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もうひとつの契約

2017.12.31 (Sun)


◆律法契約の目的

旧約聖書と新約聖書と呼ばれ、ふたつの部分に分けられる理由には、モーセが仲介した律法契約と、キリストが仲介する新しい契約が結ばれたことに由来します。
神は、ほかにもいくつかの契約を結ばれましたが、特に新旧ふたつの契約が聖書では大きな部分を占め、重要な役割を担っています。

さて、神がイスラエルと律法契約を結んだことの目的が何かと言えば、神の『宝のような民となる』という言葉に要約されていました。
律法契約の締結に際して、その目的が語られた言葉があります。
『あなたがたはわたしに対して祭司の王国となり、聖なる民となるであろう』。(出エジプト記19:5)

これは、神がアブラハムに約した『あなたの子孫によって地の諸国民は祝福を得る』という部分に関する働きをイスラエルがどう果たすかを述べたものです。つまり、「イスラエル」と呼ばれる人々が、全人類に対する執り成しの祭司とされることです。

人類の祝福をもたらすこのことは、エデンの園で予告された『女の裔』が果たす役割、つまり『蛇』の頭を砕くという、悪の元凶に対する徹底的な勝利を必要としていることはまず間違いのないことでしょう。(創世記3:15)

そこでやはり、アブラハムの子孫で構成される民イスラエルが『祭司の王国、聖なる国民となる』とは、アブラハムの子孫によって『地の諸国民は祝福を得る』との以前の言葉と明らかに重なります。また、よく知られた『国々の民よ、主の民のために喜び歌え』という申命記の言葉は、イスラエルを通しての人類の祝福への成就を歌ったものとなっているのです。(申命記32:43)

ですから、イスラエルが神の選民となるのも、彼らの益のためというよりは、人類の全体を益するために、神の器として用いられることになるのです。まさしく、それがアブラハムの子孫としての務めです。
イスラエルが律法契約の果てに得るものは『諸国民の光』となることであり、それは今日のユダヤ教の人々もよく自覚していることでもあります。(イザヤ書42:6)

では、律法契約はイスラエルの民を『祭司の王国、聖なる国民』としたのでしょうか?



◆王たちと預言者たちの時代

『約束の地』に定住するようになり、しばらくするとイスラエルも王を戴くことになり、サウル、ダヴィド、ソロモンと三人の王が立ち、イスラエルは最盛期を迎えます。
ソロモン王のときには、エルサレムに壮麗な神殿が建てられ、イスラエルの繁栄は諸国に知れ渡るほどになり、シェバの女王の来訪を受けたのもこのときのことでした。

しかし、ソロモン王の次の世代で民族は、南二部族のユダ王国と、北十部族のイスラエル王国に分離してしまいます。
原因は、王の暴政であり、その後もあまり良い王に恵まれず、民も諸国の異神を崇拝してはばからないほどになってしまいます。

神はこの時代に預言者らを起こして、双方の民が律法をないがしろにしていることを警告し、そのゆくべき道に戻るよう再三説き勧めます。
『神に逆らう者はその道を捨て、悪を行う者はそのたくらみを捨てYHWHに帰れ、そうすれば憐れんでくださる。わたしたちの神に立ち帰れ、そうすれば豊かに赦してくださる。』(イザヤ55:7)

イスラエルと契約を結んだ神YHWHは、自らの言葉を幾らかの人々に託して、民に伝えさせます。
それが、神の言葉を預けた者、つまり「預言者」(ナーヴィー)と呼ばれます。
しかし、イスラエルの趨勢は変わらず、遣わされた預言者らに石を投げつけ、迫害して殺害までするほどになります。

北のイスラエル王国に対して、預言者ホセアは『イスラエルよ、諸国民のように喜び踊るな。あなたは淫行をなして、あなたの神を離れ、すべての穀物の脱穀場で受ける淫行の価を愛した。』
『彼らは聞き従わないので、わが神はこれを捨てられる。彼らは諸々の国民のうちに流浪となる。』(ホセア書9:1・17)

この預言に違わず、北のイスラエル王国は、当時の覇権国家であったアッシリアの獰猛な軍隊に蹂躙され、北方に流刑とされてしましました。

残された南のユダ王国は、善王ヒゼキヤが居たためにアッシリア帝国の攻撃からは守られ、しばらく存続しますが民の事情はあまり変わりません。

預言者エレミヤは、ユダ王国への糾弾の預言を鋭く発します。
『わたしはこの戒めを彼らに与えて言った、「わたしの声に聞きしたがいなさい。そうすれば、わたしはあなたがたの神となり、あなたがたはわたしの民となる。わたしがあなたがたに命じるすべての道を歩んで幸を得なさい」と。
しかし彼らは聞き従わず、耳を傾けず、自分の悪い心の計りごとと強情にしたがって歩み、悪くなるばかりで、よくはならなかった。あなたがたの先祖がエジプトの地を出た日から今日まで、わたしはわたしのしもべである預言者たちを日々彼らに遣わした。しかし彼らはわたしに聞かず、耳を傾けないで強情になり、先祖たちにもまさって悪を行った。』(エレミヤ書7:23-26)



◆バビロン捕囚と新しい契約

南のユダ王国には、首都エルサレムに神殿があり、レヴィ族の奉仕により崇拝が行われていましたが、それも途切れ途切れで、最後の善王ヨシヤが長く閉ざされていた神殿を清掃させると、そこから永年忘れられたトーラーの巻物が再発見されるほどでした。
その内容を読み聴かされたヨシヤ王は、自分たちがどれほど契約を守ってこなかったのかに驚き嘆きます。
彼はただちに、律法の祭りを再開し、異神の偶像の破棄を命じますが、彼の父王マナセの著しい悪行のため、神はユダ王国の処罰も決意し、もはやひるがえることはなかったのです。(列王記第二21:10-15)

ヨシヤの後に、なお四人が王座に就きますが、いずれもエジプトとバビロニアのふたつの覇権の間で揺らぐばかりの傀儡王でしかありません。
ユダの最後の王ゼデキヤは、預言者エレミヤの言葉を受け入れずに新バビロニア帝国の大王ネブカドネッツァルに反抗して、遂にエルサレムと神殿を破壊されてしまいます。

神殿を失って故国も失ったため、イスラエル全体は律法契約を守れない状態に陥ります。しかし神は、イスラエルの帰国と神殿祭祀の復興を預言者たちを通して再三に予告していました。
それを可能にしたのが、イザヤ書に名前を挙げて予告されていたメシア(任命された者)、バビロニア帝国を終わらせた新興ペルシア帝国のキュロス大王でありました。この王は、諸国の民にも神にも寛容な政策を実施し、エルサレムに神殿を再建することを命じます。(イザヤ書45:1-4/エズラ記1:1-8)

預言者エレミヤは、民が七十年の間連れ去られ、異国の王に仕えることを預言していましたが、その言葉に違わず、神殿が破壊されてから71年目の初めに神殿祭祀は復興され、イスラエルは再びYHWHに仕えることができました。それは紀元前586年から515年の事とされています。(エレミヤ29:10/エズラ記6:15-20)

しかし、エレミヤは律法契約とは異なる新しい契約が結ばれる時がいずれ来ることを『見よ、わたしがイスラエルの家とユダの家とに新しい契約を立てる日が来る』と預言して、さらに次のように明らかにしていました。

『「その契約はわたしが彼らの先祖をその手をとってエジプトの地から導き出した日に立てたようなものではない。わたしは彼らの夫であったのだが、彼らはそのわたしの契約を破った」とYHWHは言われる。

「しかし、それらの日の後に、わたしがイスラエルの家と立てる契約はこれである。
すなわちわたしは、わたしの律法を、彼らのうちに置きその心に記す。
わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる」とYHWHは言われる。』(エレミヤ書31:31-33)


神YHWHは、モーセの仲介によって結ばれた律法契約に代る別の契約について予告し、同時にイスラエルが律法契約を破ったと明言します。
その『新しい契約』は、律法の条文を持つものとはならず、イスラエルの『心に書かれる』のですから、その時には律法の細々した規定とは異なるものが与えられることになります。

これについて後代のキリストの使徒パウロはこう書いています。
『もし、あの最初の契約が欠けたところのないものであったなら、第二の契約の余地はなかったでしょう。』(ヘブライ人への手紙8:7)
つまり、律法契約によってイスラエルが『祭司の王国、聖なる国民』とはなれなかった事は明らかです。

しかし、別の使徒ペテロは、彼の当時のイエス・キリストの弟子たちに向かってこう言うのです。
『あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。それは、あなたがたを暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れてくださった方の力ある業を、あなたがたが広く伝えるためなのです。』(ペテロ第一の手紙2:9)
これはまさしく律法契約が目指していた到達点です。

しかも、ペテロは当時の非ユダヤ人が多いキリストの弟子たちに『あなたがたはサラの子らとなったのです。』と述べ、血統の異なる諸国民の彼らが、アブラハムの嫡流、真の子孫であるとまで教えます。(ペテロ第一の手紙3:6)
律法契約にあったユダヤ人だけではなく、諸国民でキリストを信じる人々も律法契約の目指したところに到達したのでしょうか。

では、何がキリストの弟子たちを『祭司の王国、聖なる国民』としたのでしょうか?
『新しい契約』とは、どのように結ばれたのでしょうか?
また、キリスト教徒なら誰でもが、神の民となったのでしょうか?





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モーセを介した律法契約

2017.12.29 (Fri)


◆イスラエルに秩序をもたらす律法

ある日、シナイ半島の荒野に、一国家に相当するほどの群衆が現れたとすれば、それを導くためには理に適った確固たる指導は欠くことが出来ません。
エジプトでの隷属から脱したイスラエル民族は百万を越え、そこに家僕やエジプトから行動を共にすることにした幾らかの諸国民もあり、その全体に秩序を与える必要には大きなものがあったことでしょう。

アブラハム、イサク、ヤコブという「族長時代」には、家族という範囲で何事も処理できても、国民となったからには、どうしても「統治」の必要が生じます。
かつてアブラハムは、カナンやエジプトの人々の道徳性を信頼してはいませんでした。
その神々の教えに問題があったからです。
しかし、こうしてイスラエルが民族としてエジプトから独立した以上、彼らの神がどれほどの指針を与えるのかが注目されます。

エジプトを立って三か月目、イスラエルはシナイ半島内陸にあるシナイ山の麓に集合していました。
そこで神は彼らと契約を結ぶと言われます。つまり、自分は神であるからと強制的に従うようにとは求めないのです。

契約の前に、神は予め次のように提案します。
『もしあなたがたが、まことにわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るならば、あなたがたはすべての民にまさって、わたしの宝となるであろう。全地はわたしの所有だからである。』(出エジプト記19:5)

これは、イスラエルが自動的に自分の民となったのだ、というわけではありません。
明らかに、『あなたの子孫に約束の地を与える』というアブラハムとの契約とは異なる、別の契約をイスラエルと結ぼうということなのです。
その神の『声に従う』ことは同時にイスラエル民族に秩序をもたらし、その神の崇拝者に相応しい人格や行動を促す働きも込められています。

それはつまり、エジプトから導き出した神の言われることに従うなら、イスラエル民族を全地のどの国民にも勝って神に選ばれた貴重な選民としたいと、その神YHWHは望んでいたのです。

荒野でいろいろと不平を鳴らした民ではありますが、大いなる奇跡の数々をもって奴隷から救い出されたのですから、これに異を唱える者はいません。
そこで神は、イスラエルにそれから三日を精進潔斎するようにして待つよう告げます。

そして三日目の朝を迎えると、シナイの山体が激しく振動し、山は黒雲に覆われ、百雷が耳を弄するほどにとどろくので民は非常な恐怖にふるえます。
それから神は、『わたしはあなたの神、YHWHであって、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出した者である』と改めて自己紹介を行い、次いで『十戒』と呼ばれる最も基礎的な戒律をイスラエルの民に直接に語ります。
しかし、その大音量に民はすくみ上がり、自分たちに直接話さず、モーセを介して話してほしいと嘆願するほどでしたが、モーセは『神はあなたがたを試みるため、またその恐れをあなたがたの目の前において、あなたがたが罪を犯さないようにするために臨まれた』と言います。(出エジプト記20:20)

神の選民となるからには、それなりの意識や決意が求められます。シナイ山に神の臨御が示され、その神が諸国民の偶像の神のようではなく、恐るべき超絶性を持っていること、また、その言葉を軽々しく扱うべきでないことがここに示されます。

こうして後、モーセはシナイ山に登り、そこで神からイスラエルの守るべき法を授かります。
特に最初の十ヶ条については、人手によらずに二枚の石板に刻まれ、それらが法律の全体を象徴するものとして保管されることになります。

これらのモーセを仲介者としたイスラエル民族との契約による法規の全体は、ヘブライ語では「教え」を意味する「トーラー」と呼ばれ、それは「律法」と訳されています。これは現在の創世記から申命記までの五巻の書に含まれており、これらは「モーセ五書」とも呼ばれます。

こうしてイスラエル民族は、アブラハムへの契約の通りに『約束の地』に入植するだけでなく、モーセを仲介者として神との契約関係に入り、この律法を守る務めを受け入れたのでした。
そこで確かに、アブラハムの子孫が法典を持つひとつの国民として整えられてゆくことになりました。



◆契約に値しない不信仰

ですが、アブラハムの子孫とはいえないほど、この民は良い性質を表しません。
以前から奇跡と見ながら不平をこぼしていましたが、モーセがシナイ山に40日間籠っている間にも、勝手に偶像崇拝の祭りを始めてしまい、それを見たモーセは怒りのあまりに二枚の石板を一度叩き割っているのです。

その後も、彼らの不信仰は続き、エジプトから二年目に『約束の地』に入るに及んで、カナン人を立ち退かせる力は自分たちに無いと言って嘆きます。そればかりか、モーセ以外の指導者を立ててエジプトに帰ろうとさえ言うのです。
神はこう言われます。
『この民はいつまでわたしを侮るのか。わたしが諸々のしるしを彼らのうちに行ったのに、彼らはいつまでわたしを信じないのか。』
そしてモーセにこう言われます。
『わたしは疫病をもって彼らを撃ち滅ぼし、あなたを彼らよりも大いなる強い国民としよう』(民数記14:11-12)

しかし、モーセはこれを聞いて喜びもせず、かえって神を気遣い、その意志を留めます。
『いま、もし、あなたがこの民をひとり残らず殺されるならば、あなたのことを聞いた諸国民は語って、「YHWHは与えると誓った地に、この民を導き入れることができなかったため、彼らを荒野で殺したのだ」と言うでしょう。どうぞ、あなたの大いなるいつくしみによって、エジプトからこのかた、今にいたるまで、この民をゆるされたように、この民の罪をおゆるしください』(民数記14:15-19)
そこでモーセの執成しを受け容れたYHWHは、自分たちは『約束の地』に入れないと嘆いた世代に当たる20歳以上の者らが、死んだり去って行くなりして絶え果てるまで、以後38年間荒野をさまよわせることを定めます。(民数記14:20-30)

これは、「律法契約」そのものの結末を暗示するものとなりました。
信仰の人アブラハムのような者は、例えその子孫であっても多くはないという現実がここに表れています。
イスラエルの崇拝は契約であり、旧約聖書では個人的な「信仰」よりも、契約の遵守の「業」が強調されます。しかし、それもキリストの到来により変化することになります。(ガラテア人への手紙2:16)

はっきりとしていることは、「信仰」は遺伝しないということであり、これは人それぞれに異なるものですから、本来、親は子であっても信仰を強要することはできません。

そしてやはり、イスラエル民族は『約束の地』に入っても律法を守らなくなってゆきます。
モーセの後継者であるヨシュアは、彼らを『約束の地』に定住させるために、生涯を費やした指導者となりましたが、その晩年にイスラエル民族の示してきた性質を回顧してこう言っています。
『あなたがたはYHWHに仕えることはできないであろう。』(ヨシュア記24:19)

ヨシュアの危惧はその通りになり、後の時代に、神は律法を守らないこの民を『約束の地』から追い払い、他国への流刑民とすることになってしまいます。
その流刑のひとつが「バビロン捕囚」と呼ばれるもので、その間は『約束の地』からは人が絶え、神殿も破壊されてしまいました。律法の三分の一は、崇拝の場所が無ければ守り行うことができないものでしたから、彼らは律法を守ることができなくなります。

しかし、それでも神はこの民族との契約を続行します。
そこにはキリストはまだ到来しておらず、彼らを用いて成し遂げる事柄が残っていたからです。



◆「過越し」の子羊によって買い取られた祭司団

さて、神はシナイに逃れてきた民にエジプトを出る際に屠られた子羊についても語ります。

子羊の血が門口に塗られたので長子が救われたのであるから、子羊の血の代価によって神はイスラエルの長子を買い取ったと言われるのです。(民数記3:12-13)
従って、すべての長子について神が所有権を持たれるとも語られます。(民数記3:45)

そこでイスラエルのすべての長子に代えて、モーセとアロンの属するレヴィ族を神に属する者とし、彼らを崇拝を委ねるべき祭司職に任ずると言われます。(民数記3:6-10)

それから崇拝の場である天幕と、崇拝に用いる器具類を製作するようにと指示が出されますが、その製作方法までがモーセを介して伝えられます。
天幕の中は二つの部屋に仕切られ、祭司たちが奉仕する聖所と、大祭司だけが入るその奥の至聖所とに分けられます。

聖所には、七又の燭台、香の祭壇、パンを置く机が置かれます。
奥の至聖所には、新たに金をかぶせた箱が作られ、十戒を記した二枚の石板と、マナを入れた壺が、それからしばらくしてアロンの杖も入れられて安置されます。
天幕の外の庭には、動物の犠牲を捧げるための祭壇が石で組まれ、祭司らが身を洗い清めるための水槽も置かれます。

この崇拝の場所は一か所であり、中央集権的な動物を犠牲とする祭祀がイスラエルの神の崇拝の中心となります。
そこではレヴィ族が崇拝を取り仕切る役割に任じられ、中でも祭司らは役職に当たるために白い亜麻布の服を着用することが求められ、アロンは崇拝の第一人者である『大祭司』とされます。

この崇拝方式全体の目的は、神との執り成しにあり、贖罪、つまり動物という「代償」の提出による罪の赦しを主要な目的としています。そこには、やはり神と人との間に『罪』があり、人が神の子として復帰するには、『血の贖い』が必要であることを繰り返し教えるものとなります。

ですが、後に使徒パウロはこう述べます『こうした(動物)の犠牲は何ら罪を除くことはありません』。(ヘブライ人への手紙10:11)
真実の犠牲は、ただ一度限り、完全な人イエス・キリストによって捧げられる必要があったのです。
律法がイスラエルに求めた崇拝方式も、やがて到来するキリストの犠牲を指し示す模式、また前表であるので、使徒ヨハネもこう述べています。『み子イエスの血が、すべての罪からわたしたちを清めるのです。』(ヨハネ第一の手紙1:7)

そこでイスラエルは、これらキリストの犠牲を予め示す模式的な崇拝方式を律法の中に与えられて、イエスの到来まで過ごすことになりますが、これらの意味が知らされるのは千年以上も後のキリストの到来の後になるのでした。








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安息日という解放

2017.12.28 (Thu)



◆安息日を支える神

紅海での救出によって、エジプトの奴隷身分を後にすることが出来たイスラエル民は、戦える男性だけでも60万人を数えるほどであったことが記されていますので、そのほかを合わせれば150万人から200万人にもなる大集団を構成していたことでしょう。

彼らは、紅海の対岸のシナイ半島を鉱物採取の道を辿って、半島の内陸にあるシナイ山に向かいます。
奇跡の救出を目の当たりにしたイスラエルでしたが、砂漠のように何もない荒野に大群衆が群がって来ましたので、その途中では、水や食料を巡って民は不平をこぼし、エジプトに居た方がよかったとも、モーセは人々を荒野に連れ出して殺すつもりだとも言うのでした。

それでも、神は彼らが水が欲しいと言えば、岩からさえ水を湧き出させ、肉を食べたいと言えば、見渡す限りのウズラの大群を彼らのところにもたらします。
エジプトで十の奇跡を行い、海を割って民族を丸ごと救出したことでさえ、到底人間の及ぶ業ではありませんが、それに加えて、数百万人を荒野で養うという、更なる偉業を神は続けられたのでした。

やがて、神はこの民を日々養うための奇跡を備えます。
それが「マナ」と呼ばれる天から毎朝降ってくる甘い味のする食物であったと出エジプト記は知らせています。
毎朝といっても、七日に一日はマナが降らない日がありました。その一日に断食をさせるというわけではなく、六日目には二倍の量のマナが降り積もることで、その日に集めたマナだけは翌日まで保存ができたのです。しかし、それ以外の五日間のマナは翌日まで取って置くことができません。つまり、『日毎のパン』であり、贅沢な食事ではありませんが、荒野で餓死する不安からは解かれます。

こうして、イスラエルには七日に一度、神の意向により生業を離れる日が習慣づけられ、それは『安息日』(シャバット)と呼ばれるようになります。
その一日は、『聖なる日』とされることが求められ、生計と立てる仕事の一切、また、そのように見做されるものを避け、自分の場所に安んじることが定められ、長い距離の移動も禁じられました。


◆聖と俗と分かつもの

この神の奇跡に基くこの不労働日の要求は、人の生活を支えるものが、神の供給力にあるのであって、人が食物を巡って労苦することにあるのではないことを教えています。
人は懸命に仕事を行ってこそ生きてゆけるという、この世の定めは、『顔に汗してパンを食べ、遂に地面に帰る』という、堕罪後のアダムへの宣告に表れていました。
しかし、それがすべてであるなら、人はただ「生きるために生きる」生活を余儀なくされ、大自然の中に必要物を無償で備えた聖なる創造者を意識することなく過ごすことでしょう。そのような人にとっては、全ての物が「価格」のせめぎ合いの俗世の中に存在するのであり、それは資源も加工品もすべての必要物が人に属しているという見方です。

ですがそのような見方をしていては、人間に残された『神の象り』としての人の美しさや資質も、『この世』の奴隷労働によってすっかり塗り込められてしまうことになります。実際、『この世』とはそれを人に強いる場となっています。
そのようにして形成されるのが『俗』であり、人々は利害に敏感で、様々な欲に放漫になり、その話す内容も卑近な事柄となるものです。
まさしく、神は『聖なるものと俗なるものの区別を知るよう』『安息日を聖別せよ』と言われますが、これは単に生業を休むことだけでなく、その人の思いを『この世』から神の領域へと引き上げることを促しているというべきでしょう。(エゼキエル書44章)

後に到来したイエス・キリストは、モーセの言葉を引用して、人に何が必要かをこう語られます。
『人はパンだけで生きるのではなく、人は*の口から出るすべての言葉によっても生きるのだ』(申命記8:3/マタイ福音書4:4) *(旧約ではYHWH)

そして、やはり神は『安息日を聖なるものとせよ』とイスラエルに命じられています。(出エジプト記20:8-9)
この意味は、堕罪以前にアダムが神の御前で得ていた栄光ある『神の子』の状態に思いを馳せることを含んでいます。元より神は人を俗なものに創ったでしょうか。いえ、そうでないからこそ、み前に清くないものは容認されないと聖書は言うのです。(ローマ人への手紙8:20-21/ハバクク書1:13)
もちろん、「アダムの業」から人間が全く解かれるには、『この世』の終りを待たねばなりません。
それでも『安息日』を通して、聖にして『罪』のない創造本来の人の清い姿を、七日に一度は思い起こす機会を神は設けられたと言えます。

そして、創造の神が『女の裔』を通して、人類を神の是認された創造物に復帰させようとの意志を持たれるのであれば、『この世』がいかに長く続こうとも、解放の『第七日』、つまり安息日が表すところの、人の聖性の回復の日が必ず訪れるに違いなく、イスラエルにはその希望を『安息日』を通して思い起こすことができるはずでした。

ですから、人は『神の象り』として、人らしく在るよう創られているので、生業の多忙や窮境に呑み込まれてしまうべきではないのです。
奇跡の『マナ』を通して神が教えることは、イエス・キリストが教えられたように『なにを食べるのか?なにを着るのか?と思い煩うことを止め』、またパウロも言うように『一切のものを惜しみなく与えてくださる神に希望を置くこと』、そして『この世』の奴隷となって「生きるために生きる」という心の殺伐とした生き方から、今でさえ解放されることであるのです。


◆規則にされた解放

しかし、後のイエスの当時の宗教家らは、この『安息日』を「絶対に守るべき規則」と捉えました。
彼らの関心は、神の命令である『律法』に全く忠実に従うところにありましたが、それは実際には『安息』というよりは、細々した規則に従うことに於いて、エジプトの奴隷に戻るようなもので、『安息』の意味を汲み取るというところがありません。

安息日には、怪我をしたところに包帯を巻くことさえ、それは「仕事」であるから行えないというのです。
このほかにも、宗教家らは39種類にも類別される、首をかしげたくなるような無数の細目を加えたので、民にとって安息日は平日よりも緊張を強いられる一日となってゆきました。

イエスの一行が旅の途中で空腹になり、畑に入って両手の入る程度の麦を食べたことがありましたが、これは律法の許すところです。(レヴィ記23:24-25)
しかし、安息日だったために、それを見た宗教家らは、イエスたちが「収穫」をして「脱穀」をしたと見做して批難します。
その宗教家たちからすれば、安息日に仕事をしないという命令に正しく従っていると思っていたのでしょうけれど、マナを降らせた方の意向は無視されています。

宗教家たちにとっての『安息日』とは、自分たちの正義を主張するための道具であり、それを守っている自分たちこそが、神に従順で正しく是認されているという優越感に浸るためのものとなっていたのです。今日のユダヤ教徒にとっても『安息日』は平日より遥かに緊張を強いられる日となっていると言われます。多くの定めがあって日常生活が大きく制約されるからです。

かつてのユダヤ教徒も、イエスが安息日に堂々と難病の人々を癒して憚らないことがどうにも許せません。『これは神からの人ではない。安息日を守っていないのだから。』と難病から人を解放するイエスを批難します。(ヨハネ福音書9:16)

しかし、イエスはこう言われます。
『安息日は人のために定められたのであり、人が安息日のためにあるのではない。』(マルコ福音書2:27)
つまり、『安息日』に多くの規則を与えて民を縛っていた宗教家たちは、却って『安息日』を解放から隷属へと戻してしまっていたことになります。
今日でも、「週に決められた一日は仕事を休んで宗教の集まりや奉仕活動をするべきだ」と唱えるキリスト教派もあるかも知れません。
しかし、一日を休むことよりも、宗教的な活動を行うことよりも、更に重要な安息日の意義は、自分の置かれた「この世の隷属」に気付き、そこからの解放を希求するところによほどの重要さがあるでしょう。それは日毎の意識、また生き方となり得るもので、意味を悟るなら週に一度で済むものではないのです。
『安息日』の精神には、エデンの園でアダムが受けていた自由への希望があり、『顔に汗してパンを食べ、遂に土に帰る』という『この世』の空しい奴隷労働からの解放にあると言えます。

この点では、エジプトの奴隷から解放された人々であっても、『罪』ある以上は、奴隷のような生活を真実には後にしてはいませんでした。日毎にマナを集める行為が、人の生業を象徴しており、『安息日』の意義も七日に一日はマナの取集めをしないところに象徴されていたでしょう。しかし、それらは象徴に過ぎません。
イスラエルであっても、やはり『罪』の奴隷であり、『この世』のもたらす苦役を背負っていたところは、今日の人々も変わらないのです。

『安息日』について、神は『それは、わたしとあなたがたとの間のしるしとならなければならない』と言われます。(エゼキエル書20:20)
律法に従うイスラエルとって、これは週に一日の『安息日』を守ることを意味しました。
しかし、その意味するところは俗を離れた心にあり、週に一度の休日を守るかどうかではなく、人が俗世にあっても自らは神聖さを願うことを神は求めていると言えます。休日を守ることに勝る意義は、人が真の解放、つまりアダム以来の『罪の隷属』から解かれることにあるというべきです。

イエスはこう言われました。
『何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。
こういうものはみな、諸国民が切に求めているものなのだ。しかし、あなたがたの天の父は、それらがみなあなたがたに必要であることを知っておられる。』(マタイ福音書6:31-32)


ヘブライ語だけでなく、新約聖書が書かれた古ギリシア語単語の「信仰する」(ピステウオー)でも、「信頼する」という意味が含まれています。
ですから、「信じる者」(ピストス)は、ただ神の存在を信じるのではなく、神を信頼できている者を表します。

では、わたしたちにとって、人を生かすのは神でしょうか、それとも人でしょうか。あるいは『この世』でしょうか。
神を信仰するとは、人や世ではなく神を供給者と認めることで心に安息を得られ、想い煩いを去ることができ、そのうえ神の象りとしての自らの栄光を求めることになるのです。
まったく世に頼り切って、それが自分を支えていると思い込まないことが、『安息日を神聖なものとする』ことになり、その信頼が神と『その民との間の印』とされるにふさわしいことです。








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奴隷から救出されるイスラエル

2017.12.27 (Wed)



◆イスラエル人の現れ

人類祝福の『女の裔』が、アブラハムを通して来ることは、独り子を捧げようとした彼への神の約束の言葉に示唆されています。
『地のもろもろの国民はあなたの子孫によって祝福を得るであろう』。(創世記22:18)

その独り子イサクも父となり、エサウとヤコブという双子を得ます。
アブラハムからの神の約束を受け継ぐことを深く望んだヤコブは、その願いの強さのために「神も圧倒する」ほどであることを示したので『イスラエル』との別名を授かります。(創世記32:28)
こうして『女の裔』に連なるイスラエル民族の歴史が幕を開けることになりました。

ヤコブは十二人の男児を得ますが、それがイスラエル民族内の各部族を構成することになってゆきます。
その中の息子で、ひとり家族を離れたヨセフは、不思議な巡り合わせを経て、エジプトのファラオの信任を得て宰相となります。
やがて、父ヤコブと十二人の兄弟で共にエジプトで暮らすようヨセフは一族を招き、肥沃なナイル河口のデルタ地域に定住させ、そこで人数を増え、ヤコブの子孫はいよいよイスラエル民族となってゆきます。

ですが、エジプトの王朝が代ってしまうと、イスラエルはファラオからの恩寵を失い、一族そろって奴隷身分に落とされてしまいました。
彼らは過酷な日々を過ごすだけでなく、ファラオはイスラエルが増えることを恐れて、生まれてくる男児の殺害が命じます。
そこに、ひとりの男児が生まれ三ッ月の間はなんとか隠されていましたが、エジプト人の追求から遂に隠しきれないと悟った母親は、その子を防水した籠に入れナイル川に流し、その運命に任せるほかなくなりました。
しかし、導かれるようにして、折よく水浴に来ていたファラオの娘に拾われることになり、この男児はファラオの一家として宮廷で育てられるに至ります。
この人物が、後の預言者モーセと呼ばれ、イスラエル民族を率いて『約束の地』パレスチナへの旅へと出立させることになります。

モーセは、ファラオの家族として何不自由ない生涯を送ることも出来ました。
しかし、彼はそうしようとはしません。
後代の使徒パウロは、モーセについてこのように書いています。
『信仰によって、モーセは成人したとき、ファラオの娘の子と呼ばれることを拒み、空しい罪の楽しみに耽るよりは、神の民と共に虐待される方を選び、キリスト(任命された者)としての受ける嘲りをエジプトの富に優るものと考えたのです。』(ヘブライ人への手紙11:24-26)

しかし、彼は気持ちが先走り、イスラエル人を不当に扱うあるエジプト人を殺めてしまいます。
処罰を恐れたモーセは、シナイ半島に逃れてゆき、ホレブと呼ばれる山の近くに暮らすケニ人で、アブラハムと同じ神、エルシャッダイを崇拝する祭司エテロの客人となり、その長女チッポラを娶り、子らも得て平穏に暮らして四十年に及び、そのまま静かに生涯を終えるかと思われたところですが、老境に入った八十歳になってから、神は彼をイスラエル民族の救出に用いると言っては彼に話しかけるのでした。

つまり、イスラエル民族を奴隷の境遇から救い出し、アブラハムに約束した通りに、彼らをパレスチナの土地を与え、そこに住まわせるという大任をモーセに委ねると言われます。(出エジプト記3:6-10)
イスラエルの解放は若き日のモーセが熱烈に願っていたことではありましたが、しかし、老いたモーセはこれを聴いて大いに狼狽します。彼は若かった頃の正義感に従った失敗に懲りています。ですが、今度は神が後ろ盾になると言われるのです。また、話すときにどもる癖があることも心配すると、神は彼の兄アロンも共に遣わすと言われます。(出エジプト記4:12-15)

次いで、神の名を訊かれたら何と答えれば良いかと問うと、神は自らを「在る」という意味の[יהוה]、ローマ字では「YHWH」という固有名を名乗られます。(出エジプト記3:13-16)
この名のヘブライ語の四文字はすべて子音であり、どのような母音を付けて読まれていたかは、イエス・キリストの後の世代に入ってから誰にも分からなくなってしまい、今では「ヤハ」という省略された発音だけが残されています。

代々にわたるご自分の名を決められた神ヤハは、それからモーセに奇跡を行う能力を授け、それによって人々から信仰を集め、またイスラエルを解放するようファラオを説得するための神の印とします。こうして若き日には、イスラエルの解放に情熱を燃やしたモーセは再びその意志を神によって呼び起こされることになります。しかも、このたびは一人の解放者としてではなく、イスラエルを解放する神の使い、また預言者としてエジプトに立ち向かうことになるのです。



◆解放されるイスラエル

こうして、モーセはエジプトに向かい、途中で兄のアロンと合流して、いよいよファラオの前に立ちます。
イスラエルをエジプトから出すようにとアロンが語り、モーセは奇跡を起こして見せますが、ファラオは同意しません。
四百年ほどの間にイスラエルは百万単位の大きな民族になっており、エジプトには欠かせない労働力となっていたのです。

イスラエルの奴隷解放を認めないファラオに、神はモーセとアロンを通じて九度の奇跡を行い、出国の許可を促しました。
しかし、様々な奇跡によってエジプトが苦しんでも、ファラオは頑なに拒絶を続けます。

そして、エジプトには決定的な十度目の奇跡が臨むことになります。
神は、イスラエルの民にその準備を命じましたが、それは各家庭で雄の子羊一頭を用意し、春先のアビブと呼ばれる月の14日にその羊を屠って一家で食事をとることでした。(出エジプト記12章)

その羊の血は、家の門の柱と鴨井に塗り付けるなら、神の使いはその家の長子の命を奪いません。
しかし、そうしていない家は、尽く長子を失うことになります。

その夜、エジプト人の家々からは悲痛な叫びが上がりますが、それはファラオの家も例外とはならず、継嗣の死去が避けられませんでした。
夜の内にモーセはファラオに呼び出され、遂にイスラエルの出立が許されるに至ります。(出エジプト記12:29-42)

つまりイスラエルの各家庭で犠牲にされた子羊によって、奴隷からの解放が実現し、羊の犠牲が長子を守ったのです。
それは後のキリストの犠牲を予め暗示するものであり、イスラエルでは、これを記念して毎年の陰暦1月14日の夜にイスラエルでは『過越しの祭り』が行われるよう求められることになりました。(出エジプト記12:26-27)

後代のイエスに「バプテスマ」という水への浸しの儀式を施した荒野のヨハネは、イエス・キリストを『神の子羊』であると明言しています。(ヨハネ福音書1:29)

そして、イスラエルの「過越し」の祭りの夜は、千年以上後のイエス・キリストの最後の晩餐の夜ともなりました。
キリストの使徒パウロは、イエスの弟子たちに『キリストはわたしたちの過越の小羊として屠られた』と手紙に記しています。(コリント第一5:7)

また、使徒のヨハネは磔刑に処されたイエスの体の骨が折られなかったことを福音書に明記し、同じように『過越しの羊』の『骨は折ってはならない』というモーセの指示との一致に注意を促しています。(ヨハネ福音書19:31-36/出エジプト記12:46)

『神の子羊』であるキリストのもたらす救いは、人々が陥っている『この世』の奴隷状態からの解放であり、人類はキリストによって、いつの日にか同じように『この世』を後にすることになります。



◆再び起こる紅海の裁き

イスラエル民族はエジプトを立ちますが、ファラオは彼らを解放したことを悔やみ、戦車隊を率いて後を追い、紅海のほとりで追いつきます。(出エジプト記14:1-9)
神はエジプト軍を妨害しながら、強い風を吹かせて紅海の水をふたつに割り、対岸までの道を開きます。
イスラエルが渡り終えると、エジプト軍もその奇跡の道に入りますが、海水が戻ってしまい、海の藻屑とされてしまいます。(出エジプト記14:19-28)

これが神の裁きの原形を構成し、この世の終末にも同様に救いの意味を持つ大きな奇跡が起こることを、預言者ミカは『末の日』について次のように述べています。
『わたしは彼らに、あなたがたがエジプトの地を出たときのような驚くべき業を行い示す。
諸国の民がどれほど強かろうとも、それを見て恥じ入る。彼らは口に手を当てて黙し、耳は聞く力を失う。』(ミカ書7:15-16)

もちろん終末では、神に信仰を働かせるあらゆる人々が解放されるのであり、終末に於ける神ヤハの奇跡の規模は紅海の比とはなりません。
預言者エレミヤの書には、このように神YHWHの言葉が記されています。
『YHWHが国々と争い、すべての肉なる者を裁き、悪人を剣に渡すと、YHWHは言われる。
万軍のYHWHはこう仰せられる、「見よ、国から国へと災厄が出て行く。大きな嵐が地の果からわき起こる」。』(エレミヤ書25:31-32)


これが神の『この世』への裁きであり、『この世の神』は創造の神ヤハではないので、イエスはご自分の犠牲を通して『この世の支配者は裁かれた』と言われました。(コリント人への第二の手紙4:4/ヨハネ福音書16:11)
この世の支配者とはサタンのことであり、それは『この世』の性質にも明らかに見えています。(ヨハネ第一5:19)

聖書最終巻の黙示録では、『ヘブライ語でハルマゲドンと呼ばれる場所に』諸国民の軍隊が集められ、神とこの世との戦いとして神の裁きが描かれています。(黙示録16:16)
それは、邪悪な強き者らから、神の側に立つ弱き者らを救うという神の裁き(シャファト)であり、『子羊』キリストがその救いを達成する王となられます。(黙示録17:14)

このように聖書の内容は、神が古代に行った事跡を将来に行う事柄への予告とされることが多く、以前に行われた事柄の意味するところは「前表」または「予型」と呼ばれ、後に同様の意味の成就として起る事、またその予告は「対型」と呼ばれます。

聖書の預言には、この世の終末に関わる「予型」が非常に多く含まれていて、わたしたちのなお将来に関わるその時に強く焦点を合わせています。

終末のその時には、忘れられた神の名も示され、あらゆる名に優るものとして高く掲げられると、「預言者たち」(ネイヴィーム)が語っています。(イザヤ書12:4/エレミヤ書16:21/エゼキエル書39:7/ゼカリヤ書14:9)







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神の友 アブラハム

2017.12.17 (Sun)


◆人間の価値

「生まれたからには死んでゆくのが当たり前」と人の命を見做すとすれば、今生きているということはたいへん不思議なことになります。
人が生きているということは、単に自然の為せる業なのでしょうか。

そうであれば、自然には生命を生み出そうとの意志を持っていることになるでしょう。
では、自然が意志を持つでしょうか。

地上に人が存在し、広大無辺の宇宙の余りに大きな広がりと、その創始者を考えているという事も、巡り合わせと言うには実に不思議です。
まして、その創始者が、宇宙の砂粒というにも満たない地球の上の人に関心を払うとなれば、不釣り合いにさえ感じられます。

それでも人は自分という存在に何らかの意義を見出そうとするものです。
なぜなら、人の知性は価値観を生み、その価値観は自分という存在にやはり価値を見出すからです。

人は、自らの生涯を俯瞰して何かを成し遂げる達成感を感じたいものであり、また人生の意味を問います。
自らは微少な存在であるのに、自分の存在を遥かに超える物質的でない何者かを仰ぎ見て、繋がりを求めようとする性質も表してきました。

そこに人は自分自身の「存在の不思議」を悟ってきたからでしょう。
つまり、なぜ自分は存在するのかという不思議です。

もし、アダムの子孫が創造者との関係を今日まで保持し、親しく意思の疎通を持っていたなら、こうした心の隙間を埋めようと苦労することもなかったことでしょう。人間に様々な宗教もなく、懸命に死後の幸福を求めることも必要がありません。

ですが、物質的に見れば、人は神の創造の業のほんの僅かな一部ではあっても、神にとって人は、けっしてなおざりにできない存在です。
それが証拠に、神はたったひとりの我が子を死に至るまでの犠牲としたからです。


◆奇跡の独り子

しかし、宇宙創造という途方もない業を行われる神に対して、本当に人間はそこまで顧みられるに値するものでしょうか。
この問いは、サタンにとっては、人類を贖いに値しない悪者とすることで、自らと共にいずれは滅びに至るものとし、神の創造の業を台無しにしてしまうことになります。
人間は、神が貴重な犠牲を払ったとしても、「ご利益」を受け取るだけ、そのうえにあぐらをかくだけの利己的で不敬な者たちに過ぎないのでしょうか?
あるいは、人間がそれに値しないなら、救い主であるキリストを不要とすることができ、サタンは自分の頭が砕かれる危険も過ぎ去ると考えたのかもしれません。

しかし、その反論の前に、ひとりの父親が立ちはだかります。
彼こそは、人間には神の独り子を捧げられる価値があると、その行いを通して証明した人物であり、それが遠い古代の中東に暮らした、アブラハムと呼ばれたひとりの遊牧民でありました。

広漠とした野を移動して生活する彼に、全能の神はある約束をします。
『「あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。』(創世記12:1-2)

そこでアブラハムは、この神に従い、妻と家財を携えて大河ユーフラテスを渡り、今日のパレスチナに入りますが、甥のロトも伴っていました。なぜかと云えば、アブラハムの妻は不妊なうえ、もはや二人とも若くなかったので、ロトから自分の約束の子孫を得ようと考えていたからでしょう。しかし、このロトはやがてアブラハムから離れてゆくことになります。

ですが、神の意志はアブラハムと正妻サラからの男児に、パレスチナという「約束の地」を与え、そこで繁栄させるというものであったのです。
約束の地で生活するうちに、アブラハムもサラも子を得ずにいよいよ高齢に達してしまいましたから、常識で考えれば、とても継嗣を設けるのは絶望的だったのです。
サラは神の言葉を聞いても『自分は年をとり、もはや楽しみがあるはずもなし、主人も年老いているのに』と思って笑ったと書かれています。
しかし、その翌年に彼女は男児を生み『イサク』(笑い)と名付けます。あまりの高齢で子を得たことが信じられないほどであったからでした。

アブラハムにとってイサクは奇跡のような子であり、正妻との間の独り子でありましたから、その愛情の深さが推し量れます。


◆神の犠牲に足る者

しかし、しばらくするとアブラハムの神は、信じられないような命令を彼に下すのでした。
『あなたの愛するひとり子イサクを連れてモリヤの地に行き、わたしが示す山で彼を焼き尽くす犠牲として捧げなさい』(創世記22:1)

それではアブラハムへの『アブラハムは必ず大きな強い国民となって、地のすべての民がみな、彼によって祝福を受ける』という神の意志も、『イサクを通して』『あなたの子孫にこの地を与えよう』という約束もすべてが反故にされてしまいます。

ですが、アブラハムが二度と戻らぬ覚悟で大河ユーフラテスを渡って30年ほどの間に、その神(エル・シャッダイ)との様々な歩みを経て、強い信頼が築かれていたのです。
キリストの使徒パウロは、そのときのアブラハムの心中をこう書いています。
『アブラハムは、神が人を死者の中から生き返らせることもおできになると信じた』(ヘブライ人への手紙11:19)

つまり、彼は独り子を奇跡によって得られた経験、また、それまでの様々な神の意志の成就を見てきたので、アブラハムの神に対する信頼は非常に深いものに育っていたというべきでしょう。

彼は、独り子イサクをモリヤと呼ばれる小山に連れて行き、まさに屠ろうとするときになって、神の使いが介入します。
『その子に何もしてはならない。わたしは今こそ分った。あなたは神を畏れる者である。あなたはわたしのために独り子さえ惜しまなかった。』(創世記22:12)
アブラハムが息子から目を上げると、そこには一頭の雄羊が、角を藪にとられて動けなくなっているのが見えます。
彼は、それを息子の代わりとして、神に捧げました。

すると神はこう約束するのでした。
『わたしは自分を指して誓う。あなたがこの事をし、あなたの子、あなたのひとり子をも惜しまなかったので、わたしは大いにあなたを祝福し、大いにあなたの子孫を増やして、天の星のように、浜辺の砂のようにする。あなたの子孫は敵の門を打ち取り、また地のもろもろの国民はあなたの子孫によって祝福を得るであろう。あなたがわたしの言葉に従ったからである」』(創世記22:16-18)

これはもはや契約ではなく約束であり、不動のものとして神の意志となりました。(ヘブライ人への手紙6:13-17)
即ち、『女の裔』はアブラハムを通して来るのであり、まさしく信仰の人アブラハムはその父祖となるに相応しく、人間の中には、神の独り子を捧げるに足る人物が居ることを、このひとりの父親が実証して見せたのです。

それからおよそ二千年の後、このモリヤの山の上で神の独り子が犠牲となって捧げられることになります。それが『ナザレ人イエス』であることをわたしたちは知ることになります。

こうして神はアブラハムを『我が友』と呼ぶようになりました。
それは、宇宙の創始者と遊牧民の父親との友情の証しであり、言葉を絶するほどにかけ離れた存在であっても、互いに最も貴重なものを差し出し合った仲であり、まったく信頼できる『友』となったのです。

まさしく、「信仰」というヘブライ語(ヘムナー)には「信頼」という意味も込められています。
アブラハムが「信仰の人」と呼ばれるのは、この神との信頼の深さを表していると言えます。

加えて、この故事を読む人々は、ひとりの父親であるアブラハムの試練を通して、神の捧げる『独り子』の犠牲がどれほどのものであるかを、人の感覚として鏡を見るかのようにして味わい知る機会を得、そこはかとない気持の内にその価値が例証されることになりました。

ですから、アブラハムとの信頼を通して、創造の神の人類への愛顧の深さが示されています。
加えて、神が後に奇跡を通して遣わすことになる独り子「イエス」を、人類に犠牲として与えた愛の真性さに、神の人への愛は、サタンといえども何の反論の余地も無くなっています。

ですから、全人類は、この古代のたったひとりの人物にすべての希望のきっかけを負っています。
『地のもろもろの国民はあなたの子孫によって祝福を得るであろう』と全能の神が予告された通りです。
神への信頼とは、なんと大きな価値を人にもたらすものでしょうか。










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『女の裔』 聖書を貫く主題

2017.12.11 (Mon)


◆『女の裔』とは何者か

神の創造界には、利己心が入り込むことによって知的創造物の一致は失われ、創造者への忠節な愛を示さないことに於いて、他者とどのように生きてゆくかという「倫理」の問題が起きることになりましたが、まさに人間社会はこの「倫理」において大きな欠陥を背負い込んでいることがはっきりと見えています。

その倫理上の欠陥は『罪』と呼ばれ、創造者と共に永遠に生きて行くことを阻むものですから、アダムとエヴァは『永遠の命の木からも取って食べることがないよう』近付くことも許されなくなり、その子孫である人類もまた、今の状態では短い寿命を過ごせば誰もが命を終えて去ってゆかねばなりません。

アダムには『顔に汗してパンを食べ、遂に土に帰る』という空しい生涯が定められ、その子孫も尽くそのようにされてきました。
しかし、神はこの定めを告げたときに、早くもこの件を放ってはおかない意志を語っていたのです。

その貴重な句は、神がアダムらに堕罪の酬いを告げた一連の言葉の中にあり、そこで神は、『蛇』であるサタンに向かってこう言われます。
『お前と女、お前の子孫と女の子孫の間にわたしは敵意を置く。彼はお前の頭を砕きお前は彼のかかとを砕く。」』(創世記3:15)

神の宣告のこれだけの部分が謎のような言葉になっていますが、実は、この一節の中に聖書全巻を一本貫く主題が込められているのです。


◆最初に語られた人類の希望

内容をもう一度述べれば、『蛇』と『女』の間、それから『蛇の子孫』と『女の子孫』との間に敵意があり、その後に争い続けた結果、『蛇』は『女の子孫のかかとを砕き』その『女の裔』は『蛇の頭を砕く』というのです。これらの四者はそれぞれ単数の者であることを原語は示しますので、『子孫』というのは一人であるように述べられていますから、分かりやすいように、今後はこの特定の『子孫』については『裔』(すえ)と呼ぶことにします。

まず、エヴァから生まれる「裔」とサタンの「裔」という者が存在し、双方には敵意があり、争いもあることでしょう。そこで、女の子孫と言う者はサタンによってかかとを砕かれますが、その子孫はサタンの頭を砕くというのです。
つまり、サタンは『女の裔』に怪我をさせるのですが、逆に『女の裔』はサタンに致命傷を負わせることになります。

『女』とは、『蛇』が直接に騙したエヴァを指したのでしょう。つまり、サタンが関わった相手であるからです。
しかし、ここをアダムとはしないで『女』とあるのには他の意味も込められていますが、それは聖書の内容が展開してゆくに従って、しだいに見えてくるものがあって、聖書全巻に亘る「推理小説の謎解き」のようなところがあります。

この部分は隠喩、つまり例えで構成されていますので、読んでそのまま分かるものではありません。
これを聴いたアダムもエヴァも、それらの言葉を覚えはしても、何のことかは分からなかったことでしょう。

結論を言えば、原始キリスト教の時代から次のように理解されてきました。
つまり、この『女の裔』はキリストを表していて、サタンはキリストを磔刑によって亡き者としましたが、キリストは復活を遂げ、遂にはサタンをまったく滅ぼし去ることになるということです。この予告の言葉が創世記も初めに位置しているところでキリストに言及しているところから、この内容はキリスト教界で「原福音」とも呼ばれてきました。つまり、堕罪後の人類に与えられた最初の希望だからです。

それは根拠のない勝手な解釈とは言えません。
なぜなら、聖書の創世記以降の内容は、この『女の裔』が誰であるかを巡って進んでゆくので、それを辿ってゆくと旧約聖書は将来に現れるひとりの人物に強く焦点を当てており、様々に予告され、それは隠喩を含むと300回にも上ります。

旧約聖書を聖典とするユダヤ教徒は、当然にその予告に気付いていましたから、その将来現れる人物を『約束のメシア』と呼びました。古代には、任命を受ける人の頭に香油を注ぐ習慣があり、『メシア』とは、その「油を注がれた人」を意味します。
これをギリシア語では「クリストス」と呼びますので、これが平素「キリスト」と呼ばれているイエスを表すようになったのです。

ですから、イエス・キリストとは、『女の裔』となるために「任命された人であるイエス」という意味があります。


◆予想外のメシア

新約聖書の福音書の時代、つまり、『約束のメシア』がユダヤ人の中に、『ナザレ人イエス』として現れると、強く反対する人々も現れます。
それは、イエスと神を同じくする当時のユダヤ人たちであり、それも宗教の指導者層でありました。本来なら、もろ手を挙げて受け入れるべき人々が、なぜ神から遣わされた人物を退けたかと言えば、彼らが利己的であり、自分たちが満足できるような格式の高いメシアを望み、下層民に寄り添いいたわるような飾り気が無く廉潔な人物は望まなかったからです。

そのうえ、イエスは宗教指導者層を糾弾する人であり、彼らの面目もつぶされるにしたがい敵意を募らせてゆきます。
彼らに聖典の知識が欠けていたのではありません。むしろ熟知していたのです。

例えれば、旧約聖書のミカの預言書には、メシアはベツレヘムというエルサレムに近いところから現れることが書かれていました。(ミカ預言書5:2)
そして確かに、イエスは父親の本来の里であるそのベツレヘムに両親が逗留している間に生まれています。(ルカ福音書2:1-7)

しかし、当時ユダヤを統治していたユダヤ人ではないヘロデ王の許に、ユダヤの王が生まれたとの知らせが入ります。
自分の王座が危うくなることを恐れたヘロデは、ベツレヘムの嬰児を皆殺しさせるという暴挙に出ますが、イエスの父ヨセフは、これを夢の中で警告されて、エジプトに逃れ、数年を経て北部ガリラヤ州のナザレという目立たない街に住み、大工となって子らを養うことになったのです。(ルカ福音書2:39)

しかし、このことは聖書には書かれていませんでしたから、宗教指導者層は聖典を固く信じて、イエスの奇跡を見てもそこに神が関わっているとは信じません。聖書に従う自分たちが正しく、イエスが間違っていると思うのです。
ですが、どんなに知識や行いを誇っても、それは神に認められるものではありません。

イエスは彼らに『もし、わたしが父の業を行っていないのであれば、わたしを信じなくてよい。しかし、行っているのであれば、わたしを信じなくても、その業を信じよ。』とまで言われましたが、その甲斐も無く、かえって彼らは、奇跡を行い見事な言葉で語るナザレ人イエスをメシアと認めるどころか、魔術を使う騙り者とし、ローマ総督に、圧力をかけてまでして処刑させてしまいました。(ヨハネ福音書10:37-38/マルコ福音書3:22)

使徒ヨハネはこう手紙に書いています。
『神を信じない者は、神を偽り者としているのです。神が御子について証したその証しを、信じてはいないからです。』(ヨハネ第一の手紙5:10)



◆試された心

そこで試されたのは、ユダヤ人の知識や確信や行状ではなく、その心がどうかであり、民を愛する心の柔らかさがあれば、奇跡を行って彼らの難病さえも癒すイエスの価値に気付けたことでしょう。

イエスは彼らの弱点をこう指摘します。
『「わたし(神)が求めるのは憐れみであって、犠牲の捧げ物ではない」とはどういう意味か、行って学びなさい。わたし(イエス)が来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。』(マタイ福音書9:13)

それでも宗教家らエリート層は、聖典に通じ、律法を細かに守っている自分たちこそが神から是認されていて正しいと固く思い込んでいましたし、実際『律法を知らないこの群衆は、呪われている。』という差別意識ある発言が聖書に記録されていて、民衆を救いに値しないものと蔑視し、自分たちは優越感に浸っていたこともイエスに度々暴かれていました。(ヨハネ福音書7:49/ルカ福音書18:9-14)

こうしてエリート層は、自分たちの知識や立場や行いに正しさを感じてはいましたが、その実、心には愛が薄く頑なで、倫理的に見ると神の是認の正反対の状態にありました。イエスは彼らにこう言われます『神に在る者は神の言葉を聞く。あなたたちが聞かないのは神にないからなのだ』(ヨハネ福音書8:47)

それでも、指導者層の中からもイエスをメシアと信じた者も僅かながらいました。
ニコデモスがその一人であり、夜中に目立たぬようにイエスを訪ね、『神が共におられるのでなければ、あなたのなさるようなしるしを、だれも行うことはできません』と言って敬意と信仰を表しています。(ヨハネ福音書3:2)

それでも、ニコデモスのような高い立場で信仰を示した人物はまったく例外的で、彼は指導者層の中にあってイエスを擁護しようとしましたが、イエスの活動がいよいよ広く知られるようになるに従って、宗教家たちは強く反対し、殺意さえ募らせてゆきます。(ヨハネ福音書7:50-52)
彼らは、イエスによって民が様々な病気から癒されることを共に喜ぶことができません。同情心がなく、かえって自分たちの信仰の正しさに固執します。(マルコ福音書3:1-6)

彼らは神を敬愛していたと心から思っていたことでしょう。しかし、「愛の使徒」ヨハネはこう言うのです。
『「神を愛している」と言いながら兄弟を憎む者がいれば、それは偽り者です。目に見える兄弟を愛さない者は、目に見えない神を愛することができません。』(ヨハネ第一4:20)

イエスの活動は、僅かに三年と半年であったのですが、既に三年を経過した頃に、イエスは反対するユダヤ人と激しい論争をして殺されそうになっていました。
その時に、他ならぬメシアに向かって『あなたは悪霊に憑りつかれている』と言い張るユダヤ人らにイエスは『あなたたちは、悪魔である父から出た者であって、その父の欲望を満たしたいと思っている。悪魔は最初から人殺しであって、真理をよりどころとしていない。』と指摘します。彼らがイエスを亡き者にしようと企てていたからです。ここに『蛇の裔』が彼らであることが明かされています。(ヨハネ福音書8:44・48/11:8)

こうして、エデンの園で予告された言葉がその通りに起り始めます。
『女の裔』であるイエス・キリストは、神も人も愛さない高慢な者らによって磔刑に処せられ、『蛇』はその子らを動かして『女の裔のかかとを砕く』に至ったのでした。


◆『蛇』の頭が砕かれる日

しかし、キリストの死は『蛇』の勝利とはなりません。『蛇』は頭を砕かれることになるからです。
使徒パウロはヘブライ人への手紙の中で、キリストの死について、こう書いています。
『ご自分の死によって、死の力を持つ者、すなわち悪魔を滅ぼし、死の恐怖のために生涯奴隷となっていた者たちを解き放つために。』(ヘブライ人への手紙2:14-15)

キリストの神への忠節な愛は死に至るまでに試されましたが、アダムと異なり、サタンの利己心から偽りをすべて退けたため、被造物の忠節と創造者である父の神としての真実さが証明されました。
それゆえ神は、キリストにあらゆるものに優る名と立場を与え、ただ一人永遠性を獲得させ、圧倒的な光の中に住まわせていることを聖書は告げます。(テモテへの第一の手紙6:14-16)
旧約聖書の詩篇の中で、その座するところは『神の右』であり、それは王に次ぐ地位を表しています。(詩篇110:1/ルカ福音書22:69)

しかし、キリストの死の後も、この世の罪深い様子は現在まで一向に変わったところがありません。
パウロもこう言っています。
『神が「すべてのものを彼に従わせられた」と言われている以上、この方に従わないものは何も残っていないはずです。しかし、わたしたちは未だに、すべてのものがこの方に従っている様子を見てはいません。』(ヘブライ人への手紙2:8)

では、それはサタンの『頭を砕き』その影響力を除く日を待っているいうことでしょうか。
やはり、パウロはこう述べます。
『キリストは、罪のために唯一の犠牲を永遠に献げて神の右の座に着き、その後は、敵がご自分の足台とされるまで、待っておられるのです。』(ヘブライ人への手紙10:12-13)

では、『女の裔』が『蛇』の『頭を砕き』、人類から不倫理性が除かれる日はいつ来るのでしょう。
聖書は、『この世』が裁かれるそのときについて『終わりの日』または「終末」として描いて、様々なところに繰り返し記されているのです。
特に新約聖書は、この世の終りがキリストによる世界の裁きの日となることを告げています。







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