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聖なる民の現われ

2018.05.28 (Mon)



◆ペンテコステの祭りの朝

ガリラヤ出身である弟子たちは、イエスの帰天後、主の言葉に従いエルサレムに留まっていましたが、なおユダヤ人からの迫害に怯え、戸口にはかんぬきを下ろして過ごしています。
ペテロは詩篇の句にちなんで、十二人の中から抜け落ちたユダ・イスカリオテに替わる使徒を選ぶことを提案しました。普段からイエスに近く従っていた者らのうちからユストと呼ばれるヨセフとマッティアスが挙げられ、祈り籤を引いてマッティアスを選びます。

イスカリオテのユダは、主を裏切ったことを後悔し、銀三十枚を持って祭司長派のところに戻りましたが、もはや事態は後戻りするようなことなどあり得ません。彼はその代価を神殿に投げ込んでから畑地に出て行ってそこで首をつって死のうとしますが、福音書などの記述を総合すると、その縄は切れてしまい、高いところから落下してひどい死に方をしたようです。ユダの命はその主より先に終わっていました。
彼の後悔は、人として常識的なものであったかも知れません。しかし、メシアへの信仰に立ち戻ったかといえば、それは難しいというべきでしょう。まして、メシアの御傍に仕える十二使徒からは大きく道を踏み外して、『蛇の裔』の側に着いたという余りの咎からすれば、ひとたび失ったその稀なる立場との対照が際立ってしまいます。

一方、残されたガリラヤからの弟子たちは、街の一角にひっそりと過ごしていましたが、やがてエルサレムは律法で定められた『週の祭り』を祝う時期を迎えます。
この『週の祭り』は、無酵母パンの祭りの二日目、つまりイエスの復活があったニサン16日から数えて50日目に始まる祭りです。

その『週の祭り』(シャヴォート)という名前の由来は、七日の週を七つ重ねた49日を越えた50日目の悦びを指すところから付けられました。それが50日目であることからギリシア語で「ペンテコステ」(五旬節)とも呼ばれます。
ユダヤ教徒は『無酵母パンの祭り』から、この日の前日までを喪に服するかのように慶事を避けます。それは過越しと無酵母パンの祭りの厳粛な性格に由来すると言われます。

イスラエル民族の男子には、律法で祭りにはエルサレムに上ることが求められていましたから、やはりペンテコステの祭りが近付くにつれ、多くの人々が集まり、次第に賑わっていました。人々の中には捕囚期以来、パレスチナの外で暮らしてきた『離散』(デイアスポラ)のイスラエル人たちも含まれて、首都と近郊の街々にはますます多くの人々が投宿しています。
さて、祭りの日の朝に、それらの外地からの人々は大風の吹き付けるような轟音を聞くことになりました。
これはいったい何事かと、音のする方向へ行って見ると、その人々は不思議な光景を目にするのでした。

エルサレムの片隅の二階の部屋に集まっていたガリラヤ出身の弟子たちは120人ほどいたのですが、男も女もそれぞれに習ったこともない外国語で神の事柄を話していたのです。外地から祭りに来ていた人々は、それぞれの国の言葉でそれが話されているのを聞いて不思議に思います。そこで、ある人々は『この連中は美味い葡萄酒に酔っぱらっているのだろう』と言います。しかし何より驚かされたのは、外国語で話している弟子たちの頭の上に『炎の舌』のように見えるものがあったことだったでしょう。それは徒ならぬ事が起っていることの証しです。

人々がこうして見入っていると、ペテロが11人と共に立って、『このことは預言者ヨエルの語った言葉の成就であるのです』と、この奇跡の意味を説明し始めます。
旧約の預言者ヨエルの言葉はこうあります。
『その後わたしはわが霊をあらゆる肉なる者に注ぐ。あなたがたの息子、娘は預言をし、あなたがたの老人たちは夢を見、あなたがたの若者たちは幻を見る。その日わたしはまたわが霊を下僕、下女にも注ぐ。』(ヨエル書2:28-29)

この預言はイスラエルに神の恩寵が回復される内容の一部として語られたものですが、その預言がこの朝に実現したのです。
キリストが現れたときに、バプテストのヨハネが『わたしの後に来る方は、あなたがたに聖霊と火とでバプテスマを施すであろう』と語っていました。キリストの到来によってユダヤの律法体制が裁かれ、火の災禍を待つだけでなく、より重要な聖霊のバプテスマが施される時期が到来しました。

まさしくバプテストはこう預言していたのでした。
『また、その方は箕を手に持って、打ち場の麦をふるい分け、小麦は倉に納め、籾殻は消えることのない火で焼き捨てるであろう」』(マタイ福音書3:12)
メシアの現れがイスラエル民族を試すものとなり、彼らがイエスを退けることでユダヤの体制が『籾殻』のように焼かれるものであることを示しました。それが『火のバプテスマ』であり、それは西暦七十年にローマ軍によってユダヤの律法体制に執行された神の裁きを明らかに意味します。

では、『小麦』の粒に当たるものは何でしょう。
倉に納められる小麦とは、メシアに信仰を懐いて受け入れたイスラエル人を指しているとすれば、バプテストの預言した『聖霊のバプテスマ』がその人々に施されることでしょう。
『人は信仰によって救われる』とは、まず第一に、律法下にあったイスラエル人がメシア信仰によって、モーセの律法を守ることでは得られない『救い』に到達する、という意味があったのです。(ローマ3:26/ガラテア人への手紙3:10-14)

その日、聖霊のバプテスマについて、それを実際に目の前にした人々に説いて、ペテロは古来知られたヨエルの預言の成就であると宣言します。
ガリラヤの漁師が、聖なる書物の句を取り上げて、その成就を指摘するということは、宗教家たちも持つことの出来ない新たな理解を彼らを超えて持つことです。これはペテロ自身の能力から出たことではなく、彼にも注がれていたに違いない『聖霊』の為せる業であったことでしょう。『約束の聖霊』が注がれたこの日から、ペテロを先頭に弟子たちに大きな変化を起こっていたことは間違いありません。

さらにペテロは言葉を継いで、メシアの到来について証しを進めます。
『ナザレ人イエスは、神が彼を通して、あなたがたの中で行われた数々の力ある業と奇跡と印とにより、神が遣わされた方であることをあなたがたに示された。このイエスが渡されたのは神の定めた計画と予知とによるのですが、あなたがたは彼を不法の人々の手で木に架けて殺してしまったのです。』(使徒言行録2:22-23)

そのうえでペテロは詩篇をも引用し、そのイエスを神が復活させたことも預言の成就であったことを知らせます。
『あなたは、わたしの魂を墓(ハデース)に捨ておくことをせず、あなたの聖なる者が朽ち果てるのをお許しになりません。』(使徒言行録2:27/詩篇16:10)
ペテロは、この句がダヴィデ王には当てはまらないことを指摘し、ダヴィデはメシアの復活を予見して語っていたと宣言します。

そこで、その日、多くの人々の目の前で起こっている奇跡についてペテロはイエスを高めてこう宣言します。
『イエスは神の右に上げられ、約束された聖霊を御父から受けて注いでくださいました。あなたがたは、今このことを見聞きしているのです。』
『ですから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが木に架けて殺害したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。』(使徒言行録2:33・36)

ペテロの冴えわたる講話を聴いていた人々は、それぞれの心を刺されて痛め、『兄弟たちよ、わたしたちは、どうしたらよいのでしょうか』と使徒たちに尋ねるようになりました。
ペテロは『悔いて罪の赦しのためのバプテスマを受けなさい。そうすれば値なくして聖霊を受けるでしょう。』と勧めます。
それは、一時にしてメシア信仰を懐く機会をイスラエルの人々に与える事となり、これを記したルカは『その日に三千の魂が加えられた』としています。(使徒言行録2:37-41)



◆満たされた『罪』への犠牲

このペンテコステの朝の出来事が非常に大きな崇拝の転換となったことは明らかです。
それまでエルサレム神殿で行われたいた牛や羊などの動物の犠牲ではけっして行われ得ない『罪』の赦しが、キリストの犠牲によって史上初めてアダムの子孫である人間に示されたのです。

ですから、それまでの動物の犠牲という崇拝方法が、模型のように予め指し示していた実体そのもの、それがキリストの犠牲として実現したのですから、そこで神の計画は大きな変革を遂げ、モーセからイエスへと次元上昇したと言い得るほどに別のステージへと進んでいます。
依然として、エルサレム神殿はまだそこに在り、レヴィ族による祭祀も続けられてはいましたが、この日を境にその実質の意味は過去のものとなり、残された姿もあと37年という『ひと世代』の間ばかりとなっていました。(ヘブライ人への手紙8:13/マタイ福音書23:35)

キリストの完全な犠牲が適用されたとはいえ、もちろん、120人ほどのガリラヤからの弟子たちが、永遠の命に入ったわけではありませんが、アブラハムの子孫であり人類の祝福となるという相続財産を継ぐ彼らが、キリストと共に天での祭司となるよう招かれた最初の人々とされた意義には計り知れないほど重いものです。そこに全人類の救いが掛かっているからです。

聖霊を注がれた弟子についてパウロは『霊に導かれる者は皆、神の子である』と書いています。つまり、キリスト・イエスが『神の子』であり、アダムの子孫として到来したのではないように、聖霊を受けた弟子らも、新たに神から生まれ、キリストの兄弟と見做されることによって『神の子』とされ、天への希望を抱く者となったのです。これは史上初めてのことで、キリストの犠牲なくしては実現しなかったことです。(ローマ人への手紙8:14)

やはり、パウロは聖霊を受けた弟子たちについて、神の子となったと言える理由が聖霊にあることを教えます。
『聖霊そのものが、わたしたちの霊と共に、わたしたちが神の子であることを証しを立てている。もし子であれば、相続人でもある。神の相続人であって、キリストと栄光を共にするために苦難を共にしているからには、キリストと共同の相続人である。』(ローマ人への手紙8:16-17)


その「相続物」とは、「アブラハムの遺産」であり、あの全人類を祝福するという約束、つまり『神の王国』のことです。
ですから、パウロが『この聖霊が、わたしたちが神の国を継ぐ保証*であって、やがて神に結ばれた者が全く贖われ、神の栄光を誉め称えるに至るためである。』と聖霊を受けた人々を教えている理由があるのです。(エフェソス人への手紙1:14) *(「約束手形」)


しかし、彼らが聖霊を注がれたとはいえ、肉体で居る間にはアダムの命に在るので、やがて寿命を迎える身であることに変わりませんが、『わたしたちの主イエス・キリストの顕現まで、その戒めを汚すことがなく、また、それを咎められないように守りなさい。』と命じられたような清さが求められます。(テモテへの第一の手紙6:14)

これが『新しい契約』であり、これによって聖霊を注がれた弟子たちにはアダムの命に在りながらも、その『罪』を赦された者としての責務も生じていました。与えられた立場に忠節に生きる務めを全うしなければなりません。

そこで新約聖書には、多くの道徳的な戒めがあちこちに書かれているのですが、それらはレヴィ族の祭司たちには他の部族よりも清さにより以上の要求があったのと同じように、キリストの犠牲を最初に適用された者としての相応しさを保つべきであったのです。

ですから、パウロは彼らを『キリスト・イエスによって聖なる者とされた人々、召されて聖なる者とされた人々』と呼んでいます。(コリント人への第一の手紙1:2)
新約聖書で、キリストの復活後の部分で『聖なる者』または『聖徒』(ハギオス)という言葉が『信徒』(ピストス)と別に書かれるようになるのは、キリストの犠牲によって初めて『罪』を赦された人々が現れてきたことを示しています。

使徒ペテロは、この人々について要約し、こう記しています。
『あなたがた、イエス・キリストに従い、また、その血を注ぎを受けるために、父なる神の予知されたところによって選ばれ、霊によって聖なる者とされた人々よ』(ペテロの第一の手紙1:2)


◆『罪』を赦された者の務め

しかし、彼らが『全く贖われる』のは、『イエス・キリストの顕現まで』待たねばなりません。それは終末でのキリストの二度目の到来の時期を指しているので、彼らはそれまでに肉体の命を終えることになりますから、その生涯で『新しい契約』を守って生きることが求められているのです。つまり『狭い門を通って入るよう努力』することです。続けてイエスが言われた『入ろうとしても入れない者は多い』とは、脱落する人々が出る厳しさを表しています。(ルカ福音書13:24)

また、ペテロは、彼らが『あなたがたも、サラの子らとなった』と言うのです。つまりアブラハムの嫡流の子孫であり、人類の祝福となるという壮大な預言を受継ぐ者であることが約束されたという意味です。しかし、続けて『何事にもおびえ臆することなく善を行えばのことです』との条件を示されてもいます。(ペテロの第一の手紙3:6)
これは、聖霊を注がれ、キリストの兄弟となり『共同の相続人』となるからには、キリスト・イエスのように『蛇の裔』からの敵意に敢然と立ち向かわなければならないことを指しています。

イエスは弟子らについてこう教えていました。
『自分の磔刑の材木を荷ってわたしに従って来ない者はわたしに相応しくはない。自分の魂を守ろうとする者はそれを失い、わたしのために自分の魂を失う者は、却ってそれを得るであろう。』(マタイ福音書10:38-39)
これはまさしく、死に至るまで試された主イエスに続く姿勢が求められる『兄弟たち』の重い務めです。

その後、彼らには多くの苦難が臨みますが、そのほとんどは、未だキリスト教と分かれていなかったモーセの律法に残った宗教、つまり後の「ユダヤ教」からの過酷で絶え間ない反対運動でありました。






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◆復活の知らせ

キリストの死に伴う数々の奇跡の印は、ユダヤの宗教家たちに次に起こることへの不安を掻き立てられていたことが窺えます。
つまり、イエスが三日目に生き返ることを公言していたことですが、彼らにしてみれば、イエスの復活など起こるべきでなく、何としても阻止したいところです。しかも、つい先頃には、そのイエスがベタニヤのラザロを生き返らせていたことが民衆に広く知れ渡っていたのです。

そこで彼らは総督にピラトゥスに願い出ます。
『三日目まで墓の番をするよう指図を願います。そうしませんと弟子たちが来ては彼を盗み出し、「イエスは死人の中から生き返った」などと民に言いふらすかも知れません。そんなことになれば、皆にとっては前よりひどい騙りになるでしょう」。』(マタイ福音書27:67)
しかし、ピラトゥスは宗教家の満足のためにわざわざローマ兵を出す気もなかったのでしょう、『お前たちに警護隊*があるではないか。それで出来るようにするがいい』と素っ気なく答えます。
その結果、ユダヤ人は更なる証拠を突きつけられる結果となるのでした。
*(神殿警護のための傭兵を含む部隊があり、サンヘドリンにはその指揮官の職もありました)

さて、日付けはニサン16日に入っています。それはイエスの予告された『三日目』のことです。
安息と聖日の明けるの待ちわびたであろう朝の暗い内から、遺体に香油を塗ろうと信者の何人かの女たちだけで墓に向かいつつ、「どなたが墓の入口の岩を動かしてくれる」でしょうと言っていたところ、着いて見ると、もう岩は退けられていて、その岩の上には輝く天使がいるのを目にしました。(マルコ福音書16:1-8)
神殿警護兵らは自分たちが目撃したことに戦慄して震えあがってしまって死んだようになっていたと書かれています。(マタイ28:1-4)

天使らは女たちに語りかけ、イエスは生き返り、もうここには居ないので、男たちのところに行って知らせるように言います。
特に、イエスに自身から七つの悪霊を追い出してもらったという女、マグダラのマリアは、墓の付属する庭園の管理人が遺体を真新しい墓から別の場所に移してしまったものと思い込んで、悲嘆にくれて墓に居たところ、背後から声があり『女よ、何を泣いているのか?』と問いかけられたのですが、彼女は涙で目が曇っていたか、その声が園の管理人のものと思い『旦那さま、もしあなた様が運び出したのでしたら、どこに置かれたか教えてください。わたしが引き取りますから』と言うと、その声の主が『マリア!』と呼びかけたので彼女はもう一度振り返り、そこにイエスを見たものですからどれほど驚喜したことでしょうか。『師よ!』と言っては抱き着いてやめません。

イエスは『わたしに抱き着くのは止めなさい。まだわたしは父の許に上っていないのです。ですが、わたしの兄弟たちのところに行って「わたしは、わたしの父またあなたがたの父であって、わたしの神またあなたがたの神であられる方の御許へ上って行く」と伝えなさい』と言われ、復活の主の目撃者として彼女も他の女たち同様に畏れを喜びを懐きつつ十一人のところに走っていって見聞きしたことを伝えたのですが、だれも信じません。このあたりで弟子たちの情報が錯綜していたことは、福音書の記録もそれぞれになっているところに表れていて、出来事の順を辿るのは易しいことではありません。そこでイエスが『あなたがたはわたしを捜すようになるだろう』と最後の晩餐の席で言われていたように、復活という出来事が彼らにしてもどれほど意外な事態の進展であったを知らせるかのようです。

それでもペテロは墓に向かって走り、ヨハネも続きます。若いヨハネは途中でペテロを追い抜いていまい、墓には先に着きますが、天使を見たとは書いていません。ヨハネは年長のペテロが来るまで墓の前で待ちます。
ペテロが着いて、二人が中を覗くと、そこには巻き布が二か所に置かれているのを見るばかりでしたが、ヨハネ自身はそれを見て信じたと書いています。しかし、彼らは旧約にある、復活を予告する聖句との関わりを悟ってはいませんでした。(ヨハネ福音書20:8-9)

一方で、墓を見張っていた傭兵の警護隊から、祭司長派へ出来事の報告が行きます。
その報を受けた彼らの上長らは、年長者らを集めて協議しなければならなくなります。
輝く天使らの現れと驚くべき超自然の出来事を知らされた彼らの結論といえば、異邦人兵士らへの口止め料の支払いと、総督から問い質されない保証を与えることであったのですから、これは神に仕える身でありながら、神を否定することであり、あからさまな罪です。大層な宗教家や年長者たちが、『自分らが眠り込んだところ、弟子らが来て死体を運び出したと言え』と偽りを語るよう命じることまでしたのです。

しかし、口止め料ではこの驚きの出来事をまったく封殺することもできず、あまりの出来事でしたから話が漏れ出てしまい、その噂が民の間に広まってしまったことをマタイが記しています。(マタイ福音書28:11-15)



◆復活したイエスの現れ

しかし、弟子たちの間では、この日だけでも複数の情報が飛び交うことになります。

女たちの証言に加えて別の不思議も起こりつつあります。
同じ日の午後に、二人の弟子がエルサレムから10kmほど離れたところに在ったというエマオの村*に向かって歩きつつ、その日の朝までにイエスの身の上に起った不思議な事柄を話し合っていました。*(この場所は現在もどこであったか特定されていません)
そこにもうひとりが、その話は何かと会話に加わってきたので、二人は『あなたは異邦人でひとりエルサレムに住んでいたので最近何があったのかを知らないのですか?』と怪訝に尋ねます。それほどまでにイエスの噂が広まっていたのでしょう。しかし、そのもう一人は彼らからひとわたり話を聞きます。

その話とは、ナザレ人イエスが業と言葉で強力な預言者となったこと、自分たちはこの方にイスラエルの救いをもたらす方との希望をおいていたものの、祭司長らや体制派がこの方を死刑に処してしまい、それから三日になる今日、女たちが墓を訪れると天使が居て、その方は生きているとと言われたこと、仲間が行ってみるとやはり墓が空であったことを説明します。

すると、その問い掛けた人物は、旧約聖書の全体にあるメシアに関する事柄を引き合いに、受難の苦しみを通して栄光に向かう必要が彼にあったことを説いてゆくのでした。それを聞いていた二人は深い感銘を受け、心が燃えるようであったと書かれています。(ルカ福音書24:13-35)

エルサレムから二時間ほどの行程の村に着くと、その人はまだ旅を続ける様子を見せたのでふたりは強いて留め、一緒にエマオの宿に泊まるように勧めます。

三人で夕食を共にし、その人がパンを裂いて渡しているときに、ふたりの『目が開かれ、それがイエスであることがわかった』とルカは書いています。彼らが復活した主イエスの姿をそのときまで見ることがなかったのには、何らかの力が働いていたのかも知れませんが、今やはっきりとその復活を理解しました。ですが、イエスはすぐに消えてしまいます。
こうなるとふたりは、すっかり暗くなった夜道を戻ってでも仲間に伝えないではいられません。道々ずっと話をしていた相手なのですから空しい夢幻であろうはずもありません。その人がイエスであると彼らが気付かなかったのは、イエスの相貌や姿が以前と異なっていたとも考えられます。キリストの復活は蘇生ではなく、それ以上のものであったからです。

彼らふたりがその道を戻る間に、イエスがペテロに現れていたともルカが書いています。(ルカ福音書24:33-34)
パウロは更に加えて、イエスがその後刻に、未だ信仰になかった弟であるヤコブに現れていたことも手紙に書いています。イエスの帰天の後にユダヤで大きな働きをなすこのイエスの弟ヤコブが信仰を持ったのはこのときのことなのでしょう。(コリント人への第一の手紙15:5-7)
エルサレムの弟子たちの許には、次々にイエスの現れの知らせが寄せられてゆき、彼らにしても信じ難いイエスの復活も次第に現実味を帯びていった様が描かれます。

ですが、その情報を交換し合っているところに、遂にイエスが使徒たちの集まりの中に現れ「こんばんわ」(シャローム)と挨拶したものですから、皆は驚き怖れて騒ぎ立ち、自分たちは夜更けの部屋で亡霊を見ているのではないかと疑ってしまいます。しかも、彼らはユダヤ人の迫害を恐れて、その部屋にはかんぬきを下ろしてあったのです。
そこで、イエスはご自分がはっきりと復活されたことを示すためにこう言われます。『わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしだ。触ってよく見なさい。亡霊には肉も骨もないが、あなたがたに見えるとおり、わたしにはそれがある。』(ルカ福音書24:39)
そのうえ、食物を求められたので、弟子らは焼き魚を一切れ渡すと、イエスはそれを召しあがったのでした。

こうして弟子たちはイエスが復活したことを理解するようになったのですが、それでも復活を信じることが容易いことではなかったのです。
そのとき、使徒のトマスがその場に居なかったため、『わたしは、その手に釘あとを見、わたしの指をその釘あとにさし入れ、また、わたしの手をそのわきにさし入れてみなければ、決して信じない』と言っては主の復活を信じようとしません。復活の主が弟子らに現れたのも、まさにトマスのような者を納得させるためであったことでしょう。

それから八日が経って、トマスも弟子たちと共に居たとき、やはり扉にはかんぬきが下ろされている部屋の中にイエスが挨拶と共に現れ、そのトマスに向かって『あなたの指をここに差し入れ、わたしの手を見なさい。手を伸ばしてわたしの脇腹に差し入れてみなさい。そうして信じない者ではなく、信じる者になりなさい」。』と言われます。トマスはすっかり感じ入って『おお、わたしの主、そしてわたしの神』と言葉を発します。それに応えてイエスは『あなたはわたしを見たので信じたのか。見ないで信ずる者は幸いだ。』と言われます。

しかし、こうした弟子たちの記録を読むとき、今日のわたしたちは彼らが信じ難いことを受け容れてゆく過程を知ることで、貴重な追体験をするかのようにキリストの復活を捉える助けを得ます。キリストに復活を信じることができないのであれば、この世が終わりに至ることも、キリストによって世界の人々が裁かれることも、そのように神が人類に解放を備えていることも関心を持てないことでしょう。後に使徒となったパウロも、合理的なアテナイの市民に向かってキリストの復活を告げました。哲学と科学の繁栄したギリシアの首都であっても、彼は幾らかの信じる人々を得ているのです。(使徒言行録17:31-34)

さて、イエスはその後、ガリラヤで彼らと会い、多い時には五百人を越える人々にも現れたとパウロは書いています。(コリント人への第一の手紙15:6)
ルカは、イエスが弟子たちにエルサレムに留まっているようにと命じたことを記しています。おそらく、この指示はガリラヤでの現れの後のことであったと思われます。というのも、イエスの弟子たちへの現れが有った期間は四十日に及び、遂にエルサレムの東にあるオリーヴ山のさらに東側の斜面に在るベタニヤ村での使徒たちへの現れが最後となったことを、そのとき起こった事そのものが明らかにしているからです。

その部分は福音書が終わり、続けてルカが使徒たちの活動の記録である「使徒言行録」を書き始めた第一章にこのようにあります。
『あなたがたの上に聖霊が降るとあなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となるであろう。」

こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。
イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。

すると、白い服を着た二人の人がそばに立って言った。「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様でまたおいでになるであろう。」』(使徒言行録1:8-11)




◆死人の中からの初子

創造の神を信じるのであれば、復活を起り得ないとするのは矛盾することになります。

人が死んでから再び生きるという考え方は、旧約聖書に古くからありました。
アブラハムにイサクを捧げるよう求められたとき、アブラハムは『神は死人に中からでも生き返らせてくれる』と信じていました。そこにイサクを奇跡的に生まれさせた神への信頼があったことでしょう。

また、著しい苦難に陥ったヨブという人物も、自分の死後に神が生き返らせてくれることを願っています。
ヨブはこう語ったと記録されています。『人がもし死ねば、また生きるでしょうか。わたしは服役の日々の間、自分の解放の来るまで待つでしょう。
あなたがお呼びになるとき、わたしは答えるでしょう。あなたはみ手のわざを顧みられるでしょう。』(ヨブ記14:14-15)


新約聖書の中では、ベタニヤ村でラザロ死んだの姉妹のマルタが『世の終りでの復活は信じております』という、当時のユダヤに見られた復活の信仰の有り様が窺える言葉があります。
当時のユダヤ人の中では復活を信じないサドカイ派という神殿祭司に近い派閥がありましたが、他方、多数派であったパリサイ派は復活を信じていました。

さて、聖書の中にはキリストの他に八つの生き返りの例があります。
これらの奇跡は、人にとって信じにくい復活を、起り得ないものではないことを知らせる意義があったことでしょう。
八つの内、旧約に三つ、新約に五つあり、この五つの内の三つはイエスにより起こされた奇跡で、あとの二つはイエスの復活後に使徒ペテロとパウロを通して起こりました。
実際に、それを経験した人や間近にそれを見た人々にとっては、むしろ否定することの方が難しいものとなったではないでしょうか。
それでも、これらのいずれもが蘇生に近いもので、永遠の命が与えられたわけではありません。

しかし、キリストの復活については、それらと大きく異なり、帰天の後もずっと生き続けていると聖書に度々書かれています。
パウロは、『キリストは死者の中から復活し、眠りに就いた人たちの初穂となられた』と書いています。(コリント人への第一の手紙15:20)
この句は、それまでの生き返りとイエスの復活との違いをはっきりとさせます。

使徒パウロは肉の体と霊の体があることについて述べ、キリストに復活について『最初の人「アダムは生きた魂となった」』と述べますが、『最後のアダムは命を与える霊となった。』とも言っています。(コリント人への第一の手紙15:45)
神がキリストの肉体を蘇生させたとは言えません。確かに復活後に弟子らに現れて、食事をしているのですが、天使も食事をする場面が創世記に有ります。(ルカ福音書24章/創世記18:1-8)
しかも、復活したキリストが現れた部屋には、暴徒を恐れて、扉にはかんぬきが下ろされていたと使徒ヨハネが書いているのです。(ヨハネ福音書20:19-29)

従って、イエス・キリストの復活は、肉体で死を経て後、魂によって霊の体に復活したと捉えることができ、その状態で天使のように化肉して人間の姿をまとい、閉ざされた部屋に現れて弟子たちに復活したことを得心させるために食事をしたというべきでしょう。(ヨハネ福音書20:24-29)

そこでイエスがユダヤ人に向かって『新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない』と言われた理由が分かってきます。(ヨハネ福音書3:3)
この言葉をニコデモスは理解できず、『年をとった者が、どうして生まれることができましょう。もう一度母親の胎内に入って生まれることができましょうか』と反応しました。イエスは答えて、『 肉から生れる者は肉であり、霊から生れる者は霊なのだ。』(ヨハネ福音書3:6)

これはつまり、天の神の王国に入るには霊の体をもって再び誕生する必要があり、天の王国に入る人は誰もが肉体から霊体への変化を経る必要があるということです。聖書はそれを『再創造』また『物事の更新』と訳される特殊な言葉で言い表すことがあります。聖なる人々が新たにされることをはじめとして、天地が作り直されることを含んでそう言われるのでしょう。(マタイ福音書19:28/使徒言行録3:21)「パリンゲネシア」

使徒ヨハネは、イスラエルへのキリストの到来について、『イエス・キリストが肉となって来られたことを公に言い表そうとしない者は人を惑わす者、反キリストです。』と手紙に書いて注意を促していたのは、当時、キリストは地上で終始一貫して霊者であったという、グノーシス派という新たに勃興して来た異説を唱える宗教を警戒してのことでしたが、この反論の言葉から、イエスが確かに肉体ある人として地に来られたことが明らかです。主の御傍に居て特に愛された使徒ヨハネにとって、キリストが肉体では来なかったなど、到底受け入れられない教えであったことでしょう。(ヨハネ第二の手紙7)

ですから、イエスが人として亡くなり、復活するに際しては霊者として作り変えられたとするべき理由は覆し難いものです。
そして、パウロはイエスがそのように復活する者たちの第一となったことをこう説明しています。
『キリストは眠っている者の初穂として、死人の中からよみがえったのである。

それは、死がひとりの人から来たのだから、死人の復活もまた、ひとりの人から来なければならない。
アダムにあってすべての人が死んでいるのと同じように、キリストにあってすべての人が生かされる。

ただ、各自はそれぞれの(復活の)順序に従わねばならない。最初はキリスト、次に、主の臨在に際してキリストに属する者たち、それから終末となって・・最後の敵として滅ぼされるのが、死である。』(コリント人への第一の手紙15:20-26)


こうしてキリストの復活の意義の重さを考えると、死んだ人々がどれほど多くても、また、生き返った人が居たとしても、本来の『復活』はキリストの時まで一度も起こっていなかったということが理解できるようになります。
まさしく神は、キリスト・イエスを最初に復活させたのであり、初めて永遠の命の不滅性に至らせることになったのです。
ですから、使徒たちが天に戻るイエスを見守ったときに、人であった方が天に行くのを初めて目撃していたことになります。

このことは、イエスご自身の『天から下ってきた者、すなわち人の子のほかには、だれも天に上った者はない。』との言葉の意味するところを明らかにします。(ヨハネ福音書3:13)
つまり、火の戦車で大空に去ったというエリヤにせよ、神が『取り去られた』という古代の人エノクにせよ、また、幻において天の神に見えたイザヤにせよ、また、キリストから天の幻を受けた使徒パウロやヨハネにしても、実際の人のままに天に昇ったわけではないということです。

もちろん、どんなキリスト教徒であれ、死後天に行ったわけもなく、「天国」ほど誤解されているものもありません。
キリストと共なる天の祭司となるべき『聖なる者』が霊者となって『天の王国』を構成するという、全人類を益する神の壮大なご意志を、キリスト教界は信者だけの「極楽」にしてしまいました。しかし、世の終りには「天国」と『天の王国』とが正反対の目的を持つことが明らかになるでしょう。

復活というものは、パウロが説くように、まず自己犠牲的な『主の臨在に際してキリストに属する者たち』が主イエスに続いて復活させられることになります。彼らが霊の体を得て天に向かうのは、キリストの再来される終末、この世の終りに時期を待たねばなりません。そのようにして、彼らは『新らたに生まれ直され』なくては『神の王国』に入ることはありません。

ですから使徒ヨハネもこう書いています。
『彼が現れる時、わたしたちは、自分たちが彼に似るものとなることを知っている。そのまことの御姿を見るからである。』(ヨハネ第一の手紙3:2)

このような『キリストに属する者たち』の復活については、キリストが倫理的完全性を得たうえで最初に復活した方として、続く復活を導く役割を担うことを明言しているのは、やはりヨハネも同じです。
聖書の最後の書である黙示録では、ヨハネにその啓示を与えるに際し、その人物は自らをこう紹介しています。
『わたしは一度死んだが、見よ、世々限りなく生きており、死と墓の鍵を持っている。』(黙示録1:18)
この言葉は、復活したキリストに当てはまります。復活後のキリストの命は永遠のものであり、彼の死に至った犠牲が完全な『義』をもたらしたので、他のあらゆる知的創造物に救いをもたらす源となったという意味で、死んだ人々を墓から解き放つ権能を帯びるようになったと捉えることができます。

また、復活したキリストの到達した神々しさについてパウロはこう描写します。
『時がくれば、祝福に満ちた、ただ一人の力ある方、王の王、主の主、キリストを神は出現させて下さるであろう。即ち、ただ一人不死を保ち、近づきがたい光の中に住み、人間の中でだれも見た者がなく、見ることもできない方である。』(テモテ第一6:15-16)
創造の神について、わざわざ不死であることは述べるまでもありません。神はもとより永遠の存在であられましたが、創造物はそうではありません。それは天使であっても不滅性を持っているのではないことが聖書から窺えます。(ハバクク書1:12)
しかし、死に至るまで試されたキリストは倫理の完全性を獲得するに至り、ついに神との永遠の絆で結ばれ、不死を与えられたと言うべきでしょう。その立場ゆえにキリストは全てご自分に続く者を裁く権威を授けられるに値するとも言えます。

旧約では詩篇の中に『YHWHは、私の主に仰せられる。「わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまでは、わたしの右の座に着いていよ。」』という句があります。(詩篇110:1)
この句に基いてパウロはこう書いています。『キリストは、罪のために唯一の犠牲を献げて、永遠に神の右の座に着き、それからは、敵たちが御自分の足台とされるときまで、待ち続けておられるのです。』(ヘブライ人への手紙10:12-13)

つまり、復活したイエスは、それ以前に優る栄光を受けて神の右という恵まれた地位に上げられ、いよいよ全地を支配する王となる時を待っています。
その復活は、すべての復活の最初であり、後に続くあらゆる復活と不死への道を拓くものとなりました。






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◆死に際して次々に成就する預言

ローマ兵に引っ立てられ、アラム語で「ゴルゴタ」(ドクロ)と呼ばれた刑場に到着したイエスは、他の重罪人二人と共に手足に釘を撃ち込まれ、遂に磔の木に着けられて衆目に曝されると、宗教家らから『神の子なら、その木から下りてみろ』との罵声を受けます。
そこには見入る人々と共にサンヘドリンの議員らも自分たちの憎むべきイエスの姿を眺めに来ていましたが、イエスの頭上には『「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」』と罪状が掲げられました。
彼らはこれが不満で『「王と自称した」と書き換える』ことを総督に願い出ますが、これはピラトゥスが認めません。彼には終始一貫ユダヤ宗教家の偽善に関わりたくない姿勢が見て取れます。(ヨハネ福音書19:21)

しかし、ローマ兵には罪人の持ち物を分捕ることが許され、イエスの着ていた外衣を四つに分けました。しかし上等な内衣、縫い目がなく上から下まで一続きに織ったものを自分たちの間で切ってしまって分けるには惜しいと思い、『これは誰の物にするかを籤で決めよう』と言ってサイコロをふります。
そこで旧約聖書の預言がまた一つ成就しました。
『彼らは互いにわたしの衣服を分け、わたしの着衣を籤引にする。』(詩篇第22:18)

この旧約の句を引用した使徒ヨハネは『兵士たちは、本当にこのことを行ったのである』と書き添えていますが、彼自身がその場で預言がその通りになるのを目撃していたことは、磔にされたイエスが自らの母マリアの世話を彼に託したことに表れています。後に、彼はユダヤの滅亡を逃れて、主の母を伴い、小アジアの港湾都市エフェソスに住み、他の使徒たちが相次いで処刑されては世を去って行く中で、一人長寿を全うしたことが複数のの史料によって知らされています。(ヨハネ福音書19:26-27)

主の母マリアと大工の夫ヨセフとの間には、イエスの後に息子や娘が生まれていました。その内のヤコブとユダは後に新約聖書に含まれる手紙を一通ずつ書いています。(マタイ福音書13:55)
ですが、イエスが活動していた当時に、これらの兄弟たちは兄であるイエスにまだ信仰を持っていなかったことを、やはりこの使徒ヨハネが福音書に書いています。(ヨハネ福音書7:5)
そこでイエスは使徒ヨハネに母マリアの世話を委ねたのでしょう。伝承によれば使徒ヨハネの母サロメは主の母となったマリアの姉妹とされていますので、そうであれば、イエスとヨハネは従兄弟の間柄に当たり、当時には信者でもあり、主が母を委ねるに値する若い親族であったと言えます。この使徒は聖書の最終巻となっている黙示録を著すまでに長寿を全うして、『死なない』と噂されるほどの長い生涯を送ることになります。(ヨハネ福音書21:23)

この使徒ヨハネはその福音書の中で、イエスの身の上に起った事柄の目撃者として旧約聖書の預言の成就を更に挙げています。
その衣服の上でサイコロが振られたことばかりでなく、それを記していた詩篇の第22は他にもイエスの身の上に起ることを予告していたのです。

『まことに、犬はわたしを囲み、虐待を行う者の群れがわたしを囲んで、わたしの手と足を刺し貫いた。』という句はまさしく十字架に手足を釘で打ち付けられるメシアの姿に重なるものですし、その直前の『口は渇いて素焼きのかけらとなり、舌は上顎にはり付く。あなたはわたしを塵と死の中に打ち捨てられる。』の句は、ヨハネ福音書が伝える『わたしは渇く』と訴えるイエスの言葉に示されています。しかもヨハネは『聖書が成就されるため』にその言葉を語られたと書くのです。(詩篇22:15-16/ヨハネ19:28)
そこで、鎮痛剤としての没薬を混ぜた葡萄酒が、当時スポンジとして用いられていた海綿に浸してイエスの口元に差し伸べられましたが、イエスは味をみたほどで渇いても飲むことはされません。おそらくは、最後の晩餐の席で『神の王国で、その新しいもの(収穫物)を飲む日まで、葡萄の木の産物をけっして飲まない』と語られていたことが背景にあるのでしょう。(マルコ福音書14:25)

さて、昼に神殿で過越しの雄羊が祭司に屠られている時刻から、つまり十字架に掛けられてから亡くなるまでに、イエスはおよそ三時間ほど苦しまれたが、その時間帯に周辺は夜のような闇が臨みました。三時間にも及ぶ闇は日食では説明できません。それは神からの超自然な暗闇に違いなく、ユダヤの体制の終りを印付ける、極めて不吉な兆候というべきでしょう。

イエスの両側には罪人が磔にされていましたが、左側の罪人が見物している者らと共にイエスを侮蔑したのに対して、右側の罪人はそれをたしなめた上で、『あなたがご自分の王国にお入りになる時には、このわたしをも思い出してください』と言って信仰を表します。
それについてイエスは、『今日、まことにあなたに言うが、あなたはわたしと共に楽園に居るだろう』と言われます。
メシア信仰を持ったとはいえ、死にゆくこの罪人には聖霊を受ける機会がありません。
そこでこの人物の将来は、共に王国に入ることではなく、メシアによる王国が成し遂げることになる地上のエデンのような楽園で幸福となることを言われたことでしょう。⇒ その日に成就していない理由

イエスはいよいよ亡くなる時に至って、『エリ!エリ!ラマサバクタニ』と叫ばれます。これは『神、神、なぜわたしをお見捨てになりましたか?』というヘブライ語であり、この言葉は詩篇第22の冒頭の言葉そのものです。古代にダヴィデが詠んだこの詩がイエスの最期を表していたことなど、聖書にどれほど通じた当時の宗教家であろうと予期できなかったことでしょう。
彼らはイエスがそう言われたのを聞いて『エリヤを呼んでいるのだ』と的外れな解釈をしていましたが、例えそうと気付いたにしても、詩篇の句がイエスの上に成就しているとはけっして認められなかったでしょう。むしろ彼らは『自分は救えないのだ』などとなじります。

それから、イエスの脇腹をある者が槍で突き刺したところ、『血と水が出た』と福音書は記していますので、死因は心臓が破裂するほど大きなストレスであったとも言われます。
イエスが『み手に霊を託します』と叫び『成し遂げられた』と言われ息を引き取られると、真昼から続く暗がりの中で大きな地震が起こります。それは岩が割れ、墓に在った預言者らの遺体が外に出てしまうほどのものでした。それは恰も、預言者たちが預言の成就を語り始めたかのような光景であったことでしょう。

イエスの処刑のために立ち会っていたローマ兵の上官である百人隊長は、これらの起こった事をずっと見たうえで『確かにこの人は神の子であった』と感嘆し神を讃えて言います。そのことは共観福音書に揃って記されていますので、この士官の言葉はそれほど明解で聞いた者に印象深かったのでしょう。イエスは死に際しても人々から信仰を呼び起こしていたのです。
その時刻には、神殿の聖所と至聖所とを隔てていた重い緞帳が上から下まで二つに裂けたとも書かれていますが、ユダヤ人たちはそれら起った事の数々をどう思ったことでしょうか。

さてユダヤ人の律法では、安息日に受刑者が苦しんでいることを認めませんし、埋葬も安息日前にすべきとされますから、何事も急ぐ必要があり宗教家らがピラトゥスに処置を願い出たので、ピラトゥスは、受刑者らが死んでいるかを百人隊長に命じて調べさせました。(申命記21:23)
そこで兵士らが二人はまだ生きていたので、死を早めるための処置として彼らの膝を折りましたが、イエスを見ると既に死んでいたので骨を折る必要はありませんでした。この事について使徒ヨハネは、イエスと過越しの子羊を対称させて描き、出エジプトでの子羊の骨を折らないようにとの指示がイエスの上にこうして成就したと述べています。(ヨハネ福音書19:31-37/出エジプト記12:46/詩篇34:20)

しばらくすると、ピラトゥスの許にユダヤの最高議会であるサンヘドリンの議員の一人、アリマタヤのヨセフというユダ族の富者がイエスの遺体を引き取りたいと申し出てきました。百人隊長にイエスの死を確認させると、ピラトゥスはこの高貴な出身の議員であるヨセフにイエスの埋葬を任せることを承諾します。もうこの時刻には陽が傾きつつあり、祭りの始まるニサン15日の到来を告げる夕闇が近付いていたことでしょう。

そこにもうひとりの人物が相当な量の没薬と香を携えて来てイエスの埋葬に加わります。彼もサンヘドリン議員であるニコデモスであり、イエスが活動を始めた初期に、早くもメシア信仰を表していましたが、その高い立場のゆえに、目立たない夜にイエスをその宿に尋ねたことがあります。使徒ヨハネがそのときの様子を福音書の第三章で明らかにしていました。また、彼はイエスを糾弾するサンヘドリン会議の中で、イエスに公正な裁きを求めて一人異議を試みている姿もヨハネの福音書に見られます。彼らは『隠れた弟子であった』とヨハネは記します。イエスへの強硬な処刑運動の中で使徒や直弟子らの方が隠れている間に、彼らは自分たちにこそが出来るわずかなことをしたのですが、彼らがいなければ主の亡骸はどうなっていたでしょうか。(ヨハネ福音書7:50-52)

こうして三時間以内に、普段は関わりの薄い『隠れた弟子』たちによってイエスの埋葬は簡潔に急いで行われました。ヨセフは上等の亜麻布で遺骸を包み、近くの庭園に在った裕福な者のための真新しい墓が在ったので、そこに腐敗防止と香りの処置を施して安置しました。そこで『彼は不法を働かずその口に偽りもなかったが、その墓は神に逆らう者と共にされ、富める者と共に葬られた。』という句も成就しています。(イザヤ53:9)

翌日は、週毎の『安息日』と無酵母パンの初日の『聖会』の二つの聖日の重なる『大安息日』であるニサン15日、メシアの遺骸はその一日を墓の中で過ごすことになります。律法によって、その一日は聖さと安息を保つべきとされていたので、誰も墓に近付くことは許されません。
その一日はまさに『大安息日』であり、イエスという命ある存在はどこにも無かったのです。



◆キリストが到達した完全さ

こうして、古来、到来が予告されていたメシア=キリストは、地上で果たすべき任務を最後まで行われ全うされました。それはこの方だけが行い得る創造界に於ける最大の貢献であったと言えます。

使徒パウロはイエス・キリストの遂げられた役割をこう述べています。
『キリストは御子であるにもかかわらず、多くの苦しみによって従順を学ばれた。』(ヘブライ人への手紙5:8)

創造界の頂点に立つ方、キリスト・イエスの死に至るまでの謙虚さは、神にとって最大の栄光となりました。
創造物の『初子』が示した神への忠節と従順は、他のすべての創造物が創造主に対して示すべき態度を決定付け、すべてが尽く神を尊崇するべきであり、サタンやアダムのような道に入るべきでない事が立証されたと言えます。キリストはその犠牲の死によって、悪魔を『無に帰した』と書かれている通りです。(ヘブライ人への手紙2:14)

『キリストは、神の象りであられたが、神と等しくあることに固執されず、却って自らを空しくして下僕の様をとって人の姿となられた。その有様は人と異ならず、自らを低くし、死に至るまで、しかも磔の木の上での死に至るまで従順であられた。それゆえに神は彼を高く引き上げ、すべての名に優る名を彼に賜わった。』

このように高められたキリストの義なる立場が、全創造界の一致をもたらす基礎となることをパウロは続けてこう記します。

『それは、イエスの御名によって、天のもの、地のもの、地の下に在るもの、そのすべてが膝を屈め、また、あらゆる舌が「イエス・キリストは主である」と告白して、栄光を父なる神に帰するためである。』(フィリピ人への手紙2:6-11)

また、キリスト・イエスの神に対する従順は死という命の限界にまで達するものとなりましたので、その結果、イエス・キリストは『試みを経た石』となり、倫理性の完璧に到達したと言えるのでしょう。その完全性は、最終的に人類全体を神との和解に至らせる源となります。そこで、キリストが苦難によって到達した完全さの役割が次のように書かれています。
『万物の帰すべき方、万物を造られた方が、多くの子らを栄光に導くのに、彼らの救いの君を苦難を通して完全とされたのは、彼に相応しいことであった。』(ヘブライ人への手紙2:10)

またこの手紙は倫理的完全の域に達したキリストについて、『全き者とされたので、彼に従順であるすべての人に対して永遠の救いの源となり、神によってメルキゼデクに等しい大祭司と唱えられた』と、栄光のメシアを詠う詩篇第110を引用して述べています。(ヘブライ人への手紙5:9-10/創世記14:18/詩篇110:4)

この『メルキゼデク』とは「義の王」という意味の名であり、イスラエル民族も存在していなかった太古に、祭司としてアブラハムを祝福した王でもある人物でありました。それはつまり律法契約によるのではなく、世代交代しながら世襲されるアロン=ザドクの血統によるレヴィ族の大祭司制度ではない、より優れた世襲しない大祭司の地位に、ユダ族の王統にもあるイエス・キリストが就任されたことを述べているのです。(ヘブライ人への手紙7:1-14)

そして、新たな大祭司に任命されたキリストは、新たな祭司制度を創始され、ご自分の大祭司職を支える祭司団を任命される段階に進まれます。それは出エジプトのために犠牲となった子羊が、結果としてレヴィ族を祭司職に買い取ったことに予型が見えます。(民数記3:12-13)

つまり、キリスト・イエスが自らの業によって到達した完全な義と永遠の命を、最初に人類祝福の選民となる人々と共にし、彼らを聖なる祭司とするという神意ですが、やはりキリストの地上の伝道活動は、イスラエルの民の中からメシアへの『信仰』を見出す人々、本当の意味での『アブラハムの裔』となる人々を集める業であったのです。(ルカ福音書19:9-10/ヨハネ福音書12:44)

大祭司キリストの下で祭司となる人々は、キリストと共に天で全人類の『罪』を贖う崇拝を神に行い、神と人との和解を成しとげる『聖なる民』、真の『アブラハムの裔』となります。かつて、律法の祭司たちに一定の清さが求められたように、キリストの祭司となる人々にもキリストの義に相応しい清さが求められますので、新約聖書に中で求められている様々な道徳規準は『新しい契約』に預かり、復活後に天で祭司となるそれらの人々に対する要求であり、信仰する誰もがこの清い基準に達しなければならないということではありません。それはけっしてパリサイ派のように自分の行状を誇る自己満足のためのものではないのです。

その祭司となる人々は、キリストが得た完全な義を分与されるので、『実に、[自ら]神聖にした方も、神聖にされる者たちも、皆ひとりの方から出ている。それゆえに主は彼らを兄弟と呼ぶことを恥とされない。』と書かれているのはそのためです。(ヘブライ人への手紙2:11)
苦難を通して律法を成就した完全さに至り、自らを『神聖にした方』イエスも、その完全さを分かち与えられる『神聖にされる者』となって祭司に招かれる者たちも、共に神から出た『神の子』であり、イエス・キリストはそれら祭司として召される人々をご自分の『兄弟』と呼ぶことを問題とされない。それほどに祭司となる人々へのイエス・キリストの信任は厚いということでしょう。

こうして、神はキリストの犠牲を通し、アブラハムへの約束を実現に向けて大きく前進させ、不動不滅のものとされました。
それが、アブラハムの子孫によって地上のあらゆる部族が祝福を得るという、古代に語られた予告の成就への引返すことのない決定的な進展であり、モーセを仲介に律法契約が与えられたのも、本来はイスラエルが『祭司の王国、聖なる国民』を生み出すためであったのです。しかし、律法契約のイスラエルはメシアを退け、この国民を生み出すことができませんでしたが、キリストによる『新しい契約』によって、いよいよその民が現れることになったのです。

後に使徒ペテロが当時のキリスト教徒に向かって、『あなたがたは、選ばれた種族、祭司の国、聖なる国民、神に属する民である。それは暗闇から驚くべきみ光に招き入れて下さった方のみ業を、あなたがたが語り伝えるためである。』と述べたのは、まさに『アブラハムの裔』、予告された『聖なる国民』である真実のイスラエルが、キリストの犠牲の死を通し、その完全さを分け与えられて地上に初めて現れてきたことを知らせていたのです。

そこでパウロはこう弟子たちに書いているのです。
『従って、今や、キリスト・イエスに結ばれている者は、罪に定められることはない。』『だれが、神の選ばれた者たちを訴えるのか。神が彼らを義とされるのである』(ローマ人への手紙8:1・33)

これらのキリストの兄弟とされた人々の、これほどまでに確固とした義の理由は、自らの善行の報いではなく、キリストの完全性によるのであり、その一人となるのは「神の選び」によるのです。
では、キリストの兄弟、大祭司イエスの下で従属の祭司となる『アブラハムの裔』、天界の聖なる民イスラエルは、どのように集められ選ばれるのでしょうか。






⇒「据えられた親石の完全さ


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