FC2ブログ

ペテロの主への信仰と愛着2

2013.11.10 (Sun)

この場面はルカを除いた三つの福音書が記録しています。
これらを総合すると、その夜の時間に使徒らは小舟に乗って対岸のカペルナウムを目指したとヨハネは書き、マルコによれば目的地としてゲネサレのベツサイダ(ペテロ兄弟やフィリッポスの出身地、ガリラヤ湖の北の端)を目指して出発しましたが、5kmほど進んだ辺りで日の出を控えた午前三時過ぎ(第四見張り時)にそれは起こったとされています。

前日、夕闇の近づく中で五つのパンと二匹の魚から五千人に食事を供給する奇跡を行って後、イエスは強いて弟子らを小舟に乗せて先発させ、ご自分は群衆を避けるために山に登りしばらくの時を一人で祈って過ごされます。
こうして二手に分かれ群衆の追跡をかわすことができたことでしょう。
しかし、折からの強風が向かい風で、弟子らは船を進めるのに難儀しています。

その間、イエスは何の妨げも受けずに水の上を歩いて北に向かって行かれます。
イエスは彼らの傍を通り過ぎるつもりであったとマルコは書いています。
しかし、弟子らが水上を歩く人影を見ては恐れ騒ぎ立ったので、イエスは『わたしであるから恐れなくてよい』と声を掛けました。

そこでペテロは『もし、あなたでしたら、私に水の上を御許まで来るようにお申し付け下さい』と他の者なら思いも付かぬようなことを願い出ます。(ペテロの水上歩行のシーンをマルコとヨハネは省いています)
強風吹き荒び、動揺する船から水の中に降りるなど、余程の信仰がなくてはできないに違いありませんが、ペテロはそれを申し出ました。
それに対してイエスは『来なさい』と命じます。
そこでペテロは船から荒ぶる波の上に降りてみれば、不思議にも水の上に立つことができ、幾らか歩いたのでしょう。
しかし、すぐに沈み始めてしまい、声を張り上げイエスに助けを求めます。

イエスはその原因を『なぜ疑いに負けたのか?』という言葉で直ちに指摘されました。
その言葉は『信仰の薄い者よ、なぜ疑いに負けたのか』とも訳されますが
「信仰の薄い」は[オリゴ ピストス]で、直訳すると「小さい信仰」となります。
つまり、ペテロを水の上を歩かせたのは神の力に違いないのですが、それを成し遂げさせるものは「信仰」であることをイエスは教えていらしたのです。

この出来事をマタイが語ったあとの場面で、ヨハネは船がカペルナウムに入ったとしています。マルコとマタイは共にゲネサレに着いたとしているところからすると、彼らはベツサイダを目指して出発したものの、同じゲネサレのカペルナウムに着いたようです。

しかし、民衆は彼らのこの移動に気付いて、おそらくは翌日にティベリアからイエスの一行を船に分乗してまで追って来ました。
イエスを見つけた群集は、「主よ、何時こちらに来られましたか?」と訊きますが、彼らには昨夜のあの嵐の中をイエスの一行が湖を渡ったとは信じられなかったことでしょう。

彼らは奇跡の癒しと食事を受けてイエスに従う動機が利己的なものに変化してしまっていたのです。彼らは『わたしたちにパンをいつもお与えください』と言っています。まるで福祉目当てのように彼らはメシアを仰ぎ見たのでした。これも信仰だというなら、それはご利益信仰というのでしょう。

そして、このカペルナウムでの『わたしの肉を食し、血を飲むように』というイエスの言葉がこの群集をつまずかせ、多くの弟子たちをも去らせてしまうことになりました。なぜならキリスト教はご利益信仰ではありませんが、群集のイエスに従う理由が食事目当てという利己的なものになっていたからです。
今日のあらゆるキリスト教徒と称するすべてから、ご利益信仰である人々をイエスが同様にして散らされるとしたら、どれほどが残るものでしょうか。


ここまでを俯瞰しますと、ティベリアでの五千人への食物の提供の後、イエスは弟子らをすぐに別の場所に移そうという意志をもたれたようです。
その理由は群衆の動機の変化でしょう。ヨハネによれば、彼らは食事の奇跡を体験してイエスを王に担ごうとし始めます。しかし、イエスは地上の生涯の間はもちろん、今日ですら未だ王権を拝受してはいないことでしょう。その時ではなかったからです。
ここでイエスは大きな奇跡を行ったことへの感謝を神に捧げる時間をも欲したように読めます。そこでイエスはひとり山中に向かい、深夜まで祈りつつ群集から逃れます。

一方、群集を避けるため、師に小船での移動を促され別行動を命じられていた使徒らでしたが、食事そのものがすでに夕刻に近づいた時間であったため、弟子らの湖上の移動は夜間になってしまいました。しかも強い北風に見舞われ、午前三時になっても5km程しか進んでいません。夕刻から9時間ほど経過していたに違いないので、その平均の速度は時速0.6km未満であったことになってしまいます。おそらくは風上に向かってジグザクに進む今日「タッキング」と呼ばれる方法で舟を何とか前に進めようとしたのでしょうか。しかし、その速度では舟を出した意味さえなく、歩いた方がよほど良かったのです。
そこにイエスは水面を難なく歩いて渡られましたが、彼らの脇を通り過ぎていれば、彼らより早く対岸に着いていたでしょう。

しかし、弟子らは夜更けに湖上を渡る人影を認めて恐慌に陥ります。
そこで、彼らを安心させようと声をかけたところ、ペテロの「あなたでしたら」という「信仰の挑戦」を受けました。
ペテロとしては、その人影が本当にあの五千人に食事を備えたイエスであれば、自分も湖面を歩かせることができるに違いないという信仰を持っての発言だったのでしょう。イエスに近づくのであれば、そこに主との関わりの温かみがあって、暗夜の波頭の恐ろしさを打ち消すことになるという想いも働いていたのかも知れません。

しばらく歩いて、それは立証されたのでしょうけれども、その安心感と荒ぶる波への恐怖とが、彼の信仰心に隙を生じさせたのでしょうか。彼は水の中に下り始め、自分が達者に泳げることも忘れて助けを求めます。
この事例は、イエスが『あなたがたにからしの種粒ほどの信仰があれば山をも動く』と語っていたことをよくよく補足するものとも云えましょう。
もし、この「ペテロの水上歩行」の事例が無かったなら、人は「からしの種粒ほどの信仰」という言葉を見くびったことでしょう。

この一件は「信仰」というものが、様々な妨害に打ち勝つほどのものであるべきことを教えるものであり、ペテロが信仰薄い人物だというのではありません。
むしろ彼の信仰が強いものであることは、水の上を歩くばかりか、漁師とはいえ強風に荒れる水面にさえ降りた行動にも表れています。そして、この夜が明けた後に、ペテロはイエスが『永遠の命を持つ』キリストであることを即座に言い表し、それをイエスも満足する場面へとつながっていることが、更に彼の信仰と主への愛着を深めたことを物語っているでしょう。


ですから、ペテロの水上歩行の事例は、同時に人々に「信仰」というものの難しさの一端を教えるものとなっています。
わたしたちも困難に直面し信仰の必要なときに、ふと、この事例が思いをよぎるのではないでしょうか。

彼は少し歩いただけで沈み始めましたが、それでも確かに水の上を歩きました。
それによって主への信頼と愛着を深めたことは、まず疑いの余地がありません。
これはキリスト教徒にとっても大きな教訓として捉えることができます。
わたしたちの誰もが「沈む」に違いないからです。

ですからそれは、ペテロの信仰不足をなじるためのものでも、信仰というものがまるで達し難いものだと教えるためでもなく、信じようとする者が一心にそうするよう励ます挿話となっていることと思います。


こうして主とペテロが船に上がるや、すぐに大風はその求められた役割を果たし終えたかのように過ぎ去り、湖面はまったく凪いでしまいました。








.
関連記事

ペテロの主への信仰と愛着1

2013.11.03 (Sun)
集まってきた群衆を散らしてしまうような発言をイエスは敢えてなさいました。
「私の肉を食し、血を飲む者は永遠の生命を持つことになり、わたしはその者を終末に復活させる」(ヨハネ6:54~)
これを聞いた群集は落胆して去りはじめ、弟子であった者らさえ、もはやイエスと共に行動することをやめてしまったと福音書は記しています。

けれども十二人はイエスの御許に残っていました。
「あなたがたも去ってゆくか?」とイエスが問うと
即座にペテロは「主よ!どこへ行けばよいというのでしょう。あなたこそ永遠の命の言葉を持っていらっしゃいますし、私どもはあなたこそが神の聖なる方であることを知り、信じたのです!」と何の迷いも無く深い敬意と愛着を表わします。

するとイエスは、「わたしがあなたがたを選んだのだ」と満足を感じて語られました。
イエスにとってこの使徒らは格別の弟子たちであり、十二人を召す前の晩にイエスは夜を徹して祈ったとルカが伝えています。(ルカ6:12-13)
群集も他の多くの弟子も去ったこのとき、使徒らとしての信仰は実証され、その召しにふさわしい資質を師は再確認されたと言えましょう。

また、一行がカエサレア・フィリピに在ったころ、イエスは質問をして
『人々はわたしを誰であると言っているだろうか?』と使徒らに訊くと、『バプテストのヨハネ、またはエリヤとも、エレミヤのような預言者の一人とも言っています』と返事がありました。
しかし、イエスは使徒らに『あなたがたはわたしを誰であると言うだろうか?』と問いかけます。

するとここでも直ちにペテロの信仰の表明が見られ、『あなたは生ける神の子、キリストです!』と応じ、彼は問いにまったく疑いもなくイエスこそがキリスト=メシアであることを認めます。
これはユダヤ人にとってはたいそうなことです。旧約聖書が一貫して指し示してきた、あのモーセのように偉大な預言者がこの方であると認めることを意味したのです。

イエスはこのペテロの発言を、単に彼の人間の発言とはせず、天からの啓示によって語ったとし、シモン・ペテロを幸いであると云われます。
これは、彼がその時に自分の熱情と共に霊感されて語ったことを言うのでしょう。

しかし、イエスは旧約に示されたキリストとしての定めに従い苦難を受け刑死することを、より具体的に語ります。
すなわち、エルサレムに行き、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目に蘇るということでした。

ですが、ペテロはその前のイエスの褒め言葉に幾らか想いが高ぶったのでしょう。
イエスに向かって「そのようなことにはならないのです」とメシアに向かって訓戒するほどになりました。
イエスは即座にそれは「人間の考え」であり先の天からの啓示とは異なること、またそれを用いるのがサタン悪魔であり、それを退けることを明言されます。

しかし、それをイエスはペテロに背を向け、恰もサタンがペテロに近づかぬようにとサタンを叱責されました。
荒野での三つの誘惑をはじめ、このようにサタンはわずかなイエスの隙を窺っていたのでしょう。
ペテロは神の霊感によって語ったかと思えば、急転直下して人間的な考えからサタンの代弁者にもなるという、真逆の器になってしまいました。当時のユダヤ人に、メシアの死と復活はほとんど理解されていなかったからです。

しかし、キリストはイサクの道を歩むことが定められており、その犠牲がどれほど多くの人々を救うか、またサタンを打ち砕いて終わらせるかは、古来書かれたところからすれば実は示されていたことで、しかも最も重要な事柄でした。
しかし、人間の目先の観点だけでは、それを見通すことはできません。
ペテロがイエスを個人として深く愛していたことは、「あなたと共に死ぬ覚悟です」と言い切った最後の晩の言葉にも明らかです。
ですが、この個人的愛情だけでは神の偉大な経綸に関わるキリストに託された務めの全体は見えなかったのでしょう。

そこでイエスは却って、使徒らも「苦しみの柱」を背負って自分の後にしっかりを従うように求めます。
何のためでしょうか、キリストに従う初期の弟子らが「聖なる者」(ギリシア語ハギオス)としてキリストと天で共になり、石材のようになってキリストイエスと共に「天の神殿」を構成するために必要な犠牲となるためでした。つまり彼らは「キリストへの死のバプテスマ」を受けていたのです。(ローマ6:3-5)

彼ら十二使徒をはじめとする「聖徒たち」は、後にカトリックでは「聖人」とされてしまいますが、彼らを崇める習慣はともかく、その「聖」という言葉においては間違いはありません。
つまり副次的神のような「聖人」ではなく廉潔なる「聖徒」であり、彼らを聖化した聖霊が注がれたこと以上に、殉教を通して命を捧げキリストに続き「世を征服する者」となり、その信仰によって「聖なる」資格を証した人々です。

彼らは「神の王国」でキリストと共に治める「王また祭司」となる人々であり、それゆえにもキリストのような試練を乗り越え、神への忠節を主と共に証しする務めがあります。(黙示録20:4)
地上に残るわたしたちのような信じる者たちには、この人々がキリストと共にこの世を征服し勝利することによって、素晴らしい神との関係に入ることができるようになります。それは創造本来の人間の輝かしく優れた姿、「神の象り」であり、今見ているこの世の人間の有様はその比較にもなりません。(ヨハネ16:33/ヨハネ第一5:4/黙示録2:26-27)

それゆえ、この聖なる者たちに求められることにはわたしたち一般の信徒以上に高い基準があります。
この人々はサタンが導く人間の考え、また世からの迫害などに直面しますが、自分の保身に走って魂を安全に保とうとするなら、却ってそれを失うことになると云われます。(マタイ10)
この試みは、初期のキリスト教徒に実際に迫害となって襲い、多くの人々が闘技場や拷問台上で忠節のうちに老若男女を問わず次々に殉教に散って逝った歴史が証するところでもあります。

「あなたと共に死ぬ覚悟です」と最後の晩餐の席で叫んだシモン・ペテロもおよそ三十年後、遂にその言葉のとおりに殉教の死を遂げましたが、伝承によれば、同じく刑場に向かう妻に励ましの言葉をかけ、自らはイエスと同じ磔にされることは畏れ多いと、頭を下にした逆さの磔刑を受けたといわれます。

ですが、この人々には聖霊による格別な安らぎが与えられ、それによって見事に天でキリストと共になるという「賞である上への召し」を目指して自分たちの主キリストに続くものとなりました。(ヨハネ14:27/フィリピ3:14)
それは彼らが属した「新しい契約」を全うすることであり、また「先立った贖罪」を確かなものとすることで、その信仰によって紛うことなくキリストと共なる征服者となり「王なる祭司」という全人類の祝福となる「アブラハムの裔」へと迎えられる特権を得たのでありました。(ペテロ第一2:9/出埃19:6)

私たちのように聖霊を注がれていない信徒には、ここまでの試練が求められることはおそらくありません。
しかし、ペテロとほぼ同じ時期に殉教したパウロはこう記しています。『(イエスが)すべての人のために死んだのは、生きている者がもはや自分のためではなく、死んで生き返った方のために生きるためである』。(コリント第二5:15)
ペテロや使徒らの生涯はまさしくそうした利他的なものでありましたから、私たちのような聖霊を受けない信徒であっても、この聖なる初期の人々に倣った信仰を抱いて、ひとりよがりな人間的なもの、またご利益目的ではない、本当にイエスの言葉に基づく信仰を表すよう努めることができますように。











.Jul.23.13改
関連記事
back-to-top