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2015年の「主の晩餐」を行いましょう

2015.02.13 (Fri)

2015年のパスカ

今年の「主の晩餐」を行うべき満月の晩、4月3日の金曜日が近付いています。
これは、キリストの犠牲の死が多くの人々、殊に人類の『初穂』とされる『聖なる者たち』を贖い、『キリストの王国』を来たらせることに深く関わる儀礼の夜となります。

その由来はたいへんに古く、イスラエル民族がエジプトで奴隷生活を送っていたとされる、今から三千年以上も前に遡るものです。
そして、イエス・キリストの最後の晩餐と、イスラエルのエジプトでの最後の晩餐には深い関連があるのです。

そこには深く、ただならぬ意味が込められていることは明らかで、ユダヤ人はその晩を、過去と現在と将来をつなぐものであると言います。
キリスト教であっても、その意味においてこの夜には特別な意義が付されるべきものと言えます。
その理由を、まず過去から振り返ってみましょう。


◆長子を救った子羊


ユダヤ歴のニサンの月の14日の始まる夜は、太古のイスラエル民族が奴隷状態に置かれたエジプトを出ることを実現させた晩として、代々語り継がれるべきものとされました。

その晩に食される子羊の血を、家々の入り口の鴨井と柱にはねかけることにより、その家の長子は命を保ち、そうしなかった家々では長子の命を失うことになったのです。

神の使いは、血のふりかかった家を過ぎ越して、他の家の長子の命を奪って行ったので、この出来事と、以後にその晩を記念する祭りとは『過越し』と呼ばれるようになります。

長子の落命はファラオの皇太子といえども避けられず、その大きな悲しみが、遂にイスラエルの国外への脱出を許すことにつながりました。

そうして後に、神はイスラエルのすべての長子に所有権を唱えます。 そこでイスラエルのすべての長子に代えてレヴィの部族が神自らのものとされ、この部族に祭司の権限を与え、専らに神聖な事柄に仕えさせることとされました。

こうして、出エジプトを実現させ、イスラエルの長子の命を救った子羊の血が、イスラエルから聖なる部族を『長子』に相当するものとしてあがない、神自らが子羊の血によって祭司の部族を創設したのです。

そこで、子羊が長子を救ったこの晩は、神の御傍に仕える者たちを召し出すきっかけを作っていたといえます。



◆「神の子羊」キリスト・イエス


そしてキリストの血は、「十二使徒」をはじめとして、大祭司イエスに従う祭司たちへと信仰ある人々を召し出しました。
その人々もキリストに連なる者として任命され、彼らは「聖霊の賜物」を与えられたキリストの業の後継者とされ、そうして地上の神殿を離れた、天の神殿の新たな祭司職へと招かれたのでした。

その祭司団の中核を成す者たちとして、十二使徒は三年ほどイエスの訓練を受けて試され、彼らのひとりを除いて、その忠節を見届けられ、彼らにご自分の血による『罪の許し』を適用される意志を明らかにされました。それが最後の晩餐で知らされますが、イエスがその晩餐を心待ちにされていた理由はそこにあったことでしょう。

キリストの血による赦しは、エレミヤが預言していた『新しい契約』に彼らをはじめ多くの人々を与らせる道をひらき、その契約はキリストの死後の五旬節(ペンテコステ)の日から発効し、新たな祭司として召し出された人々が十二使徒を中心にして現れることになりました。

それだけでなく、十二使徒には、これら大祭司キリストに従う祭司たちの選定に関わる特権があることも、ニサン14日の最後の晩餐において知らされました。

この時代までに、ユダヤ教徒の体制派は、この『過越し』の晩を、それに続く『無酵母パンの祭り』と同一視して、ニサン15日に入れ替えて祝うようになっており、イエスと十二使徒らの過越しの食事より一日だけ遅れて行っていました。

その結果、ユダヤの宗教指導者層がイエスを羊のように屠ってしまう時間の余裕が存在することになりました。
なぜなら、祭りの間は聖なるものであり、15日を祭りの初日とするユダヤの宗教家らは、その日以降、裁判を行ったり、処刑したりはできません。そのうえ、彼らはイエスに信仰を持った民衆が騒動を起こすことを非常に恐れていました。ローマ軍に介入の口実を与えてしまうからです。

ユダヤ歴は日没から新しい一日を数え始める関係で、まさに、キリストはニサン14日に入ったばかりの夜に十二使徒と最後の晩餐を行って、夜が明けた後にローマ総督の前に引き出され、その後処刑されます。これらはすべて出エジプトと同じニサン14日に起こった出来事となりましたが、ユダヤ体制派はその日をまだ祭りに入る前の「準備の日」と認識していたのです。

つまり、キリストの処刑を行わせたユダヤの宗教体制の過越しは一日遅れていたので、これらの聖くない行いを彼らの祭りに入る前日であるニサン14日に済ませてしまうことができたと言えます。
しかも、その日の昼には、恒例の羊を屠る行事が神殿で行われていました。つまり、イエスが磔刑に処せられる頃、神殿では夕方以降に食される過越しの子羊が屠られていたことになります。そこには、神の強い意志が感じられます。

それでも、「十二使徒」たちをはじめ、弟子たちはそのときには、過越しの子羊とキリストの犠牲の関連性も、自分たちが新たな祭司として召されることも理解してはいませんでした。
むしろ、彼らはキリストに降りかかった迫害を恐れて逃げ散ってしまいます。しかし、十二使徒にはユダ・イスカリオテを除いて、生きて行うべき役割があったのです。


◆祭司の王国


それが聖霊の力による世界宣教であり、更に新たな祭司となるべき人々を集め出す業でありました。
つまり、キリストの活動は依然として途中であったことになります。

その活動の目的が、イエスが常々語っていた『天の王国』の実現にあります。
その『王国』(バシレイア)は大半のキリスト教会で「天国」と勘違いされてきたものですが、それは信仰ある人々を天の至福に招くことを目的とするものではありません。キリストや使徒らの宣教の目的は、単に信者を得ることではなく、祭司となる人々を聖霊の注ぎにより召し出すことであったのです。

むしろ、この王国に入る人々は、世界中の人々のために犠牲となる覚悟が求められ、そうしてキリストに従う者であることを示さなければなりません。
そこからはユダ・イスカリオテのように落伍する者さえ出るほどの試みが終末にあるでしょう。落伍する者たちは『新しい契約』に入っても、最後に天に召されずに地に残されてしまいます。

ですが、ほとんどの信仰者はこの試練を心配する必要はなさそうです。
なぜなら、それは「聖霊の賜物」という奇跡を行う権限を『新しい契約』によって得た人々に特に求められる試みだからです。

但し、マタイ25章に書かれているように、それら『新しい契約』に与った『キリストの兄弟たち』に含まれる人々の持つ聖霊に信仰を働かせるか否かが人々に問われます。
このことが問われるのは『この世の裁き』が行われる「終末」という不定な将来の時期のことです。

「終末」に至れば、神はキリストを『雲と共に』つまり見えない状態で世に遣わされます。
そこでキリストは、再びある人々に聖霊を注いで『聖なる者』(ハギオス)とし、奇跡を行わせ、論駁できない言葉で世を裁き、聖霊を信じる人々とそうしない人々とに分かちます。

こうして、『顔に汗してパンを食べ、終に地面に帰る』という人間の空しい状態、また理不尽で争いと苦しみの満る『この世』を裁いて終わらせる時がきます。それが『この世』に救いをもたらすのであって、キリスト教徒だけが救われるのではありません。
聖霊が再び地上に注がれるときに、はっきりと「終末」の時期が始まったことを世界中の人々が知ることになるでしょう。
「終末」が始まってしまえば、おそらくこの世は十年も経ずに過ぎ去ってしまうように聖書は読めます。


◆「主の晩餐」の重要さ

そこで、出エジプトの夜の『過越し』と、キリストの最後の晩餐とが指し示す、もうひとつの事柄、つまり、いまだ成就していない「終末」に聖霊を注がれる「聖なる者たち」の出現に注意を集中すべき理由があります。

それは『祭司たち』で構成される『王国』によって、人類を救うという神の偉大な計画が実現にに向けて、大きな最後の一歩を踏み出すことであり、イエスが命じられ、パウロが教えたように、この「主の晩餐」を『王国の到来まで』また、『(主)が来られるまで』行うべき理由があります。

そのときには、キリストは天で「十二使徒」と再び晩餐の宴席を共にし、『十二部族』つまり『新しい契約』によって真のイスラエルに含まれるべき、聖霊をを受けた人々を吟味することになるでしょう。

ですが、その前に聖霊を注がれ、召し出された人々が現れなくてはなりません。
それは、どんな人間に由来するものでもなく、聖霊を注ぎ出す神に由来するものであって、あのペンテコステの日のように、はっきりとした印を伴わなくてはなりません。

したがって今日は、聖霊を持って『新しい契約』に含まれ、主の晩餐の無酵母パンとぶどう酒に与る『聖なる者』の姿を待ち望む姿勢を、神の前に表して、その準備を整えた者が、初期キリスト教徒のように地上に居ることを示すことができるのです。

そのようにする人々は、『聖なる者たち』の母体『シオン』となり、終末の開始と人間に拠らないキリスト教の回復、また神の真正な御名とをいち早く知ることになるでしょう。


◆2015年のパスカ

キリストが命じた『主の死を記念する』この特別な儀式は、やがて「主の晩餐」と呼ばれるようになり、また、ユダヤ人の「過越しの祭り」(ペサハ)をキリスト教徒は音訳して「パスカ」とも呼ぶようにもなりました。つまり、それは過越しであった主の死の日を記念するものであって、やはりイースター(復活祭)では無いのです。

今年のユダヤ暦でのニサン月14日の夜は、一般の暦での4月3日金曜の日没後に相当します。

そこで、以上の趣旨に価値を感じられ賛同される方々には、是非とも無酵母パンとぶどう酒の用意をなさり、その夜のひと時を黙想や聖書朗読などを行って過ごされるようお勧めします。

この儀礼には細かな作法などは伝えられていませんし、第一にわたしたちは誰も聖霊を注がれてはいないのですから、どのように行うかよりは余程、「行うことに意義がある」と言えます。

無酵母パンとぶどう酒というエレメントを前に、個人で自由に過ごしてよいでしょう。

もし、何人かで行うのであれば、誰かがパンを裂き、ぶどう酒を注ぐ役割を担い、誰かがごく短い祈りを捧げたり、それぞれのエレメントを準備したことを神に述べ、そこに祝福が宿ること、また、より重要な事として、聖霊が再び注がれる日を待ち望んでいることを言い表すことができるでしょう。

それこそは、どんな人間の宗派でもなく、神に真実を求めることであり、また、キリストを通した神の偉大な救いの業となる『神の王国』の成就を願っていることを表すことになるでしょう。

教会員の方々であれば、4月5日の日曜になるイースターとは日付が二日先行しますので、そちらに先立って、主の復活ではなく主の死を記念するパスカを、妨げられることなく個人的に行うことができます。
この復活祭と主の晩餐の日付のずれは、コンスタンティヌス大帝のニケアー決議以来、広く強制されたのもので、当時のキリスト教徒とユダヤ教の不和に原因して今日に及んだものです。しかし、当時もニサン14日を守るキリスト教徒は各地に残っていたとされています。

また、エホバの証人の方々ですと、「主の記念式」と同日の同じ晩となりますが(年によってずれることもあります)、同じ夜の間であれば、別の時間帯に原始キリスト教式の「パスカ」を改めて行うこともできましょう。
あるいは、エホバの証人の晩餐への出席であっても、ご自分の想いの中では「パスカ」として参加することを念じられるとしても、それを誰も妨げられないことでしょう。

いずれにせよ、宗派を変えることは容易なことではありません。
個人ばかりでなく、家族も関係してくることもあるでしょう。

そこで、「宗派に縛られた」状況にそれぞれあったとしても、上記の意義において「主の晩餐」としたい方々を「心情的十四日派」と見做すことを何ら妨げることは無いように思えます。

更には、もし必要を感じられるようでしたなら、こちらで比較的に簡単で融通の利く式次第も用意されており、メールや添付ファイルでお送りすることも造作ないことです。
また、ぶどう酒の選定や無酵母パンの製法で何かお困りなら、どうぞメールをお寄せください。
わたくしエイレナイオスは、例年のように東京都内にてパスカを行う予定でおりますので、ご都合が宜しいようでしたらご同席願います。
quartodecimani(a)hotmail.co.jp (a)⇒ @

ご連絡につきましては、こちらのブログのページの下にあるコメント機能も利用することもでき、「管理人にのみ表示」を選択することで、内容を公にせずに済みます。
その方法であれば、メールの通信記録が気になる方にはより良い方法となるでしょう。

ともあれ、宗派の所属に関わらず、キリストが残した僅かな儀礼を、それぞれに重んじて行うところに価値が生じるのであり、それが集団に安直に流されない、個人の尊厳をもったキリスト教徒としての証しともなることでしょう。

皆さまの決意の上に祝福を祈ります。

それぞれに立場や状況は違えども
各地の皆さまと想いを共にして、この聖霊の理解による「主の晩餐」の同意の輪を広げられますように


 ⇒ 無酵母パンの作り方
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