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メシアの到来と活動

2018.02.28 (Wed)


◆メシアの現れ



マラキを最後に預言者は現れなくなって以降、神の沈黙は既に四百年に及び、ユダヤ人はダヴィデの王座に就く強力な王、また、モーセのように偉大な預言者となると予告されてきたメシア=キリストの現れを待ち続けていました。(申命記18:18)

その間、イスラエルはレヴィ族のマカベア家を王として、ギリシアの勢力からの独立を得ていた時期もあったのですが、それも長くは続かず、やがてローマ共和国の勢力範囲に取り込まれます。
ローマの代理として、エドム人のヘロデ大王がパレスチナに支配権を持っている間に、このヘロデ家の初代の王によってエルサレム神殿では拡張工事が行われ、あたかもメシアを迎えるかのように、その聖域は二倍に広げられ世界の名所とされるほどに美しい姿に変えられていました。

そして、遂に神の沈黙が破られる時が到来します。
福音書を記した医者のルカは、その年は、ローマが帝国となった二代目の皇帝ティベリウスの支配の第十五年、つまり西暦28年から29年の間のことであったと知らせています。(ルカ福音書3:1-2)
そのときに、ユダヤの荒野にひとりの預言者が現れますが、この人物は駱駝の毛の服に皮の帯を締めていたところは、古代の預言者エリヤと同じです。(マタイ福音書3:4/列王記第二1:8)

彼は、神殿に仕えるひとりの祭司ゼカリヤの息子で、その名ヨハネ(ヨハナン)は父親が天使に命じられて名付けたものでした。
このヨハネの使命は、『エリヤの霊と力とをもって、み前に先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に義人の思いを持たせて、整えられた民を主に備える』ことにありました。これはまさにマラキの預言した『見よ、主の大いなる恐るべき日が来る前に、わたしは預言者エリヤをあなたがたにつかわす。彼は父の心をその子らに向けさせ、子らの心をその父に向けさせる。』との予告の言葉と合致しています。(ルカ福音書1:17/マラキ書4:5-6)

この『主のみ前を行く』という人物がキリストに先立って現れるとしても、かの預言者エリヤがそのまま復活したということではありません。
ですから、彼が荒野で預言を始めた後に、神殿祭司らが人を彼の許に遣わして『あなたはエリヤですか?』と尋ねたときに『そうではない』と答えています。(ヨハネ1:19-21)
しかし、彼は象徴的にエリヤの現れを意味していましたから、イエスはこのヨハネについてこう言われました。『エリヤはすでに来たのだ。しかし人々は彼を認めず、自分の思うままに彼をあしらった。人の子もまた、そのように彼らから苦しみを受けることになろう」。そのとき、弟子たちは、イエスがバプテスマのヨハネのことを言われたのだと悟った。』(マタイ福音書17:12-13)

このヨハネが『バプテスマのヨハネ』と呼ばれたのは、彼がイスラエルの民に『悔いの浸礼(バプテスマ)』を施したことによります。「バプティゾー」というギリシア語動詞は「浸す」という意味があります。
また『悔い』とは、イスラエルの民にはモーセの律法契約への違反があることを認め、予告されていた、モーセのように偉大な預言者メシアの現れる前に心を整えることを指していました。
ヨハネはヨルダン川で、イスラエルの民に水の中に沈めてから起き上がらせる浸礼(バプテスマ)という儀礼を行い始めて、こう告げます。
『わたしは悔改めのために、水でおまえたちにバプテスマを授けている。しかし、わたしのあとから来る人はわたしよりも力のあるかたで、わたしはその履物をぬがせて差しあげるにも値しない。この方は、聖霊と火とによっておまえたちにバプテスマをお授けになるであろう。』(マタイ福音書3:11)

こうして、バプテスマを施す人ヨハネは、自分の後に来られる人物に人々の注意を促します。
そこにナザレからの人イエス(エシュア)が彼を訪れ、浸礼を受けることを申し出ます。
ヨハネがイエスに浸礼を施すと、イエスの上には聖霊が鳩の様をとって降り、『これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である』との声が天からありました。(マタイ福音書3:16-17)

その後、バプテストのヨハネはナザレから来られた方イエスについて証しを立て、『水で洗礼を授けるためにわたしをお遣わしになった方が、「霊が降って、ある人に留まるのを見たなら、その人が、聖霊によってバプテスマを授ける人である」とわたしに言われた。わたしはそれを見た。だから、この方こそ神の子であると証ししたのである。』(ヨハネ福音書1:33-34)
加えてバプテストのヨハネはイエスを『世の罪を取り去る神の子羊』とも告げています。それは、神がエジプトからイスラエルを解放した『子羊』を重ねて意味します。(ヨハネ福音書1:29-31)



◆使徒らの召し出し

このときの証しを聞いて信仰を持った者の中に特に二人の人物がいました。一人はバプテストと同名のヨハネといい、もう一人はアンデレであり、二人ともパレスチナ北部ガリラヤ州にあるガリラヤ湖の漁師でありました。
アンデレは喜びつつ自分の兄弟シモンに会い『わたしたちはメシアを見つけたのだ!』と言って、イエスに引き合わせます。このシモンをイエスはアラム語で「ケファ」(岩)と渾名を付けますが、そこから彼は以後「ペトロス」(岩)とギリシア語の新約聖書に書かれ、あのキリストの十二使徒の筆頭である「使徒ペテロ」となるのでした。(ヨハネ福音書1:35-42)
一方で、イエスが荒野で40日の試みと、その後にサタンから三つの誘惑を受けたのはこの以前のことであったのでしょう。(マタイ福音書4:1-11)

その頃、バプテストのヨハネは、その民衆への影響力を嫌ったヘロデ王統の太守ヘロデ・アンティパスによって逮捕投獄されてしまいます。(ルカ福音書3:19-20)
そこでイエスは、ユダヤからガリラヤへ戻ることにされ、その旅の出立に際し、やはりガリラヤ出身のフィリポに弟子になるように招きますが、彼は友人のナタナエルもイエスを紹介します。またの名をバルトロマイというナタナエルは、「ガリラヤから良いものが来るだろうか」と言って疑いながらフィリポに連れられイエスの許を訪ねますが、イエスはその場でナタナエルだけが知り得ることを明かすので彼は驚嘆し、以後イエスに従う者となります。(ヨハネ福音書1:43-51)

漁師のヨハネとアンデレは、既にユダヤからガリラヤに戻って家族と共に漁業を行う生活に戻っています。ガリラヤ湖で取れるコイ科の魚の加工品は輸出されるほどの産物でもあり、今日ペテロの家とされる跡地は貧しさを漂わせるものではありません。
ガリラヤのカペルナウムに構えていた住まいに戻ったイエスは、そこでバプテストのヨハネの訃報に触れます。ヘロデ・アンティパスの妻の悪巧みによって処刑されてしまったのでした。
それからイエスは公に奇跡を行うようになり、北部地域のガラリアで多くの病人たちを癒して回りますが、不治の病まで癒されるので、その噂はガリラヤだけでなく各地に広まり、多くの人々がイエスの許に集まるようになります。(マタイ福音書4:12-25)
ヘロデ・アンティパスは、奇跡を行うイエスの噂を聞いて、自分が処刑したヨハネが復活したものと思い込むようになりました。

そのときからイエスは『神の王国は近づいた』と宣明してユダヤを含むパレスチナの各地を回る宣教を始めます。これを聞く人々は、古来預言されていたメシアの支配するイスラエルの強大な王国が実現を間近にしていると捉えます。奇跡を行う人イエスにダヴィデ王家を相続するメシアを期待する人々が居たとしても不思議はありません。イエスの身近に仕えた弟子たちもそのようでしたから、自分たちの主人がいつイスラエルの王国を再建されるのかを心待ちにしていた言動が聖書のあちこちに見られます。(ルカ福音書19:11/使徒言行録1:6)

そうした中、イエスがガリラヤ湖畔に集まってきた群衆に講話をすることがありましたが、その際に湖面の音の反射を利用して声が広く群衆の耳に届くようにと、イエスは、シモン・ペテロの船に乗って沿岸の水の上から話をします。(ルカ福音書5:1-3)
それからイエスが少し沖に漕ぎ出して網を投じるようにと言われるので、ペテロがそうしてみると、その前夜、漁師たちはまったく漁獲がなかったのですが、たいへんな数の魚が獲れて網が裂け始めます。ペテロは漁師仲間であったヨハネとヤコブの船に合図をして手助けするように伝え、自分はイエスの足元に平伏して『わたしからお離れください。わたしは罪深い男です』と言って、イエスへの信仰と謙虚さとを示します。イエスは『畏れることはない、あなたはこれから人々を生きながら獲る者となるのだから』と答えるのでした。(ルカ福音書5:4-10)

その後、破れた網を繕っているペテロとアンデレ、それからヤコブとヨハネにイエスは『わたしに従って来なさい』と言われると、彼ら四人はそのまま生業を後にしてイエスに同行する弟子となるのでした。これらの弟子たちは、その後の三年ほどをメシアと共に歩んで多くの教えを受けることになります。(マタイ福音書4:18-22)

また、ガリラヤ湖畔の街カペルナウムはパレスチナ地方の四分封国の境にあり、税関が置かれていましたが、おそらくはその収税所の中でマタイという収税人が座っていたところにイエスが通りかかり、彼にも共に来るように声をかけると、このマタイもイエスに従ってきます。彼にはトマスと言う名の双子の兄弟があり、ふたりともイエスと行動を共にすることになります。
当時の収税人という職業は、ユダヤ人でありながらローマ帝国の手先となり、税率以上を奪い取る不正で知られており、娼婦らと共に卑しめられ、ユダヤ教の会堂(シュナゴーグ)への入場も許されず、そこでの安息日毎のモーセの律法の朗読を聴くこともできませんでした。(マタイ福音書9:9-13)

律法学者らや、それに従うパリサイ派の者らとは異なり、このように立場の低い人々にイエスは寄り添い、また病人や悪霊に憑かれた人々を気遣って一人一人を癒してパレスチナを巡ります。

それからしばらくすると、イエスは身近に従わせる者らの中から特に12人を選び、彼らは『十二使徒』とされます。つまり、シモン・ペテロとアンデレ、ヤコブとヨハネ、フィリポとナタナエル、マタイとトマス、これらにカナナイ人(熱心な)シモン、アルパヨの子のヤコブ、タダイ(またはユダ)、イスカリオテのユダの十二人で、この最後のユダは自らの主を裏切ることになります。(ルカ福音書8:1-3/)

十二使徒は、律法や口頭伝承をタナイームが教える教学院での教えを受けておらず、神殿に仕える祭司やレヴィ人でもありませんでしたから『無学な普通の人』と見做されていました。
しかし、イエスの傍らでその語られる言葉を聴いて過ごした後、聖霊に与る者となってからは、神に関わる知恵の言葉を宗教家らの前で弁明するようになり、それに奇跡の業も伴っては、宗教教師らも『返す言葉がなかった』と記されています。(使徒言行録4:13-16)

ユダヤ教の専門教育を受けていないだけでなく、祭司でもなく神殿祭祀に関わらないところはイエス・キリストも同じです。
それでもユダヤの宗教家らが、ナザレ人イエスを無視できなかったのは、この人物が癒しなどの多くの奇跡を行って民からの敬意を集めていたことと、その語る言葉の見事さや確固たる権威を感じさせるところにありました。(ヨハネ福音書7:46)


◆メシアが伝えた福音

イエス自身のキリストとしての歩みは、バプテスマの直後に聖霊を受けてから刑死を遂げるまでの三年半という短い期間に過ぎなかったのですが、それはパレスチナに住むユダヤ人を揺さぶる大きな衝撃を与えるものとなりました。(ルカ福音書2:34)
その結果として、モーセ以来続いてきた律法体制は試みに遭い、奇跡を行う人『ナザレのイエス』を通してユダヤは振い分けられることになります。

イエスの講話の多くは『王国』を主題にしたものであり、数々の例え話も『王国』について説明するものでした。
そこで、どんな難病も癒すという神からの印に加え、いつも『神の王国は近づいた』と宣明され、講話の多くがこの王国についての主題をもっておりました。
聞く人々からすれば、奇跡を行うイエスにメシアの到来を感じ取り、その話される王国の例え話に、設立されるであろうイスラエルの栄光を期待したことでしょう。

しかし、イエスの真意では、「王国が来た」というのではなく、自らダヴィデの王統の継承者であり、また、その王位を共にする『アブラハムの子孫』を当時の民から集め出すという業に着手され始めたという意味で『神の王国は近づいた』と言われます。その『王国』とは、モーセが語った『王なる祭司』となる国民の国家を指します。

神は、イエスが水のバプテスマを受けたときに聖霊を授け、以後は神からの奇跡を行う印が伴うようにされました。そのときに人間イエスはメシアとしての任命を受けたのです。
この奇跡によって、ユダヤ人が信仰を働かせ、イエスをメシア=キリストとして迎えるなら、彼らは『神の王国イスラエル』となる機会が拓かれました。

ですから、ユダヤ人が聖霊の印を認めることができるなら『集める』ことになり、聖霊の印を認めないなら『散らす』とイエスが言われたのは、イエスが『アブラハムの子孫』を王国に集めていたからにほかなりません。ただ信者を増やそうと宣教していたのではないのです。(マタイ福音書12:22-30)

これは、長くキリスト教界で誤解されてきたことですが、イエスが『神の王国はあなたがたのただ中に在る』と言われたのは、彼らがユダヤ人、つまりアブラハムの子孫であり、そこにメシアとして王を迎えているその状況に注意を促していたのです。『神の王国はどのように到来するか』とイエスに尋ねた不信仰な宗教家らの心の中に、神の国が宿るというような意味では言われませんでしたし、今日のどんなキリスト教徒の心のなかにもあるわけではありません。(ルカ福音書17:20-21)

人の『罪』とは、聖書の言葉に感化され、行いを改善し『罪』から逃れてゆけるというように簡単なものではありません。
『この世』という、利己心が動かす世界に居る限り、人は真に利他的な行動ができませんし、『この世』を一度期に土台から変化させることなど全く不可能なことでしょう。

また、人の心には倫理上の欠陥という不治の病がとりついていて、どれほど善良さを示したところで、アダム以来の血に流れる『罪』を浄めることはどんな人間をも超えたものです。(ヨブ記14:4)
多くのユートピアを目指した人々、また、理想に燃えて政治を動かそうとした人々が、尽く失敗や妥協に終わってきたのは、人に宿る『罪』がどれほど破壊的かという問題の重大さの証しとも言えましょう。やはり『罪』の横行し続ける『この世』は終わらなくてはなりません。(ヨハネ第一の手紙2:15-17)

そこで人を創られた神は、キリストを遣わすことを既にエデンの園で『女の裔』として予告し、アブラハムには『地のあらゆる種族があなたの子孫によって自らを祝福する』と言われたのであり、まさに律法契約の目的は『祭司の王国、聖なる国民』を生み出すところにあったことを神はモーセに語られていたのです。(創世記3:15/出エジプト記19:5-6)

その人類全体を祝福し、神の輝かしい創造物『神の子』として復帰させるための『神の王国』が、その主要な王となるメシア=キリストが聖霊を介してユダヤ人の間に現れたことによって実現に向けて大きく踏み出していました。
ユダヤ人はパレスチナを中心に住む一民族に過ぎませんでしたが、この民族には『諸国民の光となる』という神からの使命があったのです。(イザヤ書42:5-7/マタイ福音書5:14)
それこそが『神の王国』、真実のイスラエルの姿であるはずでした。それは人類全体に差し伸べられた神からの貴重な救いの手立ての福音であり、けっしておろそかにできないものであったはずです。

そこで、イエスの伝道の主題は『神の王国』であり、三年半の宣教期間を通して頻繁に言及されました。
しかし、当時のユダヤ人は、ダヴィデのような強力な王が現れて、世界を統べ治め、世界に冠たるイスラエルを打ち建てるという希望を抱いていました。それが愛国心と結びつくと、ローマ帝国などの頸木から解かれ、独立を勝ち取るという世俗の権力への願望に終わってしまいます。そして、実際に当時の偽メシアが現れては、ローマの権力への抵抗運動を起こしていました。しかし、キリストの王国とはそのようなものではありません。(ヨハネ福音書18:36)
直弟子の中でも、イエスがエルサレムで王位に即位するものと思われていましたから、イエスに付き従ってゆくには謙虚さと学び続ける姿勢とが求められたことでしょう。(ルカ福音書19:11)

イエスは使徒たちを中心にして、復活後に天に去った後も聖霊を介して王国の理解を教え続けられ、第一世紀が終わる頃に教えは一旦完成を迎えます。それらが新約聖書27巻に編纂されましたが、第二世紀に初期キリスト教徒の手によって収集されたもので、それをわたしたちは読んでいるのです。

キリストは一つの文書も記してはいませんが、弟子らに教えられた内容は新約聖書に結実し、今日の読者も旧約聖書と合わせて、邪念を排し丁寧に読み込めば、使徒や直弟子らが教えられたことの概要を辿り出すことはできます。それだけでも充分に人の価値観を深く刺激し、神の偉大さに信仰を呼び起こすものとなっているのです。





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-回答- 千年王国の贖い

2018.02.13 (Tue)

Q;千年王国は、イエス様と使徒と聖徒を通して、千年王国がつくられること。
それはそのまま信じますが、千年王国で、どのように贖罪され、どのように人間の倫理的欠陥が無くなるのか、勉強不足でよくわかりません。

復活した時点では、以前と同じ倫理的欠陥を持ったままの人間ですが、もう寿命はないので、千年かけて完璧にしてもらえるという感じでしょうか?それとも一瞬で変われる?


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天界に召されるでもない私が何か申し上げるのも僭越ではありますが
分かる範囲で書きますと・・


まず、諸世紀に生きた一般の人々の復活ですが、この人々については既に一度死を経験しております。
この人々の復活が千年期の後になることは、使徒ヨハネ以来の教えです。(黙示録20:5)
パウロは『罪の報いは死である』としておりますので、死んだ者は既にその報いを受けています。(ローマ6:23)
ではなぜ復活するかと云えば、キリストの犠牲の益に与る以外には考えられませんので、もはや『罪』のない状態、アダムの堕罪以前の完全さの中で復活するとみるべき理由があります。

それゆえにも、パウロが『人は一度死んでから裁かれることが定められている』と言うように、復活によってエデンのアダムと同様に一度限り裁かれることになるのでしょう。(ヘブライ9:27)

千年王国は、千年間の生ける人類を支配し、贖罪を行う機関であり、それが具体的に何を行うのかは、聖書中に記述がほとんどありませんし、神殿祭祀以外には隠喩や例えも見当たりません。(あるいは、マタイが自らギリシア語に訳したという福音書の「パリンゲネシア」(再創造)という言葉が、信徒にも当てはまることになるほどの大変化を表す可能性も幾らか残るようにも思えます)

まず、これら第一の復活に預かる天に復活する人々については、地上で試され天に召されることで、そのまま罪のない者となります。
その成員が黙示録第七章にある14万4千という、実際の歴史とは合致しない12部族名による「イスラエル」で構成されるということです。その数字はパウロの言葉からすると(ローマ11:25)おそらく実数のようです。

その選びについては、ルカ22章にありますように、天界での二度目の主の晩餐がキリストと霊体に復活した十二使徒らと行われるに際して(これがどのようなものか見当もつきませんが、出埃24:9-11のようなものでしょうか)、『十二部族が裁かれ』彼ら以外の14万4千人が召されることになるのでしょう。

しかし、その選定から復活や、昇天までには幾らかの短いタイムラグがあるでしょう。復活が幾らか先になることをパウロが言っています。(テサロニケ第一4:15)

この14万4千人のすべては『地から買い取られた者ら』(黙示14:3-4)で、全員が元からの天使ではありません。しかし、この数字にキリストが含まれているのかは、律法で規定された祭司団が24の組に分けられ年に二回神殿祭祀を担当し、大祭司が別に年に一回至聖所に入りましたから、大祭司とされるキリストは別になるのでしょう。

天界の祭司らが、なぜ『地から買い取られた者ら』でなければならないかと言いますと、キリストと同じように生涯に亘る試練を肉体の地上で経て『レヴィ』の浄め」に到達しなければ、真実の『義』の立場を得て、『キリストの兄弟』とは成り得ないからです。

これはどんな天使にも勝るものであり、その『義』を経て、キリストと同じ不滅性に入るからです。(テモテ第一6:16⇒コリント第一15:52)


したがって、神から不変の信任を得るという点では、彼らの立場は天使らの上に位することになります。これは、想像を絶するほどのことで、想像するばかりです。(コリント第一6:3)

このコリント人への第一の手紙にあるように、彼らは『一瞬にして・・不滅性を着ける』とありますので、生涯に亘る試練を通過した者であれば、贖罪は、霊体に移行するときには完全に成し遂げられねばなりません。天界は肉なる者、特にアダムの罪ある者が生きられるような場所ではないようです。(イザヤ6:5)預言者らが、天界の幻を見ることはあっても、実際に霊者となったわけではありません。

こうして、アダムからの罪を負うべき真の『義』を身に着けた人類のための贖罪の祭司が揃いますが、その業は、地上で試されていない天使らにはできないほどに重い職務なのでしょう。⇒「据えられた隅の親石の完全さ

それから、彼らは主と共に、その時に地上で生きている人類の裁きに乗り出します。
この地上に生きている人々は終末を生き残ったので復活を経ていませんから、罪が贖われる必要があります。
しかし、それがどのようにされるのかは書かれておりません。

終末の裁きというのは「裁定」というよりはヘブライ語の「シャファト」であり、弱きを助け強きを挫く、救出の戦いであり、それが「ハルマゲドン」という言葉で世間では意味が独り歩きをしてしまっている、神と人との戦争です。

この戦いで、信仰を表した人々は生き長らえ、「千年王国」の下に入り、自分たちの管理と贖罪とを受けることになります。
ですから、千年王国で贖罪を受けるのは、肉の民であり、終末の聖徒の声に信仰を働かせシオンに集まって来る群衆を指します。
ですが、贖罪そのものについては、やはり聖書に記述やプロセスの前表が見当たりません。

分かっていることは、千年期前の信仰による裁きは、相当に鷹揚なもので、信仰を示す人々の過去を問わないものなのでしょう。『人はあらゆる罪を赦される』とイエスは言われ、同時に『聖霊を冒涜する者に赦しはない』とも言われました。
ですから、千年期に入ってからも罪せられて、命を絶たれる人がいることをイザヤが教えています。

神の王国とはいえ、それはやはり「支配」でありますから、人間は依然として『罪』にあることにはなるでしょう。
また、子供らも誕生することが描かれていますから、家庭が維持されると見るべき理由もあります。
その子らは、極めて安全で良好な環境で育つとはいえ、やはりいずれはエデンの問いが避けられないでしょう。
そこで、千年期の終わりに悪魔が解き放たれる理由もあることになります。
それは復活する諸世紀の人々にしても同じ事でしょう。ですから、最終的裁きはキリストによらず、神ご自身によって為される描写が黙示録にあるのでしょう。

加えて言えば、彼らの千年の生存によって、地上は今日のものとは一変し、どうにも想像する以外ないほどの世界を出現させ、諸世紀から復活する人々への証しとなるように思います。
彼らは千年をかけて、『罪』を清められた世界がどのようなものであるのかを証し出来るまでに、地上を整えるのでしょう。

「後の復活」によって、諸世紀から生き返る無数の一般の人々は、その光景に瞠目することになるのでしょう。
それでも、『蛇』に従う者らが出ることも避けられず、『その数は海の砂のようだ』と書かれています。(黙示20:8)

こうして、すべての人類が裁かれますが、生き残る彼らもアダムの得なかった『義』の完全性に達し、『̪死も墓も火の湖に投げ込まれる』(黙示20:14)であれば、彼らは永生や不滅性も得ることでしょう。

こうして、創造の業も遂に完遂を見ることになります。


以上が、神の王国に関わる次第です。


内容として近い記事には、綱領の「終末」があります。

--なお--

『天の王国』とは、もっぱらマタイがユダヤ人相手の福音書で使用した語です。

『神の王国』これは初めからギリシア語で書かれた他の三つの福音書で呼ばれます。

「千年の王国」これだけはヨハネ福音書にだけ出てくる『千年』の支配を敷衍しています。

新約聖書の全体を見回すと、どれも同じものを指す以外に解釈することはほぼ無理です。
そこで「神の千年王国」というような造語も、的外れにはならないでしょう。


しかし、注意して見ると、「王国」以外の呼び名で同じ天の支配と贖罪の機関を指している言葉があります。

それが『都市』または『城市』であり、古代の都市国家を指していることはほぼ間違いないでしょう。

ヘブライ人の手紙の著者は『その城市の建設者は神です』と述べています。(ヘブライ11:10)

つまり、アブラハムが待ち望んだ(メソポタミアの都市ではなく)その裔による『堅固な土台の都市』エルサレムが、『神の王国』を表していることは、ほぼ間違いないようで、『新しいエルサレム』も同じものを指しているようです。(これもこれから研究します)



以上、ざっと書き出しましたが、不明なところは、またご質問ください。

只今、教科書を書いておりますので(なかなか進みませんが)、ご質問を受けることで、何を書くべきかが分かってくるようなところがありがたく存じます。



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奇跡の回復を遂げた神殿祭祀

2018.02.12 (Mon)


◆神殿の再建

覇権国家となった新バビロニア帝国は、国策として占領した民族の神々もバビロン市に捕囚としました。
中東の様々な偶像がバビロンに集められ、ユダには偶像はありませんでしたが、神殿で崇拝に用いられていた金銀のさまざまな器具を奪われ、バビロンの奥に厳重に留め置かれます。

さて、ユダ王国の滅びから五十年近く経過する紀元前539年になると、「回復の預言」が成就し始めてペルシア帝国が新たな強国となって現れ、その名前までイザヤ書に予告されていたペルシア帝国のキュロス大王が、大城塞のバビロンを征服し新バビロニア帝国を終わらせます。(イザヤ書45:1)
そして二年後、このキュロス大王は勅令を発布して、エルサレムに神殿を再建し祭祀を復興することを命じたのでした。(エズラ記1:1-4)

この神殿再建の命令を果たすために遣わされたペルシアの総督となったのが、ダヴィデ王の家系に属するゼルバベルであり、大祭司ザドクの血統にあったエシュアを伴い、総勢で五万人ほどを率いて、かつてエルサレムが存在していた『シオンの山』を目指します。
彼らはユダ王国の末裔を中心としていたために、その後この民は「ユダヤ人」と呼ばれるようになります。

他の多くのユダヤ人は、バビロンなどの流刑地に留まることを選び、故国に戻ったのは少数の人々だけでしたが、それでも帰還を果たした『イスラエルの残りの者たち』は、キュロスの勅命の出た年の内に、秋の『仮小屋の祭り』(スッコート)を行うことができ、また仮の祭壇を設けて日毎の捧げ物を再開することもできました。(イザヤ書10:22/エズラ3:1-2)
その翌年の春になるとゼルバベルは神殿跡地に礎石を置き、神殿の再建と完全な祭祀の復興が順調に進むかと思われました。(エズラ記3:10-11)

しかし、神殿の再建は周辺諸国の反対にも遭ってなかなか進みません。(エズラ記4:4-5)
神殿の定礎が行われてから16年目にも入ろうという頃になって、神はハガイとゼカリヤの二人の預言者をゼルバベルと帰還民に遣わし、神殿の再建を強く促します。(ハガイ書1:3-4/ゼカリヤ書1:16-17)

それからは『山』のように見えた反対も静まり、建設が進むようになりました。(ゼカリヤ書4:7-9)
キュロス大王の勅令に従って神殿が建立されたのはその六年後、ゼルバベルら帰還民団が派遣されてから22年も経た紀元前515年のことで、既にキュロス大王も亡く、ペルシア王はダレイオスⅠ世となっていました。(エズラ記6:13-14)

その年は、ネブカドネッツァルによる紀元前586年の神殿破壊から71年目に相当することを考古学は示しています。
この事態の進展について、預言者エレミヤは『七十年の間、バビロンの王に仕えることになる』と予告していましたので、まさしく神殿が破壊された紀元前586年から70年間の神への崇拝の中断していな最後の年にシオンに神殿が再建され、翌71年目の紀元前515年春に祭祀は完全な復興をみて、イスラエルは再び仕えるべき主人、彼らの神ヤハの帰還を迎えることになったのです。これは神の意志が、あらゆる困難を排して成就することの大きな証しとなりました。(エレミヤ書5:19・25:8-11)

しかし、この第二の神殿は、ソロモンの建立したものに比べると見劣りのするものであったことを聖書は隠しません。(ハガイ書2:3)
モーセ以来の、『契約の箱』はヨシア王の時の記述を最後に消息が途絶えます。そのことはエレミヤが予告していた律法契約に代る『新しい契約』の到来を暗示しています。(エレミヤ書3:16)
そのうえ、神ヤハの意志を測る「聖なる籤」であった『ウリムとトンミム』も戻りませんでした。
しかも当時の人々は律法もすっかり忘れていて、安息日を守ることにも苦労します。(ネヘミヤ記13:15)

このように第二神殿は、ソロモンの神殿の時代とは明らかな差がありましたが、イスラエルの神は『この神殿の栄光は、先のもの[神殿]のもの[栄光]に勝ることになる』と言われます。
その理由として神は『わたしは(シナイ山の時にように)もう一度天地を激動させると、この神殿には望ましい(金銀のような)ものが入ってきて満ちる』と言われるのです。(ハガイ2:6-8)
これは著しい成就を迎える預言であって、単に再建された第二神殿以上の神殿を指しています。

そのような中、『書士ら』(ソフェーリム)と呼ばれる聖書を記録し保存する人々が先頭に立って、律法の教育に努めます。最も著名な書士に旧約聖書のエズラ記や歴代誌を記した祭司で書士のエズラがいます。(ネヘミヤ記8:1-8)
この時代以降、流刑先に留まったイスラエルは「離散ユダヤ人」(ディアスポラ)ともなって、世界各地に自分たちの居留地をつくりそこに住むようになってゆきます。この外地の民は東方ではアラム語を、西方ではギリシア語を主に用いるようになりますが、こうしたイスラエルの国際化は、後のキリスト教伝播に有利に働く土台を提供することにもなりました。(使徒言行録1:8・2:1-11)

特に居留の世代が進み、ギリシア語は分かってもヘブライ語聖書が読めなくなった子孫のために、内地のユダヤ人の監修の下、ギリシア語に訳された旧約聖書が普及し始めますが、これは後に「セプチュアギンタ」(70人訳)として知られるギリシア語聖書となります。その中には元のヘブライ語の聖書の内容を補足する貴重な情報を豊富に含んでいますし、後の初期キリスト教徒は、旧約聖書から何かを引き合いに出して述べるときには、ヘブライ語の聖書からではなく、このギリシア語の旧約聖書である「セプチュアギンタ」訳から行っています。

その時代は、ペルシア帝国の時代も終わりを迎え、英桀アレクサンドロス大王による大遠征の結果、パレスチナもギリシアの影響下に入り、やがてギリシア文明(ヘレニズム)の時代を迎え、モーセの律法には新しい生活様式に沿わないところが出始めました。
そこで『書士ら』を超える律法の教師がユダヤ人の間に求められるようになり、『律法学者ら』(タナイーム)が民に律法を新時代の生活の中でどのように適用したら良いかを教えるようになるのですが、そこに問題が生じていました。つまり律法の規則を守る外面的で細かい行いの義が強調されても、なぜそれを神が求めたかという内面を学ぶことはおろそかにされ始め、優越主義に走り、同朋の貧しい人々を蔑みます。それこそは後に現れるキリストから激しい批難を受けることになります。


◆神殿への到来が予告されるメシア

しかし、旧約聖書最後の預言者マラキには四百年後のキリストの現れに関する重要な情報が含まれていました。その預言では、神殿に彼らの主(アドナイ)が訪れることを、喜ばしいことだけでなく警告として告げます。

『見よ、わたしはわが使者を遣わす。彼はわたしの前に道を備える。
またあなたがたが求める所の主は突然に神殿に来る。見よ、あなたがたの喜ぶ契約の使者が来ると、万軍のYHWHが言われる。
だが、その来る日に誰が耐え得よう。その現れる時には誰が立ち得よう。彼は金を吹き分ける者の火のようであり、布晒しの灰汁のようである。
彼は銀を吹き分けて清める者のように座し、レヴィの子らを清め、金銀のように彼らを精錬する。そして彼らは義によって正しく供物を主に捧げる者となるであろう。』(マラキ書3:1-3)


この意味は、『契約の使者』と呼ばれる『主』が神殿に突然到来するときに『レヴィの子ら』、即ち祭祀に関わる者たちを精錬し、また浄めるというのですが、それは『誰が立ち得るか』と言われるほどに厳しい試みと選びの時になることを知らせています。

一方で、このマラキの預言の言葉はユダヤ人の恐れるものの一つに数えられ、ユダヤの教師(ラビ)たちはメシアの査察を「メシアの患難」とまで呼ぶようになりました。しかし、マラキの預言からユダヤ人は学ぶことなく、やはり到来したキリストを退けてしまうことになります。

そして、この預言の言葉が残されてから神はおよそ四百年の沈黙に入りました。
ですから、ユダヤ人は今でも「マラキを最後に預言者は眠りに就いてしまった」と言うのです。

この前5世紀の預言者マラキを最後に、旧約聖書は書き終えられ、預言の沈黙の時代に入ります。
以後は、聖なる書に付け加えるほどの神からの霊感を備えた書物を見出さなくなりました。
それは『契約の使者』また『主』である『メシア』と、『新しい契約』に期待させる働きがあったと言えます。

マラキは最後にこのように記していました。
『見よ、わたしは大いなる恐るべきYHWHの日が来る前に、預言者エリヤをあなたたちに遣わす。
彼は父の心を子に、子の心を父に向けさせる。』(マラキ書4:5-6)

そこで、ユダヤ人はこの『エリヤ』つまり、かつて異教に堕ちたイスラエル王国に遣わされ、多くの奇跡の証しを行った古代の預言者の到来を待って過ごすようになってゆくのでした。(列王記第一18:30-40/マタイ福音書17:10)








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