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宣教の拡大と悪霊の妨害

2018.06.24 (Sun)


◆サマリアがメシア信仰を受け入れる


ステファノスの石打ちが起こると、エルサレムの様子は一変し、イエス派全体に激しい迫害が起こされます。
それまでイエスの弟子たちへの怒りを忍んできた反対する体制派に、暴発するきっかけが与えられてしまったかのようで、外地から来ていてイエス派となった人々は皆が追い散らされました。それはユダヤがメシアを拒絶したように、その弟子たちをも退けることの決意表明のように見えます。

あのペンテコステ以来、エルサレムで新たな信仰のうちに心をひとつに生活を共にしていたグループは四散し、イエス派は再び抑圧され、目立たない存在になったことでしょう。ユダヤ教の最高議会であるサンヘドリンを構成する宗教家らにとって、イエス派がエルサレム市内で顕著な存在でいることなど到底許せなかったことは、彼らの主人イエスを葬り去ったところからも明らかです。
十二使徒を残して逃げ出した人々はよほどひどい扱いを受けたのでしょう。しかし、エルサレムの共同生活で温められ、よく養われたメシア信仰を、イエス派の人々が聖霊の印と共に各地に携えてゆくことになりましたから、教勢の更なる拡大を促す結果ともなったのです。

さて、あの七人のディアコノイの一人であったフィリッポスについては、ルカが使徒言行録にその聖霊に導かれた宣教の様子を記録していますので、この人物は以後『福音宣明者フィリッポス』と呼ばれるようになります。
この福音宣明者は、エルサレムから脱出すると、まず北西にあるサマリアの地域に向かいます。
当地の人々はフィリッポスの語ることを喜んで聴き、悪い霊に憑かれていた人々は解放され、障害のある人々は癒されたりしたため、サマリアでは大きな喜びの声が上がったと記されています。

サマリア人は、前八世紀のアッシリア帝国の時代以降、おそらくイスラエル十部族や、後に帰還した人々とも混血したであろう民であり、モーセの律法を受入れて割礼を施し、神YHWHを崇拝して祭礼をまもり、ヘレニズムの時代には自分たちの神殿をサマリアのゲリツィム山上に持っていた時期もあったのです。彼らが今も所有する「サマリア五書」はサマリア文字で書かれ、捕囚期以前の古ヘブライ語の方言によるものながら、今日では世界で最も古い律法の写しであり、旧約聖書研究家たちに多くの補足情報をもたらしています。

しかし、サマリア人のゲリツィム神殿は、キリストの近付く前130年頃に、ユダヤのハスモン王朝の軍隊によって破壊されていました。ユダヤ人はサマリア人を特に嫌っていたのです。その原因といえば、ユダヤとサマリアが唯一の神に向かって別の神殿で幾らか異なる崇拝を捧げていたことにユダヤ人が我慢ならなかったからです。サマリアの崇拝に対する熱心さはユダヤに引けを取るものでもありませんでした。そうなると、神への崇拝を巡る両者の対立もいきおい激しくなったことは容易に想像されます。

ユダヤ人にとって「お前はサマリア人だ」と言われるのは、ひどい侮辱を受けることで、イエスもこの言葉を掛けられたことがありました。(ヨハネ福音書8:48)
自分たちの正義に凝り固まっていたユダヤはゲリツィム神殿を破壊して後も、サマリアを占領しては市街を破壊し尽したこともありました。加えて、ユダヤ人はエルサレム神殿の境内にサマリア人が入ることを許さず、神に向かってはサマリア人に永遠の命を与えないよう公然と祈り求めていたというのです。それではサマリア人はどうしたら良いと言うのでしょう。

このような状況にあって、サマリア人はゲリツィム山上の神殿跡地での崇拝を続けて来てきましたので、サマリアの水汲み女が旅の途中で通りかかったイエスに、『わたしどもの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています』と言葉を投げたのには、このような反目があってのことです。

しかし、イエスは『あなたがたが、この山でも、またエルサレムでもない所で父を崇拝する時が来る』と答えられました。その言葉の中にあって、神殿での動物の犠牲を捧げる時代が終わり、『霊と真理によって』崇拝する新たな時代の到来を語られていたのです。
さらに、イエスがそのサマリア女の境遇を言い当てたので、驚いた彼女が町の人々に知らせに走ってゆくと、サマリアの人々はこぞってイエスをメシアとして認めたのでした。この挿話はヨハネ福音書の第四章にありますが、そこでイエスは、旅に疲れ切って腰を下ろしていたところ、キリストに対するサマリア人の信仰にすっかり爽快にされます。

福音書中でのイエスのサマリア人への評価は、ほかのユダヤ人がしていたように卑しめるようなものではありません。もちろん、『救いはユダヤ人から出る』とはっきり言われましたが、似ていても異なる崇拝を行うこの人々を蔑むようなことはされませんでした。多くの宗教が教理や儀礼の違いを巡って似た宗派同士で争い合う現実からすれば、イエスの寛容さが際立ちます。イエスの語られた、かの有名な「サマリア人の例え」がルカ福音書10章の後半にありますが、これはまさにユダヤ人の宗教的不寛容を正すものであって、ただ隣人愛を勧める訓話ではありません。

このイエスの一行とサマリアの町の人々との交流があってからわずか三年経過したばかりの時期に、エルサレムで育まれたメシア信仰がフィリッポスによって運ばれて来ると、サマリアの人々はこれを暖かく迎えて、大勢が人並みを打って『イエスの名による』水のバプテスマを受けたことに不思議もありません。それを聞いたエルサレムの使徒たちは、ペテロとヨハネをサマリアに遣わすことにします。彼らからすれば、エルサレムでの信仰共同体が散らされてしまったところで、新たに聞くよい知らせであったことでしょう。
かつてイエスが、サマリアの地について『畑は収穫を待って、白く色づいている』と期待を込めて語られた言葉は、こうして数年後に使徒たちによって刈り取られる時期を迎えたのでした。(ヨハネ福音書4:3-42)



◆魔術師の邪魔

使徒らが到着し、サマリア人たちに手を置いてゆくと、彼らにも聖霊が降るようになります。それはまさしく、神もキリストも彼らを受入れ、『聖なる者』、天の祭司職を委ねることになんの障碍もなかったことの証しです。

ですが、これを見ていたひとりの男が強い欲望に捕われます。その名はシモンと云い、フィリッポスがサマリアに来るまでは強力な魔術を行って注目されていたのですが、もちろん彼の魔術は聖霊からくるものではありません。ですからフィリッポスに注がれていた聖霊の奇跡の業には敵わず、かえってこのシモンは福音宣明者に同行しては聖霊の起こす奇跡に驚き入っていました。

そこに使徒が到着し、奇跡の聖霊が注がれるのを見ると、ペテロの高い権威をわが物としたい欲求に駆られます。自分は他の人々のように聖霊を受けるだけでは満足しなかったのでしょう。
そこでシモンは何と、使徒に金子を差し出してその権威を望みました。
直ちにペテロは叱責して『お前の金は、お前と一緒に滅び失せてしまえ。神の賜物が金で得られるなどと思うのか。お前の心は神の前に正しくないから、到底この事に預かることなどできはしない。むしろ、この悪事を悔いて、主に祈れ。そうすれば、或いはそんな思いを心に懐いたことが赦されるかも知れない。お前には苦い胆汁が残っており、不義の縄目が絡み着いている。それがわたしには分かるのだ。』(使徒言行録8:20-23)

魔術師シモンは即座に、『仰せのような事が、わたしの身に起らないように、どうぞ、わたしのために主に祈って下さい』と執り成しを乞い、この場で死ぬようなことはありませんでした。
しかし、この魔術師シモンは、その後もキリスト教に悪影響を及ぼし続けていたと、聖書以外の複数の史料が伝えていて、特に第二世紀にギリシア語で著述したキリスト教指導者(教父)エイレナイオスは、この魔術師シモン(シモン・マグス)からキリスト教に似た異教「グノーシス派」が興されたとしています。

これは後に起るユダヤ体制の崩壊に伴って、ユダヤ教に失望した多くのユダヤ人の宗教の受け皿となり、かなりの流行をみて、初期キリスト教への大きな脅威となって蔓延することになります。
その教えは、ユダヤ教とキリスト教を掛け合わせ、そこに様々なヘレニズムの異教や呪術を混ぜ合わせ、その神秘主義でいくらかの奇跡も行ったのでしょう。そこに西暦70年に起こったユダヤ体制の滅びによってユダヤ教徒らが多く加わってきます。

十二使徒で最後まで残ったヨハネも、晩年をこのグノーシス派との戦いに費やしていますが、その一派の教えでは、キリストは、ナザレ人イエスに憑依していた霊の存在者であり、磔刑ではイエスから離れたので、肉体の苦しみを受けてはいなかったと教えていました。
しかし、これはイエスを身近に知り、従兄弟でもある使徒ヨハネにとっては到底許せる教理であろうはずもなく、『イエス・キリストが肉体をとってこられたことを告白しないで人を惑わす者が、多く世にはいってきたからである。そういう者は、惑わす者であり、反キリストである。』と警告し、『そのような人を家に入れることも、挨拶することもしてはいけない。』と命じてもいたのです。(ヨハネ第二の手紙7・10)

悪霊の行う不思議は、使徒ヨハネの晩年までには聖霊が行う奇跡に紛れ込もうとする傾向を強くしていたことがヨハネの手紙に窺えます。『愛する者たちよ。すべての霊を信じることはしないで、それらの霊が神から出たものであるかどうか、試しなさい。多くの偽預言者が世に出てきているからです』(ヨハネ第一の手紙4:1)
第二世紀の「ヘルマスの牧者」などの史料によれば、自分は聖霊による預言者だと称する者が、他の預言者たちが一斉に語っている内容と一致できずに素性が明かされてしまう場面や、仲間から金銭や物資をむやみに求める姿が描かれています。

聖霊によって生み出されたイエス派の清さは、こうした悪霊の影響力にしばしば曝され、宣教まで妨害されることがあったことを使徒言行録が述べています。(使徒言行録13:8・16:16)
聖霊の意義は、奇跡を起こすことだけにではなく、そこに神の印を見出し、伝える教えや神の意向に注意を促すものであるのですが、ともすると珍奇な現象への好奇心に向かってしまう人が出るのはどうしても避けられないようです。同じ聖霊の奇跡に接しても、シモン・マグスだけは他の人とは異なって、神の善意ではなく、不思議の大きさに感嘆していたのでしょう。

そのような人は聖霊と悪霊の違いに無頓着でいられるばかりか、その神秘主義がご利益をささやくなら、利己心を呼び起こされて、すっかりそこに捕われ、その霊を擁護してしまい兼ねません。その人の心は倫理や神の精紳性に向いていないからです。それこそは悪魔の願うところであり、悪霊の一党には不思議な現象を幾らか起こす他には倫理性というものが本来ありません。それはシモン・マグスが行いで示して見せた通りです。

また、モーセの時代にもバラムという欲に目のくらんだ神の預言者も前例となっています。共に『分別が欠けている』というべきでしょう。聖書は倫理を主題とするものですから、不思議やオカルトの方向から読まれ、何かを言い当てようとしたり、解釈しようとしたりするべきものではないのです。知的好奇心から聖書中の黙示や預言にばかり関心を持つ人々も少なくありませんが、その人はキリスト教に対して本質的に傍観者である以上にはなりません。
そのうえ利己心に無防備であればバラムやシモン・マグスのような行いを犯し兼ねないでしょう。(箴言15:21/ペテロ第二の手紙2:13-15/民数記22)

モーセの古代から、律法で心霊術や卜占などを異教の崇拝と共に固く戒めていたことにはこうした背景があるのです。(申命記18:10)
しかしそれでも、人々の間から珍妙な不思議に対する好奇心ばかりの次元の低い関心は絶えたことがありません。それは古代から現代社会に至るまで一向変わることなく、大衆は常にこれらの霊からの接触を珍重し好んできたのです。(列王記第二17:14-17)

いわゆる「スピリチャル」もそのひとつでしょう。それは世の好奇心をくすぐり、人々の孤独を和らげ、日常の煩わしい判断の苦痛を軽くさせるかも知れませんが、無害な悪霊との交流などあるものでしょうか。悪霊からすれば、この世の大衆など簡単にそそのかせるなどと思っていることでしょう。

かつて使徒の時代から悪霊の妨害が有ったように、この世が裁きに直面する「終末」の時期にもその影響が避けられないばかりでなく、神の裁きに於いて人々を分ける誘惑となることも聖書最終巻の黙示録やパウロ書簡が知らせているので、これはけっして軽く見てよいものではありません。(黙示録16:13-14/テモテへの第一の手紙4:1-2)



◆悪霊とは

聖書にたびたび記されている『悪霊』ですが、これは『聖霊』が神から発しキリストによって聖徒に与えられるように、悪魔から発する見えない力であるように思えるかも知れませんが、記されたところによると、そうとばかりは言えません。人格を示している場面が多いのです。

イエスがキリストとしての業を始められ、多くの病人たちを癒すようになりましたが、その中には『悪霊に憑かれた』人々も含んでいたことが福音書のすべてに書かれています。
「霊に憑かれる」という事は、今日ではあまり聞かないものですが、福音書の中の多くの箇所で描かれています。その箇所が少なくもないので、現代の聖書の研究者たちは、これは精神病のことをそう表現したのだろうと想像してもいます。確かに、福音書の悪霊は、人に癲癇(てんかん)を起こさせてもいます。(マルコ福音書9:26)

しかし、福音書に描かれるそれらの『汚れた霊』また『悪霊』は、イエスを見ると叫んだり、平伏したり、イエスと会話さえいているのです。これは病気では説明のつかない人格ある何者かの憑依を示しています。(マタイ福音書4:24/マルコ福音書3:11/ルカ福音書8:30)

これらの存在者の由来について、聖書は幾らかの情報を今日に伝えています。
イエスの弟の一人と思われるユダが書いた、新約聖書に含まれるユダの手紙にはこうあります。
神は『自分の領分を守らないで、その住まいを見捨ててしまった天使たちを、大いなる日の裁きのために、永遠の鎖で縛り、暗闇の中に閉じ込められた。』(ユダの手紙6)

また、使徒ペテロはその第二の手紙の中でこう述べています。
『神は、罪を犯した天使たちを許してはおかず、彼らを奈落(タルタロス)に投げ込んで、裁きの時までは暗闇という鎖で拘禁しておかれている。』(ペテロ第二の手紙2:4)この『奈落』に当たる「タルタロス」とはギリシア語で『墓』(ハデース)の更に下方にあり、二度と出て来られない領域を指します。筆者のペテロはこの語を用いることで、悪の道に入ったことを悔いることもなく、赦されもしない、滅びを待つばかりの悪霊らの立場を言い表したのでしょう。

以上のふたつの句が、共に道を踏み外した天使の存在と、彼らが裁きの時に至るまでは留置されている様を伝えていますが、そこに一致するのが、イエスに叫んだ悪霊の次の言葉です。
『神の子よ、あなたはわたしどもとなんの関わりがあるのですか。まだその時ではないのに、ここにきて、わたしどもを苦しめるのですか。』(マタイ福音書8:29)

こうした聖書中の記述を俯瞰すると、天使としての立場から外れてしまった霊の存在者があり、『悪霊』に転じたことを教えていることが明らかになってきます。
アダムとエヴァが、人間本来の立場から外れてしまったように、この元天使たちもサタンの誘惑に堕ちたのでしょうか?彼らがサタンに従っていることからするとそのようです。
やはり、悪霊らには頭目が居て、それがサタンであることを、イエスの『悪魔とその使いたちに備えられた永遠の火』という言葉が示唆しています。(マタイ福音書25:41)
それは永遠の滅びの象徴の火であり、パウロは聖なる者たちが『天使たちをも裁くことになる』と書いてもいますし、聖なる者たちについては『平和の神は、サタンをやがてあなたがたの足の下に踏み砕くであろう』ともいうのです。(コリント人への手紙6:3/ローマ人への手紙16:20)

この堕天使らが、どのように道を踏み外したかについては、人類が登場して然程経ていない時代を描いた、創世記の6章にこのようにあります。
『人が地のおもてに増え始めて、娘たちが彼らに生れた時、神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻に娶った。』(創世記6:1-2)
太古には、天使が人間に化肉して地上を歩き回る自由を得ていたのでしょう。彼らが神々として人間の娘らとの関係を次々にもっていった様はギリシア神話に痕跡を残してもします。
ですが、これは創造の意図から外れていましたし、当時の世について神は、『人の悪が地にはびこり、すべてその心に思うところが、いつも悪い事ばかりであるのを見た』と記されています。

そこでは堕天使らやその混血の息子らであるネフィリムと呼ばれる権力者らの悪影響があったことが示唆されています。当時の世の混乱はノアの日の大洪水をもたらすことになり、その後の堕天使らは、自由を奪われ、今では幸いなことに、化肉して人間社会を歩き回るようなことは許されなくなったのでしょう。

それでも、これらの霊の勢力がまったく力を失ってはいないことは、現在までの心霊的な出来事、また交霊的な事柄にも見えています。これらの霊者は、サタンがエヴァに偽り語った『あなたがたは死なない』という言葉の証明するかのように、死者を装うなどして異教を推進しています。(創世記3:4/コリント人への第一の手紙10:20)
悪霊はそのように曖昧な仕方で人間社会に影響力を残していますが、すでに彼らの道が誤りであったことは、キリストの犠牲の死によってまったく立証されてしまいました。

ですから、キリストが『肉においては殺されたが、霊においては生かされ』『彼は獄に捕われている霊どものところに下って行き、宣べ伝えることをされた』とペテロが書いているのは、倫理の完全性に到達したキリストによる堕天使らへの罪の宣告について述べていたのでしょう。加えて、『これらの霊というのは、むかしノアの箱船が造られていた間、神が寛容をもって待っておられたのに従わなかった者どものことである。』とも述べています。(ペテロ第一の手紙3:18-20)

これらの処断されることが確定している悪霊らが、現状でも幾らかの影響力を人間に残しているからといって、それが全能の神の力量不足の証拠ではありません。
むしろ、この世を裁く終末では、再び現れる聖なる者らに反対するよう人々を惑わし、エデンの二本の木のときのようサタンと共に世界を誘惑し、この世をキリストとサタンのふたつに分離させることで、かえって悪霊どもが世に対する神の裁きを成し遂げるために意図せず働くという、必要不可欠な「悪役」を演じさせることを神は明かしていますが、それは旧約聖書の時代から『YHWHはあらゆるものを、ご自分の目的のために造られた、邪悪な者をさえ苦難の日のために。』と語られている通りです。(箴言16:4)
この意味は、サタンや悪霊が自ら邪悪な道に入ったとはいえ、創造の神は自らのような自由意志を付与した結果、離れ落ちる者が出ることを承知の上であり、あらゆる創造に意味があったということでしょう。(創世記1:27/黙示録16:14・9:20)

イエスは山上の垂訓の「主の祈り」のなかで『わたしたちを誘惑に陥らせないでください』とも祈るよう教えられました。
サタンとその勢力は徹頭徹尾「エデンの蛇」であることをやめません。その狙いは、人々がキリストによって創造者の許に立ち戻ることのないようにするところにあります。
ですから、その影響力に注意し、心霊術や異教の礼拝に不必要に関わらないなら、いまから誘惑の害を逃れる助けになるのです。





⇒「似て非なるサマリアへのキリストの想い

⇒「天使・悪魔・悪霊





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聖なる者の戦い

2018.06.12 (Tue)

◆弟子らをも襲う迫害の波

イエス派がエルサレム市内で一定の勢力となる一方で、宗教家たちはイエス派が奇跡を行っては信仰に結束し、日々成長してゆくことに強い嫉妬を抱きます。
彼らはイエスに対して示した同じ敵意をその弟子たちにも惹き起こしましたが、それはまさしくイエスが弟子も受ける反対行動として予告して語られていた通りです。
『「僕は主人より上ではない」と、わたしが言った言葉を思い出せ。人々がわたしを迫害したのであれば、あなたがたをも迫害するだろう。』(ヨハネ福音書15:20)
この言葉の通りに、ユダヤの宗教家らはイエスの業を受け継いだ弟子たちに対して、その主人にしたことを繰り返そうとします。
イエスが奇跡や癒しを行うことを宗教家たちは良くは思えませんでした。なぜなら、敬虔な業に熱心な自分たちが神から疎外されているのであって、イエスの側に神の是認があるなど、けっして受け容れることができなかったからです。

イエスや弟子たちによる聖霊の奇跡を宗教家が目にするのは非常に腹立たしいことであり、どんな犠牲を払ってでも、たとえ偽りを語り、殺人を行おうとも、彼らにとって迫害することは「正義」であり、イエス派という「間違い」をもみ消すつもりだったのですが、これは見ての通り、正さの仮面をつけた悪行でしかありません。(ヨハネの第一の手紙5:10)

しかし、彼らにはモーセの律法という後ろ盾があり、聖書には特に親しみ、極めて詳しいために、却って神の意志を汲み取ることができません。自分を正当化するために聖書を読んでゆくことにより、却ってその人の内面が露わにされるのが神のご意志なのでしょう。(ヘブライ人への手紙4:12)
そこには、聖書のままに忠実であれば神に受け入れられるわけではないことが示されています。
歴史の上で人々は聖書に忠実であろうとしてきましたが、そこに自分の正義を求めていたのであり、それでは神の是認に入ることもなく、往々にしてその「正義」は悪を行う言い訳にされてしまったのです。しかも、それは彼らの約束されたメシア、つまりキリストを殺害し、その教えを受継ぐ弟子たちにも反対を続けるという「正義」となってしまったのでした。

同様に、世界では今日まで様々な宗教がそれぞれに「正義」を掲げては、その主張とは裏腹に、敵意や迫害という「不正義」を行わせてきたものです。この点で宗教は今日までいくらも進歩しておりません。
そのような「正義」とは、数や力で反論を屈服させる「人間界の正しさ」であり、実は神の前には不正です。まさしく、この世は宗教以外でも「人間の正しさ」で溢れていて、争いというものは絶えることがありません。
ですが、キリストは『神の義を求めなさい』と山上の垂訓で教えられましたが、そうするには、「自分の正しさ」を控え、公正な態度で真摯に神の意志に注意を払わなくては得られるものではありません。(マタイ福音書6:33/ローマ人への手紙10:3)

しかし今や、サンヘドリンは使徒たちを逮捕し、牢獄に拘禁してイエス派の動きを止めようとしたのですが、夜中に天使が使徒を解放するという、予想外の事態が発生し、使徒たちには神殿で語り続けるよう命じられます。
そこで翌朝になると、祭司長派は、普段と変わらずに民を教えている使徒らの姿を見ることになり、いよいよ殺意を募らせたところで、律法学者(タナイーム)の長であったガマリエルⅠ世が賢い助言を与えます。使徒らが神からのものでないなら放っておけばいずれ廃れるだろうし、もし、そうでないなら、諸君は神に敵対することになり兼ねないと言って使徒たちを殺すことは制止したのでした。


◆最初に主に続いた殉教者

ですがその一方で、旧来通りの一般の信者たち、つまりモーセの律法を守ることによってこそ神の是認を受けられると信じる、特にギリシア語を話す者たち、キレネ(リビア)やエジプトのアレクサンドレイアからの解放奴隷と思われる集団の会堂に属する者らも、メシア信仰のイエス派が受け容れられず、ステファノスと議論になりましたが、聖霊の賜物としての『知恵』の霊を持つ彼には歯が立ちません。
そうなると、正誤を受け容れられない人間の常として、不法に訴えてでも、自分たちを正当化しようとするものです。
この『自由民の会堂』に属する信者たちは、ステファノスがモーセと神とを汚す言葉を吐いたという偽の証言をでっちあげ、大衆と共に年長者らや律法学生らを煽り立ててステファノスをサンヘドリンに引っ立てさせたのです。

そこで議員らに『この男は、ナザレ人イエスがこの聖所を打ち壊し、モーセがわたしたちに伝えた慣例を変えてしまうだろう』というのを聞きましたと訴えました。
弁明を始めたステファノスは、アブラハムから始めてモーセの生涯と荒野のイスラエルの反抗の歴史、そしてダヴィデ王が願い、ソロモンが建立した神殿があったにも関わらずバビロン捕囚に至ったこと、ソロモンも認めたように、神は神殿に住むような方ではないこと、また、イスラエルの民は常に預言者を迫害して石を投げ、そうしなかった預言者がひとりもいなかったこと、そして預言者たちが予告したメシアに手を掛けて遂に殺害したことをまでを語り、『あなたがたは先祖と同じくいつも聖霊に逆らってきたではないか』と糾弾するに及びます。すると宗教家たちは自分の両の耳に手を当ててステファノスに向かって突進し、彼を市の城壁の外に引き出して、そのまま『石打ち刑』を執行して殺害に及びます。

多くの人々が罪人を取り囲み、皆で石を投げつけて殺害するのがその処刑法ですが、何度も石を投げるので、ステファノスを憎悪する者らはそれぞれの外衣を傍らに置いては処刑に専念し、怒りの丈を彼に存分にぶつけたことでしょう。
おそらくは全身にあざやこぶで見るも無残にされたに違いないステファノスは、『主よ、どうぞ、この罪を彼らに負わせないで下さい』と叫んで死の眠りに就き、キリスト・イエスに続く最初の殉教者の冠(ステファノス)を授けられるに至りました。その言葉は主イエスが磔の木に釘で打ち付けられたときのものでもあり、『敵のために祈れ』と言われたイエスの精紳に従うものであることを示しています。


◆自分の義を立て神の義に従わない宗教家

他方、宗教家たちがそれまで行ってきた神への反抗は積み重なってしまい、いまさらイエス殺害の非を認めて悔いる心境にはとてもなれなかったことでしょう。理を尽くして説かれても、自分たちの道を変えることはいよいよ難しくなるばかりです。

人が自分を正当化したいときに、より強く怒りを覚えるのは、間違った事を言われるよりは、相手が正しく理に適った反対意見を言っているときでしょう。正論の前に自分の間違いの言い逃れできなくなるので、実力を行使して黙らせ、その人を反論共々葬り去ってしまうほかに「自分の正しさ」を示すことができません。なぜなら、「正しい」と言っている自分が間違っているからで、『知識の霊』はおろか、比較されることにも耐えられません。まさに圧制者が情報統制するのもそのためです。

それにしても、宗教家ともあろう地位有る者らが両耳を手でふさいで、正論を聞くまいと大声を上げて突進するというのは、見苦しいばかりか、実は彼らに正しさの無いことを自ら示していたというほかありません。

しかし残念ながら、そのような「正義」は世の常であり、力と数で圧倒して押し切る者が「正しい」とされることは珍しいことでもありません。世で政治や宗教の敵意と争いの応酬が特に多いのは歴史が繰り返し示してきたところですが、その原因といえば「人間の正しさ」以外に何があるでしょうか。正義感と憎悪は裏表であり、「人間の正しさ」を押し通せば悲劇が起ります。多くの暴力や殺害は、正義感と憎悪の衝突であり連鎖ですが、人間はこれを止めることができません。

ユダヤの宗教家らも、怒りの余りに、ガマリエルⅠ世の賢明な勧告を踏み越え、いよいよ神に敵対する道をまっしぐらに突き進んだと言うべきでしょう。
『人の子は、父がなさるほかに自分からは何事も行えない』と言われるイエスにも、その弟子たちにも、自分から出たものでない「神からの義」という後ろ盾があったことに宗教家らは耐えられなかったのです。これこそは嫉妬に狂って『カインの道』に足を踏み入れてしまうことです。(創世記4:6-7/ユダの手紙11)

カインについて、『彼の業が悪く、その兄弟の業は正しかったので』『彼は邪悪な者から出て、その兄弟を殺した』と使徒ヨハネが手紙で指摘していますが、カインも神自らの勧告の言葉に従わず、彼の激情が兄弟殺しを躊躇させなかったのでしょう。(ヨハネ第一の手紙3:12)

キリスト・イエスも「人間の正しさ」によって殺害されました。それこそは決定的な倫理問題であり、人間の抱える『罪』の端的な表れで、『蛇の裔』の謀ることです。おそらく、人はこの点において最終的に裁かれるのでしょう。ユダヤの体制が滅びに向かったようにです。
そして、宗教家らの「人間の正しさ」による殺害は、イエスの弟子たちにもその日から向けられてゆくのでした。(ヨハネ福音書8:44)


◆類い稀な転向者

さて、その日ステファノスに石を投げ続ける者らの外衣の番をしていたのが、パリサイ派のサウロ(サウル)という人物であったのですが、彼はステファノスの処刑はまったく正当であり、イエス派は大いに間違っていると心底思っていたのです。(フィリピ人への手紙3:5-6)
ですから、その日以来巻き起こったイエス派への迫害の先頭にこの人物が立ち、多くの人々を逮捕しては殺害の手助けをし、イエス派迫害の急先鋒となったのがこのサウロであったのです。(コリント人への第一の手紙15:9)

しかし、この頑固なパリサイ人が、ユダヤ教徒について後になっては正反対のことを書いているのです。
『わたしは彼ら(ユダヤ人)が熱心に神に仕えていることを証しするけれども、その熱心さは、正しい認識に基づいてはいない。
なぜなら、彼らは神の義を知らず、自分の義を立てようとして、神の義には従わなかったのだ。』(ローマ人への手紙10:2-3)


先頭に立ってイエス派を迫害していたサウロが、後の半生ではイエス派の使徒となって奮闘し、律法主義者からの熾烈な迫害の中で過ごし、最後にはキリスト教徒としてローマ皇帝ネロの前に立つまでになるのですが、これは実に大きな変化です。

このサウロが、キリストの使徒パウロとなってからの労苦が如何に膨大であったかを、彼自身がコリント人への第二の手紙の第十一章で止め処もなく語っていますが、なんと、彼は一度ながら『石打ち刑』で処刑されてもいるのです。しかも、そこで彼の語る苦労のリストには、その後何年もの留置所暮らしの不自由さや、大海原で船が嵐に巻き込まれ、遂に難破したことや、最期に処刑されたとの伝承も含んでいないのです。(コリント人への第二の手紙11:22-29)

彼の最大の敵は、同朋であった律法主義のユダヤ人らでした。彼らからすれば、パウロは裏切り者であったからです。
しかし、その後の彼は、キリスト教の最先端の認識を授けられ、『奥義の家令』の責務を荷って先頭に立ち、命を懸けてイエス派の行くべき道を常に指し示す羅針盤であり続けました。

この類い稀な人物、ガマリエルの弟子パリサイ人サウロが、キリストの弟子となり、あの使徒パウロへと転身したことを想えば、『罪を彼らに負わせないで下さい』と叫んで死の眠りに就いたステファノスの言葉も空しくならなかったというべきでしょう。

これほど頑ななパリサイ人が、まったく変化したからには、いったい何が起ったのでしょうか?





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2018.06.09 (Sat)



◆キリストの業を続行する弟子たち

この年のペンテコステの日に起った奇跡の出来事から、弟子たちには不思議な力が備わりました。外国語で話すことは『異言』と呼ばれましたが、しかし本人は話している事の意味がわかりません。その後『翻訳』の賜物を与えられた弟子たちも現れるようになり、集まっている他の人々に分かるように語られた異言を訳すようになります。

また『預言』の能力を持つ弟子は、これから起こる事を予告したり、隠されている事柄を知らせたりします。また『知識』と呼ばれる能力は、真理の理解を教えました。使徒ペテロには『癒し』の際立った賜物が与えられ、イエスが多くの人々に行っていたような顕著な癒しが彼を通して続けられたので、人々はペテロの歩く道沿いに病人を並べるほどであったと医師でもあったルカが書いていますが、そればかりでなく、後にはイエスのように死者を生き返らせもしています。(使徒言行録9:40-42)

イエスは、やはり最後の晩餐の席でこう予告して語られました。
『確かにあなたがたに言う。わたしを信じる者も、わたしの行っている業をするであろう。そればかりか、より大きな業を行うことになる。わたしが父の御傍に行くからだ。』(ヨハネ福音書14:12)

ペテロは、聖霊を注がれてから弟子たちの先頭に立って、ナザレ人イエスがどのようにメシアであったかを、イスラエルの人々に旧約聖書を縦横に用いて人々に知らせます。
預言者モーセが予告していたところの、モーセ自身のように偉大な預言者の到来がイエスの現れであったこと、また、イスラエルの民は、『あなたの裔によって地のすべての支族が祝福を受ける』とアブラハムに約束された事柄を相続するはずの『契約の子ら』であることに注意を向け、『あなたがたは、この聖なる正しい方を拒んで、人殺しの男を赦すように要求し、命の君を殺してしまった。しかし、神はこのイエスを死人の中から復活させたが、わたしたちは、その事の証人となったのだ。』と宣告し、聞き入るイスラエルの人々が何をすべきかをこう伝えます。

『自分の罪が消し去られるように、悔いて立ち戻りなさい。
こうして、の許から慰めの時*が訪れ、はあなたがたのために予め定められていた、メシアであるイエスを遣わしてくださる。』(使徒言行録3:1-20)
*(または「回復の時」)

つまり、アブラハムの子孫であり、神の規準を教えても、彼らに救いをもたらすことのなかった律法契約の中に在ったイスラエルには、イエスをメシアと信じるなら、今や律法契約の不履行を悔い、メシア信仰による『新しい契約』へと移ることによって、聖霊を通し、復活したメシアの指導の下に入る道が彼らに開かれたのです。

しかし、聖霊は神から出て、キリストの名によって注がれるものでありますから、キリストに信仰を働かせないなら『契約の子ら』であるイスラエルの民であってもそれが与えられるものとはなりません。(コリント人への第一の手紙6:19/ヨハネ福音書14:26)

ですから、イエスに激しく反対し続けたユダヤの宗教家らに『聖霊のバプテスマ』が行われることはけっしてありません。そこで、イエスの弟子たちに聖霊が注がれ奇跡の賜物が与えられたことをユダヤの指導者層は認めるわけにゆかず、力を用いて圧殺しようとして聖霊に抵抗を始めました。

彼らはバプテストのヨハネが宣告していた『悔い』からは遠く離れていることを示していましたが、ヨハネは宗教家らを『毒蛇の子孫』と呼んで、水のバプテスマを受けさせなかった言葉が福音書に見られます。(マタイ福音書3:7/創世記3:15/ルカ7:30)
やはりユダヤの宗教家らには、『新しい契約』に備えるために『義人の思いを持たせ、主の前に整えられた民』となるには、プライドが高く心が固過ぎたのでしょう。(ルカ福音書1:17)


◆聖霊が与えた賜物の助け

しかし、使徒たちの行う奇跡はエルサレムで広く知られていて、彼らはペンテコステの後も毎日神殿で教え、癒しを行っていました。特にペテロが通る場所に、人々は病人たちを置くだけでなく、彼の影がかかることでさえ癒されることを期待するほどでありましたから、これはまさしくキリスト・イエスの業の継承と言えましょう。(使徒言行録5:15-16/ルカ福音書6:17-19)
イエスはかつてこのように言われました。
『一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一粒のままだ。しかし、もし死ねば、豊かに実を結ぶ』。
まさしく、イエスという聖霊の業を行う一人の人の死は、弟子たちという多くの麦粒となって、聖霊の業は増やされてゆくのでした。(ヨハネ福音書12:24)

しかし、嫉妬にとらわれたサンヘドリンは神殿警護の職権で使徒たちを捕縛して連行させると『お前たちは何の権威によって、だれの名によってあのような事を行ったのか』と取り囲んで尋問します。
ペテロは聖霊に満たされて語り『あなたがたが木に架けて殺したのち、神が死人の中からよみがえらせたナザレ人イエス・キリストの御名によるのです』『この方こそが「あなたがた家を建てる者に捨てられたが、隅の親石となった石」なのです。ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人には与えられていないのです。」』と堂々と語ります。

これを聞いた指導者層は、ペテロが無学の平民であるのに、こうして臆すことも無く見事な宣言を行うことを不思議に思います。
そのうえ、普段から神殿の入り口に座って物乞いをしていた足の不自由な者が癒されてそこに共に居る奇跡の証拠を見ては言い返すにも窮します。しかもエルサレム市内では彼らの奇跡が知れ渡っており、信じる者は男だけでも五千人にもなっていました。
ですが、彼らの主を死に渡した指導者層にとっては、彼らの言うことを認めるわけにはゆきません。そこで、イエスの名によって語ることを厳重に禁じてから釈放したのでした。

しかし、そんなことで神の業を行うのを躊躇し、イエスの名によって語るのを止めるような使徒たちではありません。今や彼らには奇跡の聖霊がという後ろ盾があり、それはキリストと彼らの断ち難い絆を証ししていたのです。
『神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか考えてください。わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられません。』とペテロとヨハネは答えます。

これが先頃までユダヤ人に怯え、扉にかんぬきを下ろしてひっそりと過ごしていたあの弟子たちなのでしょうか。
イエスが地上を去るときに語られた最後の言葉、『あなたがたの上に聖霊が降るとき、あなたがたは力を受ける』との予告は、大胆にされた彼らの姿にはっきりと見えます。

使徒たちは信者の皆に、体制側からのこうした脅しがあったことを告げ、一同で心を合わせ『主よ、いま、彼らの脅迫に目をとめ、僕たちに、思い切って大胆に御言葉を語らせて下さい。そしてみ手を伸ばして癒しをなし、あなたの僕イエスの名によって印と奇跡とを行わせて下さい。』と祈ると、その場は揺れ動き、すべての者たちに聖霊が降ったので、印を行う者の数はさらに増えてゆきます。(使徒言行録4:1-31)

それから使徒たちは神殿で教え、外地からの弟子たちは見出したメシア信仰を大いに喜び、ペンテコステの後もエルサレムに留まっていましたが、それをエルサレムの住民である信者たちがパンを共にするためにそれぞれの家に招いては援助します。また、土地を持っている者はそれを売っては仲間たちの必要を賄う資金とするよう使徒たちの許に持ち寄って、皆が個人の所有権を言い立てるような姿は見られません。
弟子たちは助け合って一つにまとまり「イエス派」とも言える一団を形成してエルサレムに逗留を続け、日々神殿に上り、熱心に祈りを捧げます。その様子を見る他の市民も彼らを誉め、神殿祭司たちも態度をやわらげるのでした。(使徒言行録4:32-35)

こうして使徒たちを通して癒しや奇跡が行われることで、イエス派は成長を続けましたが、人数が増えるに従い、全体の福祉を顧みる役職が必要であることを知らせる事態が発生していました。
ヘブライ語を話す(ヘブライスト)地元の弟子たちと、外地から来て逗留しているギリシア語を話す(ヘレニスト)弟子たちと間で、寡婦への配給に不公平が生じてヘレニストの寡婦たちに困窮があった事が使徒たちの知るところとなったのです。

使徒はこれを解消させるべく、配給の実務を担当させるために信頼できる七人の男子を任命します。
その中には、ステファノスやフィリッポスなどギリシア名のイスラエル人が見られる他に、おそらく元からのギリシア人でユダヤ教への改宗者ニコラオスの名も見えます。(使徒言行録6:1-6)

この新たな七人は、「下僕」を意味するディアコノスと呼ばれましたが、使徒を補佐し、十二人が教える業に専念できるよう働いて、イエス派の全体を助けるための必要不可欠な存在となりました。
エルサレムに集まっていたイエス派の集団の規模がおそらくは万の人数に近付いていたのでしょう。けっして小さくないことを窺わせます。このディアコノスの役割は、その後も各地の集まりに於いて実務を負う役職として職制の中に定着してゆきます。


◆キリスト教の始まり

パウロは聖徒らに与えられた様々な能力の源が何であったかを明らかにしてこう書いています。
『ある人には霊によって知恵の言葉が与えられ、他の人には、同じ霊によって知識の言葉、また他の人には、同じ霊によって信仰、また他の人には、一つの霊によって癒しの賜物、また他の人には力ある業、また他の人には預言、また他の人には霊を見わける力、また他の人には種々の異言、また他の人には異言を訳す力が与えられている。』(コリント人への第一の手紙12:8-10)
聖霊を通して与えられるこれらの能力は『賜物』(カリス)と呼ばれ、使徒パウロはそれぞれの弟子たちに異言からはじめて、より意義深い『預言』のような賜物を授かるよう努めることを勧めています。

そして、これらの奇跡は、営々と千年以上続いてきたモーセの律法契約による体制が、今やキリストによる『新しい契約』へと移るべきことをイスラエルに教え、彼らの注意を喚起させ、メシア信仰を抱かせるものでもありましたが、どうしても旧いモーセに留まろうとする宗教家を中心とした既得権益のある者らが出てきていました。イエスはそれを『古い葡萄酒は美味い』という酒好きに例えて語られていました。

そこで『だれも、新しいぶどう酒を古い皮袋に入れはしない。もしそんなことをしたら、新しいぶどう酒は古い皮袋をはり裂き、そしてぶどう酒は流れ出るし、皮袋もむだになってしまう。だから、新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるものだ。』との例えを語られたイエスは、ユダヤ教を改善するのではなく、古代のモーセに代り、神殿崇拝を超える新たな崇拝の次元へと信じる者たちを導こうとしていたのです。(ルカ福音書5:37-38)

キリストの導く新しい崇拝が、「血」の犠牲を捧げる段階を越え、神からの「霊」を介するものであれば、それまでとはまったく異なる新たな崇拝の型を持つ必要があることは容易に想像できます。
そこで、『エルサレムでもないところで父を崇拝する時が来ようとしているが、それは今なのだ。』『神は霊であられるので、崇拝する者も霊と真理とをもって崇拝しなければならない』と語られていたのも、地上の一か所の神殿で、繰り返し動物の犠牲を捧げ続けた時代の終りを教えていたのです。(ヨハネ福音書4:21・24)
聖霊が弟子たちに注がれ、様々な賜物が彼らに与えられるようになると、彼らの集まりの中で聖霊が多様に働き、それが彼らの信仰を助け、神また主イエスとの繋がりを明かすものとなってゆきますが、それが新たな崇拝の始まりでもありました。

弟子たちにとっては、これこそイエスが最後の晩餐の席で使徒らに言われた『助け手』である『聖霊』の到来であり、イエスの帰天の際の最後の言葉『あなたがたの上に聖霊が降るとあなたがたは力を受ける。』の実現でありました。
聖霊の注がれた弟子たちには、イエスの行った奇跡の業が分け与えられ、彼らが最初に外国語で話し出したように、メシアを退けた偏狭なユダヤから世界の広野へと弟子らによって運ばれ、人々の信仰を惹き起こす奇跡の業がペンテコステの日から押し広げられてゆくことになるのでした。

まさしく、そのペンテコステは、律法の崇拝を超える新たな崇拝、「キリスト教」と後に呼ばれることになる宗教が誕生した日であったのです。

キリスト教の崇拝とは、聖霊を注がれた聖なる弟子たちが行うものであり、キリストの神を讃え、天の神殿を構成する仲間の聖徒を集め出し、地上で試され、忠節の内に『新しい契約』を全うし、主と共に天界の祭司となって『天の王国』を設立することを意味します。
その『神の王国』が、全人類を『罪』から救い出して世の悪を終わらせ、老いや疾病からも、様々な障害からも解き放ち、栄光ある姿を人に回復させるものとなります。キリストが人々に施した奇跡の癒しは、その証しであり、先触れであったのです。




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