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サタンの現状 (回答)

2012.10.23 (Tue)
サタンの現在の在り様をお尋ねですが


その牧師は黙示録から説き起こすことで、時間的な意味と空間的な意味を持たせることを意図しています。

ですが、わたくしの黙示録理解からすると
これらは人間の実感には余り意味をもちません。


といいますのも、霊者であるサタンそのものが姿を見せることはまず考えられないので、人はその影響の強弱を通してだけ知覚するだろうからです。

自らの姿を見せない霊者たちは、逆に見えるはずのないものを見せて時折人間に悪戯をし、また、死んだ人の「霊魂」とでもいうようなものが存在しているかのように見せて、こうした宗教を助長しております。

これはひろく「オカルト」と呼ばれる括りの中によく見られます。聖書が心霊術、卜占、交霊術を避けるよう命じる理由はここにあるでしょう。近年では前世占いや治療、スピリチャルやUFOの類も相当に怪しく思えます。
しかし、サタンのみならず、神から離れた霊者が数知れず存在していることは、イエスの公生涯中にさえこれらの悪霊たちがあちこちに登場していることを福音書に見る通りです。

キリストは民衆の中の少なくない数の人々から悪霊を追い出しています。『悪霊』というのは元来は天使でサタンの誘惑によって堕落した霊者を指します。その人間への影響は『悪霊に憑かれた』状態にあって、一部は癲癇という病気のようですが、古代エジプトでは癲癇を「神々に愛された者のしるし」とされてきたそうです。

古代異邦諸国でそれは目出度いことであり、それが証拠にアレクサンドロス大王、ユリウス・カエサルがそうでありました。
逆に言うと、このような英傑がこの世の際立った支配者であったゆえに、『この世の支配者』とされるサタンの影響力が彼らになかったとは言い切れないように思えます。

また、癲癇ほどでなくとも、寝付に似た症状が継続的に出る人もいます。また、「金縛り」といった本人にはどうにもコントロールできない苦しい時間を迎えることは一般的に見られることです。これは体の大部分の筋肉を「攣って」いるだけなのか、霊の影響があるのか曖昧な領域ですが、悪霊たちはこうした曖昧な領域でこそこそと活動しているように見受けられます。

ほかには、自傷(福音書中「墓の中に住んだ男」)といって、何者かの命令によって自分を傷つける行為。
ほかに、幻視、幻聴などで(これらは覚醒剤服用からも)犯罪に至るケースは時折三面記事に見られますが、多くの場合警察や報道は「犯人は『殺せという声を聞いた』などと供述しているが・・」といった風にその辺りでの悪霊の働きは一般に理解されません。精神鑑定に委ねられるばかりでしょう。

ですが、精神病学は脳の異常などを具体的に観察することはできても、軽い鬱病はともかく病気のメカニズムやどうして起こるのかなどを知るには、まだまだ課題は多く、謎の領域もあると聞きます。精神科にかかっても、治癒がはっきりと早いという治療は余り見られません。同じ患者がずっと通い続けるのが精神科の特徴でもありますし、医薬依存や投薬カスケードが起こりやすい医局でもあります。

ともあれ、こうして多くの悪霊の障りはイエスのときも現在もそう変わらないことでしょう

これらの霊者は神との関係性を大きく損ない、恰も『獄に囚われて』いるかの状態にあることはペテロの指摘するところですし『タルタロスに留置された』というこのギリシア語の意味は「低められた」であるそうです。ユダも『濃い闇に置かれた霊たち』に言及していますが、これを時空的事象としてとるよりは、象徴的に捉える方がしっくりとします。(ペテロ第一3:19-20/第二2:4/ユダ6)

これらのことは、彼らの親玉であるサタンがエデンの誘惑の結末として刈り取った『蛇のように腹ばいになって、地の塵を食らう』という低められた時以来のことであるのでしょう。
この言葉の表す意味は、神との親密な関係を失い、神の啓示するところから益を得られなくなったことを指すのでしょう。

したがって、サタンに従う世も神の知識からは疎外されています。もしそうでないならパウロが言うように『栄光の主を磔にしたりはしなかったでしょう』(コリント第一2:8)
世人の受ける神の知識と言えば『地の塵』のようなものに過ぎず、世の一般は神の偉大な経綸『世のはじめから隠されてきた』ような神の知恵にはけっして至らないとも書かれています。


確かにヨブ記冒頭で、サタンも天使らの集いに同席していますが、これは『神の象り』としての自由な決定者として依然、神の前の立場を維持していたことが窺えます。
しかし、それもキリストまでのことで、イエスが弟子たち七十人に悪霊を追い出す権限を付与し、それが機能をはじめたことを知ったイエスは神への深い感謝のうちに『わたしにはサタンが天から電光のように落ちたのが見えた』と語られました。これは人間が霊者を制御する立場(聖なる者)を実質的に得たことを表します。つまり、この七十人において聖霊降下を前にしてさえ『神の子』に仮承認され、これらの人々の権威が悪霊たちに勝ったことが予示されたといえましょう。(ルカ10:18)

これは、第二の地位に在られるキリストによって為された、神を認め崇める行いが、創造界にもたらした「創造の父」をまさしく神とすべしという論争の決着を意味します。
それこそキリストイエスが心から熱望した父への思いの成就であり、創造界全体への「神の神たること」の証明でありました。(ヘブライ2:10)
この結論がキリストの死を前にしてさえ、既に七十人の活動に現れ始めたので、それがキリストをして賛嘆せしめたことは想像に難くありません。
つまり、イエスの父はキリストの活動の帰結をそこで予め示されたと言えるからです。

キリストの死に至るまで示された父への忠節は、まったくサタンと悪霊たちを含むその追随者すべての論拠を破壊し、彼らの一切の反論は不可能となりました。
これは「裁き」に根拠を与え、あらゆる預言を真実なもの(アーメン)としました。(人間の救いはこの付録のようなものでしかありません)
この結論は、復活し霊者となったキリストによって、象徴的『獄に在る霊たち』に宣告されました。そのため彼らはいよいよ『責め苦の定められた時』(魂の滅び)を動かし難いものとなっています。(ペテロ第一3:19/マタイ8:29)

これは当然サタンにとっても致命的衝撃であり、創造者を認めずに歩む生き方は根底から否定されました。(ヘブライ2:14)

では、現在サタンはどのような状況にあるのでしょうか?
確かに黙示録はキリストの権威の実現と共に地に落とされる龍の姿を描き出しています。
その結果、『地と海には災いとなる』のですが、この象徴的意味を具象化すると人間社会に天災や人災など様々な災難が臨み始めることを意味するともとれるのかも知れませんが、より重要なことはサタンらの誘惑や慫慂が激しくなり、神と人間の関係性が疎外されることにあるでしょう。

いずれにせよ、人間がその『天の戦い』を知覚できるものかは危ういところで、むしろ周囲がはっきりと変化を遂げることでしか分からないのでしょう。
そのはっきりというのは、災いの規模において勝るというよりは、意味において、つまりサタンの聖霊と聖徒への攻撃を初めとする状況により明瞭にされるように思えます。

サタンをはじめ悪霊たちには悔い改めるということがありません。
その理由は、倫理的完全者であった者が選択した生き方であるというところにあります。
彼らには元々倫理的欠陥が無かったので、何かの弱さに負けてその生き方に入ってしまったのではなく、はっきりと自分の意志をまったくそちらに向けたと言えましょう。
それは、二度と純粋に神の道を歩ませるものとはならず、神もまた彼らを永遠に許し置くことはありません。その魂(ネフェシュ)に滅されるべき創造者の理由があり、その裁きの根拠をキリストはその忠節な生き方を以って提出し、サタンの誘惑を退けて死に至り、こうしてまったく父の神性を証しました。

使徒ペテロは第二の手紙の中で神は『罪を犯した天使らをタルタロスに投げ込んで、深い闇の中に捕らえた』としています。このタルタロスとは、ギリシア人の概念で、死者が行く墓(ハデース)の二倍も深いところにあり、二度と出て来られない場所で、罰せられた神話の神々が幽閉されるところとされます。
まさしく、聖書の教えでは、罪を犯した天使らには、人間のように復活して再び神の是認に戻れる機会は開かれませんから、ペテロが彼らがタルタロスに居るとギリシア語で説いたのは、たいへん合理的であったといえましょう。

これらのことを考えますと、現在のサタンの状況を知ることよりも人にとって重要なことが見えてきます。
人間にはサタンをはじめ悪霊の様子が手に取るように分かったとしても然程の意味を持ちませんし、また分かりません。それは却って保護なのでしょう。

重要なことは、サタンの在り様ではなく、人の神との関係性であり、各個人がサタンと共にこの世の風潮にしたがって創造の神に無頓着でよいのかという命題であります。




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この創造者とサタンの関係の今後について聖書記述から付け加えれば

キリストがすべてを支配する「神の王国」の王となるべき方として臨御され、再び聖霊の降下が起こり、聖なる者たちが現わされるときにサタン(抵抗者)は猛烈な反対行動を起こすことが黙示録に予告されております。
サタンはその為の器である「七つの頭を持つ野獣」で象徴される何ものか権力を有するものを非常な古代から呼び出して、聖徒たちを攻撃して勝利します。

それはあからさまな聖霊への抵抗であり、ディアボロス(中傷者)としてあらゆる人間を神から離すべく宗教的強制を世界に向けて施すでしょう。これに協力するのが脱落する聖徒であり、彼らは『偽預言者』と変じるのでしょう。分けてもその頭目は『荒らす憎むべき者』また『不法の人』と成るようです。

この者の示す特質は、エデンで見られた『蛇』の性質そのものであり、サタン自身も初めから終わりまで徹頭徹尾『蛇』以外の何者でもありません。彼は聖霊の言葉に逆らうように世界に奨め、神から離れた生き方、おそらくは「人間主義」の提唱によって人類がこのまま神を無視して進むように仕向け、大多数はそれに従って神との敵対に向かうように私には読めます。

こうして将来を望み見ると、サタンが今どこに居るかを推論したり、ましてや、黒く角の生え、尾のとがった姿を空想しているなら、あまりに無防備のように思えます。














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