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電子版「閉塞してゆく現代を原始キリスト教が解き明かす」刊行

2019.08.18 (Sun)

この度「閉塞してゆく現代を原始キリスト教が解き明かす」をアマゾンから電子出版いたしました。

(これは、かつて原稿を書き貯め2016年に「いま、なぜ原始キリスト教か」という表題で23章186頁に仕上げてDLマーケットから出版していたものに数章を加えて新たに26章266頁に改めたものです)

幸いに、特には宣伝もしない内から購読して頂きました方々がいらっしゃり、アマゾンの宗教部門の新刊のベストテンに入ったとの知らせは、ギリギリでしょうけれども、それでもまったく予想外のことで、ご購読頂きました各位には誠にありがたく感謝申し上げます。

Primitivechristianity
  A5版 doc.266頁 ¥473
  ⇒ アマゾン販売ページへ

その内容についていくらかご説明しますと・・

地球規模に何か不気味な異変があちこち感じられる今日、それが人間が原因を作ってきたのかどうかさえ議論されてはいるのですが、それでもそうした兆候は弱まることもなく、次第に容易ならぬ規模に広がっております。

さまざまに対処を唱える人々が警鐘を鳴らす一方で、経済活動を優先しなければ明日の生活が成り立たない現実、また膨大なエネルギーを消費しつつ利潤を追求し続けなければならない企業の事情、諸国家の利害の衝突など、この世界は危機を感じながらも身動きがとれないでいます。

この事態は、代々にわたる人間の行動の積み重ねの結果であれば切羽詰ってから対処するのも困難なものであり、この危機を脱することが可能であるかどうかについて、識者の語るところはそう心強いものではないようです。

難題に直面したときにはその原因をわきまえることが何より必要ですが、人間社会の表層に現れる事態の原因に議論は有っても、より深い原因、つまり人間の性質に由来するものについては、誰が問題にするということもないのはどうしたことでしょうか。

それは人間の不倫理性なのですが、いまさら、この危急の事態に立ち至ってしまえば、却って根本的原因をどうこうしている時間もないと思えるのかも知れません。

しかし、人間のこの不倫理性である『罪』が歴史上人々を苦しみ続けた挙句に、不倫理性の存在そのものが問われる時が来ることを知らせて来た書物が古来から有ったのです。

しかし、人々は「ご利益」を望んで、世界で最も頒布されてきた貴重な情報を伝える書物の価値を悟らず、そこにある人類の救済を特定の宗教信者たちだけの至福に置き換えてきてしまいました。そこにすら貪欲な願望、不倫理性が付いて回ります。

ですが、その聖なる書に記された数々の事柄の意義の重さが理解され、人々が自らを省みるだけでなく、自分という存在の意味をも知るべき時が来なくては、この書が世界で最も頒布されたものとなる意味もなかったことでしょう。

その書「聖書」には、世の終りつまり「終末」が到来すること、また、その時に何が知らされ、それがどれほどの変化をもたらすかについて、再三に記されており、そうである以上、終末にはそこに書かれた意味が知らされ、広められるべきことになります。

もちろん、今回出版されたこの本が、それを成し遂げるわけもなく、終末には神からの啓示が聖霊を介してキリストの初臨のときのようにあまねく世界に知らされると聖書にはあります。

それでも、この予備的理解さえまるで無いところに神の啓示も下賜はされないことでしょう。
なぜなら、その価値も悟ることのない人々が、その啓示を荷うことは考えられないからで、それゆえにも神はシュメール期の太古から、つまりアブラハム以来数千年の時の流れを通して漸進的にその目的を知らせ、キリスト後に至ってその知識を体系付け、なお将来の終末に明かされるべきことまでも含んで聖書を綴じたからです。

そこで、この危機の時代が終末の到来を意味するのであるなら、やはり、予備的理解が少なくとも存在しているべき理由があることになります。
そして現在、その終末が近付いているのかも知れず、また、そうでないのかも知れません。
いずれにしても、終末という時を迎えるのであれば、聖書に語られてきた数々の重い内容はいよいよ開示され知らされる必要があります。

西暦前八百年ほども昔から、終末期に現れる『シオンの残りの者たち』と呼ばれる一群の人々がいて、来るべき事柄に備えることが予告されています。新旧の聖書の記述を総合すると、彼らの先立ちが終末の到来を呼び込むことを教えています。これは、御利益信仰に堕した「キリスト教」からはけっして聞かれる音信ではありません。では、それはこの時代に『シオン』と呼ばれる彼らが形成されて現れるということなのでしょうか?

本書は、キリスト教の背景の有る無しに関わらず、この世の有様を憂う方々に向け、本来あるべき姿のキリスト教というものが、窮境にある人類の問題ある姿を映し出す鏡であることを知らせるよう試みるものであります。

それによって、人は自らの真の問題を知り、今何をなすべきかを考えるきっかけを得られるかも知れません。

もし、微力を尽くして出版しました本書が読者のみなさまのお役に立てますなら大いに喜ばしいことです。

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なお、アマゾンからの入手につきましては、顧客としての登録が必要とはなります。
しかし、通販ではありますが、クレジットカードの登録は、必ずしも必要ではないとのことです。
コンビニ決済、ATM、ネットバンキングなどの支払い方法も選択できるようです。⇒アカウント作成方法

加えて、アマゾン・プレミアム会員では、「読み放題」の中に三か月毎にに含まれるとのことです。
この電子版は価格450円を頂いております。
(収益が有りましたら紙本出版の費用の一部に充てさせて頂きます)

閲読するには、「キンドル・電子書籍リーダー」なるアプリケーション(ソフト) をご使用のパソコンやスマートフォンなどに取入れる必要はありますが、ネットに接続していらっしゃれば、直ぐに利用できます。
KindleApp.jpg
このアプリケーションのダウンロードはこちらで行えます⇒ボタンをクリックするだけ

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さて、本当に現代はどんな時代に至っているのでしょうか。
終末が近いのかも知れず、そうでないのかも知れませんが、もし終末が近いのであれば、それが分かってから聖書を開き始めるのではほとんど意味を成しません。
特に、『聖霊』という次なる啓示が降るとき、その価値を悟る人が誰もいないのであれば、人間とは何と無益な存在なのでしょうか。

「新十四日運動」は、未だ何を行っているでもありませんし、日本の各所にほんの五人で年毎の「主の晩餐」を守っているに過ぎません。そのほかに身体的事情でその儀式も行えないながら、広報を支えて下さる方もいらっしゃいます。これらの方々の賛同は、この私がどうのというより、よほど価値の認識に於いて意義深く刻まれるものとなることでしょう。(ルカ18:8)









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29.愛について

2019.08.11 (Sun)


愛とは不思議なもので、行いを通して表されるものであるのに、目には見えません。
しかも、その真偽を見分けるのも易しいことではありません。

そして、この見えない愛にキリスト教の本質また結論があります。
愛とは、人が持つ唯一の真実なものであり、神が人に求め、また人に問い掛けるものといえます。

創造の神が、自らの『象り』に人を創られたのであれば、人には自らどう振る舞うかについて倫理的に自由な選択が可能であるでしょう。
それですから、アダムとエヴァにエデンの二本の木の選択を任せ、それによって彼らに愛を求め、また問い掛けたと言えます。
神は全知全能で在られるにも関わらず、彼らを強制されず、その選択に任せました。純粋な愛は監視も強制もない自由の下でのみ働くからで、この処置は理に適うことです。

ヘブライ語で書かれた旧約聖書には「慈愛」(ヘセド)[חסד]という言葉が神の愛の形としてよく出ているのですが、この言葉ヘセドには「忠節」や「不変の」という意味を含んでいます。ですから、アダムとエヴァは忠節な愛を示さなかったと言うべきでしょう。

神は人と「忠節な愛」によって結ばれてこそ共にずっと生きることを創造の意図とされたのでしょう。もう一本のが『永遠の命の木』であったことがそれを示唆しています。
また、神は『忠節な者には忠節に行動される』と書かれています。(詩篇18:26)

他方で、人が愛の行いとされることをただ命令されて従順に行ったとしても、その人が純粋な愛を懐いているかは分かりません。必ずしも「そのような行いをしたからそれは愛だ」と決められないものです。愛とは人の内面にだけ存在するものだからです。
アダムたちが禁断の木から食べなかったからといって、それで神への忠節な愛が証しされたとは言えず、そこに新たな要素である「試み」が登場する理由もあります。
つまり、エデンの蛇、つまり悪魔がアダムたちを誘惑することにより、彼らが忠節な愛を示すか否かは試されましたが、それは人がただ生きたいという願望だけで神と共に生きることが許されるわけではないことを知らせています。

同じ様に、誰かが神に従順に行動したからと神への愛を懐いているとは証明されるものでもありません。あるいは自分の利益を求めて神に従順に行動し、実は賃金の支払いを請求するかように、神に義務を追わせようとの意図が、本人の意識するしないに関わらず働いていないとも限りません。その場合に、根底にある動機は愛とも忠節とも言い難いものです。(ローマ4:4)
エデンの園で蛇が誘惑を仕掛けたように、神への従順を示していると自認する人が試されるとき、さて何が起るでしょうか。

ユダヤ教の宗教家らは、モーセの律法を守ることに於いて、細かな戒めに至るまで注意深くあったのですが、その一方で、遣わされたメシアを処刑に追い込むほどの敵意を見せました。
このような矛盾がなぜ起こったかと言えば、彼らは神に対して従順であるという理由で自分たちは「正しかった」と思い込んだからであり、神の命令を守っているという正しさは、彼らにとって神の是認の証拠であり、ナザレから来たイエスについては、聖書が述べるままにベツレヘムの出身ではないとの判断が先に立ちました。また、律法を守るための神経質なまでの作法にイエスが従わないのを見て、イエスという人物がどれほどの奇跡を行おうとも、悪人と思い定めたのです。(マルコ3:1-6)

彼らは、イエスの奇跡の業によって同朋が癒されることに価値を見出さず喜べず、メシアを『悪霊の頭』によって不思議を行うものと断定しました。彼らの関心は、民の幸いよりは自分の立場の確保に向いていたようです。
そこでイエスは彼らにこう言われたものです。『人にはその犯すすべての罪も、神を汚す言葉も赦される。しかし、聖霊を汚す言葉は赦されることがない。また人の子に対して言い逆らう者は赦されるであろう。しかし、聖霊に対して言い逆らう者は、この世でも来るべき世でも赦されることがない。』(マタイ12:31-32)

イエスが安息日の伝統を守らず、清さに達しない平民たちを蔑む宗教家たちの高慢さを暴露するので、律法を守ることによって自分の『義』に酔ったユダヤ教徒たちはイエスが聖霊を通して行う奇跡を認めるわけにゆきません。自分たちの方が「正しい」のですから。(ヨハネ9:16)

こうして「神への従順」を正しさの根拠とする人々は、愛も憐れみも欠いていることをキリストの現れを通して露わにしてしまいました。(ヨハネ9:29-34)
そこで聖霊の奇跡の業は、彼らの内面を裁きふるい分ける働きを行っていますから、イエスはこのようにも語られました。
『誰も行ったことのないような業を私が彼らの間で行っていなかったら、彼らに罪は無かっただろう。しかし今、彼らはその業を見たうえで、わたしも父をも憎んだのだ』。(ヨハネ15:24)

やがてユダヤの宗教指導者らはイエスを逮捕し、ローマの権力に処刑させてしまい、その罪の深さを表してしましました。
彼らの律法の文言へのこだわりは、聖霊の奇跡によって無意味なものにされたという以外ありません。
『愛を通して働く信仰こそ重要である』という観点が、まさしく彼らに欠けていたというべきでしょう。(ガラテア5:6)

しかし、今日のキリスト教界が、かつてのユダヤ教徒の失敗から学んだかといえば、そうも言えません。
確かに、新約聖書中には幾つかの道徳条項のような言葉もあります。しかし、それらは『新しい契約』という聖霊を注がれた『聖なる者』と呼ばれる人たちに求められる聖さの基準を述べているのであって、その他の人々に要求されているわけではないのです。(ペテロ第一1:15-16)

もし、新約聖書に記された道徳的条件を満たすよう努めるのがキリスト教であるとすれば、キリスト教徒がその道徳規準を守っていると自認するときに、そうしていない他の人々への利己的優越感を防ぐことができません。そこには自分は救うとしても人類を救うための『キリストの契約』の精神がないからです。
そのような人は、福音書にある『多くを赦された者は多くを愛す』という言葉、また『健康な者に医者は要らない』というイエスの慈愛深い発言の価値を味わい知ることはまずできません。(ルカ7:47/マタイ9:12)

人は、どう生きるべきかと自らに問うときに、何らかの規則を求め勝ちではあります。間違いのない人生を送りたいと願うことは自然なことですが、そのためか、多くのキリスト教宗派、修道生活は言うに及ばず、プロテスタントや新興団体においても、道徳律や規則が偏重される傾向が強いのです.
しかし、それは律法への従順を要求したユダヤ教のシステムへの逆戻りというべきでしょう。
パウロが再三指摘したようにキリスト教において重要なのは規則遵守の服従ではなく、自由から来るところの自発的な愛や信仰であることはあまりにも明白です。求められるのは真実な愛でしょう。(ガラテア3:14/5:1)

では、人々はなお神に従順を示そうとするのかと言えば、イエスを退けたユダヤの宗教家らも、今日のキリスト教徒も同じく「自分の正しさを得て救われたい」という欲求からでしょう。もちろん、人は自分が好んで悪者になりたいわけもないでしょうけれども、その気持ちを懐くところで、利己的になる一線を越えてしまうのでしょう。
つまり、自分が正しい、救われるとすることで利己心を許してしまい、そうなると、自分の清さや正しさのために周囲を蔑むという愛に悖ることをし始めてしまいます。その矛盾に気付けなければ、人は自らの内奥の人がどのようなものか、また、何を望んでいるのかを意図せずに露わにすることになるでしょう。それが「神の裁き」というものです。

もとより、創造界に不調和が持ち込まれたのも、優れた天使であった者が利己心を起こし、自分だけを愛して神から離れ、自分を神のように高めたいとの願望を宿したところから始まっています。その者が『悪魔』と成ったのです。(イザヤ14:13/エゼキエル28:14-15)
そこで神がアダムとエヴァに選択を委ねたのも、自ら進んで神への忠節な愛を選ばせるためであったと言えます。ですから『あなたがたは善悪を知る木からとって食べるな』と言われたのも、彼らに死すべきものとなって欲しくなかったからのことで、それは親として生み出した側からの創造者の願いであり、それでも監視も強制もしなかったのは、二人を自らの『象り』として尊重していたからでもあるでしょう。人を尊重することは、神が自らを尊重することでもあるからです。そこで試されたのは従順ではなく、明らかに愛、忠節で変わらぬ愛であったと言えます。

こうしてアダム以来、創造界では利己心と利他心とがせめぎ合っています。(ヨハネ1:5)
もちろん、神は創造界が互いの幸福を願う者らで満たされることを意図していることでしょう。そうでなければ、キリストの犠牲を与えなかったに違いありません。その犠牲は愛の極致であったからです。
そこで一人一人に問われるべきものがあります。
それは、神と人にどう関わって各人は生きてゆこうとするのか?との倫理に関する問いであり、愛によって神と人とに結ばれようとする人は、そこに生きるべき理由を得ることになります。

使徒ヨハネはこう書きます。
『神は愛です。愛に留まる人は神の内に留まり、神もその人の内に留まってくださいます。』
また、『愛には恐れがなく、完全な愛は恐れを締め出します。なぜなら、恐れは罰が伴うもので、恐れる者には愛が全うされないからです。』とも述べます。(ヨハネ第一4:16.18)

誰かが神に対して従順を努める背景に生存のための保身願望があると、創造者を「滅ぼす神」と捉えるので、そのために神の前に正しさを立証したいと願うにしても、それは恐れに基くものであり、上記の句からすれば、愛が全うされているとは言い難いものがあります。

まさに、イエスの当時の宗教家らについてイエスはこのように言われました。
『あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、その聖書は、わたしについて証しをしているのである。しかも、あなたがたは命を得るためにわたしの許に来ようともしない。わたしは人からの誉を受けることはしない。しかし、あなたがたの内に神への愛がないことをわたしは知っている。』(ヨハネ5:39-42)

つまり、宗教家らは自ら永遠の命を得ようとして聖書を調べはしても、目の前にいたメシア=キリストには敬意も関心も示しませんでした。懐いたのは排他性と敵意です。
なぜかと言えば、愛が無い、まさに同朋が奇跡の業に癒されるのを喜ぶでもなく、その業の偉大さに価値を感じることもなく、人も神も愛してはいなかったことを、まさにメシアの現れを通して示してしまっていたのです。

かつてイスラエルの大王としてダヴィデの王座に就く華々しいメシアを望んだユダヤの宗教家に対して、ナザレ村から来られたイエスはまことに質素であり、王となるどころか重罪人と共に極刑を受けるという、彼らには信じられない姿を見せました。
ユダヤ教は今日までパリサイ派であり、イエスがメシアであったなぞ到底認めることができません。

そして、キリストはこの世に再臨されると言われますが、将来の終末に於いてキリスト教界は彼らユダヤ人の轍を踏まないものでしょうか。聖霊を注がれる弟子たち、つまり『聖徒』らが真のキリスト教を再びもたらすとき、今日のキリスト教界は『聖徒』をキリストの業を行い、神を証しする者らとして認めるでしょうか。(ヨハネ14:12)
これは実に重要な問いとなるでしょう。聖霊によって語る彼らを拒むとすれば、その理由は何でしょうか。

今日、既にキリスト教の信仰に在ると自認する人々が真摯に自らの信仰の動機を吟味してみることは、神との関係、また人々との関係の根幹に関わる問いと言えましょう。それは自分という「内奥の人」を省みることです。

また、これまでキリスト教の外に在って、信仰に無いあらゆる人々にとっても、それは同様に重い問いとなるでしょう。
人を生きる、その方法の二本の道がそこに在り、わたしたちの誰もが『二本の木』の選択に相当する試みに面することになります。
それを分けるものは、利己心と利他心、他者とどう関わって生きてゆこうとするのか、つまり『愛』が試されるのであり、これは究極的な倫理問題であり、人はこの世が裁かれる終末にどちらかを選ぶことになるのでしょう。

このように、人々には規則によらず利他的に生きるべき理由が生じています。愛がその人の特質となる必要があります。
自らを省み、自分がどのような者であるのかを熟考し、かつての宗教家らのようにはならぬよう注意を向けることは、現に誰にもできることでしょう。宗教家らは信仰を持ち、敬虔とされながら『赦されることのない罪』に陥っていましたから、これは重い教訓とすべきことです。

パウロは『愛は隣人に悪を行わない』と述べ、「愛」が「罪」の反対に位置することを示します。それは規則を必要としないものです。(ローマ13:10)
したがって、新約聖書の「愛」(アガペー)[αγαπη]とは、自己本位ではなく、やはり利他的なものであるはずです。使徒たちもキリストの教えの中心に『愛』を置き、最重要なものとしてどれほど高く掲げていることでしょうか。

キリストの「愛の掟」は「神と人を愛せよ」という以外に何の拘束も有りません。(ヨハネ13:34-35)
もちろん、キリスト教徒は何をしても良いというわけではなく、むしろそこで「愛の掟」が意味を持つことになります。
つまり、愛するゆえに、キリスト教徒は他の人々を気遣い、自分の行動を自ら抑制しようと努めたいと願うでしょう。(ヤコブ2:14-17)
他者の喜びを自らの喜びとするからです。また、誰かが幸福であっても、誰かが不幸であることを望まないからです。

キリストの「愛の掟」は、そのシンプルさゆえに、無数の条項で成る法律と異なり、様々な場面に適用できるものとなり、その人の内面が問われるものとなるでしょうし、愛は規則や型にはまらないで様々な姿で現れることになるでしょう。
つまり、「愛せ」と命じられているだけなので、それを行おうとする人は、自分の持つ同情心や共感や知恵などを総動員して努めることになり、それはその人を次第に向上させるものともなり得ます。

いずれにしても、人に問われる愛とは、見せるため救われるために示すものではなく、その人の内奥から湧くものであるはずです。信仰の動機は愛にあり、信仰に優る特質であるのです。(コリント第一13:13)
神の創造の意図は愛によってすべてが結ばれることであり、その一致の要となるのが、愛の真正さを地上で見事に体現されたイエス・キリストの愛であり、それによって『完全にされた』この方を仲介者として、すべての者が一つの愛の内に集められることであるのです。(ヘブライ2:10/エフェソス1:10)

そのようにして神の創造が完成され、いつの日か神の意志があまねく地になされることになるでしょう。イエス・キリストは、それを祈り求めるようにと言われているのです。(マタイ6:10)
愛の使徒ヨハネが語りかけるように、それこそが、わたしたちと神とを繋ぐ絆となるのです。





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28.キリスト教の歴史

2019.08.06 (Tue)

聖徒に始まったキリスト教の歴史


聖書中の『聖徒』、つまりイエス復活後の五旬節以来、聖霊を注がれた弟子たちが存在していたことは、カトリック教会や東方正教会に残る「聖人」に関する初期伝説として痕跡が残されています。
この人々に関する説話は、13世紀の西欧で物語に脚色され、人々の間で愛読されて大いに広まり、後々まで絵画の題材とされてもいたのですが、その多くは迫害に遭って命を落とし、その過程で奇跡を行ったことが描かれています。
つまり、それらの聖人たちの生きた時代は、ローマ国教化の以前で、権力の保護を得ていない頃のことです。

しかし、これは単なる伝説とは言い切れません。
聖霊を持った『聖徒』の存在については、「教父」と呼ばれた初期のキリスト教の指導者たちの記述にも表れていますし、キリスト教界の初期の三百年の歴史を記したエウセビオスの「教会史」にも様々な記述を見出すことになります。

例えれば、「当時はまだ神の霊による多くの奇跡的な力が彼らを介して働いたので、大勢の人々が、皆初めて(彼らについて)聴いただけでも、その魂に世界の創造者への敬虔な念を抱いたのである。」とエウセビオスは書いています。(教会史Ⅲ37 秦剛平訳ちくま書房

第二世紀のキリスト教徒ヘゲシッポスが「使徒たちの聖なる合唱隊がそれぞれ絶え、神的な知恵を自分の耳で聴くことを許された世代が過ぎ去ると、神を信じない血迷った一団が、単なる教義を教える者たちの瞞着によって根を下ろした。」と述べていることを教会史は今日に伝えています。(教会史Ⅲ32;以下同上)

加えて、第二世紀中葉に現れた不思議を行う異端に関する記述には、「当時はまだ神の賜物によって多くの不思議な業が各地のエクレシアで行われていたので、そのために人々は彼らも預言者であると信じ込んだのである。」ともあります。(教会史Ⅴ3)
このような「偽聖徒」はこの時代に横行し始めていたようで、彼らが本物の聖徒の群れに入るとどうなるかを、聖書外典の著者であるローマのヘルマスがこう書いています。「神の霊に満たされた者らの中に彼が足を踏み入れ、人々が祈り始めると、たちまち彼はからっぽになってしまう。この世の霊は恐怖にとらわれて彼から逃げ去り、この男は黙して一言も発することができなくなってしまう。」(牧者XI,13 荒井献訳 講談社文庫「使徒教父文書」)
これは聖霊と悪霊の違いを言うのでしょう。この著者はまた偽聖徒らが貪欲に人々からの栄誉に預かろうとする醜態も記しています。

やはり、十二使徒の最後まで残り第二世紀の始まる頃に世を去った使徒ヨハネは、偽りの霊を警戒するよう述べています。
『すべての霊を信じることはしないで、それらの霊が神から出たものであるかどうか試しなさい。多くの偽預言者が世に出てきているからです。』(ヨハネ第一4:1)

こうして、使徒時代が終わろうとする頃には、キリスト教徒の集まり「エクレシア」を挟んで、聖霊と悪霊とのせめぎ合いが起りつつあったことを歴史資料は示します。

しかし、第二世紀は聖霊の奇跡が地上から去って行く時期でもありました。
例えれば、この時期にシリアで書かれたとされる外典「イザヤの昇天」の中では、聖霊による「預言者」が当時にほとんど居なくなってしまった事態をイザヤの予告に投影して語っています。(イザヤの殉教と昇天Ⅲ,25-27)

それでも第二世紀のはじめには、自らが「預言者の聖霊」を持っていて、当時は仲間たちによく知られたというシリア出身のクワドラトスという人物が、西暦117年頃には、キリストに癒された人々の内の何人かがまだ生存していたことをその護教論に記しています。

その後も、第二世紀後半を生きた著名な教父であるエイレナイオスは「神を恐れ、御子の到来を信じ、信仰によってその心に神の霊を迎え入れる人々こそ清い人々、神に生きる人々と呼ばれる。人間を浄め、神の命へと導き上げる父の霊を有しているからである。」と述べ、彼の時代には「父の霊」を持つ人がいたことを窺わせます。(異端反駁Ⅴ9:1-3 大貫隆訳 教文館

このような証言は、第四世紀に入っても見られ、史家エウセビオス自身も使徒たちについてこう記します。
「彼らは、自分たちと共に働く神の霊と、自分たちを介して成し遂げられるキリストの奇跡を行う力だけを使って、天の王国の知識を全世界に宣べ伝えた」。(教会史Ⅲ24)
これは使徒パウロの『わたしの言葉もわたしの宣教も、巧みな知恵の言葉によらないで、霊と力との証明によるものだった。』という言葉と合致するものです。(コリント第一2:4)

キリスト教初期のこうした資料は、聖霊というものを清い人々と結びつけて語り、今日の教会員のように自分に聖霊があり「イエスさまが心に住んでいてくださる」というような、有るのか無いのか本人にしか分からないようなものではなかったことを教えています。

しかし、第二世紀が去る頃には、聖霊の奇跡は過去になったことを他ならぬ「教会史」を記した第四世紀のエウセビオスが「当時には・・」と語っているところからも明らかです。
聖霊を注がれなくなった第三世紀以降のキリスト教界には様々な変化が訪れることになります。もちろん、それは良い変化ではなく、『悪霊の教え』というべきもので、パウロが警告していたように、キリスト教界は宗教的支配の圧制が敷かれる中世の暗闇が垂れ込め、西ローマ帝国が消滅した西欧では、ローマ教皇権がかつての帝国の領域各国をまとめた欧州封建制度の頂点に君臨し始め、東方では東ローマ帝国の支配の下に国家権力とキリスト教とが一体化します。こうしてどちらの欧州もかつてのローマの領域でキリスト教を介した政治支配が行われます。(使徒20:29-30)

その後、西欧カトリックと東方正教会は互いに異端宣告して呪詛(アナテマ)し合いますが、そこに強力な共通の敵が現れるに及んで、二つの教会は協力し合うことに同意します。
その強力な敵とはイスラム教のことであり、西欧カトリックは東方教会と東ローマ帝国を助けるべく、あの「十字軍」を招集して11世紀以後長く続く殺戮の時代を招来することになりました。
その間、キリスト教はローマ帝国からの異教や、欧州各地の土着信仰を吸収してゆき、聖霊の有った時代を描く新約聖書とはかけ離れた宗教世界を形作っていました。

しかし、14世紀に入るとイングランドから当時のキリスト教会を嘆く気鋭の宗教家が現れることになります。ジョン・ウィクリフが、自ら聖書を英語に翻訳して民衆に元来のキリスト教を再布教する努力を始めるというキリスト教の回復運動を興したのですが、これが続く西欧キリスト教の新たな潮流を形作ることになるのでした。
人々は聖書の内容に驚愕し、自分たちの教えられて来たことと聖書との余りの違いについて聖職者を責めるほどになったといいます。

この運動は、ボヘミアの王妃がイングランド王家に嫁ぐことにより、チェコにも飛び火し、15世紀に入るプラハからはヤン・フスという神学者がウィクリフの活動に共鳴します。
フスはカトリックから咎められ、異端として火刑に処されてしまうのですが、チェコを中心に「フス教徒」と呼ばれる勢力が残されたため、ローマ・カトリックはこれに手を焼き、諸侯に軍隊を送って鎮圧しようとしましたが、フス派はこれに抵抗して防衛することに成功しました。

それからしばらくの後、16世紀初頭の北ドイツのヴィッテンベルクでは、一人の修道僧が悩みを抱えていました。
どれほど修道を重ねても、自分の中の悪が去らないことを上長に打ち明けたのですが、やはり修道を続けるように命じらるばかりでした。
当時、カトリックの聖書離れは甚だしく、諸侯からの収益ばかりか、民衆からも地獄行きの恐怖を利用して免罪符の販売に節操もありません。しかも、死んだ人々の罪まで免罪符の購入で軽くできるとまで言い放ったところで、そのヴィッテンベルクの修道僧が遂に異論を唱えて、自分の勤める大学のある城教会の門にカトリックへの疑問を95ヶ条に記して張り付けたと伝えられます。その修道僧が誰かは言うまでもなくマルティン・ルターその人で、それは1517年のことでした。

提出された異議は平素からローマ・カトリックに不満を覚えていたドイツの人々と諸侯の賛同を集めるところとなります。
これをカトリックが放っておくはずもなく、彼もフスのように呼び出されて殺害されるところを、ルターの地元のザクセン選帝侯が一年間も自分の城に匿い、教会側にはしらを切ったのでした。
その間、ルターは聖書のドイツ語訳に携わり、印刷技術の革新的進歩に助けられ、翻訳聖書は以後の宗教改革の基礎となります。

ルターの運動はライン川を越えてフランス側に波及し、ストラスブールには改革運動の拠点ができ、そこにはジャン・カルヴァンも参集していました。
さらにストラスブールの運動はライン川を遡ってスイスにも達し、その地では都市毎にそれぞれのキリスト教派が興り、特にジュネーヴはカルヴァンを受入れカルヴァン派つまり「改革派」の拠点となり、都市による神権政治が施行されるに至ります。

この「改革派」はやがてイギリスに渡り、ウィクリフ以来の運動が戻って来たかのようになりますが、その以前にイギリスでは王ヘンリーⅧ世の離婚問題という、おおよそ宗教と関わりのないような事で、国家としてカトリックを離れる誘因が働いていました。

結果として、イングランドはカトリックを離れ、古くにキリスト教が伝わった地を中心に据え、「英国国教会」を興し、カンタベリー大司教を王が任命して王自らが首長となります。これが「聖公会」の由来です。その後はカトリックの勢力の削減に努め、修道会は解散させられ建物の多くが廃墟と化しました。
その一方で、英訳聖書が各教会堂に置かれるようになり、人々は説教の最中ですら声を上げて聖書を読んでいたといいます。

しかし、正しさを巡って一度分裂を始めたプロテスタントは、次々に分裂を繰り返すことになります。
その原因は「正しさ」の追求にあったと言えましょう。何が正しい教理かを追求してゆくと、それぞれのキリスト教理解の違いが正しさの根拠になってしまうので、聖霊の無い中で正しさを求めるとなれば意見の相違だけ無数の宗派が始まることになります。
実際、カトリックを離れた新教派は、多種多様な教えによって無数に分派してゆきました。現在は二千ほども宗派があると言われます。

この時期からか、純粋なキリスト教生活を送ることを求めて、外界との接触を最小限に留める小さな宗派がいくつも現れています。
今日のアーミッシュ、クエーカーやシェーカー、メノナイトなどがよく知られていて、今日でも19世紀のような質素な自給的生活を新大陸で続けています。

17世紀後半のイングランドからは、カトリック色を残した国教会に不満を持ち、自らを「清教徒」と呼ぶ派が現れていますが、彼らはやがて権力まで持つようになり、その指導者クロムウェルは遂に一時的にイングランドの王政を排して、宗教と政治の首長となります。これは「名誉革命」とも呼ばれていますが、この清教徒の革命はクロムウェルと共に終わることになります。

その以前から、キリスト教の純粋さを求めた一部の清教徒らは、謹厳な理想のキリスト教の実践のために新大陸に新たな活路を見出そうと、北米のボストン近郊、マサチューセッツに植民を始めます。その第一波が1620年のメイフラワー号であったのですが、インディアンの寛容な協力を得て生き延び、今日の新教白人(WASP)によるアメリカ合衆国の礎となり、彼らは「ピルグリム・ファーザーズ」と呼ばれています。

一方、宗教改革に対してカトリックも何もしなかったわけではなく、イタリアの山地トレントで自分たちの改革を進める会議を持ち、また、大航海時代に発見された国々への宣教に励むことになりました。
そうしてアジアの東の端にある島国にまでキリスト教が達することになります。
即ち、イエズス会のフランシスコ・ザビエルによる日本宣教であり、宗教改革から32年後の1549年夏に九州鹿児島に到達したカトリックは、鎖国までの間に宣教しつつ戦国時代の日本を観察することになるのでした。日本からも大名の何人かがローマ教皇に使節を送ってもいます。

また16世紀以降、東方正教会でも広がりが見られましたが、このような伝説が伝えられています。
それは、ロシアの皇帝が国教を定めるのに、イスラムも含めて様々な宗派を調べさせた結果、正教会の美しい荘重さが相応しいということになり、国としてロシア正教を定めたというものです。

ロシアでは東方正教会とカトリック、またイスラムの勢力がぶつかる場でもありましたし、現在もその傾向を宿します。そこで、この伝説はロシアとしての宗教の選択の理由を唱えるためのものでもあったのでしょう。
ロシア正教会が旧東ローマ圏のコンスタンティノープル府主教から正式に認可された後、ロシアの東方遠征によって正教会も広げられ、その一部は19世紀後半の明治直前の1861年に北海道函館にまで到達し、その後に東京神田のニコライ堂の落成に至っています。

その後のロシア正教会は、20世紀のソビエトによる徹底した反宗教政策と無神論教育にも絶えることなく、今日でも東方教会最大の派を構成しています。ほかに東方正教会はイスラム圏にも幾らかの信者を有して、アジア大陸からアフリカにかけても広く浸透していると言えます。

さて、こうしてキリスト教の歴史を俯瞰してみると、次のキリストの言葉にこれらの要約を見るかのようです。
『「天の王国は、一粒のからし種のようなものである。ある人がそれをとって畑にまくと、それはどんな種よりも小さいが、成長すると、野菜の中でいちばん大きくなり、空の鳥がきて、その枝に宿るほどの木になる」。またほかの譬を彼らに語られた、「天の王国は、パン種のようなものである。女がそれを取って三斗の粉の中に混ぜると、全体が膨らんでくる」。』(マタイ13:31-33)

聖霊を失ったキリスト教は大きく成長し、今日では信者総数20億を超える世界最大の宗教となっています。
その拡大に伴い、キリスト教という名の下に、様々な異物を取り込みましたが、それは大衆の異教傾向に加え、政治や商業との結びつきがあってのことです。

しかし、それでも「キリスト教」と称する宗教のこれほどまでの伸張にも、キリストの例えの言葉にあるように、何らかの神の意図が有ってのことで、キリスト教とは、ただ信者が増えてゆけばそれで良いということではないのでしょう。

聖書の全体は「終末」という、再び聖霊の降る時期の来ることを説くものであり、それがいったいどのような結末をもたらすものか、そこに神の遠謀深慮を予期するべきなのかも知れません。








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27.聖書と聖霊

2019.08.03 (Sat)


キリスト教と言っても、多種多様な宗派があります。
古くからローマ・カトリックまた東方正教会があり、、カトリックから分かれたプロテスタントはルター派とカルヴァンの改革派をはじめとして更に許多のグループに分かれています。それに新たに起こされた独立的な宗派も加えて、二千近くが確認されているそうです。そのほとんどが聖書を経典としているのですが、実は、初期のキリスト教徒が新約聖書をはじめから持っていたわけではありません。彼らにとって教理を教えていたのは「書かれたもの」ではなく、現に「語られている」キリスト伝承と仲間たちの聖霊の発言でありましたから、パウロが『今は神の多様な知恵がエクレシアを通して知らされる』と述べたのも、当時の集まりの様子を今日に伝えるものです。(エフェソス3:10)

さて、キリスト教のはじまりは、イスラエルの一神教を基礎とし、キリストもその神に崇拝を捧げるユダヤ人であり、十二使徒をはじめとする初期の弟子らの多くも同じく割礼を受けたユダヤ教徒であったのですが、イエスが天に去った後、キリストの御傍に仕えた弟子たちは、この後もエルサレムに留まり、一か所で集まりを習慣にしていたところ、ユダヤ教の七週(ペンテコステ)の祭りの日を迎えると、突然の轟音と共に聖霊を注がれるに至ります。(使徒2:1-)

その日から、弟子らは習ったことのない言語で話す(異言)などの奇跡の賜物が聖霊と共に与えられ始めたのでした。
特に使徒筆頭のペテロの賜物はイエスの癒しを思わせるほどに強く、人々は彼の通る道に病人たちを並べ、その影がかかるだけでも癒されたと、自らが医師であったルカが使徒言行録に記しています。(使徒5:15-16)
癒しの点では、使徒パウロの行った奇跡の業もルカは自ら目撃しており『異例なほど』のもので、彼の身に着けたものでさえ人を癒したと書いています。(使徒19:11-12)

その後には、ユダヤ教徒ではない異邦諸国民にまで聖霊が注がれるようになり、キリストの奇跡の業を行う人々の群れに加わってきましたが、それらの血統上はイスラエルでない人々が『接木された』とパウロは述べています。つまり、地のすべての種族の祝福の基となるという、アブラハムの子孫への神の約束を本当に受ける人々は血統だけによらず、キリストへの信仰によって選ばれたユダヤ人に加え、諸国民によっても構成される選民『神のイスラエル』となって、初めて地上に現れたことを聖書は説明しています。(ペテロ第一1:2/3:6)

つまり、キリストから始まった宣教活動は、単に信者を得ることを目的としていたわけではないのです。
そこには、遥かな過去にアブラハムに約束された、彼の子孫『アブラハムの裔』、人類から『罪』を除くための『祭司の王国、聖なる民』、「真実のイスラエルの者らを呼び出す」という極めて重要な目的があったのです。(ペテロ第一2:9/出埃19:5-6)

彼らが『聖なる者たち』(ハギオイ)と呼ばれたことにも、聖霊を注がれ奇跡の業を行ったという理由があってのことで、ただキリストを信じて水のバプテスマを受けたということではありません。
また、これは大半のキリスト教の宗派で認めたくもないことなのでしょうけれども、新約聖書の記録からすれば、明らかに彼らは聖霊を注がれて超自然の業を行っていました。『わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。』とキリストが予告したようにです。(ヨハネ14:12)

例えれば、ギリシアの港町コリントスには多くのギリシア人の弟子らがいましたが、パウロは彼らが賜物に欠けることなく様々な能力を得ていることを誉めています。
彼らの集まりでは、今日ではどんな教会でも見られないほどの奇跡の業によって、彼らの『聖なる者』としての立場を証されていた様がパウロの手紙に窺えます。(コリント第一1:4-7/14:22-25)

加えてイエスは、聖霊が弟子たちを『真理の全体に導く』と予告していましたが、ユダヤ教を遥かに超えるキリスト教の理解は聖霊を通して初期の弟子たちに直に知らされていました。ですから、使徒ペテロも『それらのことは、天から遣わされた聖霊に導かれて福音をあなたがたに告げ知らせた人たちが、今、あなたがたに告げ知らせており、天使たちさえそれを覗き見みたいと願っている』と当時のキリスト教徒に述べています。(ペテロ第一1:12)
実際、イエスの生涯はユダヤ教徒としてのものでありましたが、キリストとして律法を成就させて後の、新たな「キリスト教」と呼ばれる革新的教えが始まるのは使徒時代以後のことであったのです。(ガラテア4:4/)

キリストが地上を去って初期の弟子たちに聖霊が働くなか、第二世紀の聖霊持つ小アジアの著名な弟子(パピアス)が、マルコ福音書など書かれたものを余り評価していないことを述べた記録さえ残っています。彼らには、現に神からの音信が聖霊を通して伝えられていたのであれば、そのように書かれたものについての高くもない認識も理解できることでしょう。
書かれたものが必須となったのは、聖霊が引き上げられて霊感が地上から去った後のことであり、残されたキリスト教徒にとって、新約聖書がこの上なく貴重な経典の立場を得ているのも、まさに聖霊の無い現実を物語っていると言えるでしょう。

初期の弟子たちに奇跡の業を行わせた聖霊が、彼らが特別に選ばれた人々であることを証していたことを聖書は次のように指摘しています。
『あなたがたもまた、キリストにあって真理の言葉、即ち、あなたがたが救いをもたらす福音を聞き、また、彼を信じた結果、約束された聖霊の証印を押されたのである。
この聖霊は、わたしたちが神の国を受継ぐことの保証(手形)である』(エフェソス1:13-14)
ですから、この奇跡を与える聖霊は、信仰に無い他の人々にもそれと分かるように『顕現』するものであり、今日の教会の信者が言うような本人にだけ分かるようなものではなかったのです。(コリント第一12:7)

確かに、イエス・キリストが磔刑に処される前の晩に十二使徒と食事を共にし、彼らには別の助け手として『聖霊』が与えられることを知らせています。(ヨハネ14:16・26)
また、キリストが復活した後にも、彼らが聖霊を受けることがその意志であることを語られてもいます。(ヨハネ20:22)
キリストは公生涯を通して律法を尽く成就し、完全な義に到達されました。次いでイエスは自ら選び出した人々にその『義』を契約によって与えます。(ヘブライ2:10-11)

イエスは『誰でも新しく生れなければ、神の王国を見ることはできない』と教えられましたが、この「新しい誕生」とは聖霊の注ぎを受け、アダムの命に生きるのを止め、復活したキリストの命に在って生きること、つまり、アブラハムからの相続財産である『神の王国』の一員として招かれ真実のイスラエルに含まれることを言うのです。(ヨハネ3:3/ペテロ第一1:3-4)
これがつまり『新しい契約』の本来の意義であり、かつて旧約聖書のエレミヤが預言した、律法契約に代るところの「その掟が文字ではなく心に記される」人々の到来を指していました。(エレミヤ31:31-33)

彼らは、キリストの犠牲の価値を人類全体に先立って適用されるために、アダムからの『罪』を赦免される状態に入ったと見做されます。そうでなければ、彼らが『新しく生まれて』キリストの命に生きているとは言えません。
ですから、使徒パウロも『今や、キリスト・イエスに結ばれている者は、罪に定められることはない』と述べます。(ローマ8:1)
また、『すべて神の霊に導かれている者は、神の子である』とも言うように、彼らは『罪』から仮赦免を受けたので、キリストと共に『神の子』の立場に入ったことが知らされています。(ローマ8:14)

彼らが『キリストと共同の相続人』であり、キリストの『兄弟たち』であるとされるのは、そのように『神の子』としての立場に入ったことを指しています。
しかし、それが『契約』に立脚している以上、彼ら『聖なる者たち』には契約を守るべき務めがあり、元からはアダムの子孫である彼らに与えられた赦免といっても、やはり未だ他の人々と変わらない以上、契約無くしては存在し得ない立場です。

ですから、イエスは神の王国について『狭い戸口から入るように努めなさい。確かに言うが、入ろうとしても入れない人が多いのだ』と言われたのも、聖霊を注がれても契約を全うしない者が出てしまうことの警告でありました。(ルカ13:24)

その裁きは、終末にキリストがこの世に臨在するときに行われることになります。
『この世』のありさまが『神の王国』によって大変革を遂げる以前に、その王国を構成する『聖なる者たち』は『キリストの許に集められる』必要があります。彼らが『キリストと共なる王』とされるからです。(テサロニケ第二2:1/テモテ第二2:11)
しかし、この世の為政者らがキリストを信じて自分たちの支配を譲るでしょうか? それはまず考えられそうにありません。

そこでイエスは弟子たちが『王や高官の前に引き出される』という、緊急事態に至ることに注意をむけて預言していたのです。(マタイ10:17-20)
しかし、聖霊が彼らを助けるとも言われます。
『人々があなたがたを連れて行って引きわたす時には、何を言おうかと前もって心配するな。その場合、自分に示されることを語るがよい。語るのはあなたがた自身ではなくて聖霊なのだ。』(マルコ13:11)
このように、終末の時期には、再び聖霊が注がれることはイエスの言葉にも明らかと言えます。

それでも『新しい契約』から脱落してしまう者が出ることは避けられないようで、『聖霊』という財産を預かっても、何ら運用もせずキリストの帰還の際に『怖くなった』と言って、主人に退けられる奉公人の例えである「タラント」や「ミナ」のキリストによる挿話は、その脱落する聖徒を指して訓戒するものとなっています。(マタイ25:14-30/ルカ19:12-27)

また、イエスの終末預言の中では『ひとりは取り去られ、ひとりは取り残される』との言葉によって、キリストの許に召されるか否かの分かれ目が警告されてもいます。
つまり、契約を全うする者は、天に召されて『神の王国』をキリストと共に構成する栄誉を受けますが、『残される』とは契約を守らずに、『神の王国』から除外され、『この世』と運命を共にすることを意味します。(ルカ17:33-37)

この契約を守った『聖なる者たち』の天への召しを、「選ばれたクリスチャンだけが天に召される」と誤解され、プロテスタント系の人々に「携挙」(けいきょ)と呼ばれて、突然にそれが起るものと信じ込まれ、「それは今年中に起る」とか「来年だ」とか例年のように言われています。ですが、以上のようにこれは『聖霊』を注がれる『聖徒』と『新しい契約』の関係、また『神の王国』を理解しない短絡的な発想というべきでしょう。

こうしてキリスト教の原初の姿を見回すと、今日の「教会のキリスト教」との間に大きな違いがあることは余りにも明きらかです。
特に、人類の祝福となるべき『アブラハムの裔』、つまり『聖なる者』の理解を持たないところに、大きな分かれ目があります。
つまり、キリスト教とは、人類を救うという大志を持つことを意味するのですが、教会の教えではただ信者を救う宗教に変えられてしまっているのです。
これは小さな違いとは言えません。『アブラハムの裔』によって人類が祝福を受けるようにされた神の意志に対して、教会の教えでは、その祝福が教会員に占有されてしまうのです。救われるのは洗礼を受けた信者だと教えるからです。

その精神はどんなものかを考えるとすぐに気付くことですが、本来人々に広く益をもたらし利他的であったものが、信じた者だけの狭く利己的なものに置き換えられています。
まさしく、教会員の多くは、未信者は地獄に行くと本気で信じ込んでいるのですが、これは神の寛容な精神とは真逆です。

預言が指し示すように、神はこの世の終末に於いて、聖徒たちを通して世界に奇跡の言葉を知らせ、どんな思想信条を持つ人であろうと、聖霊への信仰を持てるように導くのであれば、それは神の寛容さの表れと言えます。その裁くところは聖霊の奇跡を見ながらも頑なであることを敢えて示す者らだけを神の祝福から除外するのであり、『神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるため』であったとは、このように寛い赦しを与えようとの意図を教えるものです。(ヨハネ3:16)

しかし、聖霊の注ぎが第二世紀ころに一度終わりを迎え、キリストの不在(アプーシア)が始まると、キリスト教界は『聖徒』がどのような者であるのかを見失い、信者の誰もが聖書に書かれた『聖なる者』だけの恩寵を受けられるものと勘違いを始めます。『聖霊』や『契約』がどんなものかを理解しないで聖書を読むとそうなることは容易に想像がつきます。

例えれば、ペテロが『契約の子孫』であるユダヤ人に『バプテスマを受けなさい、そうすれば聖霊を受けます』と語った言葉を、「クリスチャン」は洗礼を受けると誰でも聖霊を受けることができ、心にキリストを迎えることができるようになって、それが『神の王国はあなたがたのただ中にある』との意味であるともされています。つまり、『神の国』が自分の中にあるというのです。

しかしこれは、イスラエルの民にこそ王国を継承するべき権利があること、当時、正統なダヴィデの王権を持つメシアがそこに居たことに注意を向けた言葉であったのです。このように「クリスチャン」とは、聖書の言葉を当時の背景の中では捉えず、今、現に自分に語られたものと読んでしまい勝ちな人々なのでしょう。

また、自分中心に聖書を読む「クリスチャン」は、『神の王国』についての最初の予告がエデンの園で『女の裔』として語られたことについてパウロが語った、『世の基礎の置かれる前に、神はわたしたちを愛して、御前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいて選らばれた』との言葉を、自分が信者になったのも世の始めから神に選ばれていたので、自分の救いは「生得的」で生まれる前の遠い昔から決まっていたことだとも言うのです。

しかし、その精神の狭さはキリストに激しく反対したパリサイ派のユダヤ教徒のようだと言うべきでしょう。「パリサイ」とは清く「取分けられた」という意味があり、アブラハムの子孫に生まれた自分たちは、生まれながら神に是認されていると信じ込んで諸国民を蔑視していたのです。(エフェソス1:4/ルカ18:9-14)

パリサイ派は旧約聖書に精通し、モーセの律法を細心の注意を払って守ろうとしていたので、それが彼らの自負する『義』であったのですが、しかし、元はパリサイ派であった使徒パウロはこれについて『義の律法を追い求めていたイスラエルは、その律法に達しなかった』と認めます。(ローマ9:31)
これはキリスト教界にとっても重い教訓とすべきことなのですが、実際に、聖書は信じる者に道徳的な生活をさせるための書であるとの教えは様々な教会に広く見られ、神に喜ばれる生活を送る方法が聖書によって知らされていると信じられています。
しかし、これはキリスト教が律法遵守のユダヤ教に退行することであり、イエスに反対した人々の道に意図せず入っていることになってしまいます。

確かに、新約聖書にも道徳規準がいくつか書かれてもいるのですが、これは『聖なる者』が契約を全うするために自らを『聖』とするための務めであって、聖霊もない誰かがこれらの規準に従ったからといっても、特に神の是認があるわけもありません。(ヘブライ2:11)
むしろ、新約聖書は『信仰による救い』を唱えます。それは人間が自分の『罪』を悔い、一重にキリストの犠牲の贖いに希望を託すことであって、「自分の義」を立てて、それを神に認めさせようとする態度とは正反対なのです。(ガラテア2:16)

そこで学ぶべきは、実に「聖書への見方」なのです。
パリサイ派が聖書に対して神経質なほどに従順であろうとしたように、キリスト教徒の間でも聖書への偏った依存心が見られます。
なぜ、依存するかといえば、今日は聖霊がなく、神からの音信はただ聖書に収められているからなのですが、同時に、それらの言葉が自分を救ってくれる確約であると思い込むところで、聖書にすがりつき、その中の自分にとって有難いと思える言葉を探し出しては喜んでいるのであり、それは一種の偶像崇拝のようで、よく見られる宗派のシンボルに十字架と共に、開いた聖書があるのは、その傾向を助長し兼ねないのではないかとも見えます。

そうした傾向の根源は何かと問えば、「自分への関心」というべきではないのでしょうか。
つまり、神の意志はともあれ、自分が救われることを第一にする場合、何かを偶像化してすがる傾向を強めることでしょう。それが自分の救いの具体的な証拠や約束だと思い込むからです。もちろん、偶像化の対象としては、ほかにも様々な表象が挙げられます。十字架ばかりでなく聖画や聖遺物などはもちろんですが、聖書もそこに加わり兼ねないものです。

これに類いするものに、聖書の「逐語霊感説」というものがあります。
これは、聖書の言葉の一字一句が神の霊感の下に書かれたという考えで、聖書の言葉は絶対に間違いがないとするものです。
もちろん、神が預言の言葉を預言者に語ったものは間違いはないでしょう。
しかし、それが一度書き記されたところからは、どのような経過があったかを確認する術は現代人にはありません。ただ、古来の写本の比較検討によって信憑性の程度を判断できるくらいです。

ユダヤ教と異なり、専門の写字生を持たなかったキリスト教界の新約聖書では、写本同士の差異はずっと大きいものですが、それでも古写本の綿密な照合による多数決の原則から、ある程度に信頼できそうな本文(ほんもん)をいくつか作成することはできています。例えればネストレ・アーラントの新約聖書ギリシア語本文がありますが、版を重ねる毎に幾らかの改訂も続けられています。
それでも、マルコやルカなどの文章には、歴史資料との相違点が僅かながら残されていて、おそらくは原著者の勘違いがそのまま書かれたであろうとも言われますが、思い違いの記述はマタイにもあります。(マルコ6:14-/ルカ2:2/使徒5:36-/マタイ27:9)
また、後代に付け加えられた挿話があるともされますが、その部分の前後の内容からするとかなり怪しいのですが、却って人々からは、その内容で好評を博しています。(ヨハネ7:53-8:11

また、旧約聖書でも問題がないとは言えません。新約ほどに異なる写本に然程は悩まされないにしても、古来ヘブライ語には母音字が無いために、発音が分からなくなっている単語が散見され、僅かとはいえ、その読み方によっては意味が違ってくるところもあります。加えて、言葉が余りに古くなってしまい、それが具体的に何を指しているのかが現代のユダヤ人にも分からないという単語も無くはありません。ですから、旧約聖書が翻訳されるとき、推測で補われる箇所もあちこちにあるのです。また、写本作成の専門家『書士』らも、僅かながら良いつもりで言葉を置き換えた形跡もあるとされます。しかも、その以前に、モーセの五書からして後代に編纂し直され、今日のかたちをとっていることはその記述そのものに明白です。(創世記22:14/申命記34:6)

こうした実態を考慮すると、読書は聖書の逐語霊感説のように聖書を絶対化して崇めるのではなく、バランスのとれた観方を要します。
むしろ、聖書に向かうべき姿勢は、奴隷であるかのように硬直的な従順を示そうとするのではなく、語り部の言葉に耳を傾け、行間で言わんとしているその精神を自ら悟ろうと努めることと言えるでしょう。一方で聖書の言葉に対して信者が奴隷のようになりたいと思う動機と言えば、ご利益という酬いを確定したい欲求が働くからではないのでしょうか。(ローマ4:4-5)

まして、イエスが多くの例えを用いて語り、その意味を誰にでも区別なく教えたのではなかったのであれば、それらの例えに決まったように『耳ある者は聴け』と最後に付け加えられた一言に、聖書をどう読むかが示されていたのでしょう。つまり、言葉の表層を絶対視するのではなく、自ら判断しつつ言葉に込められた意味を追ってゆくべきことです。つまり聖書を読むときには読者自身がどのような動機を持つ者であるかが問われているということです。

語られた言葉を理解するためには、聖書だけ読んでいればよいわけではなく、文章を読解する習慣も求められ、いくらかの素養もないと言葉の真相を察知するには困難がつきまとうでしょう。むしろ「聖書だけを読んできた人」というのは「偏った人」と同義語にならないものでしょうか。
また他方では、「聖書を勝手に解釈しては危険なので、専門家である宗教家に判断することを任せるべきだ」という諸教会でよくある考え方は、自ら抱くべき信仰を捨て、奴隷化することが正しいと言うに等しいことで、それが「地獄」の恐怖に脅える中世的な宗教隷属を生んだ根源でしょう。その「危険」というのは、「救われたい」保身の態度で聖書を読むべきだと言っているのです。

そのように聖書を絶対視する動機といえば、自分の利益の確約、つまり聖書を至福への権利証書のように見立てることもあるのでしょう。
かつて、カトリックが聖書の記述に余りに無頓着で、教理が異教的に堕落し幼稚化してしまったことを告発し、打破するために、プロテスタントが聖書主義を打ち出したことは、当時の強大なカトリックに抗してキリスト教会の改革するには必要であったでしょう。

ですが、正統の権威として聖書主義を打ち出したことは、もう一方の極端への傾斜の危険を孕んでもいたのです。
それは「聖書に従えば神を喜ばせ、また正しい崇拝者になれる」という、あらぬ方向に進む危うさでありました。
しかも、聖霊や聖徒の理解は既に失われて久しい状況で、当時の改革者にも絶対の正しさというものなど聖霊の無い以上は願っても与えられるものではありません。
『神の義』は追い求めることはできても、聖霊の注ぎを待つことなく、自ら『義』を獲得することなどあり得ないことだからです。

結果として聖書主義は、神を聖書の中に押し込めてしまい、「必要な事はすべてこの本の中にある」との仮定を信じるよう多くの人々を導きました。
ですが、これは聖霊という神の奇跡の働く場を自ら奪ってしまう信仰であったのです。どうして「神は語り終えた」などと人が断言できるものでしょうか。

聖霊なきキリスト教界は、聖霊というものの意味さえ見失ってしまい、おしなべてこの状況に在る限り、儀式に凝るにしても、聖書の記述に厳密に従うにしても、自ら正しく崇拝を捧げられないばかりか、第一に必要な聖霊を求めることもなく、却ってそれが現れるときには反対し兼ねないほどの「信仰」を人々に勧めていることになっているのです。

そこで結論は、聖書とは神の言葉を記録したものであっても、神の言葉そのものではないというべきことです。
それでも、聖霊の無い今日であればこそ、聖書はこの上なく貴重な一書です。かつて存在した聖霊ある純正なキリスト教の姿を伝え、人間を遥かに超える情報の唯一の源となっているからです。

しかし、それがすべてではなく、人が注意を傾けるべきは本ではなく神の方であり、その次なる言葉は聖霊によるのであり、聖書に書かれた言葉の表層に拘っていれば、キリストが現れたときのパリサイ派の轍を踏むことになるでしょう。

こうして見ると、人間とは「自分の義を立てる」傾向が強いことは否定できません。ユダヤ教徒もキリスト教徒も同じ性向を示しがちであり、その動機と言えば「保身」、または「ご利益」であり、その関心は神ではなく自分に向いているところにあるのではないでしょうか。

人は神を前にして、あまりに自分の存在の危うさ、また儚さを何とかして欲しいと強く願い、神の語るところをじっくりとは聴けないのでしょう。
ですが、神が人の願う以上の祝福を備えようとしているのであれば、これはすべてを台無しにしてしまうことです。






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