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メシアを退けるユダヤ

2018.04.22 (Sun)


◆邪悪な者らがメシアを裁く

使徒ヨハネは、十二人の中で最も若く、その福音書の中で自分自身を語るときには『主に愛された弟子』と書いています。彼は、最後の晩餐の席でイエスの胸元に居て、その晩に主の語った言葉を記憶に留め、晩年になってから、その福音書の中で五章もの長さに亘って書き記し、今日の読者にまでその晩のイエスの言葉の数々を伝えています。

そのヨハネの福音書の中では、イスカリオテのユダが最後の晩餐の部屋から出て行っても、イエスは使徒らに多くを語り、地上に残す弟子らに多くの教えを授け、また、その後に彼らが遭遇する事態に備えさせています。

イエスは、彼らから離れて行くこと、しかし聖霊という『助け手』を与え、彼らを孤児のようにはしないとも約束します。
ですが、使徒たちには悲しみが臨み、ペテロはイエスが離れて行くことをまったく納得しません。
自分はイエスと共にどこにでもついて行くので、命さえ惜しくないと言うのですが、そんなペテロも、主からは『明け方に雄鶏が二度鳴く前に、あなたは三度わたしを否認する』と予告されてしまいます。

会食を終えた一行は、過越しの祭りのしきたりに従って「ハレル」(賛美)と呼ばれる詩篇歌を歌って食事儀礼を閉じ、それから市の城壁の外に出て東側のキデロンの谷を越えてゲッセマネ(油搾り)と呼ばれた庭園に向かったとされます。

イエスが深い感情をもって祈りを捧げると、その場所を知るユダ・イスカリオテに煽動された祭司長派の一隊が武器とたいまつとを手にやってきて、ユダは『ラビ』(師よ)と言ってイエスに口づけします。これは暗がりで誰がイエスかを知らせる合図でありました。イエスはユダに『口づけして裏切るのか?』と言われます。(ルカ福音書22:47-51)

するとペテロが携帯していた護身用の剣を振って群衆に討ちかかり、剣の刃はマルコスという名の奴隷の頭を逸れて右耳を切り落としました。
イエスはペテロを制して『剣を執る者は、剣によって滅びる』と言われるや、直ちに奴隷の耳を癒してから、『あなたがたは誰を捜しているのか』と彼らに問います。『ナザレ人イエスだ』という返答に対して、『それはわたしだ』と進み出るとその臆せず決然とした姿に後ずさりして転ぶ者までいるほどでした。(ヨハネ福音書18:1-9)

イエスは使徒らは去らせるように求めたうえで、ただ一人捕縛され、祭司長アンナスの邸宅に拘引されてゆきます。
使徒たちは旧約に預言されていたように逃げ散ってしまいますが、ペテロとヨハネは一隊の後を距離をおいてついてゆきました。(ゼカリヤ書13:7/ヨハネ福音書18:15)

しばらくすると、形ばかりの裁判を行うためにイエスの身柄は大祭司カヤファの家に移されます。
使徒ヨハネは母方がレヴィ族で、それも祭司長派に近かったと伝承されますが、そのヨハネの顔効きを利用してペテロはカヤファ邸に侵入することに成功します。

他方、裁判の方はうまくゆきません。急ごしらえの証人が集められましたが、それぞれ言う事が食い違ってしまい、祭司長派はいら立ちを募らせます。
そこでカヤファが『生ける神に誓約して言え、お前は神の子キリストなのか?』とイエスに尋ねると『あなたの言う通りだ。あなたがたはやがて人の子が全能の神の右に座り、天の雲に乗って来るのを見るだろう。』とも言われますが、その言葉を聞いたカヤファは『もうこれ以上証人の必要もない。あなたがたは今まさに冒涜の言葉を聞いたのだ。諸君の意見はどうか?』と周囲に尋ねます。すると集まっていた宗教家たちは口々に『この者は死刑に値する』と言いますが、これはまったくの茶番です。最初から殺害ありきの集まりでしたから、本来の禁を破ってサンヘドリン(最高法廷)でもない場所で、しかも夜中に裁判を行ってもいたのです。そして彼らはイエスを殴り、唾を吐き侮蔑の行いを極め、その『蛇の裔』の正体を現します。(マタイ福音書26:63-68)

邸内に入り込んでいたペテロは、春先のまだ寒い夜であったので、イエスを逮捕した者らと一緒に焚き火に当たっていましたが、その火灯りの中で何度か女中たちにイエスの弟子だと見咎められ、別の場所に行っても、他の者からも『さっき園に居たではないか』とも言われ、彼のガリラヤ訛りまで指摘されてしまいます。その度に『自分はあの人のことは知らない』と三度繰り返しているうちに朝が近付いて、雄鶏が二度目に鳴き、そこでイエスはペテロを眺めます。やはり彼は自分の主についてゆくことが叶いません。言われた通りになってしまったペテロは、カヤファ邸を出ると激しい男泣きにくれます。
しかし、彼が武装の一隊に一人で剣を振ったときに、「自分の命も惜しくはない」と言ったことが本当であることを示しました。そのうえ危険を冒してカヤファ邸にまで入り込んだのですから、彼がイエスという人物に忠節で深い愛着を持っていたことはまったく明らかです。



◆死をもって勝利するメシア

夜が明けると、宗教家たちは形ばかりサンヘドリンに計っては、直ちにローマ総督ポンティウス・ピラトゥスに訴えるためにイエスを引っ立てます。
罪状は『民を煽動して、税金を納めないように指導した』というのですが、ピラトゥスは奇跡を行う人イエスの噂を耳にしており、すぐに宗教家らの嫉妬を見抜きます。(マルコ福音書15:10
しかも、イエスはユダヤ人を煽って騒擾を起こすような人物でなく、『ユダヤの王』であると言っても、争い合う『この世のものではない』ことも得心しました。(ヨハネ福音書18:36)
そこでピラトゥスはイエスを釈放しようとし始めます。

ですが、これはユダヤの指導層の望むところではなく、頑強に反対されます。
そこでピラトゥスはイエスがガリラヤ州の出身であることから、丁度そのとき過越しの祭りで滞在していたガリラヤ州を治めるヘロデ・アンティパスⅠ世のところにイエスの処遇を任せることを思い立ち、その宿舎にイエスを護送させますが、この王こそはバプテストのヨハネを処刑させた人物でもあるのです。

しかし、ヘロデ・アンティパスⅠ世はイエスが送られてきたことを喜びました。なぜなら、自分が殺させてしまったバプテストの生き返りが奇跡を行う人、イエスであると思い込んでいたからで、多くの質問をイエスに浴びせますが、イエスは一言も答えません。その傍らでは宗教家らがイエスをひどく中傷していたので、彼もその兵士らと一緒になってイエスを卑しめては王のマントを着せ、刺の付いたいばらの王冠をかぶせます。そうしてイエスをピラトゥスの許に送り返したので、この反目していたふたりの支配者は、その日以降親しくなったと書かれています。(ルカ福音書23:1-12)

ピラトゥスはやはりイエスに罪を認めず、宗教家たちにこう言います。
『おまえたちが、この人を民衆を惑わすものとしてわたしのところに連れてきたので、おまえたちの面前で調べたが、訴え出ているような罪は、この人に少しも認められなかった。
ヘロデもまた認めなかった。現に彼はイエスをわれわれに送り返してきた。この人はなんら死に当るようなことはしていないのだ。』(ルカ福音書23:14-15)


そこでピラトゥスは更にイエスを釈放しようと、毎回の祭りのたびに一人に恩赦を与える習慣があることにユダヤ人の注意を向けます。
しかし、宗教家らに煽動されていた群衆が口々に『この男ではなくバラバを!』と叫びますがバラバは凶悪な強盗犯なのです。
民衆はイエスを『木に掛けろ、木に掛けろ』と叫び続けますが、ピラトゥスは三度民に呼びかけ『この男が何をしたというのか?』と問います。
その最中にある者が『この者は死刑に値するのだ。なにしろ、自分を神の子だと言ったのだから』というのをピラトゥスは耳にし、古代人に共通する神への恐れを感じます。しかも彼の妻は使いをよこして『その義人に関わらないでください。今日わたしは夢で随分うなされたのです』と言ってきていました。(ヨハネ福音書19:7-8/マタイ福音書27:19)

しかし、民はいよいよ騒ぎ立て、暴動の危険を察知し断念したピラトゥスは、自分がこの裁きに関わりが無いことを示すために、彼らの面前で手を洗って見せ、遂にイエスの保護を諦め『この人の血について、わたしには責任がない。おまえたちが自分で始末をするがよい』と言います。すると群衆は大喜びし『その血の責任は、われわれとわれわれの子孫の上に掛かってもよい』と答えますが、やがてその言葉の通りにユダヤは罪の重大な報いを受けることになってゆくのです。(マタイ福音書27:24-25)

こうして、イエスを鞭打たせてから、極刑である十字架刑に処させるためにその材木を負わせ、ローマ兵らは市の城壁の外にあるゴルゴタの刑場にイエスを他の二人の死刑囚と共に引っ立てます。
それをイザヤの預言はこう語っていました。
『彼は死に至るまで、自分の魂を注ぎ出し、罪人の中に数えられた。彼は多くの人の罪を負い、咎ある者のために執り成しをした』(イザヤ書53:12)
この預言はユダヤ人にとって受け入れ難いメシアの姿であったため「哀しみのメシア」と呼ばれ、栄光あるメシアの預言と裏腹な内容が同じメシアに一致しないので謎とされていました。ユダヤ人にしてみれば、自分たちが約束のメシアを冷遇するなど、まして殺害など思いもよらないことであったでしょう。

そこで、宗教家の中には、ユダヤ人が正しく振る舞えば「栄光のメシア」を得、そうでなければ「哀しみのメシア」が来ると教えるラビもいましたが、これはユダヤ教の見方であって、新約聖書を知る立場からすれば、どちらのメシアも成就することが判ります。

使徒パウロは後にこう書いています。
『キリストも、多くの人の罪を負うために、一度限り身を献げられた後、次いで罪を負うためではなく、ご自分を待望している人たちに救いをもたらすために二度目に現れてくださる。』(ヘブライ人への手紙9:28)
ですから、旧約聖書に予告されたメシアについてのどちらの言葉もその通りに実現し、虚しくなることはありません。

またイエスの死についてこのようにも書かれています。
『子たちは血と肉とを持つので、イエスもまた同様にそれらを備えられた。それは、ご自分の死によって死の力を持つ者、即ち悪魔を滅ぼし、 死の恐れのために生涯奴隷となっていた者たちを解放するためである。』(ヘブライ人への手紙2:14-15)
つまり、キリストの死は悪魔に対する勝利であり、人々を死から解放するものであったことが新約聖書で知らされているのです。


◆メシアを退けた報い

ゴルゴタの刑場までの沿道では、信仰を持っていた女たちが重罪人として引っ立てられるイエスの姿を見て泣きますが、イエスはこう言われます。
『エルサレムの娘たち、わたしのために泣くな。むしろ、自分と自分の子供たちのために泣け。
人々が「子を産めない女、産んだことのない胎、乳を飲ませたことのない乳房は幸いだ」と言う日が来る。
そのとき、人々は山に向かっては、「我々の上に崩れ落ちてくれ」と言い、丘に向かっては、「我々を覆ってくれ」と言い始める。
「生の木」さえこうされるのなら、「枯れた木」にはいったい何がされるのだろうか。」』(ルカ福音書23:28-31)


これは、キリストを退けたユダヤ体制に臨む滅びの予告であり、それは37年後の西暦70年にローマ軍による徹底的なエルサレムの破壊によって成就します。当時のユダヤには、まだメシアを信じる人々が居て、水分を含んだ生木のようですが、ユダヤがいよいよ凝り固まるときには何が起こったでしょうか。
メシアをいたぶる同じローマ軍によって、エルサレムは見る影もなく焼かれ、神殿も石組みのひとつも残らずまったく破壊され、律法に従った祭祀は不可能となり、以後ユダヤ人は律法契約を守れず、約束の地パレスチナからも追い出されることになります。

しかも、このときには『回復の預言』は語られず、神殿も21世紀の今日までも再建されていません。これは律法そのものが警告していた事態でもありました。律法を行わないなら、約束の地から彼らは『吐き出される』と言われていたのです。『新しい契約』の使者を退けたユダヤ人は、以後流浪の民となり、明らかに神の恩寵から疎外されました。(レヴィ記20:22)

一方で、確かにイエスはユダヤの体制を裁く『契約の使者』であったと言えます。
この四百年も以前に、旧約最後の預言者マラキが警告していたことはまさにそのようです。『見よ、わたしは使者を送る。彼はわが前に道を備える。あなたたちが待望している主は突如、その聖所に来られる。あなたたちが喜びとしている契約の使者が、見よ、彼が来る、と万軍のYHWHは言われる。
だが、彼の来る日に誰が身を支えうるか。彼の現れるとき、誰が耐えうるか。彼は精錬する者の火、洗う者の灰汁のようだ。』(マラキ書3:1-2)


この裁きの結果はキリストの否認と殺害により、まったく明らかなものとなりました。
イエスはこう予告して言われました。
『エルサレムに近づき、都が見えたとき、イエスはその都のために泣いて言われた。「もしこの日に、お前(エルサレム)も平和への道をわきまえていたなら……。しかし今は、それがお前には見えない。
やがて時が来て、敵が周りに堡塁を築き、お前を取り巻いて四方から攻め寄せ、お前とそこに居るお前の子らを地にたたきつけ、お前の中の石を残らず崩してしまうだろう。それは、神の査察される時をわきまえなかったからなのだ。」』(ルカ福音書19:41-44)

この言葉が語られてから37年後の過越しの時期になると、ローマと連合国の六万の軍勢が到着し、祭りでユダヤ人の集まっていたエルサレムは周囲に柵が築かれて孤立させられ、恐ろしいほどの食料不足と疫病に見舞われましたから、イエスの言葉の通りに妊娠中また乳を飲ませている女は猛烈な苦境に陥ることになります。イエスは『これらの事がすべて起るまでは、この世代が過ぎ去ることはない』とも言われます。なぜなら、この事態はメシアを退けた『邪悪な世代』への処罰であり、『世の初めから流されたすべての預言者の血の責任をこの世代が問われる。そうだわたしは言う。この世代はその責任を問われる。』とは、まさにこの事を指しています。(ルカ福音書11:50)

そこでイエスは、『エルサレムが軍隊に包囲されるのを見たならば、いよいよ、その滅亡が近づいたと悟れ。そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げよ。市中にいる者は、そこから出て行くがよい。また、郊外にいる者は市内に入ってはならない。』という警告を語っていたのです。(ルカ福音書21:20-21)
そして、これは本当に起こりました。反抗したユダヤに対し、ローマ軍の最初の攻囲が西暦66年に起ったのですが、なぜか退却してしまいます。その理由は歴史上の謎とされ現在も分かってはいませんが、メシアの警告の言葉を信じる人には逃れる機会ができました。そうして、イエスの警告に留意して山地に逃れた人々が実際にいたことを史料は告げています。

それから三年半が過ぎて西暦70年の過越しのときに、ローマ軍は満を持して再来し、エルサレムは攻囲の柵ですっかり囲まれ、メシアを屠ったユダヤの世代も、遂に苛酷で凄惨な滅亡の時に至るのでした。エルサレムで残された建物は僅かに三つだけになり、今日でもカヤファ邸も総督府もどこにあったのか分からなくなるほどに破壊されてしまいます。神殿も城壁も跡形なく、今日の城壁は後代に再建されたものであり、神殿は今日のユダヤ人に「嘆きに壁」と呼ばれる西側の土留め壁を残すばかりとされたのでした。

このユダヤ体制の滅びの予告は、その以前に書かれたマタイ、マルコ、ルカの三つの「共観福音書」にそれぞれはっきりと記されています。
そして、そのイエスの言葉はユダヤの滅びだけでは収まらない内容が含まれてもいたのです。
例えれば、『その時に起る患難の後、たちまち日は暗くなり、月はその光を放つことをやめ、星は空から落ち、天体は揺り動かされるであろう。そのとき、人の子のしるしが天に現れるであろう。

またそのとき、地のすべての民族は嘆き、そして力と大いなる栄光とをもって、人の子が天の雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。また、彼は大いなるラッパの音と共に御使たちを遣わして、天の果てから果てに至るまで、四方からその選民を呼び集めるであろう。』
とありますし、それは『世の初めから起こったことがないような大患難がある』とも言われるのです。(マタイ福音書24:29-31)

加えて、これらのマタイの預言と同じ言葉がルカ福音書第17章などにも見られ、しかもやはり将来の終末に起る事として書かれているので、こうした事は西暦70年には明らかに起きなかったことです。(ルカ福音書17:31-37)


ですから、共観福音書に在るキリストの語られたユダヤへの警告の言葉は、まず、間違いなく終末預言ともなっています。
キリストを退けるかどうか、それはなお世界に問われることになるでしょう。(マタイ福音書25:31-33)
イエス・キリストの受難は、終末に於いて類似した事柄が再演され、それは神を迎えるか退けるかを人類全体に問い、人々を裁くものとなることを聖書は知らせてもいるのです。(ルカ福音書21:12-15/エレミヤ書25:31)





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最後の晩餐

2018.04.16 (Mon)


◆『過越し祭』を巡る時のせめぎ合い

イエスの律法に従うユダヤ人としての最後になる祭り、『過越し』がいよいよ近付いてきました。
それは、古代にイスラエル民族がエジプトでの奴隷身分から解かれた夜を記念する年毎の祭りで、それはエジプト暦のアビブ月(後のニサン月)の14日に入った夜に行なわれるべきものです。
その晩の食事は、エジプトから出る旅支度を整えつつ急いで食べるものとなりましたから、パンは発酵させる時間もなく、無酵母のパンが急いで焼かれました。
若い一頭の雄羊、または雄山羊がイスラエル人の各家庭で屠られ、その血が家の入り口の鴨井と柱に塗られ、それを見た天使は、その家は「過ぎ越して」他の家に入り込み、その家の長子を人も家畜も容赦なく命を奪ってゆきました。

この食事の間に、エジプト人の家々では死の災厄に悲痛な声が上がり、ファラオの宮殿も例外とならず、皇太子の突然の死は頑なであったファラオをも動かすものとなり、遂にその夜、イスラエルの解放を許すに至ります。

この災厄を契機に、イスラエルは父祖に約束されたカナンの地を目指して出立することになりました。
ですから、『過越し祭』(ハグ ハ ペサハ)は、イスラエルのこのときの解放を記念して、以後、年毎にニサン月14日に行われていましたが、その一晩の食事の祭儀に続いて、律法では七日間にわたって無酵母パンだけを主食にする『無酵母パンの祭り』(ハグ ハ マツォート)を行うよう定められてもしました。

ですが、ユダヤ人の指導層はバビロン捕囚から戻ってしばらくする内に、この『無酵母パンの祭り』の中に『過越し祭』を合体させてしまい、ニサン15日の晩に過越しを記念する食事(セデル)を行うようになっていました。ですからマルコ福音書が『過越し祭と除酵祭の二日前になった』と書いているのは、双方の祭りが同日に始まることを示しているためです。そしてこの二つの祭りを同じ15日に始める習慣は、キリストの時代から現代までユダヤ教徒の行うところですが、それもユダヤ教の主流が一向変わらずにキリストを屠った当時のパリサイ派のままだからです。(マルコ福音書14:1)

しかし、このユダヤの習慣による一日のずれで、キリストについて不思議な事が起こります。
マタイとマルコ福音書は、ユダヤ体制派が祭りに入る二日前に祭司長派を中心とした宗教家らが集まって、今度こそ民衆のいないところでイエスを捕え、間違いなく殺そうと算段を練っていたことを記しています。その前から、イエスの居場所を通報する者を彼らは募り始めていましたから、イスカリオテのユダがイエスと共にエレサレムに到着してのち、その不穏な噂を耳にしていたでしょう。(ヨハネ福音書11:57)

その一方で、マルコ福音書によれば、日没後に日付の変わる陰暦のニサン13日に入った晩、一行の会計を担当していたユダ・イスカリオテには大いに不満を抱く出来事がありました。イエス一行が宿泊していた近郊ベタニヤ村の家で、ラザロの姉妹のマリアが非常に高価なインド産の香油をイエスの頭と足に注いだのですが、その金額は今日なら乗用車が新車で買える金額に相当するほどです。(マルコ福音書14:1-10)

マリアとしては、約束のメシアであり、また兄弟ラザロを生き返らせてもらったイエスに対して当然のことと思えたのでしょう。
しかし、一行の許に寄せられた寄付金に手を付けていて、密かな貪欲に陥っていたイスカリオテのユダは強く異を唱えます。『この香油を三百デナリ以上にでも売って、貧しい人たちに施すことができたのに』と言ってはマリアをなじったのですが、その抗議も貪欲からきていたことを使徒ヨハネがその福音書で暴露しています。(ヨハネ福音書12:6)

ヨハネによれば、彼はその一年ほど前には忠節な者ではなくなっていました。 しかし、イエスはそのことを知っていても素振りにも見せません。ユダにはその悪を通して行うべき重要な任務がそれなりに与えられたからでしょう。(使徒言行録1:17)
同時に、彼が離れ落ちた立場は回復できるようなものではなかったのであり、身近に奇跡を見てなお主を裏切ることは、けっして赦されるものでなかったことをイエスは示唆されています。(ヨハネ福音書6:70-71/マルコ福音書14:21)

しかし、イエスはマリアの行いを『わたしの埋葬を見越して』のことで『彼女の行いは全世界で記念として語らることになる』と言われます。(マタイ福音書26:6-13)
するとユダはエルサレム市内に入ってゆき、祭司長派に向かって自分の主の逮捕を助けるからと申し出て、報酬に銀三十枚の約束を取り付けます。 彼にはベタニヤのマリヤの「散財」がよほど悔しかったのでしょう。

それはニサン13日の始まった夜の事でしたが、宗教家たちはイエスを殺すのは『祭りの間にしてはならない』と繰り返し言い合っていました。せっかくの祭りが預言者の血で染まることを民が許さず、騒動になることを恐れたのです。

そこで本来の律法なら翌14日の始まる夜が『過越しの食事』を行うべき時間なのですが、習慣によってニサン15日に祭りを始める宗教家たちにとっては、13日と14日という二日分の余裕が残されていましたが、まさにこの間に決定的な事柄が行われることになります。ニサン14日こそ遠い古代にモーセが命じたエジプトからの解放を得たその日に当たるのですが、ユダヤ体制派にとっては、まだ祭りに入っていない『準備の日』であり、イエスを退けるにはこの日以外に選択肢がありません。(ヨハネ福音書19:31)

マルコ福音書によれば、その13日の昼間の間は、イエスは珍しく日付の変わる夕刻までベタニヤ村で静かに過ごして、エルサレムには出かけず、ユダは慎重に行動する主を売り渡す機会を得ずに過ごします。その前日の12日に、イエスはサドカイ派もパリサイ派も完膚なきまでに論破してユダヤ体制派の憎しみは頂点に達しています。彼らはイエスの神殿を『三日で建て直す』という言葉にも大いに反感を懐いていました。彼らはその言葉に憎しみを煽られてもいたのです。すべては神の『意志が成し遂げられる』ためであったのです。

やがて夕刻となって翌14日が近付いてから、やっと使徒のペテロとヨハネを市内に送り出し「水瓶を運ぶ男」を見つけたら、その案内に着いて行くようにと命じますが、確かに彼らは食事儀礼の用意の整った部屋を見出すことになりました。
こうして奇跡を用い、重要な14日の『過越し祭』の食事の場はユダから知られないように安全に確保され、またその食事の重要性も知らされます。



◆『主の晩餐』の創始

十三日も夕暮れとなって、いよいよ十四日が始まる時刻、イエスの一行はエルサレム市内に入り、用意の整った二階の部屋で『過越しの食事』を十二人の使徒と共にされました。
イエスは十二人と最後の過越しを行うことについて『わたしは苦しみを受ける前に、あなたがたとこの過越の食事をしようと心待ちにしていた。』と言われます。
これはキリスト最後の晩餐でもあり、この過越しの食事は例年にないものとなります。
イエスは過越しの食事が進む間で、無酵母パンを一枚取ると、それを祝してから、少しずつに裂いて使徒たちに渡して『食べなさい、これはわたしの体なのだ』と言われます。次いで葡萄酒の杯を取って祝し、これも彼らの間で回させて『飲みなさい。これはわたしの血である』と言われます。

こうして、キリストの体と血を共にすることの意味は、まず、彼らがキリストと体を共にし、肉体を離れて霊の体を得て天界に住むようになることが無酵母パンを食べることに象徴されます。ですから使徒パウロが『わたしたちは、土に属している形をとっているのと同様に、また天に属している形をとるであろう。』と言ったのはこのことであり、使徒ペテロが『肉における残りの生涯を、もはや人間の欲情によらず神の御旨によって過ごす』と手紙に書いたのも、やがて彼らが天界のキリストの許に霊の者として集められることを指していました。(コリント第一15:49/ペテロ第一の手紙4:2)

次いで、赤葡萄酒で象徴されるキリストの血に彼らが飲んだのは、この血が『新しい契約を表している』とのイエス自身の言葉に示されているように、かつて預言者エレミヤによって予告された律法契約に替わる『心に律法の記され、彼らはわたしの民となる』との別の契約のことであり、それを取り結ぶ仲介者がイエス・キリストであったのです。(エレミヤ書31:33/ルカ福音書22:20)
かつて、羊の血がイスラエルから祭司に部族を買い取り、召し出したように、キリストの犠牲の血は、『神の王国』での人類全体を贖罪する天の祭司団を召し出すことになります。


そして、キリストはこのパンと葡萄酒の儀式をずっと行ってゆくようにと命じられ、『「あなたがたに言って置くが、神の王国で過越が成就する時までは、わたしは二度とこの過越の食事をすることはない」。』また『二度と葡萄の産物から飲むことはない』とも言われます。(ルカ福音書22:15-16)
つまり、この使徒たちとの晩餐には、将来に天で二度目の成就があるということが示されます。それまでの間は、弟子たちの間で地上の儀式として「過越し祭」に関連した新たな儀礼「主の晩餐」として守られます。これはキリストが命じた定時祭礼としては唯一のものとなりました。

しかし、この最後の晩餐では、ご自分が弟子らから離れて行く事、裏切られて処刑されることを彼らに知らせ、まさに「裏切ろうとしている者の手が同じ食卓にある」と言われます。
使徒らは、次々に「自分ではありませんね」とイエスに尋ねますが、ユダについては「あなたがそう言った」という肯定の言い回しで答えます。それでも、その場ではユダの目論見は知られず、ただ、ペテロとヨハネだけが察知します。しかし、イエスはそのまま『あなたのしようとしていることを直ぐに行え』と言われて彼が夜の闇の中に出てゆくと、他の者らは、ユダが金箱を管理していたので、貧しい者に施しに行ったのだろうと思います。その一方で、使徒たちの間では誰が偉いのかを巡って激しい論争が起きてしまい、その渦中でユダのことは忘れられ、イエスは彼らの足を洗って回り、偉ぶる態度を行いを以って正されました。

イスカリオテのユダに裏切りを暗に命じて送り出した時、イエスは『今や人の子は栄光を受けた。神もまた彼によって栄光をお受けになった。』と言われました。(ヨハネ福音書13:31)
イエス自らが、ユダに実行の命令を下したことにより、キリストは自ら犠牲となる崇高な意図を示され、それがご自身と延いては父である神の栄光を確実なものとしたことを言うのでしょう。未だイエスは処刑されてはいませんでしたが、神の目には、万事が整い、アブラハムがイサクを差し出したように、既にイエスは自らを差し出したと見做されていたと言えたのでしょう。

キリストが地上で遂げた自己犠牲がどれほど必要であったかを復活したイエス自身がこう言われます。
『キリストは必ず、これらの苦難を受けて、その栄光に入るはずではなかったのか』(ルカ福音書22:26)
使徒パウロもまた『彼は御子であられたにもかかわらず、さまざまの苦しみによって従順を学び、』また『イエスが、死の苦しみのゆえに、栄光と誉れとを冠として与えられたのをわれわれは見ている。・・万物を造られたかたが、多くの子らを栄光に導くのに、彼らの救の君を、苦難を通して完全にされたのは、彼に相応しいことであったからである。』と書いています。キリストの苦難の死による栄光は、彼自身の倫理性を完璧なものに磨き上げ、そこに栄光が備わったと同時に、創造の神がキリストの試練を経た完全な忠節によって被造物からの最初の完全な栄誉を受けることになったと言えます。(ヘブライ人への手紙5:8/2:9-10)



◆約束の聖霊

しかし、この最後の晩餐のときに栄光を受けたのは神とキリストだけでなかったことをイエスは告げます。
『あなたがたはわたしの試錬の間、わたしと一緒に最後まで忍んでくれた人たちである。
それで、わたしの父が国の支配をわたしに委ねてくださったように、わたしもそれをあなたがたに委ね、わたしの国で食卓に就いて飲み食いをさせ、また位に座してイスラエルの十二の部族を裁かせるであろう。』(ルカ福音書22:28-30)


彼ら十二使徒の内の一人だけキリストの試練から脱落し、既にその場を去ってはいましたが、残りの十一人については、キリストに忠節な者と見做され、将来において神の王国に属するべき民族「イスラエル」の選びに関わることになることがこの場で契約されます。彼らはキリストの試練を共にし共に忠節を示したことを、イエスは彼らに権限を委ねる根拠にされていますが、彼らの十二の座の内のユダ・イスカリオテの抜けたところは、当時からイエスに従っていた別の弟子であるマッテアスによって補充されるところとなります。(使徒言行録1:15-26)

キリスト・イエスの死の前に、この『新しい契約』を象徴する無酵母パンと赤葡萄酒の儀礼に与ったのは十二使徒だけでしたが、この後に『主の晩餐』と呼ばれる儀式が繰り返されるに従い、次第に多くの人々が二つの表象物を得て、キリストと共なる者であることを表して加わってくることになります。その儀式にはユダヤ人だけでなく、やがて諸国民も「契約の民」に含まれるようになりますが、『新しい契約』に与る人々すべてには、誰からもそれと分かる「印」がありました。

イエスは、その印について最後の晩餐の席で使徒らに約束しています。
『助け手、すなわち、父がわたしの名によって遣わされる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、またわたしが話しておいたことを、みな思い起させるであろう。』(ヨハネ福音書14:26)
ですが、この最後の晩餐の席では、未だ聖霊は注がれていません。その理由を使徒ヨハネはこのように記していました。
『イエスはまだ栄光を受けていなかったので、霊がまだ降っていなかった』(ヨハネ福音書7:39)

ですから、イエスの約束された『聖霊』というものは『わたしが去って行かなければ、あなたがたのところに助け手は来ない』と明言されたように、キリストの犠牲が捧げられてはじめて弟子たちに注がれた、奇跡を行わせる霊であり、『この世はそれを見ようともせず、知ろうともしないので、それを受けることができない』ともイエスが言われていたものです。(ヨハネ福音書16:7/14:17)

最後の晩餐の席でイエスは聖霊について多くを語っていて、それが自らが去った後の彼らを導き助けるものであり、また、イエス自身の業を弟子たちに引き継がせるものとなることも知らせます。
『わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、より大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからだ。』(ヨハネ福音書14:12)

キリストの業とは、奇跡を行い、イスラエルの中から信仰を抱く真のアブラハムの裔を集め出すものでしたが、使徒らによってイエスの死後も続行されるだけでなく、メシアを拒むイスラエルを後にして、異邦諸国民に向け真実の神の選民を集め出す業を拡大してゆくことになります。

今日、わたしたちが新約聖書を読めるのも、使徒らや初代の弟子たちに働いた聖霊の働きによるものであり、この聖霊なくして、教祖が三年半の宣教だけで世を去った宗教が広く世界に進展することもなかったことでしょう。

いまだ『罪』を負うイエスの弟子たちであっても、完全な倫理性を示したキリストの犠牲を通して、神が聖霊を下賜したのでありますから、使徒パウロが『霊に導かれる者は神の子である』また『神は選ばれた者たちを義と宣せられる』というのは、彼らがキリストの義を分かち与えられたことを指しており、それこそが『新しい契約』の成し遂げた『聖なる国民』の登場でありました。(ローマ人への手紙8:14/8:33)

ですから使徒ペテロは、異邦人の弟子たちにこう語っています。
『しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王なる祭司、聖なる国民、神の格別な所有とされた民である』(ペテロ第一の手紙2:9)

こうしてキリストの犠牲は、モーセの律法契約が目的としていた『聖なる国民』の誕生を成し遂げることになります。
それは動物の犠牲では行えなかったことであり、最終的には『聖なる国民』ばかりでなく、人類全体の罪を贖うに足る『罪』のない完全な人の犠牲であったので、パウロもこう書いています。
『ひとりの罪過によってすべての人が罪に定められたように、ひとりの義なる行為によって、命を得させる義がすべての人に及ぶ』(ローマ人への手紙5:18)

出エジプトの過越しの子羊の血が初子を救い、イスラエルの祭司職を作ったように、キリストは、その犠牲の代価によって、まず人類の『初子』である『王なる祭司、聖なる国民』を創出していたのです。つまり、キリストの死は、人類全体の祝福をもたらす民、『アブラハムの裔』を出現させることになります。(ヤコブの手紙1:18)




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◆裁かれるイスラエル

ユダヤは体制としては現れたナザレ人イエスに信仰を持つ機会に恵まれていたというのに、信仰を懐いてイエスをメシアとして皆が迎えることはありません。
ユダヤ宗教体制の中心を成していた書士も、律法学者も、その弟子であったパリサイ派も、祭司系のサドカイ派も、ほとんどがイエスをキリストと認めることはありませんでした。イエスは、彼らが望むような宗教エリートではなかったからです。彼らは奇跡を行うイエスに『どこからの者か知れない』と疑念を示し、また『罪人』とまで言っていたのです。(ヨハネ福音書9:24・29)

後代の使徒パウロは、メシアを見分けなかった彼らについて『イスラエルには感覚に麻痺が生じた』また『たとえイスラエルの子らの数が海辺の砂のようであっても残りの者だけが救われる。』という古代のイザヤに書かれた預言がこうして成就したと書いています。(ローマ人への手紙9:27)
つまり、キリストを通して新たな信仰に到達するのはユダヤの多数派でも支配層でもありませんでした。
特に、その崇拝方式を守っていれば救われるという宗教上の既得権益を妄想していたユダヤの宗教指導者層は律法契約を知り尽くし、精密に守って神の是認にいるつもりでいても、実は神の意志から大きく外れていたのです。原因はその傲慢な利己心でありました。

その一方で、彼らから蔑まれていた民衆の中からは『キリストが来たとしても、この人が行ったよりも多くの印を行うだろうか』と言っては癒しの奇跡に信仰を持ち始める人々が現れます。(ヨハネ福音書7:31)
それが聖霊の奇跡を経験し、また仲間が難病から癒されるのを驚き喜びつつ見た人の普通の反応なのですが、宗教指導者層には、それまでに築いてきた自分たちの宗教上の伝統や日常的な規則があり、それを守ることの方を信仰に優先します。そこに彼らの面子もかかっていればこそ、キリストに反対せずにはいられなかったのです。

しかし、イエスはそれらの律法学者らが付け加えられた規則を一向に守りません。特に『安息日』については根本的に宗教指導者らと相容れないところがありました。律法学者らは、安息日にすべきでないことを39項目に取決め、その中に更に細かい無数の規定を設け、律法にない規則を細心の注意を払って守り、そうするのでユダヤ人たちは神に是認されていると固く信じていたのです。
その中には、治療はもちろん、怪我をしたところに包帯を巻くことも「仕事」であるからと禁じていたので、その安息日にどんな難病をも癒すイエスの姿は到底許容できるものでなかったのです。

ですから、イエスが『律法と預言者とはヨハネの時までのものだ。それ以来、神の国が宣べ伝えられ、人々は皆これに殺到している。』と言われたのは、キリストに信仰を持ちはじめた民衆とは裏腹に、イエスに懐疑的なパリサイ派の者らに向かって不信仰を批難していたのです。(ルカ福音書16:16)

イエスを認めないのは、律法学者らやパリサイ派だけでなく、神殿祭祀に関わる大祭司ザドクの血統に由来するサドカイ派や、大祭司に近い祭司長派でも変わりません。これらの人々は律法をその身に成就させるために来られたイエスがむしろ律法に従っていないと見做します。イエスの行いは当時のユダヤ教の常識からすれば冒涜的で危険なものであり、ガリラヤ人イエスは怪しい宗教の騙り者に見えていたのです。

しかし、イエスの律法に対する見方は、マタイ福音書の「山上の垂訓」やルカ福音書の「平地の垂訓」で語られたように、生身の人間には到達できないほど高度な倫理性を見せ、そこでは『あなたがたの義が、律法学者やパリサイ人の義よりも優っていなければ、決して天の王国に入ることはできない。』とまで言われます。
これは彼ら宗教家以上に義に凝り固まることを求めるのではなく、律法の神髄を説いているのであり、『罪』のない聖なる者でなければ、その高い基準には至ることはないということです。まさしく、律法の高い基準を達成して唯一人成就させた『罪のない』キリストの人類全体の抱える『罪』を相殺する犠牲によって、そのような赦しを得る『聖徒』だけが『天の王国』に集められることになります。(マタイ福音書5:20)
そのほかの人々は、大祭司キリストと聖徒で成る祭司たちによる『神の王国』での本格的で完全な贖罪を誰もが地上で待たねばなりません。

しかし宗教家たちは、自分たちで定めた規則を律法よりも厳しいものにして、律法そのものに違反することを避けることを目論んでいました。そこで自分たちは神の規準に達している、是認されていると信じて疑わないのです。その一方で、それに従えない人々や罪人とされ取り残され卑しめられた人々は、神の是認も諦めてしまっていました。ですが、イエスはそうした人々に寄り添い、むしろ彼らを『イスラエルの失われた羊』と呼んでは、神に近づく道を拓かれるのです。双方の人々の違いは、傲慢さと謙虚さであったと言えます。

ですからイエスはユダヤの宗教家らを批判することをまったく躊躇しません。律法学者たちは、律法に自分たちで勝手に命令を付け加えていたものですから『負い切れない重荷を人に負わせながら、自分ではその荷に指一本でも触れようとしない。』と、イエスは彼らの自己満足的な清さに隠れる利己性を激しく非難して容赦しませんでした。(ルカ福音書11:46)

こうした宗教家の独善的な傾向を、さらにイエスは例え話を用いて浮かび上がらせます。
そのひとつがルカ福音書にある「収税人とパリサイ人の例え」であり、典型的なユダヤの二種類の人々が描かれます。
まず収税人が『罪人のわたしにお慈悲をお示しください』と祈るばかりであるのに対して、パリサイ人は『わたしはきちんと週に二回断食して十分の一も納めています』そのうえ『この収税人のようでないことも感謝します』ともパリサイ人は祈るのですが、『先の者は後の者よりも義に適っていることをしめした』とイエスは痛烈な非難を浴びせるのです。(ルカ福音書18:9-14)

メシアであるイエスは、宗教家や富んだ人々よりも、虐げられた下層の人々と共に在り、『医者を必要とするのは病人であり』、『わたしは義人ではなく、罪人を招くために来た』と言われ、弱き者から離れません。(マタイ福音書9:12-13)

こうして、キリストを認めて神の王国に向かう人々と、聖書を知り尽くし自分たちの宗教に慢心していた宗教指導者層との間には大きな違いが生じます。それが「富んだ人とラザロの例え」の真意であり、これは実際に天国と地獄があると言っているのではありません。
文脈が示すように、死後に神の王国に入る乞食のラザロは高められ、富んだ人は神の是認のない『火の中』に落とされ、その立場の変化は富んだ人にずっと続く苦痛を与えることになるという立場の逆転をこの例えは教えており、キリストへの信仰によって立場の低かった者が高められ、不信仰で傲慢な者が低められる時がやがて来ることをイエスは警告されたのです。(ルカ福音書16:19-31)

イエスは自ら宗教指導者らとの対立を惹き起こすような発言を止めず、時が経つに従い、ますます糾弾の言葉は激しくなって、遂には彼らを『蛇の子孫』とまで断じ、ユダヤ体制の滅びにまで言及します。それは彼らが遣わされたメシアを殺してしまおうとしていたからです。それはまったく決定的な罪を犯すことであり、酬いを刈り取らずには済みません。(マタイ福音書23:23-36)
こうして、エデンの園で語られた『女の裔』と『蛇の裔』の間の『敵意』は、イエスの現れと活動によって宗教指導者らとの間に次第に明らかになってゆきました。(創世記3:15)

当然、ユダヤ体制派を成す宗教家や支配者層に、神の是認はありません。ですから、『神の王国はあなたたちから取り上げられ、それにふさわしい実を結ぶ民族に与えられる。』というイエスの警告の言葉は『多くの人が東から西からきて、天の王国で、アブラハム、イサク、ヤコブと共に宴会の席につくが、この国の子らは外の闇に追い出され、そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりする』というもうひとつの言葉と相まって、イエスを受け入れなかった不信仰なユダヤ人は『神の王国』に入るに値しないと裁かれていたのです。(ルカ福音書13:28/マタイ福音書8:11-12)


◆信仰の分かれ目となる『愛』

キリストの活動が終わり近くなると、ユダヤの宗教家らは決定的にイエスと激しく対立するようになり、はっきりと殺意を抱きましたので、イエスは何度か殺されかけていました。(ヨハネ福音書18:7-8)
その一方で、ナザレ人イエスの行う奇跡は広く民の間で認められるようになっており、エルサレム近郊に住むラザロという人物が死んで四日経過していたものを生き返らせたことも知れ渡っていたので、民衆はエルサレムに上るイエスを棕櫚の葉を振って歓呼し、また上着を道に敷いては驢馬にまたがって進むイエスを迎え入れ、子供たちも『救い給え、ダヴィドの子を!』と叫びます。それはイエスがメシアであることを認めている言葉でありました。(ヨハネ福音書12:9-18)
それを見た宗教家らは、非常な焦りを感じて『見よ、何をしても無駄だ。世をあげてあの男について行ったではないか。』と不満をぶつけていました。(ヨハネ福音書12:19)

そこでパリサイ派と祭司長派が会議を開いて、こう言っていたことが記録されています。
『「この人が多くのしるしを行っているのに、我々は何をしているのだ。もしこのままにしておけば、皆が皆、彼を信じてしまうだろう。そうなれば、ローマ人がやってきて、わたしたちの土地も民も奪ってしまうだろう」。』(ヨハネ福音書11:47-48)
彼らはナザレ人イエスが大衆扇動者であり、イスラエルの王などとされれば、ローマ帝国が黙ってはいないだろうし、そうなれば戦争になり、イスラエルも彼らを支えている体制も滅んでしまうと危惧しているというのですが、その以前に彼ら自身がイエスを王として認めることなど到底できません。

そこで、その年に大祭司であったカイヤファがこう言います。
『一人の人間が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済む方が、あなたがたに好都合だとは思わないのか。』(ヨハネ福音書11:50)
これは、つまり「イエスひとりが死んでくれれば、ローマの介入を受けないで済むではないか」と名分を与えているのです。

これは奇跡を行うナザレ人イエスの後ろに神が居ることをまったく認めていないからこそ言えたことです。まさしく、イエスはこう言われました。
『 もし、ほかの誰もがしなかったような業を、わたしが彼らの間で行わなかったなら、彼らは罪を犯さないで済んだろう。しかし今、彼らはわたしとわたしの父とを見て、なお憎んだのだ。』(ヨハネ福音書15:24)

これを記した使徒ヨハネは晩年になってから、その手紙の中でこう書いています。
『神を信じない者は神を偽り者としている。神が御子について証しされたその証しを信じていないからだ。』(ヨハネ第一の手紙5:10)
しかし、ユダヤの宗教家らにとっては、奇跡がいかに大きく驚きであろうとも、信頼できるのは律法の文字の方だったのです。

神を崇拝するはずのユダヤの宗教家たちは、イエスの行う華々しい奇跡の数々をまったく否認しなければ、とてもイエスを亡き者にできなかったでしょう。
『御子を信じる人は永遠の命を得ているが、御子に従わない者は、命に与ることがないばかりか、神の怒りがその上にとどまる。』と使徒ヨハネがその福音書に書いたのも、ただキリスト教徒にならない人々が裁かれる、ということではなく、神が奇跡を通して証しを立てているにも関わらず、自らの欲のためにそれを否認し信じず、結果としてアダムがしたように神を退け離反するという決定的な罪について述べているのです。(ヨハネ福音書3:36)

そのような奇跡の印を退ける悪行についてイエスはこう言われました。
『人が犯す罪や冒涜はどんなものでも赦されるのだが、霊に対する冒涜だけは赦されることがない。』(マタイ福音書12:31)

キリストの証しを立てたのは、神からの霊であり、それが奇跡の源でありました。
ですから、イエスは信じない者らにこうまで言って警告されました。
『もし、わたしが父の業を行っていないのであれば、わたしを信じなくてよい。
しかし、行っているのであれば、わたしを信じなくても、その業は信じよ。』(ヨハネ福音書10:37)

そこで信仰を働かせた人々が『信仰によって』神の王国へと召されたのに対して、霊の奇跡の証しにも不信仰であった人々はキリストを退ける行動をとり、遂に重い罪に落ちていったのです。

この不信仰な人々に欠けていたものは、聖書の知識でも、道徳的清さでもありません。むしろ、当時の宗教家やパリサイ人はそれらの面で非常に優れていましたし、モーセへの信仰でも確固たる自信を持っていたのです。
ですが、奇跡に癒される同朋の姿を喜ぶことができず、彼らの規則に従えない弱者を見下し、自分たちこそが神の是認を得ていると確信してさえいました。

彼らの心は、その清さや知識のゆえに却って頑なにされており、より重要なものを見定める価値観に欠けていました。その価値観を形作るべきものは「神と人への愛」であって、その『愛』こそが、聖書全体を通して最重要なものであることをイエスは明言されているのです。(マタイ福音書12:29-31)
それに対して、宗教家の自己義認は彼らに救いとはなりません。では、今日の「クリスチャン」として「救われている」と思い込んでいる人々はどうなるのでしょうか。

この点は終末で人々を裁くものともなることでしょう。即ち、人に義をもたらすのは、知識でも行状でもありません。もちろんどんな宗教や思想を信じているかに関わらず、『愛』という神また人とどう関わるかの『心の中』を各個人が試されることでしょう。(サムエル記第一16:7)

使徒ヨハネはこう述べます。
『神は愛です。愛に留まる人は神の内に留まり、神もその人の内に留まってくださいます。』(ヨハネ第一の手紙4:16)
『愛』こそが、神と人、あらゆる他者との絆となるものであり、人をして永遠の命を受ける存在価値に至らせます。なぜなら、その人は神を含むあらゆる他者とどう生きてゆくべきかをわきまえているからです。
ですからヨハネはこうも書きました。『わたしたちは、兄弟を愛しているので、死から命へと移ってきたことを知っている。だが、愛さない者は死の内に留まっているのだ。』(ヨハネ第一の手紙3:14)

神と人を愛する者にとって、キリストに信仰を抱きこそすれども、否認する理由がありません。神の業によって自分や仲間が助けられていたのですから、愛のゆえにその喜ばしい奇跡に大きな価値を見出すことができたのです。
そこで聖書が教える事柄は「キリスト教」に凝り固まり、自分を神の是認に結びつけることではけっしてないのです。キリストの公生涯を通して明らかなように、『愛』はその反対側にあるからです。
神は『この世』の終りに際してすべての人を裁かれますが、終末の裁きで何が問われるのかについては、キリストの現れと当時のユダヤが裁かれた状況から、このように愛こそが最も求められることを学ぶことができるのです。




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