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主の晩餐 2021年3月26日夜

2021.02.28 (Sun)
『主の晩餐』を行うニサン14日が近づきました



『主の晩餐』とは、キリストが地上で過ごした最後の夜の食事において、イエスが命じられた唯一の定期儀礼を指し「復活祭」でも教会の「聖餐式」や「聖体拝領」とも異なるものです。
この儀式が陰暦14日に行われるべきことから、「新十四日派」と名乗る由来が込められており、使徒ヨハネの指導を受けた原始キリスト教「十四日派」の再興を図る上での最重要な儀式です。

その晩は、律法に定められた『過越の祭り』を行うべき夜に当たり、ユダヤ陰暦ではニサンの月の14日であり、現代の暦では毎年の三月から四月にかけての期間のどこかに迎えることになります。その夜に最後の晩餐の席にあったキリスト・イエスは、自らの死を予見して、出エジプトの夜を記念する食事から、新たにキリストのエルサレムからの出立を記念する儀礼を創始されました。

今日までパリサイ派であるユダヤ教徒が今年3月27日の夜、つまり「ニサン15日」に『過越し』の食事を行いますので
キリストと使徒たちがその前夜に『過越し』を行ったように3月26日の夜に『主の晩餐』を行うなら
当時に同じく、イエスの一行がしたようにユダヤ体制派に一日先んじてニサン14日を記念することになります。

この一日の差が、ユダヤ体制派が出エジプトと同日にメシア=キリストを屠り、出エジプトの子羊と『世の罪いを取り去る神の子羊』であるキリスト・イエスとの関連を作り出しました。このずれは神意に違いなく、当時までにユダヤ人の間で過越しの期日に混乱が生じていたからこそ、開かれた道であったと言えます。
そのようにメシアは、ユダヤ体制派からのはげしい敵意の中でこの儀礼を創始する場を守られたのであり、使徒二人に『水瓶を運ぶ男』を見つけるよう申し付けたところに祭司長派とその手先となっていたイスカリオテのユダへの秘匿性が表れています。イエスはこの機会を特に待ち望んで来られ、十二使徒は一人を除いてメシアの試練を共に耐え、天界での次なる会食が約される場面ともなりました。その間『神の子羊』であるイエスを屠る算段が外では進められていました。
ですから、『主の晩餐』を行うべき日付は、常にパリサイ派ユダヤ教徒の過越しの食事の一日前を守るべき理由があり、天文に従って算出するべきものとはいえません。それはユダヤ人が守る『過越し』の晩であるべきであり、太陽年の同日を求めるのは、ニケア公会議からの悪習であり、新旧の聖書の奇跡の連携を断つものというべきでしょう。

元々の『過越の祭り』とは、古代エジプトで奴隷にされていたイスラエル民族が、神の奇跡の数々を通したモーセとその兄のアロンのファラオとの交渉によって、ついにエジプトを出発する前の晩に起こった第十番目の奇跡と出エジプトを記念する年毎の祭礼でありました。
その晩には、各家庭で一頭の子羊が屠られて、無酵母パンと苦菜と共に晩餐にされたのですが、その血は、家の戸口の鴨居と柱に塗り付けるよう神は命じていました。
その夜、災いをもたらす天使が戸口の血を見ると、その家には害を与えずに過ぎ越していったので、害は儀礼を行わない家々に臨み、ファラオの宮殿も例外とはならず、皇太子の命も失われることになり、ついにファラオもイスラエルの出発を認めざるを得なくなりました。

そのときの子羊の血が、後の『神の子羊』キリストの犠牲の血を表していたので、出エジプトとキリストの最後の食事とが深く結びつけられています。その場でイエスはユダヤ教徒として『過越の祭り』を行うと同時に、新たな儀礼を創始されていました。
使徒たちを通して以後ご自分の死を記念して行い続けるようイエスは命じられ、それは後に『主の晩餐』と呼ばれるようになり、初期のキリスト教徒たちによって、ユダヤ教徒が『過越』(ペサハ)を行う時期に合わせて、ニサンの月の14日に入った夜に行われていたことを、最後に残った十二使徒のヨハネの弟子たちが伝えています。
それについては、第二世紀にエフェソスの指導者(エピスコポス)であったポリュクラテスの書簡に、彼らがユダヤ人の過越しを守る日に準拠させて『主の晩餐』(パスカ)を行っていたことが記されています。(教会史5:24)⇒ 翻訳

ついにイエスが命じられた定期儀礼は、この『主の晩餐』だけとなり、クリスマスのようなものはローマ帝国の国教となるまで存在もしていませんでした。太陽暦の12月25日はローマ帝国で祝われていた太陽神の復活、また農耕神サトゥルヌスの祭日として広く庶民に守られていたものですが、ローマの庶民がキリスト教に改宗するに当たってそのまま取り入れられたものです。
『主の死を知らせる』べき『主の晩餐』が「復活祭」に入れ替えられ、ローマ帝国で法制化されたのも第四世紀以降のことで、ユダヤ教と祭事を同じ時期にするのを嫌った諸国民派のキリスト教徒の慣行からきたものです。

元々はユダヤ教を土台としているはずであったキリスト教が、次第にユダヤ人信徒を失って、すっかりヨーロッパの宗教となった背景には、ユダヤ人のほとんどにキリストと使徒たちの教えが根付くことがなかったところに原因があり、使徒たちを受け入れた異邦人たちは、律法に固執するユダヤ人の頑なさ、またしばしばキリスト教徒の迫害に加わる姿を見ては、ユダヤ嫌悪を強めてしまい、キリスト教はまったくユダヤ教と異なる宗教となってゆきました。

ヨーロッパがそれまでの様々な異教からキリスト教に改宗するに従い、それまでの異教の習慣や祭りが「キリスト教」に混じることになり、特にキリスト教がローマ帝国の国教とされた西暦第4世紀以降には、旧約聖書に属するヘブライ文化は影を潜め、代って当時に流行していたヘレニズム文化がキリスト教の土台とされます。

ヘレニズムとは、アレクサンドロス大王の東方遠征の結果として、古代ギリシア文化が中近東のアジア文化と混じりあった文明のことで、ユダヤ人も影響を受けていたものの、本来のヘブライ文化とは異なるものであり、ヘレニズムは異教の神秘主義が色濃いものです。

そのため、キリスト教は基礎にするべきユダヤ教からの貴重な教えを捨てて、異教神秘主義を土台に据えて、別の宗教として再出発することになりました。そこで12月25日の当時の太陽神の誕生日であったローマ帝国の祭りは、そのままキリストの誕生日とされ、ヘレニズムに良く見られた三つの顔を持つ神々の影響は「三位一体」としてキリストや聖霊も神に祭り上げられるのを許しました。つまり、崇拝する神までが入れ替えられてしまいました。

キリスト教がヨーロッパ的な宗教に質を変え、他方でユダヤ教がモーセの律法に留まり続けたため、旧約聖書と新約聖書は緊密な一致を持つものでしたが、教えに分断が起ってしまい、キリスト教徒は旧約に関心が薄く、ユダヤ教徒は旧約の意味を解き明かす新約を無視しています。これではキリスト教の教会で学ぼうと、ユダヤ教の会堂で尋ねようと、どちらにも聖書全体を一貫して知る環境になく、ほとんどの場合、現在も実際にそのようです。

キリストが最後の晩餐の席で創始した『主の晩餐』にしても、ユダヤ人はいまだにパリサイ派であり続け、彼らの伝統に従い、旧約聖書に定められたユダヤ陰暦のニサン月14日の晩ではなく、翌日15日の晩に『過越し』の食事セデルを行っています。
そこに一日の違いがあったために、イエスは正しく出エジプトの日に相当する14日に『神の子羊』として屠られる運びとなりました。まさにユダヤ教徒は今日まで、その一日のズレをパリサイ派として継承し、21世紀に至るまで15日から祭りを始めることで、イエスをニサン14日に処刑したことを今も証し続けていることになります。

他方で、キリスト教徒と言えば、『主の晩餐』を出エジプトで屠られた子羊がキリストを指し示していたことを尊重もせず、ユダヤ教を嫌うあまりに、厳粛な『死の記念』をキリストの復活にちなむ「復活祭」に仕立て上げ、目出度い祝祭としてしまいました。しかし、新約聖書は『主の晩餐』がキリストの『死を告げ知らせる』ものであると教えています。それはキリストが死を前にした晩餐であって、復活が起きた日曜日の昼間に行うものではなく、酵母入りのふっくらしたパンを用いるものでもありません。

こうして、イエスの命じられたままにキリストの死を記念する『主の晩餐』をニサン14日の晩に執り行う人々はすっかり絶えてしまいました。それはユダヤ教はもちろん、キリスト教であっても新旧聖書についての一貫した教えから離れてしまった表れと言えるほどです。

出エジプトの晩餐とキリストの最後の晩餐とをつなぐ聖書に明らかにされている事柄は、深遠で意義深く明らかに人間が考案できるようなものでもなく、あらゆる物事を自在に操る神の意図と業を示しているのであり、そのものが一つの奇跡であって、人はそこに神の偉大さへのおそれと、人類の罪を負うために犠牲を決意したキリストへの敬意を示すべきものであることは明白です。

この『主の晩餐』は、その儀礼において、無酵母のパンと赤ぶどう酒を食べまた飲む人が、すでにキリストの贖いを受けていて、『新しい契約』に含まれ、聖霊を注がれている聖徒であることを聖書は示しています。(ルカ22:20)
その契約は、『天の王国』をキリストと共に相続するキリストの『兄弟たち』、つまり真の『アブラハムの裔』に属する人々を召し出すという、極めて重い意味を持つものであり、人類すべての希望がそこにかかっています。

それは単に「信者がキリストと結ばれる」というような「おめでたいもの」ではなく、キリストと共なる道を歩む人々が厳粛な自己犠牲の精神の決意を新たにするものであり、他方でアブラハムの子孫イスラエルでないわたしたちは「諸国民」として、その重大な儀礼の場をしつらえ、キリストの再臨がいつ起こっても良いように待次ものです。初臨のキリストは確かに『わたしはすべての者に言う、いつも見張っているように』と命じられました。そのキリストが自ら命じられた唯一の定期儀礼をまもらずにいるなら、それはキリスト教信仰を抱いていることになるでしょうか?

ですから、使徒の時代の後に聖霊が注がれた人々が去って、すっかり絶えた後の千八百年ほどが経過した今日、キリストの肉と血を象徴するパンとぶどう酒を食べまた飲む人はいませんが、それでもこの儀礼の準備を怠りなくするべき重い意味があるのです。(しかし、いずれは聖霊を注がれた人々がそれらを飲食する日が来るでしょう)

キリストが再び到来される「終末」、つまり『この世』が終わる時には、再び聖霊を注がれ奇跡の言葉を語り世界宣教を行う弟子、つまり『聖徒』が現れることはイエス自身が再三に語られたところです。
加えて『主の晩餐』は、『主が到来するときまで』行われるべきことを聖書は教えます。即ち、この儀礼を地上で行っている間には『神の王国』は未到来である明白な証拠でもあります。聖徒が天のキリストの許に召され揃わないなら『天の王国』も建国されないからであり、その前に聖徒は『新しい契約』を地で全うし「キリストの道を歩む」試みを受けねばなければなりません。(コリント第一11:26)

イエスは、いつになるか分からない再臨に備えるよう弟子たちに命じて、『主人が婚礼から帰って来て戸をたたいたなら、すぐに戸を開けようと、その帰りを待っている者たちのようであれ』と言われます。(ルカ12:36)
それは初臨のときのような聖霊の降下をもたらし、そうして『義』の仮承認を受けた人々が再び生み出されることでしょう。
しかし、地上の誰も命じられたただ一つの難しくもない儀礼さえ守らないとすれば、人間とはそれほどの神の善意に値するものでしょうか?それはアブラハムの信仰の前に恥ずべきことです。彼は何を捧げようとしたのでしょうか?その行いによって彼は神が御子を犠牲にするに足りる者が地上にいることを示したのです。

これまでのキリスト教界は、そのように準備が出来ていることを示してきたかと言えば
主人が戻ったときに、すぐに受け入れられる状態というものは、使徒の時代のキリスト教がある程度は回復されていなければならないことでしょう。
キリスト教界の現状はとてもそのようでものではありません。

キリスト教で唯一の定期的な儀礼として残された『主の晩餐』という、キリストの犠牲の死を記念すべき崇拝をさえなおざりにしているのであれば、キリストの再臨に備えているとは到底言えません。

もし、聖書に述べられた内容に、人がもたらすところを遥かに超える価値を見出し、神からの言葉と類い稀な意志とを悟り、神と子と聖霊とに信仰を働かせるのであれば、年に一度の『主の晩餐』を行わずにいられるものでしょうか。

今日、依然として聖霊が降下していない中で、パンとぶどう酒を食べまた飲むべき人は居ないとしても、その食事の席をしつらえて、主人であるキリストの帰られるのを待ち続けるのは、原始キリスト教に信仰を同じくする者の務めです。
ユダヤ教にもキリスト教にも、また世界を見回してもそのように主人を待つ者がいないとすれば、人間とは何と救いに価しないものでしょう。この世に差しのべられた唯一の救いの手にだれも応じていないのですから。

信仰の無い人が、『主の晩餐』の席を整えないからといって咎められもせず、罪を負って滅ぼされるでもないのですが、心に信仰を働かせている人が出来るのにそうしないのであれば、その無頓着さは神の偉大な意志とキリストの崇高な犠牲を卑しることにならないものでしょうか。
神もキリストも信仰を強要することはけっしてありませんし、カルトの教祖のように横暴に支配することもありませんが、では、人は何もせず、ただ救いを待つのでしょうか。それは神の側を落胆させることになるでしょう。
イエスが『人の子が来るときに、はたして地に信仰を見るだろうか?』と問われた一言に世界はどんな答えを示すものでしょうか。

『この世』からの救済に信仰を抱く人であれば、キリストの最後の晩、それはユダヤ体制派の祭りの前日、『準備の日』のことであったのですから、来る3月26日金曜日の夜をどうに過ごすかに注意しないでは済まないことでしょう。
もし、『主の晩餐』を行うとすれば、それはまた最後の十二使徒ヨハネの薫陶を受けたかつての十四日派の二十一世紀に於ける復興を意味し、キリストの命じたまま出エジプトに当たる夜に『主の死』を記念する者が現代によみがえっていることを示すことになります。
それは『来りませ、主イエスよ』と天に呼びかけるものであり、苦しみ満ち空しい世から『神の王国』の到来を願い求めていることを表すものともなります。

3月26日金曜の夜を聖なるものとして無酵母パンと赤ブドウ酒を前に、飲食することなく一定の時を取り分けるなら、それは神の御前に、地に待つ者がいることを表します。儀式のそれらしい次第は聖書にありませんが、パンを(できれば12切れに)割り、ぶどう酒を(できればゴブレットに)注ぎ、聖書のヨハネ福音書の14章から17章のいずれかを読み、神にキリストの再臨を請願し祈り、いくらかの神聖な時を過ごすことができましょう。

原初キリスト教回帰の信仰を抱く皆さまが同夜を共に記念できますよう念願しております。


エイレナイオス



無酵母パンのレシピは ⇒ こちらを
全粒粉の小麦粉は、大き目で商品数の多いスーパーなどには置かれております
酵母を入れなければ、あるいは白い小麦粉でも構いません
無酵母パンを焼くのは捏ね台となるテーブル、延べ棒、ボールか鉢、フライパンとガス台などの加熱器があれば一時間ほどで作れます
赤ぶどう酒は、できれば混合されたものでないものがよろしいでしょう


なお、当日この儀礼を行われた方には、人数と都道府県名など、ご一報頂き、お互いの喜びに加われますなら幸いに存じます。
ご連絡には、このブログのコメントもお使い頂けます。(管理人にのみ表示をお勧めします)






主の晩餐 4月7日 2020年のパスカ

2020.03.12 (Thu)

『主の晩餐』


キリストが直接に行うよう命じられた定期儀礼には、唯一、この『主の晩餐』があるばかりですので、キリスト教に於ける最も重要な催しとされるのはもっともなことです。

エルサレムの神殿が失われて以来、神への「崇拝」や「礼拝」と確かに呼べるものは、今日この儀礼を置いて他にありません。

キリストの犠牲によって律法祭祀はまったく充足された状態に入っていますので、新たなメルキゼデクの様式の大祭司と成られたキリストは、従属の祭司らに相当する『神のイスラエル』に選ばれた聖徒らを贖う祭祀を天から執り行い、あの五旬節の日に最初の贖罪にガリラヤの弟子たち120名ほどが預かっています。

ダニエル書によれば、メシアは登場の『週の半ばで供え物と犠牲を絶えさせ』、三年半の肉の人としての活動を終えられましたが、その『週』、つまり第七十週の半分が未だに『契約を固く保つ』期間として残しています。(ダニエル9章)

復活を受けた後、第二世紀辺りまで聖霊の注ぎは継続して、それは新約聖書をもたらし、聖霊注がれた人々の精錬も行われ、生涯を聖霊の注ぎに相応しく『新しい契約』を全うする期間ともなりました。
しかし、その時期が終わると、聖霊は引き上げられ、キリスト教からは奇跡も知識も去り、やがて世との妥協が成立して、迫害もない大衆化したご利益信仰と、異教の崇拝の混濁する今日の一般的な「キリスト教」の基礎が据えられ、そこから枝を伸ばした「キリスト教」が今日までの趨勢を形作ってきました。

ユダヤの『過越し』の場に行われた『主の晩餐』も、キリスト教会では主の復活のあった「目出度い」日曜日に入れ替えられ、晩餐であったものが昼夜を問わず行われるようになり、出エジプトの可能となった夜の、旅立ちの支度の内に急いで焼いた無酵母パンの故事も、キリストの罪のない御体を表す意味もない、酵母の入ったただのパンでも許されるまでに『主の晩餐』は汚されてきたものです。

しかし、『主の晩餐』こそは、今日「崇拝」として行える唯一の定期儀礼であることに変わりはなく、それは出エジプトとキリストの双方の『過越し』を指し示すべきものであることはまったく明らかなことです。(コリント第一5:7)

そこで、エジプトからの出立が決まった夜を記念する『過越し』の食事儀礼「セデル」と、ユダヤ暦に於いて日を同じくし、その基礎の上に築かれた『主の晩餐』とは、予型と対型を成しており、それをおろそかにする理由などありません。
然もなければ、聖霊が去った後のキリスト教界の轍を踏むばかりでしかないでしょう。

エジプトの奴隷状態から解放されたその夜での食事は、他ならぬイスラエルの聖なる神YHWHの指示の下に、各家庭で一頭の子羊か子山羊が事前に用意され、それを家族を中心にそれぞれの肉の分量に応じて集まった中で食事がなされています。

それはイエスと十二使徒らの会食の規模に等しいのですが、但し、コリント人への第一の書簡には、その第11章の中で、エクレシアとして集まってこの儀礼を行っていたことを知らせる文面も記されています。(11:20)

ユダヤ教では、男子10名以上が集まるなら、それを公けのもの(ミンヤン)と認めますが、『過越し』のセデルは各家庭で行っており、イエスの最後の晩餐にもイスカリオテのユダを含んで男子13名で形式上は公けのものと言うことはできます。

しかし、キリストの『主の晩餐』については、セデルに男子の数の規定がない以上、人数の指示はないと見てよいでしょう。
このキリスト教の儀礼がユダヤ教から見て公のものかどうかの規準を当てはめる必要性は薄いものです。ユダヤ教でのセデルは各家庭で食されてきたからです。まさしくキリストの一行はその「過越」の食事するために集まっていたのであり、そこには一頭の羊の肉を食するに良い人数と、新たな儀礼のための一枚のパンを分けるに良い人数との都合があってのこと、また出エジプトの時には、ファラオの支配下からの家財道具を持っての出立では、家族単位に便宜があり、イスラエル人とエジプト人との分かちをはっきりとさせる戸柱と鴨井への塗血の印の残像もあったことでしょう。

加えて、『主の晩餐』としてこれを見る場合、儀礼に与った使徒は、キリストの最初の兄弟たちとしての集合体であり、『イスラエルの十二部族を裁く』という、聖徒の中でも先駆けの立場を占める者でありました。彼らについてのみ、天界での二度目の晩餐に与る理由もあるでしょう。
しかし、今日のペサハに於いては、使徒ではなく、聖徒の現れを待つ以上のものではありません。
この儀礼が『主の死を告知する』ものとなるにせよ、性格に於いて宣教の延長とは言えませんし、聖徒の現れていない現状では更にそのように言えるでしょう。

以上に鑑み、集まりの規模を家庭か公けかと決めることについては柔軟で良いように思えます。
その理由の一つには、終末に地上での最後の『主の晩餐』が行われる事を想定すると、儀礼の表象に与る聖徒らに迫害の追手があるかも知れず、かつては、まさに十二人の一人に裏切る者が居た状況で、イエスはその場所をその時までペテロとヨハネ以外にはお示しになりませんでした。ましてや目立つ仕方で集まって祭司長派らに居場所を知らせることなどあろうはずもなく、使徒ら以外の誰をも交えもしなかったのであれば、終末に同様の状況が生じないとも言えません。ただ、信徒らには、その宴席を設えて介助をする役割が残る可能性はあるでしょう。いずれにせよ、不純な動機の者が、その聖なる場を掻き乱すことは避けられねばなりません。

さて、昨年末に中国武漢から発生し、今やパンデミックを認定された新手の疫病の影響下に在っても、上記のような人数での融通性は、希少で神聖たるべき儀礼を保護することにも貢献するでしょう。

もちろん、新十四日派がどんなに集まろうにも、昨年などは二桁の人数にさえ届かず、何らの不都合もないところではあります。
人数が少ない方が良いというのではありませんが、この儀礼については、無理に然程の関心も、その意味もほとんど理解しない人にわざわざ声をかけるまでもないように思えます。

『主の晩餐』が、キリストとその共同相続者らとの関わりを第一とする厳粛なものであれば、我々は場を設ける下働きはしても邪魔はしない陪席者であるべきでしょう。(ルカ12:35)
ましてや、祝賀パーティーのようであってはキリスト教界の轍を踏むばかりです。

その目的とするところは、『聖霊』の再降下を望みつつ待つことにあり、それによって終末という時代を迎え、いよいよ聖なる民イスラエルがこの世を過ぎ越し、天界で『神の王国』を打ち建てるという神の偉業が達成されるに至ることを信じる者が終末以前の地上に居ることを示すことにあります。(ルカ18:8)


本年2020年は4月7日(火)の日没から、ユダヤ暦ニサン14日となり、かつてユダヤ教の宗教家らとの『無酵母パンの祭り』を控えた対立の中で、メシアの犠牲の死に基き、極めて貴重で新たな祭礼が示された同日を迎えます。

ご同意頂ける方々と共に、今年も『キリストの過越し』を共にできることを念願しております。
7日の日没後にこの儀礼を行われた方には、ご連絡をお願いします。


無酵母パンの製法については⇒こちらを
赤葡萄酒は混じり気のなく、添加物の少ないものが良いでしょう。

祭礼の式次第のようなものは残されていませんが、表象物を前にしばらくの時間を過ごされますように
聖書を朗読することや、祈りを以ってパンを割き、祈りを以って葡萄酒を注ぐことも良いように思います。

聖書の朗読に適した箇所は、ヨハネ福音書の14章から17章の任意の箇所が良いでしょう。
第二世紀の小アジア(現トルコ西部)の十四日派は、晩年の使徒ヨハネの薫陶を受けており、ニサン十四日に晩餐として聖餐をとる習慣は特に小アジアに定着していたことが知られています。

聖霊が降下していたその頃と、次にその降り注ぎが起るに違いない終末との架け橋となること、それが「新十四日派」の最重要な務めであると考えます。
それはつまり、到来する聖徒らを迎えるために、黎明から起き出す『シオン』、諸国を闇が覆う終末であっても神の栄光を反映して輝き出す信徒の群れとなることを意味しています。
聖徒らは、地の四方から集められ、同時多発的に『一日にして国民が生み出される』かのように現れ、世界は終末に入ることになるのでしょう。
そうなれば、永い沈黙の後にメシアが現れたように、様々な聖書の封印された記述が現実となって動き出します。
今日、この儀礼を守る当派信徒が、聖徒の先駆けとなるか否かは未だ謎ではありますが、万一にも「荒野から叫ぶ声」とされるとすれば、それに優る光栄が何かほかにあるでしょうか。

聖書に記された神の業の偉大な実績と、その変わらぬ善意の悠久さからすれば、その預言された経綸の歩みは否定できるようなものではなく、次なる神の一歩は誰も留め得ないものであるのです。
そうであれば、抗う理由などがあるでしょうか?

『主の晩餐』を行わなかったからと言って救われないわけではなく、行ったからと言って救われるということもなく
時間に余裕があるから行うわけでも、忙しいから行わないわけでもありません。
ただ、偉大なる神とキリストへの畏敬に圧倒され、感化を受けるばかりです。



 エイレナイオス


当夜に『主の晩餐』を挙行なさった方々からのご連絡をお待ちしております
こちらのコメント機能もご利用でき匿名設定も可能ですが、人数、都道府県などお知らせ頂きますようお願い申し上げます


4月10日までに通知頂いた挙行は以下の通り
東京都1ヶ所1名
青森県1ヶ所1名
千葉県1ヶ所1名
茨城県1ヶ所1名

 計 4ヶ所 4名

他に事情あり挙行数に含まれない1件1名有






『シオンの荒れ跡』を興す『主の晩餐』の儀

2019.04.10 (Wed)
Do the Lord's Supper in a primitive Christian way.
On the night of April 18 ⇒ English


2019年の『主の晩餐』を行うべきニサン月14日を4月18日の夜に迎えましたが
各地で挙行なさった方々は、その旨お知らせを頂けますなら、ブログ上にて公表したく存じます。
挙行なさった都道府県と人数をお知らせ頂きますようお願い申し上げます。
このブログのメッセージ、またコメントでも「筆者のみ閲覧」を選択の上ご利用ください。

4月28日現在
青森県 1カ所 1名
茨城県 1カ所 1名 
埼玉県 1カ所 2名
兵庫県 1カ所 1名
 以上
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さて『主の晩餐』は、キリスト教界では広く「イースター」や「復活祭」とされてきましたが
それはキリスト教の『主の晩餐』が派生する元となったユダヤ教の『過越し祭』(ペサハ)の晩餐(セデル)という元の形をキリスト教側が嫌ったところから来ています。しかしながら、原始キリスト教の時代に、この儀礼が「パスカ」と呼ばれていましたのも、ヘブライ語での「ペサハ」を音訳したところから来ていますので、当初は年に一度、ユダヤの祭礼に沿って行われていたものであったのです。

しかし、古代のキリスト教は、ユダヤ教と袂を分かつ時期に多くの迫害をユダヤ教から受けていましたので、ユダヤ教徒と祭日を共にすることを極度に嫌い、ユダヤの『過越し祭』とキリストの『主の晩餐』とを切り離すために、ユダヤ陰暦とは異なる「春分」を用い、その次の満月の次の日曜日に「主の復活」として『主の晩餐』を行うよう変更を加え、それはニケアー会議でローマ帝国の法とされ、『主の死を記念する』べきものであった『主の晩餐』の本質を離れて、「復活祭」の祝い事に変えられて今日に至った経緯があり、これは大半の教会に於いてそのままにされています。

それに加えて、諸教会では『主の晩餐』を『聖餐』として、やがて日曜日であればいつでも行うことにより、キリストとの繋がりをより多く体験できるものと理由付けされ、日中であろうといつであろうと「聖体拝領」という頻繁に行われる儀式としてしまいました。

他方で、ユダヤ側も本来の出エジプトの晩であったニサン14日の夜にセデルをとる律法の定めを改めて、キリストの時代には一日遅れの15日に移動してしまっており、その日差によって意図せずキリストを出エジプトの日に殺害する機会とし、こうしてエジプトの各家庭で屠った子羊にキリストが予型されていること、また、キリストの死が神の経綸であったことをユダヤ体制は期せずして自ら証しを立ててしまいました。

では、今日『主の晩餐』をいつ行うかについては、キリストの果たした役割、特にキリストの肉と血を表す無酵母パンと赤葡萄酒の二つのエレメントが犠牲の死との関連を物語っており、出エジプトに際してモーセが予型として示した多くの事柄を尊重するなら、ユダヤ人の『過越しの祭り』に寄り添うものとされるべきであることは、まず間違いのないことです。
キリストはユダヤの祭りに関わって死を遂げられたのであり、大祭司カイヤファに裁かれ、祭司長派とユダ・イスカリオテらとの時のせめぎ合いの中で出エジプトの前の晩の食されるべき子羊として亡くなられたのでありますから、神への畏敬を持つのなら、ユダヤ人のニサン月14日という『代々守るべき日』(出埃12:14)に『主の晩餐』を行わない理由がありません。

それは天文学的に太陽年の同日になるか否かということではありません。
ユダヤの祭りが行われている時に寄り添うことの方に意義があるのです。

(おそらくは、そのためもあって今日までユダヤ教が存在してきたのでしょうし、終末の終局時期に至っても、異教に堕したキリスト教と共に、パリサイ派ユダヤ教の教理と慣行も『大いなるバビロン』の滅びの後まで存続してゆき、終末の『背教』を形成するのでしょう。)

また、キリストの御身にアダムからの罪がなかったこと、その死が律法の成就であったことを認識するなら、新教系の教会のように酵母を入れたパンで済ますことは良心が咎めることになるでしょう。そのパンが無酵母であることそのものが、『過越し』のニサン14日に、それも晩餐として行うべきことを示してもいるのです。

日本のように無酵母パンがすぐに入手できないところでは、幾らか作る手間はかかりますが、キリストの犠牲に関わる儀礼であり、出来るのにその手間を惜しむようなら、この儀礼には関わらない方が良いのです。その人には事の価値感がないからで、奇跡の聖霊を持たずに飲食する人もそのようです。

他方で、以上のような『主の晩餐』を行うことに賛同なさる方々には、本年4月18日の晩を清いものとして取り分け、それぞれに無酵母パンと赤葡萄酒の二つのエレメントを用意され、祈りの内に一定の時間を観想して過ごされますようお勧めします。

キリストはいまだ不在であられますので、聖霊の再降下がない以上、エレメントを飲食するべき『新しい契約』に入った『聖なる者』らもやはり不在のために参与しませんが、異教に汚れたキリスト教の姿を憂い、象徴的にユーフラテス河畔のバビロンを発って、シオンを目指すことは今でもできることでしょう。まず晩餐の席を設けることによってです。

キリストによって『天と地のすべてのものを集める』(エフェソス1:10)という、神の偉大な経綸に協働すべく、『久しく荒れ廃れた処を建て起こし・・新しくする』(イザヤ61:3-4)のは『誰か?』と神に問われており(エレミヤ30:18-22)、そこには自発的参加者、信仰によって動かされた人々の余地が空けられているのです。『彼らはわたしの民となるであろう』とは、神の業も人々の自発心によってこそ栄光をまとうということなのでしょう。

キリストが『王権を得るために』不在となり、聖霊も引き上げられて以来、キリスト教は『ダヴィドの荒れ跡』と化しており、シオンに神殿も祭壇もなく、崇拝の影もありません。キリスト教徒は永きにわたりバビロンの分厚く高い壁の中に囚われたままに過ごしてきました。このままであれば、キリスト教はバビロンの中で終わりを迎えても不思議はないでしょう。今日、そう主張されることは有っても世界のどこにも神への崇拝など存在していないのです。
では、ダニエルのように『シオンを嘆く者』はいないのでしょうか。

かつてのメシアであったキュロス大王の勅令が出たときには、僅かながらも有志たちが居て、シオンを目指しておりました。到着した彼らはシオンに立ち、まず祭壇を建て『常供の犠牲』を回復させることになりました。その後は周辺諸民族の反対を受け、神殿の再建までには、なおしばらくの間待たねばなりませんでしたが、神殿再建の以前にも、シオンで神の崇拝は一部が再興され、民は罪祭の儀式を受けるまでに回復することには成功しています。

そしてキリストの二度目の臨在が近付いているのであれば、キュロスの後の、もう一人のメシアが扉を敲くときに、「お帰りなさいませ」とばかりにすぐに扉を開く奴隷たちが居なくてはなりません。それは帯を締め、夜中篝火を焚いて待ち続ける者らです。
この者らは、キリストの戻られる以前から活動しているのですから、聖霊注がれた聖徒ではありません。彼らは主人に任命されたから活動するのはなく、『誰であろうか?』と問われるように、自発的行動者であることが示唆されているのです。

それでも主人の帰宅と共に、聖徒でない彼らが異例の厚遇を受けることになることをイエスは予告されました。
これはイザヤ書でも、シオンという聖徒たちの母親が栄光を受け、子らを生み出し、神を夫とすることが示されています。
『見よ!暗きは地を覆い、濃い暗闇は民を包むとも』『女よ起きよ!光を放て!』と呼びかけられるのは、その子らを得る前に女シオンが目覚めるていることを指すのでしょう。(イザヤ60)

これが黙示録の終末に描かれる天界の光をまとう妊娠した女であり、聖徒である赤子は神の許へ納められ、女自身は『三時半』の安寧を得、攻撃されているであろう聖徒らへの支持を示すことでしょう。(黙示12)

それについてはイエスもゲッセマネの祈りの中で、聖徒と信徒とが共に神の民とされ得ることを語られています。
『彼らのためだけでなく、彼らの言葉によってわたしを信じる者たちのためにも、お願い致します。
父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、皆が一つになりますように。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。
そうして世が、あなたがわたしをお遣わしになったことを信じるようになるためです。』(ヨハネ17:20-21)

これはヨハネ黙示録で、ユーフラテス河畔から四人の使いが解かれると、『二億の騎兵』が現れる理由を暗示するものでもあります。この膨大数の騎兵は、それに先立つ聖徒である去りゆく『蝗』の業を受継ぎ、より強力に『三分の一』というバビロンに堕し、聖徒を葬ることになる勢力の咎を責めることになるでしょう。

これらの古代と終末との事象を俯瞰するなら、『主の晩餐』への観方も一層深まり、また、呼応する方々の意欲を高めるものともなるでしょう。『シオンの荒れ跡』に立つ有志とは誰になるのでしょうか。

 ⇒ 「忠実で思慮深い家令 夜を徹して待つ」

『主の晩餐』の席をしつらえることは、夜を徹して主人の帰還を待つことであり、自分たちで勝手な食事をとらないのは空虚で無意味な断食ではないのです。
もし、この理解が神の御前に相応しく、応じる方々があるとすれば、『シオンよ、醒めよ!』とは今のことであり、曙光が近付いているということなのでしょう。

それゆえにも、各地の方々の『主の晩餐』が、筆者も含め神の御前に覚えられるものとなりますよう重ねて祈念しております。



エイレナイオス


Hky









Do the Lord's Supper in a primitive Christian way. On the night of April 7 2020

2018.12.02 (Sun)
Annual Pascha comes near on the 7th of next month in 2020.
As a matter of fact, I hope all readers will be able to share this most important ceremony of Christianity with each other.

By the way, “The Lord's Supper” has been widely referred to as “Easter” or “Easter” in the Christian world, but it is the Jewish Passover Festival from which the Christian “The Lord's Supper” was derived It's from the place where Christians hated the original form of the supper of Pesaha. However, in the period of primitive Christianity, this ritual was also called “paska”, because it came from the transliteration of “pesaha” in Hebrew, so initially it is once a year at the Jewish festival. It was being done along.

However, since ancient Christianity divided Judaism and jealousy and received many persecutions from Judaism at the same time, Jews hated to share holidays with Jews, and the Jewish "passover". In order to separate it from Christ's "Supper of the Lord", change to "Supper of the Lord" as "Resurrection of the Lord" on the next Sunday of the next full moon, using "Spring minutes" different from Judean calendar In addition, it is regarded as the law of the empire at the Nicaea Council, and apart from the essence of the Lord's Supper, which should have been "memorial to the Lord", it has been transformed into a celebration of "Easters" and has reached today You

In addition to that, the Lord's Supper can be reasoned to be able to experience much of the connection with Christ by doing "Supper" as a "sacred supper" anytime, and whether it is daytime or not, "the communion It has become a frequently performed ritual called pilgrimage.

On the other hand, the Jews also redefined the law of taking the seder on the night of Nisan 14 which was the original night of Exodus, and moved 15 days a day, one day later in the age of Christ, That day is an opportunity to kill Christ unintentionally on the day of the Exodus, and thus Christ is being typified by the lambs slaughtered in each family of Egypt, and that the death of Christ was God's rule of God I made a testimony by accident.

Now, with regard to when the Lord's Supper will be performed today, the role played by Christ, in particular the two elements of yeastless bread and red wine representing Christ's flesh and blood, have a link to the death of the sacrifice. If you respect the many things that Moses showed as a model during Exodus, it is almost certain that it should be taken to the Jewish "passover".
Christ died in connection with the Jewish festival and was judged by the High Priest Kiahfa, and eaten the night before Exodus in the conflict between the priests and Judah Iscariot. If you have a reverence for God, you have to die of the Lord's Supper, which is a day to be protected by the Jewish Nisan 14th day (odds 12:14). there is not.

It does not mean that it will be astronomically the same day of the solar year.
It is worthwhile to be close to the Jewish festival being held.

(Perhaps that is why Judaism has existed to this day, and even in the final period of the end, along with the pagan Christianity, the doctrines and practices of the Pharisees Judaism have also been destroyed Will continue to form the end of the apostasy.)

Also, if you realize that Christ's body has no sin from Adam and that his death was a fulfillment of the law, conscience will give up that bread containing yeast like a new church will It will be. The fact that the bread is yeast-free also indicates that it should be done as a dinner on Nisan 14 of Passover.

Where yeast-free bread is not readily available, as in Japan, it will take some time to make, but if it is a ritual involving the sacrifice of Christ and if it is possible to do so, one who is not involved in this ritual Is good. That is because he has no sense of value, even people who eat and drink without having the miracle Spirit of the Holy Spirit.

On the other hand, for those who agree with the above-mentioned “The Lord's Supper,” take the evening of April 18 this year as a clean item, and prepare two elements of yeast-free bread and red wine liquor for each. It is recommended that you have a certain amount of time to think about and spend in prayer.

Since Christ is still absent, so long as there is no remnant of the Holy Spirit, the “Sacred Ones” who have entered the “new contract” to eat and drink elements do not also participate for the absence, but the pagan Christ It is possible to achieve the vision of Zion by symbolizing the figure of religion and leaving Babylon on the Euphrates River symbolically. First of all, by setting up a dinner table.

In order to cooperate with the great passage of God by Christ, "All the things of Heaven and Earth" (Ephesians 1:10), "Build a long, desolated place, and renew it" (Isaiah 61: 3-4) 'Who? God is questioned (Jeremiah 30: 18-22), and there is room for voluntary participants, people moved by faith. “They will be my people” means that God's work is also glorified by people's willingness.

Since Christ's absence in order to “get kingship” and the Holy Spirit has been lifted, Christianity has been turned into 'David's Ruin', and there is neither a temple nor an altar in Sion nor a shadow of worship. Christians have long been trapped in Babylon's thick, high walls. If this is the case, there is no wonder that Christianity will end in Babylon.
Then, isn't there a "person who laments Zion" like Daniel?

When the decree of King Cyrus, the former Messiah, was issued, there were a few volunteers who were aiming for Zion. When they arrived, they stood at Zion and first built the altar and restored "the casual sacrifice". After that, we had to wait for a while for the reconstruction of the temple due to the opposition of the surrounding peoples, but even before the reconstruction of the temple, the worship of God was partially revived in Zion, and the people We have succeeded in recovering before the ritual of the guilty festival.

And if Christ's second presence is approaching, slaves who open the door immediately just as "Please return" when another messiah behind Cyrus opens the door. It must be. They are those who fasten the band and keep on waiting for a bonfire all night long.
Since these men have been working before the return of Christ, they are not the saints who have the Holy Spirit. They are not appointed because they are appointed masters, "Who will? It is suggested that it is a spontaneous actor, as it is asked.

Still, with the return of the master, Jesus foretold that those who were not Saints would receive exceptional treatment.
This is also shown in Isaiah's book that the mothers of the saints of Zion will be glorified, give birth to their children, and have God as their husband.
"Look! The darkness covers the earth, and the dark darkness embraces the people. Send the light! It may be pointed out that Zion is waking up before getting the children. (Isaiah 60)

This is a woman who has been pregnant with the light of the heavens depicted at the end of the apocalypse, and the saint, the baby, who is a saint, is paid to God, and the woman herself will be attacked with the well-being of "3:30" We will show support for the saints. (Apocalypse 12)

About that, Jesus is also told in Gethsemane's prayer that the saints and the believers can both be made the people of God.
'Because not only for them but also for those who believe in me in their words.
Father, let us all be one, as you are in me, and I in you. Keep them within us.
Then the world comes to believe that you sent me. (John 17: 20-21)

This is a John Apocalypse, which also implies the reason for the "200 million Cavalry" to appear when the four men are released from the Euphrates River. This large number of cavalry carries on the work of the leaving Saints, the former Saints, and more powerfully stings on Babylon, the third, to blame the prisoners of the powers who will bury the Saints. It will be.

If we look at these events of the ancient times and the end, the way we look at “The Lord's Supper” will become even deeper, and it will also motivate the people in response. Who will be the volunteer who stands in "The Ruin of Zion"?

Faithful and thoughtful household Wait through the night

To hold a seat in the Lord's Supper is to wait all night for the return of the master, and it is not an empty, meaningless fast to not have your own meal.
If there is a person who understands and understands this understanding before God, "Sion, get up! ] Is the present, and it may be that the glory is approaching.

That is why I pray for the Lord's Supper, which is from all over the world, to be remembered before God, including the author.


Irenaeus



2018年『主の晩餐』

2018.03.18 (Sun)

本年の『主の晩餐』を行うべきユダヤ教徒によるニサン月14日が、今月29日の夕刻に近付いてまいりました。

他ならぬメシアが捕えられ不当な裁きを受け、刑死されるその一日の始まりに於いて、使徒らとの最後の晩餐はユダヤ教の過ぎ越しの食事となりましたが、そこでイエスは新たな儀礼を行い、また創始されました。

それが無酵母パンと赤葡萄酒の象徴による『主の晩餐』と呼ばれる、キリストと共なる者らが、イエスの肉に食し、血を飲むことにより、キリストの『兄弟』としての契り、『新しい契約』に入ることを表す、簡素ながら極めて意義深い儀礼であります。

それこそはユダヤの大祭司らの関わるニサン月14日と呼ばれる晩であったゆえに、イエスは祭司長派との時のせめぎ合いの中で、出エジプトという神の畏怖すべき救いの偉業の晩とその意味を重ね、『子羊』の対型となり、その晩からイエスは栄光を受け、十一人の使徒らも試練を共にした後の信頼性に到達し、聖徒の全体を、彼らの主と共に吟味する立場が約定されています。

それらは、彼らを通しての聖徒全体、即ち、真のイスラエルのこの世からの出立を指し示したと言うべきでしょう。彼らは共に試みを経て、この晩以来もはや『この世のもの』ではなくなっていたというべき理由が、イエスの言葉に現れています。(ヨハネ17:16)
やはり、パウロが言うように、『主の晩餐』は、十二使徒らをはじめとする『わたしたち(聖徒)の過ぎ越し』であり、彼らは、忠実を全うするキリストの栄光の時と共に、象徴的エジプト、即ち『この世』を後にしたと見ることができるでしょう。(コリント第一5:7)

彼らに聖霊が注がれるのは、未だ到来していない主の死と復活から50日後のことではありましたが、キリストと共に「十二使徒」が他の聖徒らより早く、天に召されることが揺るがないこととされ、実際に後に補充されるマッティアス共々、死に至るまで主に従い契約を全うしたことが史料に伝えられています。彼らはそうして『世を征服した』と言えましょう。(ヨハネ第一5:4)

彼らを含め、聖徒の全体は、無酵母の『罪なき』キリストの体を共にして霊への復活を待つものとなり、赤葡萄酒を飲み合い『新しい契約』に入ることで、キリストの血によって『サラの子』となり、アブラハムの嫡流、そしてダヴィドの血統を共に継ぐ者と見做されるに至ります。(エフェソス2:13)

それこそは、真のイスラエルであり、我々この世の隷属にある諸国民に対するただ一条の希望の光であって、なにものにも代えることの出来ない人類の最も貴重な『真珠』、『神の王国』であります。


この王国の到来については、他ならぬキリストであるイエスが、一度天に去った後に不定の将来に雲と共に戻られることを使徒らに何度も語っています。

あるときには、諦めずに祈るべきことを不義の裁判官を悩ます寡婦の例えを話つつ、『しかし、人の子が来るとき、地上に信仰が見られるであろうか』と最後に付け加えて言われました。(ルカ18:8)
これを、キリストの終末の臨御に相当するものとして捉えるなら、この一言は臨御の後に現れる聖徒たちの信仰について言われているとは思えないところがあります。
なぜなら、まるで信仰の無いところにキリストが聖霊を与えることは非常に不合理だからです。聖徒以前に信仰がなければなりません。
その人は、けっして「聖霊は自分にある」などと思ってはいないはずです。そうでなければ、聖霊を切に求めもしないからです。『求め続け、敲き続けるなら・・聖霊を与えられる』とは、キリストの言葉であるのです。

確かに、キリストが地に来られ奇跡を行うことにより、ユダヤの人々から信仰が起こされたのであり、そこでは聖霊が先にあり信仰が後から付いて来たとも云えそうです。
しかし、当時にはバプテストが先行し、ナザレのイエスがまず存在していました。この二人の儀礼により『罪』なき者への聖霊は、史上初めて地に降っています。即ち『水と霊から生まれる』、神の王国への誕生を遂げたことが知らされているのです。

また、この点では、バプテストの声に聴き耳を立てていた、ガリラヤの漁師アンデレとヨハネの行動には注目するべきものがあります。彼らには律法と預言者らの言葉を手繰り出すだけの関心があったうえでのことです。彼らは当時の宗教的環境に慢心してはいなかったのでしょう。

そして今日、人々にはこれらの事象を書き含めた、永きに亘る神の経綸の集積である聖なる書が与えられています。
今日の人々は聖霊の奇跡を見てはいません。しかし、目に見えずとも、エデンの古からの神の偉大な足跡を辿り、キリストやその使徒らの言葉を通して、旧約の言葉に如何に人間の達し難い事柄が有ったか、また、超絶的なほどに高みにある神の知恵と、絶える事の無い神の意志の歩みの大きさ歴史の長さには圧倒されることを覚えずにはいられません。
その驚異的な経綸を前にして、人は本当に信仰を懐かずに居られるものでしょうか?

やはり、今日に聖霊が注がれていなくても、キリストの到来を求めるに足る信仰を懐くことは可能であり、また、丹念に神の意図を探ろうとするなら、その驚くべき経綸を見出すことは誰にもできることでしょう。ただ、何等かの利己心を懐き、聖書を結論有きとして読む、即ち『自分の腹』を神としなければのことです。

また、ルカは福音書においてイエスの言葉をこう記録しています。
『「腰に帯を締め、篝火を灯していなさい。主人が婚宴から帰って来て戸を敲くなら、直ぐに開けようと待っている人のようにしていなさい。』(ルカ12:35-36)

これは主人であるキリストの帰還を指し、そのときが深夜以降になることも示唆しています。
では、今日主人が戻って扉を敲くなら、誰が覚醒していて、その扉を開いて主人の飲食の用意の出来た部屋に案内できるでしょうか。
そのような待機は信仰がなければ出来ないことであり、キリストの帰還が何を意味し、聖霊がどんな役割を果たすか、また聖徒らの立場がどのようなものかを理解していないで『目を覚ましている』ことにはならないでしょう。

しかも、まさにこのイエスの下命が誰に対するものかをペテロが尋ねているにも関わらず、珍しくイエスはお答えになりませんでした。(ルカ12:41-)

ですから、聖霊の注ぎの意志をキリストが持ったとしても、『この世』が終末に入る以前に、このキリスト教の最重要な儀礼とされる『主の晩餐』を、その本来の意義に於いて行っている者が地上に一人も居ないのであれば、『この世』の終末を画する『聖霊』の注ぎがどうして起こるものでしょうか?
それでは、人類はいつまでも『この世』の過ぎ越しを行えず、『罪』の隷属から解かれる機会は遠退くばかりです。

もちろん、『キリストの臨御』や『終末』が何時始まるのかを知る者は誰もおりません。
それはダニエルに示された七十の週の最後の半週1260日が残されており、『契約が固く結ばれる』というその期間がいつ再開され、再び契約に与る聖徒が現れるかは、魂の創造とすべての魂の裁きにも関係した、創造者だけが知り得る全くの秘儀だからです。(ダニエル9:27)

それでも、人類の野放図な経済活動のため、地球の環境にさえ変動が憂慮されているこの時代について鑑みるなら、それはそう遠くないとしても的外れではないでしょう。
同じくダニエル書の終り近くに記されている二大世界覇権のせめぎ合いの条件が著しく整いつつある昨今の情勢からしても、神の経綸に敏感な人をして、何事かを感じずに居られるものでしょうか。

聖徒らは、その二つの権勢の間でエジプトのモーセとアロンに比肩する、いや、それを遥かに超える偉大な証しを達成し、人類を『この世』から導き出す神の業の前半を地上で荷うのであれば、どうしてこれに賛同し、支援せずにいて良いものでしょうか?
それも自分が救われたいから行うのではありません。神の意志に賛同し、また協働しようとするからであります。
これは、神の善意とキリストの自己犠牲に気付いた者にとって他人事ではありませんし、放置してはならないことです。(マタイ25:40)

わたくしの拙い文章であっても、聖書に存在していながら世に誤解され、また気付かれて来なかったその真意に価値を見出された各地のみなさまに、能う限り『主の晩餐』をユダヤ人の過ぎ越しに合わせ今月29日の晩に行われますようお勧めしたく存じます。それこそは、使徒ヨハネに従った原始キリスト教十四日派が行っていたことであり、初代の弟子らの儀礼を再興することであります。

この儀礼を行うのは難しいことではなく、各家庭や、都合の付く屋内であればどこでも行えます。
無酵母パンの製法はこちらにあります


また、わたくしは東京都板橋区にて、挙行する予定でおります。
ご一緒できるようでしたらこのブログのメッセージ機能なり、右覧に呈示してありますE-メールアドレスをご活用いただきご連絡ください。

なお、挙行に関連した質問をいただきました。
ほかのみなさまにも参考になればと思い、以下に問答を記します。

Q:赤葡萄酒はどのようなものが良いか?
A:できれば、混じり気の少ないものが良いでしょう。
近年は酸化防止剤も含まない安価なものが広く市販されています。
また、キャンティのような混醸された『混ぜ合わせた酒』が相応しいかと云えば、難しいでしょう。
わたしは以下のものを用いる予定でおります。
Vini_Fur_Abntml.jpg
- これは例であり、宣伝目的はありません -
(参考までに;古代の葡萄酒は相当に甘口であったという記述を読んだことがあります)

Q:式を行う時間帯は?
A:日没から幾らか経った時分(およそ7時以降)が良いでしょうし、キリスト捕縛当夜の状況からすれば、遅くとも真夜中には終わっているのが良いでしょう。
時間そのものも規定はありません。表象物を机に置いてからヨハネ福音書の一章を読むだけでも30分くらいにはなるでしょうか。
わたしは例年、古来の方式で主の晩餐を行う旨を祈ってはじめてから45分から一時間くらいで終ります。
(ユダヤ教では三番星を見てから日付が変わったと判断するそうです)

Q:パウロが教えるように、事前に食事を摂るべきか?
A:コリントスのエクレシアに向けたパウロの助言ですね。
ユダヤ系の人々とギリシア系の人々が混じって(7:18/10:31-32)、この時代では、まだユダヤ教古来の「過越し」と「主の晩餐」とに認識の混乱があり、過越しでは四盃葡萄酒が飲まれましたし、既に羊肉をたっぷり食していたのでしょう。律法の「過ぎ越し」として「主の晩餐」を行おうとすると、まず「過越し」の羊を食べ、四盃目の葡萄酒に与るところからを「主の晩餐」とするので、それから集まりに来たユダヤ教由来の人々は、もう『酔っている』ことになります。他方でユダヤ教の背景のない人々は、「主の晩餐」にだけ与ろうとして『空腹で集まってきた』のでしょう。

これは「どちらが正しいか」を主張するようなもので、不一致を助長するばかりでしたから、パウロは各自が家で食事を済ませて来るようにと言っています。
この助言の趣旨に従うなら、「主の晩餐」の前に自分の夕食は適度に(軽めに)済ませておくのが良いでしょうし、それは式の最中に「腹が鳴る」ようなことを避けることにもなります。

Q:無酵母パンと葡萄酒の残ったものを試食、試飲することには問題ないか?
A:当日以外であれば、まったく問題ありません。
また、式時間以外の他者が関わらないところで、試食、試飲することさえ本来は何ら問題にはなりませんが、誰かに見られてつまずきを与えるようなら、それはしないに限ります。(コリント第一8:13)もしお一人であれば、ご自分が納得される事は自由です。(ローマ14:22)

良く焼いたパンはまったく美味しいものではありませんので、その禁欲性が味わい知れるでしょう。
万一全粒粉が入手できない場合は、普通の小麦粉に代替しても可です。無いのですから仕方ありません。
他方では、少し凝ってスペルト小麦などにするほどの事も本来は不必要でしょう。(儀礼に凝り始めると罠にもなります)
赤葡萄酒の残りは、後で私用に供しても何ら関わるところにはなりません。

(ただ、式に用いた分は、飲まずに注ぎ出して処分するのが「契約」への敬意に相当するでしょう。それは本来は聖徒が飲むべき分であったからで、それはパンも同様です。そしてその「契約」もすべての人に益をもたらす貴重なものだからです。)


各地のみなさまと共に行う『主の晩餐』が、神とキリストの目に留まりますよう祈念いたしております。

エイレナイオス


-ご報告-
4月15日現在で
青森県一名
宮城県一名
埼玉県(3か所)八名
東京都二名
大阪府一名


趣旨にご賛同くださり同じ夜に挙行なさった皆さんのお知らせをお願いします。






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2017年 主の晩餐

2017.03.17 (Fri)

本年のニサン月14日は

4月9日の日没から始まり、翌10日の日没前までとなりました。
第一世紀の西暦33年に当たるユダヤ陰暦の同日の間に、イエス・キリストが捕縛され犠牲の死を遂げられています。

それはパリサイ系ユダヤ教徒が「過越し」とするニサン月15日の前の(ヨハネ18:28)「準備の日」でありました。(ヨハネ19:42)

最後の晩餐となったイエス一行の過越しの食事「セデル」は、ユダヤ体制派に一晩先んじて行われ(マルコ14:1-)
使徒ヨハネが繰り返し、出エジプトの前夜の子羊の犠牲とイエスを関連付けるように(ヨハネ1:29/19:36)
キリストは、同じニサン月14日に屠られる子羊であることが示されました。

それは、モーセに命じられた『代々定めなく守られるべき夜』であり(申命12:17-18)、エジプト最後の晩の犠牲の雄子羊が指し示したのは『世の罪を取り去る神の子羊』(ヨハネ1:29)でありました。

出エジプトの際に屠られた子羊が、イスラエルの長子を贖い、レヴィ族を聖なるものとして取分けたように(民数2:13-)
キリストの犠牲は、人類の『初穂』(ヤコブ1:18)となる聖なる人々を聖霊の注ぎによって最初に贖い始めました。(ローマ8:33)

この人々は第二世紀頃に絶え、キリストの不在が始まって以来、現在まで存在していません。(ルカ19:12-)
しかし、この世が終末を迎える不定の時には、再び現れることが聖書から読み取れます。

終りのときに、彼らは聖霊によって為政者の前に引き出され、聖霊の言葉を語ることがキリスト自身によって予告されており
それによって、『天地を揺るがす』ほどの世界宣教が僅かな期間に行われ、この世は裁きに至ることも聖書は明らかにしています。
 (ルカ21:12-/ヘブル12:25-/マタイ10:18/黙示11:3/ヨハネ16:8-)

この世が終わりを迎えるということは、世界の破滅や大破壊を意味するわけではありません。
むしろ、アダムの子孫が味わってきた『罪』のもたらす虚しさや苦悩からの解放(ローマ8:19-)
また、人々を贖罪し、新たな社会秩序をもたらす『神の王国』が非常に近付いた事を意味します。(ルカ21:28)
それは老化と死や病という人に巣食う罪の重荷、また政治と宗教という社会悪の一掃を成し遂げるでしょう。

しかし、それも聖霊が再び注がれ『聖なる者ら』が現れなくてはなりません。(ダニエル9:27)

今日の信ずる者らは、『切なる思いで神の子たち(聖なる人々)の出現を待ち望む』べき理由があり(ローマ8:19)、キリストと彼らとの繋がりを確認するこの『主の晩餐』の儀礼を、年毎の『主の渡された晩』(コリント第一11:23)に設えて、地から神の前にその信仰に基づく願いを表す事が出来るでしょう。

それはキリストの臨在に際して、直ちに扉を開けて迎え入れる用意のある証しであり、主自身が終末にそのような信仰者たちが居ることを予告しています。(ルカ12:36-)

旧約聖書では、聖なる者らは『シオンの子ら』として語られ、その母親は『シオン』という寡婦ではありますが、『シオンの子ら』はバビロンの囚われから解放される時に至ると、寡婦であった『シオン』の許に多くの『子ら』が現れることになります。(イザヤ49:21)
そこでイザヤ書は『シオンよ、覚めよ!光を放て!』と云っています。(イザヤ60:1) それはいつのことでしょうか?

この信ずる人々こそが黙示録12章の太陽、月、星の光を持ち、子を生み出す『女』として、終末の場面に再び描写されているものでしょう。
ですから、聖霊が再び注がれ『聖なる者ら』が現れるその前に、信ずる者らはいち早く『目を覚まして』いなければなりません。
然もなければ聖徒も現れず、終末も来ないことでしょう。(ルカ18:8)
(⇒「シオンの娘の謎を解く」

そこで、初穂として贖われる『神の子ら』の役割を理解し、『切なる思いで』『待ち望む』人々が地に存在していることを『主の晩餐』を通して示すことになります。

赤葡萄酒と、全粒粉で焼いた無酵母パンによって
原始キリスト教十四日派の仕方で「主の晩餐」を再興し、この儀礼の本来の意味に立ち返り、どれほど少数であったにせよ、地に『神の子たちの出現を待ち望む』信ずる者たちが存在することを示すことができるでしょう。
それは、キリストの臨御に対して、すぐに扉を開けて用意のできた宴席を提供することにもなるでしょう。


毎年、各地の皆様の挙行があることを心強く感じております。
式次第は特にありません、二つの表象物を置いて、一定の時をお過ごしください。
この儀礼の意義は、表象物に預かるべき聖霊注がれた者の現れを願うところにあります。
それぞれの場所で聖書を読むことや、この儀礼の意味を再考する時間とすることもできましょう。


私は、東京都板橋区内で行いました。
あるいは、ほかに十四日派に倣いパスカを行われた方は
本ブログのメッセージなどをご利用のうえ、林 までにご連絡ください。


現在のところ -4月26日-

北海道2か所(道央)(道南)
青森県1か所
埼玉県1か所
東京都1か所
富山県1か所


以上の知らせをいただいております。
合計人数8人











2016年のパスカの日付

2015.10.31 (Sat)
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古代小アジアの十四日派に倣う仕方での次のパスカは
HagiaDeipnonL1.jpg


2016年
 4月21日(木曜)の日没後といたします。


ユダヤ教暦の本年は閏に当たり、第二のアダル月が数えられます。
この閏は、前五世紀のギリシアの天文学者アテナイのメトンが編み出した19年間に7つの閏月を挿入する、太陰暦と太陽周期との調整方法に基づくものとされます。

したがい、太陽周期のみで判断する「春分の後の最初の満月」という判断方法とユダヤ陰暦との差が出ることになり、次回はその差が満月ひとつ分までひらくことになります。

2016年の春分は3月20日とされており、3月23日に春分後の最初の満月が夜に(日本で)見られます。
そこで、エホバの証人はこの日を以って「主の記念式」を予定しております。
この日付を今日のユダヤ暦で観ますと、ニサンではなくヴェ アダル(第二アダル)の14日となります。

そこで「新十四日派」は、日付けでは第二世紀の小アジアの十四日派を標榜いたしますので
第二世紀にエフェソスでエピスコポスであったポリュクラテスの言葉に従い、ユダヤ人がその暦に従いパンから酵母を除く日に寄り添うものとしたく存じます。それは「春分後の満月」ではなくユダヤ人に「ニサン14日」と呼ばれる日に入った夜となります。まさしく、キリストはユダヤの祭礼との時のせめぎ合いの中で、遂に死に至り、神とご自分に栄光をもたらしました。
本年、ユダヤ教徒は4月23日から無酵母パンの祭りに入り、その前の22日晩にセデルをとります。それは彼らが「ニサン15日」と呼ぶ日でありますから、十四日派が今日まで存続していれば、4月21日の晩に「主の晩餐」(キュリアコン・デイプノン)を行うことになったでしょう。

例年、古代の十四日派に倣う形でパスカを各地で執り行われる皆様、また、次回より始めることをお考えの皆様のご賛同を頂けますなら幸いに存じます。


上記理由のため、次回のパスカは「主の記念式」に日付けで競合することがありません。ですから、特に現エホバの証人の方で、小アジア式でのパスカをご希望の皆様には、お勧めしたく存じます。
また、教会員の皆様にとりましてもイースターから相当に遅れ、周囲の習慣に煩わされることなく行えることでしょう。
(この両者は共にカトリックの天文による方式でこの時期を決定しますが、それは元々キリスト教側のユダヤ忌避の精紳に由来するものです)

儀式の表象である無酵母パンと赤葡萄酒は同じでありましても、その意義はまったく異なっております。
現状で「新十四日派」のパスカの意義は、『神の子らの現れを待ち望む』ことにあります。(ローマ8:19)
即ち、キリストの血により『新しい契約』に入り、キリストの肉を分け合い同じ身体に預かる人々の現れを「待ち望む」ことであり、主の復活を「祝う」わけでも、主の犠牲に「感謝する」わけでもございません。聖霊無い者は契約の外に在るばかりです、
むしろ、『主の兄弟たち』が、主の死を介した深い関係性を持つことに注目するものです。
真に聖霊を注がれる彼らこそが、真実にアブラハムの裔、神の選民「イスラエル」であるからです。

「パスカ」とは、初期キリスト教徒がユダヤのペサハ(過越し)を音訳したもので、ユダヤ教徒らが「過越し」と「無酵母パンの祭り」を併せてニサン15日の夜から始めるその前の晩を初期キリスト教徒が取り分けて「主の晩餐」を採った事に由来しております。⇒日付の問題
今日までもパリサイ派であるユダヤ教徒は、イエスの時代と同じくニサン15日にセデルを採りますので、初代キリスト教に倣う仕方でパスカを行おうとする場合、ユダヤ体制派のセデルの前の晩にパスカを先行させることになりますが、それはイエスと十二使徒の最後の晩餐と同様になるでしょう。それが即ち、ニサン月14日です。⇒「主の晩餐とは何か

したがいまして、初期キリスト教での主の晩餐は、本来ユダヤ人の過越しの祭礼と共にありました。確かに、メシアの犠牲の死は、ユダヤの「過ぎ越し」と深く関連しており、ユダヤ教の祭司長派との祭りを巡る時のせめぎ合いの中でキリストの受難がニサン14日という古来定められた一日に焦点を合わせて起っています。
その浄められた晩をユダヤの祭礼に合わせる場合と、春分以降の月齢で定める場合とは、数日から、本年のように一か月も異なることも起り得ます。
ですが、春分と月齢に正確に従おうとすれば、地球の自転のために、エルサレムでしか正確な日時に「主の晩餐」を行えないことにもなります。しかし、世界各地に住むユダヤ人は、祭りができないところも出てしまわないように春分と月齢には拘りません。

それに加えて、その後ユダヤ教との不仲にゆえに、キリスト教界はユダヤの過越しと祭日を同じ時期にすることを極度に嫌い*、一般の暦で日付けの決まった聖誕節のようにではなく、この日付ばかりをわざわざ春分と月齢にしたがってまで毎年ユダヤの祭礼とは期日をずらして復活祭を行うようになりました。その決定の行われたニケア会議以後の「キリスト教」が採用するところとなった春分後の満月に基づく、異教の女神イシュタルに由来する「復活祭」(イースター)と、初期キリスト教徒の「パスカ」は日付も意義も異なるものでありまして、原始キリスト教「十四日派」[quartodecimani]の名称も、本来は春分後の正確な満月を基準にせず、ユダヤ人の暦に従う習慣を伝承するものでもあります。
*(「何よりも,このもっとも聖なる祝日を実施するにあたり,不信仰のために無法な罪によってその手を汚し,それゆえに当然ながら魂を盲目にされたユダヤ人どもの慣習に従うのは適当でない。…われわれはあの忌まわしいユダヤ人どもと共通のものをもたないようにしようではないか」。コンスタンティヌス帝からの諸州のエピスコプスへの書簡[コンスタンティヌスの生涯]~)

キリスト教界内においてこの件は、第二世紀より何度か討議されましたが、常に平行線を辿り、最後の使徒ヨハネの薫陶を受けていた小アジアを中心とする、「十四日派」とローマの間では論争が絶えませんでした。それはエウセビオスの主著「教会史」にも採録された有名な事例となっております。⇒ V24.アジアのエクレシアイとの論争

ニサン14日遵守の習慣は、第八世紀まで存続の痕跡が観られるとのことですが、「カトリック」側はこれを第四世紀に異端宣告し、呪詛の下に置きました。したがって、今日の教会がこれを好まないのも、その後の長い時代に、初期キリスト教の習慣からすっかり離れ、そのうえ「イースター」とも呼ばれ、欧州的異教化が進んでしまったところにあるでしょう。信者にご利益をもたらす慶事と化してしまったそれは、今更本来の姿に回復できそうには見えません。

一方で原始キリスト教の「パスカ」は、イエス・キリストが最後の晩餐を採られたときに制定された儀式でありますが、この食事はやがて天界で再びキリスト臨席の下に十二使徒と実現されることになることを主は語られました。天界の食事の成就のときには『イスラエルの12部族を裁く』ことになり、多くの聖霊で油そそがれた弟子らの中から『144000人』が選ばれることでしょう。これについてはその聖なる晩餐においてキリスト自らが十二使徒とひとつの契約を結ばれています。それは神の『新しい契約』とは異なるものです。(ルカ22:28-30)ですから、特に十二使徒は主と共に聖霊を注がれた『聖なる者ら』を裁く側に立つことになりますが、それは十二人については主の公生涯の間の試練の結果、ひとりは離れ墜ちましたものの、後に加えられるマッテアスも含めて裁きが確定しているからでしょう。離れた使徒はユダ・イスカリオテただ一人でありました。

イエスは十二使徒らについて、聖餐の席でこう言われました。『あなたがたは、わたしの試錬の間、わたしと一緒に最後まで忍んでくれた人たちである。それゆえ、わたしの父が国の王権をわたしに委ねてくださったように、わたしも王権をあなたがたに委ね、わたしの国でわたしの食卓に就いて飲み食いをさせ、また位に座してイスラエルの十二の部族を裁かせる。』
即ち、彼らはイエスと共に試練を耐え、遂に共に聖餐に臨んだゆえに、神殿の土台とされ、他のすべての聖徒らを裁く立場に就くことが示されています。

ですから、そのほかの聖徒らの裁きは未だ終わっておりません。そのためには、十二使徒が一番に天に復活し、二度目の晩餐を主と共にする必要があるでしょう。
ですから、それまでの期間は「主の晩餐」は「聖なる者ら」のための記念儀式として繰り返されることになります。⇒「忘れられた二つの意義

それゆえ、この儀式を地上で行っている間には、『神の王国』はけっして到来していない証しでもあります。
未だ、聖霊注がれた『神のイスラエル』は天界に召されておりませんし、その選別である「裁き」も終わってはいません。それはおろか、エレメントに預かる『聖なる者』さえ途絶えたままです。そこで「ダニエルの七十週」の残りの半週の間にも『契約は固く保持される』べき理由があります。⇒「ダニエルの七十週

しかし、キリストはナジル人のような専心を示して『二度とこの(過越しの)食事をとらず』『二度と葡萄の樹の産物を飲まない』と言われました。
その堅い決意は、自らの王国の設立に対して並々ならぬ意欲を持って臨まれることを表していることでしょう。その時には、『アブラハムの裔』を集めるという地上で始められた業が遂に成し遂げられ、キリストは大祭司の権限に加えて祭司団を得るばかりか、王国の共同相続者も得ることで、地上の支配権を受ける準備が尽く整うことになります。


さて、「主の晩餐」また初期キリスト教徒の「パスカ」の原型であるユダヤ人の「セデル」の食事は、元来、出エジプトでの各家庭での食事を起源としておりますので、キリスト教に於けるパスカも、ご家庭で行うことは差支えないでしょう。むしろ、それが原型であると言える理由を聖書は提供しております。
それぞれに赤い葡萄酒と杯、無酵母パンと皿を準備なさるだけで用意は済みます。

それらの表象を前にひと時を過ごされますように
細かな式次第は何ら規定されておりません。
また、第二世紀以来、今日までのところ、誰もこの儀式に預かる当事者とはなっておりません。

当然ながら、聖霊無い限り、すべての人は契約の外に在り、この食事にも儀式にも当事者とはなりませんので、二つの表象物を採ることはないでしょう。
第二世紀の古代よりこのかた千八百年、聖霊を注がれることで『新しい契約』に召された者が絶えて存在しないからです。

今できることは、儀式の準備をして待つことであり、世の終末での主の来臨に備えて『すぐに扉を開け』、地への臨御の主と、地上に現れる主と共なる人々に食事儀礼を提供できるようにしつらえるところにあります。




エイレナイオス


※2016年のパスカ挙行のお知らせを頂き、把握できましたところは
筆者本人の東京以外に把握しているところは以下の通り
埼玉、北海道(道南)、北海道(道央)、富山


「キリスト教」と「原始キリスト教」の違い




2015年の「主の晩餐」を行いましょう

2015.02.13 (Fri)

2015年のパスカ

今年の「主の晩餐」を行うべき満月の晩、4月3日の金曜日が近付いています。
これは、キリストの犠牲の死が多くの人々、殊に人類の『初穂』とされる『聖なる者たち』を贖い、『キリストの王国』を来たらせることに深く関わる儀礼の夜となります。

その由来はたいへんに古く、イスラエル民族がエジプトで奴隷生活を送っていたとされる、今から三千年以上も前に遡るものです。
そして、イエス・キリストの最後の晩餐と、イスラエルのエジプトでの最後の晩餐には深い関連があるのです。

そこには深く、ただならぬ意味が込められていることは明らかで、ユダヤ人はその晩を、過去と現在と将来をつなぐものであると言います。
キリスト教であっても、その意味においてこの夜には特別な意義が付されるべきものと言えます。
その理由を、まず過去から振り返ってみましょう。


◆長子を救った子羊


ユダヤ歴のニサンの月の14日の始まる夜は、太古のイスラエル民族が奴隷状態に置かれたエジプトを出ることを実現させた晩として、代々語り継がれるべきものとされました。

その晩に食される子羊の血を、家々の入り口の鴨井と柱にはねかけることにより、その家の長子は命を保ち、そうしなかった家々では長子の命を失うことになったのです。

神の使いは、血のふりかかった家を過ぎ越して、他の家の長子の命を奪って行ったので、この出来事と、以後にその晩を記念する祭りとは『過越し』と呼ばれるようになります。

長子の落命はファラオの皇太子といえども避けられず、その大きな悲しみが、遂にイスラエルの国外への脱出を許すことにつながりました。

そうして後に、神はイスラエルのすべての長子に所有権を唱えます。 そこでイスラエルのすべての長子に代えてレヴィの部族が神自らのものとされ、この部族に祭司の権限を与え、専らに神聖な事柄に仕えさせることとされました。

こうして、出エジプトを実現させ、イスラエルの長子の命を救った子羊の血が、イスラエルから聖なる部族を『長子』に相当するものとしてあがない、神自らが子羊の血によって祭司の部族を創設したのです。

そこで、子羊が長子を救ったこの晩は、神の御傍に仕える者たちを召し出すきっかけを作っていたといえます。



◆「神の子羊」キリスト・イエス


そしてキリストの血は、「十二使徒」をはじめとして、大祭司イエスに従う祭司たちへと信仰ある人々を召し出しました。
その人々もキリストに連なる者として任命され、彼らは「聖霊の賜物」を与えられたキリストの業の後継者とされ、そうして地上の神殿を離れた、天の神殿の新たな祭司職へと招かれたのでした。

その祭司団の中核を成す者たちとして、十二使徒は三年ほどイエスの訓練を受けて試され、彼らのひとりを除いて、その忠節を見届けられ、彼らにご自分の血による『罪の許し』を適用される意志を明らかにされました。それが最後の晩餐で知らされますが、イエスがその晩餐を心待ちにされていた理由はそこにあったことでしょう。

キリストの血による赦しは、エレミヤが預言していた『新しい契約』に彼らをはじめ多くの人々を与らせる道をひらき、その契約はキリストの死後の五旬節(ペンテコステ)の日から発効し、新たな祭司として召し出された人々が十二使徒を中心にして現れることになりました。

それだけでなく、十二使徒には、これら大祭司キリストに従う祭司たちの選定に関わる特権があることも、ニサン14日の最後の晩餐において知らされました。

この時代までに、ユダヤ教徒の体制派は、この『過越し』の晩を、それに続く『無酵母パンの祭り』と同一視して、ニサン15日に入れ替えて祝うようになっており、イエスと十二使徒らの過越しの食事より一日だけ遅れて行っていました。

その結果、ユダヤの宗教指導者層がイエスを羊のように屠ってしまう時間の余裕が存在することになりました。
なぜなら、祭りの間は聖なるものであり、15日を祭りの初日とするユダヤの宗教家らは、その日以降、裁判を行ったり、処刑したりはできません。そのうえ、彼らはイエスに信仰を持った民衆が騒動を起こすことを非常に恐れていました。ローマ軍に介入の口実を与えてしまうからです。

ユダヤ歴は日没から新しい一日を数え始める関係で、まさに、キリストはニサン14日に入ったばかりの夜に十二使徒と最後の晩餐を行って、夜が明けた後にローマ総督の前に引き出され、その後処刑されます。これらはすべて出エジプトと同じニサン14日に起こった出来事となりましたが、ユダヤ体制派はその日をまだ祭りに入る前の「準備の日」と認識していたのです。

つまり、キリストの処刑を行わせたユダヤの宗教体制の過越しは一日遅れていたので、これらの聖くない行いを彼らの祭りに入る前日であるニサン14日に済ませてしまうことができたと言えます。
しかも、その日の昼には、恒例の羊を屠る行事が神殿で行われていました。つまり、イエスが磔刑に処せられる頃、神殿では夕方以降に食される過越しの子羊が屠られていたことになります。そこには、神の強い意志が感じられます。

それでも、「十二使徒」たちをはじめ、弟子たちはそのときには、過越しの子羊とキリストの犠牲の関連性も、自分たちが新たな祭司として召されることも理解してはいませんでした。
むしろ、彼らはキリストに降りかかった迫害を恐れて逃げ散ってしまいます。しかし、十二使徒にはユダ・イスカリオテを除いて、生きて行うべき役割があったのです。


◆祭司の王国


それが聖霊の力による世界宣教であり、更に新たな祭司となるべき人々を集め出す業でありました。
つまり、キリストの活動は依然として途中であったことになります。

その活動の目的が、イエスが常々語っていた『天の王国』の実現にあります。
その『王国』(バシレイア)は大半のキリスト教会で「天国」と勘違いされてきたものですが、それは信仰ある人々を天の至福に招くことを目的とするものではありません。キリストや使徒らの宣教の目的は、単に信者を得ることではなく、祭司となる人々を聖霊の注ぎにより召し出すことであったのです。

むしろ、この王国に入る人々は、世界中の人々のために犠牲となる覚悟が求められ、そうしてキリストに従う者であることを示さなければなりません。
そこからはユダ・イスカリオテのように落伍する者さえ出るほどの試みが終末にあるでしょう。落伍する者たちは『新しい契約』に入っても、最後に天に召されずに地に残されてしまいます。

ですが、ほとんどの信仰者はこの試練を心配する必要はなさそうです。
なぜなら、それは「聖霊の賜物」という奇跡を行う権限を『新しい契約』によって得た人々に特に求められる試みだからです。

但し、マタイ25章に書かれているように、それら『新しい契約』に与った『キリストの兄弟たち』に含まれる人々の持つ聖霊に信仰を働かせるか否かが人々に問われます。
このことが問われるのは『この世の裁き』が行われる「終末」という不定な将来の時期のことです。

「終末」に至れば、神はキリストを『雲と共に』つまり見えない状態で世に遣わされます。
そこでキリストは、再びある人々に聖霊を注いで『聖なる者』(ハギオス)とし、奇跡を行わせ、論駁できない言葉で世を裁き、聖霊を信じる人々とそうしない人々とに分かちます。

こうして、『顔に汗してパンを食べ、終に地面に帰る』という人間の空しい状態、また理不尽で争いと苦しみの満る『この世』を裁いて終わらせる時がきます。それが『この世』に救いをもたらすのであって、キリスト教徒だけが救われるのではありません。
聖霊が再び地上に注がれるときに、はっきりと「終末」の時期が始まったことを世界中の人々が知ることになるでしょう。
「終末」が始まってしまえば、おそらくこの世は十年も経ずに過ぎ去ってしまうように聖書は読めます。


◆「主の晩餐」の重要さ

そこで、出エジプトの夜の『過越し』と、キリストの最後の晩餐とが指し示す、もうひとつの事柄、つまり、いまだ成就していない「終末」に聖霊を注がれる「聖なる者たち」の出現に注意を集中すべき理由があります。

それは『祭司たち』で構成される『王国』によって、人類を救うという神の偉大な計画が実現にに向けて、大きな最後の一歩を踏み出すことであり、イエスが命じられ、パウロが教えたように、この「主の晩餐」を『王国の到来まで』また、『(主)が来られるまで』行うべき理由があります。

そのときには、キリストは天で「十二使徒」と再び晩餐の宴席を共にし、『十二部族』つまり『新しい契約』によって真のイスラエルに含まれるべき、聖霊をを受けた人々を吟味することになるでしょう。

ですが、その前に聖霊を注がれ、召し出された人々が現れなくてはなりません。
それは、どんな人間に由来するものでもなく、聖霊を注ぎ出す神に由来するものであって、あのペンテコステの日のように、はっきりとした印を伴わなくてはなりません。

したがって今日は、聖霊を持って『新しい契約』に含まれ、主の晩餐の無酵母パンとぶどう酒に与る『聖なる者』の姿を待ち望む姿勢を、神の前に表して、その準備を整えた者が、初期キリスト教徒のように地上に居ることを示すことができるのです。

そのようにする人々は、『聖なる者たち』の母体『シオン』となり、終末の開始と人間に拠らないキリスト教の回復、また神の真正な御名とをいち早く知ることになるでしょう。


◆2015年のパスカ

キリストが命じた『主の死を記念する』この特別な儀式は、やがて「主の晩餐」と呼ばれるようになり、また、ユダヤ人の「過越しの祭り」(ペサハ)をキリスト教徒は音訳して「パスカ」とも呼ぶようにもなりました。つまり、それは過越しであった主の死の日を記念するものであって、やはりイースター(復活祭)では無いのです。

今年のユダヤ暦でのニサン月14日の夜は、一般の暦での4月3日金曜の日没後に相当します。

そこで、以上の趣旨に価値を感じられ賛同される方々には、是非とも無酵母パンとぶどう酒の用意をなさり、その夜のひと時を黙想や聖書朗読などを行って過ごされるようお勧めします。

この儀礼には細かな作法などは伝えられていませんし、第一にわたしたちは誰も聖霊を注がれてはいないのですから、どのように行うかよりは余程、「行うことに意義がある」と言えます。

無酵母パンとぶどう酒というエレメントを前に、個人で自由に過ごしてよいでしょう。

もし、何人かで行うのであれば、誰かがパンを裂き、ぶどう酒を注ぐ役割を担い、誰かがごく短い祈りを捧げたり、それぞれのエレメントを準備したことを神に述べ、そこに祝福が宿ること、また、より重要な事として、聖霊が再び注がれる日を待ち望んでいることを言い表すことができるでしょう。

それこそは、どんな人間の宗派でもなく、神に真実を求めることであり、また、キリストを通した神の偉大な救いの業となる『神の王国』の成就を願っていることを表すことになるでしょう。

教会員の方々であれば、4月5日の日曜になるイースターとは日付が二日先行しますので、そちらに先立って、主の復活ではなく主の死を記念するパスカを、妨げられることなく個人的に行うことができます。
この復活祭と主の晩餐の日付のずれは、コンスタンティヌス大帝のニケアー決議以来、広く強制されたのもので、当時のキリスト教徒とユダヤ教の不和に原因して今日に及んだものです。しかし、当時もニサン14日を守るキリスト教徒は各地に残っていたとされています。

また、エホバの証人の方々ですと、「主の記念式」と同日の同じ晩となりますが(年によってずれることもあります)、同じ夜の間であれば、別の時間帯に原始キリスト教式の「パスカ」を改めて行うこともできましょう。
あるいは、エホバの証人の晩餐への出席であっても、ご自分の想いの中では「パスカ」として参加することを念じられるとしても、それを誰も妨げられないことでしょう。

いずれにせよ、宗派を変えることは容易なことではありません。
個人ばかりでなく、家族も関係してくることもあるでしょう。

そこで、「宗派に縛られた」状況にそれぞれあったとしても、上記の意義において「主の晩餐」としたい方々を「心情的十四日派」と見做すことを何ら妨げることは無いように思えます。

更には、もし必要を感じられるようでしたなら、こちらで比較的に簡単で融通の利く式次第も用意されており、メールや添付ファイルでお送りすることも造作ないことです。
また、ぶどう酒の選定や無酵母パンの製法で何かお困りなら、どうぞメールをお寄せください。
わたくしエイレナイオスは、例年のように東京都内にてパスカを行う予定でおりますので、ご都合が宜しいようでしたらご同席願います。
quartodecimani(a)hotmail.co.jp (a)⇒ @

ご連絡につきましては、こちらのブログのページの下にあるコメント機能も利用することもでき、「管理人にのみ表示」を選択することで、内容を公にせずに済みます。
その方法であれば、メールの通信記録が気になる方にはより良い方法となるでしょう。

ともあれ、宗派の所属に関わらず、キリストが残した僅かな儀礼を、それぞれに重んじて行うところに価値が生じるのであり、それが集団に安直に流されない、個人の尊厳をもったキリスト教徒としての証しともなることでしょう。

皆さまの決意の上に祝福を祈ります。

それぞれに立場や状況は違えども
各地の皆さまと想いを共にして、この聖霊の理解による「主の晩餐」の同意の輪を広げられますように


 ⇒ 無酵母パンの作り方
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無酵母パン(マッツァ)の作り方 (画像)

2012.03.29 (Thu)
ユダヤ暦ニサン月を迎へ、その14日も近つきたれは猶太の「マッツァ」[מצה]なる無酵母餅、此れ作るへき時節と相成り候。
其は「主之晩餐」[κυπιακον δειπνον](キュリアコン・デイプノン)たる儀をは、いにしえ在りし原始基督教十四日派(Quartodecimani)の古式に則り挙行せん為、此れ小亜細亜に晩年を過ごしたる使徒ヨハネの継承に因る也。
本年西暦二千二十一年に於ひては三月二十六日金曜日の晩こそが猶太教なる「過越祭」の前日にしてクリスト最後の晩餐のニサン月十四日の夜に当たりたり。⇒ 猶太暦変換計算
其の翌日ニサン月15日の夜にはユダヤ教のセデルの会食有りとても、クリスト教に於いては一日を先行させ、基督をモーセの埃及を発つ夜の屠らるる子羊の対型なるものとす。 ⇒ 『主之晩餐』とは何か

猶太にては古代埃及を出立したる当夜より此の方、酵母無き餅を食して、年毎に此れを記念せらるるもの也。

無酵母餅を備えるに当たり
先は、準備品として必要なるもの以下の如し。

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小麦粉:此れなるは無酵母餅の主なる材料てある。古エジプトの時代に鑑みるなれは全粒粉かより相応しからう
四百瓦の小麦粉にて、四枚乃至は六枚の餅を造るに足れり
(全粒粉なれは、規模大なるスーパァ市場の麦粉売り場を見られよ)

:麦粉をは餅生地に整えん為に用ふ。

オリーヴ油:焦け付きを防止するへく極少量を用ふ。(必しも要なし)

捏ね鉢:アルミ製なる近頃の物にても宜し。

麺棒:生地を延へるものなり。

捏ね板:縦横四十糎程度あり、捏ね粉を塗し且つ三瓩程の捏ねる腕力に耐え得る厚みを要す。

焼き板:古代にては焼たる石を用ひたかも知れぬか此れはフライパンなる便利品で宜しからう。

攪拌具:捏ね鉢にて麦粉と水を混せ合わせるに用ふ。此度は二本のフォークにて済ませたり。

:焼きつつ生地を裏返す等に善し。
(某、数年の習熟を経、フライパンのみにて裏返す術を会得したり)

正副二枚の餅を焼き上る迄に要せる時間は凡そ一時間也

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ます第一に捏ね鉢に小さき碗程の全粒粉を入れ水を少量にて加えつつ掻き混せゆくへし。

水は慎重に徐々に加えねは後悔せし事と相成るへし。
 (万一、麺棒に貼り付く様なれは、粉を加えつつ練り直すか善し)

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次なる過程か殊に肝心也。
即ち手捏ぬるに程良き固体なる状態を保つ要此れあり。
大小は檸檬を握る程と覚ゆらは此れにて餅一枚に相当せり。
なほ延へるに心すへきは板また棒に絡み付く事也
なれはこそ延台たる板上に予め粉を充分に塗し処くへきなり。

qiuyang



捏ねたる玉に棒を当て
四方八方に押し込み直ちに裏返し此れを幾度か反復すへし。
dabang


而して円く整形したる后
此れ麺棒にて緩々と引き延はすへし。
yanping


形に拘る必要も無しと雖も余りに姿の整は非るも相応し非す
若し伸ひ足らぬ処在らは棒先にて細かに押し出すか誼

tiaozheng


扠此なるは4~5粍という按配にてあらうか。
幾度なく裏返しつつ更に薄く引き伸はすへし。
用ふる皿丸形なれは同形にするか宜しからう。

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仕上之大小は凡そ25糎に満たさすして焼板け大小に合わせたり。
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然後、其の練り延はし一.ニ粍とせし薄き餅地をは丁寧に破れぬやう焼き板の上に置く。
表面に小穴を穿つは就是れ気泡対策也。(本場なる猶太於てはこの模様を凝ると聞及ふ)

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此度は是の電気焜炉を用ゐん。
或ひは若し瓦斯台を御使用ならは弱火を心懸けられたし。

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600wにて焼くこと凡そ20分待ちて表面が白く変わり来るか、是れなるは水気の抜け往く証拠也。

Baking.jpg


更に10分、裏返せり。
屋内に香はしき匂い、仄かに立ち込めたり。

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如何にも出来上った様子に見受けられ候。

焦けぬ程に硬めに焼き処くか後々扱ひ易し。
(虽れとも此の餅焼きを数年続けゐるに従ひ幾分か水分を残し置くなれは一層古式ゆかしく司式能う事知り及ふ処也)

極意なるは延へるにても焼くにても頻々と裏返す事是也。
然ら非は麦粉玉こひり付くを防く能はす。

斯くして出来上りし無酵母餅の数枚(マッツォート)
此れか出埃及の、また猶太教のハガダーに曰く「苦悩のパン」なるの再現也。
成程是は美味なる物に非す。其は「無酵母餅之祭」(ハグ ハ マツォート)か在るへき様を即ち目出度き様子無き風情を思わしむる。然れとも幾分かの水気を保たすならは小麦の味わひ幾分か残れり。

HagiaDeipnonL1.jpg

喜はしき祭なれは、五旬節及、仮庵之祭、等有り 
無酵母餅の祭の後より五旬節に至る迄のあひた猶太にては喪に服するか如く慶事を避ける也
是即ち過越及ひ無酵母餅の祭事の厳粛と聖なるへきとの律法の教える処より来るもの也。
然るに『主の晩餐』も慶事の如き趣にするへからす
其は『過越』への参入に身の浄めを求められ若し身に汚れある者なるはニサン月を避けイッヤール月に改め挙行すへきか律法の求なるに表されたる所以也。
且人は悉く裁きの前の罪人なれはこそ基督の贖いは終末の裁き又王国を待ちて未た獲得に至ら非るもの也。
『主之晩餐』の儀礼たるは『過越し』及ひ『無酵母餅之祭』の聖なる清浄又厳粛なるの礎に置かる々べきもの故是思ひ違ひ無きやう構えて申し上ける。


■主之晩餐に於ゐて其意味せし処なるは

さて、基督教に於ゐては酵母無きに基督の罪無き体を表はし
其をパスカにて食する者なるは聖なる者にして基督の体に与り同しやうにならんを予表せしものと云ふ。

其の身は「新しき契約」に拠りてアダムか命に在りし肉体にても其の「罪」を仮赦免なさる々為「聖なる者」(ハギオス)と呼はるに至るものなり。

是即ち基督の血の犠牲の最初の運用なれは、此れ等「聖なる者」は罪無き「神之子」の地位を得全世界の「初穂」と聖書にて呼はるる処。此れこそは眞に「アブラハム乃後裔」又エデンの「女之裔」延ては「神之王国」の相続者と成らせらる々者ら也。

然るに無酵母餅と葡萄酒は聖霊の印無き者の預かる処に完く非す。
「聖なる者」なら非る許多の者は然らすして一重に主の死を宣布し聖霊の再降下に加へ「聖なる者」らの現はれを待望しつつ、此の記念を挙行するもの也。

1Joh3:2/Luk22:19/Rom8:29/2Pet4:2/1Cor15:52/2Cor5:6/Glt2:20/Zek12:8 etc..


さて、ユダヤ暦ニサン月十四日なるは猶太のペサハたる「無酵母餅の祭」の準備なるブディカット・ホメツの焼却の翌日に当たりたり。猶太教にては耶蘇現れし頃い至るに律法中に見出されし「七日のあひた」なる字句に従わんとせし余りに、ペサハの食事なるセデルをはニサン十五日の夜に行ゐ居り其の為出埃及の日と同く恰も生贄の子羊のやうに基督をニサン十四日に屠る事と相成れり。此は実に霊妙なる事態と言ふへき外無し。何となれは、モーセの下命せし如くニサン十四日を以て代々記念すへき夜と成せしこと律法にても眞に明らかなれは也。

原始基督教、小亜細亜を中心とせし「十四日遵守派」なるは、十二使徒にて最後に独り残りし彼のゼベダイか子なるヨハネの薫陶受け、其の教訓に順し此の聖き晩に「主之晩餐」即ち「パスカ」をかつて行ひ居りしと伝ふ。

後代、基督教にては猶太教を嫌う処強くし、斯くして猶太の祭りと聖餐の時節同く挙行するを潔しとせす、「主か死之記念」こそは、続く日曜に遅らせ遂に「主日之復活」なる慶事イースタアと変したり。此れ太秦大帝コンスタンテイヌスのニカエアの裁定を以て今日の趨勢と相成りしもの也。此のイースタアなるは異教の女神の名に由来されたるものなれは、ニカエアの後の基督教たるは、如何にも猶太と関わり無きヘレニスムのものと云ふ外無し。

あまつさえ、裂餅の意とする「クラスマ」なる語迄を捏造し、遂に愛餐と此の聖餐なるの相違に混乱を来すに至れり。
更に加え、週毎なる日曜をは「主日」と称し更には教会堂の典礼「弥撒」に於ける一種陪餐とされにしうへ随時随的に挙行さるるに至り、餅は聖質変化の聖体と成され、遂に全く初代の弟子らの行ふものと分かたれたり。

然るに、此処に於ゐて初代基督教の古式作法に則る第二世紀小亜細亜式なる聖餐の意義、眞に深きもの是あり。

此の意義を以つて神YHWHの経綸(プロスェシス)に協働せんとの大志懐く諸氏には相共に挙行せん事を奨むもの也。


エイレナイオス


☞ 原始キリスト教 教会のキリスト教との相違


2021年にあつては洋暦3月26日の金曜夜こそ猶太教過越に一日先立つクリスト教のパスカ挙行すへき晩となり申すへし
古代十四日派にならはんと欲す方々近頃の武漢肺炎の所以各々の処に於ひて挙行なさらむことを

於2020年之猶太歴ニサン14日は4月7日(火曜)の日没より始まるへし
神の経綸を切に待つ方々、心して備うへし。
此れこそは、今日の基督教に於ひて最も重要なる儀なれは也。

2019年後 新十四日派 パスカ 4月 18日(木)日没後
今日なほパリサイ派たるユダヤ教の過越しの食事は翌ニサン15日の晩となるを以ち、その前夜に挙行されるべし。
「忠実にして聡き家令 夜を徹して主人を待つ」 「主の晩餐によりダヴィドの荒れ跡を興す」

2018年度 3月29日パスカ挙行予定等据えられた隅の親石の完全さ

2017年之猶太歴ニサン14日に相當する日附は4月10日なる為、其の前夜たる9日に挙行。
「無酵母パンから生じるエクレシア」

2016年度には猶太暦前年の閏月(ヴェ アダル)の挿入さるるへきもの由、パスカ日附は天文になる日附算出とは大いに異なれり、此れ注意を要す。⇒2016年パスカ4月21日⇒「血の禁令を超える主の晩餐

西暦2015年に於ゐては4月3日の日没よりニサン月14日となれり。而して小アジア派に倣うパスカなるを、東京都内にて挙行したるもの也。⇒ 2015年のパスカ

その「主の晩餐」の意義につひては ⇒ こちらを御覧あれ

2013年度 新十四日派 3月24日パスカ挙行記録等(ポリュカルポス及アニュケトスの異なり)  

2014年度 新十四日派 4月14日パスカ挙行記録等(ディダケーが示せしエウカリスティア)



(さても、文体の異なるは筆者の異なるの証したらんや? 否!、其れこそはイザヤに見られし如く、却って神の語らせし言葉なるを証しせしものなりしやも知るへからす)
                                              

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