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主の晩餐  -綱領-

2016.11.28 (Mon)
主の晩餐

『主の晩餐』(コリント第一11:20)とは、イエス・キリストの最後の晩餐の際に取り決められた会食儀礼であり、出エジプトを記念するペサハ(過越し)の儀式(出埃12:1-20)を踏襲して(マタイ26:18)、同じ日付の晩に無酵母パンと赤葡萄酒を用いる儀礼である。それがペサハとの深い関連性を持つことは、原始キリスト教徒によって「パスカ」と呼ばれていたことに表れている。パウロは『キリストはわたしたちの過越である』としており、出エジプトの事跡が聖徒に繰り返し象徴的意味を持つことを教えている。(コリント第一11:23-26)

その意義は、無酵母パンを通してキリストの体に預かり永久の命に入る(ヨハネ6:15)ことを、また葡萄酒を通して『新しい契約』に入る者が(ルカ22:20)、キリストの血に近い者となることを表している。(エフェソス2:13)その得ている立場は『キリストの兄弟』(ヘブライ2:16-17)、また『神の子』(ローマ8:15-16)であり、この儀礼の表象に与る者は、自他共に認識できる聖霊の注ぎの印を有している。

◆日付について
この儀礼を挙行すべきその日は、キリストの公生涯からの出立がなされ、神の約束のすべてを可能とする道を開く日であったことに倣うべきである。従って、その日付はユダヤ教に寄り添うべきものとなるのであり、この件は第二世紀のエフェソスの監督であった十四日派のポリュクラテースの証言にも立脚する。(コリント第二1:20)
ユダヤ教では、キリストの時代までにペサハをニサン月の14日(民数9:2-5/ヨシュア5:10)ではなく、今日のようにモーセの無酵母パンを食する『七日間』という言葉(出埃12:15-16)に厳密に従おうとして、ペサハの食事(セデル)を15日に行う習慣に入れ替えていた(ヨハネ19:31)が、過越しの子羊がユダヤ教徒の各家庭で屠られなくなっていった習慣の変化も関わっている。
しかし、律法の全体と諸書に従うなら、過越しと無酵母パンの祭りを含めて八日間となる。このユダヤ教体制派の持つ認識上の一日の異なりにより、ペサハで犠牲にされるイスラエルの長子を贖った子羊に対応する『世の罪を取り去る神の子羊』(ヨハネ1:29)としてキリストが出エジプトの前夜に当たるアビブ(ニサン)14日に屠られることになった。

イエスの捕縛がユダヤ体制派の祭日の始まりであるニサン15日の一日前であったことについては、祭司長派が『繰り返し、祭りのときではならない』と述べていること(マタイ26:5/マルコ14:2)、また福音書がイエスの処刑が、安息日に備えて俗事を済ませてしまう『準備の日』と呼ばれる一日の間に行われたこと(ヨハネ19:14・42)、大安息日の始まるまでの僅かな時間に埋葬が行われたこと(ルカ23:54/マルコ15:24/ヨハネ19:31)を記している。パレスチナ・ユダヤ教の安息を伴う15日に入った夜のセデルの習慣からすれば、これらはニサン14日にのみ当てはまるものとなり、14日のセデルは捕囚期以前の過越しの日付けに習うものである。

したがって、イエスと十二使徒のセデルはユダヤ体制のそれに一日先行していた(マタイ27:62)ので、出エジプトのペサハと同じ暦日に行われていたことになる。そして祭司長派によるこの一日の遅れがニサン14日での策動とイエス処刑を可能にしており、キリストの犠牲をイスラエルの長子を贖った子羊として指し示す対型へと導いた。そこでパウロもキリストは『我らの過越し(パスカ)である』(コリント第一5:7)としており、使徒ヨハネはキリストの『その骨は折られなかった』と出エジプトの子羊の骨が折られなかったことの対型を指摘している。(ヨハネ19:33・36/出埃12:46/詩34:20)


そこで、キリストの最後の晩餐の夜(コリント第一11:23)がニサン14日に入った夜であったことは、使徒ヨハネの薫陶を受けた小アジアのキリスト教徒によって守られた14日「パスカ」([Πάσχα]ペサハの音訳)の習慣によって伝えられており、この人々は「十四日派」として知られていた。

しかしキリスト教界は、第四世紀までに反ユダヤ教の感情からユダヤ人のペサハと『主の晩餐』を近い日付に行うことを潔しとせず、キリストの復活が日曜日であったことから、ペサハ後の日曜日に主の死ではなく復活を記念する慶事として差別化を行うようになり、「十四日派」と対立してきた。古くは第ニ世紀前半に、シリアのアンティオケイアのイグナティオスの小アジア宛の書簡の中にもその説得を試みる文面が残されている(マグネシア人への書簡8-9)。以来、何度かキリスト教の会議が持たれ調停が図られたが、いずれも平行線に終わった。

また第ニ世紀の終わりには、ニサン十四日を守る小アジアと復活を祝うローマのエピスコポスであったウィクトルとの間に論争があり、これはエイレナイオスの仲介で分裂を回避したが、その中でエフェソスの監督ポリュクラテスは、使徒ヨハネの伝統が、ユダヤの除酵祭に準じて日付を合わせてきたことを明かしている(教会史V:24)。そこで十四日派に倣うなら、日付は春分の次の満月とはいえない。それは嫌ユダヤのキリスト教徒が復活祭を定める基礎として採用してきた算定方法であり、ユダヤ教と儀礼を共にしない意図からのものである。

ユダヤ教徒のペサハの日付けが陰暦で定められるため、太陽暦を用いるキリスト教が同じ日に儀礼を行う可能性が生じるが、ユダヤ教徒の陰湿な反対に面していた初期キリスト教の時代から、これを嫌う信者が多くなっていたので、聖誕節など他の節会とは異なり、復活祭を移動日とする理由がここにあった。加えて、ユダヤ教徒が土曜を安息するのに対抗して日曜を安息にしたキリスト教徒の根拠付けは、その曜日にキリストが復活したことによる。(キリスト教に安息日の要求は本来は無い。ローマ14:5)
この両者が組み合わされ、本来の『主の晩餐』は「復活祭」に変更され、太陽年の春分の次に来る満月を基準に、その満月の次の日曜の日中を復活日として祝うべき日と定めた。

ローマ皇帝コンスタンティヌスの介入以後、ユダヤの過ぎ越しに沿う仕方での主の晩餐ではなく、天文を根拠とし、春分の直後の満月の次に来る日曜日と法令に定められ、エジプトのアレクサンドレイアのエピスコポスが日付けの算出と布告の責を命じられた。
当時、少数派となっていた「十四日派」はこれ以後否定され、アンテオケア会議(341)に至って古来の習慣を守る「十四日派」に異端宣告が下され呪詛(アナテマ)が為された。第五世紀以降に、パスカは異教の女神に由来する「イースター」とも呼ばれるようになる。
その結果、「十四日派」は衰退を続け八世紀以後にはまったく消滅したとされている。

大半のキリスト教界が推進したイースターでは異教の風習が混入したうえ、本来は出エジプトに由来する『主の晩餐』がキリストの最後の晩に行われ、主の死に関わるものであったが(コリント第一11:26)その意義は否定され、ユダヤ暦からもペサハからも離れ、昼夜の別も問われず、旧約との関わりから独立した復活の慶事に置換されている。
それでもローマンカトリックは、日付けを算定する方法を「コンプトゥス・パスカリス」(Computus paschalis)と呼んでいたところに、ペサハ由来である痕跡が残されている。しかも、聖誕節をはじめとする復活祭に関わらない教会歴日は太陽暦の中を移動することはない。


◆意義について
最初の『主の晩餐』には、キリストを介してユダ・イスカリオテを含む(ルカ22:20-21)十二使徒らだけが預かっているが、この会食は将来に天界に於いて二度目が行なわれることを主自身が明かしている(マタイ26:29/マルコ14:25)。それは終末の聖徒の復活(テサロニケ第一4:16/コリント第一15:21-23)に先立ち、マッテアスを含む十二使徒らがキリストと共に聖徒全体の裁定に預かる時ともなる。(ルカ22:28-30)

それまでの間、地上で行なわれるこの儀礼は、『新しい契約』に預かる者の到来を告げる印となることに於いて『主の死を宣明する』が、それはキリストの犠牲が最初に贖う『初穂』となる人々(ヤコブ1:18)を指し示すからであり、パウロが言うところの『彼の方(主)の到来まで(行う)』とは(コリント第一11:26)、聖徒が地上を去るキリストの終末の顕現の直前まで行なわれることを意味するのであろう。但し、この儀礼が終末にどのような役割を負うことになるかについては、何かしらを予感させるところはあっても明らかにはされていない。

地上に於ける『主の晩餐』は、キリストの死による様々な意義に想いを馳せ、その犠牲の価値に『初穂』とされる人々が預かる定期儀礼である。また第ニ世紀以前の「十二使徒の遺訓」(ディダケー)は、四方の果てからその人々が王国へ集められることを願い求める祈りの言葉を記録している。(Didache9:4・10:5/エゼキエル34:12)

従って、この儀礼に含まれる趣旨が『散らされている神の子たちを一つに集める』(ヨハネ11:52)のであるから、聖霊の賜物のない者が、無酵母パンと赤葡萄酒の二つのエレメントのどちらにも預かることはない。
他方、それに預かる者は聖霊による聖化(ペテロ第一1:2)を受けており、自他共にその極めて高い立場を認識できている以上、幼児でもアルコール依存者でもないに違いなく、「一種陪餐」や葡萄ジュースへの置き換えも無用である。自らの立場を弁えず不思慮に取り入れるならば、『その飲み食いによって自分に裁きを招く』。(コリント第一11:29)
むしろ、律法が過越しに与る者に聖さを求めたこと(民数9:10-11)に類似して、パウロは『古いパン種や、また悪意と邪悪とのパン種を用いずに、パン種のはいっていない純粋で真実なパンをもって、祭をしようではないか。』と説き勧め、行いの聖さを保つように求めている。(コリント第一5:8-11)

この儀礼が行なわれている間に聖徒らが地上に残っているならば、『神の王国』は依然立てられていないことになる。
おそらくは、地上での最後の『主の晩餐』は、生ける聖徒らが地上を去る(テサロニケ第一4:17/黙示11:12)直前に行なわれるのかもしれない。

今日に於いて、十四日派に倣って『主の晩餐』を行なう意義は、聖霊と聖徒の理解を保持しているところにある。(エゼキエル37:21-28)
キリストの臨在する終末の裁きに於いて、聖霊とそれを注がれる聖徒らの働きの大きさと、臨在の不可視とを理解していることをその挙行を通して神とキリストの前に示し、聖霊を介したキリストの到来の際に素早く『扉を開ける』用意の出来ていること(ルカ12:36)を表すのである。エレメントには与らないにしても、この儀礼を行う人々が終末に先立って存在していなくてはならない。(ルカ12:35-37/イサヤ60:1-5)

ゆえに、聖霊の再降下は自動的なものではなく、併せてキリスト教の回復も、地上から強く乞い求められるべきものである(ルカ11:5-13/ローマ8:18-22)。
そうでなければ、聖霊の到来を相応しく迎える者はいないことになり、象徴的な意味で臨在は遠のくであろう。


また、キリストの死は敗北ではなく、勝利であり(ヘブライ2:14-15/ヨハネ7:39)、忠節の全うは彼を完全者(ヘブライ2:10・5:8-9)としている。
その死はキリストの究極の栄光(ヘブライ2:9)であり、対して復活は神の応答(使徒2:24)である。
『主の晩餐』は『主の死を告げ知らせる』ためのもの(コリント第一11:26)であって、「死の記念」を「復活の祝い」に置き換えるべき理由はない。

主の死の記念儀礼の精紳は自己犠牲にあり、主に倣う者がその道を歩むよう促す(コリント第二5:15)ものであるから、慶祝の意味合いは無い。裁きは依然として終末に控えており、キリストの犠牲によって自分に永遠の命がもたらされたと喜ぶべきでもない。
古来ペサハを行ってきたユダヤ教徒において、今日でもペサハ後の期間を服喪の精紳で過ごして慶事を避けつつシャブオート(五旬節)の悦びに至ると言われる。それはペサハが持つ『苦しみのパン』(申命16:3)とも呼ばれる無酵母パン(マッツァ)を食すことの節制と清さに影響されているとされる。

『神の王国』の贖罪の前に、主の犠牲を感謝できるのは、『新しい契約』に預かり、仮の贖罪を受ける『聖なる者』だけである。キリストの犠牲の表象に預かるからである。それでも彼らにはキリストに続いて自己犠牲を捧げる覚悟が必要となる。(ペテロ第一3:6)
そこで「キリスト教徒の過越し」(コリント第一5:7)となったキリストの犠牲の死を自分たちの救いの確定の祝いであるかのように誤解するなら、『主の晩餐』の精紳を汲んでいるとは言い難い。


◆挙行について
過越しには、他の祭りと異なり、月遅れの代替日規定が律法に有ったことからすれば、「必ず行うべきもの」と強調されていること、また、また、その機会を逸する理由に不浄が挙げられているところに「清さが求められる」べきことも明示されていることになる。
キリスト教に於いては、まさしく無酵母のパンは『罪』なきキリストの体を表しており、ユダヤ教も『無酵母パンの祭り』を含め『過越し』(ハグハマツォートではなく、ハグハペサハと習慣的に呼ばれた)を厳粛なものとして捉えており、五旬節(シャヴオート)を迎えるまでは慶事を控える。

もちろん、ユダヤの暦が完全ということにはならないが、小アジアの十四日派はユダヤの祭礼に準じたとの証言がある以上、その復興を目指す場合には、個人の都合はもとより天文にも従う理由をもたない。それはユダヤ人にニサン14日と呼ばれる日に行うべき理由の方が大きい。主は、ユダヤ教徒の一日遅れのセデルの故にその前日に刑死を遂げられたからである。そこでペサハシェニー(民数9:9-11)を再考すると、律法に対する成就という次元上昇を思い見る。その月遅れの規定があることにより、律法を守る者が必ず守るべき最も重要な祭日がペサハであった事を示し、且つ、清さが要求されてもいたことから、厳粛な性格が表されていたことになる。

『主の晩餐』を『過越』に倣うものと見做す場合、各家庭で行われるものであり、一頭の子羊を食すに相応しい十人程度の集合にまとめられていた。また、『無酵母パンの祭り』と異なり『過越』はアツェレト(聖会)を伴うものでなかったこともこの一晩のみの密やかな祭事の特性を示している。

使徒時代以降のキリスト教では、聖書に挙行の例がないながら、エクレシアで行われていた可能性がある。
この点について新十四日派としては、特に規模を定めないでおくことが良いと思われる。それは終末にどのような危急の事態が起こり、且つその中での挙行を要することも予想されるため、その点では各家庭や個別の場所での挙行は外部からの妨げに対応し易い可能性が高いからである。実際、キリストはユダ・イスカリオテからの妨げに対処し、内密の内に挙行場所を確保されている。
しかし、平穏な環境で行えることが確かであるなら、より大きな集合体として行うことを禁じるほどのことではないとも思われるが、余りに規模を大きくするなら、本来的に静謐な雰囲気を持つこの儀礼の特質は損なわれる危険がある。

加えて、出エジプトでの『過越』に於いても、キリストの『主の晩餐』に於いても、公共性はなく、広く一般に出席を促す性質のものではない。聖徒のほかには、この儀礼の意義を悟り、その挙行に価値を見出す信仰ある人のみが参加すべきであり、万一妨害の疑いある者に対しては、キリストがユダ・イスカリオテに対処した事例に倣う必要が生じるかも知れない。


◆参加の有無
今日に、例年のニサン14日に『主の晩餐』の挙行に進んで参与臨席しない人を、「新十四日派」また、その賛同者と見做すことはできない。当派は、『主の晩餐』をキリスト教に於ける最重要儀礼として認識するものだからである。
今日もし、誰かが望みながらも万一パスカを行うことが出来なかったのであれば、出来なかったのである。理由にもよるが、それがその人の価値観を疑わせるものとはならない。また、その挙行が救いをもたらすわけでもない。
しかし、それが聖徒である場合には、深刻な自責の念をもたらすものとなろうから、周囲の信徒らはその参与の介助に能う限り協力すべき道義的責務がある。
また、信徒であれ、聖霊の降下による主の臨御を地上に待つ姿勢を見せる者らが存在することを神の前に示すことを重く受け止めるなら、置かれた状況の中で、その人なりに最善を尽くそうと思うに違いない。
従って、行えるにも関わらず、行わないなら、その人に十四日派再興の意志、また聖霊降下の願いを見ることはない。



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エホバの証人の差別化による義

2016.11.16 (Wed)

エホバの証人は自分たちの行動の良し悪しが神の名声に関わると考えています。
自分たちが行動に於いて周囲の人々と異なっている事が救われる証しであると信じているので、他の人にもその行動様式を守らせる事、つまるところそれが伝道の目的になっています。

その口実として、つまりはそれが御名に関係していると主張し「エホバ」と名付けた聖書の神を、その名を称えてこの世に対して代表しているということです。
しかし、そもそも神の名声とは本当に彼らの行動に左右されるものでしょうか?
もし、そうなら聖書が予告するように終末で神の名が高く上げらるというのは、証人の行状無しには起こらないことになるでしょう。

しかし、そうではないことは証人自身も知っているはずですが、「神を代表する」という意識を教えられているので、自分たちの「新しい人格」を身につけたための「清い行状」が自らを救うだけでなく、人々を引き寄せ、それが延いては神の御名を高めると信じているのです。

ですが、これは他の人々に同じくアダムの罪を陥っているにも関わらず、義人の仮面をかぶることになり、実際の倫理性では他の人々と変わらないところを、一定の道徳律を守ることで神の是認を受けていると妄想するものです。
実は同じ「罪の状態」にあるにも関わらず、救われる証人と、滅ぼされる世の人という、二つの区別が生じ、レッスン生や未信の家族はその中間を占めることになるのでしょう。一度信者となって離れた人々には教団全体はもちろん、家族、親戚、友人であっても無視するという制裁が加えられ、そこで差別化も極まります。これを余りに異様な事と感じられるかも知れませんが、「エホバの証人 忌避」でネット検索するなら、無数の実害を見ることになるでしょう。

また、証人だけが神の是認を得て救われる理由というのは、輸血を含む悪行を避け伝道という善行に努めることでキリストの兄弟とされる油注がれた仲間を助けることになり、それが彼ら自身の義の根拠ともなって、それがハルマゲドンで滅ぼされない条件であると日々繰り返し教え込まれているからでしょう。しかし、本当にその行動規準による「義」が永遠の命をもたらすところなのでしょうか。(『ハルマゲドン』とは本来そのような最終的な滅びを意味しません)

もちろん、このような質問について考えることすらエホバの証人であれば避けることでしょう。永遠の命が脅かされているとばかりに洗脳教育されているからで、実際には『なにが義であるかを自分では考えない』ので、信頼できそうな権威をふりかざす他人の矛盾した信仰に言うなりになることを通し、神を「滅ぼす方」としてしまい、実は内心怯えつつ神を意図せずにも「恐ろしい方」として暗に非難しているのです。
証人は、その教えによって神WHWHに滅ぼす役割を与え、他方で組織が救いの箱船であるという印象操作を間断なく行い、多くの人々に神を恐れさせて取り込み、救いを与える組織信仰に頼らせてきました。
そこで、中途半端に聖書に従うその独自の道徳規準は、実際には人々が神よりも「組織」に頼り、惜しみなく支持し、片時も忘れることのないよう巧妙に仕組まれたものになっています。彼らの言う「霊的ライフライン」とは、その依存性が薄れないための思考操作の事を言う言葉となっています。

神の裁きから救い出してくれるのが「組織」であり、「組織」と結びついているならこの世の滅びから救われるというので、つきつめると頼るべきは「組織」の方です。そこで頼ってきた人々に好き放題、恣意的な支配を行う喜びを指導層も各集りの長老たちも隠して来なかったようであり、これらの人々が主なトラブルメーカーとなって、信者に多くの迷惑をかけてもきたわけです。
ですが、それが正しい「神への怖れ」でないことは、集団の表面を道徳的に取り繕うにしても、それが生み出す実によって明らかです。

しかし、どれほど善人を装うとしても、内実はキリストの贖いを必要とする『罪人』なのであり、証人の架空の「義」は信者に間断のないストレスと、悪行を揉み消す誘因とを与え続けるものともなっていますが、それが神からの是認の実感を得させるものとされてしまっています。
その先にあるものと云えば、行状による周囲への偽善的優越感、または、一定の基準に達しない時の劣等感などから精神を病むことのふたつの害であり、これらは実際に特徴的にこの団体の中に観られるところなのです。
しかし、人間というものは、エホバの証人が思う以上にナイーブで傷つきやすいということなのでしょう。人間というものの実態を無視した命欲しさからの人間の単純化が横行しているのがこの集団の特徴です。それは信者である人には苛酷であり、組織上層にとって旨味があるところは正体を隠した奴隷制度というべきでしょう。

エホバの証人の道徳的な外見は、一見するところでは外部の人々からは誠実で親切に見え、社会の模範でもあるような団体に入信する人々は魅力を感じて引き寄せられるのでしょう。
品行方正で組織を宣伝していれば神の前に「義」と見做されるというのは余りに短絡的に「アダムの罪」を軽く見ているだけでなく、周囲の人々にたいして傲慢というべきでしょう。

彼らの義の外見は造られたもの、「イミテーション」であり、人間の努力の範囲に留まる「この世に通用する義」であって、それが神の前に「救い」をもたらすわけではありません。それはパリサイ派が陥った罠であり、エホバの証人は聖書に描かれたその偽善にわざわざ自分たちから落ち込んで、悦に入っているのです。どうしてそのようなことで神の御名が高められるものでしょうか。

では、御名の清めが証人の善良さに依存しないとすれば、それまでの間に証人がその行状によって神の名を汚さないようにするというのは、神のためであるのでしょうか?

いえ、証人たちの自己救済の正当化のためという以外に答えもないでしょう。
もしそうでないなら、神の御名の聖さは証人に依存していることになってしまいます。
その理屈でゆけば、証人は裁きを許され、既に神を代表していることになり、聖霊も注がれていない罪ある只の人が「自分は聖い」と主張していることになるのです。

ですが、神の御名を清めるのは神自身であるという、このあたりの証人たちの意識ははっきりとはしていないのが実情らしく、その原因といえば、彼らが「この世の終りを生き残る」という刹那的な事を信仰の目的としてしまい、聖書を保身の方向から読むので、神の意志を探るよりは、自分たちが生き残りたいので、人々の間で決め付けを行って、自分たちだけは救われることにしたいからです。
ですが、それは神への願望の押し付けであり、神がパリサイ人の独善を不快に思われていたのなら、エホバの証人についても同様に感じられはしないでしょうか。
それは偽善であり、その道徳性の動機は自己保存の願望にあります。もし、この精神を持ってキリストの時代に生きていたらパリサイ派か律法学者に喜んでなっていたことでしょう。

ですから、むしろ彼らの外の「世にも善い人は居る」、またエホバの証人であっても「個性の強い人」という表現によって倫理性に問題のあるメンバーを認めざるを得ないのが彼らの正直な感想であるでしょう。エホバの証人になったからと言って、神の前には倫理性に於いて他の人々と何も変わらないからです。ですから、証人の信条は本当に終末の裁きに直面するとき、見境なく組織にしがみ付くほどに、却って危険なものとなるでしょう。そして、実際に組織は道理に合わないと思う事があっても組織に従い続ければ永遠の命に入ると教えているのです。

終末の重大極まりない神の裁きを前にして、個人の思考力を奪うことはどれほど破滅的でしょうか。しかも組織はその責を負うことはありませんしできません。統治体も長老らも現在進行中の幼児性虐待隠蔽の裁判でどれほど苦しい言い逃れを続けてきたかを考えれば、遙かに難しい人の救いなどにどうして神の前に責を負えるものでしょうか。むしろ、この組織は終末の裁きに到底耐えられないでしょう。もちろん、統治体に聖霊などは注がれているわけもなく、彼らに奇跡の賜物など期待できず、その教えさえレベルの低い教訓と、矛盾した文章の羅列に堕落している現状があるばかりですが、それを指摘する者には誰であれ「背教者」と吠えかかり、正義感に燃えて排除しようとはしても何かを顧みようとはしないのです。彼らは正しい事が何かを探しているわけではなく、自分たちが滅ばされ、永遠の命から除外されないことに必死なだけです。さて、神はそんな保身目当ての信者らを生きながらえさせるのでしょうか。

加えて、教団の唱える「宇宙論争」というヨブ記を正反対に誤解した理屈でも、「神の主権」の正当性を証しするのは証人たちであるとしているのですが、これでは「神は証人たちの義の行動を必要としている」ことになります。(まして「神の主権」という概念を持ち出すこと自体が神を誤り伝えるものなのですが)⇒ヨブ記の結論

では、証人は何をもって自らを清いと判断しているのでしょうか?
ひとつには、新約聖書中の『聖なる者ら』に要求された道徳規準を守っているからとされているのですが

新しい契約に預かっていない人々がどれほど清さを誇っても、それが神の名を清めることにはなり得ません。
なぜなら、聖なる者らが表す清い行状ですら、それに神の名声は依存しないからで、油注がれた彼らが清い行状を保つのも、神の名声を汚さないためではなく、キリストの血の犠牲に預かり罪を許されたキリストの契約について忠節を表しているからです。(コロサイ1:12)

まして、『新しい契約』になく、現状で『神の子』とされていない只の人がどれほど行状の清さを示そうと、それに神の名声は左右されるわけがありません。

むしろ、人に宿るアダムの罪の重さを取り繕うような事になり、そこではキリストの犠牲の価値が低められ、証人は自分たちが恰も清く取り分けられた者として他の人々を見下す傲慢がどうにも避けらないことになり、実際にそうなっております。
つまり、これは罪人と交わるキリストに激しく反発したパリサイ派の精神そのものになっているのです。

そのうえ、自らに宿る罪ある傾向を取り繕ろい、清さを装う不自然さが、様々な無理をもたらし、証人の生活に無用な緊張感を高めていて、これが証人たちの間に多くの苦しみと偽善とを生んでしまってもいるのは、既にこの団体を離れた人々、また依然として留まっていながらも「覚醒」した方々の苦衷を記した許多の記録にも明らかです。

例えれば、証人はこの偽善的清さの根拠を捏造するために、一般の人々からの差別化を行う必要に迫られます。
それが、道徳的生活の強要であったり、輸血拒否であったり、様々な制約を自らに課すことになっているのです。また、その強い緊張が精神疾患の原因になっていたり、家族の不和の原因であったりすることに正直に向き合おうとせず、それらが明らかになることが神の名声に関わると見傚して隠蔽するのですが、それが大いに間違っていることは、証人であっても幾らか冷静に考えれば判断できるものでありましょう。

エホバの証人が唯一神に是認された信仰者であるという「義」が、信者の中でどうして成り立つかと言えば、それで彼らが周囲とは異なる「行いの義」を用いるほかありません。
周囲との異なりを作り出し、際立たせることによってエホバの証人の「義」は初めて作られているのですから、これは他者との比較によってはじめて成立する「義」であり、これは果てしない競争を呼び起こすもので、人をして極端に走らせるものとなるものです。

この点で、輸血拒否など、この集団を極めて特異なものとして周囲に印付けるのに格好の戒律となっています。
ときに、うやむやにされるケースもあるとしても、この戒律を守るために命がけの危険を冒す姿は、周囲に驚異と格別の配慮とを要求しますが、信者にあってはこの宗派だけが神の要求に従順であるという自己義認を得させるのに強い効果を持っているといえましょう。

この療法の拒否が命に関わる場合に在っては、特にこの戒律を守ることが宗教組織の清さを維持するか否かに関わってくるので、輸血を許した信者に対しての制裁には非常に強いものとなり、かつては「排斥」が検討されましたが、現在は一様に自ら組織から脱退を意味する「断絶」したと見做すという処置に変更されています。

いわば「口封じ」というべきでしょう。なぜなら、証人を辞した者とは「挨拶の言葉もかけてはならない」とのヨハネの手紙の句をまったく捻じ曲げた適用をして、家族ですら忌避する制度が存在しており、驚くべきことに証人たちは、その非人間的、非人道的戒律に従ってしまうのです。これは「永遠の命」の望みが断たれると信じているところからくる異様な洗脳なのですが、この人たちにとってそれは「愛ある行い」だとさえ言うのです。忌避が「自分にして欲しいことを他の人にもする」ことかどうか、それが「懲らしめ」という名の虐待であるばかりか、自分自身をも傷つけてまで教団をただ守ることにだけ貢献していることに気付けるほどの賢さは失われているのでしょうか。

また彼らにとって、他の宗教や宗派に対する嫌気から、崇拝はもちろん行事に参加することさえエホバの証人としての資格に関わる事柄となりかねません。
そこで、友人、知人はもちろん、親族、家族の冠婚葬祭への出席をも避け、周囲からの反感をさえ買うことによって、その「清さ」が演出されてしまうのです。その結果、儀式に拘ってしまい、本質的な喜こびや悲しみを周囲の人々と共にすることができません。そこまで周りの人々とは違う自分に関心が向いてしまっているからでしょう。神のためなどと思うとすれば、それはまず欺瞞です。

その共感性の無さは、死亡告知の知らせを用いて「復活の希望」を見知らぬ人々に知らせようと手紙を書くような「伝道」に表れているのでしょう。もちろん、伝道するご本人はたいへんな善行をしているおつもりに違いないのですが、遺族の心情に共感は持っていらっしゃらないからこそできることでしょう。いかに永生がありがたくとも、ソロモンが嘆きの家に居ることが宴会に勝ると語るほどに死は厳粛なものです。

その伝道者が亡くなった方を知っていて、また親しくしていたのでないのならば、あまりに大きな喪失感に見舞われている遺族にどうして寄り添い、苦衷を共にできるものでしょうか。そうでないなら、そこに「復活の希望」などを持ち込むそれは不快な「人の弱みに付け込む信者集め」としかなり得ないことが分かりそうなものですが、死を通して知らされる人の命の重さへの共感の無さが、あるいはものみの塔という宗派の教理の為せる業なのでしょうか。彼らにとってひとりの人の存在とはそれほど軽いのでしょうか。

同様に、職場や学校に於いても様々な汚れを神経質に避けている事によっても、この宗派の「義」が造られてゆくのです。
これが「エホバの証人の義」であって、そのすべてが人間同士での比較に成り立っており、聖霊の奇跡のような神からの印は何一つ挙げることができません。にも関わらず、彼らは唯一神から是認されているというのです。これはひどい詭弁ではありませんか。

契約から逸脱したイスラエルであってさえ、預言者らが遣わされ、メシアの到来と新たな契約が予告されていたのであり、到来したメシアは自らの犠牲によって聖なる油注ぎを行って『聖なる国民、王なる祭司』となるべき民を集め出したのですが、エホバの証人には到底関わりのないことで、精々が主の晩餐で表象物を飲み食いしたか否かの程度の印をとやかく言うばかりの程度です。その『主の晩餐』でも、主の死の厳粛さよりも、その犠牲で楽園行きが決まったかのような祝いの雰囲気が支配しているとのことで、内部からも疑問の声が一部に聞かれるとのこと。

しかも、神の是認をもたらすという、ものみの塔が信者に要求している規準は、聖書の字面を追ったばかりのものであり、新しい契約が律法契約に優越する意味が理解されず、そこで「律法の原則を当てはめる」と称して、「行いによる義」が差別化の中で混ぜられ、いつの間にかパリサイ化を起こしているのですが、信者はその指導を神からのものと信じてキリスト教の実践であると現に思い込んでいるのです。

それは、彼らも同じく罪ある者であるにも関わらず、自分たちを他者とは異なり清いとするための捏造された人間の義のために空しい演出の努力でしかなく、自己満足な行いであるばかりか、周囲に不要な迷惑を及ぼし、自らも傷つけるという、全くキリスト教らしからぬ行為というほかないのです。

その関心は神にも隣人にも無く、ただ自分が神に嘉され、救われることに向かうばかりであり、その宣教にどれほどの犠牲が伴うとも、自己満足が根底にあり、その動機は利己心にあるという以外にありません。即ち「永遠の命」というご利益を受けるか否かという欲得を中心に伝道しているのではありませんか。しかも、浸礼を受け模範的であれば、それは約束されていると思い込んでいるのです。そこで「全人類への救い」というアブラハムに示された神の広く寛容な意志は無視され、独善に染まったパリサイ人の精神がぬくぬくと育てられてしまっているのです。

もし、証人の動機がキリストへの共感にあるならば、自らに罪を認め、罪深きに寄り添い、助け合うほかに何があるでしょう。
もちろん神の経綸を知らせることが、苦難の世に生きなければならない事情を知らせ、神の創造物として復帰される希望を持つよう互いを鼓舞することは、キリスト・イエスが単に憐れみと癒しを行う人ではなく、『神の王国』が近付いたと教えた姿に倣うことです。しかし、エホバの証人は『神の王国』を自分たちの理想世界に仕立て上げ、神との関係の回復という最重要な事柄を、快適に生きる永遠の時間という欲得に置き換えてしまったのですが、これはまったく本末転倒です。

そのうえ、その王国が既に到来したことにして自分たちで独占してしまい。証人は自分たちの道徳規準から外れた仲間を忌避し、切り捨て、家族にすら当然与えるべき助けも、情愛も断たせている。これはキリスト教からの著しい脱線であり、一般常識以下の「行いの実」を表すことであり、その「実」で判断するなら、『偽預言者』という以外にありません。

しかし、それを悟ったからと言ってエホバの証人のほとんどの方々が、この信仰の形から出ることもないように思われます。その理由の第一には、集団からも各個人からも忌避され、『挨拶の言葉もかけてはならない』の句の本来の意味は外部からのからの紛らわしい異教の分子に対する戒めであったものを、弱った仲間やものみの塔の誤謬に気付いて去ろうとする人々に適用して、組織の安泰を図り、圧政国家と同じ野蛮な制裁を加えるのです。

そこで、内部に留まる人々との関係を無下に断ち切れない事情が作られてしまうのですが、実によく信者の囲い込み制度が整った宗教団体と言えます。これはもちろん褒め言葉ではなく、非人間的な横暴というべきでしょう。

加えて、信者ご本人には、信仰歴が長いほどに「埋没費用効果」(サンクコスト)が働いて、よほどに廉潔でもなければ、生き方を信念に合わせることが難しいことが多いでしょう。そこで、しかたなく、惰性で組織に残って活動を続けもするでしょう。

こうした人間の弱みを見事に捕えて、信仰の外面だけでも何とか保たせる理由と言えば、教勢と寄付金の維持なのでしょう。
これは純然たる宗教とも言えませんが、他所の宗教でもまま見られるような事で、ただ、ものみの塔の場合には、より極端で過酷であるということなのでしょう。やはり、この世には聖なる領域がどこにも存在してはいないようです。

もし、ものみの塔がこのあたりを改善するなら、却ってこの組織の株も上がる可能性も有りそうですが、そこまで廉潔な指導部に恵まれているかと問えば、見るところ難しいと言うほかありません。

そうであれば、証人の一人一人が、自らの境遇に照らして対応を考え、賢く立ち回るほかありません。
ひとつ言えるとすれば、この組織相手に内部からの弱い立場でまともに異議を唱えてぶつかるだけの価値は無いように思えます。
なぜなら、この集団を見るに「話せば分かる相手」であると証人の方々は思えるでしょうか?
もし、そう思うなら、それは危険なことであり、確実に損失を害を被るでしょう。
この組織は儲けや保身のためとなれば、道徳にもとることも躊躇してきませんでした。それをこの世の裁判所に対して行ったのであれば、証人個人にはどういうことをするのでしょうか。既に、忌避制度は罰則として誤用され、清さを守るのではなく組織をあらゆる正論から守る「口封じ」のために縦横に活用されているではありませんか。

証人の方々が安心感を抱いて参加しているその組織の清さとは、そこまで弱々しく、内部は圧政的な狼の巣食う、隠蔽の砂の上に建てられた家なのです。それを存続させているのもまた証人の方々となっているのです。
しかし、証人の皆さんには、ものみの塔の分断圧力の中に在って難しいながらも、純心である、また、賢い行動は何かを考える機会が開かれてもいることでしょう。様々な「差別化の義」から解放されるなら、人の実態に適った見方が可能になり、組織の都合で造られた「人の義」を去って『神の義』を求める道に入ることができるでしょう。





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「兄弟」の呼称について -綱領-

2016.11.05 (Sat)
信徒は互いを兄弟と呼ぶべきか


山上の垂訓をはじめキリストは「兄弟」の語を何度か用いるが、律法契約にある同朋の意味で使用している。(マタイ5:23・47)
これはイエス・キリストが律法に従うユダヤ教徒であったことを反映している。(ガラテア4:4)
イスラエルはアブラハムの嫡流としての約束の相続が関わる神との格別な立場にあり、律法契約はその選民としての更なる絆を形作って、それぞれの部族にあっても連帯感を持ち、互いを「兄弟」と呼んでいたことを背景としている。

聖霊降下のシャブオート後のイエス派内では、異邦人改宗者も七人のディアスポラへの援助を担当したディアコノイに含まれており、同朋の扱いを受けている。(使徒6:5)
この情況はイエス派内に在って聖霊降下後コルネリウス前のエクレシアでも変わらず(使徒7:2)、ペテロ訪問の時点でも無割礼のコルネリウスは「神を畏れる者」[φοβύμενος]とはされているが「兄弟」[ἀδελφῶς]とは呼ばれていない。無割礼では、律法に従う者と看做されないからである。(使徒11:1-3)従って、同朋とは契約と律法遵守が関わることがわかる。
一方、コルネリウス宅を訪れたペテロの仲間は「兄弟」と記されているが(使徒10:23)、彼らは明らかにユダヤ教イエス派であった。(使徒11:12)

聖霊降下の後のイエス派内に於いても当面の間はユダヤ教として血統のイスラエルを「兄弟」また「同朋」とする習慣(出埃2:11)は強く残っており(エステル10:3/ネヘミヤ5:8)、そこに無割礼の異邦人で聖霊に預かる人々が増えるに従い、西暦49年頃に行われたエルサレム使徒会議を招来している。

その間、無割礼異邦人聖徒をユダヤ人聖徒らがどう見做すかについて不安定な時期があり(使徒13:26)、ヘブライスタイは、異邦人信者は改宗者と同じく割礼を受けなければ「救われない」と主張している(使徒15:1)が、これは敬虔で聖典に忠実なユダヤ教徒としてはごく自然な発想と言える。(創世記17:10-14)

しかし、エルサレム会議でのヤコブの裁定は、諸国民が無割礼のままで、当時のユダヤ人主体であったエクレシアに交わることを認め、ユダヤ教のシュナゴーグでの「神を畏れる者」フォボメノイ[φοβούμενοι]としての参加条件を課すだけに留めた(使徒15:29・20-21/21:24-25)。
この画期的な裁定の理由は、聖霊の降下が無割礼のままの異邦人に臨んだこと(使徒15:12・28)、またペテロは律法契約そのものを守らせる必要のないというところまで踏み込んだ発言をしていることによる(使徒15:8-10)。
こうして、割礼の問題を通じて律法契約下での同朋関係から、新しい契約下での同朋関係へと初代の弟子らの中に新たな絆を築いて行く道筋が付けられている。

律法の終了については、後のパウロ書簡にも表れるように最終的に律法の無効が宣せられ(ガラテア3:23-25/コロサイ2:12-14)、更にヘロデ神殿の破壊によって律法祭祀などが不能となって律法の無効は確定的となってゆく(ヘブライ8:13)。
その間、既に『新しい契約』が発効し始めていたので、実質的にキリストの死は律法の『犠牲を廃した』と言える。(ダニエル9:27/ヘブライ10:2-4)

パウロはエルサレム会議の後に、書簡の中で異邦人聖徒も含めて『神の子』であることを記して(ローマ8:14)おり、『キリストの血によって』双方の民の間の『隔ての壁が取り除かれた』とも書いている(エフェソス2:11-18)。異邦人聖徒も『聖なる民』であり、『神の家族』であるとも述べる(エフェソス5:3/ガラテア3:28-)。

神を創造者の意において『父』とする概念はキリストの当時にユダヤ人は有していた(マタイ5:16/ヨハネ8:41)ものの、『神の家族』となるという概念はそれまでになく、「神の家の子となる」とは律法に従うユダヤ教の隷属を超える自由人となることを意味するとキリストは予告していた(ヨハネ8:34-36)。
キリストは神を専らに『父』と呼ぶように『神の子』であったが、信仰する者をその血で『新しい契約』に招いて贖い、聖霊の印を以って(コリント第二5:5)その『兄弟』として弟子らを自らと同じく神を父とする立場に立たせた。(コリント第一1:22-24・6:11)

パウロの書簡では、出自に関わり無く『兄弟』(アデルフォス[αδερφός])といえば『聖なる者ら』を指すことがほとんどを占めている。そこにはユダヤ教のようにイスラエル同族と「改宗者」(プロセーリュトス[προσήλυτος])を区別する(使徒13:43)姿勢はない。彼は無割礼の異邦人であっても聖霊が顕現している信者をも同朋として受け入れ、彼らが『召し』を受けた者であり(コリント第一1:26)、異邦人を含めた彼らの『市民権(ローマ市民権を含意)は天に在る』とも記している。(フィリピ3:20)

ペテロは非ユダヤ人に向けて書簡を書いており(ペテロ第一2:10)、その諸国の人々に向けて『真実の兄弟の情を得た』と書いている(ペテロ第一1:22/第二1:7)。また『すべての兄弟ら』との一体性も説いている(ペテロ第一2:17)。
これら異邦人の『兄弟』もすべてが文脈から『聖なる者』であることはパウロ書簡同様に明瞭に見て取れる。(ペテロ第一2:5・9/第二1:10)

またパウロは、聖餐を示して『パンは一つであるから、わたしたち多くの者も一つの体なのである。なぜなら、わたしたち皆が一つのパンに与るからなのだ。』と述べる。(コリント第一10:17)
また、『わたしたちも数は多いが、キリストに結ばれて一つの体を形づくっており、各自は互いに部分である。』(ローマ12:5)
そこで外地のエクレシアでは、キリストの体に預かるところの『新しい契約』に属する聖霊を介した同朋関係の意識が支配していたであろうことが見える。

しかし、ユダヤでは事情は異なっていたことがヘブライ人の手紙から観察される。
この書簡では、ヘブライストのイエス派聖徒に対して、異邦人の聖なる者らを『兄弟と呼ぶことは恥じない』ようにと促している(ヘブライ2:11)。同時にこの句は『律法に熱心な』ヘブライストの弟子ら(使徒21:20)が離散のヘレニストと異なって、異邦人聖徒を「兄弟」と呼ぶことに躊躇や羞恥があったことを示している。
この過渡期に在って、律法体制下の同朋関係と、聖霊による同朋関係のせめぎ合いが存在していたことも新約聖書は示唆している。(黙示2:9)

またこの句は、イスラエルの血統にあり、律法が様々に規定した『同朋』の範囲を超えるよう説き勧める言葉であると同時に、パウロの論議に従って、異邦人が『キリストの血によって近しい者となった』(エフェソス2:13)のであり、その身分は『キリストの兄弟』(ローマ8:28)にして『神の子』(ローマ8:14)であることに沿う。
またヘブライ人の手紙では、『聖なる兄弟』という言葉も使われ、『天に召される人々』であることも明らかにされている。(ヘブライ3:1)

ヨハネは、『兄弟』が『神から生まれた者』であるとしている。(ヨハネ第一5:16-18)
それはヨハネ福音書にある『水と霊から生まれる』『神の王国に入る』者のことを意味しており(ヨハネ3:5)、水の浸礼の後に聖霊をも受ける者を指している。(使徒2:38)

『聖なる者ら』が、人類に先立ってキリストの贖罪を受けた状態に入っていたのである(ヘブライ8:12)ゆえに、神に向かって『アッバ』と呼びかけることが(聖霊によって)できた(ローマ8:15)のであれば、その立場はキリストに並ぶ程に高いものである。(ヘブライ2:11・17)

そこで、聖霊の注がれていない者同士が『兄弟』と呼び合って当時にちなむことは、却って『聖なる者ら』の類い稀な立場を卑しめることになり、それは神の前に謙虚な姿勢とは言い難い。使徒時代にも『偽兄弟』はパウロらの遭遇した危険のひとつに挙げられており(コリント第二11:26/ガラテア2:4)、使徒後教父の時代にも、聖霊の注ぎを偽る者らが居たことを伝える資料も残されている。(ディダケー11:7/牧者11:13)

殊に、終末の裁きで『羊を山羊から分ける』に際しキリストの『兄弟ら』が分離の媒介となることをキリストは明言している(マタイ25:40)事を考慮するなら、その呼称を信徒が用いることは、終末に於いて人の裁きに関わる『偽兄弟』の謗りを受ける危険も孕むことになり兼ねない。(ガラテア2:4/黙示2:9)
<これは『不法の人』や「脱落聖徒」との関連が生じるのかも知れず、その場合に、真実の聖霊なく兄弟を名乗るなら、終末に於いて人々を『背教』へと惑わす罠と自ら変じる危険もある>

『兄弟』と呼ばれる聖徒以外のあらゆる人が、裁きを前にした罪人であることを謙虚に認めなければ、『神の王国』による贖罪を必要としていることを示せないであろうことは理の当然であり、神の経綸やキリストの犠牲への敬い無く、『罪』なき者のように振る舞うべき理由はない。

したがって、キリスト教信奉者の間で『兄弟』また『姉妹』の呼称が親近感や団結性にどれほど効用があるとしても、上記のような認識を持つなら、神との契約関係という圧倒的に重要な事柄がそこに関わっている以上、これらの呼称を聖霊の注ぎのない信者間で用いることは憚られるに違いない。




「誰がアデルフォスと呼ばれたか」




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