた神の言葉は、人の内面を個々に試し、動機を焙り出すものである。それがまた、黙示録という書が暗示で成り立っている所以でもある。

それでも、列王記のバアル崇拝の観点から黙示録を照らし合わせることで、イスラエルとユダの両国に多大の害をもたらしたイゼベルの姿によって「大いなるバビロン」が何者であり、どのような経緯を辿って遂に最期を迎えるのかを類推することができるのである。

本書は、キリスト教界で明瞭に解説されることの稀な「大いなるバビロン」という秘儀を、預言者エリヤとエリシャの時代の視座に就いて探る試みである。
その意義は、終末に神に対抗しては滅びに至る「対型的なバアル崇拝」に陥ることへの警告であり、「聖なる者ら」の現れに際して、その聖霊の言葉に逆らうことのないよう備えさせることにある。

その忌むべき「バアル崇拝」は今日でも広く蔓延しており、もし「対型の預言者エリヤ」が現れるなら迫害して取り除き兼ねない勢いなのである。
そこで求められるのは、エリシャやエフーのような人々の現れであり、その人々は、「対型のエリヤ」であるところの「聖なる者ら」の聖霊の奇跡の言葉に信仰をおくであろう。またケニ人エホナダブのように「今日のバアル崇拝」に嘆息している人々でもあろう。

だが、黙示録は終末のイゼベルである『大いなるバビロン』が、どれほど俗界に権威を見せ、聖徒を滅ぼそうとも、終末の時期も終局に際しては高所から落下するかのように突然に滅び去り、遺骸さえ食い尽くされて何も残されないことを予告する。
そのとき、「聖なる者ら」への『二倍の復讐』が果たされることを喜べる人は幸いであるに違いない。


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100頁ほどの小著で読み易く、全体は三つの章で構成。
最初に二章で故事を解説し、第三章に黙示録の対型を解く
目次は以下の通り

第一章 アハブ王と預言者エリヤ
◆古代カナンの神
◆南北に分かれたイスラエル民族の国家
◆サマリアのバアル崇拝
◆譴責と旱魃
◆カルメル山上の対決
◆神の許に逃れるエリヤ
◆エリヤはYHWHに奏上する
◆後継者に恵まれる
◆ナボトへの血の罪
◆アハブの死

第二章 バアル崇拝の終焉
◆取り去られるエリヤ
◆イスラエルの影響を受けるユダ
◆モアブの反抗
◆エリシャの奇跡の業
◆二人の王への油注ぎ
◆隊長の謀反
◆女帝イゼベルの最期
◆ヘブライ人の原点を生きるケニ人
◆騙し討ちによる崇拝者の殺戮

第三章 終末のイゼベル
◆王たちと淫行を犯す大娼婦
◆「大娼婦バビロン」に暗示されるイゼベル
◆多くの水の上に座すバビロン
◆地上の舞台から去ったエリヤ
◆終末にエリシャの働きを為す者ら
◆究極の騙し討ち
◆離れるべき「バアル崇拝」


Docx A5版 105頁
電子版発売中




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