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らくだが針の穴を通るようなもの

2020.07.08 (Wed)


駱駝が針の穴を抜けるようなもの
マタイ19:16 マルコ10:17 ルカ18:22


西暦33年の春先のこと、イエスはエルサレムへの最後の旅程にありヨルダンの低地地方を通っていました。
そこにひとりの男が走り寄ってイエスの前に身を低くして膝をつき『良い師よ』と言います。
それに対してイエスは『なぜ、わたしを良いというのか。神のほかに良いものはいない』と言われます。つまり、イエスはその男の言葉に幾らかのへつらいを感じ取られてのことでしょう。(マルコ10:17-18)

ルカによればこの者は『指導者』または『支配者』(アルコーン)であったとされます。(ルカ18:18)
新約聖書中でこの語は、サンヘドリンの議員について指すことが多いので、以前にイエスの許を訪ねて来たニコデモのようにユダヤ人の中でも最高議会で高い立場に就いていたのでしょう。おそらくは、仲間の議員たちの大半がイエスに敵対的であるためか、イエスに近付くにもパリサイ人らがするような挑戦的にではないことを示すために『良い師よ』と言って近づいた可能性があります。(ヨハネ7:26)
当時の祭司長派の事情に通じた使徒ヨハネの述べるところでは『実は、指導者の中からも多くの人たちが彼(イエス)を信じていたのであった。だが、彼らはパリサイ派によって会堂から追放されてしまうことを恐れて、それを公けにはしなかった』ということです。(ヨハネ12:42)

イエスの許に跪いたこの人物が尋ねたかったことが何かと言えば、『わたしは何をすれば永遠の命を受継げるでしょうか?』というものでありました。
『永遠の命を受ける』ということは、当時にユダヤ人、特に指導者層に見られた願いであったことがヨハネ福音書に見受けられます。イエスは彼らに対して『あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べている。だが聖書は、わたしについて証しをするものなのである。それなのに、あなたがたは命を得るためにわたしの許に来ようともしない。』(ヨハネ5:39-40)
この言葉は西暦31年の過越しの時期という、イエスの公生涯の初期に語られていますので、あるいはこの人物は、この言葉に沿うようにイエスに近付いたのかも知れません。

そこでイエスはこう答えられます。
『それなら戒めを守りなさい』『その掟なら知っているように、「殺してはならない。姦淫してはならない。盗んではならない。偽証をしてはならない。父と母を敬え。あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」』(マタイ19:18-19)
こう十戒を引用すると、この支配者は『それらは若いときから守ってきました。まだ、何か足りないことがあるでしょうか。』と反応します。

そこでイエスは、この支配者を見つめ、親しみを覚えたとマルコは記しています。(マルコ10:21)
おそらくは、今は使徒となっているヨハネやアンデレのように、普通のユダヤ教徒であること以上を求めてメシアを見出した彼らにようなところをこの人物にイエスは感じ取ったのでしょう。
そこでこう言われます。
『あなたには一つ欠けていることがある』『もし完全になりたいと思うなら、帰ってあなたの持ち物をすべて売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば天に宝を持つようになろう。それから、わたしに従ってきなさい』。(マルコ10:21/ルカ18:22)

この議員も諸世紀の人々の遅い復活には与れることでしょう。それでも律法契約に在る彼の状況により、また『律法を守るよう教える者』としてイエスは十戒の幾つかを挙げます。
しかし、それを超えるものを求めるこの人物にイエスは『新しい契約』それも使徒並みのものを与えようとされたことでしょう。
『完全になりたいなら』との一言に込められたものは、『王国に入る』つまり、メシアに直に従う者となり、いずれは聖霊を注がれてキリストの完全さを分け与えられる『聖徒』になる招きが差し伸べられていたと言えますし、後に十二人の内のイスカリオテのユダを補充するために加えられたマッティアスのように信頼を置かれる弟子となったかも知れません。

聖霊が注がれるとは、『新しい契約』によりその人を「真のアブラハムの裔」、『神のイスラエル』の一員となるのですから、それにふさわしく生涯を終える限り、天界での永遠の命は間近なものとなります。
しかし、そこでこの人は『陰鬱になった』と書かれています。却って悲しみに沈みつつその場から去っていったのです。(マルコ10:22)
悲しみの原因は、その人が非常に富んでいたからであったことを福音書は揃って記しています。


◆不公正な世界
さて、この富んだ議員について考える前に、「富」ということそのものについて考えてみましょう。つまり、あの議員をしてキリストの召しを拒ませた原因です。
「富」というものを拒む人が居るものでしょうか。
クリスチャンであっても「無いよりは、有った方が良い」と言うのを耳にしますし、また「富そのものは罪ではない」という言葉も聞きます。
しかし、聖書の中を見ると富者への言葉は辛辣なものが多いのも事実です。(ルカ1:51-53/ヤコブ5:1-6)

このように、この世はだれもがと言ってよいほどに多くの人々がこれを追い求めて社会が成り立っています。
ですが、誰でも富むことはできません。
この世という交換社会に在っては得をする「勝ち」と、損をする「負け」があり、それは古代から変わるところがありません。賢王ソロモンはそれをこう指摘します。
『買う者は「悪い、悪い」という、しかし去ってから彼は自ら誇る。』(箴言20:14)
つまり、買い手はその場では商品に難癖を付けては売り手に値引きを迫ります。しかし買ってしまうと自分が良い商品を安く手に入れたことを誇り、ほかの人にわざわざ見せたりもするでしょう。なぜなら「勝った」からです。空しいようにも感じられますが、これが売買の現実でしょう。

ですから、懸命に労働した人が富むとは必ずしも言えません。いや、むしろ富を得るのには、その人の資質もありますが、有利な機会に恵まれるか否かの方が大きな要因を成しています。
特に大きな富を得ている人々には、財産を先代から継承することを通して、更に富を得る機会に恵まれ、ますます富は数少ない人のところにうず高く積まれる傾向があり、その一方で、厳しい働きをしながらもその日の生活に窮する多くの人々が生じてゆきます。
今日には、あからさまな奴隷制度は見られなくなったとはいえ、状況がさほど変わらない労働に従わざるを得ない「この世の奴隷」のような人々は居ないかと言えば、それは見ての通りです。

この21世紀に、世界の財の半分近くは10%の富裕層に所有されているとの統計が幾つか知られており、しかも、その寡占状態は進む一方であるとされます。
これが何を意味するかと言えば、その富裕層が全財産をそれ以外の人々に明け渡すと、単純な数字上では、ほかの人々はそれまでの約二倍の有形無形の富を所有することになります。そのためか識者の間では、格差を解消する方策として再配分が最も有効な手段とされています。

不公正ということでは、この世が作る市場は巨大なギャンブル場であり「そこに滞在するほど負ける確率は上がる」という数学者*もいます。つまり、この世とは、元々不公正に出来ていて、僅かな富者と膨大数の貧者を作るシステムであるということです。しかも、人類はそこから逃れることができません。世代から世代へと財産が継承されるに従い、この勝負も繰り越されることになります。
そこで富んでいるということは、それだけ多くの人々の貧しさの犠牲の上に成り立っていることになります。*(ブルース・ボゴシアン)

だからと言って、社会主義がその是正をもたらしたかと言えば、旧ソ連邦という壮大な実験結果に見る場合、それが解答にならなかった現実が見えます。帝政期までのロシアが大多数の農民に貧しさを求めつつ、人口の2%の王侯貴族が快適な生活を送っていました。
そこに「革命」が主導されロシア帝政と貴族は過ぎ去ったのですが、やがて社会主義政府の中に特権階級が芽吹きます。「ノーメンクラトゥーラ」と呼ばれるこの特権階層はやはり人口の2%を占めたと言われます。
つまり、格差の原因は制度というより人間自身に発するもの、その欲、特に他者を押し退けても自分の利を求める「貪欲」に目が向けられるべきであったことでしょう。どれほど高邁な理想を掲げても、それを腐食させてしまうのもまた人間自身であるからです。


この点で、金銭の働きには大きく二つあります。
まずは、生活を支えるためのもの、それから、より多くを集めるためのものであり、この二種類の働きに於いて同じ金銭でも意味はまるで違ってきます。人が貪欲の罠に嵌まるのも、多くは自分の生活を支える以上の金銭を求め始めるところが関係することでしょう。

では、世界を創造された神の意図から離れてしまったこの世に見られる不公正を神はどうご覧になっているでしょう。
もともと、この世界に存在するものはすべて創造者のものであり『銀も金もわたしのものである』と言われる神にとって、富の偏在によって多くの魂が苦しむことは意図されたものではありませんし、それが摂理でもないでしょう。

旧約聖書を見ると、貧者に対する神の眼差しがどんなものであるかの一端を知ることになります。



◆困窮者への神の眼差し
全能の神であるなら、なぜ初めから貧困のない社会を作らなかったのかと問い、神など居ないと結論する人々も少なくないことでしょう。
では、問題はそのような神の方にあるのでしょうか。
社会を見回すと、貧困の大きな原因は財の格差であることは明白です。世界の人々にそこそこの生活を送らせるだけの財が無いのではなく、遍在しているのです。これは人間に巣食う貪欲に由来するものでなくて何でしょうか。

神は地上に人々を養うだけの食物や、生活に用いることのできる多様な物資を備え、それが平等にとは言わなくても、ある程度に公正な配分がされていれば、貧困にあえぐ人がどれほど出るものでしょうか。『この世』とは、神の意志から離れ堕ちた世界であり、創造者の意図したところではないのです。

しかし、旧約聖書の中からでも神の困窮者への配慮は数多く見られます。
イスラエルに与えられた律法の中では、畑の持ち主といえども、端から端まですっかり収穫することを禁じています。これは今日の意識とは随分と異なります。
果実の取り入れにしても同様に、持ち主は取り入れ作業を一度終えたなら、取り残しが無いか見回すことが禁じられてもいます。(レヴィ記19:9)
これらの残りについては、困窮している人々のために与えられるよう神は律法に定めたのですが、実際に、この制度から益に与った、ユダの老いた寡婦とその外国人の嫁の物語が「ルツ記」となって、聖書の一角に神の暖かい眼差しの記念を添えています。

それに加えて、実った畑には誰であろうと、鎌を使ったりしないで自分の手でむしるほどの穀物であれば、告げずにもらうことが許されていましたが、これは誰であれ、実った畑を目の前に空腹のまま行き倒れることがないようにとの神の慈愛を示す例です。(申命記23:25)

現代社会では、富む人にはより多くの財が集まってくる仕組みが出来上がってしましましたが、その一方で困窮者は富んだ人のように様々な優遇を受けることができません。それですから「貧困に苦しんだことのある人なら誰でも、貧困であることは非常に高くつくことを知っている」という黒人作家ジェームズ・ボールドウィンの言葉はまさしく現実そのものです。貧しい人は高い値段での買物するしかなく、様々な特典にも招かれません。

貧困であることは、更に多くのものをその人から奪ってゆきます。もとより貧しいにも関わらずこの世はさらに容赦なく奪うのです。
食事をすることはもちろん、衛生的に過ごして病気を避けることを困難にし、教育を受けることの不自由から就職や職業選択の制限が起り、労働の質も量も増やしたとしても、賃金の制約は懸命に働いた人がより多くの報酬を受けるのではないという非情な現実を突きつけられる姿は様々な国で広範囲に見られます。

財産は世襲されることで、富裕者の二世、三世ともなると、一般的な人々との差は動かし難いものになり、大金持ちという言わば一つの階層を形成しています。同じ人間ながら、その生活圏も様式も庶民とは異なる別世界の住民というべきでしょう。


◆神の対処法
この点でも神が与えた律法には、今日にない画期的な経済システムが備わっていました。
それが七年ごとの『安息年』であり、50年に一度の『ヨベルの年』でありました。

まず、『安息年』とは週毎の『安息日』に対応する七年に一年は仕事を休み、畑を休耕させ、動物にも苦役を免除します。一年仕事をしないため、その年には何であれ本格的な収穫を行わず、その前年に神が二倍の収穫を与えるので、その備蓄によって食料を確保します。また、その年の間は借金の支払いも免除されるという、画期的な国家法でありました。
本来なら、人々はこの世らしくあくせくとしない一年を過ごせて、人間性の汚れやストレスから解かれるはずでしたが、旧約聖書には『安息年』を履行している場面が記録されておらず、僅かに外典に触れることがあるばかりですので、この一年休業するという信仰を試される措置は行われなくなっていたようです。

また、七年毎の『安息年』を七回繰り返した次の年は『ヨベルの年』と呼ばれ、五十年に一度のこの機会に、イスラエルの民はそれぞれの相続地に帰り、その土地を売らざるを得ない事情があった家族も、その土地を返されることにされていました。これによって、イスラエルの中では、際限なく格差が開くということは防がれ、例え困窮することがあっても、その人かその子の代には出直すことができる保証となったのです。

しかし、この『ヨベルの年』についても、旧約聖書にそれが行われた記録はありませんので、どこまでこれが履行されたかは分かりません。イスラエル民族の不信仰を糾弾した預言者エレミヤによれば、この民族は『安息を守らず、それを汚し』とあり、それは神が彼らの民族を捕囚に処した理由として咎められています。

エレミヤ書には、更にもう一つの奴隷に対する律法も守られていなかったことについても彼らを責めています。
それは、イスラエル人同士で、どちらか一方が困窮することがあって奴隷として他のイスラエル人に身売りをすることがあった場合には、七年目には解き放つ、それも年季に応じての蓄えを持たせて自由にするべきことが律法に定められていたにも関わらず、エレミヤの時代までにそれも守られていなかったことが暴露されているのです。

神が律法の中で、このように様々な格差の是正と、俗世に押しつぶされ、世の奴隷とならないよう人々を顧みたせっかくの諸制度を、イスラエル自身がなし崩しにしてしまっていました。
その結果といえば、民族の中に格差をもたらし、犯罪も横行していました。また、『聖さ』という人間の尊厳の回復のための安息も取られず、ほかの国々と変わらない世俗のしがらみばかりの社会としてしまったことをエレミヤの預言は暴露しています。これはまさしく人間社会全体にも言えることで、この世は金銭を巡って人々を汚してゆき、僅かな富裕者と数えきれない困窮者とを作ってきました。しかし、律法を与えた神にとって、これは意図するところでも摂理の働くところでもありません。



◆愚かな金持ちの例え
さて、イエスは別の時に、ある人から『先生、わたしの兄弟に、遺産を分けてくれるようにおっしゃってください』との依頼を受けたことがありましたが、イエスは『誰がわたしをあなたがたの裁判人または分配人に立てたのか』と拒否しています。
それから人々に向かって『あらゆる貪欲に対してよくよく用心しなさい。有り余るほど物を持っていても、人の命は財産から得られない』と言われました。

遺産の分与を求めてきた人は貪欲を懐き、奇跡を行う人イエスの権威を利用しようとまで思ったのでしょう。
それならイエスにそれを拒まれても仕方のない事であり、次いでこの出来事から、イエスは財産への欲と命とを照らし合わせる教えを一つの例えとして話されることになりました。

それが「愚かな金持ちの例え」と呼ばれているルカ第12章16節から始まる教えです。

とある富んでいる人の土地が更なる豊作に恵まれましたが、その人は今持っている以上の物を保管する場所がありません。そこで、どうしようかと思案します。

この人は今ある倉庫を建て替えてもっと大きな倉庫に建て替え、そこに有り余る物を貯蔵することを思い立ちました。
増し加わった多大な富により、その人は大きな安心感を得ることを期待し、自分の魂に向かって『多くの財産を持っているのだから、自分の魂よ、楽にして食らい、飲んで喜べと言おう』と考えました。

しかし、彼に神は言われます『愚かな者よ、お前の魂は今夜のうちに取り去られる。ならば、お前が用意した物は誰のものになるのか』。こう話されてからイエスはその要点を示して『自分のために宝を積みはしても、神に対して富まない者はこのようなものだ』と言われます。
確かに、どんな財産も命有って意味もあります。しかし、イエスが『溢れるほどに富んでいても、人の命は持ち物から来ない』と言われる通り、命を保たせるものは財産ではありません。(ルカ12:15)



◆神に対して富む
この例えの中でイエスが語られた『神に対して富む』とは、実に味わい深い言葉です。
これを聴いたユダヤ教徒は、旧約聖書の幾つかの言葉を思い起こしたことでしょう。

例えれば、ソロモンの箴言にはこのようにあります。
『貧しい者を憐れむ者はYHWHに貸すのだ、その施しについては主が酬い支払われる』(箴言19:17)

イエスの例えの愚かな金持ちは、専ら自分のことばかり考えて『神に対して富む』こともなく、自分の命の安泰を期待したのですが、その目的はまったく果たされず、命を失ってしまえば、何の益にもなりません。
しかし、弱者を顧みるなど『神に対して富む』ことを行っていたなら、『自分のために古びることのない財布をつくり、盗人も近寄らず、虫も食い破らない天に尽きることのない宝を蓄える』ことになったでしょう。(ルカ12:33)
その酬いは天の神の前に積まれるのであり、それは確実に保たれ、その人に必ず益をもたらすことでしょう。

この観点に立つなら、永遠の命を求めてイエスの許を訪ねてきた若く富んだ議員も、自分の持ち物をみな売り払う喜びも感じられる理由もあったことでしょう。
しかし、彼にはそう出来ませんでした。共観福音書はその理由を口をそろえて『大金持であったから』としています。

そしてイエスはこの言葉を語られます。
『富んでいる者が神の国に入るより、らくだが針の穴を抜ける方がずっとたやすい』
これを聞いた弟子たちは驚嘆してイエスに言いました。
『では、いったい誰が救われるのでしょうか』。

そこでイエスは弟子たちを真っ直ぐに見て答えられました。
『人にはできないことであっても、神にはそうではない。神にはあらゆることが可能だ』。
この意味は、金持ちであっても神に頼り切って貧困に飛び込むように、ただ財産を売り払ってしまえば良いということではないことでしょう。

確かに、金持ちである人がその財産を売り払うことなど、まず出来ることではありません。
金持ちである、ということが希なる幸福であることはいつの世にも動かし難い事実です。
しかし、イスラエルの王となるべきイエス自身の生き方は明らかに地上の富を求めるものではありませんでした。
生まれからして、両親はその夜は宿屋に泊まれず、馬小屋で誕生し、その後は命を狙われ逃亡する必要もありました。
田舎ナザレでつつましく大工を営む家庭で育ち、キリストとなってからもユダヤの宗教家のようではなく、『わたしは父を尊ぶ』と言われ質素な身なりで日々を廉直に過ごされてきました。しかし、それが却って、キリストであるということが、どれほどの事を意味するかをその生き方で示していたと言えます。

そのイエスはこう言われました。
『あなたがたも、何を食べ、何を飲もうかとあくせくするな、また気を揉むな。これらのものは、この世の異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの父は、これらのものがあなたがたに必要であることをご存じだ。
ただ、王国を求めなさい。そうすればこれらのものは添えて与えられる。』(ルカ12:29-31)

つまり、金持ちである人にとって「愚かな金持ち」のようになってしまわないためには、『王国を求める』ような思いの変化が求められたのであり、確かに、富んだ議員には、そのような思いの変化の前に、自分の生活水準の低下への恐れの方が先に立ってしまったというべきでしょう。しかし財産の無い事に心配しない生き方は、『神にとっては不可能ではない』に違いなく、イエスや使徒たちの生き方は、それを証拠立てていたと言えます。


◆神に富むことの報い
さて、これら一連の話の後でペテロがイエスに問いました。
『わたしたちは何もかも捨ててあなたに従って参りました。では、わたしたちは何をいただけるのでしょうか』。(マタイ19:27)
これは、富んだ議員のようではなく、すべてを後にしてイエスに従い、神に対して富を積んだ使徒たちにどれほどのものが報われるのかという問いです。

そこでイエスはその報いについてこう述べます。
『おおよそ、わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、もしくは畑を捨てた者は、その幾倍もを受け、また永遠の生命を受け継ぐ』。これこそあの富んだ議員が求めていたものであったことでしょう。

さらに、使徒たちへの大きな報いがあることを告げます。
『まことにまことに。世が改まって、人の子がその栄光の座につく時には、わたしに従ってきたあなたがたも十二の位に座してイスラエルの十二の部族を裁くことになる』。(マタイ19:27-29)

これは『神の王国』を構成することになる聖徒たちの裁きと召しに、使徒たちがイエスと共に連なるということを意味するのであり、それは十二使徒というものが、そのほかの大勢の聖霊注がれた人々に先立って神の是認に入り、より高い座に就くことが定められていることを指しています。
それは著しく高い立場であり、どんな人間の政府の高官の地位をも凌駕するものであるのです。

イエスに従っている間に、彼らは試されていたのであり、一人の例外を除いて彼らはイエスの受難の前の晩には神からの信任を得るに至ったのでした。(ルカ22:29-30)

もちろん、使徒の報いばかりが神に対して富むことではありません。
人は、富むということに於いて、利己的に振る舞いがちではありますが、弱き者への慈愛を示す人々は神の前に蓄えることになることはイエスの言葉の数々によって保証されています。しかも、イエスは『あなたがたにとって貧しい者は常に居る』と言われるのです。それは『この世』というものが貧困をけっして避けることのできないことを証ししているとも言えるでしょう。(マルコ14:7)

それは財産家が、罪滅ぼしや余興のように幾らかを施しに回すのとは違います。
律法に示されていたように、神が弱き者を顧みるのと同じ心から慈愛を示すこと、それは今日でも神の目に留まらないことはないことでしょう。
しかも、その精神という点では富んでいようとなかろうと示すことができることであり、誰であれ、盗まれたり、朽ちたりすることのない宝を天に積むことができ、それは損失とはならないのです。









魂を殺すことのできない者どもを恐れるな

2020.06.28 (Sun)


体は殺しても魂を殺すことのできない者どもを恐れるな
マタイ10:28



イエスの語られたこの言葉をそのまま読めば、人が体と魂とから出来ていると考えるのが正しいと思われ、人間の体は死んでも意識は残るという、広く信じられている一般的教えについて、やはりキリストも教えていたとされそうな言葉ではあります。

特に、この言葉に続けてイエスはこう言われるので、ますますそう思えることでしょう。
『むしろ、体も魂も共にゲヘナで滅ぼす力のある方を恐れなさい』。

この句の原語である『ゲヘナ』の代りに『地獄』と訳している翻訳聖書も少なくありません。
「地獄」と翻訳するなら「体も魂も共に地獄で滅ぼす力のある」神を恐れるべきことになりますから、「やはり人間は魂となって地獄や天国に行くことになるのだ」という考えは確信的にもなってくるでしょう。
しかし、本来の聖書の非凡さに少しでも触れるなら、この点でも以下のように深い畏敬を感じることになり得ます。

まず、俗に「地獄」とされるものと、他方で原語聖書にある「ゲヘナ」とは実は別もので、しかも随分違います。
ほかの例え話でも解説しました通り、ギリシア語「ゲヘナ」は、元のヘブライ語では「ゲー・ヒンノム」、つまりエルサレムの共同ゴミ捨て場のことであり、そこはエルサレムの南西に在って「ヒンノムの谷」と呼ばれていました。

エルサレム市内の公共衛生のために、そのゴミ捨て場には火が絶えないよう発火し易い硫黄が広く散布され、いつも煙りの上がる場所であったと後のユダヤ教のラビが伝えています。しかも、そこには処刑された重罪人の死体まで放り込まれていたというのです。

ユダヤ教は復活を信じますから、土葬をする習慣が永く保たれて来ました。例えれば、新約聖書中でもベタニア村のラザロも、イエスご自身も遺体は焼かれず、布を巻いて墓に安置されています。
しかし、ヒンノムの谷に捨てられる死体は火で焼かれ、蛆虫も湧くように、見るも無惨で忌むべき状態に置かれます。
これを指して、イエスはご自分を殺めようとしていた宗教家らに『あなたがたがどうしてゲヘナの裁きを逃れられようか』と糾弾されたのは、復活も望まれないような処罰、つまり「永遠の滅び」を象徴して『ゲヘナの裁き』と言われていたのです。(マタイ23:33)
確かに、地獄が永遠の責め苦の場所であるとすれば「地獄で・・滅ぼす」というのは矛盾があり、イエスのこの言葉にはもっと別の意味がある可能性が見えています。

ですから、聖書翻訳も比較してみるとキリスト教の中にも広まってしまった誤解、それも大切な事柄を歪めてしまうような思い違いがあることに気付けることがあるものです。

そこで、この『ゲヘナ』の観点から、もう一度イエスの語られた場面を読み直すなら、新たな理解を得ることになります。
この言葉によって、イエスは従う使徒たちが激しい迫害に遭うとき、そこで目の前の迫害者を恐れて妥協してしまい、神との契約を破るようなことがないようにと訓戒されています。その中で、恐れるべきはただ体を殺す迫害者ではなく、『魂』を滅ぼすことのできる神であるから、キリストのように死に至る迫害を受けようとも『自分の磔刑の木を荷って続く』ようであれと言われ、また『自分の魂を得ようとする者はそれを失い、わたしのために自分の魂を失う者は、それを得る』とも言われるのでした。(マタイ10:38-39)

それは、使徒ばかりでなく、キリストを仲介者として『新しい契約』に入り、全き忠節を求められる『聖徒』にも求められる大胆さです。彼らはキリストが戻られるときにまで師を否認することがあってはなりません。もし、彼らがキリストやその言葉を恥じるとすれば、キリストもその弟子を恥じると言われる通りです。(マルコ8:38)


◆死後の無意識
それに加えて、この『体は殺しても魂を殺すことのできない者どもを恐れるな』という言葉は、『魂』とは何かを理解するための鍵を与えています。
この言葉からすれば、『体』の死のほかに『魂』の死があり、それらが別のものであることを示しています。
では『魂』とは、やはり人の死後に体から離れる意識のようなものであると言えるようにも思えるところですが、聖書からすると、死後の意識というものは次のように否定されているのです。
『生きている者は死ぬべき事を知っている。しかし死者は何事をも知らない、また、もはや報いを受けることもない。その記憶に残る事がらさえも、遂に忘れられる。その愛も、憎しみも、妬みも、すでに消えうせて、彼らはもはや日の下に行われるすべての事に、永久に関わることがない』(伝道の書9:5-6)

このように聖書の教えでは、死後の意識というものはありませんので、イエスの奇跡による復活を模式的に受けたラザロのような人も、旧約での預言者エリヤやエリシャによって生き返った人々のだれもが、死後の世界がどうだったかについて少しも話していません。
加えて、律法は交霊術、つまり死者との交流を厳しく戒めています。
たとえ死者が何かを語ったかのように霊媒師に言われても、実はその声の主は悪霊であって死んだ人とは無関係です。
悪霊たちには死んだ人を装う理由がありますが、それは彼らの頭目である悪魔つまり『この世の神が、不信の者たちの思いをくらませる』ために、様々な宗教に働きかけを行っては『神の象りであるキリストの栄光の福音の輝きを見えなくする』という意図をもっているからです。(コリント第二4:4)

悪魔はエデンの園で禁断の木の実を食べても『あなたがたが死ぬことはない』と偽りを語っています。(創世記3:4)
これは神の言葉にあからさまに反して、人にとっての『罪』という不倫理性の酬いとしての死の重大性を覆い隠すものでありました。同様に、人の死後に意識が残るという教えは、死というものを聖書の創造神の観点、また現実に即した見方を人々にさせないことに於いて、やはり悪魔的なものです。

ですから聖書の中で、死んだはずの預言者サムエルを呼び出したのはイスラエルの神に反する異教の霊媒師であり、その禁じられた死者との交流、実は悪霊の呼び出しを利用したサウル王には良い結果が訪れることなく、間もなく絶望と自らの死を迎えています。(サムエル記第一28:1-19)


◆『魂』とは何か
では、人の死後に意識があると聖書が教えていないのでしたら、『魂』とはどんなものなのでしょうか。

 『魂』とは、ヘブライ語で「ネフェシュ」と呼ばれ、元の意味は「喉」とされます。
体の中で喉という部位は、生きるために必要な一切のものが体の中に通ってゆく道筋で、その人の必要や渇望と関係する言葉です。

ですから「わたしの魂は渇く」や「わたしの魂は満ち足りる」と書かれているところでは、その人の体の状態と同じように魂が描かれます。(詩篇第63:1-5)
また、『魂』は『恋い焦がれ』『待ち望み』『喜びに満ちる』など、人の意識と同じように語られます。

それでは、やはり『魂』とはただ人の意識のことなのかと言えば、人には『体は殺しても魂を殺すことのできない』というイエスの言葉がそれを否定するものとなります。聖書は死ねば意識はないことも教えているからです。
そうなるとこれは大きな謎になります。
つまり、『魂』(ネフェシュ)とは、死によって終わる体でも意識でもない何か別のものを指していることになってくるのです。

そこで「ネフェシュ」への理解に光を当てるのが、イエス・キリストの犠牲の死と、そのときの魂の所在です。
イエスは磔刑により刑死を遂げられ、その日の内に遺体は真新しい墓に置かれ、三日目に復活を受けてその体は見当たらなくなりました。
この出来事をダヴィデの詩篇は預言してこう語っています。
『あなたはわたしの魂を墓に捨ておかれず、あなたの聖なる者に穴を見させません』。(詩篇第16:10)
その言葉を使徒ペテロが引用し、イエスの復活によってこの言葉が成就したことを知らせます。
『ダビデは預言者だったので、彼から生まれる子孫の一人をその王座に着かせると、神がはっきり誓ってくださったことを知っていました。そして、キリストの復活について前もって知り、『彼は墓に捨ておかれず、その体は朽ち果てることがない』と語られたのです。』(使徒2:30-31)

これらの聖句はどちらも『墓』という場所に遺体が置かれたことを述べるのであって、そこは『ゲヘナ』でも「地獄」でもないのです。イエスの『魂』は天にも地獄にも行かず『墓』の中にあったと述べるのです。
では、『魂』は体なのかと言えば、『体は殺しても魂は殺せない』とイエスは言われますから、やはり別ものです。

『魂』は復活までの三日にわたってどこにも移動されず『墓に捨ておかれ』た状態であったところで復活を受けたのですが、その復活の際に『魂』はどうなったかと言えば『捨ておかれ』た状態を脱したものとして上記のダヴィデの詩篇に預言的に詠われています。

そこで体でも意識でもない『魂』とは、人間にとっては具体的に捉えることのできない抽象的なものとする以外にありません。
上記のダヴィデの言葉の場合には、体でも意識でもない「象徴的なイエスご自身」を指していると考える理由が出てきます。
そうであれば『魂』とは神だけが扱うことのできる復活に関わる「何か」であり、人の知る世界を超越しているので「これが魂です」と誰も示して見せることができるものではないと言えます。


◆血は魂であり贖罪をする
しかし、神はイスラエル人に対して、抽象の「魂』を具体的に見えるものになぞらえ、『魂』が特に重要なものであることを教えられていました。それが律法にある「血の禁令」であり、このように記されています。
『生き物の魂は血の中にあるからである。・・血はその中の魂によって贖いをするのである』。これは直接にはユダヤ教の祭祀として守るべき儀式でしたから『わたしが血をあなたがたに与えたのは、祭壇の上であなたがたの魂の贖いの儀式をするためである』ともされていました。(レヴィ記17:11)

つまり『血』というものの中に『魂』がある、とされることで、人は本来見えない『魂』を『血』に置き換えて鄭重に扱うべきことが示されていたのです。
加えて神は『肉をその血のまま食してはならない』との食事の禁令を定められました。なぜなら動物のものであってさえ『血は魂であり、魂を肉と共に食べてはならないからである』と言われ、『血は食べることなく、水のように地面に注ぎ出さねばならない』とも命じられました。
こうして人も『魂』を神聖なものとして具体的に扱うことができ、見えない『魂』に敬意を払うことができたのです。本来なら動物も神の創造物であり、それを害する権利は人にありません。そこで人が動物の肉を食べるときに、必ず血抜きを行うことによって、『血はわたしのものである』と言われる神の創造物への権利を尊重していることを示したと言えます。(レヴィ記12:23)

もちろん、律法による動物の犠牲の儀式は、来るべきキリストの犠牲を予型していたものでした。ですから、イエスは『父は、わたしが自分の魂を捨てるから、わたしを愛して下さる。魂を捨てるのは、それを再び得るためである』とご自分の受難の意義について語られています。(ヨハネ10:17)この聖句の『魂』を「命」と訳している聖書は多いのですが、原語は『魂』プシュケーとなっています

以上から分かるように、イエスはご自分の『魂』を捧げることにより『対価としての贖い』を一度差し出されました。その対価とは、神の前に堕罪によって失われたアダムの魂の価に相当する、ご自分の魂であったのです。(テモテ第一2:6/ヨハネ第一3:16)
アダムの魂の喪失によってアダムからの命の根拠も弱くなり、人々に寿命や様々な害悪が臨んだのですから、その魂を回復する『とこしえの父』とも呼ばれるキリストの魂の価値には計り知れないものがあり、それが律法での血の扱いとして命じられたことは、人々に価値の大きさを知らしめる意味があったことは明白です。(イザヤ9:6/申命記12:23-24)

しかし『キリストは律法の終り』とあるように、律法に規定された血の禁令は、死に至るまでのキリストの忠節とその血が律法を完全に成就して後、動物の犠牲がなおも捧げられていたエルサレム神殿の破壊と、ユダヤという『先のものが後になり』、その後もしばらく禁令を守り続けたユダヤ教イエス派の消滅に伴って、エルサレム会議でのヤコブの議決があっても、その必要性は失われています。
なぜなら、『血を避けているように』とは、律法を守り続けようとしていたユダヤのイエス派信者を異邦人信者が躓かせないための一時的な取決めであり、両者が平和に集まるための配慮であったことをヤコブ自身が述べています。(使徒21:24-25)
まして完全なキリスト教の下では血の禁令も過去のものとなっているのですから、今や血を避けることには健康上の理由以上のものは何もありません。(ローマ10:4/使徒15:20-21)

律法での血への尊重はキリストの犠牲の価値を指し示すものでありましたが、元々血という液体そのものが魂ではなかったのですから、キリストの魂が完全な血の犠牲として捧げられた以上、もはや崇拝に血液が関わることは終わっています。(ヘブライ10:10-14)
しかも、『新しい契約』に預かる聖なる者たちは血を避ける律法を後にし、キリストの兄弟となるため、象徴的ながらキリストの血を飲み、肉を食すという逆転が『主の晩餐』に於いて起こり、キリストの死を境に崇拝儀式の次元が格段に上がってもいるのです。(ヨハネ6:53/ヘブライ8:13)

それですから、現代のある宗派のように血の禁令を守って、律法時代にはなかった輸血までも避けることが宗教倫理上正しいと主張し、そこに命まで懸けるのは的外れなことで、その人の内心だけの自己義認には役立っても、今さら神の前に是認を得るものでもなく、実際には生命軽視の咎を負う危険さえある怖るべき誤謬と言うべきでしょう。
処置の仔細を際限なく規定するユダヤ教のタルムードのように、避けるべき血液成分は何かなどと論じるところで、すでにキリスト教を唱えることの無理が露呈しています。もとより血液が『魂』そのものではあり得ないからです。


◆すべての魂は創造の神のもの
こうして『魂』というものが徒ならぬものであることを新旧の聖書が示し続けてきたことが明らかとなってきます。
『魂』は抽象的なものでありながら、人々がそれを安易に扱うべきものでないことが血の禁令によっても、律法の儀式によっても示されていました。キリストの魂の注ぎ出しはそれらを完全に成就して、キリスト教という新たな教えを導き出したのです。
それに加えて、神は『すべての魂はわたしのものである』と言われます。(エゼキエル18:4)
つまり、創造の神であればこそ、あらゆる生けるものへの所有権を持たれるのはまったく正当なことです。

その生けるものの一つ一つを表す『魂』は、復活を通してその生死に関わらず神の所有であり続けていると判断できます。
なぜなら、ご自身の死を数日後に控えたイエスが、古代のアブラハムのような族長たちの名を挙げて、『神にとっては生きている』と断言されているからです。(ルカ20:38)

つまり、創造の神であればこそ復活も可能であり、故人であってもその記憶から消え去ることはなく、その『魂』という生死を超えるものによって呼び戻すことができるので、恰も生きているかのように見做されるからでしょう。
『すべての魂はわたしのもの』と創造の神が言われる以上、存在したすべての人が神の所有権の中にあるに違いなく、今は命儚いこの世に在っても、イエスが病人を一人一人癒されたように、神が必ずや一人一人を顧みられる時が来ることでしょう。わたしたち各人は体をもった人であっても、または墓に眠る過去の人であっても、神の前には生死老若に関わらず『魂』であることになるのです。(ヨブ記33:24-26)

そこで『魂』というものの重要さが見えてきます。
体を殺すことができる人間というものがもたらす害は限定的であり、一方で神の魂を左右できる能力はまったく比較にもならないほどに偉大です。それこそは創造者であってこそ可能なことだからです。
キリストの弟子たちが重視すべきは神であることは間違えようがなく、聖徒であれば『新しい契約』を全うし、『神の王国』でキリストと共になることを、信徒であれば彼らの支配する新たな地を受け継ぎ、『罪』から釈放されて真の自由を回復することができるのです。
それも、人を自在に復活させる神が、人一人一人の髪の毛まで数えられていると言われる通りに、生死に関わらずこれまで存在したすべての『魂』を大切に所有されていることから実現するものです。

幸いにも全能の神の許に『魂』として守られている創造物の存続は保証されたものですから、命の儚さはこの世だけのことであり、魂としての存在の確かさは様々な死の脅しなどよりも遥かに勝ります。
ですから、『体は殺しても魂を殺すことのできない者どもを恐れる』べきではないと言えるこれほど大きな理由があるのです。







あなたの罪は赦されている

2020.05.15 (Fri)


あなたの罪は赦された
マタイ9:6 マルコ2:10 ルカ5:24



この言葉が語られた場面は、イエス・キリストの宣教の初期、未だ十二使徒も集められていないおそらく西暦30年の時期のことで、ガリラヤの漁師たちアンデレとペテロ、ヨハネとヤコブが行動を共にしていました。そこに癒しを求める人々がひしめき合い、さらにエルサレムからは、その日カペルナウムのイエスの自宅にパリサイ人や律法学者までが訪ねて来ていました。

そこに中風を全身に患い身動きのできない病人を運んできた人々は家の中のイエスの傍に行けず、なんと家の屋根に穴を空けて、そこから寝台を吊り降ろすという手段をとります。
イエスはそれを意に介すこともなく、病人に向かって『あなたの罪は赦された』と言われたのですが、傍の宗教家らは内心で「これは冒涜だ」と断じます。

この当時のユダヤ人は、病気になることは本人か先祖の罪の酬いであると考えていました。ですから、イエスが病気と罪とを結び付けて語られたことはそれを聞いた周囲の人々にとって奇異には感じられなかったでしょう。
しかし、異例であったのは、癒しの奇跡を行うナザレのイエスという人物が罪を赦すと明言していることでした。
宗教家にとって、それは神に成り代わるほどに大それたことであったのです。

問題意識を持った宗教家らの内心を察知したイエスは、彼らに向かって『あなたの罪は赦されたと言うのと、起きて歩けと言うのと、どちらが容易いか』と言われます。

この文を表面的に見ると、「あなたの罪は赦された」と言う方が長くはなりますが、それはギリシア語もヘブライ語も同じです。
しかし、「起きて歩け」の言葉の前提として、「あなたの罪を赦されて」という内容が修辞的に含まれるので、実際にそこまで説明すると「あなたの罪は赦された」だけならばその半分で済むことになり、イエスの言われた通り、話す内容の後半を省略できることになります。

そう尋ねてから、イエスは敢えてこう言われます『人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたに知らせるために』。

つまり、宗教家らの想いとは裏腹に、イエスはやはり人の罪を赦して癒しを行っていることを明らかにされます。
それから病人に向かって『起き上がって寝ていた物を取り上げて、家に帰りなさい』と言うなり、その人は起き上がり、寝台を持って歩き出します。
この鮮やかな奇跡によってイエスの罪を赦す権威が同時に証しされるに及びました。
それは宗教家らには承服しがたい光景です。

それとも、これは三位一体説が教えるように、イエスが神であったから罪を赦す権限を持っていたのでしょうか。
いいえ、それほど事は単純ではありませんし、それでは罪と赦しについての重要なことに気付けずに終わります。

イエスの癒しの奇跡によって病気を治された人も、また生き返った人も、その癒しがずっと永久に続いたわけではなかったのですから、イエスが行われた罪の赦しによる癒しも限定的であったことになります。
その癒しも赦しも、より確実で永続的なものへの予示、また模式であったというべきでしょう。

では、それらが指し示していたところの本当に永続するものは何でしょうか。


◆人の子は、望む者を生かす
その翌年の春に、イエスはエルサレムに上っていたとき、やはりユダヤ人たちの反論に遭っていますが、そのときの出来事はヨハネ福音書の第五章に記されています。

そこでイエスはご自身について、『父が死人を起して命をお与えになるように、子もまた、その心が望む人々に命を与えるであろう』と言われました。(ヨハネ5:21)

さらに、『父がご自分のうちに生命をお持ちになっていると同様に、子にもまた、自分のうちに生命を持つことをお許しになったからである』とも語られます。(ヨハネ5:26)

つまり、神がいつの日にか人々を復活させるように、イエスはご自身もある人々に命を与えて復活させるということであり、次のイエスの言葉はそれを確言しています。
『このことを驚くには及ばない。墓の中にいる者たちがみな神の子の声を聞き、善を行った人々は、生命を受けるためによみがえり、悪を行った人々は、裁きを受けるために生き返って、それぞれ出てくる時が来るであろう。』(ヨハネ5:28-29)
しかも、こう言われるのです。
『父は裁きを行う権能を子に与えられた。子は人の子だからである』。(ヨハネ5:27)

これらの言葉から理解できることは、キリストはある人々を裁いて永遠の命を与える権威を神から授かっているということです。その人々は、神ではなく、御子の声を聞き、キリストに呼び出されて復活します。
それは全知全能の創造の神が人を裁かれるような、つまり、これまでに生きた人々の中の誰についてアダムが持っていたような神の創造物としての栄光を与え、また永遠の命を与えるかという、過去から存在してきた全ての人への裁きとは別のものであることが暗示されています。

イエスは専らイスラエル民族の中で活動され、異邦人への癒しはごく限られたものであり、癒しを行う権威を与えた弟子たちには『諸国民の道に入ってはならない』と諭し、フェニキアの女には癒しを一度断っています。
このことが示すのは、イエスが地上にで活動された「公生涯」と呼ばれる期間での癒しがイスラエル民族に限定されたものであったように、イエスの赦しの権能も、本来イスラエル民族のためのものであったということです。

とはいえ、イエスの癒しや生き返らせる業は一時的な効果のもので、その人に永続的な罪の赦しを与えていたわけではなかったことは明らかなので、それらのイスラエルの民への癒しは、なお本来あるべき永続的な罪の赦しの模式であったと言えます。

そして、イエスはご自分に与えられた権能を用いて、ある人々を永遠の命に、ある者らには裁きの復活を与える時がいずれ来ることを予告されました。
イエスが地上で行われた奇跡の癒しによる罪の赦しは、確かに『地上で罪を赦す権威を持っていることを、知らせるため』の印であり、仮のものであったのです。(マタイ9:6/マルコ2:10/ルカ5:24)

これを結論から言えば、キリストの権能が成し遂げることは「イスラエルの裁き」を行うことであり、誰がアブラハムの子孫として、その相続財産を受継ぐべきかという問題を審理する権威が、メシアであられるイエスに委ねられているということを教えるものです。
それは『神の王国』という、全人類の希望となるべき「神の選民イスラエル」に誰が含まれるかを審査することであり、イエスは『神の王国』の『王の王』としてまことに相応しい立場にあると言えます。

ですから、イエスが『望む人々に命を与える』とヨハネ福音書で言われたように、イエスをメシアと信じたイスラエル人については、その王国を共に受け継ぐために、イエスはその人を『終わりの日に復活させる』と明言され、また、イエスが命を与えるよう『望む』人々を『わたしに与えられた者たち』と呼ばれ、さらには『わたしをお遣わしになった方の御意志は、わたしに与えてくださった者を一人も失うことなく、終わりの日に復活させることである』と語られた背景には、「神の選民イスラエル」を集めて『天の王国』を設立するという偉大な目的があったことが分かるのです。(ヨハネ6:39-40)
それはまず第一に、実際にアブラハム嫡流の子孫、血統上のイスラエル民族にその選民となる機会が開かれねばなりません。それが神とアブラハムの約束であるからです。(使徒13:46/創世記22:18)


◆キリストの赦しが成し遂げられる時に
ヨハネの第五章にあるように、イエスは『裁きを受けるために生き返って、それぞれ出てくる時が来るであろう』と予告されましたが、その『出て来る時』については、ダニエルが預言してこう述べています。
『地のちりの中に眠っている者のうち、多くの者が目を覚ます。ある者は永遠の命に、ある者は恥辱と永遠の憎悪へと』。(ダニエル12:2)
この復活は、『義者も不義者も復活』するという全能の創造の神がなさる最終的な裁きのための生き返りではありません。(使徒24:15)
キリストに望まれた者たちには、『その召しに相応しく歩むべきこと』が求められるのであり、そうして『新しい契約』を全うしなければ、キリストの声を聞いて出てくる復活には与れないことになるのです。(ルカ13:24)

では、『復活』とは二回あるのでしょうか。
この答えを与えているのがヨハネ黙示録の第二十章であり、明解に示されています。
そこでは、終末に迫害を受けても死に至るまで忠節を尽くした弟子らについて『彼らは生き返って、キリストと共に千年の間統治した』『これが第一の復活である』また『その他の死者は、千年が過ぎるまで生き返らなかった』とも書かれているのです。

つまり、『第一の復活』を受ける者たちとは、『神とキリストとの祭司となり、キリストと共に千年の間支配する』という格別な人々、『天の王国』に召される「神の選民イスラエル」、『地のすべての氏族が祝福を受ける』真実のアブラハムの子孫であり、その選びに他ならぬイエス・キリストが『望む者を生かす』ということの権限が、聖書全体を通して示されているのです。

これは壮大な神の秘儀(ミュステーリオン)であり、まさに語られていながら隠されてきた神の目的、『目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、人の心に思い浮びもしなかったこと』であり、使徒や直弟子の時代には彼らの集まりである「エクレシア」に聖霊の降り注ぎを通して知らされていたことであったのです。(コリント第一2:9-10)

キリスト・イエスが公生涯に於いて、アブラハムの嫡流イスラエルの民の間で奇跡の癒しを行われ、そこに罪の赦しが予示されていたことは、イエスに望まれて永遠の命を受ける『新しい契約』に入るユダヤの人々の「律法契約不履行の罪」ばかりでなく、「アダムからの罪」(原罪)をも赦されなくてはなりません。
それは、彼らが天の聖なる神の御前に召されるために必要不可欠であるばかりでなく、地上に居る段階から『聖霊』を注がれてキリストと共に『神の子』とされるためにも絶対的な条件です。そうでなければ、彼らもイエスの行っていた奇跡の業を続行できなかったでしょう。
使徒パウロは『すべて神の霊に導かれている者は神の子である』と明言し、『誰が神に選ばれた者たちを訴えようか。神がその人を義としてくださる』とも、『キリスト・イエスにある命の霊の法則は、罪と死との法則からあなたを解放した』とも述べています。
この赦しは聖霊を注がれた者、『新しい契約』に入り、キリストと同じく『神の子』とされた聖徒についてだけ言えることで、「クリスチャン」というだけで得られるような類いのものではけっしてありません。(ローマ8:14-16)

それですから、黙示録は「キリストに望まれて復活する」ことの栄誉をこう記しているのです。
『第一の復活に与る者は、幸いな者、聖なる者である。この者たちに対して、第二の死は何の力もない』(黙示録20:6)


◆あらゆる人々への罪の赦し
その一方で、同じ使徒パウロが『正しい者も正しくない者もやがて復活するという希望を、神に対して抱いています』と語った相手が、非ユダヤ人のローマ総督フェリクスであったということは、キリストの裁きの権能によって選ばれる聖なるイスラエルではない人々に与えられる別の希望を述べています。
その『正しくない者』には、その場に居たキリストにもパウロにも反対していたユダヤ人さえも、この場面の文面からして明らかに含まれています。
彼らはイエスが望むような者らではなく、アブラハムの血を受継ぐ子孫でありながら、真実のイスラエルには選ばれなかったからであり、それでも彼らにも「第二の復活」とも言うべき、神ご自身の裁かれる一般人の復活に与る機会はまだ開かれています。
このことについてやはりパウロは『人間にはただ一度死ぬことと、その後に裁きを受けることが定まっている』と語っています。(ヘブル9:27)

そこでキリストに反対し迫害さえした人々も『裁きを受ける』復活を受けることでしょう。彼らはそこで悔いるとすれば、まだ命への道は残されるのではないでしょうか。それはアダムが失ったところの命、つまり地で永遠に生きる道です。

キリストは別の時に、『生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。あなたはこれを信じるか』とも言われました。
これは終末にキリストが戻られる日に、キリストによって聖霊を注がれる聖なる弟子たちの言葉を信じる者が、そのまま死を経ることなく永遠の命に入ることを語られています。(ヨハネ11:26)
その人々は、イエスに望まれ、選ばれた聖霊を注がれる人々の言葉に生きていて信仰をおく、そのほかの無数の人々を指します。(ヨハネ17:20)

この人々こそが、『天の王国』の支配と贖罪を受ける人々であり、相当数に上ることでしょう。
イザヤとミカはこう預言しています。
『終りの日に次のことが起る。主の家の山は、諸々の山の頂として堅く立ち、諸々の秀峰をも凌駕し、国々は尽くこれに流れのように向かい、多くの民が来て、「さあ、我々は主の山に登り、ヤコブの神の家へ行こう。彼はその道を我々に教えられる、我らはその道に歩もう」と言う。律法はシオンから、YHWHの言葉はエルサレムから出るからだ。』(イザヤ2:2-3/ミカ4:1-2)

これは信者の救いを唱えて、利己心を煽り人集めをする宗教のようなものではありません。
キリストのような自己犠牲を歩んだ、真実のアブラハムの子ら、神の選民イスラエルの成し遂げる人類の罪の赦しの業の始まりであり、イエスは『人が犯す罪や冒涜は、どんなものでも赦される』また『人の子に言い逆らう者は赦される』とも言われました。
アダム以来の罪の全てをキリストの偉大な犠牲によって赦される神が、「信者でなければ地獄行きだ」などと言われるでしょうか。

しかし、イエスは付け加えて『聖霊に言い逆らう者は、この世でも後の世でも赦されることがない』とも言われました。
これは聖霊を注がれて語る選ばれた者たち、真実のイスラエルの聖徒たちの語る奇跡の言葉に信仰をおくべきことを指す以外にありません。(マタイ10:18)

では、実際にその言葉が語られる終末に於いて、人はどう反応するべきでしょうか。
預言者ゼカリヤは終末の民を描いてこう記しました。

『その日、あらゆる言葉の国々の中からの十人の男が一人のユダの人の裾をつかんで言う。「あなたたちと共に行かせてほしい。我々は、神があなたがたと共におられると聞いたからだ」。』(ゼカリヤ8:23)





見よ!神の王国はあなたがたのただ中に在る

2020.05.10 (Sun)


見よ!神の王国はあなたがたのただ中に在る
ルカ17:20-21



ルカ福音書だけに書かれたパリサイ人らによるこの質問の部分は、西暦33年の初春頃にイエスと使徒たちが「過越しの祭り」をエルサレムで迎えるためにガリラヤを出発し、サマリアとガリラヤの間、つまり低地沿いにエスドラエロン平原を通って、ヨルダンの東側に渡り、福音書にあるようにそれからエリコに出る行程の途中にあったときのことでしょう。その途上でパリサイ人たちからこの質問を受けたことが記されています。(ルカ17:11-21)

そのときの問いは『神の王国はいつ到来するのか』ということでありました。
確かに、メシアが王となる神のイスラエル王国の実現は、ユダヤ人の夢であり悲願であったので、その実現の時は待ち焦がれたことでしょう。
イエスの活動も三年半に達しようとしていましたから、イエスがメシアではないかと思う人々も増える中、来るべきメシアが本当にナザレのイエスであるなら、一向に王を宣言するでもない本人に、王国の到来の時期について尋ねてみようと思えた人もいたとしても不思議はありません。
まして、使徒たちもこの時点でイエスがエルサレムに行くと『たちどころに神の王国が実現する』と思っていたことをも記しています。(ルカ19:11)

ですが、彼らの師は半年も前から、エルサレムでご自身の受難と復活があることを何度も説いていたのですが、彼らからすれば、多くの奇跡を行われる方、せっかくメシアと信じられる方に従って三年も過ごしたのですから、この偉大な師が裏切りに遭い、宗教家らの手に落ちて処刑されるなどとは信じ難いことであったのでしょう。

王国はいつ到来するか、と尋ねてきたそのパリサイ人らも、ナザレのイエスに問いかけたからには、奇跡を行う徒ならぬ人物として一定の敬意を払っていたとも考えられます。

いずれにせよ、使徒たちにしても『神の王国』、つまりローマをも凌ぐであろう強大なダヴィデ王朝の復興の時については、今か今かと心待ちにしていたことは明らかですから、このパリサイ人にしても、他のユダヤ人共々イスラエルが地上の強国となることへの願いがあったことでしょう。

では、イエスはご自分が王の王となって治める王国が、地上のものではなく、マタイが福音書で繰り返し強調したように『天の王国』であること、また、この聖句からキリスト教会でよく言われるように「心の中」に在ることをここで説かれたのでしょうか。

たしかに『見よ!神の王国はあなたがたのただ中にある』との言葉の印象には、感動的な響きがあるもので、この句を読む「クリスチャン」は高揚感の中で、信者一人一人の心の中に神の国はあると喜んで信じる方々も少なくないようです。

そこで、この場面を分析することでどのような結果が得られるか、あるいはそのような高揚感を失わせるなら、それは今までそのように得心してこられた読者には、思わぬ残念さを感じさせるかも知れません。
しかしそれでも、主ご自身がどのような意味で語られたのかを探るのは、『捜し続け、敲き続け、求め続けよ』との主の教えに従うことになります。
学ぶということは、自分の心を頑なにせず、真偽を判断し、または留保し、絶えず自己訂正の機会を捕えることを意味することでしょう。


◆キリストの見えない再来
パリサイ人らに『神の王国はいつ到来するのか』と問われたイエスの回答は、『神の王国は、見える様で到来することはない。人々が「見よ、ここだ」または「あそこだ」と言うこともない。なぜなら、見よ、神の王国はあなたがたのただ中にある』というものでした。パリサイ人らへのイエスの言葉はここまでで、次にイエスは弟子たちに、この件と関連があるに違いない事柄を話されています。

『それから弟子たちに言われた、「あなたがたは、人の子の日を一日でも見たいと願っても見ることができない時が来るであろう。
人々はあなたがたに、「見よ、あそこだ」「見よ、ここだ」と言うだろう。しかし、そちらへ行くな、彼らの後を追うな。
稲妻が天の端から輝き出て天の別の端へと煌めき渡るように、人の子もその日には同じようであるだろう。
しかし、彼はまず多くの苦しみを受け、またこの時代の人々に捨てられねばならない。』(ルカ17:22-25)

弟子たちへのこれらの言葉に、パリサイ人らへの答えの中での「見よ、ここだ」「あそこだ」という同じ言葉を含んでいますので、
先の答えを補足していることが見て取れます。

『人の子』つまりご自身を弟子たちが『見たいと願っても見ることができない時が来る』こと、それが終末預言を語るマタイ24章やマルコ13章に見られる「稲妻の煌めき」をご自身の終末に於けるこの世への臨在、つまり再びこの世に関わりをもつようになる状態として語られています。

つまり、終末でのキリストは、天空を走る雷光のようになるのであって、地上のどこか一点を指して、つまりその時のエルサレムに向かっていた旅の後に、イエスが民衆の歓呼の中を、ソロモン王の即位の古式に則り、驢馬に乗ってエルサレム入城するような姿は、終末では天駆ける閃光のようなものになると言われます。

この『その後を追うな』という内容は、マタイ、マルコばかりか、同じルカの福音書の中でも終末預言に含まれていて、それらは口をそろえて「偽キリスト」の現れの危険を説いています。
マタイでは『見よ、ここにキリストがいる」、また、「あそこにいる」と言っても、それを信じるな。偽キリストらや偽預言らが現れて、大いなる印と奇跡を行い、できれば、選民をも惑わそうとする』と記され、これらの文言はマルコ福音書でも切り貼りされたかのように変わりません。(マタイ24:23-24/マルコ13:21-22)

そしてルカでも『あなたがたは、惑わされないように気をつけよ。多くの者がわたしの名を騙って現れ、自分がそれだとか、時が近づいたとか、言うであろう。彼らについて行ってはならない』とあり、同じ終末預言で『その後を追うな』という言葉が一致し、マタイやマルコと共に、偽キリストの危険に注意を喚起しています。(ルカ21:8)

こうしてイエスの発言の意味を探ると、『神の王国はいつ到来するのか』というパリサイ人への問いに対して、イエスがその『いつ』という質問に直接には答えず、時間的要素より重要な事柄に注意を向けていたことが見えてきます。

『神の王国』の到来は、パリサイ人が予想していた地上の強国としての到来ではないことがより重要であったということです。
それは弟子たちであっても変わるところはありませんでしたから、「見よ、ここだ」「あそこだ」と言っては、ただの人間をキリストの再来として受け入れてしまい、「ついて行ってしまう」なら、それは世界が裁かれる終末に於いて危険極まりない誤りとなることをイエスは警告していたことになるのです。


◆天の雲に乗って来るキリスト
この点では、イエスが何度も『人の子は雲に乗って来る』と再臨や終末預言の中で語られていたことが関係しているとみるべき理由があります。

「雲」というものが、どれほど視界を妨げるものであるのかは、登山家やパイロット、また天体観測者にとっては自明の事です。
加えて、聖書でも出エジプトのイスラエルを守ってエジプト軍の前に立ちはだかった雲の柱、崇拝の天幕や神殿が奉献され、最初の祭祀が行われようとしたときに発生した雲は、祭司たちの奉仕の開始を遅らせています。

新約聖書でも、栄光の変貌を遂げるイエスの姿の変換を演出して、三人の使徒たちの視界が一時的に阻まれました。

そして、終末のキリストは地上のどこかを指して『「見よ、彼は荒野にいる」と言っても出て行くな。また「見よ、奥の間にいる」と言っても信じるな。』とイエスが言われたのであれば、『人の子は雲に乗って来る』とは、人の目に捉えられることのない『稲妻が東から西に煌めき渡るように、人の子も現れる』という言葉と一致を見ることになります。

マタイ、マルコ、ルカの共観福音書の終末預言がそろって、キリストの到来を地上のどこかではないことを示し、『雲に乗って来る』キリストを教えるのであれば、キリストの再来はむしろ偽の騙り者の危険をそれぞれに強調しているのです。
それこそが「王国はいつ来るのか」と問うすべての人にとっての危険であるとも言えるでしょう。

「クリスチャン」の中には、人々に優しく柔和なイエスが再び現れて、いずれ自分たちにも接してくれることを夢想し、終末での「キリストの地上再臨」の教えに魅力を感じる人々もあるでしょう。

あるいは、キリストの姿を目撃するユダヤ教徒たちまでが、終末にキリスト教に改宗し、イスラエルの回復の預言が成就されると信じてやまない人々も少なくありません。

それでも、前提条件を設けずに、ニュートラルな心のままにイエスの言葉を追ってゆくと、「キリストの地上再臨説」また「見える空中再臨説」は、まさにそのキリストご自身が警告していたそのものではないでしょうか。

キリストはアダムの代替となり、一度限り肉の命を永遠に捧げ、復活により霊者となられ、もはや人と成られる理由がありません。
もし、再び人と成られるとすれば、贖いの犠牲とは何であったのでしょうか。



◆「あなたがたのただ中」の意味
パリサイ人の問いに『神の王国はあなたがたのただ中にある』と答えたイエスの真意を探ると、パリサイ派の人々の心に中にそれが在ると言われたとはとても言えません。

『ただ中にある』とは、『いつ来るのか』と尋ねているパリサイ人の方に問題があったことをイエスは指摘されていたと言うべきでしょう。
なぜなら、ルカはこの場面を記した前の章でイエスがこう語っていたことを記しているのです。
『律法と預言者とはヨハネの時までのものである。それからというもの、神の国が宣べ伝えられ、人々は皆がこれに殺到している』。(ルカ16:16)

つまり、ユダヤの宗教家らの大半はメシアの到来を頑迷に認めようとしませんでした。それですから、『いつ来るのか』とパリサイ人が尋ねてきたのでしょう。
その一方で、民衆はナザレのイエスにメシアを見出し、奇跡の癒しを受け、その教えを聴く機会を得て、いよいよ約束された『アブラハムの子孫』として『神の王国』を相続する立場を受けようとしていました。
もちろん、それらの民衆であっても「王国はいつ来るのですか」と尋ねることがあったかも知れませんが、根底にある態度は宗教家らとは異なっていたでしょう。

民衆は、ナザレのイエスの到来を喜んで迎えており、それはこの場面の後にイエスの一行がエリコの街の近傍で『ダヴィデの子よ!』と叫んで盲目を癒されることを切望した乞食らの魂の叫び声にも、さらに数日後のエルサレムに王として入城なさるイエスに、『ダヴィデの子にホザンナ!』の声が上がったことにも表れています。(ルカ18:35-/ヨハネ12:12-16)

他方で、神殿境内で人々を癒すイエスを見て子供らまでが『ダヴィデの子』と叫ぶのに宗教家らは我慢がならず、イエスに不平を鳴らしていたのですが、イエスは『『幼な子、乳のみ子たちの口に賛美を備えられた』とあるのをあなたがたは読んだことがないのか』とあしらっただけで去って行きました。(マタイ21:15-17)

この両者の対照から、パリサイ人に言われた『神の王国はあなたがたのただ中にある』との言葉を見直すと、その真意がはっきりと見えてきます。
つまり、『神の王国』は誰の目にも明らかな姿で現れるのではなく、イエスにメシアの到来を認めてそこに『王国の王』が来ていることを認めるべきだったということです。

天界の『神の王国』の設立そのものは聖書に中での秘儀であり、イエスご自身も『子も知らず、天の父だけが知り給う』と言われた通り、誰に対しても秘められた事柄となっています。その時こそは『聖なる者たち』にとっても『地の諸国民』にとっても『裁きの日』となることが深く関係しているのです。

しかし、件のパリサイ人らが尋ねたのは、当時のユダヤ人としての観点からの『王国』なのであって、後代になって新約聖書が読めるわたしたちのようには考えられなかったでしょう。

しかし、それでも彼らには大きく欠けているものがありました。
それが目の前におわすメシアを見分けることであったのです。
ですから、『見よ!神の王国はあなたがたのただ中にある』とお答えになったイエスは、そのパリサイ人らの持つ最大の問題を正すよう促されていたのです。

ですから「神の国は信徒の心の中に在る」と考えて来られた「クリスチャン」方は、いずれ聖霊が聖なる者らを通して語るとき、彼らを無視し、あるいは反対するでしょうか?
そのときには、『見よ!神の王国はあなたがたのただ中にある』とイエスが語られた相手のパリサイ人らに同じ問題を抱えていないかどうかを自問する必要があるでしょう。







羊と山羊に分ける

2020.05.09 (Sat)


羊と山羊とを分けるキリスト
マタイ25:31-46



メシアの初臨を迎えたユダヤ律法体制は、『小麦』と『籾殻』とに分けられる裁きを受けることになりましたが、マタイ福音書の第24章からは、『籾殻が焼かれる』エルサレムと神殿の滅びをイエスは預言し、それを通してキリストが再び到来される「この世の終り」の時期に起る幾つかの裁きを預言した言葉が続いています。第25章の中には、「十人の乙女の例え」、「タラントの例え」があって、それらの最後にこの「羊と山羊の例え」が語られています。

この中ではイエスがご自分の使いたちを引き連れ、栄光の座に就き、この世の人々を一人一人裁く有様を語られました。
それは丁度、羊飼いが群れから羊を選んで山羊から分けるかのようであると言われ、羊を右に、山羊を左にすると言われます。

羊は山羊と異なり、冬の夜間には屋根の下に入れておく必要があるとのことで、実際の羊飼いが夜が近付く中で群れを分ける姿をイエスは例えに用いられたのでしょう。

しかし、この例え話で分けられるのは外見は同じ人間なのです。
ですが、羊とされる人々には是認と祝福があり、山羊とされた人々には否認と処断が言い渡されるからには、これはこの世の終りでのキリストの裁きを意味するという恐るべき分かれ目です。

「十人の乙女の例え」にしても「タラントの例え」にしても、共に『聖なる者ら』の中に起る分離が警告されていました。つまり『新しい契約』を守るか否かという、天でキリストと共になる者らの選びに関わる事柄への例えであったのですが、この「羊と山羊の例え」については、『すべての国民をその前に集めて・・選り分け、羊を右に、山羊を左におく』と語られた以上、それは世界の全ての人の関係する選別であることを示しているところが異なります。

そこで、これらの左右に分けられる根拠が何かが気にならないわけもありません。
キリストは羊として右側に分けられた人々には、ご自分が困ったときに助けてくれたので、『わたしの父に祝福された人たちよ、さあ、世の初めからあなたがたのために用意されている王国を受け継ぎなさい』と是認の愛顧を示されます。

しかし、山羊とされて左側に類別された人々には逆のことが語られます。
『あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせず、渇いていたときに飲ませず、旅人であったときに宿を貸さず、裸であったときに衣を着せず、また病気のときや、獄にいたときに、わたしを訪ねてはくれなかった』(マタイ25:42-43)
しかし、これはこの左側の人々には思い当たりのないことです。この人たちは何時イエスに親切を示さなかったのか分かりません。
ですから『主よ、いつ、あなたが空腹であり、渇いておられ、旅人であり、裸であり、病気であり、獄におられたのを見て、わたしたちはお世話をしませんでしたか』との反論はこの人々からすれば当然のことに思えるのでしょう。

この心当たりの無さは、右側の羊とされた人々にしても同様であることが語られています。
では、この選別はどのように起きていたのでしょうか。

そこでキリストは、その理由を明かされてこう言われます。
『わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者の一人に行ったことは、すなわち、わたしに行ったのだ』また『これらの最も小さい者のひとりにしなかったのは、すなわち、わたしにしなかったのだ。彼らは永遠の刑罰を受け、正しい者は永遠の生命に入る』(マタイ25:40・45-46)

こうして、この世の終わりに於いて世界の裁きが行われ、人はそれぞれに両極端な結末を迎えることになることをこの例えは語っています。


◆イスラエルの兄弟関係
この裁きを分ける重要な点は、キリストが『わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者の一人に行ったことは、すなわち、わたしに行ったのだ』と言われる「キリストの兄弟たち」とはどのような人かということになるのは明らかです。

この例えを解明しようと試みる人々の中には、羊になる人も、山羊になる人も、どちらもそれを気づかないのであるから、『わたしの兄弟』とキリストが言われるのは、誰とも知れない身近の困窮者なのであり、親切心に富み行動をとった人は評価され、そうしなかった人は裁かれるとの解釈を唱えることもあります。

確かに、真実の愛や親切は利己的打算を伴うものではありません。そのようなものは、つまるところ利己心の表れでしかないからです。その動機をさえ見抜くキリストの裁きは、それぞれに裁かれた人々の意識の無さに表されているというのは、大いにあり得ることでしょう。

しかし、聖書を見渡すとキリストの兄弟たちがどのような人々であるのかは、実は明らかにされているのです。

まず、アブラハムの嫡流の子孫であるイスラエル人は、ヤコブの12人の子らから国民へと発展したので、部族に関わらず互いを『兄弟』と呼びました。そこにはアブラハムへの神の約束を相続する仲間という観点や、日頃から律法を守る者同士という結束意識もあってのことです。

ですが、彼らイスラエルは民族としてメシアであられるナザレのイエスを受け入れず、却ってローマの権力に渡して処刑させてしまいました。
結果として、神の恩寵は血統のイスラエル=ユダヤ人から去ってゆき、聖霊を注がれた僅かなユダヤ人らだけでなく、やがて多くの異邦諸国からも聖霊注がれる人々も含まれる複合の民族、血統によらない『神のイスラエル』という新たな『共同相続人たち、つまりキリストと共同の相続人』の民が現れるに至りました。(ローマ8:16-17)

かつて、キリストまではユダヤの神殿の境内でも中心を成す聖所の建物の中には、非イスラエル人の立ち入りが許されておらず、聖所の建物の周囲には1メートル30センチほどの高さの石の壁が巡らされていて、ところどころにはギリシア語とラテン語で「いかなる異邦人もこの聖所への入ることは許されない」と書かれていたことが知られており、この石の仕切りは「ソーレグ」と呼ばれていたそうです。その禁を破って中に入ろうとする者は殺してよいとされていたことをユダヤ人の歴史家ヨセフスが伝えています。(戦記V:193)

それほどまでに、ユダヤ教は民族の宗教であったので、互いを兄弟と呼ぶときには誇りをもってそうしていたことでしょう。
当時は、ローマ皇帝までが代理人を遣わしてユダヤの神YHWHに犠牲を捧げ、そのソーレグの外で犠牲の煙が上がるのも待つほどにユダヤ教は皇帝さえ尊ぶところであり、壮麗に仕上がったヘロデ大王によって増改築された真新しい神殿は帝国内の名所でもあったのです。

しかし、イエス・キリストの現れについては、バプテストのヨハネが警告していたように、『聖霊と火とのバプテスマ』が近付くことでもあったのです。(マタイ3:11)
つまり、聖霊を注がれるユダヤ人は小麦として『倉に納められ』、他方の『籾殻』のような人々は『火で燃やされる』という血統のイスラエルに対する裁きです。

その結果、聖霊を注がれた人々による新しい兄弟関係が存在することになりました。
ですから使徒パウロが非ユダヤ人の聖霊注がれた人々に向かって『あなたがたは、このように以前は遠く離れていたが、今ではキリスト・イエスにあって、キリストの血によって近しいものとなった。キリストはわたしたちの平和であって、二つのものを一つにし、敵意という隔ての石壁を取り除き、ご自分の肉によって、数々の規定から成っている戒めの律法を廃棄した』と手紙に書いたのはそのためです。(エフェソス2:13-15)



◆キリストの兄弟たちとは
パウロは「ヘブライ人への手紙」をも書いたと思われますが、使徒の時代には、ユダヤ人のイエスの信者らが、異邦人の仲間を「兄弟」と呼びかけるのに幾らか抵抗があったことについてこう書かれています。
『実に、人を聖なる者となさる方も、聖なる者とされる人たちも、すべて一つの源から出ているのです。それで、イエスは彼らを兄弟と呼ぶことを恥としない』。(ヘブル2:11)

キリストと共にアブラハムの遺産を相続する兄弟たちが肉の血統に関わりなく、信仰によって集め出されたのであれば、やはり彼らもキリストの受けた試練を共にしなければなりません。パウロも『キリストと共に苦しむなら、共にその栄光をも受けるから、キリストと共同の相続人である』と言う通りです。

福音書はそれぞれに、この世の終りにイエスが再び『雲に乗って来られる』ときに、弟子たちの中から聖霊を注がれてこの世の為政者の前に引き出されて、『だれも論駁できない』言葉を語ることを預言しています。
もちろん、それは人間の知恵を超えた内容であるので、その言葉によって為政者である『彼らと諸国民への証し』が行われるとも書かれています。(マタイ10:18)

ですから、それは天地を揺るがすような論争を世界に着き付けることになるのでしょう。(ハガイ2:6-7)
そこで聖霊を注がれたキリストの兄弟たちは、猛烈な反対の矢面に立つことは避けられません。
彼らについてイエスは『わたしの平安を与える』と言われますので、迫害に遭ってもその心には静けさと人々を救うという高潔な大志とがあることでしょう。(ヨハネ14:27)

古代には、十二使徒を始め多くの弟子たちが迫害に遭っていました。特にパウロの活動の記録を見ると、彼が獄につながれたときの様子を知ることができるのですが、獄中のパウロを世話しようとする仲間が、彼を訪ねることが許されていて、今日の監房とは違っていた様が分かります。特にローマでの軟禁生活では、遠く離れた土地の人々までもが必要物や助け手を送っていました。

しかし、キリストが再び来られる終末では、キリストご自身は『雲に乗って』または『雲と共に来る』ため人の目にとまることがありません。
ですから、キリストが栄光の座に就かれるとしても、人々は地上のキリストの兄弟たち、つまり聖霊の言葉を伝えて政治家たちの前に立つ聖なる弟子たち、真実のイスラエルに属する者たちにどう振る舞うかに於いて、人々はただ善良であることを示すというよりは、キリストをどう迎えるかを示すことになると言えるでしょう。

それは単に隣人愛の発露という以上に、キリストに対する信仰が関わることは否定できません。
その「信仰」とは、見えるキリストを待ち望むことではなく、現に見えているであろう『異兆となる人々』をその語る言葉のゆえに受け容れることであるので、自分がいつキリストご自身に親切を行ったのかを問うのでしょう。ですから、ほとんどの場合に聖徒たちとの直接的な関わりを持つことを言うことにはならないでしょう。

その人々は、この空しい生活を強いる『この世』が、聖霊の降下によっていよいよ近付いた『神の王国』に道を譲るべきことに得心するばかりでなく、信仰を置き、その到来を切実に願うことでしょう。
そうであればこそ、イエスはこうも言われていたのです。
『わたしの弟子であるという名のゆえに、この小さい者のひとりに冷たい水一杯でも飲ませてくれる者は、まさしく言うが、決してその報いからもれることがない』。(マタイ10:42)

その右に集められる人は、自分にできることを惜しまず、聖霊の言葉への信仰のゆえに、それを語る聖徒たちを支持し、それぞれの行動を起こすのでしょう。それは信仰が人を動かす行いであって、ただ心の中に秘めているものではないでしょう。『行いを別にした信仰は死んだもの』だからです。(ヤコブ2:19-20)






地獄とは異なるゲヘナ

2020.05.07 (Thu)
ゲヘナの裁きを逃れられようか
マタイ23:33


イエスはユダヤの反対する宗教家に向かってこのように激しい言葉を浴びせていました。そこにエデンの蛇の一党への『女の裔』キリストとしての戦いがあります。(創世記3:15)
そこでイエスは確かに悪魔の子孫を糾弾していたのです。
『蛇よ、まむしの子らよ、どうして地獄の裁きを逃れることができようか』(マタイ23:33)

これはもう、このまま読めば、ご自身を亡き者にしようとしている宗教指導者らにイエスは地獄行きを宣告していると思えます。神から遣わされたメシアを殺害しようなどと企む者らであれば、死んだ後に火の燃え盛る地獄に落とされる処罰も当然と思えることでしょう。

キリスト教では、カトリックでもプロテスタントでも「地獄」とは、死ぬまでキリストを信じなかった者が永遠に火の責苦を受ける場所とされ、それがキリスト教の常識のようになっています。

ですが、この部分の原語はギリシア語の概念で見ると、一度入ったなら二度と出てくることのできない「タルタロス」ではなく「ゲヘナ」という言葉が用いられています。この「ゲヘナ」は元々ギリシア語ではなく、ヘブライ語の「ゲーヒンノム」という言葉の発音をギリシア語に置き換えた、言わば外来語でありました。この語「ゲヘナ」は共感福音書はもちろん、旧約聖書をギリシア語に翻訳した聖書である「七十人訳」(セプチュアギンタ)と呼ばれるギリシア語旧約聖書の中でも用いられています。

つまり、ユダヤ人たちは、ギリシア語での二度と出てこられない地の深い「冥府」や「地獄」のようなものを意味する単語「タルタロス」を用いることを避けて、「ゲヘナ」というギリシア人には耳新しい、何か異なるものを知らせようとしていたことになるのです。
しかし、「ゲヘナ」という言葉に聞き覚えが無いとすれば、それは多くの翻訳聖書がこの原語の音訳を用いずに「地獄」と訳しているからでしょう。

今日広く流布している日本語訳聖書では、やはり『地獄』としているものが少なくありません。古くは1633年に公刊されたジェームズ王欽定訳聖書からして「地獄」[hell]と訳していましたから、それも無理からぬところもありましょう。しかし、当時の英語「ヘル」には、火の燃える場所としての意味はなく、単に地下を表していたとのことですから、翻訳された聖書を今日読むにも、そのまま鵜呑みにはできないものです。

それでもこの欽定訳聖書を元に明治20年に日本語に翻訳された「舊新約聖書」(文語訳聖書)では、その影響なく『ゲヘナの裁き』と訳しています。そこは、江戸時代から長く来日していたヘボン博士をはじめとする翻訳委員の良識に敬意を払うべきところと言えましょう。
この「ゲヘナ」という言葉が太宰治のような小説家に用いられていたのも、この「文語訳聖書」の影響なのでしょう。

さらに非常に古い聖書、西暦五世紀に完成したウルガタと呼ばれるラテン語訳では「ゲヘンナエ」[gehennae]とされていて、やはり「地獄」[inferos]とはしていません。これはカトリックの重要な聖書なので、それなら間違いなく「地獄」とありそうなものですが、この古い聖書は違ったのです。

今日の日本語訳の状況はというと、口語訳や新共同訳が「地獄」としていますが、新改訳や岩波書店の委員会訳聖書ではこの「ゲヘナ」が用いられています。
では翻訳に於いて「地獄」が「ゲヘナ」に変わると、読者にとって何がどう違ってくるのでしょうか。
そこでマタイ福音書のこの句の『地獄』を『ゲヘナ』に入れ替えるとこうなります。
『蛇よ、まむしの子らよ、どうしてゲヘナの裁きを逃れることができようか』。

では、地獄ではない『ゲヘナ』とは何を指しているのでしょうか?

「地獄」という言葉が示すものと言えば、激しい刑罰が加えられる恐ろしい死後の世界というのが主要な宗教に共通したものでしょう。仏教には元々「地獄」は無かったとのことですが、民間信仰が混じってしまったようです。
この「地獄」は、人間が普遍的に思い描くもののようで、世界にごく自然に知られているものです。
人というものは、やはり自分の悪いところを痛感して生活しているのでしょう。
悪い行いは、いつか必ず酬いを受けるという、漠然とした不安は誰にでも有りそうなことではありませんか。

そこでやはり聖書中にも「地獄」という言葉があれば、「ああ、やはり」と多くの人が納得してしまうところでしょう。
しかし、その「地獄」と書かれている部分の原語「ゲヘナ」が別のものを指していたとなれば、これはキリスト教を見直すほどの一大事となり兼ねません。もし、聖書に「地獄」というものが無いとすれば、「キリスト教の常識」はどういうことになるのでしょうか?

そして、やはり「地獄」と「ゲヘナ」との違いは以下に見るように、たいへん大きなものなのです。


◆街のゴミ処理場
聖なる都エルサレムといえども、人が生活している以上、ゴミが出ないわけもありません。
ヨシアという王の治世中、それまで異教の崇拝が行われていた場所がエルサレムの傍にあったのですが、その崇拝というのは、元々のパレスチナの住民のカナン人、またアモリ人らの神バアルの求めに従い、嬰児を火の中に投げ入れて犠牲にするというおぞましいものであったことを旧約聖書が伝えています。(列王第二16:3)

残酷な風習であるのに、その影響はなかなか消えないばかりか、近隣のモアブ人やアンモン人の神々の崇拝にまで入り込み、果てはイスラエルの民までがつられて、なんと神殿のあるエルサレムのすぐ傍で、子供たちを生贄にする別の崇拝を行っていたというのです。(歴代第二28:3/エゼキエル23:37)
それではイスラエルも律法契約を守ったと言えず、その報いに、後にはバビロンなどに捕囚にされたことも、それも止むを得なかったというべきでしょう。(エレミヤ32:30-35)

このバアル崇拝は、地中海沿いのフェニキア人の間で特に盛んでしたから、彼らの植民都市であるカルタゴなどを通してほかの国々にも伝わっていました。やはり、かの有名なカルタゴの猛将ハンニバルにも、その名の最後にバアルが居ます。それはフェニキアの王女でイスラエル王に嫁ぎ、多くの災いをもたらしたイゼベルにも、その名にバアルが含まれています。バアルとは「主」を意味するそうです。

実際、この神とイスラエルの神との対立があったことは旧約聖書からよく分かります。
こうした恐ろしい異教に囲まれたイスラエルには、モーセによって紅海を割って導き出され、百雷轟くシナイ山で律法を賜ったという誇り高いはずの神YHWHの崇拝があったのですが、それは常に忌むべき神々の影響に曝されてのことでありました。

特に、その戦いの先頭に立った預言者にエリヤが挙げられ、続いてエリシャ、またエフー王も列王記にその活躍の姿を伝えています。しかし、イスラエルからこうした異教はなかなか払拭されなかったことを旧約聖書は語っています。

そして遂にユダの王ヨシアが、それらの異教を一層しようと決然と立ち上がり、国民の中から多くの偶像を廃棄し、エルサレムの傍にあった異教崇拝の場所を公共ゴミ処理場にするという処置を行ったのでした。(列王第二23:10)

ユダヤ教の教師(ラビ)たちによれば、その後もキリストが現れた時代まで、そのエルサレム南西側の谷はゴミ捨て場であり続け、ゲー ヒンノムと呼ばれていたとされます。つまり「ヒンノムの谷」という意味で、これがギリシア語で書かれた新約聖書の『ゲヘナ』の正体です。

その地名『ゲヘナ』は、新約聖書ばかりでなく、ギリシア語に訳された旧約聖書(セプチュアギンタ)に於いても、キリストの現れる二百年以上も前からやはり「地獄」ではなく『ゲヘナ』として用いられていました。
確かにゴミ処理が適性に行われていませんと、不衛生から疫病の発生源ともなり兼ねません。そこで常時着火し易い硫黄が大量に散布されて、ゴミの間で常に火が燃えているようにされていたとのことです。

ですから、イエスが『蛆は絶えず、火は消えない』と言われた場所は地獄ではなく、エルサレムのゴミ捨て場のことであり、言葉の上辺で似通っていたところに誤解の原因があったのことになります。やはり、聖書は当時の事情を知らずに読むなら、あちこちで意味の取違いを起こす危険があるものです。(マルコ9:47)

古来アブラハムの時代から、人には死後に復活があることを聖書は教えてきました。
それは、人は死ぬと地中の死者の世界に行くと教えたメソポタミアの伝統的宗教とは異質であったと言えます。
ですから、古来ユダヤ人は土葬を専らとしてきた様が聖書に記録されています。(創世記25:9/列王第二13:21-22/ヨハネ11:44)

しかし、ヒンノムの谷に遺棄される死体もあったことを中世のユダヤ教のラビが語っています。 (ラビ・ダヴィード・キムヒ1160–1235)
捨てられるものには動物の死骸だけでなく、時に処刑された重罪人の死体も含まれたとのことで、この点はイエスの言われた『ゲヘナの裁き』が何であるかに理解の光を投じるものとなっています。

それはつまり、復活が望まれないような処置であることから、永遠の命に価しない者とされる処罰を意味していると理解することで、イスラエルの教えの一貫性の内にそれが何を意味していたかをはっきりと知ることができるのです。

ですから、メシアであられるイエスに激しく反対していたユダヤ教の教師らは、ゲヘナに捨てられるかのように永遠の命に価しない者として裁かれることがそこで宣告されていたのであり、永遠の火の責苦の地獄に囚われること言っていたわけではありません。


◆「死後の無意識」が聖書の教え
多くの「クリスチャン」には意外に思われるかも知れませんが、イスラエルの死後の見方には死後に霊魂だけが行く「死後の世界」が本来無かったことは余り知られていないことではあります。
しかし、イスラエルとその他の民族が抱く見方とが異なっていたのであれば、人は死後どうなると教えられていたかを把握しておかなければキリスト教というものを本当には理解できません。

旧約聖書には『生きている者は死ぬべき事を知っている。しかし死者は何事をも知らない、また、もはや報いを受けることもない。その記憶に残る事がらさえも、ついに忘れられる。その愛も、憎しみも、ねたみも、すでに消えうせて、彼らはもはや日の下に行われるすべての事に、永久に関わることがない。』とあり、死後に人は意識さえ持たないことが教えられているのです。意識が無いのでしたら、何の苦しみを受けることもありません。(伝道9:5-6)

また、復活が死者に関する希望であることは、聖書の様々な箇所に書かれている通りです。アブラハムはイサクを犠牲として捧げようとしたときに『神が死人の中から人を生き返らせる力があると信じていた』とされ、聖書には奇跡によって蘇生した例が九つ記されていて、その一つがイエス自身の復活です。

ですから、『もしキリストの復活がなかったと言うなら、わたしたちの宣教は空しく、あなたがたの信仰もまた空しい』とパウロが書いたのも、イエスが『死人の中からの初子』と呼ばれるのも、キリストの復活にすべての人の命の希望が懸かっている以上当然のことであったと言えます。(コロサイ1:18/コリント第一13:14)
聖書の教える「死」とは、無意識で、世界に何の関わりもなく、復活を受けるまでどこにも存在していないことになります。

ですが、この世では死者の霊魂を呼び出してその意志を尋ねたりする交霊術がずっと行われてきましたし、不思議を好む人たちや故人を慕う人から人気を博してもいるのはどう説明がつくのでしょう。
キリスト教に於いてさえも、カトリックなどで死後の世界に居る故人の境遇を改善するために、祈りや善行を行うことができると教えられてきました。まさに、あのルターが強く反対を唱えたのは、死者の罪を軽くできるという贖宥状が買えるとされて人々から金銭が集められていたところにあったのです。

これらは「死後の世界に死者が居る」という教えの上に成り立つものですが、聖書そのものは、人は死によって意識なく、復活を待つばかりなのですから、死後の存在を教え、また連絡を取るなら、それは神からのものではなく、別の源から発するものと言う以外になくなります。まして、死者の境遇を金銭でどうにかできるというのは、随分とおかしなことではありませんか。

この点で、確かに聖書は旧約の律法からして心霊術を重罪に定めていましたし、死者を装う「悪霊」という元は天使であった者らが居ることを教え、また、心霊術で故人が実際に呼び出されている場面までありますが、これは故人の現れではありません。(サムエル第一28:11-15)
それは今日でも同じ事で、聖書は霊媒が故人ではなく、悪霊と意思を通わせていることを暴露しています。
こうなると、死後の霊魂について教えるものは、エデンの園で蛇が『あなた方はけっして死ぬようなことにはならない』とエヴァを騙した言葉のままに、その手下である悪霊らが死んだ人々を装っていると警戒すべき理由があるのです。(創世記3:4)

また、悪霊らは死者ばかりか、恐るべきことに『神』までを装い、それが多用な宗教を興す原因ともなっています。
旧約の時代から、悪霊が神を装うことについて『彼らは神でもない悪霊に犠牲をささげた。それは彼らがかつて知らなかった神々』と明らかにしていましたが、新約聖書にも『人々が供える物は悪霊ども、すなわち、神ならぬ者に供えるのである』と述べられていて、異教の神々はただの空想の産物ではなく、背後には幾らかの不思議を行う力を持つ、霊の存在があることを示しています。

こうして、死後の世界があると教える宗教には、悪魔とその配下にある元は天使であった堕落者らの関わりがあり、それは例えキリスト教との名前を掲げる宗教であっても、その罠となっている危険があります。死後の世界を説くことによって、神が人に伝えようとしている真理が曇らされ、いつの間にか、キリストを離れて自分たちの「ご利益」を願う利己的な精神を教えられているということが起っているからです。


◆『蛇の子孫』の意味
ゲヘナというものが、地獄ではなくゴミ処理場を指していたのであれば、イエスが激しく反対するユダヤ教の教師らに『蛇よ、まむしの子らよ、どうしてあなたがたがゲヘナの裁きを逃れることができようか』と言われたときに、それは火の燃える地獄で永遠に責め苦に遭うということを意味していたのではないことが明らかです。聖書は人には死後の世界がないことを教えるからです。

それは、ゴミ処理場に遺体が捨てられることを指していたのであり、それが意味するのは、復活が望まれないように永遠の命から遠ざけられるという意味です。

創世記には、アダムらに罪を犯させた蛇である悪魔に向かって『わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に敵意を置く。彼はおまえの頭を砕き、おまえは彼のかかと砕く』と神が予告される謎のような場面があります。(創世記3:15)

この女の子孫がキリストであり、悪魔の子孫がキリストのかかとに傷を負わせるものの、女の子孫であるキリストは蛇である悪魔の頭を砕くことで滅びに至らせることがここに予告されています。
驚くべきことですが、この一言に中に聖書の全体が要約されているほどに、聖書の書かれた理由が込められています。
実に、この蛇に致命傷を与える『女の子孫』が誰であるかを巡って聖書は書き進むことになり、遂にメシアつまりキリストへと導かれてゆきます。
そうして悪魔である『蛇』によってもたらされた創造界の乱れは、キリストを指す『女の子孫』によって正されます。それには悪魔とその『子孫』である者たちの滅びが求められています。なぜなら、それらの者らは悔いて改めることが無いことを示すからです。

キリストがご自分の死を三日後にしていた中で、既に祭司長派らはイエス殺害を準備していましたから、今や『女の子孫』のかかとは砕かれようとしていました。イエスが彼らを『蛇よ、まむしの子らよ』と呼んだのはまさしくその通りであったのです。(ヨハネ8:44)

聖書は、『人間には一度死ぬことと、その後に裁きを受けることが定まっている』と述べる一方で、『二度死ぬ』という比喩もあります。これは人は『正しい者も、正しくない者も必ず復活しようとしている』ことについても書いています。(ヘブル9:27/ユダ12/使徒24:15)

これらを総合すると『ゲヘナの裁き』とは復活してさえ悔いることなく永遠の滅びに処されることであると言えます。
そのため黙示録には悪魔は最終的に『火の湖に投げ込まれる』とあり、そこにはその手下も投げ込まれるだけでなく、最後には『死』や『墓』までも投げ込まれるというのですから、これは永遠の命の到来を予告していることになります。

そのうえで、黙示録は『火の湖』のことをはっきりと『これは、第二の死を表している』と書いているのです。
つまり、復活しても裁きで悔いず、遂に永遠の消滅に渡されるということであり、確かに神にはそれを執行する権限があります。なぜなら神が創造者であられるからです。(黙示録20:10・13-15)




あなたがたは地の塩である

2020.04.08 (Wed)


あなたがたは地の塩である
 マタイ5:13


イエスは「塩」というものについて何度か話されています。
「山上の垂訓」の中で『あなたがたは地の塩だ』と言われ、別のときには『塩は如何にも良いものだ』とも語られました。(マタイ:13/ルカ14:31)

「約束の地」パレスチナでは塩という産物に困ることはありません。
太古の海水が陸地に取り残されて出来た「死海」は、ユダヤ人に「塩の海」[יָם הַ‏‏מֶּ‏‏לַ‏ח‎](ヤム ハ メラー) と呼ばれてきたほどに、周辺には無尽蔵の「岩塩」つまり陸で採れる滋味豊かなとりどりの色をした塩と、海水の十倍もの塩分を含む死海の湖水を干して作る天日塩もあり、比較的に安価に供給されていましたし、現在でも死海の塩を用いた商品がイスラエルの特産品として知られる通りです。
パレスチナにはそれに加えて「海の塩」、つまり地中海沿いで海水を火で蒸発させたり天日干しで、海のミネラルに富む白い塩を作ることが出来、実際、海岸沿いのフェニキア商人はその塩を商売していたとのことです。

「塩」は人に食物を受け入れやすくさせる味付けをし、また塩漬けにすれば保存食も作れます。
そして『あなたがたは自分の中に塩を持ちなさい』とイエスは命じられました。(マルコ9:50)

では、弟子やユダヤの群衆に「塩」を求められたその意味はどんなものであったのでしょうか。

まず、ひとつのヒントには上記マルコ福音書で『塩を持ちなさい』と命じられてから、そのまま『互いに平和に過ごしなさい』と続けて言われたことが挙げられます。
つまり、人が自分の内に「塩」を持っているなら、それは他の人との関係を良好に保たせるものとなることが分かるのです。

この捉え方を後押しするのは、後の使徒パウロによって述べられた次の一言です。
『いつも塩で味つけられた親切な言葉を使いなさい。そうすれば、一人一人にどう受け答えするべきかが分かるでしょう。』(コロサイ4:6)
これは、イエスの『平和に過ごす』ようにという言葉とよく調和しています。「塩」が食物の旨味を増し、人が喜んで食べようとするような、そうした受け容れやすい親切さの「味付け」を自分の言葉に施しなさいということでしょう。

しかし、常にそうすることが難しいこともあるのが現実の人間というものではあります。
そのためか、イエスは『塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられようか』と、その味気を失うことがあることに聴き手の注意を向けられます。
実際に、山の塩である岩塩には、様々な鉱物が混じっていて、それが岩塩の味わいを増す要因でもあるのですが、塩分の方は水に溶け出し易いので、湿気に曝されている内に岩塩から塩気だけが抜けてしまうということがあります。それはもう不純物の塊であって「塩」としての働きは何も残りません。

そのような名ばかりの塩は、『もはや何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけだ』とイエスが続けて言われます。
塩分を失った不純物だけの塊は、各家庭の入り口から道に向かって投げ捨てられ、それは道の小石のように踏まれるばかりになってしまうのです。さて、そこで忘れてならないのは、無用な物とされる不純物の塊をイエスがある人々に例えていることです。(マタイ5:13)

つまり、キリストの弟子として、象徴の「塩味」を失っては無価値になってしまうことがこのように警告されていたのです。
では、人はどのように「塩味」を持ち、また保つことができるのでしょうか。

それについてのヒントをやはりマルコ福音書の中でイエスの言葉に見出すことができます。
それが『すべての者は火によって塩気を付けられねばならない』という一言なのです。


◆人を精錬する火
「火」というものを聖書はどのようなものとして語り、また象徴しているかを見ると
旧約では、廃頽を極めた街ソドムとゴモラへの滅ぼしのために天から降り注いだように、裁きの執行を強く印象付ける用例は少なくありません。

それは新約聖書でも基本的には変わらないものの、弟子たちの受ける患難が「火」と表現され、火のような迫害が彼らの精錬の過程となることについても注意を促しています。 (ペテロ第一1:8/コリント第一3:10-15)
そのような迫害がどうして惹き起こされるかと言えば、彼らの主がこう明言する通りです。
『わたしがあなたがたに「僕はその主人に優るものではない」と言ったのを覚えていなさい。もし人々がわたしを迫害したのなら、あなたがたも迫害するだろう。』(ヨハネ15:20/マラキ3:3)

そのような敵対の起る理由と言えば、サタンの道に堕して利己心満ちる『この世』は神と相容れないものだからです。
イエスはこうも言われました。『あなたがたはこの世の者ではない。むしろ、わたしがあなたがたをこの世から選び出したのだ。それで、この世はあなたがたを憎むのだ』(ヨハネ15:19)

そして、このような敵対の始まりの「火」をもたらしたのは、ほかならぬイエス・キリストであったことをルカはこう記しています。
『わたしは、火を地上に投じるために来たのだ。火がすでに焚き付けられていたならと、わたしはどんなに願っていることか。・・わたしが平和をこの地上にもたらすために来たと思っているのか。あなたがたに言っておく。そうではない。むしろ分裂なのだ。』

この点で、キリストの後に続き、磔刑の『材木を荷って続く』覚悟を聖霊注がれた者たちは持たねばなりません。(マタイ10:38-39)
ですから、『あなたがたを身に降りかかる火のような試練を、何か異常なことが起きたかのように驚き怪しんではならない』と使徒ペテロが注意を促して、迫害の始まった時期の聖徒たちに、動揺することなく、『むしろ、キリストの苦しみに与れば与るほどに喜べ』とも言うのです。
なぜならそれは、『キリストの栄光が現れる際に、歓喜に溢れるためである。』つまり、山上の垂訓の「幸い」の一つ、迫害されるなら、『天でのあなたの報いは大きい』ということでしょう。(ペテロ第一4:12-13/マタイ5:11-12)

こうして、キリストに続く『聖なる者たち』に求められる事柄の苦難の重さとその栄光の大きさとが、迫害の「火」に耐えてなお残るか否かにかかっていることが新約聖書に明らかです。


◆穀物には必ず塩を添える
キリスト自身『苦しみを受け、その足跡に続くようにと、模範を残された』とペテロも述べたように、キリスト自身とそれに続く聖徒たちが「火」によって試みられても消え去ることなく残るところは、海の塩に似たところがあります。
火は海水から塩を取り出す手段として使われるのですが、このキリストと聖徒の表象と言える捧げ物について、モーセの律法祭祀が予告していたようなところがあるのも事実です。

というのは、七日間の間にイスラエル人が酵母を入れたパンを食べない『無酵母パンの祭り』の二日目は、キリストの復活の朝でもありました。
律法の規定に従い、この日には毎年に大麦の初物の束が神殿の神の御前で揺すられる儀式が行われていましたが、それは初春から始まる古いユダヤの暦で一年の最初の穀物の収穫の記念、つまり初物を捧げる儀式であったのです。(レヴィ23:10-11)
この大麦の初穂は、キリストが復活によって『死者からの初子』となったこと、また死に至るまでの忠節によって、被造物で最初の『完全性を得た』存在となったことをこの『大麦の初穂』が予示していたと捉えることができます。(ヘブル2:10)

しかし、倫理的完全性である『義』に到達するほかの者たちも居ることを律法がやはり予示していたということができます。
なぜなら、その日から七つの週を数えて、さらに次の日、つまり五十日目はペンテコステとも呼ばれる『週の祭り』(シャブオート)となりますが、丁度この時期には小麦の実りを迎えます。
イエスの復活から五十日目のその祭りの朝から、ガリラヤからのイエスの追随者たち120人に聖霊が注がれ始め、そうしてキリストの完全な神聖さが彼らに分け与えられて、『新しい契約』の下、アダムの罪を赦され『神の子』として仮承認された『聖なる者たち』が歴史上初めて現れたのでした。(ローマ8:1)

ですから、律法に従いこのペンテコステの日に、神殿で二つの酵母を入れた小麦のパンが人々によって捧げられていたことは非常に示唆的といえます。
というのも、基本的には神に捧げられる穀物の捧げ物は、酵母を入れたものであってはならなかったからです。(レヴィ2:11)
また、イエスの復活を表す大麦の初穂に対し、このペンテコステの日には大麦の後から実る小麦の初穂が献じられ、神の御前に揺すられるようと律法は命じていました。大麦の初穂と小麦の初穂を捧げる日の間には七週、つまり49日隔たっていたのです。
その期間はキリストの復活から弟子たちへの最初の聖霊降下の日までの隔たりを示すものでもあったことになります。

加えて、キリストが死からの復活を迎えた『無酵母パンの祭り』の間は、当然ながら無酵母が求められ、イスラエルの家々からは酵母が取り去られなければなりませんでした。しかし、それ以外の時期には、『感謝の捧げ物』など、酵母を入れたパンを捧げ物に含むこともあったのですが、基本的に『穀物の捧げ物』は無酵母が求められ、定期儀礼としてのペンテコステでは特徴的に酵母を入れた二つのパンが捧げられるよう律法は規定していたのです。(レヴィ23:17)
それは罪のない方キリストの犠牲ばかりでなく、現にアダムの子孫としての罪という『パン種』を負った人々も神に捧げられることを予め指し示していたことでしょう。
ですから、ペンテコステの祭りに隠されていた意義に、メシアに対して、その『共同相続人』である『聖なる者たち』の現れを指していたことは、その日に聖霊降下が起こったことを告げる使徒言行録から明らかです。(使徒2:1-4)

これらの人々の神聖さについては、イエスが犠牲の死を遂げることを通して『完全なものとされた』とヘブライ書は述べ、そうしてイエスは『自らを神聖なものとし』、その完全性に預かり、『神聖なものとされる者たち』がいることも明かされています。彼らはキリストの『兄弟たち』であり、キリストと共に『神の子』として認められた人々でありました。(ヘブル2:11/ローマ8:14-17)

キリストは世から退けられ迫害に遭って犠牲の死を遂げられましたが、使徒たちをはじめ多くの初期の弟子たちも迫害に面しています。(ヘブル2:18)
そして神殿祭祀では、大麦も小麦も、共にそれぞれ調理した『穀物の捧げ物』を献じることも求められていたのですが、その調理品には『必ず塩を添える』ことが求められていたのも示唆的です。その塩は『契約の塩』とも呼ばれ、『絶やすことがあってはならない』と命じられていましたから、塩の添加を忘れることがないよう、神殿には塩を貯蔵しておく場所までが設けられていたほどです。(レヴィ2:13)

このように大麦であれ小麦であれ、必ず塩を添えるべきことを律法を通して命じられた神のご意志にどんなことが意図されていたかを類推させるものがあります。
つまり、大麦の初穂が捧げられたのがイエスの復活を表し、小麦の初穂の献納が聖徒らの最初の現れを指し示していたのであれば、天界に集められるすべての人々には、象徴的に塩が添えられているべきであったことになります。それは迫害や困難の「火」を通して試みられた後に確固たるものとして残る「塩」と捉えることができるのです。
その「塩」は『契約』に関わるものであり、キリストとその後に続いて『神の王国』を構成し、人々を支配する立場に就く者らに神は必須のものとして求められていることでしょう。慈愛ある支配のためです。


◆あなたがたは塩を持ちなさい
そしてイエスが言われるように、『塩を持つ』ことが『互いの間で平和を保つ』ことであり、パウロも指摘するように互いにどう話すべきかを弁えることであるなら、それは他者への共感や同情心に関わることであると考えられます。

そしてイエスは『自分にして欲しいと想う通りに他の者にしなさい』と命じられましたが、これが後に「黄金律」とさえ呼ばれ、イエスはそれを指して『これが律法と預言者たちの意味するところなのだ』と弟子たちに教えているので、キリスト教の神髄を成す利他性が不可欠であることを律法祭祀の条項も指し示していたことになります。(マタイ7:12/ルカ6:31)

また、他者への共感という点で、律法はイスラエル人の間に住む異邦人を虐待してはならないと何度か繰り返しています。(出埃22:21/レヴィ19:34)
また、寄留者を『不公平に扱うべきではない』とも戒め、むしろ『彼らを愛さねばならない』とまで定められていたのでした。
その根拠として神はこう付け加えたものです。
『あなたがたもエジプトで異邦の居留民であったからである』(申命10:18-19)

彼らの父祖がエジプトで奴隷として苛酷に使役されていたことは、モーセの生涯を描く出エジプト記にまったく明らかです。
ですが、困苦と虐げに苦しんだ経験は、イスラエルを同情心ある民として磨き上げたと言うことができ、それは「この世」という象徴的な「エジプト」に暮らす今日までの多く人々も、常日頃から様々な苦難を通して「火」に晒されているかのようです。

まして、神の独り子でさえ、「この世」という創造の意図から遠く離れ落ち、苦しみ満ちる世界に来られて試され、迫害に遭い、裏切られ、人々の悟りの無さを忍び、病人を一人一人癒し、友に死に涙し、遂に自らの命を邪悪な者らに委ねて、倫理の完全性に到達されたのであれば、その道を歩む聖徒らはもちろんのこと、これまで生存した人々の皆が「火」の精錬によって海水が蒸発して塩を産物として残すように、他者を愛し、慈しむ資質を培える機会とすることができます。(ヘブル2:17)

この世では、人々の遭遇しなければならない困難や苦しみが多いとはいえ、同時にそれは滋味豊かな塩を産出する機会をわたしたちに与えていることを、これらの神の言葉が知らせていると言えるでしょう。

苦しみや悩みそのものは良いものではなく、創造の当初の意図に有ったはずもありません。
しかし、悪魔とアダムの離反によって、今や悪というものが入り込んでしまった世界に生まれ出て、この世の苦しみをまるで逃れることのできる人はまず居ません。むしろ、何の苦労も傷みもなく人生を歩んできたなら、その人はいったいどんな人格を持つのでしょうか。却って気の毒なことにならないものでしょうか。

現在の命での苦衷に耐え、その境遇から共感することを学び、愛に努めて生きようとするなら、誰であれ『塩』という『良いもの』を自らの内に結晶させることができるでしょう。

もちろん、自分から進んで苦しみに飛び込む必要はなく、宗教的苦行などがもたらすものと言えば、自分を磨いた達成感や自信ではあっても、他の人々への同情や共感にはならず、培うものはむしろ逆でしょう。
やはり、受ける苦難は人それぞれであっても「この世」には十分過ぎる辛苦があるものです。イエスが『一日の苦労は、その日一日だけで十分』と言われる通りです。(マタイ6:34)

しかし、キリストが『あなたがたは地の塩』と言われ、また『すべての者は火によって塩気を付けられねばならない』との言葉を残されたことには、人生で遭遇する数々の苦しみや失敗も無駄には終わらないということを知らせる慰めが込められていることでしょう。
人の受ける『火』が様々であるように、それぞれの生み出す『塩』の滋味も異なるでしょう。しかし、イエスは『塩は如何にも良いもの』と言われます。では、わたしたちの『塩』は、ほかの人にどんな味わいを与えるでしょうか。












多くの人が東から西からきて

2020.02.20 (Thu)

多くの人が東から西からきて
マタイ8:5-13 ルカ7:1-10・13:28-29


◆異邦人の偉大な信仰
イエスが居を構えたガリラヤの海に面するカペルナウムには、癒しの奇跡の噂を聞いた人々が常々来訪していました。
そこに、非イスラエル人であっても、つまり異邦人であり、ユダヤ教徒に求められる『割礼』を受けていないため、まったく神の恩恵から隔てられていると見做されていた『諸国民』からも癒しを行って欲しいという願いが有って不思議はありません。(創世記17:12-14)

実際、イエスは何故か忍んでイスラエルの境界の外に出たことがあり、異邦人から癒しを熱望されることがあったのです。
そこはガリラヤからそう遠くない南フェニキアの商業都市テュロスでありました。イエスはこの異邦への来訪を誰にも知られまいとはしていたのですが、西暦32年の春を過ぎたこの頃、もはや奇跡を行う人イエスの名声は近隣の異国にも知れ渡っていたということでしょう。
当地に住むギリシア系の一人の母親がイエスが来ていることを知ると、その一行の許を訪ねて、自分の娘から悪霊を追い出して欲しいと切に懇願し始めたのです。(マルコ7:26)

しかし、イエスはこう言われます。
『わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところの他には遣わされていないのだ』(マタイ15:24)
これは、旧約聖書に到来を約束されたメシアとしての働きが『アブラハムの裔』の召し出しにあり、まずパレスチナのイスラエル民族の中から招くべきであったことを表していますし、奇跡の業もその民族の間でメシア信仰を惹き起こすことが目的であったのです。
ですからイエスの伝道は、ただ信者を増やそうとしていたのではありません。もし、そうでなければ、キリストは宣教範囲をパレスチナに限ることもなかったことでしょう。

しかし、その母親は何とかイエスの癒しを娘に得ようとして諦めません。マタイでは弟子たちがこの母親を去らせてくれるようにイエスに訴えています。というのも、その母親がずっとイエスの一行を追って叫びながらついてくるからです。(マタイ15:23)

メシアはイスラエルに遣わされていましたから、イエスは弟子たちにも『異邦人の道に入ることなく、サマリアにも寄らないように』と言って彼らをイスラエルの町々に派遣してもいたのです。(マタイ10:5)

そこで、イエスはおそらくは当時の言い習わしであった一言の例えを用いてその母親を諭します。
『まず、子供たちに十分食べさせなければならない。子供たちのパンを取って小犬にやってはいけない。』
こう言ってイエスは異邦人の母親に諦めさせようとしたのです。(マルコ7:27)

しかし、その母親は負けていません。
『主よ、お言葉どおりです。でも、食卓の下にいる小犬も子供たちのパンくずはもらうのでございます。』
ここに於いてイエスの心は大きく動くことになります。
『おお!女よ、あなたの信仰は偉大だ。あなたの願いの通りになるように。』『そこまで言うなら、帰りなさい。悪霊は娘から出てしまった。』(マタイ15:28/マルコ7:29)

これは南フェニキアに住む異邦人の母親の信仰の勝利というべきものでしょう。ギリシア人でありながらイスラエルのための奇跡を得て、大切な一人娘を悪霊の憑依から救うことになったのです。この女はイスラエルにだけ与えられていた格別な神の恩寵を知った上で、神の恵みを願い求めるところでは怯みもしませんでしたが、それほどまでにイエスに注がれる恵みの偉大さを信じればこそ大胆に求め続けたということでしょう。
こうして、信仰の人アブラハムの子孫でなくとも、信仰に於いて劣らない者が居ること、それをこのギリシア女は示したと言えます。


◆あるローマ士官のメシア信仰
さて、この一年ほど前のこと、イエスがガリラヤ湖畔のカペルナウムに滞在していたときに、土地の年長者らが、あるローマ軍の士官で百人隊長である人の仲立ちとなってイエスの許を訪れていました。
彼らの言うところでは、その士官の奴隷の一人が重い中風の病を患ってもはや望みのない状態にあり、士官にとって大切なこの奴隷を生き長らえさせて欲しいとの申し出がされているとのこと、その士官は奇跡を行う人イエスに信仰をおき、自分が異邦人であることに配慮してユダヤの年長者らを仲介に依頼したのですが、年長者たちはその士官を擁護して言いました。『彼は願いを叶えて差し上げるに相応しい方です。我々の国民を愛し、わたしどもに会堂までも建ててくれたのですから』。(ルカ7:4-5)

本来、ユダヤ教の習慣によれば、無割礼の異邦人と交友したり、一つの屋根の下に入ることは身に汚れを一定期間負うことになると見做されていました。
こうした定めによってイスラエル人の宗教環境が周囲の異教から保護され、それまでの千年以上も前のモーセの律法体制と習慣が保たれていたのです。特にユダヤ人は安息日を守るために行えない事柄を異邦人の奴隷に命じてもいましたが、そのように、ユダヤ人の異邦人に対する見方には、清くない者という感覚が付いて回っていました。
もちろん、メシアには律法を成就する務めがある以上、間違いなく律法の下にあるユダヤ教徒で、パリサイ派の口頭伝承は別にしても、清さを守るべき律法には服す立場にあります。(ガラテア4:4)
そこで、このローマ士官もユダヤ教を尊重し、このようにユダヤ年長者らの仲介を経ていたのです。

イエスは年長者らと共にその士官の家に向かったのですが、近くまで来たところで士官は友人(ルカ書)をイエスのところに送りこう言わせます。
『主よ、御足労には及びません。わたくしはあなたさまを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではございません。』
これはつまり、イエスがその身を汚すために自分の家に入っていただく必要もありませんと謙遜しているのです。
更に自らイエスを訪ねずユダヤ人を仲立ちにした理由を述べて、『それですから、わたくし如きなぞお迎えに参上する値打ちさえないと思っておりました』と申し添えた上で、『ただ、お言葉を下さい』と言うのです。

そして、その唐突な願いの意味についてこう説明します。
『わたくしも権威の下に服している者でありますが、わたくしの下にも兵卒がおりまして、ひとりの者に「行け」と言えば行き、ほかの者に「来い」と言えば来ますし、また、僕に「これをせよ」と言えば、それをしてくれるのです。』
つまり、イエスには家に入るまでもなく、上官のように命令を下してもらえさえすれば、奇跡も起こって奴隷も癒されると信じているのです。それはイエスの癒しの力に対する強い確信がなければ、またユダヤ人が律法の下にあることへの深い敬意がなければ言えるようなことではありません。ルカによれば、その名も知られない士官はイエスに会わずにその奇跡が起こると信じているのですから。

これにはイエスも大いに感じ入った様子で、ついて来たユダヤ人らにこう言われます。
『よく聞きなさい。わたしはイスラエルの中にも、これほどの信仰を見たことがない。
なお、あなたがたに言うが、多くの人が東から西からきて、天の王国で、アブラハム、イサク、ヤコブと共に宴会の席に着くが、この国の子らは外の闇に追い出され、そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするだろう』(マタイ8:10-12)

これは異邦人によって示された強い信仰が血統のイスラエルの民にも勝ることがあるという著しい例として示されます。
肉のイスラエルの、体制としてはナザレ人イエスをメシアとして迎えることなく、不信仰のうちに退けようとしていた姿と、このローマ軍士官の示した敬意と信仰とは対照的です。
そのように、イスラエル民族が退けられるとのイエスの言葉は何度か繰り返されていたことが、同じマタイの後の第21章でも、『神の王国はあなたがたから取り上げられ、その実を結ぶ民に与えられることになる』と記されていることから窺えます。



◆イスラエルに接木される信仰深い諸国民
イエスの『アブラハムの裔』を集めるための宣教の業は、やがて後の使徒時代に入ると、不信仰なユダヤを見限り諸国民へと向かい、何と無割礼の異邦人からも『アブラハムの裔』が聖霊降下を通して集められるという事態に立ち至ります。依然、ユダヤ人からメシア信仰に至る人々がなくなったわけではありませんが、神の選びはアブラハムの血統に依存しない段階に入っていったのです。(ローマ9:7/使徒10:45)

後に使徒パウロがそのことに言及し、『彼ら(イスラエル)の失敗が異邦人の富となる』としています。つまり、『アブラハムの裔』が十分に集まらないことによる害として、イスラエルに対する神のご意志が果たされないことのないよう、非イスラエル人から補充されることを説明し、それを『接木』に例え、その処置を『奥義』とも呼んでいます。(ローマ11:17・25)
つまり、本来なら定まった数を血統のイスラエルが満たすべきところが足りなかったために、人類を祝福する神の選民イスラエルに異邦人も選ばれることを『枝の中のあるものが折られて、野生種のオリーブである』異邦の信者たちが『接木された』と言うのです。その原因には『信仰』の有無があります。(ローマ11:20)

そのようにして、偉大な信仰の人であったアブラハムの真の子孫とされるに相応しい異邦人が加わり、『イスラエル』と呼ばれるところの、神のご意志に従い『神の王国』を構成して『地のすべての氏族が祝福を得る』ための貴重な役割を負う民が揃い、『こうしてイスラエル全体が救われる』、つまり『イスラエル』という民の数が満ちて、神のご意志を行うという本来の務めを果たせる状態に入ったのは、信仰深い異邦人の加入が有ったればこそなのです。(創世記18:18/ローマ11:25-26)

その一方で、血統上はイスラエルに在りながら、不信仰によって除外された多くのユダヤ人がいましたが、彼らには聖霊が注がれることもなく、神の是認から離されて『外の闇に追い出され、そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりする』かのような酬いを刈り取ることになりました。
特に、イエスを退けてから37年後に、エルサレムと神殿はローマ軍によってまったく破壊され尽くし、ユダヤの宗教家らが守ろうとしたモーセの律法体制は神殿を失うことで崩壊してしまいました。律法の三分の一は神殿祭祀に関する条項でありましたから、以後のユダヤ人には律法をすべて履行するということが不可能となって今日にまで及んでいるのです。

しかし、イエスの弟子たちには、キリストの犠牲を通して聖霊が注がれ、彼らは『わたしの誉れを宣べさせるため、わたしが自分のために造った民である』と神に認められるに至りました。彼らこそが真実のイスラエルであり、使徒ペテロは『あなたがたは、選ばれた種族、祭司の国、聖なる国民、神につける民である。それによって、暗闇から驚くべき光に招き入れて下さった方の御業を、あなたがたが宣べ伝えるためである。』と当時のキリスト教徒たちに述べ、また、異邦人である彼らについて『あなたがたは、以前は神の民でなかったが、今は神の民であり、以前は憐れみを受けたことのない者であったが、今は憐れみを受けた者となっている。』とも言うのです。(ペテロ第一2:10/創世記18:18)

こうして、異邦人の偉大な信仰は『アブラハムの裔』に含まれることによって大きな酬いを得、また、それによってイスラエルという神の選民も不足のために脱落してしまうことなく、神の御前、キリストの許に揃えられることになっていったのです。

こうして、律法を厳密に守って「行いの義」を得ようとするユダヤの体制は、メシアの現れを通して「行い」ではなく「信仰」を試されました。
旧約聖書の最後を締め括るマラキの預言書は、メシアの現れについて次のように警告していた通りです。
『その来る日には、だれが耐え得よう。その現れる時には、だれが立ち得よう。彼は金を吹分ける者の火のようであり、洗濯人の洗剤のようだ。』(マラキ3:2)

実際、このマラキの言葉はユダヤの宗教家らに恐れられていましたから、ラビの中には、これを「メシアの患難」と呼んで、それから逃れるための迷信を唱える者さえいました。(ラビ・ベン・パズィ /タルムード:シャヴァット編)
ですが、律法重視の彼らは、そのメシアを前にして信仰に於いては異邦人に達しない姿を曝すことになったのです。

使徒パウロは『人は、律法の業ではなく、キリストへの信仰によって義とされる』と繰り返し記しています。(ローマ3:28/ガラテア2:16)
それについては割礼を受けた者も無割礼の者も関係ありません。(ローマ3:30)
そのように『信仰』というものを通して、神が選びの民を集められたことは、後のキリスト教からすればもっともなことでしたが、律法遵守のユダヤ教からすれば余りにも意外なことであったのです。しかも、そのときに新約聖書は書き始められてもいなかったのですし、旧約聖書で培われた知識からすれば、ユダヤ教徒の反応は常識的なことであったのです。
そこで人の心を鋭く選別する神の超越的知恵を思い知らされます。

そして、いつの日にか、信者の救いばかりを請け負う「キリスト教の常識」も通用しないような事態が起らないとも限りません。メシアが終末に臨御されるのであれば、意外な事態が再び起こらないものでしょうか。

やはり、長い不在からメシアが戻られるとき、マラキの警告は再び意味をもつことでしょう。
では、バプテスマを受けて、どこかの宗派や教会に属していることが、そのまま『救い』となるでしょうか。
神が信者を贔屓するのであれば、自信に満ちた信者のパリサイ人はなぜ退けられたのでしょうか。

バプテスマを受けたからと安心しているような「信仰」がメシアの再来に耐え得るかどうか、これは重い問いとなるでしょう。
不変の神は人の外面ではなく、その内面をご覧になるからです。(サムエル第一16:7)






わたしと共に集めない者は

2020.01.18 (Sat)


わたしと共に集めない者は散らしている
マタイ12:30/ルカ11:23



この言葉はマタイとルカに記され、群衆を挟んでイエスと宗教家らとが鋭く対立している場面で語られました。
イエスはそこで『わたしに味方しない者はわたしに敵対し、わたしと一緒に集めない者は散らしている』と言われます。

この論争の要点は、イエスの行う「奇跡の業」をどう見做すか、というところにありました。
イエスの癒しの業の奇跡は、御子への神の証しであったことを福音書は明言しています。
『神を信じない者は神を偽り者としている。神が御子についてせられたその証しを信じていないからである。』(ヨハネ第一5:10)
まさしく、ユダヤの宗教家らは奇跡を行い人々を癒すナザレからの人イエスを誹謗していたのです。
そして、この言葉が語られた場面で、イエスは奇跡の業を行われた事と、ご自身が『集める』という事を関連させて語られるのでした。

また、その一方でイエスはご自分に従って来ない者についてさえ『わたしたちに敵していない者は、わたしたちに味方している』と逆の事を別の機会で言われています。

では、これらの「敵味方」の基準はどんなところにあるのでしょうか。
またイエスの行われる『集める』とはどのような事を意味するのでしょうか。

まず語られた場面を確認しましょう。
マタイもルカも、事の発端は口を利けない人がイエスの許に連れて来られたところから始まっています。
その人が話すことのできない理由として、『悪霊に憑かれているためであった』ことをどちらの福音書も告げていますが、マタイの方では、加えてその人は目も見えなかったことも記しています。

イエスはすぐに悪霊をその人から追い出したので、その人が目が見え、口が利けるようになったのを群衆は驚き惑い、『正気を失うほどに驚いた』とマタイは記しています。
それで群衆はイエスについて『この人がダヴィデの子なのではないか』と言い出していました。それは単なる預言者を超える『エッサイの根』、つまりは『約束のメシア』ではないかと思うほどに驚嘆させられる奇跡の業を見たからです。

しかし、これこそはイエスをナザレ村出身の騙り者に過ぎないと見做すパリサイ人らにとってまったく受け入れ難いことで、何としても人々にイエスをメシアとされることは避けなければなりません。
なにしろ、イエスは自分たちの教えや習慣に反して行動するだけでなく、彼らの誤りや不正をはっきりと暴くことまでを公けに語るからです。それは宗教を正しく実践しているはずの彼らをその土台から覆すことになり兼ねません。

そこで彼らは『この男が悪霊を追い出すのも、悪霊どもの棟梁ベエルゼブールを使っているのだ』と言い出します。
ベエルゼブールとは、ユダヤ人が嫌うカナン人の神バアルの一種バアル・ゼブブをヘブライ語のゼブールにもじって、「糞の神」と呼び、悪霊の首長である悪魔を揶揄した蔑称でありました。それには「蝿の主人」というニュアンスもあるそうですか、これはひどい中傷の言葉です。つまり、イエスは悪魔の霊力を使う魔術師だと言うのですから。

イエスの奇跡の業に対するこのように下劣な反論はこれが最初のことではないらしく、それ以前の場面に相当するマタイ福音書の第9章にも同じ発言が見られ、宗教家らの中傷の執拗さが窺えます。
そのためかイエスが使徒たちに悪霊を追い出す権限を与えた後、彼らに語って、『弟子が師のようになり、僕が主人のようになればそれで十分なことだ。家の主人がベルゼブールと言われるのなら、その家族の者はどれほど悪く言われようか』と予め告げています。(マタイ9:32-34/10:25)

しかし、様々に働く奇跡の業こそは、イエスが『父の業』と呼んたものであったのです。
つまりイエスがメシアであることを証しする父なる神の印なのです。ですからイエスはこう言っています。
『たとえわたしを信じなくても、その業については信じよ。そうすれば父がわたしと共におられ、わたしが父と共にいることを、あなたたちは知り、また悟るだろう。』(ヨハネ10:38)

しかし、ユダヤの熱心な宗教家はそうしませんでしたので、イエスは結果として次のように言わざるを得ませんでした。
『もし、わたしが他の誰もしなかったような業を彼らの間で行わなかったなら、彼らは罪を犯さないで済んだ。しかし事実、彼らはわたしもわたしの父をも見た上で、憎んだのだ。』(ヨハネ15:24)

もちろん、イエスは彼らのベエルゼブールの発言をはっきりと否定されていました。
『どんな国でも内輪で争えば荒れ果ててしまい、どんな町でも家でも内輪で争えば成り立って行かない。
サタンがサタンを追い出せばそれは内輪もめだ。そんなことではどうしてその国が成り立って行くだろうか。』



◆悪霊とは何者か
新約聖書には、再三にわたり『悪霊を追い出す』場面が描かれていますが、この「悪霊」というのは堕落した天使らのことであり、聖書には『罪を犯した天使らは、暗闇の縄で縛られタルタロスに投げ入れられた』とされています。(ペテロ第二2:4)

「タルタロス」というギリシア人の概念は、『墓』を表す「ハデース」の二倍も深い地中にあるところで、ギリシア神話での裁かれた悪い神々が幽閉されている場所を表します。ペテロがこの言葉を用いて手紙に脱落天使のことを書いたのも、伝えようとする内容に非常に合致していたと言えましょう。
といいますのも、ギリシア人の考えでは、『墓』である「ハデース」からは帰還することができるのに対して、一度「タルタロス」に落ちたなら、そこは誰であれ二度と戻って来られない場所とされます。それは悪霊たちに待ち受けるものが滅び以外にないことと良く合致しています。(マルコ1:24)

その堕落した天使らは『縛られ』、つまりノアの日から今日まで人間の社会に直接に現れることは許されていませんが、幻影を見せたり、人に乗り移る、つまり憑依することで影響を与えることについては今でも可能で、曖昧な仕方で様々に人々と関わろうとします。(創世記6:1-8)

聖書を見ると、この者らが人に憑くと、精神を損ねたり、身体機能を損なったり、癲癇を患ったり、異様な怪力を持って暴れたり、自傷したり、場合によっては死者を装って話をしたり、前世を吹聴したり、予言さえ行うこともあることを聖書は記しています。

しかし、これらを行う霊は邪悪なものでありますから、モーセの律法でも心霊術や交霊を禁じ、それらの霊と関わることを重罪としていました。
それでも、イスラエルにさえ多くの悪霊が跋扈していた様が聖書の各所に明らかです。
悪霊らはイエスを見ると、予定された時より早く、自分たちを責め苦に合わせるために来られたのではないかと恐れていました。しかし、イエスがなさった処置は、彼らの憑依から人々を解放し、人が『罪』の赦しに与る祝福を体験させることにあったのです。

もちろん、悪霊の取り憑きは諸国民の間でも見られたことで、イエスの許に娘から悪霊を追い出して欲しいと熱心に求めてきた南フェニキアのギリシア人の女の例が福音書に記されていますし、墓を住処としていたガダラ人の例もあります。
また、後の使徒たちの宣教活動は何度か悪霊の妨害を受けています。イエスの業を聖霊を通して受け継いだ彼らも、多くの悪霊を祓ってもいます。(マタイ15:22/マルコ7:26)

さて、イエスの行う神の業を悪魔のものと主張するパリサイ人に向け、イエスは更に論点を加えていました。
『もし、わたしがベルゼブールによって悪霊を追い出すのなら、あなたがたの子らはいったい誰によってそれを追い出すのか。そこで、彼ら自身がまさにあなたがたを裁く者となるだろう。』(ルカ11:19)

ここでイエスは、パリサイ人の子らが悪霊を追い出すことについて述べていますが、これは当時のユダヤの習慣について指摘されているものです。
当時のユダヤでは、祭司長派の関係者の息子たちが「巡回祓魔師」の仕事を行って、パレステチナばかりでなく、異邦に寄留する外地のユダヤ人のところまで悪霊を追い出す業を行って旅行していた様子が新約聖書にも記されています。彼らの働きにより霊の束縛から解放された人々も少なくなかったのでしょう。(使徒19:14)

ですから『あなたがたの子らはいったい誰によってそれを追い出すのか』とイエスに問いかけられた宗教家らは答えに詰まったはずです。そして『彼ら自身(息子たち)がまさにあなたがたを裁くことになる』と言われれば返す言葉もありません。

そしてイエスはこう言われます。
『まず強い人を縛り上げなければ、どうしてその家に押し入って、家財道具を奪い取ることができるだろうか。まず縛ってから、その家を略奪するものだ。』(マタイ12:29)
『強い人が武装して自分の屋敷を守っているときには、その持ち物は安全である。しかし、もっと強い者が襲って来てこの人に勝つと、頼みの武具をすべて奪い取り、分捕り品を分配する。』(ルカ11:21-22)

どちらも、悪霊を追い出す権力の方が悪霊よりも強大であることを証ししています。
ですから、イエスを通して働く力は邪悪な霊力を凌駕するほどに強いからこそ撃退できるに違いないのです。
それはまことにありがたく、力に於いて霊者にはとてもかなわない人間には心強いものです。

そこでイエスはこう言い添えられます。
『わたしが神の指によって悪霊を追い出しているのなら、もう既に神の王国があなたがたのところに到来しているのだ。』
ここでイエスが言及された『神の指』と聞けば、ユダヤ人であればモーセとアロンが出エジプトのときに頑固なファラオに示した奇跡について、エジプトの多神教の祭司らがそれらの奇跡を真似できなくなったときに『これは神の指です!』と叫んだ場面を思い浮かべていたことでしょう。(出埃8:19)

モーセたちに働いた霊力が、はっきりと異邦の諸神に勝る力を示してイスラエルの神の介入を教えたのであれば、パリサイ人らの前に奇跡を行うイエスを通し、やはり神は同じ力を示して、今や物事に介入されているのであり、そこにはメシアの王国の力が実現していることになるのです。

ですが、当時の宗教家らはそれが認められません。
彼らの長く培った常識と、彼らの傲慢さが邪魔をして、目の前に示されている神の力という印、悪霊をも駆逐する強大なイエスの権威をどうしても神からのものと認めることができません。



◆キリストの敵とは誰か
そこで、イエスは極めて重い警告の言葉を述べられることになります。
『わたしに味方しない者はわたしに敵対し、わたしと一緒に集めない者は散らしている』。

つまり、イエスが悪霊を追い出している業を誹謗していたこのパリサイ人のような者は、奇跡の業を見ては『この人がダヴィデの子ではないか』と言い出している群衆の間にメシア信仰が育つことを阻害しているのであり、それは『アブラハムの裔』、真実のイスラエルを集めるために活動するキリストを妨害する敵であるということです。

その『集める』という言葉に、イエス・キリストの宣教が、ただ信者を得ることを目的としていなかった事が表されています。
もし、イエスが『地のすべての諸族が自らを祝福する』という『アブラハムの裔』を集めていなかったなら、その宣教をパレスチナに限る必要もなく、頑迷な同族のユダヤ教徒に殺害されてまでその地で活動する理由もなかったことでしょう。当時、すでにユダヤ教が宣教を外地に広げていたように、よほど諸国民の土地で宣教した方が成果も上がったことは、使徒時代に多くの異邦人がメシア信仰に入ってきたことからも明らかです。

ですから、イエスの行う業を悪しざまに言うことは、人類の希望となる『神の王国』の民を、古来神殿祭祀を行って『約束の地』に住むイスラエルから集める神の意志を妨げようとしていたのであり、それこそは神への悪行であったのです。
ユダヤの律法体制派はイエスに反対して、メシアと認めないだけでなく、彼ら宗教家を告発する鋭い言葉と、民を癒す奇跡の業を嫌って、この方をローマの権力に処刑させてしまい、メシアの許に信仰を表すアブラハムの裔を集めることには協力などしなかったばかりか追い散らしていたのです。これを神の敵と言わずして何というべきでしょうか。

イエスは不信仰な歩みを止めないエルサレムを最後に眺めて『ああ、エルサレムよ、エルサレムよ、預言者たちを殺し、遣わされた人たちを石で打ち殺す者よ。ちょうど、めんどりが翼の下にそのひなを集めるように、わたしはおまえの子らを幾たび集めようとしたことであろう。それなのに、おまえたちは応じようとしなかった。見よ、おまえたちの家は見捨てられている。』と言われます。(マタイ23:37-38 )
ユダヤは、その一国としてメシアを戴く『神の王国』となることをはっきりと拒んだのです。

その代償は軽いものでは済みませんでした。
バプテストのヨハネが警告していた通りに、メシア信仰を懐いた人々には聖霊が降りましたが、ほとんどのユダヤ人には『火のバプテスマ』が降り注ぎ、エルサレムはローマ軍の攻撃によって灰塵に帰し、神殿もまったく破壊されてモーセの律法全体を履行することが以後不可能となりました。ヨハネの『籾殻は火で焼かれる』の言葉がそうして成就を見たのです。(マタイ3:11-12)
それが起ったのは、イエスの予告の通り、メシアを退けた世代が存命であった37年後のことでありました。(マタイ24:34)



◆決して許されない罪とは
そして、聖霊という神からの証しに人がどのように反応するかが善悪を最終的に分けることをイエスは明言されるに至ります。

『人には、その犯すあらゆる罪も、神を汚す言葉もすべて赦される。
だが、聖霊を汚す言葉は赦されることがない。
また、人の子に言い逆らう者は赦される。
しかし、聖霊に対して言い逆らう者は、この世でも来るべき世でも赦されることがない。』(マタイ12:31-32)

聖書もキリスト教も、人々に感化や規則を与えて「敬虔なる聖人君子にならせるもの」と日頃教えられ「取り澄ましたようなクリスチャン」なら、『あらゆる罪も・・赦される』というイエスの言葉に戸惑いを感じることでしょう。
しかし、人の様々な悪行に勝って『聖霊を汚す』という仕業こそが遥かに悪であり、その他の様々な悪行よりも罪とされるべきものであるとイエスは教えられているのです。
神をけなす事でさえ『聖霊を汚す』ほどの罪にはならないのです。その人には何か誤解があったからでしょう。
しかし、『聖霊』による明確な奇跡は、そこに神を見ることであり、その証しは誤解のしようがありません。例え善良な外見を持つ人でも『聖霊』の働きを否定するのは故意の罪であり、人の犯す悪行の中でも決定的なものとなるのです。

もとより全知全能の神は、人の倫理的な状態がよくないことはご存じであるからこそキリストの犠牲を人々に与えて『罪』を赦すことを意図されたのですから、人々に『罪』が無いかのように善良さの仮面を着けさせて振る舞わせることを主要な目的とされる道理など神にはありません。キリストの教えに動かされるとは、その人の優越感にではなく、利他心に動機がなくてはなりません。

もちろん、神は悪を憎むとはいえ、『罪』ある人にキリストの犠牲を与えたのは『罪を赦し』『贖罪』を行うためでありますから、個人が行った悪行を一つ一つ挙げて裁くわけもありません。人間に悪があるからこそ、神はキリストの死を備えられ、進んで赦そうとの固い意志を持ち続けてこられたのです。まさしくイエスが『義人のためではなく、罪人のために来た』と言われた通りです。

そこで神は、各個人が道徳的に見えるか否かよりも本質的な事柄を人に問われます。
それは、その人が「自分の中にある『罪』をどう見るか」という事であり、謙虚に自らの『罪』という、何かと悪い方に向かってしまう自分の傾向を認められる人は、キリストの犠牲に頼る以外に『罪』を逃れる方法がないと観念し、そこで神の手立てであるキリストへの信仰が起こされます。

他方で、人が自分の道徳性や善良な振る舞いに自信を持ち、それで神に自分を赦すよう要求するとしたら、それは恐るべき傲慢というべきで、人々を勝手に差別し、優越感に浸る利己主義者として悪魔の側に立つことになるでしょう。この点を「義人」のヨブはどれほどの損失を払って学んだことでしょうか。(ヨブ35:6-7)

あれほど模範者のように見えた使徒パウロですら『わたしは自分の生み出していることに納得できない。なぜなら、わたしは自分の欲する[善い]事は行わず、かえって自分の憎む事をしているのだ』と自らの内にある悪への傾向である『罪』を嘆いていたのです。(ローマ7:15)

ですから、パウロが言うように『人は業ではなく信仰によって生きる』のであり、その人の道徳性や善良な振る舞いがその人に救いをもたらすわけではないのです。(ローマ1:17)
そして、聖霊は人が信仰を懐くよう与えられる神の力の印であり、それを見る人はそこで神との出会いを迎えることになり、どのように反応するかが大きな分かれ目となります。神の御前に自分の義を誇るか、あるいは謙虚にキリストの犠牲に信仰を働かせるかという選択です。

ですから、聖霊が働く時に、それを誹謗することは『人々の前で天の王国を閉ざす。自分が入らないばかりか、入ろうとする人をも入らせない』。という決定的な損失を自他にもたらすほどの悪事となります。(マタイ23:13)

そこで聖霊の働きを誹謗中傷することがどれほど神に逆らうことであるかは明らかです。自分自身が信仰を懐かないばかりか、信じようとする人までを邪魔するからです。それは延いては『天の王国』の設立を阻もうとすることにもなるのです。全人類を救うべき神の選民『アブラハムの裔』が揃わないようにすることだからです。それは決して軽い罪にはなりません。


◆敵していない者は味方している
その一方で、イエスは『敵していない者は味方している』と語られている場面もあります。

それは使徒のヨハネが、自分たちに従って来ない者がイエスの名によって悪霊を人から追い出しているのを見て、それを止めさせようとしたことを報告した場面のことですが、イエスは『彼らを留めてはならない』と言われます。(マルコ9:38/ルカ9:49-50)
ヨハネとしてはイエスの行われる強力な業が、その名を用いると他のユダヤ人にも行えることに嫉妬を覚えたことでしょう。

しかし、イエスはこう言われます。
『わたしの名を使って力ある業を行って、そのすぐ後にわたしを悪しざまには言えまい。』(マルコ9:38-40)
つまり、イエスに従って来ない者といえども、神からの強い力がイエスを通して働くことを自らが行う奇跡によって認めないわけにゆきません。そうなれば、その人もイエスが神からの人であることを信じていて、また証ししていることになり、その名はイスラエルの諸部族の中で告げ知らされているのです。

そこには『もしわたしが父の業を行っていないなら、わたしを信じなくてよい。しかし、もし行っているなら、たとえわたしを信じなくても、その業は信じよ』とまで神の業を高めた主イエスの謙虚さと一致する思いが感じられます。(ヨハネ10:37-38)
イエスの『父の業』はイエスを証して、その名に信仰を置くようアブラハムの子孫であるイスラエルの人々に促すものであり、その業を使徒以外の誰が行おうと、それは『集める』ことになっていたからでしょう。

他方で、後に使徒パウロが異邦人のエフェソス市で行った奇跡の聖霊の業は、医師でもあったルカでさえ『尋常でないほどの力がパウロの手によってなされた』と書いていますが、そこに巡回除霊に来ていた祭司長の息子らが、『パウロの宣べ伝えているイエスによって命じる。この人から出て行け』と除霊の効果を試したところ、却って悪霊から『イエスなら自分は知っている。パウロもわかっている。だが、おまえたちはいったい何者だ』と言われてしまったうえ、その霊に憑かれた人にひどく暴行されて傷を負ったまま逃げ出すという事件が起こっています。(使徒19:11-16)

この正反対に見える事柄も、カエサレアのコルネリオ以来『アブラハムの裔』が異邦人からも選ばれる時期に入っていたこの当時、異邦のエフェソスでユダヤ教とキリスト教の宣教が競合していた状況では、もはやユダヤ教徒の誰であれイエスの業を行うことが『集める』ことにはならなかったという変化に沿っていることを見出せます。あのペンテコステの日以来、聖霊の注ぎはイエスのエクレシアに限られ、キリスト教はユダヤ教を脱皮し、別の歩みを始めていたと言えるからです。
このようにイエスの言われた『まず強い人を縛り上げなければ、どうしてその家に押し入れるだろうか』との言葉の通りに、聖霊は悪霊を縛るほど強力であることが使徒を通してキリスト教に示されていたのです。

福音書に描かれたメシアの行われた『父の業』、つまり聖霊による信仰を呼び起こす印について、イエスはご自分が処刑に渡される前の晩に『わたしを信じる者はわたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからだ』と使徒たちに告げられました。(ヨハネ14:12)
使徒ペテロは、聖霊が注ぎ出された日に『イエスは神の右に上げられ、約束された聖霊を御父から受けて注いでくださいました。あなたがたは、今このことを見聞きしているのです』。と宣言し、その日の内に三千人の信者が加わり、やがてその人々にも聖霊が注がれてより多くの人々がイエスの業に預かり始めています。それもイエスが天に戻られたことにより、その犠牲が神の前に受け入れられた事の結果でしょう。(使徒2:33/4:30-31)

これら聖霊の奇跡の業を俯瞰するなら、それが神からの証しであり、それによって人々の心に信仰がおこされ、その信仰によって人々が真実の『アブラハムの裔』として集められていたことがはっきりと見えます。
使徒ヨハネはこう書いています。
『神の子を信じる人は自分の内にこの証しがあり、神を信じない人は神が御子についてなさった証しを信じていないため、神を偽り者にしてしまっているのです』。(ヨハネ第一5:10)

聖霊を注がれた人々は、天界の大祭司イエスと共なる『印となるべき人々』であり、特に終わりに日には、全世界に対して神からの印を再び見せることになるでしょう。そのことにより、終末の人々の中からも信仰を懐いて『天の王国』の支配と贖罪に入る人々をより分けることになります。(ゼカリヤ3:8/マタイ25:40)
そのようにして、この世から聖霊の奇跡に信仰を働かせて『天の王国』を迎える人々が現れ、地上での救いに入ることでしょう。
終末に聖霊による神の印を見せるために再び選ばれる弟子たち『聖徒』の役割は、それに信仰を働かせて地上に生きる人々を呼び出すことでもあるのです。

そのためにも、まず彼ら『アブラハムの裔』が集められなくてはなりません。
そして、その業は世界が裁かれる終末の時期に再開され、再びキリストの奇跡の業を行う弟子たちが現れることをイエスは繰り返し予告しているのです。





ペテロに託された鍵

2019.12.15 (Sun)

ペテロに託された鍵
マタイ16:18-19



イエスと使徒たちとはガリラヤ湖を船で渡り北側の岸辺のベツサイダの土地に入り、目の見えなくなっていた男を癒して後に、一行は北に向かって進み、当時カエサレア=フィリピと呼ばれていた、パレスチナの北部にあってなだらかな丘陵とヨルダン川の水源のある高原地方に入られました。

福音書に記された内容の整合する箇所を合わせると、時期は西暦32年の春と秋の間の事であったようですが、もし、そうであれば、この時期になると、イエスはユダの体制派の殺意から、南方のユダヤを巡回することをすでに避けています。
加えてガリラヤでは、捕縛されていたバプテストのヨハネの処刑が前の年に行われているこの段階で、遣わされたメシアを受け入れないユダヤ体制の趨勢は、ほぼ見えてきています。

さて、「カエサレア」といえば、地中海沿いの南にヘロデ大王の築いた立派な港があり、そこは皇帝(カエサル)に献じられローマの総督の館がありましたが、この『ペテロへの鍵』の例えが語られる場面の「カエサレア」は、当時イツリアとテラコニティスというイスラエルの北側を領有していたヘロデ・フィリッポスの名を続けて「カエサレア=フィリピ」とされた由来があり、海と山の南北二つのカエサレアは60kmほど隔たっています。
フィリッポスはヘロデ大王の息子のひとりで、皇帝により当時のユダエア四分封領主とされて、この高原の都市に手を入れたので、街に磨きをかけ、感謝を込めて当時の皇帝ティベリウスに献じ、カエサルに敬意を表しつつも自分の名の続けて港湾都市カエサレアと区別し、その名前で呼んでいたのです。
ですから、改装された当時に街はヘレニズム風に真新しく、人々はエルサレムとは異なり、因習にとらわれず、良いものを何でも認める進取の精神があったことでしょう。

この土地の北側からはさほどの距離を置かずにヘルモンの山並みが始まるので、キリストの宣教も北の端まで来たことになります。
ここを舞台にイエスの公生涯も残り一年未満となり、最後の仕上げに掛かるようなことがありました。
その中には、ペテロのイエスへの「メシア信仰の告白」、彼への『天の王国の鍵』の付託、そして「山上での変貌」があります。


◆ペテロという最初の石
さて、一行がその土地に入られたのは初めてだったのでしょうか。
イエスは使徒たちに、人々がご自分をどんな者と思っているのかを尋ねられます。
すでに亡くなったバプテスマのヨハネの生き返りと思う人もいたようで、これがガリラヤを支配した領主で彼を処刑したことを半ば悔やんでいたヘロデ・アンティパスの、イエスが復活のヨハネであるとの想念に影響していたのかも知れません。(ルカ9:7)
そのほかにはマラキの預言で再来が約束されていた古代の預言者エリヤであると言う人もあれば、イスラエルの体制を糾弾した預言者エレミヤではないかと思う人もあったことを使徒たちが伝えます。しかし、メシアだと言い表したとは告げられません。

そこでイエスが使徒たちに『それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか』と尋ねられると、即座にペテロが『あなたはメシア、生ける神の子です』と答えたのです。(マタイ16:16/ルカ9:18-20)
もちろんその通りのことであることは、新約聖書を読める後代の人なら自明のことではあります。
しかし、『自分がその者だ』と言わず、一向に王になる様子を見せず、ご自分のことを周囲に明らかにしない姿勢を保ち続けたイエスというナザレ村からの質素な身なりの人に向かって、「あなたはメシアだ」、ということにどれほど確信と勇気が必要であったことでしょうか。イザヤ書はメシアをダヴィデのような英傑王、ソロモンのような平和の君と記していたのです。

ですから、そこは神もイエスご自身も、人々に自発的な「メシア信仰」を求めたことが明らかです。
そのため、イエスに『他の人を待つべきでしょうか』と尋ねてきたバプテストのヨハネにさえ、ご自身がメシアであるとは言われませんでした。それは、神が人に求める信仰というものが、どれほど自発的なものであるべきかを教えるものといえるでしょう。(ルカ7:22-23)

この数か月前のこと、群衆はパンと魚の給食をされて後、イエスを『来ることが定められた預言者だ』と言っては、王に担ぎ出そうとしていましたが、ご自分の王国が俗世のものでない以上、この群衆の思うようにさせるわけにはゆきません。そこでイエスは群衆を躓かせる発言『わたしの肉を食し、血を飲まなければ』によって彼らをカペルナウムで霧散させています。(ヨハネ6章)
その一方でペテロは、一向に王になろうとしないイエスを見限ることなく『わたしたちは、あなたが神の聖なる方であることを信じ、また知っています』とイエスにその忠節さを語ってはいましたが、「メシア」とまで踏み込んだ発言は記されていません。

そして、カエサレア・フィリピで遂にペテロがユダヤ人の中からメシア信仰をはっきりと言い表します。後に使徒に加わったパウロが教えたように『人は信仰によって義とされる』ということからすれば、ご自分を明かさない主へのペテロの一言は非常に重い価値を持つものであったことでしょう。パウロが『人は心に信仰を働かせて義とされ、口からの宣言をもって救いに至る』と教えたように、その一言はペテロの義と救いを形作る信仰の宣言であったと言えるからです。(ローマ3:28/10:10)

そこでイエスはペテロの一言の価値を賞します。
『ヨナの子シモンよ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを啓示したのは、人間ではなくわたしの天の父だからだ。』
ペテロは人からの権威によってではなく、イエスを間近に見たうえで神の証しを信じ、そこにキリストを見出していました。こうしてイエスは、ご自身をメシアと認める信仰者を得始めることなったのです。(ヨハネ第一5:10)

そして、メシア信仰を言い表わされたイエスはペテロに語ります。
『わたしもあなたに言おう。あなたはペテロ(石)である。そして、わたしはこの岩(ペトラ)の上にわたしのエクレシア(民会)を建てよう。ハデース(墓)の門もそれに打ち勝つことはない。』

『エクレシア』というのは、都市国家の議会を表すギリシア語で、ヘブライ語では「カハル」または「エダー」つまり「集まり」に相当します。キリストの言われる『エクレシア』は、『天の王国』を受継ぐ「アブラハムの裔の集まり」を意味します。しかし、このときに、その「集まり」はまだ建てられていませんでした。
ですから、このペテロの言葉は素晴らしい事柄の幕開けというべきでしょう。
イエス・キリストという岩盤の上に載るペテロという「石」が史上初めて登場したのですから。

ペテロに続いてキリストの上に積み上げられる石の数々は、最終的に天界の神殿を築き上げることになります。
その石となる人々はキリストを介した『第一の復活』に預かるため、ハデース(墓)もそれらの魂を明け渡さねばならなくなり、あらゆる人々を取り込んできたその門といえども彼らを留めることはできず、主の『声を聞いて出てくる時が来ようとささています』。(ヨハネ5:25-29)

確かに、ペテロは後にこう書いています。
『主は、人には捨てられたが、神にとっては選ばれた尊い生ける石なのです。
あなたがたもこの主の御許に来て、それぞれ生ける石となって霊の家(神殿)に築き上げられ、イエス・キリストにより聖なる祭司となって、神に喜ばれる霊の犠牲を捧げなさい。』(ペテロ第一2:4-5)

キリスト・イエスへの信仰により、こうして『生ける石』たちが『隅の親石』であるイエスの上に集められつつ、その全体集会のエクレシア(招会)が栄光の復活を通し死をも乗り越えて神殿を完成する日を迎えること、それが聖書に流れる神の変わらぬ意志、また成就されるべき奥義であり、その「天の神殿」こそが、アブラハムに約束された「全人類の祝福」となるのです。

イエスがペテロ、つまりアンデレの兄弟であるヨハナンの子シメオンに最初に会ったその日から、彼をアラム語で岩を意味する「キーファ」と呼び、それがギリシア語のペトロス、つまりペテロという渾名で呼ばれるきっかけを作ったのも、その先見があってのことでしょう。(ヨハネ1:42)


◆王国の鍵を授かる
人類を祝福する「天の神殿」、また『神の王国』の土台石であるイエスと、その上に組み上げられる石たちについての希望が現実となり始めた今、イエスは最初の石であることを表したペテロに一つの権威を授けます。
『わたしはあなたに天の王国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは天上でも解かれる。』(マタイ16:19)

この『つなぐ』ことと『解く』こととは、ヘブライ語の用法で言えば『つなぐ』とは制限すること、つまり鍵として言えば封印することであり、『解く』とは扉を開けることを意味するとされます。
ペテロが授かった権威は、天でキリストと共になり『祭司の王国、聖なる国民』として『天の王国』に築き上げられる『生ける石』となる人々を集めることに於いての権威であることは文脈を通して示されています。
これほどの権威を、未だ聖霊を注がれていない人として事前に受けるのは非常に異例なことで、それこそはペテロのメシア信仰の表明がもたらした結果であったのでしょう。

そして、この一件を境に、イエスはご自分がエルサレムで、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活するという受難が待ち構えていることを弟子たちに明かされるようになりました。

しかし、その直前の言葉に気持が大きくなってしまったのか、ペテロがなんと自分の師を傍らに引いてゆき『主よ、とんでもないことです。そんなことがあるはずはございません』と諫め始めたのでした。
このとき、ペテロはキリストの受難と復活が人類を世から救う神の王国を完成するのに欠かせないことは理解しておらず、普通の人間らしくイエスの身を案じたのでしょう。そこにはペテロが師に対してただ畏敬するだけでなく、強い親愛の情をも懐いていたことも窺えます。

ですが、そのようにイエスの言葉を否定する方がよほどにとんでもないことであったのです。
イエスは、弟子たちの方を向いて『サタンよ引き下がれ。わたしの邪魔をする者だ。お前は神のことを思わないで、人の考えを懐いている』と叱責されます。
誉められたばかりのペテロはなんとも罰が悪かったことでしょう。

しかし、これが直前に王国の鍵を授かったペテロの失態であったので、他の使徒らの誰かがこのような発言をしていたなら、その使徒ばかりがひどい悪評に曝されずに済んだと言えるかも知れません。
ともあれ彼らは、師の殉教と復活についての発言に印象を深めたことでしょう。それは、古代に独り子イサクを犠牲にすることに同意したアブラハムを『我が友』と呼ばれた、かのイエスの天の父であられる神の覆すことのできないご意志であったのです。
それでも使徒たちは師の受難についてはっきりと分かってはおらず、翌春に主が最後のエルサレム訪問されるに至ってさえ、いよいよ「王国』の到来を見るものと思い込んでいたのです。


◆第一の鍵を用いるペテロ
ペテロがどのように師から預かった鍵を用いたかについては、新教系諸教会で長らく言われてきたように、あのペンテコステの祭りの朝以来、聖霊を注がれる人々がもたらされるところでペテロの姿が見られ、それを以ってペテロが王国の鍵を解き、人々を『天の王国』を構成する数々の『石』が採られる民族をユダヤばかりでなく、諸国民までに広げていったという理解はまず間違いがないでしょう。

つまり、ペンテコステの朝にエルサレムにイエスに従っていた120人に第一に聖霊が注がれ、祭りに来ていた外地のユダヤ人を中心としてすぐに聖霊を受ける人々の輪が拡大を始めています。
バプテストのヨハネも、彼の後に来られるメシアはユダヤ人らに『聖霊と火とによってバプテスマを施される』と予告していた通りに、メシア信仰に達した弟子たちには聖霊のバプテスマが開始され、史上初めて『新しい契約』に入った人々が現れています。

ペテロは、異言を口々に語る仲間たちの中から他の使徒らと共に立ち上り、集まって来た各地からの同朋に向け、起こっていることはヨエルの預言の成就であり、神は数多くの奇跡によってナザレ人イエスに証しをされたにも関わらず、ユダヤ人たちは律法に従わない異邦人にそのメシアを殺させてしまったことを知らせます。
このイエスを神は復活させ、ペテロたちはそれを証しする者たちであり、今やイエスは神の右に高められ、約束の聖霊を父から受けたので、彼らの頭の上には火のように見える舌があって、異言を口々にしている姿を今見ているのだということを宣言しました。

これは彼の身分であるガリラヤの漁師を超えた見事な宣告の言葉であり、この最初の聖霊の注ぎの場にあってペテロの存在は格別のものであったと言えるものです。

こうして聖霊を注がれるユダヤ人の弟子たちの増加が始まって、祭りの後もエルサレムに留まった人々を含めて一つの共同体が形成され、地元の人々は外地からの同朋の生活を支え、家々で食事を共にし、日毎に神殿に上っては祈りの日々を過ごしていました。
彼らは『契約の子ら』つまりユダヤ人であり、依然として律法を守る生活習慣は特に変わるところはありませんでした。それでも、この五旬節の祭りの朝は、キリストを仲介者とする『新しい契約』の始まりを見た日となり、真のアブラハムの裔が集められ始めた転換点となったという、きわめて重要な日、「キリスト教の原点」となったのです。

しかし、ペテロは王国の鍵を解いて人々を招じ入れるばかりではなかったと言える事件が起こっています。
新たな信仰を見出し、祭りの後も逗留を続けていた外地の人々の生活を支えるなど、共同体の維持のために仲間たちは自分の持っているものを売り、その資金を使徒たちに託してもいたのですが、その仲間たちの中から功名心に駆られたアナニアとサフィラという夫婦が共に謀って、自分たちの持っていた畑の代価の全額を寄付したことにしていたのです。

そのような寄付は、強要されたものでもなく、売らずにおこうと、代金の一部を取っておこうと自由であったのですが、全部を与えたということでの人々からの称賛を望み、一部は自分たちのものとしながらも全額を託したと夫婦で唱えた悪だくみのために、その日の内に偽りを指摘された夫婦が相次いで倒れて息を引き取るということがあったのです。

この偽善を指摘し、裁きの宣告を下したのがペテロであり『サタンが厚顔にならせて、聖霊に対して虚偽の振る舞いをさせた』と二人を批難しています。
このような悪だくみなら、俗世ではまま見られるような事ではありますが、聖霊を注がれメシアを通して『聖なる者』とされた者としては、聖霊を欺こうとした以上、聖霊への冒涜であるばかりが、キリストの犠牲の到達した義に照らしても、天から地の人々の罪の贖いを行う立場に相応しいわけがありません。

聖霊を侮った夫婦はペテロの言葉の下に倒れて息を引き取ったことは、その二人の前に『天の王国』の鍵を閉じたということでしょう。
そうしてエルサレムでイエスをメシアと信じる人々の群れが清く保たれるべき重い教訓を学ぶことになったのです。(使徒5章)

さて一方、イエスの殺害に関わったユダヤ体制派の指導者らは、このグループに敵対し、使徒たちを呼び出したり、逮捕したりしては、イエスの名によって語ることを禁じ、また鞭打ったり、牢獄につないだりするのですが、聖霊はイエスの行った奇跡の業を使徒らにも与えて、そこに難病を癒された人も居るので反対するにも難儀します。
そのうえ、牢獄につないだ筈の使徒たちも、次の朝には何事もなかったかのように神殿で人々を教えているのを彼らは目にすることになります。

それでも、宗教家らしく偏狭なユダヤの指導層がこの『ナザレの一派』の反感や怒りを解くことはありません。
その鬱積した感情は、外地から来てイエスに信仰を働かせたステファノを捕えて殺害したことをきっかけに暴発するに至りました。
エルサレムで一つの共同体を営んでいた弟子たちは、エルサレムから散り散りになって各地に拡散してゆき、もとから住んでいた外国の居留地に戻る人々、また難を逃れて別の街に行く人々のそれぞれがイエスの福音を携えて行きましたから、そうしてエルサレムの迫害は結果として宣教の拡大ともなるのでした。



◆二度目に鍵を用いる
そのような状況で、聖霊を注がれた一人であるフィリッポは、エルサレムの北西に位置するサマリアに遣わされ、当地で奇跡を行いつつ、イエスの福音を伝えましたが、以前にイエスご自身がサマリアを幾らか宣教し耕されていたこともあって、その反応は良く、エルサレムの使徒たちはサマリアがイエスを受け入れたとの知らせを受け取ることになりました。

そこで遣わされたのがペテロとヨハネであり、やはりサマリアでもペテロと聖霊の注ぎとが関わりを持っています。

当時のサマリアといえば、ユダヤ人との仲が良いとはとても言えません。
共にモーセの律法を守り、割礼を受ける習慣も持つ両者ではありましたが、その崇拝方式は幾分かは異なっていましたので、そこは律法について極端な厳格さを誇っていた当時のユダヤ人にとって、サマリアといえば、今日のキリスト教会が「異端」と呼んでいるような、似てはいても間違っていて危険な分派を忌避するようなところがあったのです。

実際、サマリア人にはエルサレム神殿への入域が禁止されており、頑なユダヤ人の中には「サマリア人には永遠の命を与えないでください」と公に祈っていたというのですから、イエスの弟子たちとはいえ、エルサレム神殿が健在でその祭祀が続いている中でサマリア人がイエスを受け入れたことには、宣教の意外な方向への進展を感じられるところがあったでしょう。

サマリアに向かったペテロらが、すでにイエスの名による水のバプテスマを受けていた人々の頭の上に両手を置いてゆくと、やはりサマリアの人々にも聖霊が注がれ始めたのでした。

こうして『契約の子ら』であるユダヤ人に様々な意味で近いサマリアとはいえ、避けるべき別の宗教の信者とユダヤに見下されていた彼らにも『天の王国』の一員となる道が聖霊を通して開かれましたが、やはりその場面にも使徒ペテロが関わっています。

しかし、ここでも『神の王国』には相応しくない者が混じっていました。
その男はペテロの本名と同じくシモンと言いましたが、性格ではまったく異なっています。
福音を宣明していたフィリッポが行う超自然の印の方にばかり強い関心を持っていたのです。
彼はもとより魔術師であり、フィリッポが来る以前からサマリアで不思議を行い、少なからず自分の信者を得てはいたのですが、そこに聖霊を注がれたフィリッポが到着し、彼を超える印を見せるものですから、このシモン自身も驚き入ってしまい、サマリアの人々と共に自分もバプテスマを受けてフィリッポの後をついて回り、神からの奇跡の印に驚嘆していたといいます。(使徒8章)

サマリアで多くの人々が水のバプテスマを受けて転向してきたことを聞いてやってきたペテロたちが、聖霊を授かるよう人々に按手しているのを見たこのシモンは、自分も使徒たちのように按手して人に聖霊を下らせることを望んで『そのような力を、わたしにも与えてください』と言って金子を差し出してきたのでした。そこはやはり魔術師なのでしょうか。

しかし、この人物はメシアの教えを何だと思っていたのでしょう。人類を救い出し神の栄光に至らせるキリストの犠牲の死によって初めて到来した計り知れぬほどに貴重な聖霊を与える権威などが金で買えると思ったその言動がこの男の内面を暴いてしまいました。
この人物の関心の的は超自然な事柄そのものであり、神のご意志でもキリストの王国でもないのです。

即座にペテロは『その銀と一緒にお前も滅んでしまえ、神の無償のものを金で手に入れようと思ったのだから』。と拒絶し、『お前にその受け分も何の権威もない。お前の心は神に対してまっすぐではないからだ。』『お前にはまだ苦い胆汁があり、不義の縄目が絡みついている。それがわたしには見えるのだ』。
ペテロがこれほどひどく怒った言葉を吐く記述はほかに見当たりません。
シモンは『仰せのような事が、わたしの身に起らないように、どうぞ、わたしのために主に祈って下さい』と言って引き下がりましたが、この男がその場で死ななかったのはアナニアとサフィラのように聖霊までは注がれていなかった事でまだ許されたのでしょう。この男に聖霊が下ったとは書かれておりません。彼に降っていたのは別の霊、つまり悪霊だったのではないでしょうか。

やはり、この人物はその後も魔術師であり続けたらしく、伝承では「シモン・マグス」(魔術師シモン)と呼ばれ、その後は奇怪な教説を編み出して宗教教祖となり、愛人たちを引き連れ帝国の各地で魔術を行ってはキリスト教の邪魔となっていたと伝えられています。
当然の事ですが、このような人物が『神の王国』に入れるわけもありません。ペテロは王国の鍵を用いてサマリア人をも招じ入れると共に、相応しくない分子を締め出し、このような者が入り込むことのないように鍵を閉め、『つないで』もいた姿がここに見られます。

それでも、キリスト教の周辺には今日でもオカルト的な事ばかり強い関心を持つ人々が居るという点では、昔も今も変わらないようです。
聖書の言葉をその意味の通りではなく、隠された別の言葉として読んだり、黙示録や終末ばかりに関心が傾いていたり、年代を計算して神の行動を予測できると考えた教え手がもてはやされ、信者を集めるという現象は、キリスト教の近くに常にまとわりついて来た現象ですが、その『苦い胆汁』や『不義の縄目』もやがて人々に露見されるところとなるでしょう。


◆三度目に鍵を用いるために遣わされる
さて、パレスチナの海岸線には砂浜が続き、古来、港と言えばエルサレムの西に位置するヨッパ港(現テルアヴィヴ)くらいで、北方のフェニキア商人の貿易船はヨッパまでの間で不都合な南西風を受けると退避港が無いので、沖合で投錨してやり過ごす以外になかったということです。

ヨセフスによれば、そこでヘロデ大王は「ストラトンの塔」と呼ばれていた寒村の地形に可能性を見て、ここに白い石造りで贅を尽くしたヘレニズム風の港と良く整った街を設けることにしました。歴史家によれば、完成したのはイエスの誕生の数年前とのことで、ヘロデ大王は間もなく亡くなり、その息子のアルケラオスがユダヤ統治権を一度は受けましたが、やがて統治権を剥奪されユダヤがローマ直轄領となると共に、このカエサレアにはローマのユダヤ知事の官邸が置かれ、守備隊の常駐する沿岸有数の港湾都市となっていました。その街の名はヘロデにユダヤの統治権を許した皇帝(カエサル)に敬意と感謝を表して「カエサレア」と名付けられましたが、これは前出のカエサレア・フィリピとは海と山ほどに違います。

さて、このカエサレアに駐屯するイタリア隊という部隊にコルネリオという士官が赴任しており、この人物はユダヤ教に信仰を持ち、ユダヤ人からは『神を畏れる者』(フォボメノス)という、未だ割礼を受けず、正式には「改宗者」とまではなっていないものの、ユダヤ人の神への篤い敬神の念を懐く異邦人と見做されていました。(使徒10章)

彼が祈りを捧げていると、そこに天使が現れ彼を呼ぶと、『ヨッパに人をやってペテロという人物を呼びなさい』と言うのです。
そこで早速に執事二人に信仰ある兵士一名を添えてヨッパに遣わしました。

その翌日、ペテロは港湾都市ヨッパで海沿いにある皮なめし工の家の屋上に居て、階下で昼食が準備されているのを待っていましたが、空腹を感じているうちに恍惚として幻を見始めます。

四隅を吊るされた大きな布のような入れ物が天から降ろされてくると、その中には、地上の四つ足や這うもの、また空の鳥などが入っていましたが、それらは律法が食することを禁じた『汚れたもの』であったのです。
そこに声がして『ペテロよ、身を起こし、屠って食べよ』と言われますが、そこはユダヤ教徒の常識として『主よ、とんでもないことです。わたしは今までに清くないもの、汚れたものは、何一つ食べていません』。と答えます。
この問答が三度繰り返されると、その布のようなものは天に引き上げられて戻ってゆきました。

丁度その時、士官コルネリオが遣わした三人がペテロの宿に到着します。しかし当のペテロは、あの幻はどういうことだったのかと考えているところでした。
使いの者らがペテロの所在を尋ねる声がすると、ペテロに語る霊があって『さあ、彼らと一緒に出かけるがよい。わたしが彼らを遣わしたのだ』と指示されます。

これらの天の介入あってペテロは主の導くままにヨッパからカエサレアに向かい、無割礼の異邦人コルネリオの屋根の下に入るのですが、これは律法が『汚れ』と見做す行いであり、以前にはイエスを自宅にまでは招かずに癒しができるように取り計らった別の士官がいた通りです。(マタイ8:8)

しかし、この度のペテロは違いました。
『あなたがたもご存じのとおり、ユダヤ人が外国人と交際したり訪問したりすることは、律法で禁じられています。けれども、神はわたしにどんな人をも清くない者とか、汚れている者とか言ってはならないとお示しになりました。それで、お招きを受けた時、ためらわずに来たのです』。ヨッパでの幻と霊の言葉に促されたペテロは、カエサレアのローマ人士官の家で、そこに集っていた異邦の人々に対して『天の王国の鍵』を用いるかのように、その訪問によって扉を開くことになり、その場の人々にも聖霊が降り、異言を話して神を賛美し始めたと使徒言行録は伝えています。

これは大きな変化であり、ユダヤ教からすれば有り得ないほどのことでありましたから、当然のようにペテロは後にユダヤ人のイエス信奉者らからの批難に曝されることになります。ユダヤ教にとって無割礼とは古代のカナン人のように残酷で不法な汚れの民を意味しており、天からの火に滅ぼされたソドムとゴモラがその代表のようなものでもありました。そこはユダヤに同じく割礼の民であったサマリアにも及ばないほどの汚れが意識されておりましたから、ここではモーセ以来の肉や血統に基く考え方から、霊の次元での考え方に換えられる大きな変化の機会をキリストの犠牲が拓いていたと言えましょう。

後にパウロは割礼について新たな見地からこう述べています。
『もし割礼を受けるなら、あなたがたにとってキリストは何の役にも立たないことになるのです。
割礼を受ける人のすべてに、もう一度はっきり言います。その人は律法全体を行う義務があります。』(ガラテア5:2-3)

ヨッパでの不思議やカエサレアでの聖霊降下をもってすら、イエス派のユダヤ人信者の懐く律法的常識がなかなか崩されなかった様子が、このような割礼主義を論駁する文面に明らかで、パウロがずっとこうした内容を手紙を書き続けていたところにその根深さが表れています。
生まれた時からモーセの律法を守ってきたユダヤ人にとっては、宗教的良心を簡単に変えることは確かに難しかったことでしょう。
それも、当時はイエスへのメシア信仰をユダヤ教の完成という側面からだけ捉えるユダヤ人の弟子たちが集まりのほとんどを構成していましたので、その中に同じく聖霊を注がれたとは言え、無割礼の諸国民たちを『天の王国』の同朋と見做すには大きな障碍があったのです。

ペテロに託された鍵は、ユダヤ教徒にとってはあまりに革新的な扉を開いていたので、ペテロ自身無割礼の異邦人に聖霊が注がれるのを見た以上『これらの人に水を禁じてバプテスマを施さないことなどできませんでした』と弁明するほどでありました。

神のご意志に基づき、無割礼の異邦人をも『神の王国』に召すという新たな教えを伝え、古来のユダヤ教に示されていた律法を超える点で先頭に立ったのはペテロというよりは、やはり諸国を宣教して異邦人聖徒をも恥じることなく『兄弟』と呼んだ『諸国民への使徒』、即ちタルソス出身のパウロであったことは新約聖書に於いてまったく否定できないことではあります。

しかし、ペテロについては、やはり主イエスと宣教生活を共にした十二使徒の筆頭であり、ユダヤ人もサマリア人もそして無割礼の異邦人にも気を配る牧者であったと言えるでしょう。(ヨハネ21:17)

ペテロ第一の手紙に見られるように、聖徒たちの絆を『兄弟関係』と単数形で語り、それに属する人々全体を愛するようにと彼が各地の弟子たちに書き送ったときには、彼に託された鍵によって広げられた、血統によらない新たな兄弟関係のさまざまな人々を含んで、その全体を気遣う深い善意が感じ取れます。そのようにして彼は任じられた牧者としても行動していたと言えるでしょう。(ペテロ第一2:17)

こうしてペテロの鍵の使用というものを俯瞰すると、キリスト教というものが如何に革新的であったかを思い知らされると共に、人間というものが常に神の経綸についてゆくことが難しく、目の前の真に価値あるものを見抜くのに遅いものであるということも見えます。
それは、神が漸進的に人類の救出の業を行われ、度々大変革が起こるからであり、その謀るところは人間の考えを遥かに超えるものだからなのでしょう。
そしてペテロが託された鍵を用いたことにより、ユダヤ教という一民族の宗教が、キリスト教という世界教へと変貌を遂げることになってゆきました。それこそが彼に鍵を託した主イエスの導きであったのです。

同じように、今日、信者だけの救いを教えている狭く内向きなキリスト教の諸宗派も、いずれ想定を超える神の意志にたじろぎ、また抵抗する日が来ることでしょう。

終末という大変革が予想される時に、人は神のご意志に明敏に反応することができるでしょうか。
ペテロの当時の人々が、その先に何があるのかを知らなかったように、終末の人々も先を尽く知ることはないでしょう。

キリスト教界に属する人々が、終末の変革の時に、慣れた常識や考え方について柔軟さを示せるか否かには、他の人々以上の難しさがあるとしても不思議はありません。
誰にせよ、その時に試されるのは、神の意図なさることへの柔軟な姿勢と、愛や良心という拘りのない純粋な価値観というものではないでしょうか。









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