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『シオンの荒れ跡』を興す『主の晩餐』の儀

2019.04.10 (Wed)
Do the Lord's Supper in a primitive Christian way.
On the night of April 18 ⇒ English


2019年の『主の晩餐』を行うべきニサン月14日を4月18日の夜に迎えましたが
各地で挙行なさった方々は、その旨お知らせを頂けますなら、ブログ上にて公表したく存じます。
挙行なさった都道府県と人数をお知らせ頂きますようお願い申し上げます。
このブログのメッセージ、またコメントでも「筆者のみ閲覧」を選択の上ご利用ください。

4月28日現在
青森県 1カ所 1名
茨城県 1カ所 1名 
埼玉県 1カ所 2名
兵庫県 1カ所 1名
 以上
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さて『主の晩餐』は、キリスト教界では広く「イースター」や「復活祭」とされてきましたが
それはキリスト教の『主の晩餐』が派生する元となったユダヤ教の『過越し祭』(ペサハ)の晩餐(セデル)という元の形をキリスト教側が嫌ったところから来ています。しかしながら、原始キリスト教の時代に、この儀礼が「パスカ」と呼ばれていましたのも、ヘブライ語での「ペサハ」を音訳したところから来ていますので、当初は年に一度、ユダヤの祭礼に沿って行われていたものであったのです。

しかし、古代のキリスト教は、ユダヤ教と袂を分かつ時期に多くの迫害をユダヤ教から受けていましたので、ユダヤ教徒と祭日を共にすることを極度に嫌い、ユダヤの『過越し祭』とキリストの『主の晩餐』とを切り離すために、ユダヤ陰暦とは異なる「春分」を用い、その次の満月の次の日曜日に「主の復活」として『主の晩餐』を行うよう変更を加え、それはニケアー会議でローマ帝国の法とされ、『主の死を記念する』べきものであった『主の晩餐』の本質を離れて、「復活祭」の祝い事に変えられて今日に至った経緯があり、これは大半の教会に於いてそのままにされています。

それに加えて、諸教会では『主の晩餐』を『聖餐』として、やがて日曜日であればいつでも行うことにより、キリストとの繋がりをより多く体験できるものと理由付けされ、日中であろうといつであろうと「聖体拝領」という頻繁に行われる儀式としてしまいました。

他方で、ユダヤ側も本来の出エジプトの晩であったニサン14日の夜にセデルをとる律法の定めを改めて、キリストの時代には一日遅れの15日に移動してしまっており、その日差によって意図せずキリストを出エジプトの日に殺害する機会とし、こうしてエジプトの各家庭で屠った子羊にキリストが予型されていること、また、キリストの死が神の経綸であったことをユダヤ体制は期せずして自ら証しを立ててしまいました。

では、今日『主の晩餐』をいつ行うかについては、キリストの果たした役割、特にキリストの肉と血を表す無酵母パンと赤葡萄酒の二つのエレメントが犠牲の死との関連を物語っており、出エジプトに際してモーセが予型として示した多くの事柄を尊重するなら、ユダヤ人の『過越しの祭り』に寄り添うものとされるべきであることは、まず間違いのないことです。
キリストはユダヤの祭りに関わって死を遂げられたのであり、大祭司カイヤファに裁かれ、祭司長派とユダ・イスカリオテらとの時のせめぎ合いの中で出エジプトの前の晩の食されるべき子羊として亡くなられたのでありますから、神への畏敬を持つのなら、ユダヤ人のニサン月14日という『代々守るべき日』(出埃12:14)に『主の晩餐』を行わない理由がありません。

それは天文学的に太陽年の同日になるか否かということではありません。
ユダヤの祭りが行われている時に寄り添うことの方に意義があるのです。

(おそらくは、そのためもあって今日までユダヤ教が存在してきたのでしょうし、終末の終局時期に至っても、異教に堕したキリスト教と共に、パリサイ派ユダヤ教の教理と慣行も『大いなるバビロン』の滅びの後まで存続してゆき、終末の『背教』を形成するのでしょう。)

また、キリストの御身にアダムからの罪がなかったこと、その死が律法の成就であったことを認識するなら、新教系の教会のように酵母を入れたパンで済ますことは良心が咎めることになるでしょう。そのパンが無酵母であることそのものが、『過越し』のニサン14日に、それも晩餐として行うべきことを示してもいるのです。

日本のように無酵母パンがすぐに入手できないところでは、幾らか作る手間はかかりますが、キリストの犠牲に関わる儀礼であり、出来るのにその手間を惜しむようなら、この儀礼には関わらない方が良いのです。その人には事の価値感がないからで、奇跡の聖霊を持たずに飲食する人もそのようです。

他方で、以上のような『主の晩餐』を行うことに賛同なさる方々には、本年4月18日の晩を清いものとして取り分け、それぞれに無酵母パンと赤葡萄酒の二つのエレメントを用意され、祈りの内に一定の時間を観想して過ごされますようお勧めします。

キリストはいまだ不在であられますので、聖霊の再降下がない以上、エレメントを飲食するべき『新しい契約』に入った『聖なる者』らもやはり不在のために参与しませんが、異教に汚れたキリスト教の姿を憂い、象徴的にユーフラテス河畔のバビロンを発って、シオンを目指すことは今でもできることでしょう。まず晩餐の席を設けることによってです。

キリストによって『天と地のすべてのものを集める』(エフェソス1:10)という、神の偉大な経綸に協働すべく、『久しく荒れ廃れた処を建て起こし・・新しくする』(イザヤ61:3-4)のは『誰か?』と神に問われており(エレミヤ30:18-22)、そこには自発的参加者、信仰によって動かされた人々の余地が空けられているのです。『彼らはわたしの民となるであろう』とは、神の業も人々の自発心によってこそ栄光をまとうということなのでしょう。

キリストが『王権を得るために』不在となり、聖霊も引き上げられて以来、キリスト教は『ダヴィドの荒れ跡』と化しており、シオンに神殿も祭壇もなく、崇拝の影もありません。キリスト教徒は永きにわたりバビロンの分厚く高い壁の中に囚われたままに過ごしてきました。このままであれば、キリスト教はバビロンの中で終わりを迎えても不思議はないでしょう。今日、そう主張されることは有っても世界のどこにも神への崇拝など存在していないのです。
では、ダニエルのように『シオンを嘆く者』はいないのでしょうか。

かつてのメシアであったキュロス大王の勅令が出たときには、僅かながらも有志たちが居て、シオンを目指しておりました。到着した彼らはシオンに立ち、まず祭壇を建て『常供の犠牲』を回復させることになりました。その後は周辺諸民族の反対を受け、神殿の再建までには、なおしばらくの間待たねばなりませんでしたが、神殿再建の以前にも、シオンで神の崇拝は一部が再興され、民は罪祭の儀式を受けるまでに回復することには成功しています。

そしてキリストの二度目の臨在が近付いているのであれば、キュロスの後の、もう一人のメシアが扉を敲くときに、「お帰りなさいませ」とばかりにすぐに扉を開く奴隷たちが居なくてはなりません。それは帯を締め、夜中篝火を焚いて待ち続ける者らです。
この者らは、キリストの戻られる以前から活動しているのですから、聖霊注がれた聖徒ではありません。彼らは主人に任命されたから活動するのはなく、『誰であろうか?』と問われるように、自発的行動者であることが示唆されているのです。

それでも主人の帰宅と共に、聖徒でない彼らが異例の厚遇を受けることになることをイエスは予告されました。
これはイザヤ書でも、シオンという聖徒たちの母親が栄光を受け、子らを生み出し、神を夫とすることが示されています。
『見よ!暗きは地を覆い、濃い暗闇は民を包むとも』『女よ起きよ!光を放て!』と呼びかけられるのは、その子らを得る前に女シオンが目覚めるていることを指すのでしょう。(イザヤ60)

これが黙示録の終末に描かれる天界の光をまとう妊娠した女であり、聖徒である赤子は神の許へ納められ、女自身は『三時半』の安寧を得、攻撃されているであろう聖徒らへの支持を示すことでしょう。(黙示12)

それについてはイエスもゲッセマネの祈りの中で、聖徒と信徒とが共に神の民とされ得ることを語られています。
『彼らのためだけでなく、彼らの言葉によってわたしを信じる者たちのためにも、お願い致します。
父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、皆が一つになりますように。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。
そうして世が、あなたがわたしをお遣わしになったことを信じるようになるためです。』(ヨハネ17:20-21)

これはヨハネ黙示録で、ユーフラテス河畔から四人の使いが解かれると、『二億の騎兵』が現れる理由を暗示するものでもあります。この膨大数の騎兵は、それに先立つ聖徒である去りゆく『蝗』の業を受継ぎ、より強力に『三分の一』というバビロンに堕し、聖徒を葬ることになる勢力の咎を責めることになるでしょう。

これらの古代と終末との事象を俯瞰するなら、『主の晩餐』への観方も一層深まり、また、呼応する方々の意欲を高めるものともなるでしょう。『シオンの荒れ跡』に立つ有志とは誰になるのでしょうか。

 ⇒ 「忠実で思慮深い家令 夜を徹して待つ」

『主の晩餐』の席をしつらえることは、夜を徹して主人の帰還を待つことであり、自分たちで勝手な食事をとらないのは空虚で無意味な断食ではないのです。
もし、この理解が神の御前に相応しく、応じる方々があるとすれば、『シオンよ、醒めよ!』とは今のことであり、曙光が近付いているということなのでしょう。

それゆえにも、各地の方々の『主の晩餐』が、筆者も含め神の御前に覚えられるものとなりますよう重ねて祈念しております。



エイレナイオス


Hky









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