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キリスト教というもの

2020.10.03 (Sat)


キリスト教というものが何かを一言で表すとすれば
「神がキリストを用いてこの世という苦境から人類を救出する事」になるでしょう。

しかし、人は誰も自分からこの世に来ようと思って生まれてきたわけではありませんから、どのように自分が救出を必要としているかについても、いや、それ以前に自分自身がどうして、何のために存在しているのかすらも分からないというのが実情です。

この世に生まれてきて、そこでのありさまを当然のものとして受け入れるのは自然なことではあります。
ですが『この世』とは、世界を存在させた神からすれば、創造した本来の意図からは相当に脱落した状態にあるのです。
聖書の中でイエス・キリストは、神の『ご意志が天に於けると同じように、地にもなされますように』と祈り求めるように人々に教えられましたが、それは同時に、地上に神の意志が行われていない事を示しています。(マタイ6:10)

また聖書の中でソロモンという賢人が、この世について『すべては空しい』と述べたうえでこう語っています。
『わたしは、人が日の下で行うすべての業を見たが、それはみな空しく、風をつかまえるようなものであった』。(伝道の書1:14)

しかし、この世に生まれ、そこで過ごしてきた人々の中には、現状の世界が生活しやすいとは言えないとしても「その生活様式が当たり前のことであり、政治や人々の善行でそれを改善して行けばよいのであって、この世のシステムそのものは根本から変える必要も感じないし、むしろ、社会に不満を煽るような事の方がよくないことだ」と考える「余裕のある人」もいるでしょう。
または「世の中に様々な困難があるからこそ克服することで人間は向上できる」とか、「人生が限られているからこそ、有意義に生きられる」との意見を持つ人もいるかも知れず、そのような「強い人」にとって「この世」は基本的に「これで良い」と言っていることになり、人間の能力や理性に期待してはいても、この世に対し人間が介入して行える以上の理想的なな可能性を自ら望まなないのであれば、その人にはキリスト教も必要がないでしょう。

他方で「この世のありさま」に満足せず、「神が存在するのであれば、この世界に悪や苦しみがこれほど多いのはどうしてか?」と問いかける人々もいます。
そのような人々にとっての神は全知全能で、この世界を意のままに動かし、人々の運命を操るような絶対的存在を思い描くところがあるでしょう。そこでこの世の悪や悲惨さへの神の責任を問い、一向に変わらない世界の実情に諦めを感じ、「神など存在しない」と結論付ける人も出ることでしょう。

しかし、キリストの教えではどれも正解にはなりません。実は「この世」の方こそ神が創造したから遠く離れてしまっているのです。この無残な現実については、神が創造者であるゆえに、思うまま自在にこの世の全てを処置でき、創造物の生殺与奪の権利さえ持つ方が、未だ「この世」を創り直していないからには、それなりの理由があるはずです。聖書は善なる神は悪を容認しないと明言しているのですから、ますますそこによほどの事情があるとも言えます。

一方では聖書に『全世界は悪しき者の配下にある』とも『世を友とするのは、神への敵対となる』とも書かれているのです。(ヨハネ第一5:19/ヤコブ4:4)
つまり「この世」とは、神の摂理が支配し制御する場でもなければ、苦難の中で人を善悪をふるいに掛けて「天国と地獄」へと分ける試練の場でもありません。
実に、人が生きる「この世」は、創造した神から離れた落ちた世界であり、悪と苦しみの多いその現状は神の意図するところではないのです。では、キリストの教える『神』とは、世界を管理も統率もする能力に欠ける「弱い神」なのでしょうか。
それとも、やはり何か深い事情があって、悪や苦しみの多い人間の社会をそのまま存続させているのでしょうか。

聖書の『神』についての基本的な理解は『すべてのものを創られた』ということであり、その計り知れない能力について、このように書かれています。
『あなたの目を高く上げて見よ、どなたがこれらのものを創造したのか。
神はそのすべてを数えて(天の)万軍をひき出だし、それぞれをその名で呼ばれる。
その勢いの大いなることで、またその力が強いので、それらの一つも欠けることはない』。(イザヤ40:26)

この創造者はやはり『全能の神』であり、この神がこの世の様々な創造物に無関心ではないことをキリストは知らせて次のようにも語っています。
『五羽のすずめは僅かな値段で売られているではないか。しかし、その一羽といえ神の前に忘れられてはいない。それだから恐れるな、あなたがたの頭の毛までもが数えられている。あなたがたは多くのすずめよりも価値があるのだ。』(ルカ12:6-7)
まさしく、ひとりひとりを存在させたのは創造の神であり、この世に在ってさえ、神のすべての人への関心はどんな親しい人よりもまさっていると言えます。一方で、「この世」の人への価値観の薄さ、そっけなさは、神とは随分と異なっている事を聖書は教えます。この世は人を軽視し奴隷のように扱って来ました。そこは多くの難儀の中で僅かな幸福を追求する世界です。

しかし、自分が見る「現実」だけを受け入れる人にとっては「この世」がすべてであり、生まれたら死んでゆくのが当然のことであると思えるかも知れません。
ですが、死んでゆくのが当たり前であれば、今生きているのは当たり前のことになりません。
生きているということは奇跡のようなものであり、この生きることから感じられる価値はいったいどこから来るのでしょうか。その生きる価値からすれば「この世」は短く空虚で人の落胆を誘うものです。
古来、人類は普遍的に生きることに深い価値を認めてきました。ですから、死を悲しみ、喪に服します。ひとりひとりが生きることに重い意義が感じられるからです。

では、この世界を神は今日見るように、悪や苦しみが続き、最後に死があるものとしてはじめから創られたのでしょうか。
聖書には神について『その御業は完全でその道は公正。忠節な神で義であられ、不正なことのない方』、また『死は敵である』と述べています。(コリント第一15:26/申命記32:4)
ですから、やはり聖書の中に神にこう問い尋ねる言葉があります。
『あなたの目は悪を見るにはあまりに清く、難儀を見ることに耐えられません。では、不実かな者に目を留め、悪しき者が自分より正しい者を吞み込んでいるのに、なぜ黙っておられるのですか』。(ハバクク1:13-14)

確かに、人間は生きる間に互い同士の関係では問題が絶えません。
しかし、それは誰の問題なのでしょうか。神がそうしたのでしょうか。
人が遭遇する苦しみは、人間同士に由来するものが非常に多いのが現実であり、それは人間に根深く宿る「道徳性の欠陥」から来ています。

そこで、創造の神が義なる方であるとしても、その神に創られたはずの人間の不道徳さも神からのものなのかとの疑問が生じます。
聖書にはこうあります。『彼らは自ら悪を行った。もはや神の子らではなく、その欠陥は彼ら自身からのもの』(申命記32:5)
『神の子らではない』というのは、神が人を創造したときの意図から人類が外れてしまっていることを示唆しています。
これはいったいどうして生じたことなのでしょうか。

しかしその一方で、キリストについてはこのように書かれているのです。
『彼(キリスト)を受け入れた者、その名を信じた人々には神の子となる権限を与えたのである』。(ヨハネ1:12)

これは、人間たちを神の創造のときに意図された姿、『被造物自身も滅びへの隷属から解放されて、神の子の栄光ある自由に入るという希望』がキリストを通して残されていることを教えるものです。(ローマ8:21)
つまり、多くの苦難が続き、病気や障害や老化に苛まされる短い生涯を送らねばならないこの世の空しさからの解放という希望がキリスト教にあるということです。
ですからキリスト教とは、暗闇に差し込む一筋の光のように貴重な「解放の知らせ」と言えるでしょう。

では、この世の苦難の定めをも超えるこのような希望を誰が高く評価するでしょうか。
まさしく、聖書もキリスト教も、この「空しさからの解放」という神の目的を高く評価する人のためにあるのです。

神が全てを知り、力に満ちる創造者であるなら、今すぐにでも全人類をこの世の空しさから解放する力が無いわけはありません。
しかし、やはり現実にそうなっていないからには、よほどの事情があってのことでしょう。
まさにキリスト教とは、人類に自由への「解放」を知らせると同時に、その問題となっている「事情」が何かをも教えるものなのです。

聖書を通して分かること、それは人がなぜ存在しているのか、生きる意義は何であるのか。
そして、人を存在させた創造者の意図や目的は何か、またこの世の空しさがなぜ生じたのか、さらにそこから解放される希望があるということまでが知らされるのです。
これらのことに深い価値を感じられる人は、さらに加えて自らを存在させた創造の神とのつながりを見出すという大きな幸福を得ることにもなるでしょう。
それは人に希望を与え、「この世」の奴隷と成り果てることを防ぎ、自らの価値を自覚して生きることを助けることでしょう。神は何もして来られなかったのではけっしてなく、悠久の時にわたり、すべての人のために救済の業を進めて来られたからです。

聖書とはそれを知らせる貴重な情報を収めた書物であり、『救い』という一貫した主題のもとに書かれ、その中心を成すのがキリストであるのです。



『罪』という死の原因

2020.10.05 (Mon)

聖書によれば、『死は罪の酬い』であり、人が死んでゆく原因は『罪』とされます。
しかし、ここで言う『罪』とは、日常で見聞きする犯罪を指すのではありません。
それは、だれの心の中にもある「悪に向かい兼ねない危険性」を指すものです。(ローマ6:23・7:20-21)

人類世界はこの悪への傾向から逃れられず、様々な害を自ら受けてきました。
実際、社会に生きる限り、誰もこの害を受けずに済むことは期待できません。

不義や不正、強制や暴力、搾取や強奪、詐欺や罠、窃盗や横領、果ては騒擾や戦争などの社会悪さえもたらしている人間の性向そのもの
それがここで言う『罪』です。

確かに、人は隣人と問題を起こさずに生きてゆくことは易しいことではありません。
人は互いに、生まれながらにそのような倫理的な問題を起こすものであるので、こうした悪、つまり不道徳性があるにしても、それは当然の事と考えます。
そこで、人々は自分を守るために厳重に鍵をかけ、パスワードを複雑にし、監視カメラを設置してあらゆる人を警戒しています。
残念なことではありますが、人は人にとって危険があるのです。

聖書は、この危険をもたらすことになった悪の始まりを知らせています。
それは早くも、創世記の始まり近くで起こったことでありました。
創世記の初めの部分は一見すると、創造神話の世界を眺めるかのようですが、実は、人間に巣食う悪の原因を語ることでは、人の実態に沿っているところに注目すべきものがあります。

神が地上の創造の業の仕上げに人間を造り、地上を治めさせることにしましたが、人間はほかの生き物とは異なって、神自身の『象り』に似せて造られたとあります。(創世記1:26-27)
人間は英知を持つことで特異な存在であるばかりでなく、神と意思を通わせることができます。
実際、神を意識し、祈りや儀式を行うような存在は、人間のほかに挙げることができません。

創世記での最初の人はアダムであり、後に妻であるエヴァが与えられました。
アダムはそれまでひとりで過ごしていたので、エヴァを見て『これこそ、遂にわたしの骨の骨、わたしの肉の肉』と言っては、伴侶を得たことを大いに喜びました。ふたりは協力関係に入り、子孫を増やす役割も与えられましたが、その以前に二人で過ごすことそのものだけでも幸福感をもたらしたことでしょう。(創世記2:20-23)

ふたりは『エデン』と呼ばれる園に住まうようにされましたが、そのエデンの名には「楽しみ」という意味があるので、そこは文字通り「楽園」であったことでしょう。
このように神には人を楽しませる意図があり、いくらかの仕事を与えたものの、支配しようとするのでもなく、崇拝させ平伏するよう求めたとの記述もありません。
むしろ、神は自らの創造物である生き物をアダムのところに連れてきては、彼がそれを何と呼ぶかを試し、何であれアダムの言うその通りの名が与えられたと創世記は伝えています。(創世記2:19)
つまり、神は人の独立した想いを楽しまれたのであり、人に対する深い善意もそこから読み取れます。

しかし、アダムにはひとつの禁止事項が同時に与えられていました。
それがよく知られた「禁断の木の実」ですが、『園のあらゆる木から満ち足りるまで食べるがよい、だが、善悪の知る木については食べてはならない。あなたがそれから食べる日に必ず死ぬからだ』と言われたとあります。(創世記2:16-17)
創世記をよく読むと、この禁令に関わる木は二本あったことがわかります。それらは『善悪を知る木』と『永遠の命の木』と呼ばれています。
しかも、その二本がどちらも『園の真ん中に・・生えさせた』とあるのです。(創世記2:9)

ここにひとつの不思議があります。食べてほしくない木を神はなぜ園の真ん中に生えさせたのでしょうか。それが人の命を奪う危険かあるのなら、隅の端によけるか、最初からそのような木など創ることもないでしょう。

アダムが死にたいなどと思うわけもなく、その禁令を守っていたのは当然のことでしょう。
しかし、この禁断の木がアダムに大きな試練をもたらす時がきます。
彼の深く愛するエヴァが食べてしまっていたのです。

エヴァは一人で居たときに、ヘビに話しかけられていました。
そのヘビは、禁断の木の実を食べても死なないと請け合い、むしろ神のようになれるとも言ったというのです。(創世記3:4-5)
それを聞いたエヴァの目には、その実が食べるに良く見えるようになり、ただおいしそうだという思いから、もいで食べてしまったのです。
しかし、すぐに死ぬようなこともなく、ヘビの言葉をますます信じてしまったことでしょう。もちろんヘビには発声器官がなく、人の言葉を話せるわけもありません。これはどういうことでしょうか。

エヴァはアダムと一緒になったときに、その実を彼にも差し出します。
アダムは驚愕したことでしょう。しかし、創世記は事実だけを淡々と述べ、その場面の細かな描写はありません。
しかし、後世の新約聖書には『アダムは欺かれなかったが、女はまったく欺かれて背いた』とあります。(テモテ第一2:14)
ですから、エヴァから禁断の木の実を差し出されたアダムは、エヴァが禁を犯して死の道に入ってしまったことを悟ったことでしょう。

そこでヘビは狙った通りの試練をアダムに課すことに成功したといえます。
つまり、神をとるか、妻をとるかという二者択一の厳しい試みです。ヘビはアダムに禁令を破らせる可能性を探り、その妻への愛着に注目していたことでしょう。それが神への愛にまさるものともなり得ると読んだということです。
これはアダムにとって、ただ禁令を守っていたときには無かった恐ろしいほどの道徳的な選択を不意に迫られたことを意味します。

もちろんこの誘惑を仕掛けたのは、ただのヘビではありません。
これら創世記のはじめに書かれたヘビの素性を、聖書最終巻の黙示録が『初めからのヘビで悪魔、またサタンと呼ばれる者』と記し、その悪魔がヘビが話しているかのように装わせた張本人であることを暴露しているのです。(黙示録12:9)

しかし、この『悪魔』も初めから悪いものとして創造されたわけではありません。
以前には『ケルブ』と呼ばれる種類の天使であったことを旧約聖書のエゼキエル書が『わたしはお前を翼を広げて覆う事を行うケルブとして造った』また『お前が創造された日から、お前の歩みは無垢であったが、ついに不正がお前の中に見いだされるようになった』とも明らかにしています。(エゼキエル28:14-15)

その変節の原因は『お前の心は美しさのゆえに高慢となり、栄華のゆえに知恵を堕落させた』とされ、この優れた天使の中に利己心が芽生え、遂に神のようになることを望むに至ったことを聖書は教えます。
やはり旧約聖書の預言のイザヤ書では、『お前は心に思った。「わたしは天に上り王座を神の星よりも高く据え、神々の集う北の果ての山に座し、雲の頂に登っていと高き者のようになろう」』との悪魔の野望が暴かれています。(エゼキエル28:17/イザヤ14:13-14)

こうして創造界には「他者を支配したい」という利己心が入り込み、そのために創造物を神から引き離して自分の側につけることをもくろむ悪の元凶が現れたことを聖書は知らせています。
この悪の元凶は「反抗する者」との意味で『サタン』とも呼ばれるようになり、その目的を遂げるために創造物に神を中傷するので「中傷者」(ディアボロ)を意味する『悪魔』とも呼ばれるようになったのです。

そしてエヴァを通してアダムの神への忠節を揺さぶった悪魔は、思惑通りにアダムに禁断の木の実を食べさせることに成功します。
その後、神に言い開きを求められたアダムは『あなたがわたしと一緒に過ごすようにと与えてくださった女です、その女が木から取ってくれたので私は食べました』と言っています。まるで神がエヴァを与えたのが原因であるかのように、また「一緒に過ごすようにと」神が命じたので共に禁令を破ったかのようです。
つまり、アダムとしてはエヴァとずっと共に居たいという願望があり、その欲が神への忠節を退けさせる選択をもたらしたという実情がここに見えています。(創世記3:12)

ですが、これはアダムとエヴァだけで済む事にはなりません。
最初の人間夫婦が陥った問題は生命に関わることであり、彼らから生まれるあらゆる人間の命には制限が課されることになりました。
それは、禁断の『善悪を知るの木』と共に生え出ていたもう一本の木が『永遠の命の木』と呼ばれていたところに見えています。
もし、神の創造の意図と異なる者らが永遠に存在し続けるとしたら、神の意志は永久に実現しないことになり、それはすべての創造物の幸福にもなりません。それは今日の悪にあふれる世界を見る通りです。

神はふたりが『永遠の命の木』からも取って食べることがないようにと、初めての強制力、つまり権力の行使として燃えて回転し続ける剣と二人のケルブを配置してその木を守らせ、アダムとエヴァはエデンの園から追放され、地面を苦労して耕し、自ら命を支えるという今日まで続く『この世』の労役と、妊娠と出産の苦しみが与えられるに至るのでした。そして老化を経て『土に帰る』のです。(創世記3:16-19)

ですから「死」とは、人が生命を失って創造された世界を去ることであり、創造の逆の過程を辿るかのように『土に帰る』ことを意味します。創造の意図から外れたものが永久に存在するなら、神の創造の業はいつまでも成功しないことになります。
この点で人の場合でも、何か作った物が作り手の意図に反したり、誰かに危害を与えるとしたら、それを作った人には作り直すなり処分するなりの権利や責任が生じるように、世界の作り手としての神も同様の処置を取られるのは道理に適ったことでしょう。

アダムもエヴァも禁令を破ったことは、自分の欲を神に勝るものとしたことに於いて、一度限りに引き返せない道に入っていました。彼らは悪魔と同様に、創造者を敬わず、心の中で神の地位から引きずり下ろし、自分が神でもあるかのように振る舞っていたからです。
神をさえ押し退けるのであれば、『罪』はあらゆる他者も自分の下に押し退けようとするに違いなく、一本の木の禁令は倫理という問題の本質を突いていたと言えます。そこに悪というものが凝縮されていたとも言えるでしょう。

そして、その利己的は道をすでに悪魔が歩んでいましたが、彼らも同じ道に入ることにより、その子孫すべても不道徳に売り渡してしまいました。
新約聖書のローマ人への手紙の中で使徒パウロはこう述べます。
『一人の人によって罪が世に入り、罪によって死が入り込んだように、すべての人が罪を犯したので、死がすべての人に及んだ。』(ローマ5:12)

聖書が述べるところの『罪』とは、この利己心から発した悪を言うのであり、個人の一つ一つの犯罪を指すものではなく、人類全体が背負っている世界を覆う大きな不道徳性を言うのです。
ですが、その子孫については父祖アダムのように自分からはっきりと神に背を向けたわけではありません。
後代、新約聖書の中で使徒パウロは『アダムの違反と同じような罪を犯さなかった者も、死の支配を免れなかった』と書いている通り、未だ本当に神を知った上で、試練を受けても忠節を守るかどうかは分かっていません。(ローマ5:14)

そこで神は、早くもエデンの園に於いて、アダムの子孫を救出する手立てを講じました。
それは聖書全巻を貫く一つの大きな主題を形作るものとなり、聖書そのものの存在意義がそこにあると言っても過言でないほどの主要な意味をもつものとなってゆきます。






神の人類救出の手段 『女の裔』

2020.10.08 (Thu)



アダムとエヴァが『罪』に陥ったことが明らかになったとき、神は二人の子孫への救いの手立てを早速に講じ、その場で直ちに予告されました。

それが『女の裔』と呼ばれるものでしたが、この創世記の場面では謎の言葉でしかありません。
『わたしはお前と女の間に、お前の子孫と女の子孫の間に敵意を置く。彼はお前の頭を砕き、お前は彼のかかとを砕く』。(創世記3:15)

これらは、神がヘビに向かって宣告した処置の言葉です。
分かりやすい創世記の文章の中で、この句ほど意味の分からない言葉もないほどですが、実は、この一言の中に長く続く後の聖書の全容が込められているのです。

まず、神はヘビと女との間を敵対関係とします。そしてヘビの子孫と女の子孫についてもそのようです。
もちろん『彼は』というのは女ではなく『女の子孫』を指していますが、その女の子孫、つまり「裔」(すえ)はヘビの頭を砕いて致命傷を与えることになり、ヘビの方もその裔のかかとを砕くことになると言われるのです。

これは象徴的な劇として語られた隠喩です。
ヘビがただのヘビを指していないように、女とその裔もエヴァとその息子を指すということでもありません。
この句は、その後の永い歴史を通して起こるところの、人類にとって最重要な物事の推移を一言で語っていたことが後の聖書の記述を通して徐々に明らかにされてゆくのです。

特にヘビで表される悪魔に致命傷を加える『女の裔』とは何者なのか。
また、悪魔もその何者かに傷を負わせることは何を指しているのか。
そして、これらの事の結末は何を意味しているのか。

これらがまるで推理小説でもあるかのように、聖書の中で辿られてゆき、次第に明らかにされながら多くの文章が書き連ねられてゆきます。
その結果、二千ページにもなる聖書ですが、その全巻を貫通する背骨のような『女の裔』の理解は後に『奥義』(ミュステーリオン)と呼ばれ、絶えることなく聖書の各書によって伝え継がれることになります。

ここでは、この『女の裔』を追って聖書の全体を短くまとめて以下に説明します。
もちろん、わずかな文ですべての重要な物事を説明できるわけではありませんが、聖書の概要を大掴みにすることは、まず聖書の全体像を把握することになり、聖書の各部分の背景を知り、理解を深めることに於いてたいへん有益です。

アダムとエヴァは、エデンの園を追われた後での自給自足の生活の中で息子たちと娘たちの親となりました。
息子には、カイン、アベル、エツの名が創世記に挙げられ、その他に娘らがいたことも記されています。
これらの子らからこの世の基礎が置かれて地に広がり、特にカインは最初の町を作ったとされます。

失楽園後に社会が広が類と共に多様な職業に携わる人々が現れはじめます。
その一方で、人間たちに巣食う『罪』の影響から悪事も横行するようになり、それは創造の神の目に許し難いまでになってしましました。

それを煽っていたのが、悪魔の誘惑に屈した堕天使らであり、彼らは人間の娘たちの美しいので、化肉して人々の間で生活し、好む娘を娶っていたことを聖書は告げています。(創世記6:1-2)
これが罪である事については、新約聖書にも『自分たちの持ち場を守ろうとせず、その居るべき所を捨て去った天使たち』について書かれている通りです。(ユダ6)

この人間と堕天使の交配から生まれ出た子らは、やはり普通の人間とはならず、異様に大きな体を持った人、「ネフィリム」と呼ばれ権力者となり、その父親たちと共に社会を大いに乱すものとなっていました。
そこで神は、全地を覆い尽くす大洪水を起こす決意を固め、ただ義人ノアとその家族8人には巨大な船を建造させ、地上の動物をつがいにして乗船させ、その災いを通過させます。

地上に来ていた堕天使らは、大洪水を逃れて天に戻りますが、元の立場に就くことは許されず、以後は『定めない永い時にわたり拘禁されたまま、暗やみの中に閉じ込められた』状態に留置され、化肉して人間社会に生活することはできなくされています。(ペテロ第二2:4)

それでも心霊術で人に意志を伝えたり、様々な幻を見せたり、不思議を行っては人々に影響を及ぼすことがあります。聖書が一貫して心霊術を禁じ、これらの堕天使らと通じることを戒めているのには、このようなわけがあるのです。(申命記18:10-11/ペテロ第一3:18-20)

大洪水が終わると、ノアと三人の息子とその嫁たちから再び人間社会が広がってゆき、やがて人々はメソポタミア南部の大平原で灌漑農耕を行って定住するようになります。いくつもの城市を建設され、俗世という『この世のありさま』が形成される中で、人々は堕天使らとのつながりを求めて高い塔を建てるようになってゆきました。(創世記11:1-4)
そこからは、やがて神殿と偶像とが現れ始めます。その偶像崇拝は創造の神へのものではないのです。(コリント第一10:20)
その教えでは「死後の世界」が教えられ、これら堕天使は死者を装う『悪霊』と化し、エデンのヘビの言った『あなたがたは死ぬことはない』という偽りの宗教がこうして広まってゆきます。またそれらの『悪霊』は「神」となって人々からの敬意と崇拝も望み、多様な神々を興すことにもなります。

その一方で、ノアから12代目の人アブラムは、父の代から俗世を離れた遊牧民であったと考えられますが、この人に神は語りかけ、彼の子孫に『乳と蜜の流れる地』を所有させるので、そこに移住するように求めます。(創世記12:1-3/出エジプト3:8)
彼には子が無かったのですが、この神の言葉を信じ、自分の妻サライと兄の子ロトを伴って、大河ユーフラテスを渡り、神が約束された地パレスチナで天幕生活を続けます。

妻のサライは石女で、ずっと子に恵まれずにいたので、アブラムは甥のロトに神の約束を継がせるつもりでしたが、神は高齢の妻がアブラムに男子を産むので、夫婦はそれぞれアブラハムとサラと名乗るように言われます。その翌年、奇跡的な出産が起こり、老夫婦はイサクという独り子を得ることになりました。その子が生まれるまでの間に、神はアブラハムと交渉する理由を何度か語られていました。彼との契約には『地の諸国民がアブラハムの子孫によって祝福を得る』という神の目的が関わっていたのです。ここにエデンで語られた『女の裔』の奥義についての遠い将来に起こる結末が暗示されています。(創世記12:1-3・18:18・22:18)

ですが、しばらく幸福に過ごすアブラハムに、神はその独り子イサクを犠牲として捧げることを突然に求めます。
アブラハムはそれまでの神との交友から、そのイサクが奇跡の子であること、また、このイサクを通して神が世界の人類の祝福となる子孫をもたらすという意志を神が持っていることを理解しています。ですから後代の新約聖書に『「イサクから出る者が、あなたの子孫と呼ばれるであろう」と言われていたので、彼は、神が死人の中からでもよみがえらせるだろうと信じていた』と書かれている通りに彼は神の善意を疑いません。(ヘブライ11:18-19)
イサクを捧げることを厭わないアブラハムが短刀をイサクに向けたところで、神は彼を止め、それまで契約であったアブラハムの子孫との事柄が、これほどの彼の忠節さを通して、神が自らを指して誓う『約束』へと変わり、それは覆されることのない事とされたのでした。(ヘブライ6:13)

実に、神も人類のために、自らの『独り子』のような天の存在者を犠牲としていつの日にか捧げようとしていましたので、神はアブラハムを『我が友』と呼ぶようになります。それは互いのために最も貴重なものを差し出しあう仲間として、神と人というほどにかけ離れた存在でありながら、ついにそれを超えた友情に達したからです。
こうして『女の裔』の行方は、アブラハムの子孫に確定されることになりました。

その独り息子イサクからエサウとヤコブが生まれ、それぞれエドム民族とイスラエル民族の祖となりますが、このイスラエルから『女の裔』を生み出す約束が受け継がれることになってゆきます。
アブラハムの孫であるヤコブは別名イスラエルとも呼ばれるようになり、その12人の息子たちからイスラエル12部族が構成され、彼らはエジプトで四百年を過ごす間に一国家に匹敵する人数に増えてゆきました。
しかし、エジプトのファラオは彼らの増加に脅威を感じ、イスラエルを奴隷として酷使していました。そこに登場するのが預言者モーセであったのです。

彼はイスラエルを自力で救い出そうとして一度失敗し、エジプトから逃れてシナイ半島奥地で遊牧生活をしていたケニ人のレウエルの保護を受け、その長女の婿となって子らにも恵まれ、八十の高齢となって、そのまま生涯を終えるかに思われたところ、シナイのホレブの山麓で神からイスラエルを救出するための召命をモーセは受けるのでした。
このときに神は自ら[יהוה]と名乗られ、諸国の神々の中にあって明確に識別できるようにされました。しかし、キリストの後の世代が過ぎ去ってから、これが何と読まれたのか、今に至るまで諸説はあっても分からなくなっています。(本書では、この神名を相当する英字「YHWH」で記します)

さて、神YHWHの命を受けたモーセは、兄のアロンの助けを得てエジプトに乗り込みファラオの前に立つと、三日の間でもイスラエルを国外に出し、その神を崇拝させるよう要求しますが、労働力を失いたくないファラオはそれを認めません。モーセとアロンは十度ファラオの前に立ち、要求を繰り返しては神YHWHの奇跡の災いを下してゆきます。しかし、ファラオは頑なで、エジプトは神の災いを受けて荒廃してゆき、遂に第十の災いによって、エジプトは人も獣もその長子を一晩の内に失うことになり、皇太子を失ったファラオは遂にイスラエルをまったく解放することに同意します。
ですがファラオはすぐに心変わりし、イスラエルを追撃して紅海の岸辺に追い込みますが、神は海の水を二つに分け、イスラエルを対岸に逃し、追ってきたエジプト軍の上に海水を戻して沈めてしまいました。

こうしてエジプトの苦役を後にしたイスラエルはホレブの山裾に集合し、アブラハムの子孫として『約束の地』を受け継ぐ前に、モーセを仲介者として神との契約関係に入ります。
それが『律法契約』であり、イスラエルに国家としての秩序を与え、神YHWHを崇拝するために613箇条の法律を与えられます。その最初の十か条は、特に神自ら二枚の岩に刻み込んでモーセに手渡したので「十戒」と呼ばれ、律法契約の『証し』となり、金で覆われた『契約の箱』に収められるものとなります。

そして、この契約には次のような到達目標があることを神は明らかにされています。
『もし、あなたがたがわたしの声に聞き従い、この契約を守るならば、あなたがたはわたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる』(出エジプト19:5-6)
ここにも『アブラハムの裔』また『女の裔』の働きが暗示されています。地の諸国民に祝福を得させるところの神の祭司としての働きを行う民が、このイスラエルとの契約の中から現れるということであり、それはヘビの影響を終わらせ、人間を神に立ち返らせる民、格別な「神の選民」となるのです。

そして律法は不定の後代に、モーセのように偉大な預言者が到来することも告げてこう記されていました。
『わたしは、その口にわたしの言葉を授ける。彼はわたしが命じるすべてのことを彼らに告げるであろう。もしそれに聞き従わない者があるならば、わたしはその者に言い開きを求める。』(申命記18:17-18)
それから後、イスラエルには度々に将来に到来するという『偉大な預言者』についての情報を徐々に知らされることになり、やがて民はその人物を『約束のメシア』と呼ぶようになります。

やがて、イスラエルの国家は首都をエルサレムに置いて王制を採るようになり、特にユダ族からのダヴィドの王統は定めない時に至るものとされ、その子孫から世界を統べ治める偉大な王が現れることが神によって定められます。そこで『メシア』には世界の王ともなることが知らされます。
『メシア』とは古代の習慣として、王や祭司などの重要な役職に任命されるに当たり、頭に香油を注がれる儀礼からきた言葉で、「油注がれた者」つまり「任命された者」を意味し、ギリシア語では「クリストス」となります。つまりキリストのことです。

しかし、イスラエル民族全体としては、この契約を大半の期間に於いて守らずに過ごします。神は預言者たちを何人も遣わして正そうとしますが、彼らは神の前に罪を重ねて、遂に『約束の地』から追われ、世界覇権国となったアッシリアとバビロニアに征服されたうえに強制移住の「捕囚」と呼ばれる時期を余儀なくされ、次の覇権国家ペルシア帝国に解放されるまで異国で過ごすという処罰を受けます。
特に、エルサレムに建立されていた神YHWHの神殿が破壊されてからは、律法をその通りに行うことは出来なくなりました。律法の三分の一ほどは崇拝に関する法律であったからです。

しかし、ペルシアがアッシリアとバビロニアの後にその領域を支配するようになると、その新しい帝国では諸国の捕囚民を解放する政策がとられ、特にエルサレムには神殿を再建するようにとの勅令までもが下されます。
こうして、神殿が破壊されてから70年目にエルサレム神殿が再建され、これは「第二神殿」とも呼ばれ、翌春からは律法に従った崇拝が再開される運びとなったのです。
この帰還事業が12部族でもユダ族が中心となって行われたことから、以後この民族は「ユダヤ人」とも呼ばれ、彼らの間ではヘブライ語のほかにペルシアの公用語となったアラム語がよく話されるようになります。

その後のユダヤ人は、律法を守ることに注意を集中するようになりましたが、それによって以前とは逆の極端に傾くことを許してしまいました。
つまり、律法を守ろうとするあまりに、律法より厳しく細かい無数の規則を作って、それらが守られれば律法も当然守ったことになると思い込んだのです。しかし、これは律法に込められた神の意図を捻じ曲げてしまう事になりました。
それらの規則を考え出したのが新約聖書にも登場する『律法学者』であり、その細則に熱心に従おうとしたのが『パリサイ派』の人々でしたが、これら人々は後に現れるキリストと真正面から衝突することになるのです。

旧約聖書の最後の預言書であるマラキは、『約束のメシア』をユダヤ人がどれほど渇望していても、それが必ずしも祝福とならないことを警告してこう語ります。
『だが、彼の来る日に誰が立っていられようか。彼の現れるとき誰が耐えうるか。彼は精錬する者の火、洗う者の洗剤のようだ。』(マラキ3:2)

そして、このマラキ書を最後に旧約聖書は二度と書き加えられなくなり、キリストの時代までの四百年ほどの沈黙に入ります。












メシア=キリストの現れ

2020.10.12 (Mon)


時は西暦29年、パレスチナは北部をローマ帝国の傀儡であるヘロデ王家の支配を受け、南部のユダヤは総督を戴くローマ直轄領とされていました。(ルカ3:1-3)

しかし、この年になると永い神の沈黙が破られることになります。
ユダの荒野に古代の預言者を思わせる姿の者が現れ、ユダヤの民に『悔い改めのバプテスマ』を施し始めたのです。
バプテスマとは「物を浸すこと」を意味しますが、それは洗い清めの意味も持ちます。
その預言者風の人物は、約束の地を南北に流れるヨルダン川で、水の中に人を浸す儀礼をユダヤ人に行い始めたのですが、こうしてイスラエルの人々は、旧約聖書最後の預言者マラキ以来ついに新たな預言者の現れを目にしました。(マタイ3:1-6)

この時代のユダヤ人には『悔い改め』を必要とする、律法契約についての罪の意識があったのです。
『捕囚』から戻って、神殿も再建し崇拝も再開できたのですが、十戒の石板を入れた律法契約の証しである『契約の箱』は遂に戻らなかったのです。そのため、イスラエルと神との契約は不安定なものとなっていました。
やはり、神は契約にあったはずの民に向けて多くの糾弾の言葉を旧約聖書に中で語っていたのです。
そこで預言者の姿をした者が、ヨルダン川で人々に『悔い改めの水のバプテスマ』を施し始めると、多くのユダヤ人が神との関係の修復を求めてバプテスマを受けようと集まって来るのでした。

その荒野に現れた預言者は、神殿に仕える祭司の息子で名をヨハネと言いましたので「バプテストのヨハネ」と呼ばれるようになります。
一方でユダヤ人は、旧約聖書が告げながら四百年にもわたって預言者が現れなかったので、荒野に現れたヨハネが『約束のメシア』ではないかと色めき立ちます。
しかし、当のヨハネはそれを否定して『わたしは水であなた方にバプテスマを施すが、わたしの後に来られる方は聖霊と火とであなた方にバプテスマを施すであろう。』と話し、自分がメシアの前に登場する使者であり、民の心を整える役割を持っていることを知らせます。

しばらくすると、そこにイエスという30歳ほどで北部のガリラヤ地方の田舎、ナザレ村出身の大工の長男が訪ねてきます。
そしてヨハネから水のバプテスマを受けることを申し出ました。
この人物がただならぬ方であることを察知したヨハネは、『わたしの方こそあなたからバプテスマを施していただく必要があるものです』と言うのですが、彼は『今はそうしてもらいたい。それが義に適う事を果たすものだから。』と言われ、ヨハネから水のバプテスマを受けられました。

すると、『聖霊が鳩の形をとってイエスの上に留まり、また天から声があって「これはわたしの子、わたしの認める者である」と語られた』とあります。(マタイ3:16-17)
ここに於いて、遂に『約束のメシア』、『神の独り子』が歴史の舞台に登場したのでした。
天からの声が告げるように、この人は神の子であり、神の最初の被造物であることを示す『初子』であり、天使がそうであるように、神と同じく霊の存在者であったものを、神が人間社会に遣わすに当たり、レヴィ族の血を引く処女マリアの胎に移され、その夫となったユダ族でダヴィドの王統の血筋に当たるヨセフの子として世に来られたのであり、神が自ら創造した唯一の存在であるために『神の独り子』とも呼ばれています。

旧約聖書では、メシアのこの素性ははっきりとは明かされていませんでしたが、ユダヤ人には旧約聖書の中に神以外に創造に参加している『知恵』(ホクマー)と呼ばれる何者かが描かれていることに気付いてはいたのですが、それを彼らは「ホクマーの謎」としてはいました。
ですが、新約聖書を記した使徒たちはこう明かしています。
『御子は、見えない神の姿であり、すべての創造に先立つ初子である』『御子は万物よりも先におられ、万物は御子によって創られた』。(コロサイ1:15・17)
『神は、その独り子をお与えになったほどに世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである』(ヨハネ3:16)
人類の救い主となるこの人が、アダムの子孫であることはなく、「人」以上の存在者である必要があったのです。
神の創造の意志は尽くこの存在者によって実現したからでしょう。この方が天界に在ったときには『神の言葉』とも呼ばれていました。
『こうして言葉は肉となってわたしたちの間に宿った。私たちはその栄光を見た。それは父の独り子の栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。』(ヨハネ1:14)

バプテスマを受けたイエスは霊に導かれて荒野に入り、そこで40日40夜の断食を経てから悪魔の誘惑を三度退け、いよいよその活動を始めることになります。
この前後に、バプテストを通してメシアの到来に気付いた二人の平民が居ました。
この二人はガリラヤの湖の漁師仲間であり、一人はアンデレ、もう一人の若者はゼベダイの子のヨハネと言いました。
この二人は平民でありながら、神の意志に深い関心を寄せ、四百年の神の沈黙にも関わらずメシアの現れを心待ちにしていたのでしょう。バプテストが現れると、彼らはその弟子となっていたのでメシアの現れにいち早く気付いたのです。

二人の内のアンデレは、自分の兄弟シモンのところに行くと『わたしたちはメシアを見つけた!』と喜び、このシモンもイエスの宿に連れてゆきます。
そこでイエスは、このシモンに「岩」というあだ名を付けて、以後その名で彼を呼ぶのでした。
この「岩」とはアラム語で「キーファ」、ギリシア語で「ペトロス」、つまり、これがキリストと後に「使徒ペテロ」とされる漁師の最初の出会いであったのです。

そしてイエスは『神の王国は近づいた』とイスラエルの中で宣明し始め、あらゆる病気を癒し、悪霊に憑依されている人々を解放して『約束の地』パレスチナを巡り、ユダヤの人に希望の音信を伝え始めます。その伝道の主題である『神の王国』とは、偉大な王メシアの世界支配であり、ローマとヘロデ家に支配されていた多くのユダヤ人の希望でもあったのです。

キリストの教えが『福音』と呼ばれるのも、その教えに幸福な知らせが込められているからです。彼らは律法契約不履行の罪から解かれる道が開かれようとしていたのであり、いまや『新しい契約』が始まろうとしていたのです。
旧約聖書のエレミヤの預言書はこう予告していました。『見よ、わたしがイスラエルの家、ユダの家と新しい契約を結ぶ日が来る』。『この契約は、かつてわたしが彼らの先祖の手を取ってエジプトの地から導き出したときに結んだようなものではない』。『来るべき日に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこれである、とYHWHは言われる。すなわち、わたしの律法を彼らの想いの中に授け、彼らの心にそれを記す。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる』(エレミヤ31:31-33)

このように『新しい契約』は律法契約のような多くの法律で成り立つようなものとはなりません。
それは『心に記される』もの、つまり『愛』を教えるものとなることが示唆されていましたが、そこに於いて神の崇拝は大きな変革を遂げようとしていたのです。

そして奇跡を行う人、ナザレから来られた方イエスの噂はすぐに広まり、多くの人々がその許へと集まってくるのでした。
しかし、癒しを受けてイエスがメシアであることを信じた人々に、イエスはそのことを語らないように言われます。それはイエスがメシアであることを、ユダヤ人の一人一人にそれぞれの信仰によって見出すことを求められたということを意味します。


旧約聖書の預言では、メシアは北部ガリラヤのナザレなどではなく、エルサレムに近いベツレヘムから現れることになっていました。(ミカ5:2)
まずそこで、イエスを神から遣わされた人として認めたくないユダヤ人には、そうする逃げ道が与えられました。
ですから、メシアはイスラエルの血統にある者すべてに自動的に与えられたのではありません。(マタイ3:9)
メシアをそれと見分けることは『信仰』という「心の目」で各自が行うことを神は求めたのであり、それによって人は、その心がどのようなものであるかを示すことになったのです。

しかし、イエスはダヴィドの王統を継承する両親を持ち、その家系はベツレヘム由来でありましたので、ローマ帝国が人口調査を行い、ユダヤの民がそれぞれ故郷で登録するよう条例が出された折に、その父となるヨセフと既にイエスを身籠っていたマリアとが連れ立ってベツレヘムに宿泊していたまさにそのときイエスが生まれていました。
その後、ユダヤを支配していたエドム人のヘロデ大王は、メシアがベツレヘムで生まれたとの悪霊からの情報を、東方から来た占星術者らから知らされ、自分の王権の危機を感じてベツレヘムの二歳以下の男児を抹殺させるという暴挙に出ました。しかし、その晩に父親のヨセフに天使が急を告げたので、彼はマリアとイエスを連れてエジプトに難を逃れるのでした。(マタイ2:13-18)

ほどなくヘロデ大王が崩御した事を聞いたヨセフはパレスチナに戻るのですが、王位を継いだヘロデ・アルケラオスがユダヤ人虐殺を行ったことも耳に入れていたらしく、その暴君を恐れてベツレヘムのある南部のユダヤではなく、北部ガリラヤの目立たないナザレ村に住んで大工を営み、そこでイエスは弟たち妹たちと共に成長してゆきました。(マタイ2:19-23)
これらの一連の事情があって、メシアとしての活動を始めたイエスは『ナザレ人』とも呼ばれていましたから、旧約の預言の言葉通りにメシアは必ずベツレヘムから来ると信じた人々には、聖書の文字通りにメシアを迎えるのではなく、信仰によって見分ける必要が生じ、これは彼らにとって予想外の「罠」ともなったのです。(ヨハネ7:48-52)


一方で、イエスが『わたしが父の名によって行っている業が、わたしについて証しをしている』と言われたように、奇跡の業を行わせた神は、イエスがメシアであることを証し続けました。
『神を信じない者は、神が御子についてなさった証しを信じず、神を偽り者にしているのである』ともあるように、神が当時のユダヤ人に求めたものは、律法を厳密に守ることではなく、メシアへの信仰であったのです。(ヨハネ第一5:10)

しかし、ナザレ人イエスの現れに対し、ユダヤは宗教指導者らを中心にメシアとして受け入れることを拒絶し、魔術を行い『民を惑わす』騙り者としてローマ総督に処刑させてしまいます。
特に、律法に細かい無数の規則を付け加えていた『律法学者』と、それに盲従する『パリサイ派』、それに神殿の崇拝を取り仕切っていた『祭司長派』らは、ナザレ人イエスが自分たちの規則に従わず、かえって自分たちの傲慢さが暴露されるのを聞いて、イエスに強く反対し、激しい敵意を燃やすようになりました。
その動機といえば、自分たちは優越感に浸っても、民が癒されることに喜べない利己心にあり、神の奇跡に価値観を持てない不信仰の結果です。まさしく、彼らは『神を偽りもの』としていたと言うほかありません。

イエスを殺害しようとしていた彼らに向かって、イエスは『あなたがたはその父である悪魔からのものだ』と語り、『ヘビよ!マムシの裔よ!』ともイエスは言われました。また、バプテストのヨハネも『マムシの裔よ!』と呼んで、宗教家らにはバプテスマを受けさせませんでした。(ヨハネ8:44/マタイ23:33/ルカ7:30)
ですから、ここに『ヘビの裔』が『女の裔』の『かかとを砕く』ということの意味がはっきりと見えています。言うまでもなく、メシア殺害がそれでありました。しかし、イエスは復活を受けることになるので、致命傷とはなりません。

『ヘビの裔』とされた彼らには、逆に「律法を守っている」という強い自負があり、それができない人は異邦人であろうと、同胞のユダヤ人であろうと見下し、また避けてもいました。
ですが、イエスは同胞の下層民に寄り添い、彼らを蔑視しません。むしろ『義人ではなく罪人を招くために来た』とさえ言われるのです。(マルコ2:16-17)
そこが律法を守ることによって『義』を得ようと努める「ユダヤ教」と、一重にメシアの救いに『信仰』を働かせる「キリスト教」の分かれ目ともなります。(フィリピ3:9)

それはかつてエレミヤが『この契約は、かつてわたしが彼らの先祖の手を取ってエジプトの地から導き出したときに結んだようなものではない』と預言した言葉にも表れています。(エレミヤ31:31)
さらに、後代のキリストの使徒パウロもこう述べています。
『イスラエルは義の律法を追い求めていたのに、その律法に達しなかった。イスラエルは信仰によってではなく、行いによって義を得るかのように考えたからである』。(ローマ9:31-32)

では『律法』は、何のために与えられたのでしょうか。イスラエルはそれを守る事で神の格別な選民『王なる祭司、聖なる国民』とされるはずではなかったのでしょうか。(出エジプト19:5-6)
この問いについて、元はパリサイ派で律法を熟知したパウロはこう答えます。
『では、律法とはいったいなぜ与えられたのか。律法とは違犯を明らかにするために付け加えられたものであり、約束を与えられたあの子孫が来られるときまでのものである』。(ガラテア3:19)
『すべて律法の述べるところは、律法下にいる人々に向けられたものである。それは、すべての人の口がふさがれて、全世界が神の裁きに服するためである。なぜなら、律法を行うことでは誰も神の前に義とされないのであり、律法によっては、ただ罪の自覚が生じるだけなのだ。』(ローマ3:19-20)

つまり、神はかつてイスラエル民族が増えて国家となるに際し、神の意に沿う法律を与えて、必要とされた国家の秩序を民に備え、同時に神の崇拝方法も定めましたが、その国家の法律、『モーセの律法』を通して、同時に『違犯を明らかにする』、つまりアダム由来の『罪』のために、イスラエルであっても神の求める基準に届かない事を通して、すべての人に『違犯』があることをはっきりと示し、そうしてあらゆる人が有罪であることに於いて『すべての人の口がふさがれ』『神の裁きに服す』必要があるという厳しい現実に目を向けされるという目的があったというのです。この『罪』また『違犯』を赦すのが、メシア=キリストに与えられた大きな役割なのです。

それですから「ユダヤ教」を超える「キリスト教」では、もはや律法を守る務めからは解かれ、イスラエルに『義』をもたらすべき役割を律法が終え、「行いの業」ではなく「メシアへの信仰」によって神の前に『義』を得る道がイエスによって拓かれようとしていました。
そこで使徒パウロはこう述べます。
『人は律法の行いではなく、ただイエス・キリストへの信仰によって義とされる』。(ガラテア2:16)

その一方で、イエスは『わたしが律法や預言者を廃止するために来たと思ってはならない。』また『これらの最も小さな掟を一つでも破り、そのように人に教える者は、天の王国で最も小さい者と呼ばれるであろう。』と言われました。(マタイ5:17・19)
それでは、イエスはその弟子たちに律法を守り続けるよう教えたということなのでしょうか。
イエスは同じ段落でこのようにも教えていたのです。『わたしは律法を廃止するためではなく、完成するために来た。律法のすべての文字の一点一画が成就しないよりは、天地が滅び去る方が先である。』(マタイ5:17-18)

これらのイエスの言葉と、使徒パウロの『キリストは律法の終わりである』との記述とは、まるで矛盾しているかのようです。(ローマ10:4)
しかし、新約聖書でユダヤ人に宛てて書かれた「ヘブライ人への手紙」には、この事情を示唆する言葉が次のように書かれています。
『イエスは死の苦しみのゆえに「栄光と栄誉の冠を授けられた」。神の恵みによって、すべての人のために死んでくださったのだ。神は多くの子らを栄光へと導くために、彼らの救いの創始者を数々の苦しみを通して完全な者とされた』。(ヘブライ2:9-10)
ですから、キリストの犠牲を『罪の無い』、完全に確かなものと宣言したことに於いて、律法は不滅でなくてはならず、『すべての文字の一点一画』も揺るぎないものであるべきなのです。
この理由で、もはや人が律法を守る真似をして優越感に浸るようなことをすれば、それはキリストの犠牲の価値を卑しめるのであり、むしろ、誰にも巣食う『罪』を悔いて一重にキリストの贖いに頼るべきなのです。

これはイエスがアダムの子孫のために犠牲の死を遂げられることにより、もとよりアダムの子孫ではなく『罪のない方』であったイエスが、さらにモーセの律法をただ一人全うされてすべての言葉を成就し、そうして死に至るまで試され、遂に神の前に義の完全さに到達されたことを指し示しています。ですから、マリアがヨセフと結婚する前に聖霊によってイエスを身籠る、つまりアダムの子孫ではなくして誕生するための「処女懐胎」は単なる伝説では済みません。()

そのため新約聖書はイエスを『最後のアダム』とし、『一人の罪によってすべての人に有罪の判決が下されたように、一人の正しい行為によって、すべての人が義とされて命を得る』と述べます。アダムの罪はイエスの忠節によって置き換えられ、そうして、アダムに代わってイエスが人類の『とこしえの父』となり、その子孫に永遠の命を与えることになるのです。(コリント第一15:45/イザヤ9:6)
イエスはアダムの子孫のために『罪の酬い』を自らの身の上に受けることで犠牲の死を遂げられ、そうして『罪の贖い(あがない)』、アダムの子孫の赦しを備えたのです。(ローマ5:18)

この人類全体への『罪の贖い』は、旧約聖書と律法契約に留まるユダヤ教にはない、キリスト教だけの教えとなりました。
『女の裔』という神の奥義の開示はキリストの現れという大きな節目を迎えて、更に進展しようとしていたのです。





天に建てられる神の王国

2020.10.15 (Thu)


世に言われる至福の「天国」が聖書の中にあると思う人は数知れないことでしょうけれども、それは誤解です。
キリストが地上に現れ、ユダヤの人々に『神の王国は近づいた』と伝道したのですから、この『神の王国』を「天国」、つまり善人を死後に受け入れる場所として創造以来から存在していたという捉え方では、しっくりとするものにはなりません。(マタイ3:2/ルカ1:15/ルカ10:11)
実際、主要な日本語訳聖書も「天国」と訳すのはさすがに避けて、『天の国』また『神の国』としています。
それでも、元の新約聖書ギリシア語には『王国』(バシレイア)とされていますから、キリストの伝道の主題ともなったのは『天の王国』、また『神の王国』であり、死後に召される「天国」と受け取るのは一度わきに置いて、聖書の語るところを先入観なく聴く必要があります。

さて、人々が「キリスト」と聞けば、キリスト教を始めた偉大な創唱者とも、教会員であれば神そのものと考えられるのが普通でしょう。
しかし、もとより「キリスト」には「任命された者」との意味があるにしても、その役割はどのようなものだったのでしょうか。

旧約聖書は、到来する『約束のメシア』について幾つかの事を教えていましたが、イエスが現れた当時のユダヤ人がメシアについて、はっきりと期待していた役割がありました。
それは預言者イザヤが語っていたように、将来に到来するメシアが「偉大な王」となることだったのです。
『ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。』
『ダヴィドの王座とその王国に権威は増し加わり平和は絶えることがない。王国は公正と正義とによって今から後、そして永遠に立てられ支えられる。万軍のYHWHの熱意がこれを成し遂げる。』(イザヤ9:5-6)

そのためイエスが現れて『神の王国は近づいた』と宣明されたときに、それを聞いたユダヤ人たちが、自分たちイスラエル民族がローマやヘロデ家の支配を脱して、再びダヴィドのような強大な王を戴く強国になることを期待したとしても、それは自然な反応だったでしょう。(マルコ1:15/使徒1:6)

実際、イエスが空腹の群衆に奇跡を行って、僅かな食糧から数千人が満ち足りてなお余るほどに増やしたとき、その人々は『これこそ来ることが定められていた預言者だ』と言っては、イエスを王にしようとその許に群がって来たことがありました。
また、イエスも最後にエルサレムに上る際には、ダヴィドを継いだソロモン王の即位と同様に、ロバに乗って登城し、群衆はそれを見ては上着を道に敷き、ナツメヤシの枝を手にとって振るいながら『救い給え、ダヴィドの子によって!』と叫んで、新たな王を迎えるかのようにして祝っています。イエスの血統上の父ヨセフはユダ族もダヴィド王統にあり、母マリアもレヴィ族ながら古くはダヴィド王家に連なる系譜にあったのです。(マタイ11-16/サムエル第二8:18/ルカ3:23-38)

そこでイエスの宣教の主題も『あなたがたは悔い改めよ、神の王国が近づいたからだ』というものでありました。
つまり、『神の王国』また『天の王国』が「来た」とではなく「近づいた」と言われたのであり、どのように近づいたのかと言えば、まず王国の王であるメシアがそこに現れていたからです。
しかし、イエスがイスラエルの王となって当時のエルサレムに王権を打ち立てることは遂にありませんでした。
むしろ、群衆がイエスを王にしようと迫って来ると、イエスはそれを逃れて山中に潜みましたし、最後のエルサレム登城に於いてこそ、自らを王されることを受け入れましたが、もはやその時には数日後に死を迎えることを悟っていたのです。(ヨハネ6:9-15/マタイ21:7-9/列王第一1:38-40/ゼカリヤ9:9)

そして処刑を受ける直前、当時のローマ総督ピラトゥスに審問された際にイエスは『わたしの王国はこの世のものではない』と言われ、『そうでなければ、わたしの弟子たちは、わたしを渡すまいとユダヤ人と戦ったに違いない』とも言われました。(ヨハネ18:36)
つまり、キリストの『神の王国』とは、争い合う地上の国家ではなかったのであり、これはユダヤ人一般が願っていたものとは本当に大きな違いがあります。
だからと言って、よく言われるように「神の国は信徒のこころの中にある」というわけでもありません。そうであれば聖書に『天の王国』とは書かれず、また『神の王国はあなた方のただ中にある』と言われたのは、イエスを信仰しないパリサイ人に向かってであり、その頑なな宗教家の心の中にキリストの国があるというはずもありません。その言葉の意味は、まさに彼らのすぐそばに王国の王、メシアがいることに彼らの注意を促していた言葉であったのです。彼らが王の到来の壮麗な様を期待していたからです。(ルカ17:20-21)

当初はユダヤ人に向けて書かれたとされる「マタイ福音書」が、ほかの三つの福音書と異なってキリストの王国を何度も繰り返し『天の王国』と記したのも、ユダヤ人が誤解しやすかったこの点を強調するためです。彼らにとって「王国」とは地上に打ち建てられる強国であろうと思われていたところに原因があります。(マタイ4:17/マルコ1:15)
ですから、ユダヤの宗教家の中から珍しく信仰を働かせてイエスの許を訪ねたニコデモが、『誰であっても新しく生れなければ、神の国を見ることはできない』とイエスに言われて面喰ってしまい、『人は年をとってから生れることなど、どうして出来ましょうか』と、まともに反応しています。(ヨハネ3:3-4)
このイエスの言葉は、当時の地上の王国を念頭に置いたユダヤ人にとって思いもよらないことであったのです。

しかし、後に使徒パウロはこのイエスの言葉の意味に一致して、『肉と血は神の国を受け継ぐことはできない』と教えています。
神の王国が天界に設立される以上、それに含まれる人々は肉体を去って、天使のような霊の者となる必要があることになります。(コリント第一15:50)
やはりイエスはニコデモに『風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いてもそれがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのようなものだ。』と言われ、彼が理解できずにいることを意に介さずに話を先に進め、ご自身が磔刑を受けることになる結末までも話されるのでした。(ヨハネ3:8-16)

この奥義についてはイエスが地上を去った後になると、使徒たちをはじめ弟子たちもよく理解するところとなります。
使徒ペテロは晩年の手紙の中で、『わたしのこの幕屋を脱ぎ去る時が間近であることを知っている』と書いて、自分の肉体を『幕屋』つまり仮住まいのテントに例えています。これは死者がみな地上への復活を遂げるものとして、遺体をそのままに埋葬することを専らにしてきたユダヤ人の常識とはかなり異なっています。(ペテロ第二1:14)
この使徒ペテロは、それから間もない西暦67年ころにローマ皇帝ネロによって処刑されたと考えられています。同じ迫害で使徒パウロも相次いで世を去りました。
では、そのときに彼らは天に昇ったかといえば、そうは言えません。

彼らがいつ天界に召されるかについて使徒ヨハネはこう記しています。
『御子が現れるときに、わたしたちが御子に似たものとされるということは知っている。なぜなら、そのとき御子をありのままに見るからことになるからだ』。(ヨハネ第一3:2)
このことについては使徒パウロもこう言っています。
『最後のラッパが鳴ると一瞬のうちに死者は復活して朽ちない者とされ、ラッパが鳴るときわたしたちは変えられる。』(コリント第一15:52)

これらの言葉は、どちらも将来のある時、地上を去ったキリストが再び『現れる』『最後のラッパ』の時に『天の王国』に入る者たちが『キリストに似たもの』とされることを告げているのです。
それは、肉体に生きた者が、霊の体に生まれ変わり、そうして将来のある時点で、天界に昇ることを意味しますから、使徒マタイはそれを『再創造』(パリンゲネシーア)と呼ぶほどの大変化の時であると書いて示唆しています。(マタイ19:28)

つまり、『天の王国』が設立されるときに、その民となるよう選ばれた人々は霊の体をまとって天に集められ、人類を祝福する神の選民「真のイスラエル」となることを意味するのです。これはキリスト教会で信者が死後に行く「天国」と単純に誤解されてきたものであり、またユダヤ教徒にとっては、ほんのかすかに知らされていた奥義でありました。(ゼカリヤ12:8)

その天に召される民とは、モーセの『律法契約』が生み出せなかった『祭司の王国、聖なる国民』の事であり、キリストの『新しい契約』がその民を生み出します。それが真の『アブラハムの裔』また「神の選民イスラエル」となるのです。

それですから、使徒ペテロはユダヤ人ではない諸国の弟子たちにこう呼びかけています。
『あなたがたは選ばれた種族、王なる祭司、聖なる国民、神の所有する民である。』『あなたがたは、以前は神の民でなかったが、今や神の民なのである。』(ペテロ第一2:9-10)
ここに、律法契約が誕生させるはずであった神の民の出現が知らされています。その『聖なる民』はキリストの仲介する『新しい契約』によって生み出され、キリストの弟子の中から現れていたのでした。
では、このように血統のイスラエルではない諸国民が『神の民』と呼ばれて『天の王国』に入るのであれば、実際の血統上のユダヤ民族、『肉のイスラエル』はいったいどうなったのでしょうか。

実に、イエスはこのようなユダヤ人と異邦人の逆転が起こることを何度も予告していたのです。
あるとき、イエスに奇跡の癒しを依頼したローマ軍の士官がいましたが、ユダヤ人の習慣では非イスラエル人との交友や、同じ屋根の下に入ることは身に汚れを受けることにされていましたので、そのローマ士官はイエスが家に入らずに済むように『ただ、お言葉を下さい』と伝言しました。イエスの奇跡は必ず起こるに違いないので、軍人が兵に命令するように、イエスにはその言葉だけで結構ですと言っているのです。

それを聞いたイエスは深くこころを動かされ『わたしはイスラエルの中にもこれほどの信仰を聞いたことがない』と感嘆し、『多くの人が東から西からきて、天の王国でアブラハム、イサク、ヤコブと共に宴会の席につくが、この国の子らは外の闇に追い出され、そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。』とも言われています。(マタイ8:5-13)
まさしく、ユダヤ人の体制派を成す宗教家たちは、イエスに敵意を抱き、殺害を企てようとしていましたから、異邦人ながらこのように深い信仰を抱く人々は『肉のイスラエル』に勝ってよほど『天の王国』に相応しいと言えます。

この違いは、イエスが天に去った後の使徒たちへのユダヤ人の態度にも明らかなものがありました。
ユダヤ体制派は、イエスばかりかその弟子たちにも迫害を加え続けて宣教を妨害し、殺害まで行うほどであったのです。そこで弟子たちはパレスチナを追われ、諸外国のユダヤ人居留地で伝道を始めるようになりました。(使徒8:1-4)
しかし、外国各地に寄留していたユダヤ人のコミュニティからも、やはり激しい反対を受けることもしばしばであったのです。(使徒14:19)

ですから使徒パウロもユダヤ人反対者に向かって、『神の言葉は、まず、あなたがたに語り伝えられるべきものだった。しかし、あなたがたがそれを退け、自分自身を永遠の命に相応しくない者にしてしまったのだから、さあ、わたしたちはこれから向きを変えて、異邦人たちの方に行く。』と言って彼らを見限ったことを明かし、実際に諸国の人々の中ではイエスというキリストがユダヤに現れたことの福音を受け入れ、弟子が急速に増えてゆくことになったのです。(使徒13:46-49)
こうして、ユダヤ人は律法を守るモーセの教えに留まり、キリスト教は世界の宗教となる下地が作られていったのです。

さて、そこでイエス・キリストの宣教が、ただ信者を集めていたのではないことがはっきりとします。
キリストの伝道活動の目的は、律法契約が生み出せなかった『祭司の王国、聖なる国民』を、メシアへの信仰を抱く人々から生み出すことであったのです。
この時点で、エデンで語られた『女の裔』の実体がここまで明らかになりつつありました。それは、ただ神YHWHを信じる人々を招くことではなく、メシア信仰を抱く人々から全人類を祝福する「神の選民」が集められるということです。

ですからイエスの宣教がパレスチナの中だけで行われ、イエスの時には異邦人に広げられなかったのも、その『聖なる国民』となる資格がまず第一にアブラハムの子孫イスラエルにあったからです。彼らは『契約の子ら』とも呼ばれていました。(使徒3:25-26)
イエスが『約束の地』パレスチナを巡ってユダヤ人が信仰を働かせると、イエスは『この者もまたアブラハムの子なのだから』また『アブラハムの娘を・・癒すのは当然』とも言われています。(ルカ19:9・13:16)
ですが当時のユダヤでは、自分は神の前に義人であると思い込む宗教家らが、自分たちのように細かな規則を守れない平民を「地の民」とか『呪われている』とか言っては卑しめていたのです。そうして自分たちを高める踏み台としていたのでしょう。(ヨハネ7:49)

しかし、イエスはユダヤ人の中でも特に卑しめられていた『収税人や娼婦たちの方が先に王国に入りつつある』と言われ、彼らの行状ではなく信仰を認められるのでした。彼らこそが信仰による本当の意味での『アブラハムの子ら』と言えたからです。(マタイ21:31)
そのことに不平を鳴らす宗教家に、イエスは感動的な「放蕩息子の例え」や「九十九匹の羊を残して一匹を捜しまわる羊飼いの例え」また「失われた一枚の硬貨の例え」などを話して聞かせましたが、その頑なな心には響かなかったのでしょう。自分は義に適っていると思う彼らには、愛や同情心が失われていたのに自ら気付けなかったのです。(ルカ15:1-23)

一般的に、人は自らの不道徳性について、自分の悪い行いを抑えようとします。それは人同士の間では平和を生む良いことです。
しかし、そうしたからと言ってだれであろうと自分の悪を抑え込めたからと言って、神の前に義人となれるわけではありません。抑えてはいても、やはり悪が自分の中にあるのですから。
もとより神は、人間に巣食う『罪』がどれほど根深いかを熟知しているからこそ、キリストを犠牲として『罪の贖い』を備えられたのです。人はだれも自分がアダムの罪を負う子孫であるのに、善行によって義人を装うことがどれほど神意からかけ離れたことであるかを悟らねばならないのです。そうでなければ、その人は真にキリストの犠牲の贖いに信仰を置いたことになりません。

この点で、ユダヤ人の大半は、メシアを前にして律法に固執し続け、自分は義人であると思い込み、大きな失敗を刈り取ったのであり、人の『罪』の本質を理解しなかったことは、後のすべての人々への重い教訓となっているのです。人はユダヤ人でなくても『律法』のような何かの道徳律に従うことで神との関係を良くできると思いがちだからです。(ヨブ記35:7)

しかしイエスは、『アブラハムの裔』を訪ね求め、謙虚な人を捜してパレスチナのユダヤ人の間を辛抱強く巡り続けましたが、それも『天の王国に入る』『聖なる民』をユダヤ人から集めるための活動であり伝道であったのです。そうでなかったら、イエスは世界に向けて諸国民に宣教活動をしていたことでしょう。(ルカ13:6-9)

しかし、その伝道の収穫といえば、いくらかの人々がメシア信仰に達したものの、ユダヤは体制としてイエスを受け入れず、かえって殺害してしまったのです。
メシアの刑死の後、ほどなくして弟子たちはユダヤ人に迫害されて諸国に散ってゆき、新たな教え「キリスト教」がいよいよ世界へと広がりを見せることになってゆくのでした。







俗なる「世」と聖なる「安息」

2020.10.19 (Mon)


ノアの大洪水によって一度人間の世界は更新されましたが、その後はノアの三人の息子セム、ハム、ヤペトから再び人類は増え始め、人間社会が再び出来上がってゆきました。

創世記では、箱船が漂着した現在のトルコにあるアララト山から、人々の集団が一つの言語を話すままに『東に向かって旅をして、やがてシナルの地に平原を見つけて定住するようになった』とあります。(創世記11:1-2)
その場所は、今日「メソポタミア」と呼ばれている土地の南部で、大河チグリスとユーフラテスとが流れる広大な場所であり、考古学が最も古い文明を見出した場所でもあります。

そこで、大河からの水を引いて灌漑農耕が行われ始めたのですが、その地の収穫量は非常に大きく、人々には様々な業種に携わることが可能になり、良質な粘土は無尽蔵にありましたのでレンガを用いて建物を造り、文字を粘土板に刻んで文書とすることもできました。
これは、今日「シュメール文明」と呼ばれ「楔形文字」で知られています。文字を持った最初の文明とされ、取引のための大麦の単位「シェケル」が現れましたが、この名称は現代のイスラエル国の同名の通貨に依然その痕跡を残しています。

この文明は、長い時代をかけて徐々に進歩したというよりは、現代と共通する文化社会が突然に現れたと考えられています。あるいは大洪水前の文化が何らかの仕方で伝えられたのかも知れません。
この人々は、早速に青銅を用いて農具から武器までを製造し、その地方にいくらでもある粘土で様々な器を焼いて作れました。
車輪も考案してロバの引く荷車ばかりか、戦車まで造られていたことが出土するレリーフに描かれています。
ですから、この人々は戦争を行ったことも明らかで、重装槍兵の密集隊形も描かれています。これは後代ギリシアの戦法「ファランクス」に似た戦法もすでにこの文明期に有ったことを物語っています。

そして、創世記は強大な権力者、ハムの孫に当たる『ニムロデ』なる人物に触れてこう述べます。
『クシの子はニムロデであって、このニムロデは世の権力者となった最初の人である。
彼はYHWHの前に力ある狩猟者であった。これから「YHWHの前に力ある狩猟者ニムロデのようだ」という慣用句が起った。』(創世記10:8-9)
この権力者は元は猟師であり、農耕者ではなく、やがて街々を襲って征服し、さらに自らも北方に向かって街々を建てて行った様子が創世記に記されています。(創世記10:10-12)

こうして人間社会は、支配者と被支配層とに分かれ、社会は人の上下に人を置くものとなってゆきますが、これは遅かれ早かれ現れるべき「この世の定め」というべきでしょう。そこから奴隷制や様々な搾取が始まる以外にありません。
古代も現代も、支配の動機には貪欲や虚栄心などがあることでしょうけれども、被支配者の方にも支配されなくてはならない理由があります。

それが誰にも宿っている利己心の存在であり、人間は互いの貪欲に対処しなければならず、そのためには有無を言わさぬ強大な力、つまり「権力」によって保護される必要があります。それが警察力であり軍事力でもあるのですが、その力は圧倒的でなくては社会秩序を守ることができません。民の性質が悪ければ悪いほどに、それらすべてを組み伏せてしまうほどの強力な暴力を持つ者、それが統治者の必要条件であることは歴史が常に証明してきたことです。
ニムロデのように、神の前に力あると言われるほど強権であることは、良くも悪くも古代社会を安定させたことでしょう。
『罪』ある人間とは、互いが危険な存在であるという悲しい現実がそこにあります。個人的いさかいから国の間の戦争まで、人の貪欲は衝突せずには済みません。人は『罪』ある限り争い続ける存在です。(ヤコブ4:1-3)

こうして今日まで続く人間社会がスタートを切ったのですが、創世記は別の事柄に注意を向けます。
人々は、『さあ、街と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。そして我らは名を上げて、全地の表に散るのを免れよう』と言ったとあるのです。(創世記11:4)
メソポタミアの都市文明の考古学も明かす特徴がここに見られます。
それは城壁で囲まれた街々がいくつも造られ、それぞれに実際に大きな塔を持っていたことです。それらは「ジッグラト」と今日呼ばれる塔やその土台の廃墟にも明らかです。

「バベルの塔」という言葉は有名ですが、聖書に触れたヨーロッパの画家たちに題材を提供してきたことがその背景にあります。
ですが、聖書中に「バベルの塔」という言葉はありません。
遥かな古代に、摩天楼のように高い超絶的な建造物があったという話は魅力的ではありますし、それが神への挑戦だとか、大洪水からの避難場所だとも解釈されてきましたが、この『塔』がそのようなものではなかったことは、都市毎に塔が有ったところに示唆されています。
また、『頂を天に届かせよう』というのと『我らは名を上げて』という言葉には、それらの背後に説明されていない事柄が含まれています。

まず、それぞれの塔のふもとには、神をまつる小さな祠があり、それが時代を経るに従い大きくなって社となり、やがて神殿へと発展しているという発掘調査の結果に見るべき意味があります。
つまり、それらの「塔」は崇拝に関係していたことが明らかであり、それは「神への挑戦」とは言えません。
そこで『頂を天に届かせよう』というのは、神々の領域に到達し、呼び込むことを目的としていたと捉えるのも的外れなことではないでしょう。しかも、『バベル』という創世記のヘブライ語は、シュメール語の「バブ・イル」から来たものであることが知られており、その意味は「神の門」というものです。つまり、神との接点であり、交霊術な意味があります。

それからもう一つの句『我らは名を上げて、全地の表に散るのを免れよう』という句の意味は非常に分かり難いものです。
なぜ、彼らが名を上げることで、神の意志であるところの、人々が地上に増え広がることを免れるのかが分かりません。
この句の『名を上げて』と訳されているヘブライ語動詞「ナーセー」に「造る」という意味もあることからすれば、『我らは名を造って、全地の表に散るのを免れよう』とも訳すこともできます。

つまり、「大義名分を得る」または「名目を造る」とも解釈でき、それでゆくと、シナルの平原に収穫量の非常に大きい肥沃な場所に灌漑農耕を始めて、分業集団生活の快適さを味わった人々が、地の全面に広がるようにとの創造の神の命に反し続けてそこに定住する許しを得るために、神々の領域に通じる場を設けて宥めようとの意志がそれらの塔の建設に込められていたという背景を示唆するものと成り得るのです。実際、当時のメソポタミアからの出土品には、様々な便利品から芸術性あふれる装飾品まであり、人々がどれほど生活を楽しんでいたかを伺わせているのです。
そして「その神々」はそれを許したことでしょう。創造神ではなかったからであり、かえって人間から「神」として崇拝されることを喜んだに違いありません。大洪水後の堕天使らは拘禁され、もはや人間界に降れませんでしたから、後には自分の偶像を代わりに崇めさせるようになったとしても不思議はありません。聖書が一貫して偶像礼拝を禁じる背景がここにも見えます。

そこで、シナルの民の様子を目にした創造の神は、彼らが一か所に集まって都市生活を謳歌し、地上の全面に散ってゆくつもりがないのを憂慮すると、創造神らしい一手を打ちます。
それが言語分散という奇策であり、それによって意思の疎通を妨げられた人々は世界各地に住み分けを行わざるを得なくなり、多様な人種や文化が生まれる元にもなったといえます。
この言語分散の神意は、同時に人間全体を覆う世界支配、超絶的な一つの権力をも打ち砕いて分割されることにもなり、その効力は今日に至るまで強力に作用し続けています。独裁国家の現状に見るように、だれにも『罪』がある以上、恣意的に振る舞う一つの支配権が世界全体を治めることは人類を益さず、むしろ世界の福祉に強い危機さえ招くことでしょう。
国境線が引かれ、国と国とが争うことは避けられないにしても、度を越した圧政が世界を覆うことはまだ避けられています。もし、強大な圧政が世界のすべてを支配していたなら、イスラエルのような宗教国家は存在できなかったでしょう。

さて、こうしてメソポタミアで人間社会の原型が築かれて後に各地に伝播するに従い、どこの場所でも生きる上での苦痛が避けられなくなります。つまり、それが『この世』につきものの『空しさ』です。
戦争や騒擾などの社会悪に加えて、自然災害や不作なども襲い掛かるでしょうし、食糧が充足していてさえ、人々は力ある者らの貪欲の犠牲にされ貧窮を忍ばざるを得ないのが「この世の常」となっています。それが「搾取」というものの結果であり、古代の帝国から今日のブラック企業まで、それは社会のあらゆる場所で陰に陽に起こっている現実です。
しかし、律法を与えた神は『同胞であれ、あなたの地で町の中にいる異国の寄留者であれ、貧しく苦しんでいる雇い人を虐げてはならない』と命じ、『賃金はその日のうちに、日の沈む前に支払わなければならない。彼は貧しく、その賃金をに向かって魂を伸ばしているからである』とも言われ、搾取を禁じ、貧しさを配慮するよう要求されています。(申命記24:14-15)

経済学でも”人類の歴史の大部分において、人は底知れず貧しい状態にあった”と歴史上の経済規模を推定して結論する学者もいますが、その論を待つまでもなく、人間社会は僅かな富裕層と大多数の貧しさを味わう人々へと分ける力が働いているのは今日でも現実に起きていることです。しかも、世界の富をほんの一握りの人々が所有し、残りの数パーセントの富を大多数の人々が奪い合っているというアンバランスも、今日いよいよその傾向を強めているというこの事は、『この世』というものに神の意志も摂理も働いていない明確な証拠というべきでしょう。この貪欲と不公正の横行する世界が、アダムの『罪』が人類にもたらした悲惨な酬いという以外にありません。

後のイエス・キリストが、『あなたのご意志が天におけると同じように地にも行われますように』と神に祈るべきことを教え、『今日、この日のためのパンをお与えください』とも祈るように人々に教えたところでは、『この世』が多くの人々にとって生活しやすい場にはならないことを含めています。
また、イエスは弟子たちに『あなたがたにとって貧しい者は常にいる』とも語られ、弟子たちが援助すべき貧しい人々を『この世』がずっと将来まで作り続けることを前提として語られています。
こうした『この世』が人に要求する生き方というものは、必然的に生きるために夢中で働き、僅かな利益を貪って争い合うことになるのです。
もちろん、これは創造の神が人間に意図したものではありません。神はむしろ『人を自らの象り』として創られたのであり、人は本来、神の栄光を反映させる存在であるべきなのです。

この世の生活様式が招く生き方は隷属であり、ソロモンが語るように『空しく風をつかむようなもの』であり、想いが俗世の些末な事柄や卑近な物事に向かうことも避けられません。
命が掛かっているのだからと、「生きるための行いは尊い」と誰かが主張しようとも、やはり生涯の結論として「空しいものは空しい」以上にはなりません。
神はアダムとエヴァをエデン、『楽しみの園』に置かれたのであり、『顔に汗してパンを食べ、ついに地面に帰る』という生き方に入ったのは『罪』を負った後のことです。
「懸命に働けばそれだけ多くの益がある」という神話が社会のあちこちで信じられていますが、これは実社会で、不労所得の方が遥かに多くの利益をもたらしている現実から勤労者の目を背けさせる「呪文」のようなものでしょう。富ある者はますます富んでゆき、貧しい者は富む機会がますますなくなります。貧しいということは、富んでいることよりも「高くつく」と言われる通りです。ソロモンが『富んだ者には友人が多い』と述べた背景には、このことが込められているのでしょう。(箴言14:20/ヤコブ2:2-4)

しかし、この不公正には幾らかの善処はできても人間が解決できるような問題ではありません。
例えれば、ソビエト連邦という大きな社会実験の結末を挙げることも的外れではないでしょう。
それ以前のロシア帝国は、永く大半の人々が「農奴」の身分にあり、わずか2%の貴族層が豊かな生活を享受していたと言われます。
元来は、この巨大な不公正を正すという大志を標榜した社会主義への転換が結果として残したものといえば、やはりソビエト社会の2%に当たる特権富裕層「ノーメンクラトゥーラ」であったというのは大きな皮肉です。結局のところ、人々が入れ替わっただけであり、無数の血が流され民が飢えに倒れていった酬いがこれであったのです。
その結末をもたらしたのは、やはり人間自身に巣食う利己心、つまり『罪』でしょう。人自身の問題が解決されないのに、社会問題の解決もあり得ないということです。

『罪』ある以上、人は自ら貧困も争いもない社会を作ることができません。
むしろ人間社会は、その『罪』の不倫理性によって互いを害さないように、法律を定め、権力によってそれを施行しないでは居られず、人と人との間には法と権力によって垣が巡らされ、力に支配されなくては生きてゆけず、互いの貪欲の中で生きるために労役から逃れられません。これが『この世』であり、『罪』ある限り人はけっして自力で争い合うこの世界から出られません。
世界的な名声を誇る知者たちが「どうして戦争がなくならないか」を額を寄せて論議するまでもなく、答えはすでに新約聖書のヤコブ書にあったのです。
『あなたがたの中の戦いや争いは、いったい、どこから起るのか。それはほかではない。あなたがたの肢体の中で相戦う欲情からではないか。あなたがたは、貪るが得られない。そこで人殺しをする。熱望するが手に入れることができない。そこで争い戦う。あなたがたは求めないから得られないのだ。求めても与えられないのは、快楽のために使おうとして悪い求め方をするからだ。』(ヤコブ4:1-3)

もちろんすべての「欲」が悪いのではなく、他者を押しのける「貪欲」、『悪い求め方』に問題があるのです。
これが「倫理問題」というものであり、「人が神を含む他者とどのように生きてゆくべきかをわきまえていない」ところに問題があるのです。生き方をわきまえない者が永遠の命を得てよいわけもありません。

それで、人は空しい『この世』から出ることができません。それこそは神に任命されたキリストが扱うべき難題だからです。
しかし、神は空しい『この世』に生きている人々が俗世にまみれたままになって、まったく本来の栄光を忘れないようにモーセの律法に中に一つの習慣を守るよう命じていました。
それが『安息日』の取り決めであり、これは十戒の第四戒に挙げられているので、偽証や殺人や姦淫を犯すべからずの前に位置するほどに重視されるべきものと言えます。しかも十戒の中で最も長い文となってもいるのです。(出エジプト20:8-11)

さて、モーセに率いられてエジプトを出たイスラエルの数百万の大集団には、何もない荒野に在って、毎朝『マナ』と呼ばれる奇跡の食物が天から降ることで生命を支えられていました。それも数か月や数年の間ではなく、彼らが荒野を巡った四十年もの間、神は彼らにこの食物を与えて彼らの大群衆をずっと養ったのです。
ですから、イエスが『明日を飢えると患うな、天の鳥を見よ・・野のユリを見よ』と言われた背後には、これほどの神の供給力が有ってのことだったのです。(マタイ6:25-29)

毎朝人々は自分の必要に応じてマナを集めるのですが、『多く取った者にも多過ぎず、少なく取った者にも少な過ぎなかった』とあります。こうして彼らは、生きてゆくのに煩うことから解放されていました。何もない荒野に居たにも関わらずです。(出エジプト16:18)
しかし、七日に一度はマナの降らない日がありました。その前日に二日分が必ず降ったのです。マナを集めない日が『安息日』であり、人は生業を行ってはならない、その場所に留まれとも命じられていたのです。人々は家族と安楽に過ごすことができたでしょう。

このことから、人は俗な生活にまったく没頭してしまわずに生きてゆけるよう神は取り計らわれること、また、人が俗と聖とを見分け、極端な競争社会に巻き込まれ、まったく奴隷環境に陥り、「エジプトからの道」を引き返してしまわないことを知るべきであったのです。イスラエルはエジプトを出て自由の民となったからです。

その自由を表すものが『安息日』であり、これが後の世にキリスト教を介して週に一度の休日をとる習慣として広まりました。
しかし、元々の『安息日』の律法から、イスラエルの間では、ただ『仕事をしてはならない』という命令が重視される傾向があり、それは今日のユダヤ教徒が細心の注意を払って仕事と思える作業をしないようにと、交通機関がストップし、台所で新たな火をつけないようにし、エレベーターのボタンさえ押さないようにその日だけは各階停止になるといった厳格さが神の意志であるかのようにされ兼ねないものともなってきました。
やはり、キリストの時代の律法学者らは、『安息日』を守るために律法より厳しい規則を39種類も考案し、それらには更に無数の付則が有って、それらが書かれたタルムードを読んでいるだけで頭が痛くなるほどです。

キリスト教の中でも、宗派によってはユダヤ教徒に同じく土曜日が本来の『安息日』であるのだからと、日曜日を休む一般社会との軋轢を避けるために、わざわざ自前の会社や学校を設立してまで土曜安息を貫くところもあります。
ですが、それらが『安息』の神意かと言えば、あまり自由であるようには見えません。実際、「安息日には、平日よりも気を遣う」との現代ユダヤ人の本音がそのことを端的に表していることでしょう。

一方で、十戒の『安息日』の項では『安息日を覚えて、これを聖なるものとせよ』と命じられています。イスラエルが捕囚の憂き目に遭ったのも『安息日を汚した』ことが重い原因であったと神は言われました。(出エジプト20:8/エゼキエル20:16)
『聖なるものとする』事と、『なんの仕事もしてはならない』事との関係は十戒からは特に読み取れるところはないので、「日曜日には教会に行くこと」がその休みを聖なるものにすると単純に捉えられ兼ねないところがあります。

ですが、『この世』の隷属からしばし離れるという観点から『安息日』を見るなら、それは『マナ』の供給者であった神に頼り、この世の「俗な生き方」が本来の人が歩むべき道ではないのであり、この世の隷属状態から抜け出せず、仕事だけのあくせくとした生き方に埋没して、人間に本来備わっている『神の象り』、つまり「聖なる姿」をまるで忘れてしまうことのないようにとの教訓を読み取ることができるのです。

人は「生きるために生きる」のではない想いに在って生活する、つまり、殺伐としたこの世のありさまのままに生きれば、その人は外も中もすっかり悪魔が導いたこの世界の精神に染まってしまうところを、『安息日』は人としての尊厳をもって生きるよう促しているのです。それが『安息日を聖なるものとせよ』との戒めの本意なのでしょう。その真髄はマタイ福音書第五章以降に記されたキリストの言葉「山上の垂訓」に見事に語られている、晴れやかな自由、信仰により煩いから離れた思いの状態に表れています。そこでイエスは『あなたが思い煩ったからと言って、自分の寿命を1キュビトでも加えられるだろうか』と言われるのです。(マタイ6:27)

一方で、古代シュメール以来続いてきた『この世』は、都市生活の交換制度の煩雑さに追われる生活、卑近な物事の流行など、俗な事柄を人々に強いてきています。
その点で、都市に住まず、家畜を放牧して暮らすアブラハムに話しかけた方は聖なる神であり、遊牧生活がもたらす自由と深い思惟を巡らせるアブラハムの環境は、創造者が『荒野の神』として現れた理由を示唆するものと言えます。

後代に使徒パウロは『アブラハムは真の土台を持つ都市を待ち望んだのであり、その建設者は神である』と記しました。アブラハムはニムロデの諸都市の内のウル近郊から『約束の地』パレスチナに向かいましたが、彼自身には『足の幅ほどの地も与えられなかった』ともあります。それでも、アブラハムにはニムロデの俗なるバベルではない、気高い都市『新しいエルサレム』を待ち望むべき神の約束があったのです。(ヘブライ11:10/黙示録21:1-2)

これはまさに、現代に生きるわたしたちも望むべき新たな文明、『神の王国』といえるでしょう。
それは永く続いた『この世』の空しい労役の果てに訪れるキリストによる解放であり、聖なる神を『父』と呼ばれるイエスが、自らを指して『人の子は安息日の主なのだ』と言われた通り、『神の王国』は人々が思い描いても果たされる事のなかった、いやそれ以上の優れた社会の現れとなるでしょう。(マタイ12:8)

一方で、この世の俗を離れて生きることは、毎週休暇を取る事とは別の問題ですし、「安息を聖なるものとする」のは人にとって毎日表すべき特質なのであって、もちろん、どの曜日を休むかということでも、何が禁じられた仕事なのかを区別することでもありません。『この世』に埋没して空しい人生で終わる必要などありません。
むしろ『マナ』を与えた神の全能性に頼り、自分を生かしているのが自分だけであるかのようにせず、不信仰にあくせくと生きるのを止め、自らの理念や愛を捨ててまで『この世の奴隷』とならないことを「安息」が指すのであれば、その人は神に頼ることで「俗」を離れ『安息日を聖なるものとする』ことができるのです。

『この世』とは、そこまで人を追い込んで奴隷にしようとする脅しがあちこちに潜んでいる汚れた場というべきです。
懸命に働いても暮らし向きが一向に改善しないとすれば、それはおそらく『この世』の巧妙な仕掛けに捕らえられ、隷属させられている危険性が小さくないかも知れません。しかし、神に頼り『安息』の自由を求める道は開かれているのです。(マタイ4:4)

場合によっては、隷属させようとの謀略が思い掛けず「宗教」という方向から仕掛けられる事もあり得ないことではなく、人の心を支配しようとすることに於いて、宗教ほど奴隷化に効果を上げるものもありません。
いずれにせよ、『神の象り』汚すような悪魔的で理不尽な要求がされるとき、その人はその手を止め「安息の聖」を守ることができることでしょうか。その各人が、その手を休めるだけの決意が神への信仰に応じたものとなるにしても、いくらかでも隷属から離れる事はその人にとって「聖なる安息」と言えましょう。
人は『エジプトに戻る』べきではなく、モーセによってエジプト脱出を行わせた全能の神は、いずれキリストを用いて隷属の『この世』からの人類の出立を導かれることでしょう。(申命記17:16)





子羊の犠牲による祭司団の現れ

2020.10.23 (Fri)




『祭司』とは、神への崇拝を司る役職を指し、儀礼を行って人々と神の間を取り持つ働きをします。
モーセが仲介し神YHWHとイスラエル民族との間で結ばれた『律法契約』には、YHWHへの崇拝の方法も定められていました。
その崇拝を直接に司る人々は、特にイスラエルの中から選ばれた『清い者』であることが求められ、ほかの人々が生業に携わるのに対し、崇拝に携わる人々には他の人々から寄せられる収穫の十分の一の備えによって生きることが定められました。
その『祭司』ですが、この人々がどのように選ばれて職に就けられ、また崇拝奉仕を行ったかについて知ると、キリスト教に於いてそれが重要な意味を持っていたことが分かります。

祭司職の始まりについては、出エジプトの前夜の第十の災いからイスラエルが保護された出来事に由来があります。
奴隷にされエジプトに捕えられていたイスラエル民族を救出して自由な民とし、『約束の地』パレスチナへと導き出す神の意図を託されたモーセと兄のアロンに対し、頑なにファラオは反対し続け、遂にエジプト中が長子を失うという災厄の中、皇太子を失ったところでは、さすがにファラオもイスラエルの解放を認めるに至りました。

その第十の災いが下された晩に、イスラエルの家々では一頭の子羊か、子山羊が食事のために屠られていました。
神は、第十の災いの後にファラオがイスラエルを解放することを予見して、その晩は旅支度をしたまま食事するようにと言われます。パンも酵母を入れないもの、普段の時間をかけて発酵させるふっくらしたパンではなく、すぐに準備できる無酵母のパンを焼かせます。

しかし、この食事が普通でなかった最大の点は、屠った子羊などの血を、家々の門の左右の柱と鴨井とに塗り付けさせたところにあります。
その夜にエジプトの全土を通過した天使らは、家々の門に塗られた血を見ると、その家は通り過ぎ、塗られていない家に侵入してそこにいる長子は人であれ家畜であれ損なってゆきました。
エジプト人の家々からは悲痛な叫びが上がり、それはファラオの宮殿であっても例外ではなかったので、イスラエルの神の意向に逆らうことに頑なであったファラオもついに思いを変えることになりました。またエジプト人たちも、イスラエルが出て行ってくれることを願って、彼らに様々な物品を与えるほどになりました。十度も続いた災いにすっかり懲りていたのです。

イスラエルの幾百万は、その日エジプトを出発し、東に向けて旅を始めました。
後代のユダヤ人ヨセフスによると、彼らの行列は大ピラミッドで知られるギゼーの近郊から始まり、ナイル川のデルタ地帯を東に進みます。心変わりしたファラオの追撃に紅海の水が分かれてイスラエルを逃れさせ、エジプト軍を海に沈めたのはその数日後のことでした。出エジプト記によれば、それから二か月するとイスラエルはシナイ半島の中ほどにあるシナイ山のホレブ峰の山麓に集まっていました。
そこで神YHWHは、イスラエルの民にエジプトを出立した月を以後「第一の月」とし、第十の災いが起った十四日の夜に毎年食事儀礼を行うよう命じます。

これは『過ぎ越しの祭り』と呼ばれることになりました。天使らが屠られた家畜の血が塗られた家があれば「通り越して」災いを下さなかったところからこの祭りは『過越し』と呼ばれることになります。
この祭りは、毎年の春先の『ニサン』と呼ばれる月の十四日の夕暮れから夜にかけて行われる晩餐儀礼であり、神によってイスラエルがエジプトの奴隷状態から解放されたことを語り伝えるためのものとなりました。
『過越し』の翌日から七日の間、イスラエルは無酵母パンを食べる『無酵母パン』の祭りが続きますが、無酵母パンは美味しいものとは言えません。その酵母の無さに『清さ』が象徴され、その禁欲的な厳粛さからユダヤ教徒はその祭りが終わった後も七週間は慶事を避けます。

そこで屠られた子羊の血が、イスラエルの長子の命を救ったから、イスラエルの長子はすべてわたしのものであると神YHWHは言われるのでした。
YHWHはイスラエル12部族の中から自らの所有とする一部族を「長子」として取ると言われます。その部族は神の崇拝を専業とし、ほかの部族のように『約束の地』の中に街の幾つかは与えても、相続地を与えないと言われるのでした。
これが『祭司の民』となるのですが、神はイスラエルのイスラエルの12部族の中からレヴィ族を選ばれますが、それは預言者モーセの部族でもありました。レヴィ族は三男の家系ですが、イスラエルの全ての長子の代わりとされます。

崇拝に関する最高位を司る『大祭司』にはモーセの兄アロンが任じられて祭司の長となり、その子らは従属する祭司団を構成します。
一方では儀式に用いる什器や設備、また祭司と大祭司の職服が作られ、崇拝の定式は神がモーセに伝えたところによって定められてゆきました。それらが神への祭儀を行う場、『崇拝の天幕』となるよう神は命じます。それらはシナイ山のホレブの峰の麓で造られ、神YHWHへの崇拝が始まっています。その天幕の上方には、昼は雲の柱が、夜は火の柱が生じるようになり、神がそこに臨御されていることを証し、雲が高く上がるときにイスラエルは旅立つ用意をし、その柱が導いて荒野を移動することになりました。旅の間、レヴィ族は崇拝の天幕と什器類を運ぶ一切を任されていました。(民数記14:14)

『天幕』と言っても、崇拝の場はそのテントだけがすべてではなく、周囲に幕の垣が巡らされ、その中は『庭』とされ、動物などを捧げるための火が焚かれた祭壇や、祭司らが身を清めるための水盤が天幕の外に置かれました。
天幕の中は二つの部屋に仕切られ、入り口の方は『聖所』とされ、香を焚く金を被せた祭壇と、十二枚の無酵母パンを置く金の食卓、それから灯明を備える金製の七又の燭台とがありました。
もう一つの奥の部屋は『聖の聖なる所』また『至聖所』と呼ばれ、そこにはただ『契約の箱』が安置され、大祭司だけが年に一度『贖罪の日』と呼ばれる初秋の祭日にだけ入ることが許されます。

しかし、レヴィ族以外の者は聖域に近づいてはならず、特に『契約の箱』のような聖なるものを普通の人が直接目にすることは死を意味したというのです。
それは、神の前に誰もが『罪』ある者であることを知らしめ、畏れかしこむべきことが求められている強烈な教訓といえるでしょう。

その聖なる環境に在って務めを果たすレヴィ人は、イスラエルの中でも格別の部族となり、ほかの部族に勝って身体的にも道徳的にも清さが求められていました。
彼らは、エジプトを出る前の晩の子羊の血で命を贖われた『長子の部族』であり、イスラエルの中から神に仕える者として取られた格別の民となっていたのです。
神に取られた彼らには、『約束の地』に相続地が与えられないので『十二部族』からも外されました。
その代わりに、ヨセフの部族がヨセフの二人の息子、マナセとエフライムによって二つの部族に分かれて、レヴィ族の不足を補うことにされ「イスラエル十二部族」は引き続き保たれました。

さて、神YHWHの祭りについては『律法』の中で三つの時期が求められていました。
一つは春先の第一の月ニサンに行われる『過越し』と『無酵母パン』ですが、そこから七週を経た五十日目には『週の祭り』と呼ばれる喜ばしい祭礼が定められました。無酵母パンの祭りの二日目から五十日を数えるので「五旬節」また「ペンテコステ」とも呼ばれます。伝承では最初の大祭司アロンに油注がれたのがこの時期であるとされます。小麦の収穫が始まるこの祭りでは酵母の入った二つのパンが神の前に供えられます。

三つ目の秋の祭礼が『贖罪の日』とその五日後から始まり、八日間行われる『仮小屋の祭り』で、これは秋に一年の収穫物を祝う性格をもっています。人々は野外に仮小屋を建てて七日の間そこで過ごすのですが、これはたいへん喜ばしい祭りであり、収穫によって『年に冠を授ける』祭りともされます。
しかし、これに先立つ『贖罪の日』はイスラエルの罪の告白を伴う重厚な雰囲気があり、イスラエルは神の前に赦しを求めるべきものです。

『崇拝の天幕』は、イスラエルが『約束の地』に定住した後も、パレスチナの各地を転々としていましたが、ソロモン王が神殿を建立してからは、その地エルサレムが神YHWHの不動の崇拝の中心となりました。
その新しく建立された神殿の構造も『崇拝の天幕』の拡大型となり、基本的な祭儀を行う機能は変わりません。

年に一度の『贖罪の日』に大祭司は奥の間である『至聖所』に香を焚きながら入りますが、その部屋には明かりがなく、『契約の箱』の上には奇跡的な臨御(シェキーナー)の光が宿っていたと伝えられます。
そこに入る前に大祭司としての正式な職服に身を包んで、自分自身の罪を清めるために雄牛の血を『契約の箱』の前にふりかけます。

次に、自分の一族に属する祭司団の罪の贖罪のために、もう一度大祭司が至聖所に入ります。
こうして、大祭司と祭司団との贖罪を終えた後、大祭司は正装を解き祭司の亜麻服に着替えて民の待つところに出て来て、民全体の罪が贖われたことを宣言し、こうして秋の『贖罪の日』が終わります。

この『贖罪の日』の儀礼には、『祭司の王国、聖なる国民』についての予告的な意味がありますので、ここでは特に取り上げておきます。
罪を除くことを表すこの日の儀礼は、まず第一に大祭司の罪が、次いで祭司団が、それから最後に民に贖罪が告げられていました。

このように、祭司の部族が子羊の血によって成立してきたことは、後に現れる『神の子羊』と呼ばれたイエス・キリストの犠牲の血によって『罪』を贖われて『祭司の王国、聖なる国民』を生み出すことの予型であったことが手に取るように分かります。
イエス・キリストは頑ななユダヤ教の指導者らによって磔刑にされ犠牲となりましたが、その死に至るまでもの忠節は倫理の完全さに到達させるものとなりました。
新約聖書はこのことを『万物の帰すべき方、万物を創られた方が、多くの子らを栄光に導くのに当たり、彼らの救いの君を、苦難を通して完全にされたのは、彼にふさわしいことであった』と記しています。(ヘブライ2:10)

もちろん、キリストの血の犠牲は、その救いを信じるすべての人に『罪の赦し』をもたらすことになるのですが、律法の『贖罪の日』の儀礼が示していたように、まずは、天界の大祭司となられたキリストは、仲間となる祭司団に相当する『聖なる国民』の『罪』の贖いを行う必要があって、それから民に贖罪が行われます。
そうして大祭司イエスと祭司団に当たる聖なる民とが揃って、天界から人類の『罪の贖い』のために『祭司の王国』となって働き、そうして人々の救いが達成されるのです。

この観点から新約聖書を読み返すと、意義深い理解に到達することになります。
つまり、イエスは大祭司として『ご自身の血を持って、ただ一度聖所に入り、永遠の贖いを成し遂げられた』と書かれています。(ヘブライ9:12)
これは、『贖罪の日』に大祭司が自らを清めたことに相当し、それから自分の親族の祭司団を清めたように、大祭司となられたキリストが、自らと結びついている『聖なる国民』を清めることも意味しています。
それは彼らが『義の業を行ったからではなく』イエスをメシアとして『信じた』ので選ばれたのであり、それは『無償の賜物』でありました。(テトス3:5/ローマ3:23-24)

新約聖書は更に、『実際、聖なる者となる方も、聖なる者とされる人たちも、すべて一人の方から出ている。それでイエスは彼らを兄弟と呼ぶことを恥としない』とあります。(ヘブライ2:11)
この意味は、磔刑に処せられた自らの血の犠牲によって倫理の完全性に到達されたキリストが、レヴィ族のような一群の人々を聖なるものに清めることを言い表しており、キリストが『神の子』であったように、ある人々を清めて『神の子』とし、大祭司の一族であるかのようにキリストの『兄弟』とならせることを意味しています。つまり神という『一人の方から出ている』つまり『子』状態に入るからです。(ローマ5:9/ヨハネ1:12)

確かに新約聖書では、キリストの弟子たちが『罪を赦された』状態に入ったことが何度も書かれています。(ローマ8:1)
ですがこれは単に「クリスチャンはみな罪を赦されている」ということにはなりません。『キリストの兄弟』と呼ばれるほどに高い誉れに達しているわけではないからです。また、キリスト教徒は皆が天にゆくわけでもないことも明らかです。天に召される人々には、ただイエスの許で自分の至福を味わうのが目的なのではないからであり、むしろ利他的に人類の罪の清めのために祭司となり忙しく奉仕するのです。

パウロは、自分を含めた当時の弟子たちが『キリストと共同の相続人』であると書いています。(ローマ8:17)
何の相続かと言えば、アブラハムへの神の約束『地のあらゆる氏族が祝福を得る』という、あの人類救済の『王なる祭司、聖なる国民』となるという輝かしい栄光に浴することへの相続であり、天界で大祭司キリストと共に祭司団を構成するという栄誉を受けることであるのです。
使徒ペテロは、当時の弟子たちが『アブラハムの裔』となることをはっきりと告げて、『あなたがたは、選ばれた種族、祭司の国、聖なる国民、神の所有する民である』また『あなたがたも、善を行い、また何事も恐れないなら、サラの娘となる』とも書いています。(ペテロ第一2:9・3:6)

実に、マタイ福音書の第二十五章はこの世の終わる時期についてのイエスの預言となっていますが、その時にキリストの『兄弟たち』に親切を示す人々が神の是認に入ることが描かれています。祭司となる人々を助ける彼らは神の裁きに適い、『神の王国』の地を受けることになるのです。(マタイ25:31-40)
このことはイエスの受難の前の祈りの中でも語られています。
『わたしは彼らのためばかりではなく、彼らの言葉を聞いてわたしを信じる人々のためにもお願いします。父よ、それは、あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、皆が一つとなるためです。』(ヨハネ17:20-21)
これは、信じた者は皆同じという意味ではありません。神とキリストとが別の方であり「三位一体」などではない事にも表れています。
このキリストの兄弟たちの言葉によって信仰を働かせる人々とは、迫害に遭うキリストの兄弟たちの側に立つことになるのです。彼らは天で祭司となら人々と共に『神の民』とされる将来の姿がここに描かれています。

では、地上にいる間の「キリストの兄弟たち」はどのように見分けられるのでしょうか。
キリストと共に『アブラハムの裔』となることは、誰にでも差し伸べられることではありません。
ユダヤ律法体制に固執したユダヤの宗教家らは、自分たちの父祖がアブラハムであることを誇って自らを省みることをしませんでした。彼らは『契約の子ら』つまり血統上ではアブラハムへの神の約束を受け継ぐ立場にあったのですが、ほとんどのユダヤ人はメシアを見分けず、かえって殺害してしまいました。メシアへの信仰に至らなかったからです。神の所有する格別な民となる機会は、傲慢な彼らにはついに与えられませんでした。

では、イエスをメシアとして信仰した僅かなユダヤ人には、イエスが犠牲の死を遂げた後に何が起ったのかを見てみましょう。
つまり、キリストの兄弟として『アブラハムの裔』に選ばれた人々はどのように見分けられるかということです。







キリストの赦しによる聖霊の到来

2020.10.27 (Tue)


聖書で語られる『霊』また『聖霊』とは、どんなものの事を指すのでしょうか。
実は、『霊』と『聖霊』には意味深い違いがあります。
何がその違いを生んだかといえば、イエス・キリストの犠牲の死を通した『罪の赦し』、つまり贖罪によってその大きな意味の違いを生じさせることになったのです。

特に『聖霊』は、キリストが犠牲の死を捧げて天に去った後に、弟子たちを『助けるもの』となり、また『真理をあまねく教える』ものともなり、それが新約聖書を成立させる原動力となったと言って過言ではありません。
そればかりか、『聖霊』は選ばれた民である「真のイスラエル」を生み出すものともなってゆきました。
では、『霊』と『聖霊』とはそれぞれ何かについて聖書に耳を傾けましょう。

キリスト最後の受難の日に、ユダヤ人宗教家たちから極悪人として裁くようナザレの人イエスを引き渡されたローマ総督のピラトゥスでしたが、イエスに何の罪状も認められないので、彼は何度もイエスの釈放を試みます。しかし、宗教家に扇動されていた群衆があまりに騒ぎ立てるので、ユダヤ一国の騒擾になってしまうことを恐れた総督は、僕に水盤を用意させ、見守る人々の前で手を洗ってこう言いました。
『この人の血について、わたしには責任がない。おまえたちが自分で始末をするがよい』。すると群衆は『その血の責任は、我らと我らの子孫の上にかかってもよい』と言います。しかし、本当にそれでよいのでしょうか?(マタイ27:24-25)
もはや、ユダヤの体制はイエス殺害を目論んだことにおいて、引き返すことのできない道に踏み込んでしまったのです。

この数日前のこと、イエスはご自身の刑死が近いことを悟り、宗教家らに向かって『この神殿を壊してみよ!そうすれば、わたしは三日で立て直す』と挑発していたのです。
それに対して彼らは『この神殿は46年も掛かって建てられたのに、それを三日で建てると言うのか!』と当たり前のことを言って、イエスの言葉の背後に込められた二つの象徴的な事柄を悟りませんでした。(ヨハネ2:19-20)
つまり、『神殿』というのは、イエスご自身の体のことを指して言われたのであり、それから『三日で建て直す』とは死んでも三日後に復活することの例えであったのです。
イエスの復活の後になって弟子たちはそれに気づいたのですが、いきり立つ宗教家には大言壮語の大法螺吹きとしか思えません。そのため、彼らはますますイエスへの殺意を固めてゆくのでしたが、それこそイエスの意図したところであったのです。この『建て直す』との言葉はイエスを訴える口実ともされます。(マタイ26:59-62)

こうして「三日目に復活する」という予告は反対者らにも忘れ難いものとなりましたので、イエスを磔刑で殺害させた後には、その墓を自分たちの神殿衛兵らに見張らせることにするのですが、それはイエスの弟子らが遺骸をほかの場所に移して復活を演出しないように守らせるためであったのです。しかし、この策は裏目に出てしまいます。

金曜日に亡くなったイエスは、大安息日であった『無酵母パンの祭り』の初日に当たる土曜の丸一日を墓の中に遺体のまま横たえられていましたが、日曜日の早朝になると神殿の傭兵たちが見守っている眼前に天使が現れ、本当にイエスに復活が起こってしまい、墓の前に立て掛けてあった大きな蓋の石も動かされていたのです。
傭兵たちは輝く天使を見て真っ青になって死んだようになっているばかりでしたが、しばらくして、自分たちを遣わした宗教家たちに見た通りに報告します。

すると宗教家は、これを揉み消しにかかります。
『夜中に弟子どもが死体を盗んで行ったと言え』と命じて兵士らには多くの口止め料を払い、総督からは役職怠慢を咎められないようにしておくと請け合ったのです。これは明らかに故意の罪というほかありません。(マタイ28:1-15)
それですから、ユダヤの宗教家らは、自分たちが天に逆らう行いをしていたことは否応なく知ったことになり、その場で悔いるには彼らの心は頑なに過ぎたのでしょう。ですが、噂は市中に広まってしまい、彼らの面目は情報を統制することで保たれるありさまです。

こうしてユダヤの民は、ナザレ人イエスを巡って二つに裁かれていたと言えます。
このことは、早くもバプテストのヨハネがイエスの来られる以前に指摘していたことでした。
『わたしは水でバプテスマを施す・・しかし、わたしの後から来られる方はあなたがたに聖霊と火とでバプテスマを施すであろう』。(マタイ3:11)
この句は、多くの「クリスチャン」にとっては、あのペンテコステの日にイエスの弟子たちに聖霊が火のように与えられた事を指すものと勘違いされています。しかし、それは違います。
バプテストのヨハネは続けてこう述べていたのです。

『(その方は)手に箕を持って、脱穀場を隅々まで掃き出し、麦は集めて倉に入れ、殻は消えることのない火で焼き払われるだろう』。(マタイ3:12)
ここには、麦の穀粒と籾殻という二種類の収穫物へのそれぞれに違った処置が描かれています。
有用な麦粒は倉に納められるのですが、その一方の籾殻は火で焼かれています。殻は使い道が何もないからです。

これらのヨハネの言葉は、やはりメシアの現れによってユダヤが裁かれることを述べています。
それを更に裏付けるのが『斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木は、みな切り倒されて火に投げ込まれるのだ』という同じ文脈で言い加えられた言葉です。(マタイ3:10)
この警告を受けたのは『パリサイ人らとサドカイ人らと』であり、ヨハネは彼らを『まむしの子孫よ!』と呼んで水のバプテスマを受けさせませんでした。悔い改めには程遠かったからでしょう。やはり、彼らはナザレ人イエスに対してそれなりの行動をとったのです。(ルカ7:30)
しかし、このヨハネの言葉は、ユダヤ人の中から『聖霊のバプテスマ』を施される『小麦』に当たる人々も出ることを教えています。

聖書で言う『霊』とは、創世記の初めのところから登場しており、神の創造に於いて働いています。(創世記1:2/詩編13:6)
また、アダムの鼻孔から神が吹き入れられたのも『霊(ルーアハ)』であり、その結果として『人は生きた魂(ネフェシュ)になった』と書かれています。漢字では「霊魂」と一つの意味にされがちですが、ヘブライ語では『霊』と『魂』とでは意味が随分違います。(詩編88:10)
ヘブライ語の『霊(ルーアハ)』には「風」という意味もあります。ですから、『霊』とは人を呼吸のように、人を生かしているものでもあり、人が死ぬと『その霊は神のもとに帰る』ともあります。(伝道12:7)
もちろん、人間には死後に意識がないことを聖書が教えるのですから、死後に神のもとに帰るのは人の意識ではありません。『帰る』というのは象徴表現であり、人を生かしていた神に属するものである『霊』がその人から離れたという以上のものにはなりません。旧約聖書の詩編には『息吹(ルーアハ)を取り上げられれば、彼らは息絶えて元の塵に返る』とある通りです。(詩編104:29)

同じく『霊』は、預言者たちに霊感を与え、神からの意志を伝え、また幻を見させる働きも行ってきました。(ペテロ第二1:21/出エジプト31:1-5/エゼキエル11:24)
イエスはこの『霊』について説明し『風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない』と言われます。つまり、肉体で地の上に住む人間には捉えられないということでしょう。(ヨハネ3:8・12)
また、『わたしが地上のことを話しても信じないとすれば、天上のことを話したところで、どうして信じるだろうか』とも言われました。
ですから、聖書の言う『霊』とは物質的なものではなく、天的で見えないながら地上でも働いているもの、例えるなら機器によってさまざまに働く電力のようなものなのでしょう。(コリント第一12:7-11)
それは現に、生きる物の中でも働いてそれぞれを生かしているもので、人にとっては、ある時には『霊に燃え』、ある時には『抑制される』べきものともなるのが聖書の言う『霊』というものです。(使徒18:25/箴言25:28)

では、『聖霊のバプテスマ』のような『聖なる霊』とそれら普段から働く『霊』とは同じものでしょうか。
これは非常に重要な点です。
というのも、使徒ヨハネがイエスの復活後に与えられる『霊』について、福音書にこのように書いているからです。
『イエスは、ご自分を信じた人々が受けようとしている霊について言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、霊がまだなかったからである。』(ヨハネ7:39)
このキリストの受ける『栄光』とは、死に至るまで試されたことから得た『義』の完全性を言うのであり、その義認が霊者としてのイエスの復活の時に与えられ、更に後の弟子たちへの義認の分配に至ったことを指すのでしょう。(テモテ第一3:16)

もちろん、キリストの犠牲による義は、あらゆる人の贖罪の代価となるのですが、まず贖罪を行う祭司たちが清められねばなりません。それは律法に定められたレヴィ族でも、清めの基準に達していなければ崇拝に携われなかったことが予型として表していたことです。(ヨハネ第一2:2/出エジプト30:21/レヴィ22:4)
また、受難の前の晩、イエス自身も『わたしが去って行かなければ、あなたがたの助けは来ない』。また『わたしは父にお願いしよう。そうすれば父は別に助けを送って、それはいつまでもあなたがたと共にいるようにして下さる。それは真理の霊だ。この世はそれを見ようともせず、知ろうともしないので、それを受けることができない。あなたがたはそれを知っている。なぜなら、それはあなたがたと共におり、またあなたがたのうちにあるのだから。』と言われています。(ヨハネ16:7・14:16-17)

イエスは地上を去る前に、弟子たちにはその『霊』が与えられ、それがずっと彼らの内に在って助けを与えることを約束し、『わたしはけっしてあなたがたを見捨てない』とも言われるのでした。(ヨハネ14:18)
ですから、キリストが天に去った後に降る『霊』は、それまでになかった特別のもの、「世が受けることのない霊」、弟子たちにだけ働く助け、つまり『聖霊』であることが明らかです。

そして、イエスが復活した日から50日目の朝に、新約聖書の使徒言行録は大きな出来事があったことを記しているのです。
それは律法に定められた『週の祭り』の朝であり、『無酵母パンの祭り』の二日目から50日を数えて日を定めることから「ペンテコステの祭り」とも呼ばれます。
その日が訪れるまで、イエスの弟子たちはユダヤの人々を恐れて、エルサレムの街の一角に潜んでいましたが、一方で、街には祭りを祝うために外地のユダヤ人がにぎやかに集まって宿泊していました。
その朝になると、突然に大風の吹き付けるような轟音が響き渡ったので、祭りに来ていた人々は何事かと、その音のするところに集まってきました。

彼らが目にしたものは、120人ほどのイエスの弟子たちが、様々な言語で神を讃えている姿であり、彼らの頭の上には『火の舌のようなものが見えた』とあります。
普段を外国で過ごしているユダヤ人や改宗した異邦人は、イエスの弟子たちが自分の住んでいる国の言葉が様々に話されていることを見て大いに驚きました。

すると、使徒ペテロがほかの使徒らと共に彼らに相対して、これが旧約のヨエルの預言の成就であることを聞くすべての人に知らせます。
『その後わたしはわが霊をあらゆる肉なる者に注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、あなたがたの老人たちは夢を見、あなたがたの若者たちは幻を見る。その日わたしは下僕や下女にもわが霊を注ぐ。』(ヨエル2:28-29)

これはイスラエル人であればすべての人に霊が注がれて奇跡の業に預かるという意味の預言ではなく、レヴィ族であるか、宗教家であるかに関わらず、どんな立場の人であっても霊が注がれることが起こるということであり、実際にこの日に聖霊を受けたイエスの弟子らは皆が平民でありました。迫害を恐れて街の一角に潜んでいた弟子たちは、『聖霊』が注がれると大きな力を受けて公に堂々と語り出し、その後の宣教への長い道のりに足を踏み出したのです。イエスがこう予告していた通りです。
『聖霊があなたがたに降る時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地の絶え果てるところまでもが、わたしの証人となるだろう』。(使徒1:8)

そして、彼らがイエスこそメシアであり、復活したことを証し始めることにより、宗教家らはますます窮地に立たされてゆきます。
その日以来、弟子たちは霊によってキリストが行っていた業を受け継ぎ始めていました。
使徒ペテロには非常に際立った癒しの奇跡が伴うようになり、彼が通る道には、その影がかかるようにと重病人が横たえられたのですが、その人々も『一人残らず癒された』と自らも医師であったルカが使徒言行録に記しています。(使徒5:1-16)

このようなイエスの業の継承については、イエス自身が使徒たちとの別れの晩に語っていたことでもありました。
『わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからだ。』(ヨハネ14:12)
また、受け継ぐ業は癒しばかりではありません。『父のもとから出る真理の霊が来るとき、そのものがわたしについて証しを行うであろう。それからはあなたがたも証しをするのだ。初めからわたしと一緒にいたのだから。』(ヨハネ15:26-27)

こうして使徒たちを中心とした弟子たちは聖霊を注がれてキリストの業を行って『アブラハムの裔』をユダヤ人から更に集めてゆきますが、やがて聖霊は、ユダヤ人ばかりでなく諸国民にも注がれることが起きるのでした。
それはイスラエルの神を深く信仰していたユダヤ駐在のローマ軍の士官コルネリウスとその親族友人らが、集まって使徒ペテロを迎えるところで起こっています。(使徒10:37-46)
ペテロがイエスの宣教活動と死と復活について話していると、その場で異邦人である彼らに聖霊が注がれたのでした。
それを目撃したユダヤ人の弟子たちも、後から伝え聞いたユダヤ人も、その事はたいへんに信じ難いことに思えました。なぜなら、神への崇拝も契約もそれまでは常にイスラエル民族と共にあったからで、イエスの宣教活動もパレスチナに限られていたのですから、アブラハムの子孫であるユダヤ人が驚き惑うのも不自然なことではありません。

後に使徒パウロは聖霊の諸国民への注ぎ出しについて、その理由がイスラエルの中から現れた聖なる民が不足していたことによるものであると明らかにしています。つまり、メシア信仰に達して『律法契約』から『新しい契約』へと移ってくるユダヤ人の数が不十分であったというのです。
そこでパウロは『接木』を例えに語り、本来の植えられたオリーヴの木の実りが少ないので、異邦人といういわば『野生のオリーブの枝が切り取られ、もとのオリーヴの枝に継がれた』というのです。(ローマ11:17)
パウロはまた『イスラエルから出た者がみなイスラエルなのではない』とまで述べています。(ローマ9:6)
これは『祭司の王国、聖なる国民』の数を満たすための処置であって、こうして神の王国を構成する本当の意味での『アブラハムの裔』、「真のイスラエル」を信仰ある異邦人からも集めて完成させる目的があってのことなのです。

ですから、イエスの活動も使徒たちの活動も、共に『アブラハムの裔』を集め出すための宣教活動であったことが明らかです。
そして、この人々に奇跡を行わせる『聖霊』が注がれたことによって、その民の一員とされたことが示されたのです。
この事は新約聖書に中に何度も明確に書かれていて、エフェソス人への手紙には『あなたがたもまたキリストにおいて真理の言葉、救いをもたらす福音を聞き、それを信仰したことで、約束された聖霊で証印を押された。この聖霊は、わたしたちが王国を受け継ぐための保証であり、こうして、わたしたちは贖われて神のものとなり、神の栄光を讃えることになる。』とあります。

またコリント人への第二の手紙にも『わたしたちとあなたがたとをキリストに固く結び付け、わたしたちに油を注いでくださったのは神である。神はまた、わたしたちに証印を押し、保証としてわたしたちの心に霊を与えてくださった』ともあります。『聖霊』は選ばれた者に押された『証印』であり、任命の油注ぎであったのです。(エフェソス1:13-14/コリント第二1:21-22)

ここにイエスが語られた『水と霊から生まれた』人々が誰であるかが明らかにされています。(ヨハネ3:5)
それは「クリスチャン」とは言えません。それを遥かに超えて、「奇跡の賜物」を持った格別な人々であり、キリストと共に信仰によって『神の子』に選ばれた『聖なる者たち』であったのです。(ペテロ第一1:2)
彼らに注がれた『聖霊』は奇跡を行うので、その人たちは自分がその者だと言い張る必要がありません。神の証しがその業に見えたからです。ですからパウロは『霊に導かれる者は神の子である』と明言しています。(ローマ8:14)

このようなわけで、『聖霊』というものは今日の諸教会で教えられるような神自身の位格の一つであるわけもなく、むしろ『神から授かる賜物』であり、『キリストを通して注ぎ出される』ものであることは聖書に明らかです。(コリント第一6:19/テトス3:6)
つまり『聖霊』とは神から発するもので、キリストに従属している格別な清い力であり、それを持つ者は『神の子』として相応しくアダムからの『罪』を赦免された清い状態になくてはなりません。
それゆえにも、『聖霊』を注がれた者は『聖なる者』、つまり『聖徒』と聖書で呼ばれており、単なる信者でも単なるユダヤ人でもない本当の意味での『イスラエル』、『アブラハムの裔』を指しているのです。(コリント第一1:2)
しかし、彼らは「キリストの得た義」が仮に彼らにも適用された状態であり、まだ、キリストと同じ完全性に達してはいません。彼らの『義』の仮承認は『新しい契約』に基づいて与えられたもので、彼らは地上で試みに遭い、最後までの忠節を示してその契約を全うする必要があります。

こうしてエデンで語られた『女の裔』が『霊から生み出され』、あのペンテコステの日に初めて世界に現れることになりました。つまり、『女の裔』とはキリスト独りではなかったのです。モーセの律法に示されたように、彼の子孫から『祭司の王国、聖なる国民』が現れるのです。キリストはただ一人律法を全て満たして、その民を生み出すきっかけとなられました。つまり『救いの創始者』となられたのであり、ご自分の犠牲によって『義』の土台を人類の中に据えたのです。

ですから、イエス・キリストがそれらの『兄弟たち』の中にあって主要な創始者であることには変わりません。
それでパウロは『約束はアブラハムと彼の子孫とに対してなされた。それは「多くの者」を指すかのように「子孫たちに」とは言われず一人を指して「あなたの子孫に」と言っている。これはキリストのことである。』としています。つまり聖書中では便宜的に『女の裔』の全体を代表してキリスト一人を語るところがあることを教えています。(ガラテア3:16)

では、『女の裔』が一人ではないのであれば、そのかかとが砕かれるということは、その受難がイエスの磔刑では終わっていなかったことを表すのでしょうか。また、『ヘビの頭を砕く』というのも、キリストが一人で行うことではなかったのでしょうか。
この点を考える前に、『聖霊と火とでバプテスマを施す』とのイエスの働きのもう一方に残された『火のバプテスマ』がどのようにユダヤ人に臨んだかを見ておきましょう。つまり、メシア信仰を抱かなかった『籾殻』に当たるユダヤ人たちがどう焼かれる酬いを受けたかという事です。









『火のバプテスマ』に焼かれるユダヤ

2020.10.29 (Thu)



バプテストのヨハネは、メシアが来られる前から『その方は聖霊と火とであなたがたにバプテスマを施すだろう』とユダヤの人々に予告していましたが、それは同時にメシアの現れが『小麦』と『籾殻』とを分ける裁きになると語られていたのです。これはユダヤ体制への恐るべき警告であり、バプテストはメシアの裁きの先駆者でありました。
メシアに信仰を働かせたユダヤの人々が『小麦』として『倉に納められ』、他方、そうしなかった『籾殻』に当たる人々は『消すことのできない火で焼かれる』と預言されていたのです。

イエスが天に戻ってから十日後の「ペンテコステの祭り」の朝から、イエスに信仰を持った弟子たちには『聖霊』が注がれるようになりましたが、その人々は神の是認の内に入ることで『倉に納められた』ということは、まず間違いないことでしょう。
では、メシア信仰を持たなかったユダヤの人々、また律法に固執したユダヤ体制は『籾殻』となって焼かれたのでしょうか。

メシア殺害ほど重い罪もないことでしょう。イエスに働いていた奇跡を起こす『聖霊』の証しを否定しただけでなく、殺意をもって反対行動を起こしたのですから、それは「ヘビの裔」の悪業というほかありません。
使徒ヨハネはこう書いています。
『神が御子についてなさった証し、それが神の証しである。神の子を信じる者は、自分の内にこの証しがあり、神を信じない人は、神が御子についてなさった証しを信じずに、神を偽り者にしてしまっているのだ』。(ヨハネ第一5:9-10)

イエス自身もこの『神の証し』についてこう言われています。
『誰も行ったことのない業をわたしが彼らの間で行わなかったなら、彼らに罪はなかったろう。だが今は、彼らはその業を見たうえで、わたしとわたしの父を憎んだのだ』。(ヨハネ15:24)
それですからイエスは反感を懐くユダヤ人らに辛抱強く接し『もし、わたしが父の業を行っていないのであれば、わたしを信じなくてもよい。だが、もし行っているのであれば、わたしは信じなくても、その業は信じよ』。(ヨハネ10:37-38)
神の御子で在られる方が、これほどまで謙虚に神の証しを受け入れるように説いたのですが、やはり、その結果は芳しいものとはなりませんでした。
徹底した不信仰がもたらしたもの、それは第一に『聖霊』の働きを否定することであり、それは神を受け入れないという意思表示をしてしまうことでもあったのです。(マルコ9:39)

これは人がアダムからの『罪』に影響されて、つい悪事を犯してしまう事とは性質が違います。
十分に神の善や正義を見ていながら、それを敢えて否定することであり、これはまったく故意の罪、はっきりと倫理的選択をして「悪」を選び取る危険に身を曝すことでしょう。
特に『聖霊』が働く奇跡を目にしながら、それを否定することがどれほど決定的な罪となるかをイエスはこう言われていたのです。
『人が犯す罪や冒瀆はどんなものでも赦されるが、霊への冒瀆は赦されない。人の子に言い逆らう者は赦されるだろう。しかし、聖霊に言い逆らう者は、この世でも後の世でもけっして赦されることがない』(マタイ12:31-32)

神からの証しである『聖霊』の奇跡を行うイエスを見ても、ユダヤの宗教家らはそこに神を見ず、イエスは悪霊を使っているとなじり、奇跡を見るほどにかえって激しく反発していました。それに加え、メシア殺害という間違いなく神の意志を否定する罪まで、つまり赦されることのない恐るべき咎を負うことをしでかすに至りました。

刑場に引かれてゆくイエスを見ていた信者の女たちは涙にくれていたのですが、イエスはこう言われました。
『わたしのために泣くな。むしろ、自分と自分の子供たちのために泣きなさい。人々が、「子を産めない女、産んだことのない胎、乳を飲ませたことのない乳房は幸いだ」と言う日が来る。そのときには、人々は山に向かって「我々の上に崩れ落ちてくれ」と言い、岡に向かって「我々を覆ってくれ」と言い始めることになる。』(ルカ23:28-30)
この山や岡に保護を求める句は、旧約聖書のイザヤとホセアの預言に含まれているもので、共に神の裁きの日に人々が隠れ場を求めて言う言葉とされています。(イザヤ2:19/ホセア10:8)
それら預言の句もユダとイスラエルの罪への神の報復の場面で語られる言葉であったのですから、この山や岡に隠れようとするほどの危機が、メシア殺害の罪の酬い、逃げ場のない神の報復の予告としてイエスが引用して語るところとなったのでしょう。

イエスはこの前にも、ユダヤ体制が非常に危険な状態に直面することを何度か予告していました。エルサレムへの最後の旅をして街を一望するところに来るとイエスは涙を流してこう言われたのでした。
『もしおまえが、この日に平和をもたらす道を知ってさえいたら。しかし、それは今おまえの目に隠されている。いつかは、敵が周囲に塁を築き、おまえを取りかこんで、四方から押し迫り、おまえとその内にいる子らとを地に打ち倒し、城内の一つの石も他の石の上に残して置かない日が来るであろう。それは、おまえが神に査察されていることをわきまえなかったからなのだ』。
まさしくイエスは、ご自分の受難ではなく、彼らの酬いとはいえ滅び行くエルサレムの運命に涙されたのです。(ルカ23:42-44)

これこそは、旧約最後の預言書マラキが、メシアの現れが必ずしも祝福とならないことを警告していた通りの事で、ユダヤの体制はその通りの呪いを刈り取ってしまうのです。
イエスがエルサレムの滅びを預言した当時は、ヘロデ大王が増改築を施した壮麗なエルサレム神殿がそこに実在し、見事な観光名所として世界から誉れを受けていました。実際ヨセフスは、もし戦争を起こさずにいればきっと世界の羨望を受けたに違いない都市が、破滅をもたらす世代を生んでしまったがために、今や灰燼に帰したと無念さを吐露しています。(ユダヤ戦記6:4:407)

その神殿を望むオリーヴ山に座したイエスは、その時すでに神殿が危機にあることについて、『石がこのまま石の上に在って崩されないでいることはない』と使徒たちに知らせていたのです。
とても信じられないような事を予告されるイエスの御傍に四人の使徒が寄ってきて、『どうぞお話ください』とエルサレムの滅びについての預言を聞き出すことになりました。これは使徒たちに鮮烈な印象を残したに違いなく、マタイ、マルコ、ルカの「共観福音書」が揃って記しています。(マタイ24/マルコ13/ルカ21)

イエスは、まず偽メシアの到来を告げ、戦争の噂が立つこと、国と国との民と民との闘いが起こり、飢饉と地震があることから語り出します。しかし、それらの事の起こる前に、弟子たちへの迫害が起こり、彼らはイエスの名のために王や高官らの前に引き出されることになりますが、その弟子たちには反対する者らが束になっても論駁できないほどの言葉が聖霊によって授けるので、何を話そうかと心配する必要がないとも言われます。しかし、彼らはイエスの名のために人々から憎まれ、親族、友人によってさえ官憲に引き渡されるというのです。(ルカ21:12-17)
それでも、彼らが様々な審理の場に引き出されることで、王や高官たち為政者らと、それを聞く諸国民に対しての証しが行われるとも言われていました。(マタイ10:17-20)

その聖霊による驚くべき証しが『神の王国』についての福音となり、人が住むあらゆる場所で知らされることになります。(マタイ24:14)
しかし、この世からの強い反感と迫害により弟子たちの中からも裏切る者やつまずく者らも現れ、それは互いの敵意を煽るものともなります。
そして、エルサレムが軍隊によって攻囲されるなら、その終わりが近づいたことを悟るようにと言われます。(ルカ21:20-24)
それを見たユダヤにいる弟子たちは山地に逃れるよう直ちに行動を起こさねばならないこともイエスは告げられます。そうしなければ子を宿していたり、子に乳を飲ませている女たちには災いが来ることでしょう。
ユダヤの人々は剣に倒れ、囚われとなって諸外国に引かれてゆくでしょう。エルサレムは定められた時まで異邦人に踏みにじられるところとなります。
しかも、こうしてことのすべては、イエスを退けたユダヤ人の世代の間に臨むと言われます。なぜなら、それは『処罰の日』であり、この悲劇を招いたのはユダヤの体制が『自分たちが審理されていることをわきまえなかったから』であったのです。メシアを退けた「その世代」は必ずや酬いを受けなくてはなりません。(ルカ21:22・19:44)
しかし、その裁きがいつ起こるのかの年月は誰も知らないので、弟子たちは『ずっと見張っていて、目を覚ましているように』と言われました。(マルコ13:32-33)
これらの言葉はイエスが地上を去ってから33年目から成就し始め、37年後には本当にユダヤ体制はまったく処罰を受けることになりました。

パレスチナのイエスの弟子たちはユダヤ人から『ナザレ派』と呼ばれて、しばらくはユダヤの中でも増え続け数万人に達していたことをナザレ派の頭となっていたヤコブが述べています。この人たちはイエスをメシアとして受け入れたユダヤ教徒であり、引き続き律法を守っていました。(使徒21:20)
しかし、ユダヤではピラトゥスに続いて赴任してきた代々のローマ総督が次第に敵対的な人物になってゆき、そのためユダヤ体制はますます愛国的になってゆきます。そこに何人もの偽メシアが登場するならどういうことになるでしょうか。実際、ローマへの反感が強まるにつれ自称メシアが横行することになり、争い合う「この世の王国」としてのイスラエルの指導者、「世的なメシア」を求める期待が民の間に強まってゆきました。

その一方で、ローマに処刑されてしまったナザレのイエスを信奉するような「ナザレ派」は軟弱に見なされ、強く排斥されるようになり、その状況でユダヤ教とキリスト教とをはっきりと分ける要因ともなってゆきました。
この時期のユダヤ人のナザレ派信者は、ユダヤ教の会堂から排斥されるようになっていたのでしょう。同時期に書かれたと思われるヘブライ人への手紙には、『集まることを止めないように』とあり、ユダヤ教の会堂とは別にでも集まることを勧めています。(ヘブライ10:25)

特に西暦60年代に入ると、ユダヤはローマ帝国の中でも特に不穏な地域となりましたが、遂に堰を切ったかのように、ユダヤの過激派がローマ軍の守備隊を襲って全滅させるという事件が起こってしまいました。それが西暦66年のことです。
ダマスコの総督府は、ユダヤが反乱を起こしたと見做し、ケスティウス・ガッルスは駐屯していた一個軍団を率いてエルサレム攻略を始めます。
都市攻撃は順調に進んで、市民も覚悟を決めていたところ、いまだに理由のわからないことながら、ローマ軍が撤退を始めてしましました。

ユダヤ人は、これを自分たちの戦いの結果であるかのように勇み立ち、安息日にかまわずローマ軍を追撃さえし、以後は武器が量産され、若者には軍事教練が施されます。この状況からナザレ派やユダヤの危機を悟った人々はパレスチナを後にし始めました。まさしく『戦争の噂』を聞いたからであり、ローマを相手に勝てるわけもないことを悟ったからです。
そのローマ軍がいったんは退いたことにより、そこでイエスが予告された『エルサレムが軍隊によって攻囲されるなら・・山に逃れよ』の言葉に従う道が開かれました。その後もエルサレムはエドム軍や、野盗集団によって何度か囲まれるようになってゆく中で、実際に弟子である人々が北東部の高地の街ペッラに逃れたとの史料が残っています。(教会史3:5)

一方、ローマ軍のなぞの撤退から三年半が過ぎ、西暦70年の『過越しの祭り』の時期でごった返すエルサレムは、フラヴィウス・ティトゥス率いるローマ軍四個軍団と連合軍の満を持した二回目の攻囲を受け、市内にはすぐに飢饉とそれに続いて疫病が発生するのでした。それでも市内を支配していた野盗や愛国者らは、全滅するまで戦うことが神の意志に沿うものだと思い込み、それがかえって聖なる都エルサレムの徹底的な壊滅をもたらすことになります。(ユダヤ戦記6:2:93-)

エルサレムはイエスの言葉のようにローマ軍によってすっかり囲まれてしまいました。ローマ兵は付近の木々を伐採し、エルサレムの市街を取り囲む策を建設しましたが、これは緑成すエルサレムの景観を砂漠のようにしてしまったとヨセフスは嘆いています。(ユダヤ戦記6:1:5-7)
神への祭りを祝おうと集まっていたユダヤ教徒たちには、その意志とは正反対の現実が襲いかかります。
当時のユダヤ人で、その様子をその「ユダヤ戦記」に記したヨセフスによれば、市内は極端な愛国者や野盗らの集団が支配し、勝ち目がないのに戦いに固執し、神殿を破壊することは避けようとするローマ軍側からの再三の投降勧告に従わず、意固地になったユダヤ人自身が神殿を要塞化して血で汚し、市民からは食糧を強奪して回ったため、ついには母親が子を焼いて食べるという事態にまで進んでしまったことを生々しく伝えています。(ユダヤ戦記6:1:199-)
まさしく『子を産めない女、産んだことのない胎、乳を飲ませたことのない乳房は幸いだ』と言われた悲惨な状況は誇張ではなかったのです。

そして夏を迎えると、神殿での崇拝も止まってしまい深い絶望が市内に蔓延する中、ついにローマ軍が市内に突入してくるのでした。人命はゴミのように捨てられ、エルサレムでは神殿も炎上し、市内の三つの塔を残してあらゆる建物が破壊されたと言います。占領した兵士らは市内で奪略、虐殺、放火の限りを尽くし、逃げ場を求めて地下道に殺到しますが、そこはすでに死体の山であり、腐臭が酷かったと記されています。(ユダヤ戦記7:1:1)
生き残っていたユダヤ人らの多くは剣に倒れ、あるいはすでに手の下しようもなく弱って餓死してゆきました。愛国者や野盗らは凱旋行列に引ったて見世物にしてから処刑するためにローマに送られ、ほかの多くの人々が奴隷として売り飛ばされ、見世物の剣闘士とされ世界各地に送られていったのでした。(ユダヤ戦記6:9:414/ルカ21:24)
その民の苦しみや絶望はどれほどのものであったことでしょうか。これがユダヤ体制が良いつもりで選んだ道であり、イエスが予見して涙された結末であったのです。
これはエルサレムにとって、それまでに経験したことのないほどの『大患難』というべきユダヤ体制の終わりであり、人々は山や岡のようなものに庇護を乞い願う思いであったことでしょう。

このときのエルサレムの陥落は、遂に完膚なきまでの滅びをエルサレムとユダヤ律法体制にもたらしたと言っても過言ではありません。律法の定めの三分の一が崇拝の場としての神殿を必要とするものでありましたから、エルサレムの神殿を跡形もなく失ったユダヤ体制は、その後21世紀の今日に至るまで、律法の全体を守ることが不可能となってしまったのです。その滅びはかつてのバビロニア捕囚のときを上回るものとなり、かつてはエルサレムに戻った人々によって神殿を失ってから七十年で再建できたものを、ローマに蹂躙されたユダヤの民は今日に至るまで神殿を失い二千年が経とうとしています。神殿と共に民族の系図も焼失し、誰が祭司を務めるべきレヴィ族かを確定できなくなりました。今日のユダヤ人の中には「自分はレヴィの系統に属する」と自慢げに言う人々がそれなりに居るのですが、それを裏付ける証拠もこの時に失われてしまったのです。(エズラ2:62)

しかし、これはパウロのような使徒たちによっても予告されていたことでありました。
使徒パウロはエルサレム破壊まえの西暦67年頃に帝都ローマで殉教したとされていますが、その以前に『新しい契約』と『律法契約』とを対比してこのように書いています。
『神は「新しい」と言われることによって、初めの契約は古びてしまったと宣言されたのである。その年を経て古びたものは、間もなく消え去ることになる。』(ヘブライ8:13)
確かに、イエスが『完全な犠牲を捧げた』のであれば、もはや動物の犠牲に何の意味が残っているでしょうか。
律法中の崇拝の儀式はキリストという『来るべきものの影』つまり模型のようなものであったからです。完全なものが到来した後に、その模型にこだわるべきどんな理由があるでしょうか。それはあたかも、幼虫が羽化して見事な蝶となったかのようなものです。キリストの到来と共に、人々は地上の肉的な崇拝を離れ、霊的な天の崇拝に目を向けるべき時を迎えたというべきでしょう。

こうしてメシアの現れはユダヤを審査するものとなり、イエスの弟子たちには『聖霊』が、そうしなかった体制派には『火』がそれぞれにバプテスマとして臨むことになったという以外にバプテストのヨハネの警告の言葉の捉えようがありません。
神の不興を買った昔の捕囚期のように、裁かれたユダヤ人はその後も反乱を起こしては、次第にパレスチナから散らされ、世界各地に寄留する民となってゆきました。
キリスト教徒から見れば、イエスが『これらの事柄がみな臨むまで、この世代は過ぎ去らない』と言われたのは、明らかにメシア殺害の酬いであったと見るのが自然ですが、ユダヤ教徒はそうではありません。(マタイ24:37)

故国を失った彼らは、移住した異国でもモーセの律法をできる限り守ろうとして、律法学者らが考案した規則をタルムードと呼ばれる書物にまとめ、嬰児に割礼を施し、毎週の土曜日を安息日として守ろうとするユダヤ人は、今日までキリスト教の国々やイスラム教の国々の中でそれに同化せずに集団で生活し、ユダヤ教パリサイ派であり続けてきました。
ですから、彼らは今に至るまで、ナザレ人イエスは「ガリラヤの私生児で、魔術を行い民をたぶらかした」としてきました。もちろん、これはひどい誤解です。しかし、ユダヤ教徒に向かって「やはり、ナザレのイエスがメシアだったのでは?」と言うのは禁断の問いとなっています。ユダヤ教はその後もローマとの戦いは正しかったと教えられてきましたし、そもそも律法の役割や意義を知らせている新約聖書など聖典として認めません。
また、ユダヤ教徒には律法を守る自分たちを高める傾向が残り続け、諸国に寄留していながら異邦人には高利貸しを行うなど差別的に振舞ってきました。その強いこだわりはナザレのイエスへの見方を変えないことに加えて、特にキリスト教の諸国家に居住していた彼らが迫害を受ける要因ともなってしまいました。

近年では、ユダヤ教徒の中からナザレのイエスをメシアとして認める「メシアニック・ジュー」と呼ばれる派も現れてきましたが、この人々の崇拝の中心は引き続き律法を守ることにあります。ですからこの派であっても『新しい契約』の理解に達しているとは言い難く、やはりキリスト教とは異質で、モーセの律法で足踏みを続けているところ、またイスラエルの血統を誇るところでは、ほかのユダヤ教徒と特に変わるところがありません。
メシアの現れは、イスラエルが神と律法契約を結んだときのように、いや、それ以上の宗教上の次元上昇が起こったというべきほどの大変化をもたらしていたのです。この境界線を踏み越えることはユダヤ教徒にとって易しいことではないのですが、それは現在のキリスト教徒にとっても変わりません。『新しい契約』の意義が余りに斬新なため、理解出来ず、道徳的な規則主義に満足する人々も非常に多いのです。

ユダヤでのメシアの現れを通して、『アブラハムの裔』また『祭司の王国、聖なる国民』が歴史上初めて生み出されていたのですが、それは律法契約が遂に生み出せなかった『聖なる者』を出現させる目的の達成でもありました。古い契約はここに完了を見たのです。同時に律法や預言の書の中に予め示されていた数々の模型の実体も到来しました。
また、聖徒たちの現れによって、そこに新たなイスラエルの民が存在していました。つまり血統によらずメシアへの信仰によって生み出された『神のイスラエル』であり、その崇拝は『聖霊』によるもので、もはや『エルサレムでもないところで父を崇拝するときが来た』のであり、『まことの崇拝者は霊と真理とをもって崇拝するとき』がイエスの現れと共に到来していたのです。(ヨハネ4:21-23)

それでも、イエスのユダヤ体制の終わりに関する預言には、当時には起こらなかったいくつもの言葉が含まれています。
それらの言葉の中には、『そのとき、人の子の印が天に現れる。そして、そのとき、地上のすべての民族は悲しみ、人の子が大いなる力と栄光を帯びて天の雲に乗って来るのを見る』などがあり、そのような事実は当時には認められません。ユダヤ戦役はユダヤという地域で起こったこと以上ではないからです。また、ユダヤ戦役の時にいったい誰がイエス来臨を見て悲しんだでしょうか。(マタイ24:30)

また、『人の子は、大きなラッパの音を合図にその天使たちを遣わす。天使たちは、天の果てから果てまで、彼によって選ばれた人たちを四方から呼び集める』というような事もありませんでした。これはつまり、聖徒らの天への招集を指していますが、それがやはり『キリストの(再び)来られる』時に起こることであることをパウロが明らかにしています。
加えて、聖霊を注がれ奇跡を行う弟子たちの存在は、その後の第二世紀の史料にも依然として確認されるのです。(マタイ24:31/テサロニケ第一4:15-17)
さらに加えて、そのときに「王国の知らせ」があまねく世界の果てにまで知らされたとも言えません。弟子たちはいまだ世界宣教の途上にあったのです。

そこで、キリストの語ったユダヤ体制の終わりの予告は、その時代だけでなく、さらなる将来、つまり『この世』という体制の終わりへの「二重の預言」であった事を示唆しています。
つまり、ユダヤの体制の終局に起こった事柄が、この世が終わる時に起こる事柄の予型ともなっているということです。
そうであれば、オリーヴ山上でのイエスの終末預言をはじめ、聖書中の様々な預言の一字一句が、それぞれの時代限りのものではなく、依然として人類に大きな意味を持っていることになるでしょう。
しかも、その極めて重要な時期はメシア=キリストの再来に関わるのであり、将来の次なる二度目の現れにはユダヤ一国の体制を超えて、『この世』の全体が裁かれる時となることを示しているのです。(マタイ25:31-32)




聖徒と信徒の違い

2020.11.06 (Fri)


新約聖書を注意深く読んでいると、特にイエスの後の使徒たちの時代以後の手紙文の中で『聖なる者』や『聖徒』と呼ばれる人々が登場することに気付くことがあるでしょう。例えれば『キリストと結ばれて神聖なものとされ、聖なる者となるため召された人々と、・・すべての人たちへ』というように、これらパウロの手紙の宛先となったのはそれぞれ誰のことでしょうか。(コリント第一1:2/コロサイ1:12)

キリスト教会では、ほとんど例外なく『聖なる者』という呼び名も、ただ同じ信者を表す別名というくらいに解釈されているのですが、しかし聖書を良く読み込むと、キリストの犠牲が最初に適用され『聖霊』を注がれた者らが、『聖なる者』また『聖徒』と呼ばれることに気付けるものです。
つまり、あのペンテコステの日をはじめとして、奇跡の賜物を受けた弟子たちのことです。もちろん今日には、あのような人たちは存在していません。(エフェソス1:18/コリント第一14章)
天に召される『聖徒』と、地を受け継ぐ『信徒』との違いがあると聞くと、「それは不公平だ、神は信じる者を差別しない」と反論する「クリスチャン」もいることでしょう。ですが、それは「アブラハムの裔と契約を結んだ神は不公平に人を差別した」と言うことになってしまいます。

やはり、ほとんどのキリスト教会がそうであるように、信徒と聖徒の違いに気付けないとすれば、キリストの信仰者はみなが天にゆくものとされることにもなってしまいます。確かに、天でキリストと共になるという内容が新約聖書のあちこちに出てくるので、信者がみな天にゆくものと思えるのかも知れません。(ヨハネ14:3)
しかし、『復活』が死者に残された希望であることもまた聖書の述べるところで、実際イエスがラザロのような人物を生き返らせているので、人間の生きる希望が天と地のどちらにあるのか、教会の教えでは混乱を感じている人もいることでしょう。

そうした教会の教えでは、「地上に人が生きるのも、天に招く人を選別するための試みである」ともされます。しかし、それにしては神がアダムとエヴァを地上に創造して『たいへん良い』と満足されたのはなぜでしょう。人は天に生きるように創られたのでしょうか。(創世記1:31/詩編115:16)
しかも、福音書でラザロの姉妹であるマルタは、四日前に亡くなった兄が『終わりの日の復活の時に生き返ることは知っています』と当時のユダヤ人一般の信じるところをイエスに語っていましたし、ユダヤ人は地上への復活を信じるので死者には土葬を施してもきたのです。(ヨハネ11:24)

そこで、キリスト教を本当に知ろうと願うなら、神の人間についてのご意志が何であるのか、地上に復活させるのか、天に召すのかを曖昧なままにはできません。
では、真相はどうなのでしょうか。

さてパウロは、キリストが弟子たちを導いた『新しい契約』の意義を説いて、『召された者たちが、約束された永遠の国を受け継ぐため』としています。
つまり『天の王国』をキリストと共に受けることです。
それですから彼らの『市民権は天に有り』、キリストによって『世から選び出された』ため、聖霊を受けたときから『この世』のものではありません。そのためにも彼らは、キリストと共に『この世』という地上の人間社会を裁く立場に就くことができるのです。(ヘブライ2:11・9:15/ガラテア6:16/フィリピ3:20/ヨハネ15:19/コリント第一6:2)

また使徒ペテロも、聖霊を注がれた彼らが地上に在っては『寄留者』であり、『霊によって聖なる者とされ』、『血の注ぎを受けるために選ばれた者たち』であり、『天に蓄えられている、朽ちず、汚れず、絶えない財産を相続する者』であること、また『神は・・イエス・キリストの復活を通して、新たに生まれさせ、さらに生ける希望を与えてくださった』とも述べています。つまり、選ばれた者たちは、キリストの復活した天への命を共に受け始めているというのです。(ペテロ第一1:1-4)

また、パウロは『わたしたちは罪に定められない』と述べ、彼らがアダムからの『罪』を赦された状態に入ったことを教えてもいます。『霊に導かれる者は神の子である』ので、キリストの犠牲の贖いが最初に受けられるので、彼らは『人類の初穂』でもあるのです。(ローマ8:33・14/ヤコブ1:14)
つまり、彼らは『新しい契約』に入ることで、前述のようにキリストと結びついた近親者、共に『神の子』、キリストの『兄弟』となり、真実の『アブラハムの裔』、『神のイスラエル』に含まれたのです。(創世記22:18/ガラテア6:16)

もともと、モーセの律法の目的は『聖なる国民、祭司の王国』をアブラハムの子孫であるイスラエル民族から導き出すことにありました。(出エジプト19:22)
しかし、イスラエルは不信仰を示して律法契約を守れず、バビロン捕囚を招いてしまいました。そこにおいて神は血統上のイスラエルとの関わりを律法契約と共に断念しています。(ヘブライ7:7-13)
それでも、預言者は『新しい契約』が結ばれる日を知らせ、それはキリストによって到来することになり、律法の目的であった『聖なる国民』がそこから実現したのでした。それが『聖徒』です。(エレミヤ31:31-33)

これらキリストの『新しい契約』に入った『聖なる者』については、聖霊が注がれ『罪』から清められ「贖われた状態」に入りましたが、いずれは彼らは祭司のように用いられ、天から地上のすべての人々を同じ『罪』のない状態に到達させるのが神の目的であり、そのことは律法の『贖罪の日』の祭礼の手順にも表れていた通りです。

大祭司キリストに次ぐ祭司たちとなる『聖なる者たち』についても、共に天界の神殿を構成し、天からの彼ら祭司団の働きによって人々が贖われるということ、それこそ彼らが天に招集される目的であるのです。祭司が汚れていては『罪』ある民を清める資格がないことを律法の規定が示していたように、天の祭司団も『罪』から清められた者でなくてはなりません。(テモテ第一6:13)
そこで『新しい契約』は、キリストと共に天界の祭司となる人々を、すでに地上にいる間から『罪を赦された者』つまり『聖なる者』と認め、『聖霊』を注がれてキリストの業を行う権威を授けていたのです。(コリント第一6:11)

しかし、『多く与えられた者からは多く求められ、多く任せられた者からは更に多く要求される』とあるように、『聖なる者』となりキリストと共なる格別の立場に就いたからには、当然ながらより重い責任が生じます。(ルカ12:48)
そこでやはり、『聖なる者たち』が清めに入った状態にあるのは条件付きのもので、『新しい契約』によるその『罪の赦し』も仮のものです。彼らは地上にいる限りは、まだ完全な道徳性に到達しているわけではありません。もし、完全となっていれば、そのまま肉の体のままで永遠に生きることでしょう。

ですから、新約聖書に道徳的な行いを求める記述があるのは、『聖なる者たち』がキリストとの関係に相応しく歩んで『契約』を全うするよう勧告しているからです。依然として「アダムの罪」が彼らに働きはするものの、そこを『新しい契約』がキリストの『義』を仮に適用することで、彼らも『義』とされるのであり、失敗することはあるにしても、自ら悪業に走るなら、それは与えられたものを踏みつけることになり、『契約』を守っているとは言えなくなります。
彼らは『召されたその召しにふさわしく歩むように』しなければなりませんし、『汚れを大目に見るのではなく、聖化によって召された』のです。(テサロニケ第一4:7)

新約聖書が道徳的であるようにと命じ『不義な者には王国を受け継ぐことがない』と言うのも、彼らが『神の霊によって義とされた』からであり、モーセの律法のように守って『義』を勝ち得るものではなく、愛と良心に動かされて自分を汚さないことを意味します。(コリント第一6:9-11)
清さを守ることは、何かの規則を守れば良いということではなく神と人への気遣いによる『心の律法』によるので、使徒パウロであっても『ひたすら後のものを忘れ、前のものに向かって身を伸ばしつつ、目標を目ざしてひた走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞を得ようと努めている』と語っているのです。(エフェソス4:1)

やはり「契約」というものは常に不確定な事柄について結ばれるものであり、確かにキリストの義は成し遂げられたものであっても、聖徒の一人一人が契約に忠節を尽くして守り通し、ついに義を得るか否かについては、彼らが地上で実証しなければならない各人の務めです。(テサロニケ第二1:4-5)
ですから、イエスは『自分の(磔刑の)木を担ってわたしに続け』と言われたのであり、『狭い戸口から入るように努めなさい。事実、入ろうとしても、入れない人が多いのだ』との厳しい言葉の数々は、キリストの『兄弟』とされる者に求められる条件であり、キリストの道を共にしなければなりません。
ペテロもこう言います。『あなたがたは、実に、そのような道に召されたのだ。キリストもあなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと模範を残されたのだ』。(ペテロ第一2:21)

彼らにも時に過ちを犯すことがあることについては『互いに罪を告白し合い、また、癒されるようにお互のために祈りなさい』とも書かれているように、自らが『罪』ある身であっても『聖』とされた事についての責務を各自が果たしてゆく必要があるのです。(ヤコブ5:16)
しかし、そのように自らの中にある『罪』との格闘を続けることにより、彼らには人々が負っている『罪』の克服が如何に難しいことであるかを実感する機会ともなり、それは彼らが天界から人類を扱うときに、深い哀れみと共感を働かせる資質として定着することでしょう。この点でも地上に来られ、人となられたキリストは模範者であり『主ご自身が試錬を受けて苦しまれたからこそ、試錬の中にある者たちを助けることができる』とあります。(ヘブライ2:17)

そのため、大祭司キリストとその従属の祭司である『聖なる者たち』が『神の王国』を構成し、人々を治めて贖罪を行う新たな時代が来たなら、『この世』のままに、争い満ち、人生を空しく過ごさねばならない今日とは対照的な世界の到来を期待することができます。
聖書の最終巻となっている「ヨハネ黙示録」は、『この世の終わり』とそれに続く『神の王国』について描写されている書ですが、『神の王国』は『この世』を終わらせて、一千年の間、生ける人々を顧みることを知らせています。(黙示録20:6)

『天の王国』が千年続くことについて述べるのは黙示録だけである理由から、第五世紀まで活動したカトリックの最も傑出した指導者とされる「聖アウグスティヌス」以来、「千年支配」は文字通りのものではないとされて教理から外され、無視されてもきたのですが、その同じ黙示録は『この預言の巻物から何かを取り去る者がいれば、命の木から・・・その者の分を取り去るで」あろう』と警告していたのです。(黙示録22:19)
聖書を読み続けていると分かることですが、謎めいた言葉の続く黙示録も新旧の聖書と非常に多くの関連を持っており、人間の知恵を超える不思議な調和が確かに見られます。誰かが黙示録は意味の分からない怪書だと言うなら、その人は聖書全巻にさほど通じていないだけのことでしょう。
しかも、その「千年王国」の幸福については、イザヤ書がその光景をいくらか描き出してもいるのです。

『天の王国』が『この世』を終わらせて登場する以上、その支配する地上の社会は当然ながら現状とは大きく異なるものです。
イザヤの預言書の第65章では、『わたしは新しい天と新しい地を創造する』という神の預言を語り、『以前のありさまは思い起こされることも、心に上ることもない』という新時代の幸福を説いています。
その命の長さは『樹木のように』なり、『彼らは家を建てて住み、ぶどうを植えてその実を食べる』とあります。それは古代のイスラエルではぶどう園の持ち主が、雇人を使って栽培させ、その益は持ち主が得るかつてのありさまと異なることを強調しています。つまり、搾取を受ける今日のような空しい労働はなく『彼らが建てる所に、ほかの人は住まず、彼らが植えるものは、ほかの人が食べない』『自分の手で作った物を存分に楽しむ』とあるように、人々はその働きから有意義な益を受ける事が知らされています。『彼らは無駄に労することない』ともあるのです。

そこには『わずか数日で死ぬ嬰児、自分の寿命を満たさない老人は、もはやその中にいない』とあり、突発的な不幸で亡くなることもないようです。『生まれた子を死の恐怖に渡すこともない』とある通りです。
むしろ『彼らはYHWHに選ばれた者の子孫であり、祝福された一族としてみなが共に居る』ともあります。千年に及ぶその期間に入ることを許された人々は、そこから生まれる子らが世代を重ねて増えることを述べているのでしょう。

このように変わるのは人間社会ばかりではなく、アダムの『罪』を犯して以来、『呪われた地』も変化を遂げるのでしょう。
これを述べるのは同じイザヤ書でも第11章にある預言で、こう書かれています。
『狼は小羊と共に宿り、豹は子山羊と共に伏す。子牛は若獅子と共に育ち、小さい子供がそれらを導く』。
『わたしの聖なる山では何ものも害を加えず、滅ぼすこともない。水が海を覆っているように大地はYHWHを知る知識で満たされる』。このような自然界の調和は『エデンの園』以来見られなかったことに違いなく、弱肉強食が当然の世界観は拭い去られることでしょう。

アダムが『罪』を負った後に、神は『地はあなたのために呪われたものとなった』と言われましたが、彼が耕す地面からは雑草が生じ、それもイバラやアザミなど、棘のある植物が繁茂するようになったことを創世記は記します。それは耕作を苦しいものとし、ときには、洪水や旱魃、嵐や地震など、自然災害もあ人の生活を脅かすものとなっていったことでしょう。
それらの『呪い』の解かれた地上がどれほど心地よく、また美しい姿に変わるものでしょうか。おそらくは現在からは想像もつかないほどの世界が待っていることでしょう。

しかし、その社会での人そのものがアダムの堕罪前の状態に完全に戻ったかと言えば、そうは言えません。
なぜなら、イザヤ第65章には『百歳で死ぬ者も若死にする者とされ、百歳で死ぬ者も呪われた罪人と見做される』の一句が存在しています。
つまり、これは『永遠の命』にまでは到達していない中間的な人の状況を指していると言えます。「千年王国」とは『贖罪』、つまり『罪』の赦しが地上で進んでゆく期間であるからです。

聖書は別の箇所で『もはや死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない』人の最終的な将来を告げているので、その千年期の後には『死も墓も火の池に投げ込まれ』、永遠に存在しなくなる時の到来を知らせているのです。(黙示録21:4/20:14)
これはつまり、アダムとエヴァには許されなかった『永遠の命の木』から取って食べることになった人々への祝福を告げるのであり、その人々はキリストのように『義』の完全性に到達し、そうして神と共にいつまでも永久に歩むという、本来の人間創造の目的が達成され、そのときには神の創造が完全な成就を見ているということでしょう。

そこに至る「千年王国」には、生きる人々を『罪』から清め、無垢であったアダムと同様の状態にまで高める働きがあると言えます。それは、その千年の間は、あのヘビである悪魔が人間社会に影響を及ぼせない状態にされることが預言されていることと一致します。『またわたしが見ていると、ひとりの御使が、底知れぬ所の鍵と大きな鎖とを手に持って、天から降りてきた。
彼は、悪魔でありサタンである龍、すなわち、あの年を経たヘビを捕えて千年の間つなぎ留め、底知れぬ所に投げ込み、入口を閉じてその上に封印してしまい、千年の期間が終るまで諸国民を惑わすことがないようにしておいた。その後、しばらくの間だけ解放されることになっていた』とある通りです。(黙示録20:1-3)
その間は、今日のように争いで混乱した社会を見ることなく、人々はキリストの『義』を仮承認された状態にあり、なお子孫を生み出しながら生きるということでしょう。

千年が終わった後に悪魔が解き放たれるというのは、『贖罪』された地上の人々が堕罪前のアダムと同じ『罪』のない状態に復帰したうえでエデンと同じ意味で試されると考えるなら、様々な点で辻褄が合ってきます。つまり創造の神からすれば、悪魔とはいえ他の被造物の試金石として用いることは可能です。
聖書にはこうあります。
『神は、すべてのものを自らの目的のために創造された。邪悪な者をさえ悪しき日のために』。またこうもあります。『邪悪なる者は義なる者の代価、不信実に振舞う者は廉直な者に取って代わる』。(箴言16:4/21:18)
つまり、悪魔は初めから悪者ではなく、自由意志の結果として自ら悪の道に入ってすべての悪の父となったにせよ、創造の神は、悪となった者をさえ用いて、あらゆる自由意志の持ち主である『神の象りに創られた』者のすべてを誘惑させ、善を望む者を一層清めて『義』を与えることができるのです。(エフェソス5:9)

ですから、イエス・キリストであってもその例外とはならず、地上で誘惑を何度も退け、遂に倫理の完全性に到達されたのであり、悪魔は、イエスを磔刑に処させて攻撃したつもりでいて、かえってキリストをまったき『義』へと磨き上げてしまったと言えます。そしてキリストの試された完全な義は、善を望む者すべての『義』の根拠となり、あらゆる人々に『義』をもたらす基礎となりました。(ヘブライ2:10/ローマ5:19)

同じように『聖なる者』に聖霊を注がれることで選ばれた弟子たちも、地上でキリストのように悪魔からの攻撃に耐え、イエスの道にしっかりと付き従うことにより、『義』とされて天の祭司職を受けることになります。彼らの働きにより『義』は人類に広げられます。
こうして、すべての自由意志の持ち主は、神と共に生きるべき存在となることでしょう。そうして神の創造は終わることになり、その意志は天にも地にも行き渡ることでしょう。(マタイ6:10)

「千年王国」はその序章であり、『この世の終り』を逃れ、地を受ける人々には依然として『義』の完全性には到達しないので、何らかの故意の罪をわざわざ犯して離れ落ちる人がいないとは言えないものの、ほとんどの人々が、天からの支配と贖罪の祭儀を受けることで今日の社会では到底得られない幸福を味わうことでしょう。
地上は信じられないほどに変化し、それは以前の時代に亡くなっていた無数の人々の驚きを誘い、それだけでも復活してくるであろう各時代の人々への印となることに不足はないでしょう。

「千年王国」が終わると、以前の世で亡くなったあらゆる人々の復活が起り、『罪の酬いは死である』と書かれているように、一度死を経た人が生き返る場合、その『罪』は消えています。(ローマ6:23/伝道の書9:5-6)
また『神の業は完全』であるので、復活に際してわざわざ人を『罪』ある状態に神は創らないからであり、また、すでに『罪』のない状態で生き返る人々もその自由意志を試される必要があるからで、そこで悪魔が再び用いられる理由もあると言えます。(黙示録20:12-14/申命記32:4)

このように、キリストと聖霊によって結びついた聖徒たちの役割は、天界の祭司団として地上の人々から『罪』を除き、創造されたままの無垢の状態に清めることであり、それはまさしく古代にアブラハムに約束された子孫、『地のあらゆる氏族が自らを祝福する』民、真のイスラエルとなります。(申命記18:18)
この句で、人々が『自らを祝福する』と能動的に述べられるのは、贖罪を受ける人々がただ受け身ではないことを表すと言えます。
なぜなら、その人は『信仰』を表すことが求められているからであり、それも終わりの日に生きる人々には「千年王国」が到来する前にそうしている必要があります。

これまで解説してきたように、キリスト教での『信仰する』とは、ただ神の存在を信じるというものとはなりません。
それは人が自らの置かれた『罪』ある現状を認めて『悔い』、そこにキリストの犠牲による『贖い』が必要であることを認めて乞い願い、贖いを備えたキリストに信仰を働かせることも欠くことができません。
それに加えて信じるべきものがあります。
それが『聖霊』の働きであり、こうして『神と子と聖霊』への信仰が求められることになり、それは『この世』が終わる時代に於いて、つまり「千年王国」の前に人々に求められることになるのです。

「千年王国」が近づくと、再び『聖霊』が神の証しを行うときが来ます。キリストが再び『聖なる者たち』を集め、最終的な祭司団の天への召集を行うからです。これが新教系の教会員によって、模範的なクリスチャンが天に招かれるという「携挙」と勘違いされているものですが、神の救いは「善人」のためのものではありません。キリストは『世を裁くためではなく、救うために来た』のであり、『罪人を招くために来た』と言われなかったでしょうか。
終わりの日に『聖霊』の証しを受け入れ、どのような人であれ、そのときに『信仰』を働かせる人を、キリストは「千年王国」に招く意志を語られているのです。(ヨハネ3:16)

その『信仰』は、自分の益のための「ご利益信仰」であってはならず、神を含むあらゆる他者とのつながり、つまり『変わらぬ愛』からのものでなくてはなりません。そこに高慢な自己義認の余地はないでしょう。
創造界がいまのように乱れ、悪と苦しみの場となった原因が利己心に発していることは永遠に忘れるべきでないことです。神は永遠に生きたい人に命を授けるわけではけっしてありません。ただ善良で従順であればその人を生かすわけでもありません。神と共に生きる人は、神と人とどのように生きてゆくべきかをわきまえているべきであり、それを願い求めることはアダムのようにではなく、その人自身が誘惑を退けて『変わらぬ愛』(ヘセド)を選び取る心の底からの決定にかかっているのです。






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